前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第142話 買収

 D-ABYSS(ディー・アビス)は何の為にあるのか。

 分かってることを並べるとゴミでしかない、強化装置としてもクソ、洗脳装置としてもクソ。

 ガラクタではなかろうか? 

 そんなアレな結論が出てしまったが、それでも敵は来る、卯月たちは再び訓練に勤しんでした。

 

 適度な休憩を挟みつつも、相変わらずのハードスケジュール。

 卯月の練度が未だ高くない上、時間も残されていない。

 基地の位置はかなり隠匿されているので、直接襲撃の可能性は低い。

 しかし時間を与えたら敵はより強くなるかもしれない。

 なるべく早く、万全の姿勢を整えるため、詰め込みまくったトレーニングになってしまう。

 

「はーい、じゃあもうワンセット行っくよー!」

「ちょ、ま、待って、キツイ!」

「まだ行けるよね?」

「オ゛ァァ」

 

 あとこれもだが例の鎖帷子も装備中。

 手足どころか主砲のトリガーを引くにも尋常ではない負荷がかかる。

 前より体力はついた。

 なので先輩たちは増えた体力を根こそぎ削る勢いで訓練を課す。

 

 なんだかんだ言っても、卯月もかわいい後輩だ。

 死なないようにしてあげたいという気持ちは強い。

 決して後輩が強くなれば、自分たちが楽したいとか思ってない。

 

「真のアイドルを目指して頑張ろー!」

「目指してないっぴょん!」

「叫ばない方が良いわよ。疲れるだけよ」

 

 約一名狂気に侵されているが気にしてはいけない。

 

 そんな感じで訓練に勤しんでいる時、卯月がふと立ち止まった。基地の方から航行音が聞こえきたからだ。

 

「誰だぴょん」

 

 卯月の聴力を疑う者はいない。サプレッサーマフ越しでも数百メートルまでは知覚範囲内。

 しかし、この時間訓練するのは自分たちだけ。交代時間は早い。用があれば無線が入る。

 

「……誰かしらね」

 

 少し緊張が走る。持ってきているのは訓練用の模擬弾しかないのだ。

 

 やがて人影が見えてくる。その姿を見て卯月は胸を撫で下ろした。

 

「なんだ熊野じゃない」

 

 こちらに来てたのは熊野だったのだ。味方だったことに一先ず安心する。

 ただ険しい顔なのが何だか気になる。思い当たるフシがあるから尚更だ。

 

「うーん、何の用だろ? ちょっと聞いてくるねー。訓練はしてよね」

「酷い」

「当然でしょ」

 

 向こうの方へ行き熊野と話し出す那珂。

 言われた通り訓練は続行。

 砲弾の炸裂音が響き渡るが、卯月はそんな状態でも、二人の会話を聞き取れていた。

 

「……ぴょん?」

 

 その中で気になる言葉があった。だがこれで集中できるはずもなく。

 

「隙しかないわね」

「ぴぎゃっ!?」

 

 顔面に模擬弾がダイレクトアタック。

 完全無防備で喰らい数メートル飛ばされる。

 

 だけでは済まされない。

 

 サプレッサーマフで()()()()()()緩和しているが聴覚過敏は健在。

 

 では()()()()()()どうなるのか。

 例えば砲弾を食らった時。

 その衝撃音は体を通って中から響く。よりにもよって強烈な爆音を喰らえば。

 

「ひぎぃぃぃ!?」

 

 耳が力強くで引き裂かれ、杭でも捩じ込まれたような激痛が、鼓膜から脳髄を走る。

 立つこともままならない。

 正気も失う。

 涙や涎を垂らしながら、ガクガク痙攣する。

 

「ほんっとうに面倒な体質になったわね……」

 

 それを気まずく見つめる満潮。

 このように、さらなる聴力を得た代償がこれだ。

 

 攻撃が当たればその衝撃音が耳を破壊する。

 

 砲弾どころか機銃、どころかパンチすら即致命傷。

 絶対に攻撃を食らってはならない。聴力の代わりにそんなリスクを負う羽目に鳴ったのである。

 

 だが訓練を止める理由にはならない。

 

「ほら次行くわよ」

 

 再び主砲を構える。

 追撃の準備は整っている。

 攻撃されたら詰み。ではダメなのだ。

 痛みが避けられなくとも、即リカバーできなければならない。だから何度でも攻撃し続ける。

 卯月もそれは分かっているから、すぐ復帰しようと足掻いていた。

 

「はいストーップ、レッスン中断だよ満潮ちゃん!」

 

 那珂が大きな声で指示を出す。

 何故止める必要が? 

