卯月たちと秋月が決死の時間稼ぎを慣行している最中、熊野は最上と一騎打ちで交戦していた。
しかし、駆逐艦の秋月であの戦闘力だったのだ。航空巡洋艦である最上の強さはそれを遥かに上回る。
「どうしたのさ。さっきの強がりは何だったのかな? その程度で僕を倒すつもりだったなんて信じられない。熊野は頭が良かったじゃないか。鎮守府での勝負事でも負け知らずだった。分の悪い賭けはしないタイプだった。なのにどうして僕と戦うの? やっぱり首を取り変えなきゃダメみたいだね。でも誰の首を変えようかな。うーん」
狂気しかない妄言を吐き散らしている。そんな姿に吐き気を覚える。しかし最上はそんなことを話しながら熊野を圧倒していた。砲撃を撃っても意味がない。全て飛行甲板で防がれる。予想しようがしまいが全部ガードされる。傷一つつかない。
「だったら……これならば!」
熊野は最上に向けて瑞雲を飛ばす。火力は期待していない。ある程度注意を向けられれば十分だ。
「瑞雲対決だって! 良いよ、僕の瑞雲は凄いんだから。知っているかもしれないけど。じゃあ発艦させるね、行けー!」
飛行甲板から瑞雲が数十機発艦される。搭載数は常識の範疇らしい。だが機動力が常軌を逸している。
最上の瑞雲の動きは、最早艦載機の動きでは無かった。
前後、上下、左右、全て自由自在。
現在にある物で最も近いのは
こんな化け物にただの瑞雲で拮抗できる筈もない。瞬く間に全滅させられてしまう。
「ちょっと熊野! 手を抜かないでよこれじゃ勝負にならないじゃないか! 戦場でふざけるなんて最低だよ!?」
「黙ってくださいまし……!」
「えー、感動の再会なのに黙るなんて嫌だよ僕」
そう言っている最上が一番ふざけている。なのにチート級に強い。放った瑞雲は殆ど効果がなかった。だが、目的通り注意を逸らすことはできた。
「当たれ……!」
その間に発射していた魚雷が、最上の足元へ到達していた──だが、直前で存在に気づかれる。
瞬間、瑞雲が正面を向いたまま一気に後退。魚雷目がけて爆弾を落とし処理してしまう。
「うわわ! 危ないなぁ……もう、海水で髪がヌメヌメになっちゃったよ」
聞き覚えのある口調でそう文句を言う最上。熊野は怒り狂っていた。それを表にあまり出さないだけ。とても冷静でなんていられない。
最上はそれを一切意に介さず、「そうだった!」と言って手を叩いた。
「ごめん熊野、紹介するのすっかり忘れてた!」
「……何がですの?」
「熊野の
遠くへ向かって手を振る最上。地平線から人影が接近してくる。その正体を見て熊野の激情は更に膨れ上がる。
最上が仲間と言ったのは、顔無しに他ならなかった。
「……それが、仲間?」
「うん! 熊野はこれから皆の仲間になるんだから、自己紹介はしておかないとー」
「不要ですわ。ここで全員殺しますので」
「酷いよ熊野! それが仲間への態度かい!?」
問答すらしたくない。熊野は無言で砲撃を叩き込む。最上でも顔無しでも当たれば構わない。
その内一発が、たまたま最上へ直撃した。結局飛行甲板で防がれたから意味がないと思った。
「……あれ?」
しかし、実際は違った。今まで一切ダメージがなかったのに、今回は亀裂が走っていたのだ。
「あーそっか! 僕と秋月と卯月がいるから、エネルギーの取り合いが深刻なのか。そりゃそうだよね。うんうん」
最上の気づいた通り。
だが、熊野はチャンスと思わなかった。
今までそれを警戒して接近してこなかったのに、今更そのデメリットに気づいただなんて、あり得ない。
「……なーんてね! ちゃんと僕は対処方法を用意しているのさ! まあ、緊急的なものだけど」
「だったらさっさとやったらいかがですか。最上さんの与太話に付きあう気はないんです」
「冷たいな。良いよ、秘策を見せて上げる!」
パチン、と最上は指を鳴らした。それを合図に連れてきた顔無したちが、熊野目がけて突撃する。
何を目論んでいるのか、熊野はすぐに気がついた。
自爆だ。
「気づいた? 間に合うかな? そらっ!」
顔無しの自爆力は熊野も知っている。無茶でも構わない。出力を最大まで上げて全力で距離を取る。
しかし間に合わない。顔無しは既に光球へと変化していた。そして──輝きが破裂する。瞬間熊野の視界は真っ白に染まった。
