前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第143話 最古参

「熊野に会えねぇ!」

 

 食堂の机をドンと叩く。

 厨房から飛鷹が睨んできたので、即大人しくなる卯月。

 しかし怒りは燻ったまま。

 不満げに頬を突きながらデザートのプリンを食べる。

 

「……急にどうしたっての」

「熊野に会えないんだぴょん」

「いやそれは分かるけど、それが何でイラついてんのよ」

 

 熊野に訓練海域を買収されてから丸一日、なんと卯月は熊野に遭遇できないでいた。

 

「あぁ、あの買収の理由を知りたいってヤツ?」

「そうだぴょん。原因が最上なのは察してるぴょん。でもどーしてそんなことすんのか、知らなきゃいけないんだぴょん!」

「知らなくても戦うぐらいできるでしょ」

「憂いはなくすべきだぴょん」

 

 探している理由は以前と同じ。

 出張から戻ってきた熊野は、仕事の成果も話さずに単独訓練に没頭していた。

 金を使って訓練海域の使用権を買っていく有様だ。

 

 別に海域を取られたことには怒っていない。

 しかし、何も話そうとしないのは気に入らない。

 まず間違いなく、最上は秋月より強い。

 秋月であれだけ苦戦し続けたのだ、最上はもっと酷い戦いになるだろう。

 

 少しでもマシにするには情報がいる。

 様子から見て最上に関する情報を掴んだのは間違いないが、それを何故言わないのか。

 

 その理由はとんでもなく非常識なもので、卯月は更に憤慨していた。

 

「良いじゃないの。単独で戦うって言ってんだから」

「それが問題なんだぴょん! 頭おかしくなったのかアイツは! うぴょー!」

 

 言うまでもないが、最上は単独では勝てない。

 卯月自身は直接交戦してないが、秋月より強い時点でそれは確実。勝つためには全員で叩かなければならない。

 なのに熊野はそんなことを言っている。それが信じられず、同時に腹が立っていた。

 

D-ABYSS(ディー・アビス)艦娘は一人残さず叩き潰s―—救出するのがうーちゃんの復讐だというのに!」

「……あっそ」

「殺す気はないからね。ホントだぴょん」

 

 まあ四肢を捥いだり、臓物を引き摺り出したり、顔面をもみじおろしにするかもしれないが、入渠で治るから誤差だ誤差。

 殺意をアレな理屈で正当化する卯月。

 満潮の白い目線が突き刺さる。

 

「あーそんなんどーでも良いぴょん! 熊野のやろー、これ以上言及されないように、うーちゃんを避けて回ってんだぴょん!」

「アンタ聴力あるじゃない。探知できるんでしょ」

「できるぴょん。でも訓練してたり入渠中とかで、会うことはできないんだぴょん」

 

 卯月にだって用事はある。

 入渠や艤装の整備を待っている間に、彼女の方の入浴時間や訓練時間が来てしまう。

 恐らくそれも見越して、遭遇しないよう動いている。

 妙に計画的に動いていることが、余計に卯月を苛立たせていた。

 

「うごごごご本当にどーするぴょん、このままじゃ埒が開かないぴょん」

「本当にどうでも良いんだけどね私にとっては……実際どうにかして捕まえて、尋問する他ないじゃない」

「そうだけどもー」

 

 掴まえさえすれば、吐かせられる自信はある。

 性格上、飲まざるを得ないような『切り札』を卯月は持っている。最もそれさえ無視されたら詰みだが。

 ただ熊野も、それを承知で逃げ回っている。

 

 どうにも良いアイデアが浮かばない。二人は机でうんうん唸っていた。

 

「あら~、二人とも、何悩んでるんです~」

「よしそろそろ訓練を再開しましょう」

「おおっ、丁度思ってた所だぴょん。今日のうーちゃんは絶好調だぴょん!」

「ひ、酷いです~。ポーラが何したって言うんですか~」

「その手のワインに聞け!」

「え、はーい、分かりました~」

 

 と言ってポーラはワインのコルクを開けて、景気よくラッパ飲み。

 

「最高で~す!」

 

 最早二人はいなかった。回れ右で訓練場へ向かっていた。

『冗談ですよ~!』と泣き喚くポーラが、二人の足を掴んで引きずられる。

 あまりのうっとおしさに話だけ聞くことにした。

 だがコレが良いアドバイスをくれるとは思えない。半分以上聞き流すつもりでいた。

 

「えーっと、熊野が、仕事の内容を言ってくれない~ってことですね~」

「まあ、おおざっぱに言えば」

「なるほど~、うーん……捕まえたとしても、ダメだとポーラ思いますね~」

 

 何故ダメなのか。掴まえさせすれば会話ができるのに。卯月は首を傾げる。

 

「今の熊野さんだと~、黙秘すると思います」

「黙秘?」

「はい~、本当に、他に人には話たくないことなら、きっと無言になりますよ~」

「ぬぅ、ならどうしろってんだぴょん!」

 

 掴まえられない。

 掴まえても黙秘。

 ならどうしろと。

 卯月は頬を膨らませて抗議する。

 

「正直ならところー、ポーラ的には聞く必要ないんじゃないかって、思うんですよね~」

「はぁっ?」

 

 前提から崩壊するような身もふたもないことをポーラは言い出した。

 何言ってんだコイツ? 

