果たして
「割と快適だぴょん」
だというのにこの態度。広々とした湯船に浸かりワイングラスに入ったぶどうジュース(買った品物)を堪能。深刻さの欠片もない。なんか心配したのが阿呆になってくる。満潮は結構イラっとしていた。
「……施設が充実してんのは確かね」
「ドッグあり、ベッドあり、食べ物あり。不自由なのはミケランジェロの壁画が見れないのと、お日様の光がないことぐらい?」
「日光浴できる部屋あったわよ」
「嘘だっぴょん……」
本当になんだこの充実具合。いったいこの地下シェルターは何の為に作られた物なのか。
実際のところ、全て必要だから用意されているだけだ。
食糧がなければシェルターにはならない。寝心地の良いベッドがなければ体力回復もままならない。風呂は入渠ドッグも兼ねている。サプリメントはあるが日光浴がなければビタミンが枯渇する。
このシェルターは戦闘目的で建造されている。万一地上拠点が破壊された時、籠城しながら救援を待ったり、戦闘を続行する為の施設。しかも対深海棲艦だけでなく、対艦娘も想定している。
何せ前科持ちばかり集めた無法者集団。卯月たちの代では起きてないが、内部反乱はしょっちゅう。知らぬ間に恨みを買った他鎮守府に狙われることもある。艦娘と戦う可能性はむしろ高い。
だからこういう施設が不可欠。故に大本営も地下シェルターは把握してない。言わずもがな違法行為だが今更気にする人はいない。まともな人材は此処には不要なのだ。
「詮索したら始末されそうだから止めとくぴょん」
「そうね」
異様な充実具合に後ろめたい物を感じたのか、二人はそう結論づけた。君子危うきに近寄らず、というやつだ。
「そんなことより、どうなの調子は」
「ハッハッハ絶好調。完全防音なのに微かだけど外の音が聞こえるぴょん。マジで勘弁して下さい」
「ハァ……また難儀な病気を抱え込んだわね。流石に同情するわ。つま先の爪のささくれ一本ぐらい」
酷い言いようだが同情しているのは確かだ。トラウマによる発作だけでなく聴覚過敏も追加。前者に至っては明確な治療法無し。運の値がマイナスだとしても、かなりの不幸っぷり。満潮さえ心配させる程のもの。
「いっぱい休めるのは嬉しいけど、早く解決して欲しいぴょん。秋月とか顔無しの様子も見に行けないぴょん」
「は? あ、アンタあいつらのこと心配してたの?」
「そりゃそーだぴょん」
むしろ心配して当然だ。快楽で意志を捻じ曲げられ、艦娘としてあるまじき蛮行を強いられていたのだ。
「ハッキリ言うけどあれは強姦だぴょん。心への強姦だ。許す必要性はなんにもない」
「……そう、そうね、アンタが正しい」
「そんな状況下に秋月はどれぐらい居たんだぴょん。うーちゃんより長いのは確かなんだよ?」
極論を言えば卯月の洗脳は短い。
神鎮守府壊滅の時と、水鬼により作動させられた時の二回だけ。どちらも短めで終わっている。
たったそれだけで、卯月は幻を患う程の傷を心へ負った。
ずっと洗脳され続けていた秋月が正気に戻った時、どれ程のダメージなのか想像もできない。下手したら発狂か、自殺し出してもおかしくない。
「せっかく助けてあげたのに、そんな最後じゃ救いがないぴょん。できるか分かんないけど、極力支えて上げたいよ」
同じ犠牲者として、卯月はかなり秋月を気にかけている。仲間意識のようなものが芽生えている。
「てか、これで死なれたらそれこそ敵の思う壺じゃん。認めがたいんだぴょん」
『敵』は人の不幸を喜ぶ輩に違いない。秋月が絶望して自殺したら、それを愉悦の表情で堪能するだろう。
そんなの許せない。
考えただけで頭に血が上り、目が真っ赤に染まる。
だからこそ、敵の思うようにはなりたくない。その為にも秋月に死んで欲しくないのだ。
「一応聞くけど、ぞれぞれ何割」
「秋月の心配が五割、敵への怒りが五割」
「……まあ良いわ」
「いや何が」
秋月を純粋に心配している気持ちもちゃんとある。だが憎悪も強い。卯月が『敵』へ抱く怒りは並大抵のものではない。敵を完全に葬り去るまで絶対に消えることはないだろう。
