「ホント薬効いてんのかな……」
「飲んだだけでどうこうなる方がよっぽどレアケースでしょうが」
「そうだけどさぁ……」
秋月との再々戦が近づいてきたその日の夜。発作を抑えて熟睡するために薬を処方して貰ったが、あまり効かず結局悪夢&発作で叩き起こされ、げんなりしている卯月。
薬のお蔭で症状その物は軽めでおさまったが、夜中叩き起こされるのは堪える。付き添っている満潮もそうだった。
「ちょっと相談しとくぴょん……はぁ、お医者さんに行きたいぴょん」
「軍医なんていないからねここ。そもそも艦娘が風邪を引くこと自体稀だもの。だいいちいても精神科医はそういないわよ」
「でっすよねー」
そもそも人間より遥かに強い艦娘だ。風邪を引いても持ち前の体力で、市販の風邪薬を飲んでいる内に治るケースが大半。ましてや精神系の軍医など少数派。こんな前科持ちの吹き溜まりに配属される筈もない。
「今まで通りだけど、飛鷹さんに聞いとくぴょん」
「そうしなさい。じゃあさっさと起きるわよ。今日出撃かもしれないんだから」
「へいへい、了解だぴょん」
どちらにせよ近日中に出撃するだろう。十分回復できている。内通者がいる以上時間をかけるほど不利になっていくのはこちら側なのだから。急ぎすぎも良くないが、今は急ぐべき状況だ。
その足で食堂へ向かい、朝食を流し込んでいく卯月たち。
今日のメニューは炊き立てのごはんに生卵、納豆に味噌汁たくあん。といった具合に、ザ・和食のメニューだった。
パンとか洋風の食事も美味しいが、やっぱり体に馴染むのはこういった和食メニューだ。こういう物を食べて数世紀生きてきたのだ。美味しいとかとは別で、とても安心できる味わい。
悪夢と発作で消耗した体に、芯から染みわたっていく感覚。卵かけご飯をズルズル流し込み、たくあんをボリボリ齧って、温かい味噌汁の味わいを楽しむ。
「……はぁー、ほっこりするぴょん」
「それはどうも。美味しいなら何よりだわ」
「あ、飛鷹さん! 今日も御馳走さまだぴょん、いつもありがとぴょん!」
「気にしないで、仕事だから」
「いやいや、ホント感謝してるぴょん!」
飛鷹はそう言って謙遜するが、仕事でも関係ない。美味しい物を作ってくれる人には敬意を表する。これをまた食べようと思うと、生還への力が湧いてくる。大げさかもしれないが命の恩人と言っても良い。
「まだ食べ終わらないの?」
「む、味わいつつよく噛んで食べているんだぴょん。ご飯ぐらいゆっくり堪能させろぴょん」
「ここは軍隊よ。そんなマイペースは許されないわ」
「前科持ち共のゴミ捨て場に今更何を言ってるぴょん……」
「それでもよ」
そう言っている満潮は既に食べきっていた。彼女自身が言っていたようにさっさと食べてしまったらしい。あれで味わったのだろうか。美味しいと感じたのだろうか。気にせず食べるのは飛鷹さんに失礼ではないか。
何故そんな行動を平然と取れるのか。
卯月にはその心境がさっぱり分からない。ただ機嫌が悪くなる一方だ。
「まー良いぴょん。うーちゃんは自分流でやるから、お茶でも飲んで待っててくれぴょん」
「チッ……のんきな奴、理解できないわ」
「おお! うーちゃんも同じ気持ちだぴょん。これは相思相愛という奴では……オエエエエ!」
自分で言って吐き気が込み上げた。いや実際は吐いていないからご安心ください。
満潮はそうしている間に、お茶を飲みに席を外していた。
「別に気にしてないわよ、食べ方のスタンスなんて人それぞれだしね」
「飛鷹さんがそういうなら良いけど。でも楽しもうと思わないのかぴょん」
「人と軍艦がごっちゃになってるのがわたしたちだからね。それはとても難しい問題よ」
物に人の感性を持たせればそれは人に成るのか?
