前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第122話 残渣

 熊野が帰ってきてから数日間、卯月たちは訓練に勤しんでいた。対空訓練も熊野が戻ってきたことで更に充実。ファンネル瑞雲とステルス艦載機への対策も、疑似的ながらどうにか積み重ねていく。

 

 当然、それだけではない。以前那珂に教えて貰った修復誘発材を用いた絡め手、それを活かす為の連携もより習熟させる。

 砲撃や雷撃、体力訓練、大井に貰った教本を参考にしつつ、できるトレーニングは全て行った。

 

 加えて卯月は、それらを黒タイツ(鎖帷子)を着ながら行った。動くのも重い。関節を曲げるのも重い。指先を曲げるのさえ重い。という大リーグ養成ギブスめいた拷問器具を着用しながら毎日過ごしていたお蔭で、今まで以上に体力が向上していた。

 

 もっとも毎日が忙しいせいで、自身がどの程度成長したか感じる暇は生憎ない。成長している感覚はあれど、実感は湧かなかった。

 まあ大丈夫だろう、多分! 

 そう楽観的に考えて、地獄を耐え抜くこと数日間。ある日卯月たちは北上に呼び出された。

 

「お邪魔しまーすだぴょーん!」

「あいよー、待ってたよー」

「アンタが呼ぶってことは、艤装のことについて何か分かったの?」

 

 急かすように問い詰める満潮。最近訓練が忙しく、無駄な時間を過ごしている暇はあまりないのだ。

 しかし逆に卯月は訓練が嫌なので、何としてもサボれる時間を増やさんと行動する。

 

「いやぁ訓練が大変だぴょん。お茶の一杯でも飲みたい気分だぴょん。この際水でも良いから一杯飲みたいぴょん」

「ラムネならあるよ」

「わーい、定番の品物だっぴょん!」

 

 キンキンに冷えたラムネが二本投げ渡される。一本は満潮の分だ。

 中の硝子玉を落としてラムネを中に流し込む。甘い味わいが炭酸の刺激と一緒に喉を突き抜けていき、潮風でベタベタになった口がスッキリしていく。

 

「あ゛ー! 最高だっぴょん!」

 

 あと時間を延ばすためにチビチビケチケチ飲んでいた。隣で見ていた満潮には目的がモロバレである。

 

「こんなの飲んでいる場合じゃないんだけど……まあ頂くわ」

 

 流石に貰いものを捨てるような真似はしない。そして卯月もどうせさっさと飲み切らない。溜め息を吐いて諦めて、満潮もラムネをちびちびと飲み始める。

 

「で、要件は。呑みながらでも話せるでしょ」

 

 隣で卯月が睨みをきかせてくる。サボる時間を減らす真似をする奴は敵なのだ。満潮は完全無視を決め込んだ。

 

「前の出撃で作動条件を満たしたのに、パワーアップがなかったって言ってたじゃん。それの原因が多分分かったから、その連絡だよー」

 

 システムの作動条件は──恐らくだが──『憎悪』である。卯月はそう見込み、作動に足る圧倒的な憎悪を爆発させた。

 結果、作動探知機は、システムの()()を感知した。卯月の予想は合っていた。

 にも関わらず、肝心の強化は起きなかった。

 北上は鎖帷子を編んで以来、ずっとこれを調査していたのである。

 

「とは言ってもねぇ……憶測に近いから、これが正解とは言い難いんだけど」

「そこはどうだって良いぴょん。うーちゃんこの件については北上さんに頼るしかないし」

「そうよ、早く言って」

 

 艤装の心得など全く知らない。最低限度の整備を行える程度の知識しか有していない。しかも特級の危険装置。大本営とか他の鎮守府に協力を仰ぐのは、情報漏洩的に危険過ぎ。だから北上だけしか頼れない。

 呼んだ以上話すつもりだったが、事の他頼られていることに、北上は一瞬だけ表情を和らげ、説明に入る。

 

「前調査した時だけどさ、D-ABYSS(ディー・アビス)は、深海のエネルギーを取り込んで、艦娘を強化するシステム……って説明したことは、覚えているよね」

「うん。その弊害で洗脳されるって聞いたぴょん」

「逆かもしれないともね」

 

 そのエネルギーを計測する謎技術もあると聞いている。妖精さん印の製品だ。

 

「で、この間の秋月との戦いね。ログに残った通りシステムは間違いなく作動していたよ」

「じゃあやっぱり条件は『憎悪』かぴょん?」

「だろうね、でも、深海のエネルギーは取りこまれていない」

 

 謎はそこだ。秋月が何か仕込んでいたんじゃないか。そんな気はするが、どうやったのかは検討もつかなかった。

 しかし、今の北上は気づけていた。故に朧げながら理解できていた。

 

