前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第136話 犠牲者達

 顔無しと接触した際、謎の発作を起こして気絶してしまった卯月。幸いにも気を失っていたのは数分だけ。直ぐに目を覚ましたが念の為医務室へ連行されることに。

 

「身体的には異常なしだねー」

 

 北上の言う通りの診断結果。だがあんなことがあって異常ナシはあり得ない。満潮も不知火も信じていない。

 

「では卯月さん。先ほど何があったのか説明してください」

「そう言われてもうーちゃんにも何が何だか」

「うっさい。何だって言いから話なさい。何かあったのは確かなんだから」

 

 正直卯月も、自分に起きた事を理解しきれていない。それを説明しようとしたせいで、かなりたどたどしい説明になってしまう。

 

「えっと、『声』が聞こえたんだぴょん」

「声、ですか。どのような声でしたか」

「獣の咆哮みたいな凄い声だった。ギャオーとか、オ゛オ゛オ゛ーとか、そんな感じ」

「それだけですか。それは『咆哮』だと感じたんですか」

 

 記憶を辿って少しの間思案。卯月は『やはりそうだった』と思った。

 

「咆哮、みたいだったけど……あれは『悲鳴』だったぴょん」

「悲鳴、ですか、どういった意志を感じましたか」

「こ、細かいぴょん! えーっと……本当にうーちゃんの感じたままになっちゃうけど」

「構いません」

「……苦しい、助けて、殺してって、言ってた気がするぴょん」

 

 飛び出したのは、とてもまともとは思えない言葉。卯月は確かにそう感じた。そして流れからいって、その言葉が顔無しの声であることは明白。あの意志のなさそうな化け物が、そんなことを言ってたこと自体に驚く。

 

「で、それが聞こえて、すっごい大声になって、耐え切れなくなってバッターンって倒れたんだと、思うぴょん」

「それで終わりですか」

「……あの、これはうーちゃんの直感的な予想なんだけど」

「どうぞ」

「中の艦娘、痛覚残ってるのかぴょん」

 

 不知火は長い溜め息をついた。この現実を認めたくなかったが故に。しかし現実は現実。諦めた様子で頷いた。

 

「御存じの通り、顔無しとは、艦娘を深海棲艦に組み込んだ兵器です。今回の解析によって、どう吸収されているか分かりました」

 

 とても聞きたくない。碌な予感がしなかった。そして予想は的中する。

 

「簡潔に言います。バラバラ死体で同化していました。腕部、脚部、胸、頭部、首、手、腰、内蔵に至るまで、艦娘一人分の身体部位が余さず中に残っています」

「何だよ、そ」

「しかし問題はここからです。バラバラでしたが神経接続だけは維持されてしました。切断されていない状態で、ちゃんと脳まで繋がっていたんです。加えて艦娘側の各五感も活きています。それらを維持させる血液循環は……深海のでしたが」

 

 神経は残っている。内臓器官も問題なく稼働中。深海棲艦のだが血も巡っている。

 

「つまり、組み込まれていたのは、死体じゃなかったってこと」

「そうなります」

 

 だが誰も喜ばない。喜べる訳がない。確かに生きているだろうが、それはあくまで肉体的な意味合いになる。人間的に生きているか、と言われたら。

 

「生きたまま、バラバラにされて、痛覚残したまま埋め込まれてる。それでも死ねなくて生かされている……って認識で合ってるぴょん?」

 

 不知火は無言で頷いた。

 

 全身を千切られて、そのまま別の肉体に埋め込まれる。

 これがどれだけの苦痛を齎しているのか。それは卯月が聞いた、死を望む悲鳴が物語っていた。

 

 あの時卯月は直感的にその可能性に気づいた。故に殺意が吹き荒れたのである。

 

「なんで、こんなことするのよ」

 

 震える声で満潮が呟く。艦娘を何かの実験材料にしたのはまだギリギリ理解できる。だがこれは分からない。何故痛覚をわざわざ残したままにするのか。徹底的に苦しめて使い潰す為としか思えない。死ぬか発狂するまで終わらない拷問と変わらない。

