秋月との戦いは最上の乱入こそあったものの、卯月たち前科戦線の勝利で終わった。
とりあえずポーラと合流しないといけない。捕虜を連れた卯月たちはポーラの潜伏していた島を目指す。
目的通り秋月は確保。更に自爆しない顔無し──これは何が重要なのか不明だが──も確保。戦果だけ見れば大勝利。
しかし、この現状では誰もそう思えなかった。
「痛い……痛いぴょん……涙が出てくるよぉ」
まず卯月だ。
「…………」
更に熊野。
最上を単独で足止めした結果、彼女もかなりダメージが大きい。あちこちに痣ができている。吐血もしている。腕も折れているし歩き方もおかしい。
それ以上に雰囲気がヤバい。最上と関係があるのは察しているが聞ける空気ではない。
そして最も危険なのが秋月だ。
「……ねぇ、こいつ死なないわよね。大丈夫なの」
満潮が心配そうに顔を覗き込むが、目を背けたくなった。
修復しきる前に意識を奪われ。
千切られた顎も治っていない。肋骨は皮膚を突き破ったまま。その他打撲に内出血、出血に火傷。
トドメに長期間システムを使い続けたせいだろう。体内の全てがボロボロだ。
「……酷いわね。これじゃ轟沈寸前よ。特にシステムの反動が酷い。身体の中は
簡単な検診でさえこの有様。ちゃんとした検査をしたらもっと酷い結果になる。今まで敵だったとはいえ、ここまで艦娘を使い潰すことに飛鷹は嫌悪感を表す。
一番体格が良いということで、秋月は飛鷹が運んでいた。しかし不安が収まらない。心音が弱まっている。
飛鷹は仲間の死を何度も経験している。
けれども慣れたことはない。不安を隠せなくなってきた飛鷹を気遣い、不知火が声をかける。
「ポーラさんのいる孤島へ急ぎましょう。そこへ上陸すれば応急処置ができます」
「道具はあるの?」
「ポーラさんをあそこへ送った時、念の為医療道具も置いてきました。充実していますから大丈夫です」
辿り着きさえすれば、一先ずの延命措置はできる。それを聞いて飛鷹は安堵した。
本当のところさっさと帰投したい。最上はああ言っていたが、あれが嘘でUターンしてくるかもしれない。
だが、ここまで重傷人がいたら、治療をしなければ帰投まで持たないのが事実。御くびにも出さないが不知火は密かに焦っていた。
「いったいポーラはどこまで遠くにいたんだぴょん……まだつかないの……?」
「大型電探の射程よりも外ですから。ですがもう直ぐです。既に島影も見えていますよ」
「え、あ、本当だ……やっと休めるぴょん……疲れた」
とりあえず休める。空気が少し緩んだ。
その瞬間、空気が震えた。
ポーラのいる孤島に稲妻が走る。そしてレールガンが発射された。
「え」
突然の事態に誰も反応できない。プラズマ化した大気とソニックブームの轟音が吹き荒れる。
しかし、その弾丸は誰にも当たらなかった。全く見当違いの方向。遥か上空。卯月たちの真上へと飛んでいった。
不知火も知らなかったのかポカンとしていた。ポーラは何をしたのか。誰も分からず呆然とする。
「……な、なんだったの?」
「さあ、分かんないぴょん……上に何かいたんじゃないの?」
「対空電探でも何も感知できない。何もいないわよ」
それはそうだろうが、だがポーラが何の意味もなく狙撃をするだろうか。
「それはあり得ないわ」
「……そうなの、飛鷹さん」
「ええ、あいつは呑んだくれでバカで露出狂で変態で反省しないクズオブクズの酒乱だけど──」
これ弁護してるんだよな?
