「熊野に会えねぇ!」
食堂の机をドンと叩く。
厨房から飛鷹が睨んできたので、即大人しくなる卯月。
しかし怒りは燻ったまま。
不満げに頬を突きながらデザートのプリンを食べる。
「……急にどうしたっての」
「熊野に会えないんだぴょん」
「いやそれは分かるけど、それが何でイラついてんのよ」
熊野に訓練海域を買収されてから丸一日、なんと卯月は熊野に遭遇できないでいた。
「あぁ、あの買収の理由を知りたいってヤツ?」
「そうだぴょん。原因が最上なのは察してるぴょん。でもどーしてそんなことすんのか、知らなきゃいけないんだぴょん!」
「知らなくても戦うぐらいできるでしょ」
「憂いはなくすべきだぴょん」
探している理由は以前と同じ。
出張から戻ってきた熊野は、仕事の成果も話さずに単独訓練に没頭していた。
金を使って訓練海域の使用権を買っていく有様だ。
別に海域を取られたことには怒っていない。
しかし、何も話そうとしないのは気に入らない。
まず間違いなく、最上は秋月より強い。
秋月であれだけ苦戦し続けたのだ、最上はもっと酷い戦いになるだろう。
少しでもマシにするには情報がいる。
様子から見て最上に関する情報を掴んだのは間違いないが、それを何故言わないのか。
その理由はとんでもなく非常識なもので、卯月は更に憤慨していた。
「良いじゃないの。単独で戦うって言ってんだから」
「それが問題なんだぴょん! 頭おかしくなったのかアイツは! うぴょー!」
言うまでもないが、最上は単独では勝てない。
卯月自身は直接交戦してないが、秋月より強い時点でそれは確実。勝つためには全員で叩かなければならない。
なのに熊野はそんなことを言っている。それが信じられず、同時に腹が立っていた。
「
「……あっそ」
「殺す気はないからね。ホントだぴょん」
まあ四肢を捥いだり、臓物を引き摺り出したり、顔面をもみじおろしにするかもしれないが、入渠で治るから誤差だ誤差。
殺意をアレな理屈で正当化する卯月。
満潮の白い目線が突き刺さる。
「あーそんなんどーでも良いぴょん! 熊野のやろー、これ以上言及されないように、うーちゃんを避けて回ってんだぴょん!」
「アンタ聴力あるじゃない。探知できるんでしょ」
「できるぴょん。でも訓練してたり入渠中とかで、会うことはできないんだぴょん」
卯月にだって用事はある。
入渠や艤装の整備を待っている間に、彼女の方の入浴時間や訓練時間が来てしまう。
恐らくそれも見越して、遭遇しないよう動いている。
妙に計画的に動いていることが、余計に卯月を苛立たせていた。
「うごごごご本当にどーするぴょん、このままじゃ埒が開かないぴょん」
「本当にどうでも良いんだけどね私にとっては……実際どうにかして捕まえて、尋問する他ないじゃない」
「そうだけどもー」
掴まえさえすれば、吐かせられる自信はある。
性格上、飲まざるを得ないような『切り札』を卯月は持っている。最もそれさえ無視されたら詰みだが。
ただ熊野も、それを承知で逃げ回っている。
どうにも良いアイデアが浮かばない。二人は机でうんうん唸っていた。
「あら~、二人とも、何悩んでるんです~」
「よしそろそろ訓練を再開しましょう」
「おおっ、丁度思ってた所だぴょん。今日のうーちゃんは絶好調だぴょん!」
「ひ、酷いです~。ポーラが何したって言うんですか~」
「その手のワインに聞け!」
「え、はーい、分かりました~」
と言ってポーラはワインのコルクを開けて、景気よくラッパ飲み。
「最高で~す!」
最早二人はいなかった。回れ右で訓練場へ向かっていた。
『冗談ですよ~!』と泣き喚くポーラが、二人の足を掴んで引きずられる。
あまりのうっとおしさに話だけ聞くことにした。
だがコレが良いアドバイスをくれるとは思えない。半分以上聞き流すつもりでいた。
「えーっと、熊野が、仕事の内容を言ってくれない~ってことですね~」
「まあ、おおざっぱに言えば」
「なるほど~、うーん……捕まえたとしても、ダメだとポーラ思いますね~」
何故ダメなのか。掴まえさせすれば会話ができるのに。卯月は首を傾げる。
「今の熊野さんだと~、黙秘すると思います」
「黙秘?」
「はい~、本当に、他に人には話たくないことなら、きっと無言になりますよ~」
「ぬぅ、ならどうしろってんだぴょん!」
掴まえられない。
掴まえても黙秘。
ならどうしろと。
卯月は頬を膨らませて抗議する。
「正直ならところー、ポーラ的には聞く必要ないんじゃないかって、思うんですよね~」
「はぁっ?」
前提から崩壊するような身もふたもないことをポーラは言い出した。
何言ってんだコイツ?