その答えを卯月は知らない。だいいち卯月は自分自身を人と認識していない。
あくまで別種、あくまで『艦娘』。
しかし、折角持って生まれた感性だ。楽しまなければ損だと思う。
「ふぅ、ミッチーを気にするなんて時間の無駄だぴょん。ご飯食べるぴょん」
無駄な悩みだと捨て去り、卯月は愉しい食事へ神経を集中させる。もっとも殆ど食べていたので、食べきるまでにそう時間はかからなかった。
朝食が終わった所で、卯月は飛鷹に声をかける。別の強めの薬がないかという相談だ。
「薬って、うーちゃんに処方した睡眠薬と、精神安定の?」
「うん、そうだぴょん。あんまり効いている気がしなくて、もう少し別の物があれば嬉しいぴょん」
「そう気楽に言わないで欲しいんだけどね」
薬なんてそうホイホイ処方できる物ではない。能天気な卯月に飛鷹は溜息をついた。
「……まあ、用意はあるから良いけど」
「じゃさっそく」
「ダメ、それは帰ってきてから。出撃中に副反応があったらヤバいでしょ」
「ぶー、しょうがないぴょん」
飛鷹の言うことももっともだ。戦っている最中に中毒症状でも起こしたらひとたまりもない。全く効いていない訳じゃないんだから、とりあえず前の薬を飲んで暫くはしのごう。そう判断して卯月は食事を終わらせた。
「……うーちゃん」
「ぬ、どうしたぴょん?」
「そんなに効いていないの?」
「うん、体感的には殆ど効果なさげぴょん」
発作は弱めになっていたから全然効いてないってことはないんだろうけど。
飛鷹の質問はそれだけだった。多分、薬が上手く作用してないことを心配しているのだろう。
そんなの気にしなくていいのに。
卯月はそう思いながら、満潮と一緒に食堂を後にした。
*
その日、前科戦線はやはりどことなく慌ただしいように感じられた。誰かが出撃準備をしている訳ではない。それでもそれなりに長く暮らしているから、空気の違いは分かる。
情報を隠匿するため、出撃のタイミングでいきなり招集がかかるに違いない。いつそうなっても良いように、心構えだけはしっかりとしておく。
適度な緊張感を保つ。
その足で向かったのは北上の工廠だ。昨日の件──どう秋月のシステムと拮抗するかという問題──について、答えが出たそうなので、それについてで呼び出されていた。
工廠に入った二人は、卯月の艤装を前にして、北上の言葉を聞く。
「いくつか方法はある。そう言ったと思うけど」
「うん、結局どれになったんだっぴょん」
「全部」
「ワッツ?」
ともすれば適当と捉えられかねない発言に、二人は耳を疑った。当然北上はそういった意図で言った訳ではない。
「元々あんなこと言ってたからさ、どこをどう弄れば、システムの出力を上げられるかは分かってたんだ。やっぱりそれが一番シンプルなやり方だと思ったから、まずそれにした。艤装はもう調整済みだよー」
「つまり?」
「
卯月と満潮は二人揃って「やっぱりか」と頷いた。
システムが起動できなかったのは、大本のエネルギーを秋月に全部取られていたからだ。逆にこちらも出力を上げて取り込む力を強めれば、それに拮抗することができる。むしろ上手くいけば相手を弱化できるかもしれない。
「ただ昨日も行った通り、これは結構危険なやり方だ。それも分かってるよねー?」
「……取り込み過ぎて、戻れなくなるって話よね」
「そう。秋月と引き合いになるだろうから、予想される程取り込むことはない。向こうと良い感じに拮抗するよう出力は調整したからねー……でもさ、万が一はある。例えば秋月を倒した直後、とか」
深海の力を取り込んで自己強化をするシステムだ。最初からまともじゃない。力に侵されて深海棲艦に成り果てて戻れなくなる可能性はあり得る。
気をつけるとか、注意するとか、そういうレベルの問題ではない。
その危険を除いても、身体の負担は今までの比ではない。危険性は絶対に残り続ける。その上で決断をしなくてはならない。
「保険はあるよー。そうなりそうだったら、例の気絶装置を飛鷹か不知火が作動してくれれば良いしねー」