 

「分かりません。そもそも解析はしましたが、この顔無しがどういった意味を持つのかも未だ不明。その為痛覚を残した理由も……力及ばず申し訳ありません」

「謝る必要ないぴょん。解析の専門機関って訳でもないんだから。不知火は悪くないよ」

「……そうですね」

「理由がなんであれ『敵』は殲滅するんだし」

 

 卯月はニッコリと笑っていた。目は笑っていない。ただ口角が上がっていただけ。医務室全体が埋め尽くされるような、重苦しい殺意を卯月は笑顔で放つ。

 

「こんな所でそんな殺意出さないでよ、ムダでしょ」

「んあ、それもそうだぴょん」

 

 殺意は無限ではない。出せる時に出せるよう我慢しておくのも重要だ。卯月は殺意を引っ込める。

 そうできるんなら初めから出すなよ。

 満潮はそう思ったが言わなかった。指摘するのが面倒だった。

 

「この顔無しはどうするの。調べ終わったら殺すの?」

「未定です。解体するのが妥当ではありますが。こうなっても深海棲艦。生かしておいて良いことはありません」

 

 今はまだ良い。血液中の細菌類は現在除去中。細胞単位で染みついた呪いも浄化し終えた。しかし呪いの復活は時間の問題。そうでなくとも身体が深海棲艦である以上、人類に襲い掛かってくる。

 

「ただ、これが敵にとって重要な『何か』であることも確か。それを踏まえて最適な行動を中佐と協議しています」

「やっぱりそれしかないのね……」

「可哀想だぴょん。こんなのにされた挙句、解体で死ぬしかないなんて」

 

 深海棲艦は嫌いだがこれは例外だ。ここまで尊厳を弄ばれて死ぬ他ないのは悲惨過ぎるが、それが唯一の救いなら、もう諦める他ない。そうなったらそうなったでより『敵』を戮す理由が強固になる。殺意はますます膨れ上がるだろう。

 

「もしも可能ならば、不知火たちとしても、保護の方向で持っていくつもりです。貴重なサンプルを理由なく排除する必要性はありません。できればの話ですが……」

 

 自信のない口調だ。不知火も北上もこれをどうにかできる方法が分からないのだ。艦娘に襲い掛かる激痛、復活するであろう呪い、襲い掛かってくる深海棲艦の本能。立ち塞がる課題は余りにも多かった。

 

 

 *

 

 

 顔無しの対応については、もう直ぐどうこうできるものではない。結局北上に任せるしかない。今更悔やんでもしょうがないが、こういったことへの知識がないのが悔やまれる。あったところで付け焼き刃にしかならない気もするが。

 

 それから次の日、卯月が関わることができる問題が現れることになる。

 

「秋月が起きた?」

 

 夕食をとっている最中、いきなり現れた不知火がそう告げた。

 

「ええ、夕食の前頃に覚醒しました」

「マジか」

「調子はどうなの、正気に戻ってんのよね?」

「そこ()()はご安心ください」

 

 まただが、まるで素直に喜べない。正気に戻ったら、今までの記憶が一気に圧し掛かってくる。短かった卯月であの苦しみよう。もっと長い期間洗脳されていた秋月は比較にならない苦しみを味わっているだろう。

 だから行かないといけない。比較できないけど、同じ苦しみを味わっている被害者仲間として。必要なら助けなければならない。卯月は強くそう思った。

 

「行っても良いよね」

「問題ありません。懸念していたトラウマもなさそうでした。寧ろ秋月さんも卯月さんに会いたいと」

「待ってて、今食べるぴょん」

 

 勿体ない気もするが飛鷹さんの夕ご飯を一気に食べて席を立つ。ちなみに満潮はとっくに完食していた。秋月の居る場所は独房だ。そこを生活できる部屋に模様替え(家具職人妖精さんによる)したんだとか。

 

「この部屋に秋月さんがいます。余り人数が多いとプレッシャーになるので外で待ちます。何かあれば呼んでください」

「了解だぴょん」

「それともう一つ。途中でショックを受けるかもしれませんが、卯月さんが原因ではありません。気に病まないように」

 

