前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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トップガンは面白かった。戦闘機の爆音が鼓膜から離れない。


第137話 後遺症

 ある程度状態が落ち着いたと言う事で、顔無しと秋月に面会しにいった卯月。しかしそこにいたのは、かける言葉もない程ボロボロになった二人の姿であった。

 

 顔無しは埋め込まれた艦娘が苦痛に悲鳴を。秋月は罪悪感だけでなく全盲プラスなんらかの後遺症に苦しんでいた。

 当然ながら、卯月は医療関係者ではない。こういったことにできることは何もない。

 

 次の戦いまで訓練を積みながら待機、それが最適だ。だがそんな事では我慢できない。心配する気持ちを抑えきれない。数日経った後とうとう我慢の限界を迎えた。

 

「こんばんはー、うーちゃんだぴょん!」

 

 なので卯月は秋月の部屋に通い詰めることにした。

 

「え?」

「寝るまで此処で過ごすことにしたから。不知火の許可はとってあるから安心するぴょん」

「はぁ……」

「世話になるわ……悪いわね本当に……」

 

 罪悪感を感じる暇もない。いきなりの来訪者に困惑する秋月。

 後ろからげっそりした顔の満潮も現れる。「迷惑だから止めときなさい」と静止したのだが、ダメだったのである。せめて卯月が暴走しないよう──発作の看護も兼任だ──ついてきたのだ。

 

 尚、こちらとあちらを隔てるガラス板と檻は撤去されている。数日間の観察や尋問をえて、敵意はないと中佐やその上の人間が判断したのだ。

 それでも、念の為部屋の鍵は外から締められている。扉も金庫のように厳重だ。

 そこは仕方がない。秋月は自嘲気味に諦めている。

 

「……突然、笑いながら、対空砲ぶちかますかもしれない危険人物ですから」

 

 相変わらずかける言葉がなかった。それでも卯月は傍にいる方がマシだと思い、時間がある時はずっとピッタリひっついていた。

 

 その中で、秋月の抱えるもう一つの『後遺症』を知ることになる。

 

 何度も何度も面会に訪れる中、「もう知ってた方が良いでしょう」と不知火に教えて貰ったのである。

 

 秋月の部屋に通い始めて数日目。毎日来るたびに聞いていることを卯月はまた尋ねた。

 

「今日の調子はどう? お薬効いてる?」

「はい、痛みは……だいぶ、や、和らいでいます……」

「なら良かったぴょん。でもムリしちゃダメだからね。目の前でショック死とか勘弁だぴょん」

 

 秋月の抱える後遺症。それは『感覚過敏』と言うべきものだった。卯月が発症した聴覚過敏と異なり、皮膚への刺激に異常に敏感になる症状。酷い場合だと服がこすれるのさえ激痛に感じる病気。

 

 どうしてかは未だに分からないが、秋月はどうもそれらしき後遺症を患っていた。

 服の感覚どころか風さえ苦痛。挙句最悪なことに秋月型の服はスーツ型に近く、()()()()()()()()()

 

 そのままでは生活どころか狂死は確実。

 一時的な対処方法として、触覚を鈍化させる薬を定期的に投与することで、誤魔化していた。

 

「本当なら専門の治療機関に行かなきゃいけないんだろうけど、うーちゃんもだけど、でもそこに内通者がいたらヤバイし」

「い、いえ……大丈夫、です……マシだと思います。面倒、を、見てくれるだけでも」

 

 尚、薬の副作用で身体全体が麻酔にかかったような状態になっている。口が上手く回らず、ちゃんと動くことができない。言葉がたどたどしいのも、床を這ってしか動けないのもそれが理由。

 

 これに加えて全盲の症状も相変わらず。口には出さないが──余りにも惨い。何故秋月がこんな目に合わないといけないのか。敵への憎悪は募る一方だ。

 

 それより秋月を支える方が優先だから、顔には出さないが。

 

「そー言えば、ご飯は食べられるのかぴょん?」

「食べれ、ます。ゆっくりとですが……点滴だけでは、足りないと、言う事なので……」

「生きる気力はあるのね」

 

 こっそり呟く満潮。卯月も同じく同意する。罪悪感の余り死を渇望しても不思議ではない。そうはならず、生きることを諦めていない。そこは本当に安心できた。

 

「んじゃ、これ食べる?」

「え?」

「うーちゃんが苦労して買ったご褒美を分けてあげるぴょん!」

「ちょっと。勝手にあげて大丈夫なの」

「実は許可を得てるぴょん」

 

 賢い私は無許可なんてマヌケなことはしない。自慢げに鼻を鳴らしながら満潮に嗜好品を渡す。りんごジュース(高級品)だ。感覚過敏の人間にラムネは渡せない。卯月はグイッと一気飲み。秋月も戸惑いつつもそれを飲んだ。

 

「どう?」

「……お、美味し、しいです」

「そうだろー! うーちゃんが大金叩いて買ったジュースだもんね!」

「私の分は?」

「そこにあるじゃん」

 

