前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第134話 異常聴覚

 激闘を制した前科戦線だが、落ち着く間もなく次の業務が始まる。

 秋月の艤装からD-ABYSS(ディー・アビス)を分離させることはできた。卯月のものとは違う可能性もあるので、北上は解析作業へ入る。

 棺桶に封印された顔無しは別の処置の準備中。

 秋月は現在入渠中だが、途方もないダメージを全身に受けている。回復するには数日単位でかかると見込まれる。

 

 そして卯月たちはというと、入渠の後疲労困憊により、気絶同然の勢いで眠りについていた。

 

 そのまま朝──どころかその日の夕方まで熟睡。疲労し過ぎているから発作の可能性も低い。するだろうと、気絶寸前の卯月自身思っていた。

 

 だがそうはならなかった。

 

「……うみゅ?」

 

 どこかから聞こえた物音で目が覚める。外を見るがまだ真っ暗。深夜真っ只中だ。

 こんな時間に何の音か。気になって起き上がる。

 相変わらず満潮に抱かれる形で寝ていたが、その腕をどかす形になってしまう。けど彼女は起きない。満潮も疲れ果てているのだ。

 

「どこからの、音だぴょん……?」

 

 耳を澄ますとその音の()()が聞こえる。機械の作動音、唸り声にも似た振動音。若干トラウマを抉るが、なんなのか気づく。

 

「エンジン音……でも、誰だぴょん」

 

 車のエンジン音だ。昔トラックで解体施設へ連れていかれかけた時聞いた嫌な音。だから良く覚えていた。しかし前科戦線は基本出入り禁止。人の入れ替わりも稀。ましてはド深夜。こんな時間に何故エンジン音がするのか。

 

「……なんか気になって寝れなくなってきたぴょん」

 

 夜風で冷えないよう上着を一枚だけ羽織り、音の大本へ歩いていく。なんとなくだが、どこの音なのか感じ取れる。それを頼りに歩いていく。

 その最中、卯月は違和感を感じていた。

 気のせいかと思ったが、段々スル―できなくなってきた。

 

「此処ってこんな五月蠅かったっけ」

 

 妙に雑音がする。人数が少ないので昼夜問わず静かな基地だが、今は妙に五月蝿い気がする。

 だがそれは卯月の勘違い。前科戦線は深夜の軍事施設らしく静寂を保っている。五月蠅いのは別の要因。卯月もすぐに気づく。

 

「いや違う、もしかして、耳がますます鋭くなってる?」

 

 気のせいだろうか。確かめる為更に意識を集中させる。

 

 暫く目を閉じて周りの音を聞き取る。そして卯月は更に聴覚が鋭敏になったのを自覚した。

 

「……これまさか、満潮の寝息?」

 

 後方を振り返る。今いる場所は外。満潮が寝てる自室は屋内。そっからの静かな寝息が知覚できた。

 

 流石に鋭すぎないだろうか。聞こえ過ぎだコレ。

 

 まさか、まだD-ABYSS(ディー・アビス)を使いまくったせいだろうか。それぐらいしか理由が浮かばない。

 より探知能力が上がったと歓迎すべきなんだろうが、何だか嫌な感じがする。でも現状異常は起きてない。

 

「ま、いいや。ヤバかったら相談しよーっと」

 

 様子見で良いか。それより物音の所へ行こう。更に鋭くなった聴覚を頼りにしながら、目的の場所へ辿り着く。

 

 そこにいたのは一台の護送車だ。エンジンもかかっている。これから何処かへ出発するのだ。そして誰かがやってきた。慌てて隠れて物陰から覗き込む。その人影は憲兵隊に拘束されていた。

 護送車のライトに照らされて顔が浮かび上がる。卯月の見知った顔だった。

 

「……熊野?」

 

 と、物凄い小声で呟く。反射的行動だった。

 

 だが憲兵隊は感知した。

 

 熊野を拘束していた憲兵の一人が残像を残して消滅する。次の瞬間背中に拳銃を突き立てられた。

 

「ぴょっ!?」

 

 言われてもいないのにホールドアップしてしまう。何で一瞬で消えるんだ何で一瞬で背後に回り込んで来るんだ。とても怖い。小動物のようにプルプル震える卯月。

 

 そこで遠巻きに見ていた熊野が卯月に気づく。

 

「何してるんですの卯月さん」

「助けてー、熊野ー、うーちゃんは無罪だぴょーん」

「……皆さま方、この卯月は此処の艦娘です。ホールドアップは解除してよろしくてよ」

 

 熊野がそう言ったことで納得したのか憲兵隊は離れていく。拳銃も背中を離れる。緊張から解放されて大きなため息をついた。

 