 話を理解できていないのかと卯月は訝しむ、だが、決してそんなことはない。

 ポーラはそこまで阿保ではない。

 

「仕事だったってことは、高宮中佐に報告してるじゃないですか~。本当に必要な情報だったら、中佐から周知されますよ~。それで最上さんへの対策はできる。そーは思いませんか~?」

「……それは」

「最上さんを倒す他に知りたいって言うなら、ポーラは、熊野さんから聞く必要はないって思います~。ましてや、触れて欲しくない過去なら」

「アンタ、ポーラの偽物じゃないの。あいつがそんなまともなこと言う筈ないわ」

「酷いです」

 

 偽物ではない。正真正銘ポーラである。

 ぐうの音も出ない正論に卯月は押し黙る。

 彼女の言う通りだ。

 熊野から聞く必要はない。

 熊野から聞きだそうと拘っていた理由は、また別のところにあるのだ。

 その理由までポーラは見抜いていた。

 

「ま、どっちにしても~、正面からじゃ上手く行かないですよ。熊野さんは結構な秘密主義者ですからね~。やるなら、絡め手を使わないと~」

「絡め手ってどんな」

「ふふふ~、良し、このポーラが一肌脱いであげましょ~」

 

 いや、しょっちゅう脱いでんじゃねぇか。

 その突っ込みは呑み込んだ。

 今頼りに(なるのかはサッパリ分からないが)なるのはコレだけなのだから。

 

 

 *

 

 

 その日の夜。

 熊野は寝付けず外の埠頭に座り込んでいた。

 

 言うまでもなく夜間外出、見つかれば罰則だ。

 だがそれは面倒。

 回避できるように、交換券を何枚かポケットに入れてきてある。

 

 見つかったらこれで口止めをするつもりなのだ。

 どうせもう無用の長物。

 持っていても仕方がない。使える内に使い切ってしまうつもりでいた。

 

 そんな彼女に、後ろから近づいている人影があった。

 

「ポーラさん」

「わっ、なんで気づいたんですか。足音しか出てなかったのに」

「そんな千鳥足のステップ踏んでるのはポーラさんしかいないでしょう」

 

 振り返る熊野はその姿に呆れる。

 顔はもう真赤。

 ワインの瓶は半分空、ここに来るまでに相当飲んだ模様。

 こんな酔っぱらいの足音、気づかない方が難しい。

 

「……ま、良いですけど。それで何の御用で。まさか卯月さんたちのような要件ではありませんわね。だったらお引き取りください」

「ぬぬ~、似てるって言うんですかね~。ちょっとしたことです」

 

 熊野の隣に座り込む。その手にはワイングラスが二つ握られていた。

 

「たまには一杯飲みましょ~!」

 

 というのがポーラからの提案だった。

 

 何故いきなり飲みの誘いを? 

 怪しいと熊野は思っていたが、飲むぐらいなら良いかとそれを承諾した。

 酔わない程度に、程々に飲めば良いと思っていた。

 こんな性格の輩だが持ってくるワインは中々の物。あまり味は意識していないが──美味い一品だと感じる。

 

「うーん! 夜風を浴びながらのワインを、たまには良いですね~。でも風邪は引かないようにしないと~」

「そうですわね」

「悩み過ぎるのは良いですけど~、それで寝れなかったり、夜風で病気になるのはアレですからね~。注意しなきゃダメですよ~?」

「……やはり、そういう要件ではありませんか」

 

 酒にかこつけて、話を聞きだそうとしているのだろうか? 

 ポーラの癖に小癪な手を思いつく。

 しかし、気づいたらもう意味はない。

 だいいち、この程度の手で、情報を引き出されるつもりもない。

 

 だがポーラは首を横に振る。

 

「いえ~、だから違うんですよ」

「では何の用で」

「周りを巻き込まないのは、もう無理ですよ~。最上さんはもう、前科戦線共通の問題なんですから~」

 

 その指摘にワインを飲む手が止まる。

 

「最上さんの問題は自分の問題、だから迷惑はかけたくない──って、そう思ってるんですよね~。気持ちは分かりますよー」

 

 ポーラは気づいていた。

 何故、そう思い至ったかは知らない──察しはついているが流石に言わない──が、訓練場を独占してまで特訓していたのは、自分一人の手で最上を仕留める為だと。

 そしてもう一つ。

 

「で、いけそーなら相打ちで、お互いに死のうってつもり?」

 

 その指摘に、熊野はワイングラスを落としかけた。

 

「……どうやって、それを?」

 

 誰にも話していない。

 卯月たちは勿論、不知火にさえ。

 話せるわけがないから。

 

 なのに知っている。どういうことなのか熊野は動揺する。

 

