ポーラと合流し応急処置を済ませた後、卯月たちは無事鎮守府近くまで戻ることができた。
最上がUターンしてくることもなかった。本当に来てたかは不明だが追跡の意志はあった。途中でポーラに撃ち落とされたが、偵察機が後を付けていたのがその証拠だ。
「や……やっと、ついた、ぴょん」
鮮明には見えないが基地の近くという感覚は持てる。心の底から安堵した卯月は力尽き海面に座り込む。
追撃部隊がいる可能性があったせいで、止まっている暇がなかった。重傷を負っているのに休憩なし。夜風に体温を奪われ、痛みで泣きそうになりながらの帰路。
それがやっと終わった。あと少しでも気を抜いたら気絶しそうだ。しかしそれはちょっとカッコ悪い。何とか基地までは持たせる。機雷原を抜ければもう少しだ。
前科戦線は侵入防止のため周辺海域が機雷源に覆われている。無事に抜けられるルートは一つだけ(海流により時間変動)。ふぬけた気持ちで行ったら自爆するので油断は厳禁だ。
「卯月さん、まだです」
「へ?」
「まだ帰投はできません。此処で待っていてください」
絶望が突き抜けていく。
不知火はどうしてそんな命令を出すのか。嫌がらせの類か。しかし一々意見する余力もない。力なく頷いた。
「やらなければならない作業があります。あと少しの辛抱です……来たようですし」
「来たって……誰が」
「北上さんです」
不知火の目線の方を視る。人影が近づいてくる。それこそが北上だった。だが彼女は脚部に障害を負っている筈。無事に来れるのか不安になる。
その不安通り、北上の動きはぎここちない。あんな動きじゃ機雷に接触してしまうんじゃないか。そう思うような挙動だ。
しかし予想に反し、北上はふらふらしているのに、機雷に一切触れずこちらまで到着した。
「あいよお待たせー、皆お疲れさまー」
「……北上さん、航行できたのかぴょん」
「できるよ? まー見ての通り、ゆっくりでフラフラしているから、実戦では駄目だけど」
確かにと卯月は思う。大分ゆっくりとした航行だった。これでは咄嗟の回避運動なんてできないだろう。不安定過ぎて味方の足を引っ張るかもしれない。
それでも機雷には一切接触しなかった。スローというだけで、航行能力自体はかなり高い。昔は凄まじく強かったらしいが、その経験は生きているということだ。
ただ、不安定だった原因はそれだけではない。持ってきた物にも一因がある。
「……北上さん。その大きいのは何?」
北上は異様に巨大な何かをロープで牽引していたのである。人間一人は余裕で入る大きさの箱。大発ではない。それは北上は運用できない。艦娘の兵器ではない何かだ。こんな大きな物運んでいたら不安定にもなる。これは何なのだろうか。
「棺桶」
真っ先浮かんだ疑問は、『誰の?』というものだった。
「……へえ、良かったわね卯月。疲れが完全にとれるぐらい寝かせてくれるって言ってるわよ」
「そりゃ凄いぴょん! 折角だから満潮に譲って上げるぴょん。うーちゃんには勿体ないぴょん。さあさあ遠慮はいらないぴょん」
「一番ダメージが酷いのは卯月でしょ。遠慮とかじゃなくて優先順位の問題。ほら入んなさいよ」
「いっそ二人で入れば?」
北上はふざけたことを言い出した。二人は激しく咳き込んだ後、彼女を睨み付けた。
「何てことを言い出すんだぴょん! コレとこんな密室でだなんて腐って死ぬぴょん!」
「私に精神崩壊を起こして死ねっていうの!?」
「あ゛あ゛!?」
「何よ!?」
「お二人とも話が進まないので静粛に。北上さんも煽らないでください」
実際こんな狭い棺桶で一緒とか耐えられない。体裁をかなぐり捨てて自死を選択するだろう。割とマジで。でなければ精神崩壊で死ぬ。間違いなく。
それは兎も角、この棺桶は誰の物なのか。
「で、これ何なの」