 どういう意味の発言なんだ。話してもいないのに嫌な感じに囚われる。けどもう臆してても仕方がない。扉をノックしてドアノブを捻った。

 

「……お邪魔するぴょん」

「入るわよ」

 

 部屋は確かに独房だった。一室がこちら側とあちら側で、柵により隔離されている。音は通すが強化ガラスの仕切りもある。本当に安全か確証が得れるまではここに隔離だ。

 そしてそこに、ベッドで布団を被る秋月がいた。まずは私からと、卯月は意を決して声をかけた。

 

「秋月……来たぴょん。呼んでたって聞いたから。うーちゃんだよ?」

 

 毛布がビクッと震えた。恐怖なのか罪悪感なのか判断がつかない。いずれにしても良い感情ではない。卯月は柵ギリギリまで近づき彼女の反応を待つ。無理に引っ張り出すより向こう側のアクションを待つ方が良い気がする。

 黙ったまま待つ。本当にゆっくりだが毛布の隙間から、秋月の顔が見えた。

 

「……う、あ」

 

 酷い顔だった。散々泣き腫らしたせいで目元は真赤。まるで寝れていないのかクマも酷い。表情は怯え切った幼子のように弱々しい。

 

 刺激しないよう注意しながら、卯月はひらひらと手を振ってアピールする。言葉は発しなかった。何を言ったら良いか分からなかった。

 

 だが、秋月は全く反応しない。

 

「秋月……?」

「だ、誰か来たんですか。もしかして……卯月さんですか」

「そうだぴょん。うーちゃんだぴょん」

 

 様子がおかしい。会話は成り立っているが()()()()()()()()()()

 

 違和感の正体を考える前に秋月がベッドから降りた。彼女は手で床をペタペタ触りながら、這いずって卯月の前まで移動する。部屋を隔てるガラス板を触れて確かめながら立ち上がった。

 

「そこですか、目の前にいるんですか」

「……ううん、うーちゃんは、もうちょっと右の方だぴょん」

「ご、ごめんなさい」

 

 またガラスに触れながら右へ移動。今度こそ卯月の真正面に立つ。それでも目線を合せない──合せられないのだと卯月は気づく。

 もし、そうであるならば。

 卯月は震えた声で問いかけた。

 

「秋月、お前、目は」

「……見えていません。何も、見えないんです」

 

 秋月の目は黒く、しかし光なく濁っていた。卯月は自らの攻撃を思い出す。修復誘発材で眼球を爆発させ、焼け付いた主砲で眼孔を抉っていたこと。視力へのダメージを与え続けていたこと。

 それが『全盲』を齎したのではないか。これは私のせいなのか。最悪の可能性が脳裏を過る。

 

「卯月忘れんな。不知火が言ったじゃないの、アンタが原因じゃないって」

 

 これはそういう意味。秋月が視力を失っているのは卯月のせいではない。その言葉でハッと冷静に戻る。ショックの余り忘れかけていた。

 それでも罪悪感は残る。自分の行動が一因な気がしてならない。

 あれだけしなければ勝てなかった敵だ。戦術への後悔は一切ない。しかしもっと上手く立ち回れたんじゃないか。ついそう思ってしまう。

 

 だがどれも無駄な悩みだ。

 

「……うん、生きてただけでもめっけもんだぴょん」

「何か今呟いた?」

「いんや、何も言ってないぴょん」

 

 取り返せないことを悔やみ続けるのはカッコ悪いことだ。そう割り切る方が余程良い。第一此処に来たのは秋月の為。わたしの後悔など心底どうでもいい。

 

「秋月の視力は治るのかぴょん」

「……いえ、入渠や外科手術でも、不可能だと……えっと、技術者の方はおっしゃっていました」

「北上さんがか……それは残念だぴょん」

 

 この言い分から考えて『原因』は分かっているのだろう。それが治療困難なものということだ。防空駆逐艦なのに一番重要な視力が失われてしまった。戦線復帰は著しく困難になる。それ以前にメンタル面が心配だ。