「戦闘中に卯月の異常に気づけるの。後、前はその装置を破壊されたから、大変なことになったんだけど」
「それもまたリスクの一つ。絶対的な安全は確約できないの。任意でシステムを停止できるようにできれば良いんだけど……まだ、そこまで私じゃ行けなくて、ごめんね。今ならまだ出力戻せるけど、どうする?」
卯月は首を傾けて少しの間だけ悩んだ。そして目を開ける。現実時間にしてほんの数秒で彼女は決断していた。
「上げておいて。いざという時起動できるようにしておいて欲しいぴょん」
「……良いんだね?」
「秋月討滅が至上目的、その為ならば、多少のリスクは止むをえないぴょん。だからお願いするっぴょん」
リスクは大きい。しかしこれ以上交戦を重ねて、こちらの手の内を知られる方が危険。卯月はそう判断した。
実際の所もう秋月のニヤケ面を見たくない。いい加減今回で終わりにしたいという思いも相当に強い。昔の自分を見せつけられているようで、結構精神は削られていた。
「そう言うならしょうがないね。オーケーこのままで行こうか」
「ちょっとそれで終わりなの。他に手段とかはなかったの。アンタさっきそう言ってたじゃない」
「あるとも。でもこれが一番確実だから」
「口出しは結構、うーちゃんは覚悟ガンギマリなのだぴょん!」
まあ死んでも良いとまでは思っていない。散々苛立っているが秋月は所詮前座だ。あんなので死んでたらキリがない。
死なないけど、死ぬぐらいの覚悟で臨もう。
前座だけど半端な気持ちで勝てる相手ではない。卯月は今までの戦いで理解していた。
そんなことを言っている卯月を不満極まった目線で睨む満潮。わははと笑っている卯月は気づいていなかった。
「んじゃ他の対抗策も少しだけあるしね、そっちもやろっか」
「やるって、どゆこと?」
「試運転もなしに実戦投入する訳ないじゃん。接近戦をすることになるのは二人でしょ。だから慣れてもらわないとね」
*
秋月の
但し北上は足が不自由だ。海上で動き回ることは不可能。代わりの先生が教えてくれることになる。
「不知火です。宜しくお願いします」
何故不知火なのか。
それは駆逐艦だからである。
北上の提供した武器は、いずれも接近しての使用が前提。その為卯月たちと同じ駆逐艦の方が教えやすいからだ。
「前置きは良いぴょん。そう時間もないんでしょ? 早く教えてくれぴょん」
「焦らないでください。これを教えるぐらいの猶予はまだありますから」
「……やっぱりそうなのね」
今の発言、逆に言えば出撃そのものは確定しているという意味だ。推測してただけだったが、本当に出撃が近いと知り満潮は緊張する。
「北上さんが用意してくれた、システム阻害の兵装は二つです。生憎数が揃えられなかったので、一人一つでどうぞ」
差し出された武器は二つ。
片方はロケットランチャーのような大型兵装。もう片方はハンドガンのような小型兵装だった。
「って言ってるけど、満潮どっち取るぴょん?」
「別にどっちでも……じゃあこっちを」
「ならばうーちゃんはそれを奪い取るぴょん!」
満潮が選ぼうとしたものを敢えて横からかすめ取っていく。何故こんなことをするのか。当然嫌がらせの為である。
どっちでも良いが、まるで子供めいた悪戯にイラっとする満潮。構うのも面倒なので別の武器を選んだ。
結果取ったのはハンドガンの方だった。
「……なんかカッコ悪いぴょん。やっぱランチャーに」
「コレで殴るわね」
「良く考えたらハンドガンも中々オツだぴょん、スパイっぽいし!」
清々しい手のひら大回転。満潮も不知火ももう何も言わなかった。
「これで撃つの?」
「はい、ですが満潮さんの中身はミサイルではないので」
「これでミサイルじゃないって、じゃあなんなの」
「だから使い方を教えないといけないんです。貸してください、試射するので」
ランチャーを手に取る不知火。彼女は的に狙いを合せてトリガーを引く。動作そのものはイメージ通りの発射方法だ。
そして弾丸が発射される。中々の速度で飛来する黒い塊。パッと見砲弾に見える。
しかし、着弾寸前になって、黒い塊が変化した。