「──ッ!!」
瑞雲を飛ばすための飛行甲板を盾にして少しでも衝撃を減らす。それでも自爆力は凄まじかった。木の葉のように宙に打ち上げられ吹き飛ばされていく。海面に何度も叩き付けられる。肺から空気が押し出される。
「がはっ……!」
「おお生きてる。火傷塗れだけど、凄いね熊野。僕の顔無しに相応しいや!」
「……どこまでも、ふざけたことを!」
さっきまであれだけ仲間仲間と言っておきながら迷いなく自爆命令。その為の兵器だとしても無慈悲過ぎる。そんな顔無しの一員になれと言ってくる。
よりにもよって彼女が。
怒りが止まらない。止められる訳がない。
しかし、それでも熊野は冷静だった。必死で冷静でいた。だから異常事態に気づくことができた。
自爆による爆炎の中に人影が見えた。
そこにいるということは、当然顔無しの一体だ。
だが最上は自爆命令を出していた。全員自爆している。立っている筈がない。それでもあそこに顔無しはまだ存在している。
どういうことか。単純なことだ。
自爆命令が効かない。または自爆機能に不具合がある。
「さてと、これで準備は完了だ! 顔無しが自爆したから、皆のエネルギーが撒き散らされた。顔無しはストックとして優秀だからねー、これで僕も力を取り込めるよ! ありがとう顔無しの皆、助かった……よ……」
振り返った時、最上も自爆していない顔無しを認識した。
そして最上は
熊野はその硬直に
「皆殺しにしますわ!」
「熊野!?」
「──その反応、あれ、殺されたら不味いようですわね」
「うわ、バレた!?」
煙の中にいる人影を目指し走る。
自爆命令を出したのに生きている。自爆しない(もしくはできない)不良品だ。だが熊野はそう思わない。
何故なら最上の反応がおかしいから。
所詮は不良品だ。最上だったら興味も示さないか、『役立たず!』と言って破壊しただろう。しかしどれもしなかった。最上は本当に自爆していないのか確かめるようにジッと見つめていた。
それで熊野は確信する。あの自爆しない顔無しは、とても重要なものだと。
「ダメだよ熊野、あれは、君には渡せないんだ!」
最上は内心焦っている。まさかほんの数コンマ凝視しただけで見破られるとは思っていなかったのだ。それでも深刻な問題ではない。スペックが違う。先に動かれたがすぐに追いつける。最上は十機以上の瑞雲を解き放った。
「止まった方がいいよ、痛い目にあうよ!」
言う通り、瑞雲は凄まじい速度で飛来してくる。偵察機の彩雲よりも明らかに速い。だが、あの顔無しを確保することの方がきっと大事だ。
絶対に確保しなければならない。
熊野は覚悟を決め。そして、主砲を投げ捨てた。
「えっ、なにしてるのさ!」
最上などと話している余裕はない。
主砲を捨て、魚雷を捨て、焼け焦げた飛行甲板も捨てた。主機以外の全ての武装を捨て去った。
これで速度が出せる。
熊野は再び機関出力を最大まで上げて、一気に走り抜けていった。
「……あああもう! いい加減止まれってば! 僕の言ってることが分からないのかな! どうしてそう僕を苛立たせるようなことばかりするの! 怒るよ! うっかり殺しちゃうかもしれないぐらいに怒るよ!?」
聞く必要はない。熊野はただ走る。防御も攻撃も捨て去って走る。頭上に瑞雲が現れても気に留めず。
そこまで身体を張ったことで、熊野は駆けに勝つ。
「取りました!」
瑞雲が急降下する直前、その顔無しの腕を掴むことに成功したのだ。しかし最上の悪意はすぐそこまで迫っていた。
「その手を今もぐから動かないでね熊野ォ!」
頭上から瑞雲、背後からは主砲が突き立てられている。一刻の猶予もない。熊野に取れる選択肢はそう多くはない。
視界の端に仲間たちの影が見える。熊野は歯を食いしばり、腕が千切れんばかりの力で、顔無しを投げ飛ばした。
「誰かー! パスですわーッ!」
そしてそれを卯月がキャッチした直後、熊野は最上の攻撃に一瞬で呑み込まれてしまった。
*
顔無しをキャッチした直後、卯月が目撃したのは、爆炎に包まれる熊野の影だった。
「どうなってんだぴょん!?」
理解が追いつかない。何故熊野は顔無しを投げてきたのか。爆発に呑まれたが無事なのか。しかし迷っている暇はない。
「次は卯月君だよ! さようなら!」
