前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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刀鍛冶の里を楽しみに生きていこう。


第120話 秘密裏

 飛鷹との対空訓練、その途中の会話で浮上してきた三隻目のD-ABYSS(ディー・アビス)艦娘の可能性。

 まだ増えるのか。

 内心そう辟易しつつも、その日の訓練を終わらせた卯月たちは、夕食前にゆっくりと湯船に浸かっていた。

 

「ひょえぇぇえぇん……」

「どういう声よ」

「酷使された筋肉細胞に染み渡るぴょん」

 

 言わずもが例の黒タイツである。あれのせいで全身が悲鳴を上げていた。主砲を持ち上げるのもトリガーを引くのも過酷。あれじゃ大リーグ養成ギブスという名目の拷問衣装、コンパクト鉄の処女(アイアンメイデン)だ。

 尚、ホントに拷問にも使えることは知らない。知らない方が間違いなく幸福である。

 

 と、気が緩んだのがいけなかったのだろう。久し振りの『発作』が突発的に現れた。

 

「あー、あ、あ゛ぁ……う゛う゛ぅ」

「ん、発作ね」

「……いたい、いたいよぉ……やめ、て……」

 

 卯月はかつての仲間に、目玉をほじくり返そうとする幻に襲われていた。欠けた爪が瞼を裏返し、隙間に丁重に入れてくる。

 それを引き剥がそうと目に手をやる。

 現実でそれは、卯月自身が眼球を抉ろうとする行動となっていた。

 

 そんなことをすれば流血沙汰だ。満潮はすっかり慣れた所作で背中から羽交い締めにして、卯月の暴走を抑制する。

 幻でも本人にとっては本物。全力で暴れる。最初は抑えるのに苦労したが、こう何度もやってると慣れてくる。負担が少なく抑え込める形で、卯月を護っていた。

 

「中々大変そうだクマ」

「なによ、見てるなら手伝ってよ」

「下手に突っ込んだら暴発しそうだから遠慮しとくクマ」

 

 と言って隣に球磨が浸かってくる。

 ここまで来たのなら手伝って貰いたい。一々面倒を見るのはめんどくさい。しかし球磨の言う通り、勝手が分かってない奴に乱入されるのも面倒の元。ここまできたら自分一人で抑えた方が楽なのは確かだ。

 

「ところで満潮、ポーラ見なかったかクマ?」

「アル重なら見てないけど。というかこの質問、今朝もしてなかったかしら」

「そういえばそうだった気がするクマ」

 

 間違いなく同じことを聞かれている。同じ質問を繰り返す球磨に訝し気な目線を飛ばす。

 

「まさか、一日探しても見つけられなかったの?」

「一日探してた訳じゃないクマー。そこまで球磨だって暇じゃないクマ。空いた時間にちょこちょこってぐらいだクマ」

「あっそう」

 

 どう探したとかは興味がなかった。あんなアル重がどこで死んでようが割と本気で興味がない。

 しかし、空いた時間のみとはいえ、一日ポーラを探して見つからないとはどういうことだ。前科戦線の基地はそう広い訳ではない。しっかり探せば十分発見できる。

 

 ましてや相手はあのポーラだ。いる場所は酒を飲める場所か酒を戻せる場所に限定される。自室とか食堂とかお手洗いとか。

 

「行きそうな場所は、探してるわよね。それでもいなかったんなら、不知火とかに聞けば良いじゃない」

「聞いたクマ。基地内にいるって言ってたクマ」

「……妙な話ね。まさか脱走したとか」

「ここがそんな作りにだと思っているクマ?」

「ないわね」

 

 前科持ちの連中を閉じ込めておく基地だ。警備は普通の鎮守府より厳重。一切の隙間なく憲兵隊が監視を行っている。脱走しようとしたら絶対に気づかれる。

 

 昔脱走を何度か試みた満潮は、その警備の重厚さを身をもって知っている。

 あんな酔っぱらいでは脱獄不可能だと理解している。

 

「待って。じゃああいつ何処にいんのよ」

「だから聞いてんだクマ。でもその様子じゃ本当に知らなそうだクマ……ちょっと腹立つクマ。訓練ボイコットされたクマ」

「ああうん」

 

 熊野に訓練の約束を反故された満潮。その苛立ちに同感できた。

 

「でもこの狭めの基地で見つからないなんて、本当に脱走してんじゃないの。不知火に言ったのそれ」

「言ったクマ。だけど、『どこに居るかは分かっているので大丈夫です』って返されたクマ」

「そうなると、どうしようもないわね。ご愁傷さま」

 

 根本的な話、ポーラが脱走する奴とは思えない。あれは重度のアル中。故に酒が確実に確保できる場所にしかいない。ここは前科持ちの危険人物を閉じ込めておく場所、街中から離れた場所にあるのは確か。

 酒を手に入れる為に脱走しても、どこに街があるかは不明。というか交換券しかないので購入不可能。

 脱走するメリットが、まるでないのである。

 

