前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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感想:メルゼナはスタンド使いだった。
四人がかりで何とか狩ったゼ。


第140話 糧

 鳥の鳴き声が聞こえる。カーテンからの木漏れ日が心地よい。窓から吹いてくる風も気持ちが良い。ベッドもふかふか──とは言い難いがまあ良い。とにかく良い気分で卯月は眠っていた。

 

「……え゛?」

 

 だがおかしいことに気づく。卯月は秋月をハグしながら慰めていた筈。それがどうして自室のベッドで寝ているのか。混乱しながら起きると満潮が怪訝な顔つきで見ていた。

 

「なにガン飛ばしてんだぴょん!」

「秋月のところで卒倒しているアンタを此処まで運んだのは誰だと思ってんのよ!」

「少なくともお前以外の誰かだけど……」

「死ねっ!」

 

 分厚い辞書の背中が鼻先に直撃。卯月はしめやかに倒れ込んだ。奇跡的に鼻血はでなかった。

 

「……真面目にうーちゃん何があったぴょん?」

「知らないわよ。むしろどこに気絶する要素があったの。秋月が心配してたわよ」

「いったい何が……あ」

「あ?」

「いやなんでもな」

 

 満潮が更に分厚い辞書を構えて投擲体勢に。眼が笑っていない。卯月はスッと正座する。そして心当たりを説明した。感覚過敏によって苦しんでいる秋月をハグしたら、自分にもその激痛が感じられたことを。

 

「……ど、どういうことなの?」

「うーちゃんにもさっぱりだっぴょん。限界を超えて倒れちゃったんだと思うけど」

「身体に異常は」

「ないけど……他が異常と言うか」

 

 何となくだが、何が起きているかは分かる。

 多分秋月の痛みがこちら側に移動しているのだ。だから逆に秋月は痛みを感じなかった。感覚を引き受けているのだ。

 

 というのは分かるが、理屈が微塵も分からない。どうなればそんな超常現象が起きると言うのか。

 

「不知火に言ったのそれ」

「言ってないけど、察してはいるよ。あの部屋だって監視カメラとあるんだし」

「何も言ってこないってことは、安心して良いのか保留中なのか……どう転んでも碌な予感はしないわね」

「全くだぴょん」

 

 心配してもどうしようもないのだが、流石に不安になってくる。わたしは何処へ向かっているのか。

 

「……そういえば秋月は?」

「知らないわ。部屋でおとなしくしている。というかそれしかないでしょ。全盲なんだから」

 

 全く見えない状況下では基地の中を歩くのもままならない。かえって危険だ。身体も回復しきってはいない。暫くは療養、できてリハビリ程度になるだろう。

 

「また行くの?」

「いや、大丈夫だと思うぴょん。当分は一人で考えとか纏めた方が良いと思う」

「そう、あの状態よりマシになったってことね」

「そゆこと」

 

 散々出し切った後は考えを纏める必要がある。今後どう生きていくかだ。当分は前科戦線で匿う必要があるとしても、その後は違う。幾つかの道を選ぶことができる。

 そこに口出しはできない。秋月自身で決めなくてはならないことだ。

 

 そして卯月の回答に満潮も内心安堵していた。あの酷い精神状態が多少でも良くなったのだ、喜ばしいことである。

 

「うーちゃん達も、そろそろ訓練しなきゃダメだろうし……あー嫌だ。特訓は心底嫌だぴょん」

「そう言えば前の戦いの反省もしてなかったわね。やるわよ」

「うえぇぇあ゛ぁぁ」

 

 おおよそ人とは言い難い呻き声を上げる卯月。しかし次の戦いは着実に迫ってきている。最上の全力は分からないが、慢心して勝てる相手でないのは間違いない。

 文句こそ漏らしているが、以前とは違い訓練には積極的に参加するようになっていた。

 

 

 

 

 朝食を取った後、工廠へ向かい艤装を借り、訓練用の海域へ移動。そこでいつものように訓練を始める。

 

 ただ何時もと違って、明確な教官がついていた。D-ABYSS(ディー・アビス)の危険性を考慮し、いざと言う時誰かが止められるようにしているのだ。今回の教官は北上だった。

 

「そんじゃビシバシ行くからねー、頑張れー」

 

 因みに那珂や球磨だったこともある。熊野は未だ外出から戻ってきていない。他のメンバーも訓練に参加する頻度が上がっていた。システム搭載艦の異常な戦闘力に危機感を抱いているのだ。あのポーラでさえ偶に顔を出すのだ。前科戦線に流れている危機感は相当なものと言えよう。

 

 戦闘要員ではないが北上もそれは感じている。特に同じシステムを搭載した卯月と、相方である満潮の成長が重要だ。システム搭載艦に真っ向から対抗できるのか彼女だけだ。それ頼りなのも良くないが訓練は必要だ。

 

 難点は、D-ABYSS(ディー・アビス)を用いる訓練が不可能だということだ。

 

