前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第121話 殺した側

 卯月は基本、秋月に対して憎悪しか抱いていない。

 D-ABYSS(ディー・アビス)に洗脳されたわたしと同じ被害者、という認識こそあれど、それとこれとは話が別。

 敬愛する戦艦水鬼を殺された。どれだけ痛めつけても足りない。殺意のまま戮しても何も後悔はない。

 

 なのに、三回も取り逃がしていることのストレスのせいだろうか。

 

 卯月は久し振りの悪夢に苦しめられていた。

 

 地獄のような光景は変わらない。

 人の死体、艦娘の死体、瓦礫に埋もれて燃える鎮守府。それを実行した血塗れの自分自身と、溺れるような幸福感。

 

 ふと目線を逸らせば、親友だった菊月が絶望した様子で、こちらを睨み付けている。

 

 狂ってしまった親友を止めようと必死なのだろう。健気なことだ。愛おしいとさえ思える。

 

 けれども全部無駄。

 泊地水鬼さまから頂いた力を振るい、一瞬で菊月をバラバラにする。もの言わぬ顔には絶望の表情が張り付いている。

 堪らない。とっても愉しい。

 

「あはっ、あはははは!」

 

 裏切られた絶望、姉妹にそんな思いをさせた事実は、卯月を更に興奮させる。何もかもを踏みにじって蹂躙することは、とても心地よいことだと、卯月は知った。

 

 菊月に留まらず、短い間だったが、一緒に過ごした人たちを片っ端から潰していく。

 裏切られたことへの反応は様々だ。

 怒り、絶望、拒絶──昔の自分だったら罪悪感で狂っていたけど、そんなゴミみたいな感情はもうない。

 

「死ね死ね! みーんなブッ潰れろっぴょん! きゃははは!」

 

 悲鳴のような嬌声がリフレインする。自分であって自分でない幸福感が収まらない。頭がおかしくなる。これは夢なのか、今までのが夢なの。分からない。嫌だ見たくない、止めて、夢なら覚めて。

 

 

 

 

「卯月起きろって言ってのよッ!!」

「あっ……」

「ふぅー、やっと起きたわね、クソガキが」

 

 今までのは悪夢だったのか。しかし、起きたことで正気に戻ってきた心に虐殺の事実が圧し掛かる。

 卯月の精神が一瞬で瓦解する。当然同時に発作も起きる。卯月は幻覚の仲間たちに、すぐさま襲われた。

 

「い、いやぁぁぁぁ!?」

 

 普段なら、『これは幻に過ぎない』と、発作が収まるまでジッとしていられた。だが今回のはかなり酷い。悪夢で憔悴した直後に襲われたせいで、冷静に判断する余裕がない。

 瞬く間に正気を失い、幻に壊されていく。眼球は抉られ、耳が千切られ、全身が焼かれながら串刺しにされて、バラバラに千切られて、痛覚が残ったまま潰されていく。

 

「ヤダ、ヤダヤダヤダ!? 止めて、うあああ!」

「あーもう面倒なヤツ……クソッ、暴れるんじゃないわよ馬鹿卯月。落ち着けって言ってんでしょうが」

「こ、殺さないで……殺さないで……」

 

 悪態を吐きながらも、ここまで酷いのは久々だと満潮も思っていた。だがやることは普段と変わらない。四肢を拘束して、自傷行為に走らないようにしながら、声をかけ続ける。それ以外の方法を満潮は知らない。

 

「大丈夫よ、ここに敵はいない、殺しはしないから。だから安心しなさい。そんでさっさと起きなさい」

「……うう、あ、あぁ」

「……落ち着いたみたいね」

 

 錯乱し切って、自傷行為をする状態は脱出した。まだ幻は続いているが、一段落と言って良い。満潮は拘束を解除して、ゆっくりと背中を摩っていく。そのお蔭で卯月の呼吸は徐々に落ち着いていく。

 もう少し時間が経つと発作は完全に収まる。興奮でゼイゼイ言っているが、呼吸も落ち着いた。

 

「た、助かった、ぴょん」

「水よ、呑みなさい」

「うん……」

 

 渡された水を呑み込む。吐き気がないのは幸いだが、気持ち悪い感じは残っている。

 

 悪夢に魘されて発作に狂わされたせいで、パジャマが汗でびっしょりだった。このまま寝たら冷えて風邪を引いてしまいそうな感じだ。

 

「着替えるか、拭いた方が良さそうね」

「あ、ごめん……じゃあ着替えちゃうぴょん」

「そう。着替えはそっちよ」

 

 別に今日という訳ではない。発作が酷い時に備えてタオルと着替えは毎晩用意してある。とは言え、着替えなければならない程酷いのは稀だ。今回はその稀にあたってしまったのだ。

 

 まだ発作のせいで震えている。身体が上手く動かせない。満潮に手伝って貰いながら替えのパジャマに袖を通す。パリッと乾いた気持ちの良い肌触りがした。最近は黒タイツ(鎖帷子)ばかり着ているから尚のこと気持ちが良い。

 