「で、何してるんですの卯月さん」

「寝てたら、車のエンジン音で起きちゃって、何だろうって思って来てみたんだぴょん」

「エンジン音で?」

「そう」

「……此処のエンジン音が、卯月さんの自室まで聞こえたと?」

 

 そうだと頷く。実際聞こえていた。だがそれは異常なこと。熊野はかなり怪訝そうな表情になってしまう。

 

「私はこれから少し出かけるのです。但し内密で。だからこんな時間に車を用意して貰ったの。起こしちゃって申し訳ありませんわ」

「別にそこは。てか。また一日外出券なのかぴょん。贅沢なヤツだぴょん。羨ましいぴょん」

「いえ、仕事の一環ですわ」

「仕事って、外に?」

「ええ、それも内密に」

 

 何の用事なのか。パッと浮かぶのはやはり『最上』の存在だ。

 熊野、鈴谷、最上、この三人に何かがあるのは間違いない。そこを突き止めれば『敵』の実態に近づけるかもしれない。

 

 実際の所、卯月の予想で合っている。

 熊野はこれから大本営へと赴き、高宮中佐の上官、『大将』に話をしに行くのだ。重要機密の情報だ。必要の原則が要る。熊野外出の事実は誰にも知られない筈だった。卯月がここに来るまでは。

 

「察せられるでしょうけど、わたくしが出かけていることはくれぐれも内密に」

「アイアイ任されたっぴょん」

「それともう一つ。北上さんでも誰でも構いません。一度その聴覚のテストをした方が良いと思います」

「……やっぱり?」

「ここからエンジン音が聞こえるなんて普通じゃありませんわ」

 

 薄々勘付いていたがやはりそうなのか。客観的に異常と言われ落ち込んでしまう。でもこれで戦闘は日常生活に支障をきたすほうが余程不味い。

 

「熊野は、すぐ帰ってくるのかぴょん」

「ええ、あの最上を……なんとかしなければなりませんから。必ず戻ります。ご安心くださいな」

 

 微笑みを浮かべながら熊野は護送車に乗り込み去っていった。固く閉じられた門。夜間外出なので憲兵隊はこっちを睨んでくる。下手に目をつけられたら堪らない。言われた通り自室へ戻る。満潮はまだ熟睡だ。

 適当に歩いたお蔭か、卯月もまた眠くなってきた。疑問は色々あるが全部明日以降に持ち越そう。もう単純に眠い。満潮の腕の中へ潜りこんでから二度寝へと突入した。

 

 

 *

 

 

 翌朝、朝日が昇り出した時間。飛鷹は既に朝食の用意を済ませている。たっぷり休んだから今度は腹が減った。我先にと食堂へ突撃する。卯月は満潮も例外ではなかった……いつも通りなのであれば。

 

 卯月は食堂にはいなかった。いや()()()()()()()のだ。

 

 代わりに朝食の乗ったプレートを持って、北上のいる工廠へお邪魔していた。昨日から調査尽くしで寝ていないにも関わらず来訪を快諾してくれた。本当にありがたいと卯月は思う。

 

 そして卯月が何故食堂に居られなかったのかというと、原因は昨日熊野に指摘された『異常』が原因。

 

 即ち聴力である。

 

「どうだったの」

 

 あれこれ検査を済ませ、結果を纏める北上。それを見る彼女の顔は芳しくない。頭をボリボリ掻きながらどうしたものかと頭を悩ませる。

 

「取り敢えず結果から言うよ」

「お願いしますだぴょん」

「卯月、アンタの聴覚、幾らなんでも()()()。これヤバいよ……ってかヤバイからアタシに検査して欲しいってことなんだよね?」

 

 何故食堂に居られなかったのか。

 

 五月蠅すぎたのだ。

 

 食堂に入った瞬間、卯月は大量の『音』を知覚した。

 呼吸音、会話音。包丁がまな板に当たる、鍋を煮る、ガスを燃やす、あらゆる料理音。お皿がぶつかる音──そういった普通なら『雑音』として処理される音を、全て正確に聞いてしまったのだ。

 

 体感的に言えば、耳元で全部の楽器がフォルテッシモで鳴らされるオーケストラ。

 そんなものをまともに聞いたせいで卯月は即気分を悪くし、満潮に介助されながら、この工廠まで避難してきたのだ。

 

 尚、工廠内部も機械音が凄まじい。音を遮断できる実験用の部屋に卯月たちは居る。

 

「で、結果はどうなのよ」

「予想通りで合ってるよ。聴覚が更に鋭くなってるみたい。ただ、これはヤバイよ……良くなり過ぎだ。半径4キロの音が聞こえるようになってる」

「……なによそれ」

「でも卯月の感覚がついていけてないから、聴覚過敏の症状が出てる」

「治るのそれ」

「分かんない。慣れと共に改善するのか、ダメなのか。てゆーか何で急に聴力が上がったのかも不明だもん」

 