「体力もだいぶついてきた。体つきも良くなってきた」

「……嘘ついているぴょん!」

「どこ見て言ってるのよ」

「お胸」

 

 そこではなく、異常な挙動に耐えうる強靭かつ柔軟な間接、それを保護する筋肉である。決して胸ではないし、そもそも艦娘なのだから成長の見込みは虚無に等しい。

 

「ただねぇ、結局システムを任意で作動できないから、ちゃんとした訓練ができないのがねー……」

 

 秋月のものを調べてみたものの、起動条件は明確にはなっていない。

 ()()()はつきつつあるが、ハッキリとはしていない。

 その内一つが『怒り』であることと、作動に足るエネルギーなのは確定済みだ。

 それでも以前敷地内で試した時は作動しなかった。

 

「ダメ元でやってみるかぴょん?」

「変な暴走の仕方したらどうすんのよ」

「そうしたら躊躇なく首のコレを作動させれば良いぴょん」

 

 高圧電流と激痛により即気絶させる首輪である。訓練中でも爆弾(システム)を積んでいるのは変わらない。安全装置は必要だ。

 

「早く試してみてよスイッチ押したいんだから」

「満潮はただうーちゃんを苦しめたいだけじゃん。くたばれや」

「うっさい。やるならさっさとやってよ。時間のムダ」

「ぷぅー」

 

 目線を北上へ向けて許可を取る。彼女も頷いてくれた。卯月は二人から距離を取ってから意識を集中し始める。

 

「じゃ、作動実験をするっぴょん」

 

 理性が消し飛ぶような激情が必要だ。それは(少し時間はかかるが)何時でも呼び覚ませる。洗脳された時の快楽から、鎮守府を壊滅させた時のトラウマ。それを命じた泊地棲鬼の顔。一つずつ思い返すだけで、理性が一本一本、ピアノ線みたいに千切れていく。

 

「うぉ、お、オオオオオ!」

 

 怒りのボルテージが頂点へ達した瞬間、理性が消え失せて──心も感情も塗り潰された。何もかもが意志という名の殺意へ収束した。

 

 そして同時に、全身を強い()()が突き抜けた。

 

「―—ッ!」

 

 つい漏れそうになった嬌声を歯を食いしばって抑え込む。

 今確かに快楽が走った。身体に力が漲っている。絶え間なく悪意が流れ込んで来て、心が真っ黒に塗り潰されそうなこの感覚。

 ではつまり。卯月は水面に映る自分を見つめた。

 

 そこには赤いオーラを纏う卯月が立っていた──そして数秒後赤いオーラは消失した。

 

「ぴょ?」

「え」

「あれ」

 

 三者三様。多少違えど不可解な表情でお互いを見合う。

 

「……今解放、されてたわよね」

「うん、間違いない。D-ABYSS(ディー・アビス)が解放されてたぴょん」

「今まで解放されたことなかったのに。しかも、一瞬だけって。何コレ」

 

 これまでは起動すらしなかった。だが今回はできた。但し一瞬だけだった。意味が分からない。

 

「どゆこと」

「さあ……どうなの北上さん」

「アタシにもさっぱりだけども。いやでも、今までと違う要因がある筈。そうじゃなければこうじゃならないよ」

 

 何かが変わった。だから変化が起きた。以前試してみた時と今回で違っていることはなんなのか。最近は変化が多かった。少し考えれば何が違うのか簡単。ほどなくして三人とも共通の結論に辿り着く。

 

「……顔無しじゃね?」

 

 そう口にした時、北上の持っていた無線機に通信が入る。基地と訓練海域はそこそこ離れているため、業務連絡用に持っているのだ。無線を耳に当て話し始める北上。相手は不知火か飛鷹のどちらかだろう。

 

「は? 顔無しがぶっ倒れた?」

 

 卯月と満潮は「まさか」と言う顔で互いを見合う。

 D-ABYSS(ディー・アビス)とは、周辺の海域に満ちる深海のエネルギーを取り込む装置である。そうすることで対象者が強化される。

 

「もしかして、いやもしかしなくても。この装置エネルギー源がないと動かない?」

 

 最初に作動させたときは基地の中だった。深海棲艦の支配海域ではない。だから取り込む為のエネルギーがなかった。

 今回も同じだが、エネルギー源は近くにいる。()()()()()()()()が基地内に保護されている。そこが違っている。

 

 と言いたいが、結論はまだ早い。

 卯月の様子が以前よりおかしくなっている点。秋月を保護した点も以前と違う。エネルギー源(顔無し)がいるから作動できたと結論づけるのは早い。

 

 取り敢えず行かなくては。三人は訓練を中断し工廠へと向かった。

 

 

 

 

 身体調査も兼ねて顔無しは工廠の奥に隔離されている。卯月たちは艤装を外しそこへ来ていた。

 見てみると確かに顔無しが気を失っている。白目──は眼がないのであり得ないが、白目を剥いてそうな雰囲気はある。

 