「これでもポーラ、前科戦線でかなりの古株ですからね~、勘って言います? 鍛えられてるんですね~。でもまー、本当だったのは驚きです~」

「そんなのに気づかれたという訳ですか、私は……なんか癪ですわ」

「えへへ~照れちゃいます」

「褒めてません」

 

 よりにもよってこの酔いどれに心境を言い当てられた。

 複雑な気持ちになる熊野。

 もしくは、こんなのにさえ気づかれる程、分かり易く思いつめていたということか。

 どちらでも変わらない。

 熊野は大きくため息をついた。

 

「それで、それを確かめて、わたくしをどうしようと。最上さんの作戦から外すんですか。自殺できないよう監禁するんですか」

「まさか。ポーラにそんな権限はありません。ただ、熊野さんの口から、言って貰うことが重要なんです」

「……誰かが聞き耳を? いえ、彼女ですね」

 

 周囲に人がいないことは事前に確認済み。

 その更に外から聞くことができるのは、彼女以外にはいない。

 そして、この会話を聞いた彼女が間もなくやってくる。

 役目は終わったと言わんばかりに、ポーラはワインを一気飲みして立ち上がる。

 

「でもポーラ、熊野さんのそーゆー所は、好きですよ」

「は? なにを?」

「……死さえ渇望するような、一途な所は、とっても人間らしい。ポーラは肯定します。まー、あの子は怒るでしょーけど。じゃ、頑張ってくださ~い」

 

 千鳥足で去っていくポーラ。

 それから数分後、予想通り彼女がやって来た。

 相変わらずというか、同伴者もいる。

 熊野は振り返らず、ワインを飲みながら、名前を呼んだ。

 

「いったい、どこで聞き耳立てていたんですの?」

「自室からだぴょん」

「……それ、耳大丈夫ですの?」

「大丈夫じゃないわよサプレッサーマフが生活必需品よどうなってんのよ」

 

 現れたのは卯月と満潮。聞き耳を立てていたのはこの二人だった。

 

 二人はムスッと不機嫌そうにしながら、熊野の隣へ座る。

 ついでにどこから取ってきたのか、ワイングラスにぶどうジュースを注いで飲み始めた。

 通販で買った物を態々持ってきたのである。

 

「死ぬ気って、熊野、それマジかぴょん?」

 

 恐る恐る──と言うよりは、今にも噴火しそうなマグマを抑える雰囲気で、卯月が問いかけた。

 

「マジですわ。私は最上さんを殺して、その後死にたいと思っています」

「一人で戦いたいってのは、自分で抱え込もうってんじゃなくて、その方が相打ちで死ねるからって意味なの?」

「いえ、皆様を巻き込みたくないのは同じですわ」

「……どっちにしても迷惑千万ね」

「申し訳ありません」

 

 心の籠っていない謝罪に満潮は呆れる。

 何故、最上相手にこうなるのかは分からないが、これはないだろう。

 

 満潮は苛立ちながらも、かなり心配していた。

 あいつを殺して私も死ぬなんて、どう考えてもまともじゃない。

 そう思い詰める程の何か。

 一体何があったのか、不安で仕方がなかった。

 けど、具体的にどうすれば良いかは分からず、戸惑う他ない。

 

「お二人はわたくしをどうするおつもりで?」

 

 ただ話すだけなら時間のムダだ。

 最上を倒すための訓練の時間が惜しい。

 黙り込む二人。

 熊野は溜息をついて、椅子から立ち上がる。

 

「首は突っ込むから」

 

 背中から、卯月の声がぶつけられた。

 

「……つまり?」

「死ぬ予定ならしょうがない。止める権限なんてないぴょん。必要なことは中佐から聞けるだろうから、もう熊野と鈴谷のことは聞かないよ」

「それは──」

「でも、最上討伐は、絶対に一人でなんかやらせない。ぜーったいにうーちゃんも乱入させれ貰うぴょん」

「わたくし一人で倒せるなら、それが良いのでは」

「いや、それはどーでも良いぴょん」

 

 卯月は振り向かない。

 背中合わせのまま、言葉をぶつける。

 憎悪と殺意に溢れた、呪詛に値する言葉を。

 

「秋月を痛めつけた。洗脳されてたとしても、報復に値する。熊野に()()()()なんてさせないから」

 

 熊野を心配した発言―—なのかこれは。

 戸惑う満潮を置き去りにして、熊野はその場から立ち去っていった。

 残された卯月は、渦巻く怨恨を隠そうともしない。

 握りしめたワイングラスは、とっくに割れて、彼女の手を血塗れにしていた。




艦隊新聞小話

Q ポーラは前科戦線の最古参ですが、何故なのでしょうか?
A 実は本来のお勤め期間はとっくに終わっているんですよね。
ただ飲酒行為によって、刑期が延々と積みあがっていて、結果的に最古参になっちゃってます。
出撃中の飲酒も、ぶっちゃけ違反行為扱いになってます。狙撃が安定するとか言ってますけど全く認められてません。
今の刑期は1050年でしたでしょうか……文明が滅んでそうですね!
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