 卯月は水道管を指さした。満潮の分を何故用意しなければならないのか。

 

「正直安心したぴょん。食べたり飲んだりするのにも、感覚過敏が起きてたらどうしようって思ってたぴょん」

「……食道を通る分には問題ないのね」

「は、はい。固形物は、む、難しいですけど。食事はか、可能です」

「本当に安心だぴょん。折角人の身体なんだから、美味しい物をいっぱい食べなきゃ大損だぴょん。どこぞの満潮みたいにつまらない生き方はダメだぴょん。覚えておくぴょん」

「人の脳味噌があるんだから。本能しかない野蛮人になっちゃダメよ。注意しなさい」

「は、はぁ……」

 

 気がつけば何時もの煽り合いに。秋月はどう反応すれば良いか分からず困惑。流石に殴り合いはしなかった。

 

「早くまともに動いて貰いたいぴょん。そうなったらもっと、あれこれ楽しいことができる……と思うぴょん」

「此処にそんな娯楽はな」

「ヘイ満潮、シャラップ」

 

 そういうことは言ってはならない。例え事実だとしても。多少でも構わないから前向きに成って貰うことが重要だ。

 正直これがどれだけ効果があるかは分からないが、一人にしておくより遥かにマシだと思う。卯月はそう考えて行動していた。

 

「……あ、あの、卯月さん」

「ぴょん?」

「どうして、あ、秋月に、ずっと……か、構うんですか」

「心配だからだけど」

 

 隠す理由もない。嘘も嫌いだ。卯月は正直に答えた。秋月に構い続ける理由の大半はそれだ。

 

「薬漬けで、ベッドから動けず、ずーっと医務室でじっとしてるなんて、うーちゃんからしたら地獄だぴょん。だから少しでも気が紛れれば良いなって思って、ひっついてるんだぴょん。後、自殺防止も兼ねてるぴょん」

 

 卯月がとんでもない理由をぶちまける。満潮は口を開いて絶句した。それは言ったら不味いことだからだ。

 

「卯月アンタッ!?」

「いやだって嘘嫌いだし。隠すようなことでもないぴょん。不知火に止められた覚えもないし」

「一般常識だからよ!」

 

 普通言わないだろう。自殺防止も兼ねて見張っていますとは。

 

「あ、そうだった。この部屋監視カメラがあって、自殺しようとしたら、誰かが飛んでくるから。そこは覚えておくぴょん」

「……アンタ、何考えてんの。本当に」

「隠し事は良くないぴょん。いやぁ、話すタイミングがなくて悪かったぴょん」

 

 秋月は絶句した表情で会話を聞いていたが、次第に納得した様子で頷く。

 

「そ、そうです、よね。秋月は貴重、な、じょ、情報源ですか、ら」

「む、何か勘違いの気配。うーちゃんが来てるのは、あくまで秋月が心配だからだぴょん。監視カメラあるんだから、自殺防止の為なら態々来る必要ないし。監視ってのはついでだぴょん」

 

 そりゃカメラがあれば安心できるが、一々自殺を中断させて治療させるのも面倒。傍に居続ければまず自殺しないと踏んだ側面も、面会を不知火が許可した一因だ。

 

「……秋月、自殺すると、お、思われているんですね」

「そりゃそうだぴょん。そのメンタルだし。思ってなくても、衝動的に死ぬかもしれないぴょん。あんまり言いたくないけど……気持ちはちょっと分かるから」

「……そう、です、か」

 

 仲間殺しの罪悪感はそれ程酷い。プライドが許さないので絶対口には出さないが、卯月も死んだ方がマシと思うことはある。

 もっと長い期間洗脳されてた秋月はもっとだろう。本当に、突然発狂して自殺するかもしれない。卯月のような『発作』の衝動のまま死ぬかもしれないのだ。

 

「てゆーかあれだぴょん。いきなり死んじゃうかもしれなくて、それが恐いから、なるべく傍に居たいとも思ってる。秋月の傍にいる理由はそんなところだぴょん。気分を悪くしたら御免だぴょん。止めないけど」

 

 まあそれはそれとして傍にはいる。一人よかマシなのは確かだ。今の彼女を孤独にはできない。

 

「卯月、熱弁してる所悪いけど、面会終了の時間よ」

「あらもう? 時間が経つのは早いっぴょん。んじゃお休み秋月。また時間があったら否応なしに押し掛けるからねー」

「……おやすみなさい」

 

 と言って卯月は部屋から退出する。一人残された秋月は顔を俯かせながらベッドへ潜り込む。薬の効果がなくなりだし、全身を走る感覚過敏に耐えながら、次第に眠りに入っていった。

 

 

 *

 

 

 一方卯月たちは、不知火にあいさつをしてから自室へ向かっていた。満潮と並んで歩いている途中、卯月はいきなり笑顔になった。

 

「返事、してくれたぴょん!」

 