 

「その、う、卯月、さん……」

 

 秋月は、今まで以上に震えた声でポツリポツリと話してくる。

 

「ご、ごめん、なさい……私、なんで、あんなことをしたのか……わ、分からなくて。酷い言葉を、酷いことを……いっぱいしてしまって。卯月さんも殺しかけて……」

「殺しかけた? あ、あれか」

 

 艤装奪還戦の時のことだろう。確かに輸血やら止血やらで、死ぬかどうか一歩手前の状態だった。秋月と何人も交戦したが、本当に殺しかけたのは卯月だけだ。一番気に病んでいたのだろう。

 

「皆、片端から殺しました。艦娘も、深海棲艦も、関係なく。秋月が愉しむためだけに。何の理由もないんです……それが気持ち良くて、心地良くて。何で、秋月は……うう……うぇぇ……」

 

 語っている内に耐え切れなくなり嘔吐する。隔てるガラス板に吐しゃ物が張りつく。よく見たら部屋中に汚れが点在している。何度も何度も、自己嫌悪で嘔吐していたのだ。激しく咽返りながら、うわ言のように呟く。

 

「なんで……私が……なんで……」

 

 かける言葉がない。少しでも落ち着くよう背中でも摩って上げたいがガラス越しなのでムリ。今何かできることはないか考える。

 だが、秋月の容態はその猶予も許さない。

 突然のことだった。秋月が蹲ったまま、激しく痙攣し始めたのだ。

 

「あ゛、あ゛ぁっ!? アァア゛ア゛ァッ!?」

「なっ、なんだっぴょん!?」

「失礼します。卯月さん満潮さん、本日の面会は終了です。退室をお願いいたします!」

 

 扉を開けてきた不知火に半ば無理矢理追い出される。代わりに不知火が慌ただしく入室していった。

 

「……あの様子。全盲以外にも何か後遺症が?」

「そんな。全盲だけでも酷いってのに、まだあるって言うの?」

「……あの重傷度合だったのよ」

 

 どれ程の後遺症があってもおかしくない。薬などで一時的に抑え込んでいたのかもしれない。不知火からの説明を待つしかないのが歯がゆいが──間違いなく感じたことがただ一つ。顔を背けながら卯月は呟く。

 

「ねぇ満潮。今更だけど言って良い」

「良いわよ。予想できるけど」

「生まれ落ちたことを後悔させてやるぴょん」

 

 更なる激情が、静かな言葉に宿っていた。




艦隊新聞小話

深海棲艦捕縛用棺桶型封印装置について

 深海棲艦はそのまま陸地に持ち込むと大量の呪いと疫病を蔓延させます。でも持ち帰らなきゃ研究ができません。そういう時の為開発されたのがこの棺桶だそうです。
 弱らせてから入れれば封印完了、呪いも疫病もシャットアウト。この状態で鎮守府まで持って帰れば、鎮守府の持つ『艦娘側の力』と『日光』で浄化ができます。
 ちなみに厳密に言うと艦娘の艤装ではないので、人間だけでも運用可能だそうです。しかも最大出力にすれば魂の根源諸共完全浄化可能。今後同型個体が蘇る可能性も閉ざすことができるんですね!
 なんでこれが流行ってないかと言いますと、姫級を中に入れると、それが誘蛾灯めいた状態になっちゃうので、撤退中に大量の深海棲艦が追撃をかましてくる上、鎮守府にも押しかけてきちゃうんですよね。そんな状況で護送~浄化まで出きるかって言うと……まあ無理ですね。あ、浄化は専用施設が必要なので鎮守府以外じゃ無理ですから。
 現在では、どうしても、完全な滅却をしたいという時だけ、万全の体勢で行われるらしいです。

 ※技研による開発はダミー。先史文明の遺産から発掘された遺物である。棺桶はバイク型に変形可能?構造は不明。艦娘の技術転用により妖精さんを召還し、運用方法を編み出している。
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