前科戦線は過酷な戦場だ。素人の卯月が生き残るにはまず砲撃回避を身に付けなければならない。
当然、その訓練は過酷だ。
結局午前中は、那珂の砲撃をろくに回避できないまま終わってしまった。
「強過ぎるぴょん」
お昼時の食堂で、卯月は机に突っ伏していた。
「これでもまだ手加減してるんだけどねー」
「嘘ぴょん、那珂は嘘をついてるぴょん。うーちゃんは騙されないぴょん」
「ちょっとぉ、アイドルの嘘はNGなんだから!」
あれが手加減だったら、プライドに傷がつく。
だから本気なのだ、那珂は強がるために嘘を吐いている。卯月はそう思い込んで精神の安定を保とうと試みる。
「手加減だよ」
「う、嘘ぴょん……」
「卯月ちゃん? あれはね、手加減しているの。分かった?」
「ヒッ」
那珂がニッコリと笑みを浮かべた。
瞬間卯月を生命の危機が襲う。
有無を言わせぬ圧倒的圧力。いつまでも嘘だ嘘だと言ったせいで、那珂はちょっと苛立っていた。
「って言っても、全然回避できないぴょん。最初からハードモード過ぎるぴょん」
「うーん、そう言ってもねー、最低限アレは回避できないと、ホントに沈んじゃうよ」
言い方は緩いが、冗談めいた雰囲気ではない。どんな戦場か想像もできないが……死亡率七倍だ、地獄は間違いない。
沈んだら元も子もない。深海棲艦どもを殺せなくなる。でも訓練のレベルが高すぎるとも思う。過酷過ぎて訓練に成っていないと、卯月は悩んでいた。
「なにせ三日後には初陣だしねー、なんとかしないと」
「うんうん……いまなんて?」
「え、なんとかしないとって」
「いやそっちじゃない、いつ初陣ぴょん!?」
「明々後日、三日後だね」
おやおや、覚え違いだったっけ?
卯月は記憶を掘り起こす。昨日球磨は言っていたぞ、初陣は一週間後だから、急ピッチで訓練してるって。
間違いなく一週間後、だった。
「一週間後じゃなかったぴょん!?」
「あ、予定が変わったんだって。理由は那珂ちゃんも知らないよ」
「うっそぴょーん……」
なんでそうなった。理由は分からない。でも訓練がハードモード化した理由は分かった。明々後日までに仕上げないといけないからだ。
「ああでも、ちょっとだけ不知火ちゃんが言ってた」
「不知火が?」
「出撃予定エリアだけど、『姫』が出る可能性が高いって」
姫、と聞き、卯月は戦慄する。
無尽蔵に湧き出て来る深海棲艦。それらを統率するボスの総称が『姫』だ。他『鬼』とかもあるが、それは別のお話。
姫はより下位のイロハ級を統率できる。それだけでも脅威だが、なによりも圧倒的に強いのが特徴だ。火力、装甲、耐久、どれもイロハ級の比ではない。
知識では知っていた。でもまさか、初陣で相対することになるとは思ってもみなかった。駆逐艦、睦月型の装甲では、一挙手一投足が致命傷になるだろう。
「まあいつものことだけどね、那珂ちゃんたちの行く場所はだいたい姫ばっかだから!」
「あー、ばっかって、姫が二、三隻ってことかぴょん」
「ううん、全部」
なるほど死亡率七倍は伊達ではない。一人納得する卯月の目は死んだ魚のようだった。
「だから訓練も、それを前提にしてるんだよー」
「納得したぴょん……でも、どうすれば良いぴょん」
姫級に取り囲まれたら死ぬ。
だから全方位からの砲撃を回避できるような訓練をしてるのだ。現状成長できてる気はしないけど。このままじゃ時間の無駄だ。
「うーん、卯月ちゃんって砲撃を
「ダメなのかぴょん?」
「一対一なら良いんだけどね。
もちろん認識した方が確実に回避できるよ。でも認識できる数には限界があるんだよ。それを越えた攻撃には対処できなくなっちゃう」
那珂はその状況を疑似的に再現していたのだ。
一人では数は撃てない。だから砲撃そのものを認識されないように、全方位からの攻撃を繰り返していた。
なるほど、と納得すると同時に気づく。
那珂は、そういった認識を越えた動きを『一人』でやっていたのか?