ニッコリ笑顔で主砲を向けてくる最上。トリガーに指がかかっている。卯月の殺意はこの顔無しを
顔無しを盾にした。
「ちょ、なんてことを!?」
そのままでは顔無しを巻き込んでしまう。最上は発射直前で軌道を変えた。砲弾は卯月と顔無しを掠めて、遥か後方へ着弾した。
「なるほど、そういうことかぴょん」
「どういうことよ!」
「この顔無しは重要な何かがあるってことだぴょん。でなきゃ、巻き添えを避ける筈がない……ってうぉ!」
熊野の狙いに辿り着いたのもつかの間、卯月から逃れようと暴れ出す。顔無しからしたら卯月たちは敵なのだから当然だ。力で抑えることはできるが、それをしながら戦うのは難しい。
大人しくする必要がある。だから両手で顔無しの頭を掴んだ。
「めんどくさいぴょん」
グリンと首を捩じった。絶対に首から出てはいけない音がする。顔無しは暫く痙攣した後、動かなくなった。
「よし。大人しくなったぴょん」
「なんてことをするのさ!?」
「安心するぴょん。心臓は動いているから大丈夫だぴょん」
いったい何を持って大丈夫と言うのか。90度以上捻じれた首を見て誰もがそう思う。無力化する為とはいえ酷い。「人の心がない」と満潮は思った。
「なんてこった。しょうがない、秋月、二人でどうにか顔無しを取り戻すよ!」
怯えた目でコクコクと頷く秋月。その宣言通り、顔無しを確保した卯月を殺そうと二人分の攻撃が集中する。
秋月が回避不可能な弾幕を注ぎ、その中を最上が突っ込んでくる。あっと言う間に逃げ場を断たれ、最上の接近を許す。
「はや──!?」
「そらっ!」
最上は指先を鉤爪のように構え、卯月の顔目がけて振るってきた。砲撃では顔無しを巻き込む恐れがある。だから接近戦を仕掛けてきたのだ。
「やらせるかクマー!」
だが、最上がそうすることは予想できていた。狙いを済ませていた球磨の砲撃が、最上の手の甲に直撃する。
そのお蔭で手の機動が逸れる。首を抉る筈だった一撃は、指先が肩をひっかけるだけで済んだ。
「よし、当たった!」
だが、それで十分だった。
「ぎぃっ!?」
肩に激痛が走る。掠っただけなのに、意識が飛びそうな痛みがくる。何が起きたと目線を傾ける。
信じがたい光景が見えた。
肩の肉が抉り取られていたのだ。
「嘘だっぴょん!?」
ちょっと引っ掛かっただけ。指が少し掠っただけ。それだけでこの大怪我。まるで豆腐を指で抉るように、簡単に肉が抉られてしまった。もし顔だったら即死。そして即死攻撃が再び振るわれようとする。
「そーら、二発目、行くよー!」
今度は両手を振るってくる。砲撃で逸らせるのは片方だけ。しかも速い。今からでは間に合わない。顔無しを抱えたままのせいで戦いにくくなっているのだ。だが、この顔無しは
「これを、抉れるかっぴょん!」
再び顔無しを盾代わりにして掲げる。それも軌道上に首元が来るように。直撃すれば即死。更に体の隙間から片手でも使える拳銃を撃った。妖精さん入り弾頭の一撃である。
「またかよ、もう!」
最上はまた、顔無しを抉らない選択をした。拳銃は飛行甲板で中の妖精諸共破壊したが、顔無しを抉ろうとした腕は虚空を切った。
「殺しても不味いってことか。理解できたぴょん!」
「……ちょっと、調子に乗り過ぎじゃないかな、君はァ!」
「うわ急にキレたキモいぴょん」
さりげなく煽っておく。どうやら最上たちは顔無しを死なせずに持ち帰りたいらしい。ならば全力で有効活用すべきだ。この顔無しを使って現状を打破すべきだ。
卯月は顔無しを持ち直した。足元を掴んだ。まるで棍棒のように。
「……ラストスパートだぴょん!」
走り出す。目の前の最上を無視して。狙うべきは当初の目的通り──秋月ただ一隻だ。
「秋月! そいつを止めて!」
「ムダムダ! あいつの砲撃の威力じゃ、顔無しは絶対に殺しちゃうぴょん。撃ちたくても撃てねーぴょん!」
「秋月砲撃するんだ! 顔無しは殺さないで威力を調整して卯月だけ殺すように砲撃! できなかったらおしおきだからね!」
脅しに震えなが必死で攻撃する。しかしダメだ。卯月の言う通り。秋月の砲撃では確実に殺してしまう。艤装出力をオーバロードさせたのも仇となった。細かい調整が効かなくなっているのだ。
「使えないなァ! だったら、僕が!」
「これ以上、行かせる訳がないクマー!」