「うう……痛いぴょん、気持ち悪い……うーちゃんの身体、ちゃんと繋がってるよね……?」

「……大丈夫、不細工な顔以外は全部大丈夫」

「なんて奴ぴょん」

 

 鏡を見る勇気はなかった。自分の目が信用ならない。鏡越しでも幻覚を見るかもしれない。また幻を見たら持たない。

 

「どうする、寝るの。アンタが決めてくれなきゃ私も寝れない」

「……ムリ、すっかり目が覚めちゃったぴょん」

「面倒なクズね死ねば良いのに。しょうがない、何か飲みに行くわよ。暖かいものでも飲めば多少眠くなるわよ」

 

 一々一言多いが迷惑をかけている自覚はあるので黙っておく。まだ一人では足が震えて上手く立てない。満潮に手を引いて貰いながら深夜の基地を歩く。すっかり丑三つ時だ。多分中佐とかも寝てるんじゃないか。

 あんな幻覚を見た後なので、暗闇とか静寂が恐く感じる。卯月は無意識の内に満潮の手を握る。満潮も意識してかせずか、強く握り返してくる。

 そうしていれば食堂までは直ぐだった。

 

 しかし何故か、食堂に明かりが灯っていた。

 

「……誰かいるぴょん」

「わざわざ言わなくても分かるのよ、わたしを馬鹿だと思ってんの」

「うん」

「くたばれ」

 

 と言ってデコピンをおでこにお見舞いする満潮。

「痛い」と訴える卯月を無視して食堂の様子を伺う。こんな時間にいるとは誰なのか。わたしたちと同じように夜寝付けなくなった輩なのだろうか。

 壁の端から顔を覗かせる二人。

 そこにはやはり人が一人いた。背中を向けているからこちらには気づいていない。ゆっくり歩いて接近してもまだ気づかない。

 

「熊野……?」

 

 卯月が声をかけて、やっとその存在に気がつき振り返る。食堂にいた人影の正体は一日外出から帰還した熊野だったのだ。

 

「あら、卯月さんに満潮さん。こんばんわ」

 

 しかし、その様子はどうにもおかしかった。目の隈は酷いし顔色も悪い。テーブルに置いてあるホットミルクはとっくに冷めている。

 普段のような、お金に執着する貪欲な感じはまるで見つけられない。いったいどうしたんだろう。卯月は心配になってきた。

 

「……どうかしましたかお二人とも?」

「アンタ何してんのよ。そんなひっどい顔色で。まるで病人よ」

「……そこまで、酷いですか」

「うん一目で分かるぴょん。深海どものお肌の方が、まだ生気を感じられるっぴょん」

 

 満潮も気づいていたらしい。深海どうこうの下りは余り冗談ではない。深海棲艦の方がまだ生き生きしている。

 二人に直ぐに気づかれてしまう程、顔に出ていると自覚した熊野は、露骨に大きなため息をついて机に突っ伏した。

 何故、こんなことになっているのか。その理由の検討は大体ついている。

 

「アンタ、一日に出かけてたのよね」

「ええ……あ、ごめんなさい。訓練の約束を反故にしてしまって。この埋め合わせはいずれ必ず」

「そんなことはどうでもいいのよ。()()()には会えたの?」

 

 その一言で熊野は『知っている』と理解した。

 

「……ハァー、誰がしゃべったんですの」

「不知火だぴょん。テメーが訓練すっぽかしたからそのペナルティぴょん」

「あー、そういうことですの。釈然としませんが、自業自得ってことですのね。不知火さんめよくも」

 

 悪いのは熊野自身だ。それは自覚しているから強く言いはしないが不愉快だった。前科戦線で過去を漁るのはタブー。あろうことか管理者側がそれを踏み抜いたのだから。いや約束を破ったのはわたしだけど、そこまでしなくても。

 そう逡巡する思考を、卯月が頬をつねって中断させた。

 

「痛いんですけど」

「寝てるかと思ったぴょん」

「寝ていませんわ」

「ならば、どーだったか白状するぴょん。飛鷹さんが観測した鈴谷と、熊野の親友の『鈴谷』はイコールなのかぴょん?」

 

 結構容赦のない卯月の問い掛けを喰らった熊野。彼女は目線を二人から逸らすと、机に突っ伏してしまった。

 突っついても何も話さない。無反応だ。

 卯月と満潮は顔を見合わせる。そして熊野を放置してホットミルクを入れ出した。満潮は紅茶(砂糖ミルクマシマシ)だ。元々これを飲んで一服する為に来たんだからおかしいところは何もない。

 

「はー、甘くて美味しいぴょん。落ち着くぴょん」

「同意するわ……こんな物一々呑まなきゃ落ち着かないってのは、ホント人の身体は難儀ね」

「美味しさが分かるんだから、良いじゃないかっぴょん」

「その人の身体のせいで、アンタだって『発作』を抱え込む羽目になってんじゃない。嫌だとは思わないの」

「むむ……発作は嫌だけど、ご飯は好きぴょん」

 