溢れ出る罵詈雑言に困惑する卯月たち。しかし飛鷹は『だけど』と信頼を口にする。
「狙撃はちゃんとやる。それは確か、あの先には何かがいる」
そう語る飛鷹の顔は自身と信頼に溢れていた。自分たち以上に付きあいの長い彼女が言うのだから、信じて良いだろう。
「でも酒乱じゃない。酔ってうっかりトリガー引いててもおかしくないわよ」
「まあね」
「オイ信頼はどうしたぴょん……」
だがポーラ自身のクズさが全てを帳消しにした。それはさておき本当に何かを撃ったのか──その答えは空から降ってきた。
太陽の光に照らされてキラキラ光る物が落ちてくる。気づいた不知火は全員に回避指示を出す。
各々その場から離れて、遠巻きに落下するキラキラを見る。大きな水柱を立てて着水するそれの正体は。
「……偵察機の、残骸?」
真っ先に気づいた飛鷹が呟く。そう言われて見ると確かに艦載機の破片に見える。ポーラが撃ち落としたのはこれだったのだ。
「どういうことよ。対空電探に何の反応もなかったのに。こいつどっから現れたの」
「違う。こいつは電探でも感知できない高度にいたのよ」
「それって、つまり……」
「高高度爆撃機……ならぬ、高高度偵察機と言ったところかしら。それを使ってずっと私たちを監視していたみたいね」
高高度爆撃機。
名前の通り、通常の艦載機では到達困難な高高度から攻撃できる爆撃機である。今落ちてきたのはその偵察機バージョンと言ったところ。
現状これが確認されているのは深海棲艦の爆撃機だけ。艦娘が運用できる艦載機では存在していない。しかし落ちてきた物は紛れもなく艦娘用の偵察機。
こんな物普通は運用できないが、艦娘を普通で無くす技術を卯月たちは知っている。
「最上なのかっぴょん……?」
「さぁ、分からないけど、これを飛ばしてた輩は間違いなく
最上なのか。最上でないとすれば可能性だけ存在する『三隻目』なのか。
「一先ず撃墜できたから良いとしましょう。島に上陸して応急処置を行います。休憩時間は少しだけです。しっかり休んでください」
考えたって仕方のないことだ。不知火の言う通りもう高高度偵察機はいない。これ以上つけられることはない。そう長い時間ではないが、やっとこさ心から休める時間を卯月たちは手に入れた。
*
島に上陸してそうそう目に入ったのは酒盛りをするポーラの姿であった。
彼女を無視してまず応急処置が行われる。不知火の言っていた通り、ポーラが潜伏していた場所には、多くの医療道具も保管されていた。
大ダメージを負った内蔵等も簡易ながら縫合できる。出血を止めることもできる。輸血パックもあった。他ギブスや包帯でこれ以上重傷化しないよう措置を行う。治療の過程で細菌は入ってくるが後で入渠すればそこはどうにかなる。
その次には卯月の治療だ。
「動きにくいぴょん」
「そのまま未来永劫動かなくても良いんだけど。いっそミイラらしく封印されてくれないかしら」
「ミイラなんて豪勢な扱いうーちゃんには勿体ないぴょん。よければ代わってやるぴょん。主砲を口内に撃てば一発だぴょん」
暴言を吐きあう二人だが、戦闘での疲労が酷く長続きしない。砂浜にぐったりと寝そべったまま動けなかった。
「お~い、生きてますか~?」
「うるさい引っ込め酔いどれが」
「酷いですよ~、心配してるのに~」
にゅっと覗き込んでくるポーラもうっとおしい。今は静かに休ませて欲しいのが本音だ。しかしポーラは卯月の心境を無視して隣に座り込んだ。
「ねぇ大変だったんですよポーラ。本当に提督さんが無茶を言うから~、ポーラ疲労困憊です~」
酒を煽りながらメソメソ泣くポーラ。
どこがだ。一歩も動いていなかっただろお前。狙撃に集中してたのは分かるが特にダメージもない。わたしの方がよほど重傷だと卯月は思った。
「あ~、一週間飲まず食わずは過酷でした~」
とんでもない一言に卯月は噴き出した。
「一週間!? 飲まず食わず!?」
「そ~なんですよ~」
「嘘とかじゃないのかぴょん!? 嘘は嫌いだぴょん!」
「ホント~です。だって、狙撃手が狙撃体勢から動いたら~、ダメじゃーないですか~。それにいつ卯月さんたちが来るか知らなかったし……待つ他ないですよね~?」
言っていることは理屈に合っている。敵が何時来るか分からない状況だと狙撃手は待つことしかできない。食事も何もできずに待つしかない。それを一週間も続けられるものなのか。卯月には眉唾ものだ。
「信じてませんね? でも~、人間の狙撃手だって、一週間飲まず食わずで過ごせる人もいるんですから~」
卯月は顔を動かしてポーラの艤装を見る。本当にレールガンになっているのを見て絶句する。
そもそもどうしてポーラがいるのかと言えば、秋月を狙撃する為だった。
作戦開始の一週間前、中佐たちは一つの結論を出していた。それは『秋月相手に正面対決を挑む方が間違い』というもの。真正面からではなく、致命的な隙を作り出した方が勝率が高いと判断したのだ。
その為に持ち出されたのが、このどこぞの明石が作り上げたレールガンである。重すぎて一歩も動けないし再発射までに時間はかかるが、秋月の射程距離外から狙撃するにはこれを使うしか方法はなかった。