 俯きながらだが返事はしてくれた。大きな進歩だ。最初の頃は返事どころか相づちもできなかった。少しだけど心を開いてくれたのだろうか。嬉しさに表情が綻ぶ。鼻歌を歌いながらスキップまで踏んでしまう。

 

「うっとおしいから止めて」

「チッ! 水を刺すなっぴょん!」

「……言おうと思ってたけど、その行動迷惑だとは思ってないの。毎日毎日押し掛けて。かなりのストレスになってる筈だけど」

 

 秋月の精神はまだかなり憔悴している。ただ話しかけられることさえキツイかもしれない。そっとしておくのも一つのやり方だ。それを一切やろうとしない卯月に、満潮は不満のような感情を抱いていた。

 

「ぶっちゃけ分からないぴょん」

 

 結果身も蓋もない回答が返ってくる。満潮もこれには困惑した。

 

「分からないのに、通い詰めてんの?」

「だってうーちゃんカウンセラーでも何でもないし。最適解なんて分かんないぴょん。良いかなって思ったことを実行してるに過ぎないぴょん。考えてみてよ、あんな狭い部屋で一人だったら、何について考える?」

「……そりゃ、トラウマでしょうね」

「これが良い事とは思えないぴょん。だったら無理にでも絡んで、そこから目を背けさせるのも一つの手だぴょん」

 

 そう語る卯月は、自分自身の体験を思い出していた。秋月への接し方は卯月自身のトラウマを踏まえてのことなのだ。

 

「大前提として、くよくよする理由が本来無いんだぴょん」

「『敵に利用されていただけだから』って言いたいんでしょ。アンタがしょっちゅう言ってるように」

「そゆこと。目を背けたって、誰も文句は言わないぴょん。それに……」

「それに?」

「ゴメンなんでもない。これはちょっと『侮辱』に近いかもしれないから」

「……よく分からないけど、言いたくないなら構わない。アンタの言語なんて少ない方が世の為なんだし」

「喉に寄生虫埋め込んでやろうか」

 

 実は秋月に対して思うことがある。しかし今言った通り『侮辱』に成り得る考え方だ。だから自主的には言わないでおく。嘘は嫌いなので聞かれたら言うしかないけど。

 

「まあ、一日でも早く元気になるのが一番だぴょん」

「それはそうね」

 

 身体が弱っていると心も弱る。逆もしかりだ。だが秋月の身体は多くの問題を抱えている。感覚過敏に視力障害。どちらか一方でも治ればまだマシ。

 そう思うと、向かう先は決まってくる。幸いまだ自由時間はある。自室へ帰る予定だったが変更。二人揃って北上の工廠へ向かった。

 

「北上さーん。お邪魔するぴょん!」

「あいよー、って、そろそろ消灯時間じゃん。大丈夫なの二人とも」

「治療に目処がついたのかが気になって眠くないんだぴょん」

「あっそう。ま、不知火にキレられない程度にね」

「アイアイサーぴょん。で、調子は?」

「さっぱりだ」

 

 あんまりな一言に二人は固まる。だが一番申し訳なさそうにしているのは北上だ。長い溜め息を吐きながら、力なく椅子にもたれかかる。

 

「まさかねー、こっこまでダメだとは思わんだ」

「そんなに分からないの?」

「全盲になった理由も、感覚過敏の理由も……何となく察しはついてる。そこは良いんだけど、治療方法が見つからない。どーすりゃ良いのかね……ホント参った」

 

 卯月はその態度に驚いた。飄々としているが確固たる自信がある。北上はそういう人だと思っていた、今の彼女はイメージと全然違う。そんな態度になってしまうほど難しい患者なのだ。

 

「やっぱ退役した雷巡じゃ、工作艦の真似事も限界があるってことだよねー……」

「……ちょっと北上さん。それは嫌だぴょん」

「嫌だって、何が?」

「他の明石は知らないけど、うーちゃん達の工作艦は北上一人だぴょん。D-ABYSS(ディー・アビス)の解析をずっと頑張ってくれたんだ。限界はあったとしても、真似事とは言わないで」

 

 着任してきてからずっとお世話になったのは明石ではない。北上だ。糞システムに振り回されながらも、制御するためにあれこれ考えてくれたのは北上だ。自分を卑下することは言わないで欲しい。卯月は真剣な表情で訴える。

 

「……むぅ、ちょっとアタシらしくないこと言っちゃったかな。ごめんね不安にさせちゃって」

「気にしてないぴょん。なんか手伝えることあったら何でも言ってぴょん。今のうーちゃんはやる気に満ちているのだから!」

「座学は?」

「―—っと消灯時間が迫っている急がなければ」

 

 まさに脱兎のごとく。基本教養や戦術・戦略の座学で最近死にかけている卯月。座学がすっかりトラウマワードとなっていた。

 それを追い駆け去っていく満潮。北上は呆れていたが顔は笑顔。悪くないと思いながら見送る。そして遠まわしなエールを糧に、もう一度パソコンに向き直った。

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