 これで発作に苦しむのは何度目だろうか。

 絶対に口には出さないし認めないものの、それが卯月の罪悪感から生まれたモノなのは確か。人でなければ、罪悪感がなければ、ここまで苦しむことはなかった。

 しかし、それを放棄したら、ご飯が美味しくなくなる。

 

「味覚を得たことでの対価と思えば、まあ、納得できるぴょん」

「それでも尚食欲が勝つのね……」

「お二人ともよく私を無視したまま会話できますわね。ちょっと酷いですわよ」

 

 ずっと突っ伏したまま黙っていた熊野が漸く口を開いた。

 

「いや触れちゃいけないのかと思って」

「あそこまで突っついといて何を今更言っているんですか」

「じゃあ何で黙ってたのよ」

「そんな雑談するように言える話題じゃありませんの……最上さんが劣るという訳ではありませんが、これから私は『鈴谷』を……戮さなければならないかもしれないんですよ」

 

 卯月と満潮は、ホットミルクの入ったカップをテーブルへ置く。のんきに聞いていられるような話題ではなかった。

 熊野の一言で、『鈴谷』が今どうなっているのか察してしまったからだ。

 

「鈴谷って、大本営の技研にいたって聞いたぴょん」

「ええ、()()()()()

「過去形で言ったわね。じゃあ、今は何処にいるの」

「……不明、でしたわ」

 

 熊野は一日費やして鈴谷の所在について調べていた。彼女自身の繋がりやコネを使い情報を集めた。

 しかし、そこまでやって手に入れた情報は、鈴谷は技研にはいない。

 それだけだった。

 

「何処に行ったのかも分からないの?」

「裏ルートで得た情報ですと、技研から脱走した際に深海棲艦に襲われて、遺体も残らず沈んだとありましたが」

「すっごい嘘っぴょい話ぴょん」

 

 ワザと鈴谷を消したとしか思えない噂話だ。嘘が嫌いな卯月はそれだけで機嫌を悪くする。だが、そんなウソを吐くのには理由がなければならない。

 卯月は、察する。

 内通者がいることを、D-ABYSS(ディー・アビス)としての敵に鈴谷(仮)がいることを。

 何の根拠もない想定だが、妙にしっくりくる気がする。

 

「内通者が、鈴谷が沈むように仕向けて、誰かが回収して……仕込んだってこと?」

「……何の根拠もないじゃない」

「いやうーちゃんも同じこと思ったけど、でも」

「違和感はそんなにありませんの……根拠もないのに、だから余計に、頭が痛くて」

 

 と言って熊野はまた机に突っ伏した。こうなっているのはプレッシャーとかではない。答えが見つからないことへのストレスだ。

 敵が熊野の友人だった『鈴谷』かは分からない。

 唯一分かっているのは、もう技研にはいないという事実のみ。なら彼女はどこに。本当に敵に。それとも沈んだのか。

 漠然と不安だけが積み重なったせいで、こうなっていたのだ。姉妹殺しへの恐怖だけが肥大化していく。

 

「……姉妹を、殺すことに」

 

 卯月はさっきまで見ていた悪夢を思い出していた。以前も視た夢。わたしに裏切られた仲間たちの表情。

 けど、今回の悪夢は、その顔が良く見えた。

 こんな夢を見たのは、熊野に触発されたからなのかもしれない。

 けれどもどう言葉をかければ良いかなんて分からない。何せこっちは裏切った側なのだから。

 

「分かっていますわ、以前言った通り、戦うしかないことは」

「そうするしかないでしょ」

「仰っている通りなんですがね、まさか、此処まで踏ん切りがつかないとは思いませんでしたわ」

「……うーちゃんには分からないぴょん」

 

 裏切られて、これから殺す側の気持ちは分からない。察するなんて嘘だ。気持ちは本人にしか分からない。

 

「熊野も、鈴谷って人の気持ちも、分かんないぴょん」

 

 だから卯月に分かるのは、()()()()()の気持ちだけ。

 

「だから、その……うーちゃんがそこにいたなら」

 

 卯月は自分が分かっている真実だけを口にした。

 

「絶対に止めて欲しいって思う。例え殺されてでも……できれば、親しかった人に殺して貰えたら、嬉しいって思うぴょん」

 

 熊野が目を丸くしてキョトンとする。卯月は自分がだいぶアレなことを言ったことに気づく。

 

「……卯月さん、案外残酷なこと言うんですね」

「だ、だから鈴谷が、そう思っているかは分かんないぴょん……分かることを言っただけだぴょん!」

「ええ、そうです、分かっていますわ」

「ね、寝るぴょん!」

 

 これじゃヤンデレの類じゃないか。わたしはそんなキャラじゃないぞ。

 と混乱しながら自室へダッシュする卯月、それを追い駆ける満潮。

 食堂へ取り残された熊野は、放置された二人分のカップを見る。

 

「これ私が洗わなきゃダメなんですかね」

 

 ハァ、とため息を吐き、熊野は漸く立ち上がることができた。

 

 身内に殺された方が良い。

 

 鈴谷はどう思うだろう。私を前にして何を願うだろう。その答えは──




そろそろ秋月との第三ラウンドに入りたい。
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