「……という訳じゃなさそうだったのよね」

「ぴょん?」

「あのシステム周りを調べまくっている内にさ、見つけたのよ。何と言えば良いのかな。吸引口……かな。エネルギーを集積して、本体へ送り込む為の部分があった訳。まーそりゃあるよね、そういう所は」

 

 見えない力を取り込むというオカルトめいた代物だが、それでも機械だ。構造がある。エネルギーを吸収して本体へ還元する為の機構を北上は見つけた。

 

「でもってそこを調べたらさ、あった訳よ、()()が」

「残渣って、取り込んだ力の残差?」

「そう。前までの作動分の残りもあったから、調べるのは大変だったよー。時間経過によるこびり付いたエネルギーの劣化度合いを調べなきゃ、判別ができなかったからねー。勿論今は判別できてるよー」

 

 換気扇に汚れが付着していくように、このシステムも吸引口に力のカスが残るのだ。

 但しあくまでエネルギー、物理的な付着ではない。時間経過と共に空気中へ霧散していく──そんなレベルだから有毒性も皆無だ──どれぐらい消えているかを測定しなければ、そのカスがどの作動で付着した物か、判別はできない。

 

「で何が言いたいんだぴょん?」

「付着してたの、この間の戦闘時に作動させた時、取り込んだとみられるエネルギーの残りカスが」

「……取り込めてない筈ぴょん?」

「うん、そう思ってた。でも吸引の()があった。つまり、とんでもなく微量だけどエネルギーは取り込めてたのさ」

 

 となると……どういうこと? 

 作動してないと思ってたけど作動してた。取り込めてないと思ったら取り込めていた。ハテこれは如何なることか? 

 

「ここからはほぼ推測だよ」

「うん、この際なんでも構わないぴょん」

「多分、秋月に()()()()()んじゃないかって、アタシは思ってるんだ」

「……引き負けた?」

「エネルギーの取り合いになっちゃったって、アタシは思っている。あの戦場に最上……じゃない鈴谷が出てきた理由も、そこにある気がする」

 

 大前提として、エネルギーは有限である。

 海全域を領域とした莫大な負念の温床でも、それでも有限だ。取り続ければ枯渇する。そうでなくても一気に取り過ぎれば枯渇する。

 

「秋月も卯月も、同じ装置を積んでる。同じところからエネルギーを奪ってる。言い換えれば……」

「取り合い。ってことね」

「そゆこと。秋月はその取り込む出力を大幅に上げたんだよ。だから卯月の取り分がほぼなくなった。そーゆーことだと私は思うんだ」

「確かに、それなら鈴谷は来れないわね。来たらあいつまでエネルギーを取られるでしょうし」

 

 仮に同じ出力にしたら、今度はお互いの取り分が減って強化度が減る。良いことは何もない。

 つまり、この仮説が正しい場合、対抗策は割と簡単に見えてくる。

 極めて単純だが、危険な方法。

 

「出力上げれるけど、どうす」

「オーケーぴょん!」

 

 だが卯月は即答だった。しかも喰い気味だった。

 

「ってオイ、ちょっとは逡巡しなさいよ」

 

 卯月ではなく満潮が突っ込む始末だ。こいつはこの提案の危険さを分かっていないのか。どれだけ馬鹿なんだ。満潮は呆れ返る。

 

「何で迷うぴょん?」

「今の出力でさえ、心身ともにあんな負担がかかってんのよ。これ以上取り込んだらどうなるか分からないじゃない」

「そーだよ。試運転も多分できないだろうし、凄い危険だよ。もしかしたら深海棲艦に変異するなんて可能性も」

「でも動かせなきゃ意味ないぴょん?」

 

 そう真顔で告げる卯月に迷いはない。肝心な時に動かせないシステムには何の意味もない。あんな化け物を仕留めようとしているのだ、それぐらいのリスクは止むを得ない。殺すためには合切の手段を問わない卯月は、こういう時絶対に迷わないのだ。

 

「……うん、聞くのが早かったわ。もうちょっと色々試してみてから、改めてってことで。まー伝えたいことは伝えたよ」

 

 試運転もできるかもしれない。他の対処法があるかもしれない。卯月に大きなリスクを背負わせる判断をするべき状況ではないと、北上は判断した。

 心身の負担はどうでも良いが、深海棲艦化は困る。代替手段があるならそれに越したことはないから、卯月も頷いた。

 それでもダメならやるしかない。卯月は一切気にしない。その程度の覚悟はとっくにできている。

 

 これで話は終わり。そう思った。けどそこで満潮が首を傾げた。

 