「……まさか不知火が嘘を吐いている?」

 

 そうなると、信じがたいがその可能性しか思い当たらない。何かの理由があって、ポーラがこの基地内にいないことを隠匿している。

 

「いや、まさか。ありえないクマ。あんな酔っぱらいにどんな仕事を任せるっていうんだクマ。満潮もそう思うクマ?」

 

 と言いつつ球磨もその可能性を疑っていた。しかし嘘を吐いた。

 もしこの仮説が真実だとしたら、この件について考えるのは不味いことになる。態々隠していることを掘り下げようとしている。その行動は不知火たちにとってかなり不都合な事だ。

 だから球磨は、適当な理由をつけて、この推測を否定した。このことを満潮も察する。

 

「そうだったわね。当たり前のことを見落としてたわ」

「え、そうとはうーちゃん思えないぴょん」

「うわっ、アンタ何時起きたの!?」

「さっきから」

 

 だが空気を一切読まずに卯月が口を挟む。卯月は嘘が大嫌いになっている。不知火たちが虚偽の説明をしたとなれば、見過ごす訳にはいかない。

 これは面倒なことになる。違いない。満潮は嫌そうな顔で身構える。ところが卯月は、やれやれといったジェスチャーを披露する。

 

「なーんて、冗談だっぴょん。うーちゃんは何にも聞いてない。ポーラはこの基地内にいる。間違いないっぴょん」

「……アンタ嘘嫌いだったんじゃないの?」

「え、誰が何時どんな嘘を言ったんだっぴょん?」

 

 嘘は嫌いだ。間違いなく嫌いだ。だが『嘘も方便』という言葉もある。不知火たちが何か企んでいて、嘘を吐く必要があるならば、そこは()()()()()と割り切れる。偽の情報を流した方が、より秋月討伐に繋がるならそれで良い。

 それに今回は卯月自身に直接関係ない。だから尚更良かった。故にそもそもそんな推測聞いていないことにした。

 

「じゃあ何でこの会話に反応したのよ」

「そりゃお前がめんどそーな顔をして、困るのを嘲笑する為だぴょん。他になにが?」

「…………」

 

 改めて言うが今卯月は満潮に背中から抱きしめられている。満潮はその体勢のまま、回していた腕の力を更に高めた。

 

「あががが! さ、鯖折は止めてー!」

「仲が良いことだクマ」

「は!? 冗談でも止めてよ球磨さん! こんな馬鹿のアホのクソゴミ女と仲良いなんて!?」

 

 と興奮したせいで力がグッと入る。『バキッ』という音が卯月の背中から聞こえた――ってか背骨が折れた。

 

「あ」

「メディーック!」

「このまま不運の溺死ってことに」

「できねークマ!」

 

 卯月は直ちに入渠ドッグへ搬送。やらかした満潮と煽った球磨は、不知火に正座の上でお説教を喰らう羽目になったとか。

 しかし実際ポーラは何処へ行ったのか。その疑問は拭えなかった。

 

 が、『まああんなのどうでも良いか』と、次の日には全員忘れていた。

 

 ポーラの扱いはこんな感じなのである。

 

 

 *

 

 

 ポーラの所在とかはどうでも良くなる少し前のこと。

 

 具体的に言えば秋月との交戦から帰投した日の早朝。

 

 卯月たちに続いて熊野たちも入渠ドッグに入ってそこから出た頃。戦闘直後の疲労で誰もが眠りについていた時、あの出撃メンバーで一人だけ起きている者がいた。

 

 それこそが、ポーラであった。

 

 まだ全員が寝ている朝の前科戦線に、彼女の悲鳴が響く。

 

Assonnato(眠い)Assonnato(眠い)Assonnato(眠ーい)!」

「うるさいですポーラさん。皆さんが起きてしまうので小声、または黙って下さい」

「うう~、静かにしま~す……」

 

 ポーラだって帰投直後で疲れている。できるなら今すぐ一杯煽ってから熟睡したい気分だ。でも任務があるからしょうがないと諦めて、瞼を何度も擦り欠伸を乱発しながらも、意識を保ち続けていた。

 

 何故そんなことをしているかと言うと、()()()()()()()()()()()()()()。勿論、艦隊などではない。ポーラ単身で再びあの海域へ突入を仕掛けるのである。不知火もその準備で駆けずり回っていた。

 

「時間がないので念のため確認します。秋月の砲撃性能や反射速度、索敵範囲はこれで間違いありませんね」

「ええ~っと。うん、これで合っていますね~」

「飛鷹さんの見解とも一致。良さそうですね。ありがとうございます」

「ホントに眠いので、寝てきて良いですよね?」

「……作業の邪魔にならない場所でなら」

 

 ()()の説明は既に済んでいる。ポーラ自身へ用事はないから、多少寝てても問題はない。疲れたと愚痴りながら近くの石垣に腰かけて寝始める。抱き枕代わりにワインボトル。ビジュアルがお終いであった。