「ああもう! 何なのさ皆、寄って集って僕を苛めて! 僕が何をしたっていうのさ!」
「自分の胸に聞いたらどう?」
球磨が立ち塞がり、上空からは飛鷹の艦載機が突っ込んでくる。展開していた瑞雲を押しのけて突破してきたのだ。仮想とはいえ、異次元の挙動をする瑞雲相手に訓練を積んだ経験が生きている。数機だけだが逆に瑞雲を撃墜している。
最上が抑え込まれている内に、卯月は一気に秋月の懐に飛び込んだ。砲撃では顔無しを巻き込む恐れがある。一番安全なのは格闘戦。それを分かっていたから、顔無しを武器のように振り回す。
「さあ撃ってみろっぴょん秋月! 殴っても良いぞ、この顔無しちゃんの頭が弾けるかもしれないけど。なおうーちゃんは一向に構わん。顔無しだし死んでも問題ないっぴょん!」
格闘戦をしかけようにも顔無しが邪魔で上手く殴れない。そもそも秋月自身の格闘能力が高くないのだ。秋月は所詮
挙句、顔無しが殺される危険を卯月が一切気にしてないのもあった。死んでも気にならない。だから躊躇なく武器として扱える。
「逃げてばかりじゃどうにもならないぴょん! 前見たいにあれやこれや喋ってみたらどうだぴょん。それとも深海の力を取り込みすぎて、脳味噌赤ちゃんになっちゃったでちゅか? バブー!」
喋れないのを良い事に言いたい放題。秋月は屈辱に震える。それを分かっていて挑発している訳だが。実のところ今まで受けた屈辱への報復も結構あった。
それでも暴走せず秋月は堪える。
卯月の猛攻にどんどん押されていく。
再びポーラの射程距離内に踏み込み始めてしまう。
待っていれば何れ
「何をじっとして──ッ!!?!」
卯月の動きが止まる。次の瞬間、彼女は全身から一気に血を噴き出した。恐れていたことが起きる。システムの負荷が限界を超えだしたのだ。
「こんな、タイミング、で……!?」
身体中から血と共に力が抜けていく感覚がする。反動で出力が下がっていくのが感じられる。激痛と脱力で立っていられなくなり、海面に膝をついてしまう。
秋月はそれを待っていた。いずれ肉体が限界を超えると分かっていたのだ。ずっと待っていた時が訪れる。予測していただけ行動が速い。長10センチ砲が二門とも牙を突き立てる。相手が動かなければ狙いはつけられる。
「そこを退いて卯月!」
その攻撃を止めようと満潮が主砲を向ける。だが秋月は即座に長10センチ砲で迎撃。秋月も限界寸前だが未だ圧倒的だ。
ただ撃つだけじゃ無理。だから卯月は賭けに出ることにした。
「違う、もっとこっち側に撃つんだぴょん!」
「は!? いや、そっちね!」
「そう、そこ!」
そこは秋月に当たらない場所、卯月にも届かない場所、無意味な場所。しかし秋月は警戒する。何かを狙っている。それを止めない理由はない。秋月は指定された場所へ飛んで来た砲撃を迎撃する。
「ナイスな角度だぴょん……ありがとう秋月!」
だがそれが卯月の狙いだった。
満潮が撃った砲撃へ、秋月の砲撃へ、卯月はそれぞれ、修復剤ナイフを投げつけた。ナイフに砲弾が当たり、刃が砕け散る。激しく飛散した欠片は卯月と秋月、ついでい顔無しに降り注ぐ。
秋月はそれを無視した。目や間接といった危険な部位を避ければ、誘発材により溶かされても致命傷にはならない。どうせ再生できるのだから。顔無しも同じく再生するから気にする必要はない。
しかし、同じく喰らった卯月はそうもいかない。
「ぎぃい!?」
目とか危険な場所は避けたが、破片の刺さった場所が融解し炸裂する。凄まじい激痛に悲鳴が漏れる。
どうにか
愚かだと秋月は嘲笑う。
砕けたナイフで目や耳を潰したかったのだろうが、そう上手くいく筈がない。卯月はもう痛みで一歩も動けない。システム出力も風前の灯。満潮は防空網で近づけない。最後の悪足掻きだったのだ。
漸くこいつとおさらばできる。秋月は嬉しくて仕方がなかった。散々屈辱を味合わされてきた卯月を殺せる時が来たことに歓喜する。
完全なる止めを刺すべく、好き勝手使ってたことへの報復も兼ねて、秋月は
それが秋月を終わらせる最後の一手と気づかずに。
「……これだからチーターはダメなんだぴょん」
瞬間、秋月の身体を食い破り、黄金色のオーラが暴走し出した。
自爆不全を起こした顔無し。これが意味することとは。
次回、対秋月決着……なるか?