「無線で聞いたけど、顔無し持って帰ってきたんでしょ?」
「うん……じゃあ、顔無し用かぴょん?」
「そうだよー、じゃ動ける人は手伝ってー」
多少は動けるとはいえ、脚が不自由なことは変わらない。手伝いが必要だ。動ける球磨は熊野に補助して貰いながら、気絶しっぱなしの顔無しを棺桶に入れる。
蓋が開いてみて分かったがかなり厳重な作りだった。死人を入れるような棺桶ではない。もっと別の用途だろう。
「これはねー、捕獲した深海棲艦を、封印するための装置なのさ」
「捕獲で……封印? 何のために?」
「そんなの、呪いを封じる為に決まってんじゃん」
深海棲艦はその身に大量の呪いを抱え込んでいる。ひとたび陸地へ上がれば凄まじい勢いで土地を侵食してしまう。だが陸地へ持ち込めなければ、折角捕縛した個体を調べることもできない。この棺桶はそれを封じた状態で回収するための装置なのだ。
「まさか卯月、そんな一般常識を知らないの?」
「ははは……知りませんでした。はい」
「素直で良いけど……それを知らないのは、不味いよ?」
嘘は良くない。素直に白状する。北上はちょっと呆れた。
棺桶に収められた顔無し。装置が起動し四肢を拘束してから、厳重な作りの蓋が閉じ、如何にも固そうなロックが施される。
この棺桶にはそれ以外に結界としても機能もある。内部から破壊されない為に、深海棲艦の艤装展開を封じ、力を抑圧することができるのだ。
但し、艦娘の兵装ではないので、
「……ところで、この顔無し片腕千切れてたけど、どーかしたの?」
「最上に回収されました。腕一本でも、重要なサンプルらしいです。何のサンプルかは分かりませんが」
「そっかー……こいつらは、ただの特攻兵器じゃなかった訳ね」
「ええ、そうなります」
今まで不知火達は顔無しを悪趣味な兵器だと思っていたがそれは違った。
『敵』はずっと、自爆しない顔無しを求めていたのだ。その成功例がこの顔無し。ただ自爆時の力が高かったから、実験ついでに戦線投入してたのだろう。
自爆しない成功例が出て来たら、腕一本取れれば良い。
もっとも、自爆しない個体が、一体全体何を意味するかはさっぱりもって不明。これから解析することで調べる他ない。
最上は分かる訳がないと言っていたが、誰もそんなことは思っていない。何としても突き止めなければならない。自身で戦線に出ることができない北上は、あまり表情には出さないが人一倍強く思っていた。
「さてと、次は秋月だ。私は作業するね」
「了解しました。球磨さんと熊野さんは、北上さんの護衛をお願いします。卯月さんと満潮さんは帰投します。棺桶を持って私についてきてください」
後必要なのは作業中の北上を護る人員だけ。他は要らない。棺桶を早急に持ち帰る必要もあるし、卯月については早めに入渠する必要もある。秋月の様子は気になるが、正直怪我がかなり辛い。入渠を優先することに決める。
熊野たちに秋月を任せ、棺桶を引きずりながら、不知火の案内で機雷源を抜けていく。こうしている間に秋月が衰弱死してなければ良いが。
貴重な情報源だ。死なれては本当に困る。
仲間という認識はまだ皆無。それぐらいの思いしかなかった。
*
卯月たちが去った後、その秋月は更なる地獄を見る羽目になっていた。
何をされているのか。
端的に言えば
「うーん、どうだろうな……」
北上は海上でありながら、手際よく秋月を解体していく。マグロの解体ショーのように皮膚が開かれ、内蔵が一つずつ丁寧に切開されていく。そのままだとショック死するので麻酔は使っている。並行して高速修復剤を使用しているから、それで死にはしない。
だが瀕死の秋月からしたら地獄も地獄。覚醒と気絶を繰り返しながら、今まさに発狂しようと苦しんでいた。
「流石に同情するクマ。でもしょうがないクマ。頑張るクマ」