 うん気にするのが間違っている。

 不知火は今の光景を記憶から消して作業に戻る。今度は彼女の進捗確認だ。その足で向かった先は北上の工廠だ。

 

 工廠内部では、深夜にも関わらず光が灯っておりフル稼働。工廠妖精さんたちもエナジードリンクを飲みながら走り回っている。

 作戦立案から準備まで、一日も猶予がない突貫工事だ。かなり無理をさせている自覚はあるが、勝つためには止むをえない。

 

 でも頑張って貰っているのは変わりない。不知火は一匹の妖精を呼び止めると、小さな──妖精さん基準なら結構大きい──袋を渡す。

 

「皆さんでどうぞ。独り占めはダメですので」

 

 中身を妖精さんが覗き込む。入っていたのは星粒の様な砂糖菓子。金平糖である。受け取った妖精さんは全身を使ったボディランゲージで喜びをアピールし、仲間の元へと走っていった。

 

 可愛い。超可愛い。なんだあの生物愛くるし過ぎる。

 

 そんな小さい存在を眺めている不知火の顔は、絶対人に見せてはいけないそれと化している。

 

「はぁ……」

「なんて顔してんのさ不知火」

「!!!」

 

 上から声をかけた北上に不知火は心臓が飛び出るほどに驚き、その勢いで引っ繰り返ったついでに地面に置いてあったボルトが後頭部に突き刺さった上、痛みで暴れた挙句積まれていた鋼材へダイブし、その雪崩に呑まれた。

 

 さながらカートゥーンめいたネズミにハメられたネコ。もしくはピラゴ○スイッチめいた自爆劇。北上は無言でカメラを回していた。

 

「不知火に何か落ち度でも?」

「いや落ち度しかないじゃんか」

「くっ殺しなさい!」

「別に、不知火がちっちゃいモノが好きだなんて、皆知ってるし」

「殺して……」

 

 超小さい声で懇願する不知火。

 沽券に関わるので絶対に知られてはならない軍事機密だったのに。

 今更、満潮や卯月にまで知られている秘密(公然)を見られたことに、不知火のメンタルはボロボロだった。

 

「って、そんな会話してる場合じゃないでしょ」

「そうでした。進捗はどうですか。遅れは許しませんが」

「えー、ちょっと遅れても良いじゃん。さっきの動画、ばら撒いちゃおっかなー」

「進捗の遅延とは関係ありません。どうぞご自由に」

「ちぇ、冗談だってばー」

 

 公私は完全に分ける仕事人間だ。そうでなければ高宮中佐の秘書艦は務まらない。例え生き恥を晒されたとしても。

 まあその生き恥とは、さっき撮影した動画なのだが。

 冗談はここまで。

 北上は工廠の奥のライトをつけて、調整を行っている()()を見せる。

 

「やっぱ無茶があるよコレ。本来艦娘へ装備させる物じゃないでしょ」

「いえ……作った本人曰く艦娘用装備だそうです」

「どっかのマッドな明石が作ったんだっけ? よくもまあ、こんなゲテモノを……」

 

 呆れ半分、驚愕半分、と言ったところだ。

 北上は結局工作艦ではない。どれだけ努力しても、身に付けられる技術に限界はある。工作艦との差は埋めがたい。

 今更嫉妬する程の情熱は持っていないが、それでもこういう物を見ると、羨ましい気持ちは湧いてくる。こんなゲテモノを作る発想と技術力を持つ艦娘が少し妬ましい。

 

 尚、これを作ったのは藤鎮守府明石ではない。それは言っておく。

 

「本来の規格を越えた違法兵器ですからね。性能は折り紙付きですが……如何せん実用性が死んでいるというか。まあだからこそ、密かに不知火たちの方で回収することができたんですが」

 

 違法兵器の開発だ、持っていたら捕まる。密かに処理できる方法をマッド明石のいる鎮守府の提督は渇望していた。そこへ目をつけて、格安で買い取ったという訳だ。勿論売買の履歴は裏帳簿である。

 

「それを引っ張り出している不知火も大概なんだけどねー」

「必要だからです。秋月撃破の為には、これとポーラさんが必須だと、不知火は考えています」

 

 しかし送り込むのが遅くなれば、その可能性が消えてしまう。一刻も早い準備が必要だ。

 

「ポーラさん、秋津洲さんの準備は概ね完了しています。これを輸送する専用装備もできています。後は」

「はいはい、分かってますよー。艤装との調整作業をもっと巻けば良いんでしょ」

「無茶は承知ですが、夜明けまでには此処を立ちたい。お願いします」

 

 これ以上交戦を重ねれば、こちらの手の内を更に晒すことになる。秋月は次で必ず仕留める必要がある。その為なら手段は問わない。




卯月たちの知らないところで勝手に進む対秋月作戦。内通者がいるからしょうがないね。
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