「……ねぇ、ちょっといい?」

「どしたの満潮」

「アンタの推測だと、D-ABYSS(ディー・アビス)同士でエネルギーを喰い合うってことよね」

「そうだけど」

「じゃあシステムを積んだ艦娘は、二隻以上は同じ部隊に出せないってこと?」

「そうなるね」

「強化システムなのに?」

「あっ」

 

 そう、強化システムと考えると、これはとんでもない欠陥となる。

 システムを積んだ艦娘が二隻以上出撃した場合、お互いにエネルギーの取り合いになってしまう。十分な力を取り込めなければ碌にパワーアップできず、二隻との半端な状態で終わる。

 

 万全のパワーアップをしたいなら、システムを積んだ艦娘を二隻以上入れたらダメ。

 加えて相手側にも同じシステムを積んだ艦娘がいたらダメ。大幅な強化の代償として、艦隊の編成その物に縛りが出てしまうのだ。

 実際、これが原因で、鈴谷は前線に出てくることができなくなっている。

 

「なら、このシステムって……」

「量産する意味合いが全く持って皆無。そう私には思えるんだけど」

「そーゆーことだろうね」

 

 確かに単独でも馬鹿げたパワーアップができる。秋月を見れば一目瞭然。

 しかし戦場はあくまで数、数の暴力でごり押しされたらどうにもならない。なのに、一部隊に付き一隻しかD-ABYSS(ディー・アビス)艦娘は編成できない。

 

「……つ、使い辛いことこの上ないぴょん」

「本当にコレ強化システムなの? こんな有様で。本当は洗脳の為の装置なんじゃないの?」

「生憎目下調査中なので」

 

 量産価値があんまりない強化システム。思わぬ所でその存在定義が揺らぐ。このシステムは何の目的で作られた物なのか。

 卯月たちは全員、首を揃えて傾げる他ないのであった。

 

 

 *

 

 

 結局何だったんだあの装置は。という所で話は終わる。エネルギーの奪い合いに負けたことでの機能不全。それの解決方法は後回しとなる。

 しかし、北上は既にいくつか手法を考えていた。一番確実な一手を確かめる作業が残っているだけ。明日には結論が出ているそうだ。

 

 その日、卯月たちはそれ以上の訓練をしなかった。

 正式な命令が出ている訳ではない。だが不知火や飛鷹が、休めという感じの雰囲気を出していたからだ。

 

 間違っていたらアレだが、きっと明日が出撃になる。

 

 けど内通者がいるから、直前まで出撃の命令は出すことができない。だから直接の命令ではなく、()()()方向で休ませようとしてきたのだ。

 この空気に甘えて二人は最後の休息を取ることにした。特に何かやる訳でもない。せいぜい簡単なストレッチ程度。

 

 卯月も今まで日中はずっと着ていた鎖帷子を脱いで、久し振りに軽い身体を堪能する。今日はもう身体を全力で休ませるのだ。

 

 その為には飲まねばならない物がある。

 

「呑まなきゃ寝れないでしょ、飲みなさい」

 

 満潮が水の入ったコップと一緒にお盆に乗せて持ってきた物。それはお薬である。ついでに述べるととっても苦いお薬である。

 まさか無様に我儘を言う気はない。でも嫌だ。苦くて不味いのは嫌なのだ。

 

「……言われなくても飲むぴょん」

 

 実際飲まないとダメだったりする。

 どういう薬かと言うと、睡眠薬に加えて精神系の薬だ。以前も同種の物を処方して貰ったがいまいち効果がなかったということで、艦娘用に更に調整された薬を調達してくれたのだ。

 

 飲まないと余りにも悪夢が酷い。寝れても途中の発作で飛び起きてしまう。安定して一日寝る為にはどうしてもこれが必要だった。

 

 但し管理は満潮がしている。

 余りの悪夢に耐え切れなくなった卯月が、発作的に大量に飲まないようにする為だ。

 やり過ぎじゃないかと思ったが、あんな激しい発作を起こしている以上、そう文句も言えない。

 

 苦虫を潰したような表情になりながらも、卯月は薬を一気に飲み干した。これで大丈夫だ。安心して眠ることができるだろう。

 不味すぎて吐き気がすることさえ除けば。

 

「明日、出撃なのかなぁ」

「多分そうでしょ。寝て休むわよ」

「珍しいぴょん。お前だったら勝手に筋トレでもしてそうなのに」

「あんな化け物相手、一夜漬けでどうこうできる相手じゃない。万全の体勢で挑む方が優先よ」

 

 全く持ってその通り。どうなるか全く分からないが、今はとにかく心穏やかに眠ることにしよう。

 卯月と満潮は同じベッドに入り、いつも通りの体勢で瞼を閉じた。

 

 結局、その日も軽い発作を起こす羽目になったが。




深海のエネルギーなんてものを取り込みまくって身体に良い訳がない。うーちゃんの行く末は如何に。
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