「どうしたのさー、これ?」

「いや、わたしに聞かれても困るわよ」

「飛鷹さん、顔無し見てたのかぴょん?」

「ええ、まあ監視カメラ越しだけど。自分の仕事もあるし」

 

 北上が訓練に出ている間、誰かが念のため見ておく必要がある。なので食堂からカメラ越しに監視していた所、突然苦しんだかと思ったら倒れてしまったらしい。

 

「倒れる寸前から見てたけど、様子のおかしな所はなかったわ。本当に急に倒れたの」

「なるほどねー、所でその映像ある?」

「あるわよ、ほら」

 

 カメラの映像を再生する。それを横から卯月たちも見つめる。

 確かに飛鷹の言った通り。普通に拘束されてぼんやりしていたが、ある時刻になった瞬間唐突に暴れ出している。

 そしてその時刻に、卯月たちは覚えがあった。

 

「これさぁ……間違いないよね……因果関係疑うアタシはおかしくないでしょ」

「間違いないって言うか確定よ確定。原因間違いなくアンタじゃない。何をしたのか白状しなさい卯月」

「こっちのセリフだぴょん!」

 

 そう、その時刻とは正に、卯月がD-ABYSS(ディー・アビス)を解放させたタイミングと一致していたのだ。

 

「原理は未解明だけども、流石に決まりだねこれは。卯月は経った今、顔無しの力を取り込むことでシステムを起動させたんだ」

「でも直ぐ切れちゃったぴょん」

「……そこはなんでだろうね。いや、知ってそうなヤツがいたか」

「ああ、秋月」

「んじゃうーちゃんが聞いてくるぴょん」

 

 戦艦水鬼と違い、秋月は顔無しがどういう兵器か理解していた様子だ。聞いてみれば分かるかもしれない。覚えていればの話だが。

 何せ艦娘を洗脳する危険装置が起動したのだ。直ぐ調べなくてはならない。集団で押しかけるのもアレ。今一番心を開いてくれている卯月が直接聞きに行く。そうすれば訓練を合法的にサボれると思ったからだが。

 

「……サボったわねアイツ」

「だね」

「そうね」

 

 尚バレバレであった。帰って来たら訓練は数倍になることが決定した瞬間だった。休んでいるのも暇。飛鷹は自分の仕事、北上は工廠の仕事を始め、満潮は自主練へと励む。

 

 

 

 

 それから数十分後、卯月は戻ってきた。話を聞いただけにしては遅い。どうせサボっていたのだろう。満潮は苛立ちを隠さず文句を飛ばす。

 

「ちょっと卯月、人を待たせ過ぎじゃないの」

「……うるさい」

「なによその言い方」

「うっさい、うるさい、黙っとけ……」

 

 しかし何やら様子がおかしい。その理由は何となくだが察しがついている。顔無しが何だったのか、秋月は覚えていたのだろう。そして今までのように碌でもない吐き気を催すような理由だったのだ。

 

「深海棲艦め、深海棲艦めっ、深海棲艦めぇっ!」

「ちょっと、本当にどうしたって言うの!?」

「クソが、あああ゛っ! どうして、さっさと、絶滅しねぇんだぴょん!」

 

 腕や足を力任せに振り回したかと思えば、乱暴に頭を掻き毟る。激情を制御できていない。こんな卯月を見るのは久し振りだった。

 満潮が唖然としている中、卯月はそう怒り狂い感情を発散させることで、冷静になろうとしていた。

 

「あー、ホント、下衆過ぎて、頭おかしくなりそうだぴょん!」

「……どうだったの、秋月は知っていたんだよね?」

「うん、顔無しの存在意義は知ってた。それを思い出したせいで、また錯乱してたけど……その介助で遅れたぴょん」

「そういう理由だったね、悪かったわ。で、何だったの顔無しは」

 

 その単語が出た途端卯月はまた不機嫌になる。苛立ち交じりのため息を吐いた後、吐き捨てるようにそれを伝える。

 

「前言ってた通り。あれはD-ABYSS(ディー・アビス)作動の為の()()だ。でもそうする為に工夫がされている」

「工夫?」

「システム作動には深海のエネルギ──―つまり怨念といった『負念』が必要。顔無しはそれを効率的に生み出せる工夫がされていたんだぴょん」

 

 全員が硬直する。理由を察してしまったから。

 

「組み込まれた艦娘に感覚があるのは()()()だった。そうやれば終わらない苦痛を与えられる。負念を永遠に生み続けることができる。システム作動の補助動力兼戦力。それが顔無しの正体……秋月はそう言ってたぴょん」

 

 ただその為だけに。感覚を残し、死にたくても死ねない兵器に仕立て上げたのである。余りにも非人道的な扱いに、誰も言葉が出なかった。

 

 しかし北上はそう思いながらも、内心疑問を感じていた。

 

 ()()()()()()()()()。だったら、今ここにいる顔無しは何なのか。疑念はまだ残ったままだった。




説明回。ちょっと忙しい回だったかも。
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