広がったのである。
一気に開いたそれは、的に覆いかぶさると、一瞬でキュッと閉まり的を縛り上げた。拘束具のようだが拘束は緩めだ。
「これって……布?」
「はいそうです。黒い球体に丸めた布です」
「……これで秋月を拘束しろと? こんなので? こんなもので?」
「プークスクス、オメーにはお似合いのおもちゃだぴょん!」
数秒後変死体と化した卯月。それを無視して不知火が説明を行う。
「以前、卯月さんの脚部艤装に纏わせたコーティングを覚えていますか」
「ああ……エネルギーの吸収を阻害するって言ってた奴。結局戦艦水鬼に破壊されてたと思うけど」
「構造はあれと同じです。それを大きな布状にしました。これを秋月の脚部艤装に上手く絡ませることができれば、彼女の強化を阻害できる筈です。直接撃っても良いですし、海面に置いて罠として使っても構いません」
海面に浮かばせたそれを不知火が踏むと、その振動に反応して、食虫植物のように足を縛り付ける。やはり拘束は緩めだが、早さは中々のもの。不意を突かれたらそう反応できない。すぐ破壊されるだろうが、一瞬でも阻害できるのは心強い。
「ただ布なんて飛びにくい物を飛ばそうとしているので、ランチャー並みの大きさになってしまいました。それと艦娘の艤装でもありません。攻撃を喰らえば一撃で爆散しますので、運用にはくれぐれもご注意を」
開発にかけられる時間がなかったのが主な原因である。持ち運びのし難さは気になるが、まともな対抗策があるだけマシだ。
満潮はそう納得して、命中率を上げるための軽い練習を始める。
次に説明するのは卯月の選んだハンドガンである。
「ねーねーねー、うーちゃんのハンドガンはじゃーなんなの?」
「卯月さんのはウイルスです」
「へー。なんて?」
なんか艦娘としては明らかに聞きなれない言葉が聞こえたんだけど。もう一回言ってと卯月は耳を澄ます。
「コンピューターウイルスみたいなものです」
「あー、うん、オーケー理解できたぴょん!」
「それが入った弾丸が装填されています。中を見れば分かるかと」
中ってなんだよ。
マガジンを取り外して妙に大きい弾丸を手に取る。パカッと開く形状になっていた。その中には小さな妖精さんが、スパイっぽい服を着て敬礼していた。
「……これを艤装にぶち込んで、システムを狂わせると?」
「おや察しが良いですね」
「こんなのウイルスじゃない! ただの砲弾型カタパルトだぴょん! まともなのはうーちゃんだけかっぴょん!?」
敵艦へ工作員を送り込むのに、カタパルトで直接叩き込む頭の悪い映像が脳裏に浮かぶ。こんなもんに詰められた妖精さんが哀れだった。確かに効果的だろうけど。これで良いのか艦娘。お前は良いのか妖精さん。
「この関係で口径が大きいです。反動も違います。弾丸の装填方法も独自規格です。今の内に慣れておいてください」
「ぴょーん……」
「お願いしますね」
布をぶっ飛ばすロケットランチャー。ハンドガン型工作員射出機。正攻法が困難とは言えこれで良いのか。何とも締まらない秘密兵器二つを前にして、卯月の気合はゴリゴリと削り取られていくのであった。
艦隊新聞小話
対深海棲艦用に、人間の武器って使わないの?
という疑問、あるかと思います。実際私の知り合いで、ハンドガンとナイフで片っ端から沈黙させる人いましたし。
でもまあ、ぶっちゃけるとまず使わないですね!今回のような例外を除くと絶無です!
まず砲弾や魚雷の方が射程距離も火力も高いですし、人間の武器を使わなければいけないような至近距離での戦いなんてまずないですし!
そもそも人間の武器じゃ、再生されてお終いですからね!以上!終わり!取材終了!
……と言いましたが、まあ真面目な話、深海棲艦は全員呪いの塊みたいなものなので、触れないに越したことはないんですよ。でも呪いなんて概念じゃお偉方納得しないんで、そーゆーことにしてあるそうな。
呪いの強さ?
一隻につき、暗殺されたモフモフ獣神の1000分の1以下ぐらい?海とかの環境適正もあるので、一概には言えませんけど。