 原因不明の病と大して差がない。状況的にD-ABYSS(ディー・アビス)が関わっていそうな感じはあるが証拠もない。

 

「と言うか聴覚過敏だなんて……アタシはメカニックであって医者じゃないのに」

「明石は医者擬きの仕事もしてるじゃない」

「本職の工作艦と一緒にしないでよー、しょうがないからやるけどさぁ……しっかしどうしたもんか。アタシだけじゃ無理だ。色々ツテを頼ってみるしかないかぁ」

「うーちゃんはどうすれば」

「暫く地下シェルターで暮らした方が良いと思う。あそこなら余計な音は一切遮断されるから」

 

 別に何にも悪いことしてないのに地下暮らしに。地下が悪いとは言わないが良い感じはしない。どうしてこうなった。卯月は頭を抱える。

 

「地下まではアタシが案内するよ。はい目隠ししてね。卯月は耳栓も追加」

 

 前科戦線の地下シェルターは機密区画として扱われている。前科艦娘は許可なくば立ち入り禁止。許可があっても有事でなければ目隠しや耳栓等が必須。行き方を知っているのは正規艦娘だけだ。

 

 さすがに耳を完全に塞いでしまえば何も聞こえない。耳の中が炎症を起こしている訳でもないので、痛みも走らない。義足の足音も届かない。二人の間には満潮が立ち、北上に引っ張られながら逆に卯月を引っ張っていく。

 

 暫く歩いた後目隠しと耳栓を外される。卯月たちは以前利用した地下室にいた。前と変わらない辛気臭い場所である。

 

「どう。ここならかなり静かでしょ」

「あー、ホントだぴょん。ありがたい、助かったぴょん」

「なら良いけどさ。うんでもこんな所長居してるのも健康に悪いし、なる早でなんか対策してあげるからさ」

「ホント感謝するぴょん。うーちゃん感激だぴょん」

「そんなことないよー」

 

 謙遜しなくても良いのに。こういった心遣いが傷ついた心に染みるんじゃないか。

 

「こういったことを調べればD-ABYSS(ディー・アビス)の正体に近づけるかもしれないじゃん。そりゃやる気になるよ」

「……それは言わないでおきなさいよ」

「いやだって卯月は嘘が嫌いだし」

 

 そうだけど。確かに私嘘嫌いだけど。でも本人の真ん前で言うのかよ。直前までの嬉しさが色々台無しだった。

 

「WinWin関係ってことで、勘弁してやるぴょん」

「ありがとねー、んじゃアタシはお暇だ。研究を急がないといけないから」

「ぷっぷくぷー」

 

 返事のような鳴き声を出す。北上は地下室のどこかへ去っていった。どこかにエレベーターとか階段があるのだろうが、そこさえ隠されている。誰かが来なければ二人は永遠に閉じ込められたままとなる。

 地下シェルターなんだから食料や水はある。常識の範疇で飲み食いしても良いと言われている。餓死とかはあり得ないが、それはそれとして、暇であった。

 

「はぁぁぁぁぁー……、折角、飛鷹さんのご飯とか、勝った美味しい良い物を、たっぷり食べようと思ったのに」

 

 まさかこんなことで出鼻をくじかれるとは思ってもいなかった。秋月を倒したら楽しもうと決めていたのに。鼻先のニンジンを取られた気分。ガックリと項垂れる。そこへ満潮がドサッと袋を置く。

 中に入っていたのは、キラキラと輝く食べ物の山だった。

 

「此処に来る時、持ってきといたわよそれ」

「わぁい満潮ちゃん大好きぃッ!?」

「自爆してどうすんの……」

 

 感極まって大声を上げた結果、自分自身がダメージを負う形に。あまりの大声は厳禁となった。

 

「ミッチー……なんて優しい子」

「端っこでグチグチ言われてもうっとおしいから持ってきただけよ。親切心とかそんなものは皆無よ皆無」

「これがツンデレってヤツか」

「何も聞こえないよう風穴空けられたい」

「ジョーダンだぴょんジョーダン」

「後は飛鷹さんが心配して差し入れてくれた物。アンタが苦しんでんのが不安だったみたい。物好きなヤツね」

 

 皆の温かさ(満潮除く)が身に染みる。かなりキツイ状況だった反動で軽く涙まで出てきた。でも満潮の前で絶対泣きたくない。背中を向けながらモソモソと作ってくれたサンドイッチ&紅茶を味わう。

 地獄の戦い以来、体感的にはとても久し振りの愛情弁当が身に染みる。今後どうなってしまうのか。その不安が和らぐようだった。




サイボーグ004級の聴力が生身の人間に&常時作動中。004でさえ常時は機能をオフにするのに、それが作動しっぱなしじゃ……気は狂いますね。
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