言葉も発せない。発する気力がある訳ない。どうしてこんな目にあっているのか秋月には理解できなかった。
しかし、この作業は絶対に必要ことだ。だから誰も止めない。これをしなければ前科戦線が壊滅の危機に陥る可能性もある。
そして解体作業の末、それが見つかった。
「……あった」
秋月の股間付近にそれは埋め込まれていた。それを確認した後、北上はメスで素早く切り離し、修復剤で傷を塞ぐ。
目的の物を発見し、北上は一息つく。
「やっぱりだ。発信機が埋め込まれてたよ」
場の空気が静まる。予想していた物の登場。掌に収まるくらい小さいそれは、間違いなく発信機だった。
「まあ、考えることが分かりやすいのは、良いことですわ」
最上が秋月奪取をスル―したのは
奪取されて持ち去られたらそれはそれで、発信機により前科戦線の位置を特定できる。そこへ戦力を投入し押し潰すつもりだったのだ。こちらが秋月を殺さないと分かっていたらこんなことができる。
しかも埋め込まれていた場所が場所だ。ボディチェックぐらいで気づけるものではない。こんなのを仕込んで良い場所ではない。熊野たちは揃って嫌悪感を顕にする。
「危なかったクマ。基地が特定されたらおしまいだったクマ」
「それを分かってやっとしたら、こっちの情報は結構漏れてるってことになんのかなー」
「徹底した情報規制が生きたクマ」
「まるで嬉しくありませんが、確かにそうですわね」
前科戦線の戦力は少ない。前科持ちと正規艦娘を合せても(北上は除く)合計で七隻しかいない。
何故こんな少ないかというと、全員犯罪経歴アリの危険集団ということで、万一の時でも他鎮守府が制圧できるよう保有数を制限されている為だ。
数で押されると簡単に潰されてしまうのが特徴。だから基地の場所が露見しないよう、友軍にさえ基地の位置は秘匿されている。知っているのは大本営の限られた一部の人員だけ。
「……で、その発信機、どうするんですの」
「とりあえずこうする」
北上は予め電波類を遮断する物を持ってきていた。それは水筒だ。それでも内部の水で電波類は遮断される。更にブイを付けた状態で水底へ沈めておく。海水によって重ねて電波は遮断される。内部へは持ち込まない。ここまでやっても、電波ではなく未知の方法で探知しているかもしれない。
「壊さないのですね」
「そう、何かに使えるかもしれないからねー」
「……最上と、戦う為に?」
「そうだよ」
その名前を出す時、熊野は重苦しい雰囲気を隠せていない。だが周囲は何も言わない。過去に触れることは『ダブー』なのだから。
「じゃあ、これで秋月は回収かクマ?」
「そうなるかな……流石に発信機が二つ以上ついてるとは思えないし。念の為機械で調べてみるけど、多分大丈夫だと思う。それにこれ以上は秋月が持たない」
「……今更何を言ってんだクマ」
今の彼女は
全身のダメージや出血によって
「ここで外したら、艤装の生命維持装置が機能しなくなって即死だ。基地の入渠ドッグ前で接続を解除したら即入渠。その後艤装内部にある
「了解ですわ」
「同じく、だクマー」
その後、機雷原を抜けて基地へ帰投した北上たち。艤装を外した瞬間全身が爆発せん勢いで出血し、内蔵まで飛び出てくるアクシデントこそあったが、絶命する前にドッグへ入渠。大量の高速修復剤に浸すことで、どうにか繋ぎ止めることに成功。
機雷原を抜けて何者かが接近することもなく、近海に敵影もなし。無事追跡も阻止できたところで、今回の秋月討伐戦は幕を閉じるのであった。
そして戦いは次の敵へと向かっていく。鈴谷のような緑髪を持ち、顔見知りのように熊野に接する最上。まだ仮定段階の『三隻目』。
この戦いにより熊野は、否応なしに自分自身の過去へ向き合わざるを得なくなるのである。