……考えない方が良さそうだ。わたしにはまだ早い。
「電探とか使えば、後ろも見えるようになるぴょん」
「駄目だよ、それでも認識の限界はある。だからこうすればいいの」
「こう?」
「認識する数を、減らせばいいの。そうだね、それが良い! 午後からはその訓練をやってみよう!」
昼御飯を早々に終わらせて、那珂は席から立ち上がる。卯月もつられてご飯をかっこんだ。
艤装を装備した卯月は再び海に向かう。
ただし午前と違い主砲を装備している。さっきは動きの邪魔だったから置いてきたのだ。
「主砲のちょーしはどう?」
「試し撃ちしてみるぴょん」
海上に浮かんだ的がターゲットだ。
卯月、もとい睦月型の主砲は単装砲タイプだ。
連装砲より威力や命中率は劣るが、一発の狙いを確実にできる。
撃ち方の訓練も神鎮守府でやってる。やり方は分かっている。
両手で主砲を構え、目線の高さまで持ち上げる。
本当なら風速とか重力とか緯度とかを計算しないといけないが、その辺は妖精さんがアシストしてくれる。
艦娘がするのは姿勢制御や照準、トリガーを引くことだ。
妖精さんが計算してくれた『補正』を元に、ターゲットへ狙いを定める。
「ってぇ!」
強烈な反動を、体全体で受け止める。
飛んでいった砲弾は、ターゲットの的をちょっと掠めた。
直撃ではなかった。
「ありゃ」
「あらら、残念」
「やっぱり、まだ体が鈍ってるぴょん」
思ったより狙いが定まらなかった。北上さんの言ってたとおり、体調が完全に戻っていないのだ。
こればかりは、時間をかけて慣らしていくしかない。
「で、この主砲をどうするぴょん?」
「撃ってきて、那珂ちゃんに」
「……あー、その、うーちゃん特殊性癖につきあう暇はないぴょん」
「せーへき? なにそれ?」
いや、駆逐艦のわたしが知ってて軽巡の那珂ちゃんが知らないわけないだろ。
「なにそれ?」
那珂は圧を放つ。
アイドルとは純粋無垢な存在である。
故に、性癖などという俗世めいた概念は知らない。知らないのだ。知らないのである。
「アッハイ」
そんな超理論、卯月は知らない
しかしこれ以上言ってはならないことは察せられた。
本能が「聞いてはならぬ」と告げていた。
「ドMとかそんなの、那珂ちゃん分かんないの」
「いや知ってるだろぴょん!?」
「撃ってもらうのには、ちゃんと理由があるの」
卯月の突っ込みを無視して、那珂は説明する。
「認識する数を減らす方法を、今から実演します!」
「なるほどぴょん」
「なので、撃ってきて!」
そういうことなら容赦はしない。
装填してるのは模擬弾だ。当てるつもりで撃ってやろう。
狙いを定めて、トリガーを引き絞る。
「どんどん撃って!」
流石に一発目は回避された。
気を使っているのか、午前と違い那珂の動きを認識できる。
あちこち動き回っているが、動きは予想できる。
こっちだってバカ正直に撃たない。動く先を考えて、またトリガーを引く。
しかし、撃つと同時に那珂は進路を変えてしまう。
当然砲撃は的外れな場所に落っこちる。
卯月はまた狙いを定めようと那珂を見る。
「今度は当てるぴょん!」
「ふふん、那珂ちゃんを甘く見ないでよね」
きっとここに来る。
そう狙った瞬間に、那珂が航路を変えた。
動きが変わった。また狙いを直そうとするが、定まる頃にまた動きが変わる。
「撃たないのー?」
「ッ舐めるなぴょん!」
ギリギリだが、狙いが固定できた。
迷いなく一撃を撃ち込む。
しかし、それも当たり前のように回避された。
「チャーンス!」
突如那珂が、まっすぐこちらへ突っ込んできた。
チャンスだ。
多少怪しみながらも、トリガーを引く。
たが、主砲は撃たれなかった。
主砲の妖精さんが腕でばってんを作る。
さっき撃った弾のリロードが、まだできていないのだ。
慌てて装填を促すが、那珂は止まらない。
「はい、死んだ」
心臓にピタリと主砲を突きつけられた。
「よし、もう一回いってみよう!」
また主砲を撃つがあっさり回避される。
そこから何セットかやってみたが、全て負けだった。
ろくに狙いを定められず、最後には主砲を突き立てられる。動きは見えていたのにダメだった。
「どうだった、那珂ちゃんのダンスは?」
「死の舞ぴょん」
最後は心臓に突き立てられる。間違いではあるまい。
「最高だったって? やったぁ、那珂ちゃん嬉しい!」
どんな耳してんだと突っ込む気力もなかった。疲れた。
「それで分かった? 認識すべき数を減らすにはどうすれば良いのか」
「うん、狙いの定まらない動きをすれば良いってことぴょん」
「そう! そうすれば、当たりそうな攻撃だけ見れば良くなるってこと」
考えてみれば当たり前の行為だ。スポーツでいうフェイントは戦闘でも通じる。
当たる弾と当たらない弾の見極めは……経験を積むしかない。それでもより広範囲に警戒を割り当てられる。
「なんで思い付かなかったぴょん」
「だって那珂ちゃんたち『軍艦』だし。軍艦じゃあんな動きできないんだから、思い付かなくてしょうがないよ」
先程の那珂の動きを軍艦でやればどうなるか。
ほぼ確実に転覆である。
艦娘の利点とはただ単に体が小さいだけではない。その分小回りが利く点にあるのである。
「その代償に軍艦と違って、全方位を同時に警戒できないけど、でも伝達のラグはないし」
「一長一短ってことぴょん」
「そういうこと、ならばこそ、この体の長所を突き詰める! それが艦娘の戦いかただよ!」
艦娘というものは、単に深海棲艦と戦えるだけかと思っていたがそうではないのだ。那珂の熱演に卯月はうんうんと頷く。
前科戦線がエリート集団という話は本当だ。那珂もそう。たまに会話が成り立たないだけで強者には違いない。
あんま関わりたくないけどな!