話を理解できていないのかと卯月は訝しむ、だが、決してそんなことはない。
ポーラはそこまで阿保ではない。
「仕事だったってことは、高宮中佐に報告してるじゃないですか~。本当に必要な情報だったら、中佐から周知されますよ~。それで最上さんへの対策はできる。そーは思いませんか~?」
「……それは」
「最上さんを倒す他に知りたいって言うなら、ポーラは、熊野さんから聞く必要はないって思います~。ましてや、触れて欲しくない過去なら」
「アンタ、ポーラの偽物じゃないの。あいつがそんなまともなこと言う筈ないわ」
「酷いです」
偽物ではない。正真正銘ポーラである。
ぐうの音も出ない正論に卯月は押し黙る。
彼女の言う通りだ。
熊野から聞く必要はない。
熊野から聞きだそうと拘っていた理由は、また別のところにあるのだ。
その理由までポーラは見抜いていた。
「ま、どっちにしても~、正面からじゃ上手く行かないですよ。熊野さんは結構な秘密主義者ですからね~。やるなら、絡め手を使わないと~」
「絡め手ってどんな」
「ふふふ~、良し、このポーラが一肌脱いであげましょ~」
いや、しょっちゅう脱いでんじゃねぇか。
その突っ込みは呑み込んだ。
今頼りに(なるのかはサッパリ分からないが)なるのはコレだけなのだから。
*
その日の夜。
熊野は寝付けず外の埠頭に座り込んでいた。
言うまでもなく夜間外出、見つかれば罰則だ。
だがそれは面倒。
回避できるように、交換券を何枚かポケットに入れてきてある。
見つかったらこれで口止めをするつもりなのだ。
どうせもう無用の長物。
持っていても仕方がない。使える内に使い切ってしまうつもりでいた。
そんな彼女に、後ろから近づいている人影があった。
「ポーラさん」
「わっ、なんで気づいたんですか。足音しか出てなかったのに」
「そんな千鳥足のステップ踏んでるのはポーラさんしかいないでしょう」
振り返る熊野はその姿に呆れる。
顔はもう真赤。
ワインの瓶は半分空、ここに来るまでに相当飲んだ模様。
こんな酔っぱらいの足音、気づかない方が難しい。
「……ま、良いですけど。それで何の御用で。まさか卯月さんたちのような要件ではありませんわね。だったらお引き取りください」
「ぬぬ~、似てるって言うんですかね~。ちょっとしたことです」
熊野の隣に座り込む。その手にはワイングラスが二つ握られていた。
「たまには一杯飲みましょ~!」
というのがポーラからの提案だった。
何故いきなり飲みの誘いを?
怪しいと熊野は思っていたが、飲むぐらいなら良いかとそれを承諾した。
酔わない程度に、程々に飲めば良いと思っていた。
こんな性格の輩だが持ってくるワインは中々の物。あまり味は意識していないが──美味い一品だと感じる。
「うーん! 夜風を浴びながらのワインを、たまには良いですね~。でも風邪は引かないようにしないと~」
「そうですわね」
「悩み過ぎるのは良いですけど~、それで寝れなかったり、夜風で病気になるのはアレですからね~。注意しなきゃダメですよ~?」
「……やはり、そういう要件ではありませんか」
酒にかこつけて、話を聞きだそうとしているのだろうか?