しかし、射程距離外と言ってもかなりギリギリ。少しの誤差で秋月に逆探知されてもおかしくないぐらい。
そこで高宮中佐たちは狙撃の射程距離外で戦闘を始めるようにした。
お互い射程距離外の探知できない場所で戦い始め、徐々にポーラの射程距離に追い込んでいき、踏み入った瞬間『ズドン』──そうすれば絶対に先手が取れる。実際先手は取れた。最上の乱入で失敗したが。
問題はそれだけではない。艤装を運び込む方法、気づかれず海域に潜り込む方法、潜伏を内通者に気づかれない方法。
課題は山積みだったが全て解決済みだ。
艤装は細かく分解した上で輸送し、ポーラの手で現地組み立て。
戦闘直後という警戒の薄いタイミングなら気づかれず潜り込める。その為一週間前から潜伏し、かつカムフラージュも実施。
更に部隊が動きタイミングを秘蔵し、ポーラが不在であることも隠匿することで内通者への露見も阻止。
最後に、一週間の潜伏をポーラが飲まず食わずで耐えきり、ベストタイミングで狙撃したことで作戦成功になったのである。
今回の秋月討伐作戦のMVPは間違いなくポーラと言えよう。
「まーポーラの場合、お酒思うように飲めない方が大変でしたけど~。でも今は飲み放題です~うへへへ~」
なのだが肝心のポーラがこの始末。一週間微動だにできなかった苦労も何も一切語らず、ひたすらワインを煽りベロンベロン。服もほぼ脱ぎ散らかされている。ブラジャーやパンツはどこへ行ったのか。色気などはなく恥しかない惨状。
「……へー、そっかー、凄いぴょーん」
なので卯月はまともに会話することを諦めた。疲れ過ぎて突っ込む気力もない。一週間狙撃体勢をとっていたことは凄いのだろうが、感心したり感謝しようという気持ちが微塵も湧かない。そう思う程酷い酔いどれっぷりだった。
「うひゃ~、ポーラ自由です~、飲んで飲んで飲んで~、吐いて吐い……オロロロロロロ」
何をトチ狂ったのか卯月の真上で虹色を放出するポーラ。卯月は痛みも忘れて叫ぶ。
「あ゛あ゛あ゛!? 顔に掛かる掛かる掛かギャー!?」
「もー一本開けちゃいましょアバッ!?」
「いい加減にしてください」
鋭い手刀を叩き込まれて強制気絶。卯月は心の底から不知火に感謝した。
「労おうとかそういった気持ちは不要です卯月さん。コイツに情けは要りません。狙撃を頑張ってくれたとしても無用です」
「そ、そう……」
「豚に真珠、猫に小判、暖簾に腕押し……狙撃以外の全てがロクデナシです」
そこまで言うか。卯月は思考する。そこまで言うな。卯月は納得した。
ポーラを仕留めた不知火だが、彼女は他の動けるメンバーと一緒にポーラの艤装の解体作業を行っていた。
今後の話だが、このレールガンを使用する予定は当分ない。今回は異常極まった秋月の防空網を突破するのに止むを得ず使用しただけ。こんな運用が難しく致命打を与えられない兵器を積極運用するほど暇ではない。
かと言って放置していく訳にもいかないので解体するしかない。細かく分割したら大発動艇(これもポーラ潜伏時に持ち込んだ)に乗せて持ち帰ることになっている。重傷人の秋月も大発の端っこに乗せられる予定だ。
「もう少しで撤収準備は完了です。卯月さんや秋月さんの応急処置も終わったので、それが終わり次第帰投に入ります」
「秋津洲が迎えにくるの?」
「いえ、今回は来ません。海路で帰投します」
「……こういう時に何で来ないのよ。疲れ果ててんのに」
疲労の極地なのに楽して帰れない。満潮は不満そうな態度を取る。ぶっ倒れている卯月も概ね同じ意見だ。
「秋月さんや、そこの顔無しが『呪い』を持っている可能性があります。承知して貰います」
深海棲艦の捕虜を得たのは良い。しかし輸送する場合そこがかなりの問題となる。手順を一つ間違えたが最後、基地全滅も在り得る。輸送艇に乗せるなんて行為はできないのだ。
「はぁ、分かってるわよ、常識ぐらい分かっているわよ」
「なら問題ありません」
「……全く面倒な輩だぴょん。一々言わないとジョーシキが分からないだなんて。阿保潮に改名したらどうだっぴょん?」
「……じゃあアンタ分かってんのよね?」
「ははは、うーちゃんが知ってるわけないじゃん」
満潮の鋭いキックがみぞおちに直撃する。その衝撃で骨が折れ内蔵にダメージが入った。
「深海棲艦は『呪い』を持っています。連中が陸地等……
「ひゃい……」
「……座学もやらないとダメじゃないコイツ?」
「筋トレに注力し過ぎましたかね……」
艦娘と深海棲艦についての一般常識が思っているより欠けている。普通の鎮守府で受けるような一般教養を学ぶ暇がなかったのは確かだが、ちょっと見逃せなくなってきた。
今後はいつものハードなトレーニングに加え。座学も加わることになるだろう。更に惨たらしくなっていく現実に絶望する。
「ふ、不幸だぴょん……」
「自業自得って言うのよ」
「あ゛ー!」
勝ったのに何故絶望しなきゃいけないのか。卯月の泣き声が無人島に響いた。
第一章とほぼ同じだけの話数をかけて漸く決着。幾ら何でもしぶとくし過ぎただろうか。今更だけど。