 不満な満潮だが上官命令は絶対。とりあえず突き付けた主砲を下ろす。同じ頃卯月も立ち上がった。

 

「どういうことよ?」

「いやちょっとねー、訓練海域の使用だけど、熊野ちゃんと交代することになったの」

「はぁ?」

「さ、撤収撤収、引き上げるよ!」

 

 有無を言わさない雰囲気で去っていく那珂。

 何が起きたのか良く分からず満潮は立ち尽くす。

 だがボサッとしてても意味はない。

 フラフラしている卯月の手を引いて、その海域から立ち去っていく。

 

 一瞬、振り返って熊野の方を視たが、こちらとは眼も合せなかった。

 ただならぬ雰囲気で一人訓練を始めていた。

 

「……な、なんて、奴だぴょん」

「アンタ何か聞こえてたの」

「うん」

 

 衝撃音で引っ繰り返っている最中でも、音で周囲の認識はできていた。二人の会話も拾えていた。

 

「信じられない。那珂のヤロー買われてたぴょん」

「買われてたって、まさか、訓練海域の使用権を売ったって言うの」

「マジだぴょん」

 

 何てことをしてんだあの熊野は。

 二人とも揃って絶句していた。

 海域使用順の売買など聞いたことがない。突然帰ってきたと思ったら前代未聞の蛮行を金に任せてやっていた。

 というか札束に負ける那珂も那珂だろ。

 

「まあでも休めるなら結果オーライだっぴょん!」

「基地内でできる訓練するからねー」

「よし死のう」

 

 木霊する言葉に首を捥がれる。

 精神的ショックで項垂れる卯月を引き摺りながら、満潮はとりあえず基地へと戻っていく。

 その間も熊野は、一切見向きもせず訓練を続けていた。

 

 

 *

 

 

 訓練は中断、基地へ引き返した卯月たち。

 そこで別の特訓再開──とはならず、那珂に連れられて卯月たちは食堂にいた。

 具体的にはあの間宮アイスをごちそうになっていた。

 

「ぴゃぁぁ!」

「変な声出すな静かに食えないのこのガキ」

「ムリぃぃぃ!」

 

 一口食べた瞬間舌が絶頂する。

 もう本当に美味しい。

 色々取り寄せて食べたがこれを越える物はない。

 疲れて火照った体に冷たい甘味──しかもおごりだ。美味しくない筈がない。

 

 それでも奇声を出すのはアレなのだが。

 満潮は突っ込むのも諦めて黙々と食べる。

 美味しいかどうかはともかく疲労回復効果は確かだ。悪い物ではないとスプーンを口へと運ぶ。

 

「ふふーん、どう二人とも、美味しいでしょー!」

「美味いぴょん! 実質熊野のおごりだと思うと特にね!」

「ぐっ」

「誤魔化されたりしないわよ。食べるけど」

「ううっ」

 

 海域使用を熊野に売ったことを悪いとは思っていた。

 なのでお詫びとして、そのお金(交換券)で間宮アイスを奢ったのだ。

 もっとも二人にはバレていたが。

 

「お金でどうこうできるアイドルとか夢もへったくれもないぴょん」

 

 卯月の一言がトドメを刺した。

 

「はぐぁっ!?」

「ちょっと食堂で血を吐かないでよ!?」

「メディーック!」

 

 死体と化した那珂を椅子に寝かせる。

 そしてポケットから交換券を抜き取りアイスを追加注文。

 腹を下さないよう、程々にしておいた。

 

 追加分を食べ終わった頃、那珂がどうにか蘇生する。

 

「で、何なのよアイツ。いきなり海域使用するって、しかも買収してくって……」

「全くだぴょん。第一仕事の成果はどーなってんだぴょん」

「……仕事って何の?」

「あ゛いや何も言ってないぴょん」

 

 熊野が外出していた理由は、仕事のためだ。

 あの正体不明の最上、その正体を確かめるべく、高宮中佐の上官と話をしに大本営へ向かったのである。

 細かいことは知らないが、卯月も仕事だとは知っていた。

 

 だが口止めされていたことを失念していた。

 

「卯月?」

「ア、アイドントノウ。うーちゃん何もワカリマセーン」

「卯月?」

「ノノノノーコメントで」

「……卯月?」

「ピョエ」

 

 凄まじい剣幕。小声で震える卯月。那珂は見ているだけ。

 しばし睨まれていたが、やがて満潮が折れた。

 

「チッ、まあなんでも良いわよ。あいつが滅茶苦茶してんのが気にくわないってだけだから」

「本当にねー、何があったんだろ熊野ちゃん」

「アンタは知らないのね」

「うん、すごい勢いで海域を使わせてくれって頼まれただけー。断ろうかなって思ったんだけど、ポケットに一杯捻じ込まれて……ないっ!?」

 

 さっき伸びてる時に奪っていったのだ。

 それにやっと気づく那珂は絶叫する。

 得た経緯が経緯なので、卯月たちに返せとも言えず打ちひしがれている。

 

「金でどうにかされたらダメでしょ。アイドルとして」

「しょうがないじゃん! アイドルお金かかるんだから! 化粧品も、お衣装も! 基本那珂ちゃん金欠なんだよー!」

「うわガチ泣き……哀れだから返金してやるぴょん」

 

 まず無断で奪う方がアレなのでは? 