眼球に箸を刺される初対面ではそうもなる。至極当然の感想であった。
「で、その動きはどう覚えるぴょん」
「そんなのバックダンサーに決まってるじゃない」
「なんだって?」
バックダンサーとは、言わずもがバックで踊るダンサーである。卯月もそれぐらいは知っていた。
しかし、意味が分からなかった。
「だから那珂ちゃんがセンターで、卯月ちゃんがバックダンサー。で、一緒に踊るの」
「那珂ちゃんの動きを真似るってことぴょん?」
「違うよー、センターとバックダンサーって言ってるじゃんか」
「ああ、うん、そう、分かったぴょん」
卯月は速やかに会話を諦めた。そっちがそれでいいなら、こっちも良い。これ以上話そうものならこっちの正気度が下がる。
「ま、那珂ちゃんの真似をすれば動き方は身に付くから大丈夫だよ」
「最初からそう言えぴょん!」
なんだこいつ。さっきから正気と狂気を言ったり来たりしている。凄く疲れる。このまま訓練に行ける自信がない。卯月は疲労のあまり、つい言ってしまった。
「……ぶっちゃけて良いぴょん?」
「なにー?」
「艦隊のアイドルって、なんだぴょん」
軍属のアイドルなんて聞いたことが……間宮さんがそうだったか?
まあそれはともなく、軍隊なのに、歌って踊れるアイドルとか正気じゃない。プロパガンダだとしても、
「凄い! ちゃんと聞いてくれるなんて、那珂ちゃん感激!」
「そ、そっかぴょん」
「そう、卯月ちゃんの言う通り、アイドルには色々な姿があるの。本当にアイドル活動をしてる別の『那珂』もいるんだよ」
「まじかぴょん」
マジでいるのかよ、艦隊のアイドル。
でも、アリかもしれない。卯月は考え直す。
艦娘は紛れもなく
建造で生まれるし入渠で怪我が治る。こころは人でも絶対的な違いはある。人の社会に馴染むにはそれが立ちはだかる。
その溝を和らげる手段がアイドルだ。多少なりとも批判はあるだろうけど、その方が最終的に良くなる気がする。
若干ヤバイ奴だけど、実は那珂はとても進んだ考えの持ち主だったのだ。そうに違いない。卯月は感心した。
「でも那珂ちゃんは、そっち系じゃなくて、艦隊のアイドルを目指してるの。砲弾雷撃爆撃が飛ぶステージでこそ輝く戦場のアイドルに!」
「へー……」
感心は粉々になった。
「それは、トリガーハッピーって言うんじゃ……」
「アイドル」
「アッハイ」
「だって那珂ちゃんは『艦娘』、ならわたしにしかできないアイドルをやりたい。そう思うでしょ?」
「アッハイ」
言ってることは正しい。他の人でもできることじゃなく自分でないとできないことをする。そう思うのは変じゃない。
でもなんでだろう、那珂が言うと危ない考え方に聞こえてくる。
「分かってくれるの!?」
「え」
空返事ばかりしていたのが不味かったのだろうか。顔を上げたら眼をキラッキラに光らせた那珂と眼があった。
ちょっとばかし深淵が見えたのは気のせいに違いない。
「ちゃんと聞いてくれた、分かってくれた、理解しているし納得しているということは卯月ちゃんの性格は那珂ちゃんに近いところがあるってことでじゃあ卯月ちゃんも心のどこかでアイドルを目指してるってことだよねならならなら那珂ちゃんのバックダンサーをしても問題ないよねさあ卯月ちゃん那珂ちゃんと一緒にアイドルを目指そう!」
「誰かぁぁぁっ! 助けてぴょぉぉぉん!」
艦娘になって以来、ギャン泣きしたのは初めての経験だった。
この後やってきた球磨に那珂はグーパンされた。
那珂は、完全に狂人認定されたのであった。