「敵敵言うけど、実際、何処のどいつがこんなことしてんのかしら」
散々戦いを続けているが、『敵』の姿は影も形も見えない。それらしき存在は上がっているが決定的な証拠は皆無。加えてこんなことをしている目的も理由も不明。艦娘の強化システムを使って一体何がしたいのか。
「全く分からんぴょん。秋月が知ってれば良いんだけど」
「その為に苦労して捕まえたのよ。知ってなかったら困るわ」
「同感ぴょん」
知ってない可能性も十分ある。なんともむずがゆい感覚だ。さっさと目覚めて情報を吐いて貰いたい。その場に立ち会うためにも聴覚過敏をどうにかしないといけないが、卯月には何もできない。
それが気になり、心からゆっくり休むことはできなかった。それでも肉体的に十分休息できたのだから、結果オーライと言った所だ。
*
卯月と満潮が地下シェルターに籠って数日、久し振りに彼女たちは地上へと出てきた。つまり聴覚過敏への対策ができたということ。
結論から言えば抜本的治療はできなかった。原因が不明だから無理もない。なので外から対処することとなった。
聞こえ過ぎるのなら届く音を弱めれば良い。
ヘッドフォン型の遮音装置をつけた卯月に、北上は使い心地を問う。
「どう、それの調子は」
「バッチリだぴょん! 音の聞こえ方も、殆どいつもぐらいになってるぴょん……いやちょっと弱い?」
「強過ぎたか。後で調整しとくね」
構造的にはかなりシンプル。耳を防音壁に近い物で覆っただけ。狙撃手が使用するサプレッサーマフに近い構造だ。中々の効果を発揮したことに北上は一先ず安堵した。後は卯月の感覚に合せて微調整するだけで事足りる。それだけで終わらせず、こうなった原因も追究していく予定だが、今はこれで良い。
「ちなみに協力してくれたのは、藤提督のトコの明石だよー」
「え゛」
「あの明石が……どうして?」
「協力依頼を出しただけだよ、ちゃんとお礼付きでね。あの明石は仕事に私情を挟まない良いヤツだからさ」
確かにそうだった。卯月へはかなり敵意を向けていたが仕事は一切抜かりなく行っていた。防音壁を転用する発想はあったが小型化する技術が北上にはなかった。そこを手伝ってくれたのである。お礼は資材の提供(裏帳簿)等である。
「後一応、艤装を頑張って回収してくれたことのお礼もあるってさ。これで貸し借りナシだって言ってたよ」
「別に貸し借りのつもりなんて無かったんだけど」
「チッ……折角の貸しが」
「卯月?」
「ぴょ? なんだっぴょん?」
聞き捨てならない下衆発言が聞こえた気がした。卯月はお目めクリクリで惚けた。シンプルに腹が立ったので、満潮は向こう脛―—弁慶の泣き所だ──に蹴りを撃ち込んでおいた。悶絶する卯月を置いて二人はスタスタ歩く。
「……で、卯月のが解決したけど、わたし達はこれからどうすれば」
「間もなく次の作戦が立案されるでしょう。それまでは待機。そう言いたいですが、卯月さんも満潮さんも、気になっているでしょう、
言わずもが秋月と顔無しのことだ。実際その通り。特に卯月は秋月のことを気にしている。
「顔無しは兎も角、秋月とは会っていただきたいと思っています。システムによる被害者同士。不知火達が担当するより情報は引き出せるかもしれません」
「……素直に口を割らないって思ってんの?」
「そうです」
正直まだ信用していない。システムは分離したが、未だに洗脳されっぱの可能性はあり得た。
「何れにせよ最初は不知火達で対応します。その後状況次第で卯月さんに引き継ぎます」
「なんでだぴょん、最初からで良いじゃん」
「卯月さんの存在がトラウマになっている可能性を否定できないのですよ」
「え、うーちゃん何にもしてないのに?」
眼玉を破壊して眼孔を抉った。片足を握りつぶした。首を全力で締め上げた。
トラウマ案件ばかりであった。しかし卯月は分かっていない。これも
ともあれそんな理由があるため秋月への対応は一端保留に。代わりに気になるのは顔無しの現状だ。
「今どーなってんだぴょん?」
「呪いの浄化は完了しました。今はウイルスや細菌の除去を行っています」
「……へー、そーなんだ」
何故そんな必要が?