 思ったが面倒なので満潮は言わなかった。言うだけ疲れるだけなのだ。

 それはさておき話が戻る。

 

「訓練そのものの目的は、分かりやすいんだけどね」

「……最上に決まっているぴょん」

「あの狂人ね」

 

 だが最上について、意味不明な所が存在する。

 

「でも熊野の旧友は鈴谷だぴょん。最上じゃないぴょん」

「でもアイツは、友人みたいな言動してたわよ。狂ってたけど……」

「那珂ちゃんそこにいなかったからねー、コメントし辛いや。話自体は聞いたけど。ホントなんだろうね最上ちゃん」

 

 まったくもって那珂の言う通りだ。

 どこをどう見ても狂気しか感じない。

 D-ABYSS(ディー・アビス)の洗脳ってあんなんだっけ? 

 自分と比べても理解不能。正直関わりたくない。

 それが卯月の感想。他二名も似たものだ。

 

「熊野ちゃんが話してくれれば分かり易いんだけど」

「こっちからは聞けないわよ。それは『タブー』じゃないの」

「分かってるよー!」

 

 明らかに触れてはいけない過去だ。それを突っつくことは前科戦線のタブーとなる。

 誰もそれを率先して起こそうとはしない。

 というか聞いて素直に話してくれるとは誰も思っていない。成果は出ないだろうにリスクは負いたくない。

 

「いやどうでも良いぴょん」

 

 しかし卯月はそれを一蹴して椅子から立つ。

 

「は?」

「聞いてくる。訓練の埋め合わせは後でやるぴょん」

「ちょ、ちょっと……ああもうごめん那珂、わたしも行くわ」

 

 スタスタ歩いていく卯月。

 彼女を一人にはできない。満潮も慌てて付いていく。

 隣から顔を覗き込むと明らかに苛立っている。

 

「急にどうしたのよ。熊野の何がアンタに関係あるの」

「何でもかんでもお金でどうにかなると思ったら大間違い。それをヤツに教えてやるんだぴょん!」

「場所は……聞こえてんのね」

 

 基地内全域に意識を回したので、熊野がどこにいるか検討はついている。

 さっきの訓練海域でまだ特訓している。

 あの辺りで熊野らしき航行音が聞こえている。

 卯月は工廠で再び艤装を借り訓練海域まで行こうとした。丁度その時、熊野が戻ってきた。

 

 その熊野を見て卯月はぎょっとした。

 

「……あ、卯月さん。お久しぶりですわ。先ほどは海域を取ってしまってごめんなさいね」

 

 流石に艤装は無事。

 だが、熊野自身が入渠を要する程にボロボロになっていた。

 熊野が何をしていたのか、それは、機関出力を限界以上にした、無茶な特訓を自らに課していたのである。

 

「海域は空いたの」

「いえ、入渠の後また使いますので」

「おい熊野」

「ごめんなさい、海域はまだ使いますの。ご不満であれば──これで」

 

 と言って札束をポケットに入れようとする熊野。

 その手首を卯月は掴み取り、ギロリと睨み付ける。

 

「そういうのがムカつくんだぴょん!」

 

 そして熊野が持っていた交換券を奪い取り、ポケットにねじ込んだ。

 

「でもそれはそれとして貰う!」

「ド阿保ッ!」

 

 鋭い満潮のビンタが飛ぶ。

 ギリギリでそれを回避。

 また鼓膜が破れるのは御免だった。

 

「……漫才を見る暇はないので入渠してきますわね。失礼いたします」

「ちょっと待つぴょん。仕事の結果はどうだったの。その為に数日間も基地を開けてたんじゃんか」

「卯月さんに関係ないことでは?」

 

 かなり拒否してくる。余程話したくないことなのだ。

 それでも構わず卯月は食い下がる。

 それに関係無い話ではない。下手したら卯月が一番関係あるかもしれない。

 

「最上の打倒はうーちゃんだけじゃない。前科戦線共通の課題だぴょん。あいつが何だったのか仕事で分かったんなら、教えてもらわなきゃ困る。だから言って。正体は突き止めたんでしょ」

 

 正体が分かれば対策ができる、戦術を練ることもできる。

 確実に勝つ為にはそういう情報が不可欠だ。

 一人で抱え込むことは許されない。

 だから卯月は知ろうとしている。

 

「必要ありません」

 

 しかし熊野はため息交じりに言った。

 

「最上さんはわたくし一人で打倒しますから」

 

 こいつ今、何て言った? 

 とても冷静とは思えない、信じがたい発言。

 そんなことをよりにもよって熊野が言ったことに、卯月は驚きを隠せない。

 

「ちょっと、熊野行っちゃったわよ」

 

 呆然としている間に熊野は入渠しに行ってしまった。もう姿は見えない。流石にドッグにまで押しかける気はなかった。

 

「……何考えてんだアイツ」

 

 だが分かることはあった。

 

 この出張で熊野は最上の正体──あるいはそれに繋がる何か──を掴んだのだ。

 同時にそれは、熊野から冷静さを根こそぎ奪い去るような、知りたくもない禁忌だったのだろう。

 

 ならばこそ、それを知らなければならない。

 

 絶対聞きだしてやる。私には『切り札』がある。卯月はそう強く決意した。

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