ポーラの癖に小癪な手を思いつく。
しかし、気づいたらもう意味はない。
だいいち、この程度の手で、情報を引き出されるつもりもない。
だがポーラは首を横に振る。
「いえ~、だから違うんですよ」
「では何の用で」
「周りを巻き込まないのは、もう無理ですよ~。最上さんはもう、前科戦線共通の問題なんですから~」
その指摘にワインを飲む手が止まる。
「最上さんの問題は自分の問題、だから迷惑はかけたくない──って、そう思ってるんですよね~。気持ちは分かりますよー」
ポーラは気づいていた。
何故、そう思い至ったかは知らない──察しはついているが流石に言わない──が、訓練場を独占してまで特訓していたのは、自分一人の手で最上を仕留める為だと。
そしてもう一つ。
「で、いけそーなら相打ちで、お互いに死のうってつもり?」
その指摘に、熊野はワイングラスを落としかけた。
「……どうやって、それを?」
誰にも話していない。
卯月たちは勿論、不知火にさえ。
話せるわけがないから。
なのに知っている。どういうことなのか熊野は動揺する。
「これでもポーラ、前科戦線でかなりの古株ですからね~、勘って言います? 鍛えられてるんですね~。でもまー、本当だったのは驚きです~」
「そんなのに気づかれたという訳ですか、私は……なんか癪ですわ」
「えへへ~照れちゃいます」
「褒めてません」
よりにもよってこの酔いどれに心境を言い当てられた。
複雑な気持ちになる熊野。
もしくは、こんなのにさえ気づかれる程、分かり易く思いつめていたということか。
どちらでも変わらない。
熊野は大きくため息をついた。
「それで、それを確かめて、わたくしをどうしようと。最上さんの作戦から外すんですか。自殺できないよう監禁するんですか」
「まさか。ポーラにそんな権限はありません。ただ、熊野さんの口から、言って貰うことが重要なんです」
「……誰かが聞き耳を? いえ、彼女ですね」
周囲に人がいないことは事前に確認済み。
その更に外から聞くことができるのは、彼女以外にはいない。
そして、この会話を聞いた彼女が間もなくやってくる。
役目は終わったと言わんばかりに、ポーラはワインを一気飲みして立ち上がる。
「でもポーラ、熊野さんのそーゆー所は、好きですよ」
「は? なにを?」
「……死さえ渇望するような、一途な所は、とっても人間らしい。ポーラは肯定します。まー、あの子は怒るでしょーけど。じゃ、頑張ってくださ~い」
千鳥足で去っていくポーラ。
それから数分後、予想通り彼女がやって来た。
相変わらずというか、同伴者もいる。
熊野は振り返らず、ワインを飲みながら、名前を呼んだ。
「いったい、どこで聞き耳立てていたんですの?」
「自室からだぴょん」
「……それ、耳大丈夫ですの?」
「大丈夫じゃないわよサプレッサーマフが生活必需品よどうなってんのよ」
現れたのは卯月と満潮。聞き耳を立てていたのはこの二人だった。
二人はムスッと不機嫌そうにしながら、熊野の隣へ座る。
ついでにどこから取ってきたのか、ワイングラスにぶどうジュースを注いで飲み始めた。
通販で買った物を態々持ってきたのである。
「死ぬ気って、熊野、それマジかぴょん?」
恐る恐る──と言うよりは、今にも噴火しそうなマグマを抑える雰囲気で、卯月が問いかけた。
「マジですわ。私は最上さんを殺して、その後死にたいと思っています」
「一人で戦いたいってのは、自分で抱え込もうってんじゃなくて、その方が相打ちで死ねるからって意味なの?」
「いえ、皆様を巻き込みたくないのは同じですわ」
「……どっちにしても迷惑千万ね」
「申し訳ありません」
心の籠っていない謝罪に満潮は呆れる。
何故、最上相手にこうなるのかは分からないが、これはないだろう。
満潮は苛立ちながらも、かなり心配していた。
あいつを殺して私も死ぬなんて、どう考えてもまともじゃない。
そう思い詰める程の何か。
一体何があったのか、不安で仕方がなかった。
けど、具体的にどうすれば良いかは分からず、戸惑う他ない。
「お二人はわたくしをどうするおつもりで?」
ただ話すだけなら時間のムダだ。
最上を倒すための訓練の時間が惜しい。
黙り込む二人。
熊野は溜息をついて、椅子から立ち上がる。
「首は突っ込むから」
背中から、卯月の声がぶつけられた。
「……つまり?」
「死ぬ予定ならしょうがない。止める権限なんてないぴょん。必要なことは中佐から聞けるだろうから、もう熊野と鈴谷のことは聞かないよ」
「それは──」
「でも、最上討伐は、絶対に一人でなんかやらせない。ぜーったいにうーちゃんも乱入させれ貰うぴょん」
「わたくし一人で倒せるなら、それが良いのでは」
「いや、それはどーでも良いぴょん」
卯月は振り向かない。
背中合わせのまま、言葉をぶつける。
憎悪と殺意に溢れた、呪詛に値する言葉を。
「秋月を痛めつけた。洗脳されてたとしても、報復に値する。熊野に
熊野を心配した発言―—なのかこれは。
戸惑う満潮を置き去りにして、熊野はその場から立ち去っていった。
残された卯月は、渦巻く怨恨を隠そうともしない。
握りしめたワイングラスは、とっくに割れて、彼女の手を血塗れにしていた。
艦隊新聞小話
Q ポーラは前科戦線の最古参ですが、何故なのでしょうか?
A 実は本来のお勤め期間はとっくに終わっているんですよね。
ただ飲酒行為によって、刑期が延々と積みあがっていて、結果的に最古参になっちゃってます。
出撃中の飲酒も、ぶっちゃけ違反行為扱いになってます。狙撃が安定するとか言ってますけど全く認められてません。
今の刑期は1050年でしたでしょうか……文明が滅んでそうですね!