しかし卯月は口に出さない。また自らの無知を晒す羽目になる。ここは知ってるフリで切り抜けるべきだ。
しかし不知火は容赦がなかった。
「では必要性を答えてください」
「ぴょんっ!?」
「卯月さんの知識レベルを知る必要があります。今後の座学の為にも」
追い詰められた卯月は脳味噌をフルスロットルで回転。何とかしてそれっぽい理由を導き出す。
「な、なんか意味不明な深海由来の疫病とか持ち込んでくるかもしれないから!」
「そうですか」
「で、合ってるぴょん……?」
不知火の訝し気な目線が突き刺さる。卯月は脂汗が止まらない。やがて不知火がハァとため息を吐いた。
「まあほぼ正解としておきます」
「や、やったぴょん!」
「正確な知識は後程座学でお伝えします。知らないのは事実みたいですので」
上げて落とすとはこのことか。ガックリ項垂れる卯月であった。尚、何故こんな作業が必要なのかと言うと、卯月の予想は間違いとも言い切れない。
深海棲艦は再生能力がとても高い。艦娘の攻撃以外ではまず殺し切れない程に高い。その再生能力があるせいで、『抗体』がまるで機能しないのだ。
細菌やウイルスによってダメージを受けても、再生できるから病気にならない。わざわざ抗体を作る必要性がない。だから生成機能はあるのに抗体が生まれない。
それ故、体内から細菌類は駆逐されず、どこまでも増え続ける。結果深海棲艦はあらゆる病気のキャリアーと化しているのだ。
ペスト、天然痘、マラリア、SARS、存在未確認の古代ウイルス──駆逐した筈の病気さえどこからか引っ掛けてくる。こんな連中が陸地へ上陸すればどうなるか言うまでもない。
深海棲艦を絶対上陸させてはならないのにはこういう理由も存在する。艦娘としてそれを知らないでは許されない。
「作業自体は自動で行われていますが、見ていきますか」
「良いのかぴょん?」
「はい。顔無しの反応を確認したいところもあります。今の所何事にも無反応なので」
無反応という言葉に満潮が反応する。
「どういうことなのよ。普通暴れたりするもんじゃないの」
「それがどういう訳か大人しくしています。不知火にも理由は分かりません」
「えー、そんな状態のに会いに行くのかぴょん」
会った途端こっちを殺しにかかってくるのではないか。顔無しにどれぐらい知性があるかは分からないが、可能だったのなら私を最優先殺害対象にしている筈。目にした途端殺意全開になるかもしれない。
「そういった諸々を確かめるんです。卯月さんだって気にしているのでしょう。来てください」
「了解だぴょん」
「ま、良いけど」
そっけない態度だが満潮も思う所がある。分かりにくいが顔無しも『敵』の犠牲者。深海棲艦の体内に艦娘を組み込むという狂気の被害者だ。酷過ぎて悲しい気持ちになってくる。心から今の状態を心配していた。
居場所は工廠だ。そこの最奥で封印されている。誰もが無言のまま。言葉を発する気にはなれない。
「……これは」
「当然の措置です。捕縛した深海棲艦はこうするのが義務付けられています」
感染を防ぐ為に滅菌室へ完全隔離。暴れないよう拘束具と椅子で固定。口内に主砲を持つ個体もいるので口も拘束。その状態で除菌をする為に、透析機と数十本のチューブで繋げられている。怪我とかは全くないのに痛々しい光景が広がっていた。
その時、ふと視線を感じた。
「ん、今こっちを見たぴょん?」
「顔無いのに何言ってんの」
「だよね、気のせい?」
そう思ったがやはり視線を感じる。眼玉がないのに見られている感覚。意識をこちらへ向けているのだ。やっぱり私を殺すよう命令されているのか。卯月は少し警戒度を上げた。その瞬間、顔無しが激しく暴れ出した。
「ちょっと、大丈夫なのコレ」
「問題ありません。この程度で破壊される拘束はしていませんから」
「フラグかしら……?」
と言うが実際壊れる気配はない。大丈夫だろうと満潮は安堵する。しかし隣にいる卯月は無事ではなかった。
ドサリ、と音がする。
卯月が耳を抑えながら倒れていた。
「あ、あぁあっ、あ゛……!?」
「卯月さん!?」
「また発作!? このタイミングで!?」
いつもの発作かと思った。しかし違っていた。目元を隠していない。錯乱してもいない。何時もと症状が違う。
最初苦しんでいたが、段々と表情が変化していく。敵を目の当たりにした時と同じ憤怒の形相に変わる。
「これ、まさか……、ふ、ふざけんなぁ……!?」
「どうしたっての卯月!?」
「―—ッ!!」
一層激しく痙攣して卯月は気を失った。何が起きたか分からず混乱する満潮。顔無しも気を失ったのかぐったりとしていた。
「どうなってるの……?」
「この反応。仮説がもしや合っていたのでは」
「仮説……何よそれ」
「顔無しについて調べている内に、一つ仮説が浮かんでいたんです。もし不知火の予想通りであれば……」
不知火は突如壁を殴打した。
全力で殴ったせいで手から血が流れ、赤く腫れあがっている。その顔は能面のような無表情。抑えきれない怒りに、拳が動いたのだ。
「組み込まれた艦娘、
「……顔無しの艦娘って、確か、全身を」
「バラバラにされていて、尚、痛覚が残っています。これがどういう意味か分かりますか」
言うまでもない。気づけば満潮も不知火と同じように、全力でガラスを殴りつけていた。
艦隊新聞小話
捕獲した深海棲艦の浄化マニュアル 必ずこの手順を守って下さい。
①棺桶に入れて鎮守府まで護送します。
②サークル上に四つ配置された大型集光機の中央に固定します。
③ダンディーなボイスの妖精さんに頼んで起動して貰いましょう。
④収束された太陽光を数日間照射し続けます。棺桶に生命維持装置があるので絶命の心配はありません。
⑤強力な個体はエクトプラズマで反撃してくるので注意が必要です。
⑥数日だったら呪いの浄化は完了です。今度は隔離できるエリアに移送し、血液を全て透析し、除菌を徹底してください。
⑦最後に内蔵を掃除して病原菌を排除したらお終いです。お疲れさまでした。
⑧一つでも手順を破ったら誰であろうが十傑集裁判です。