前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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ラスボスは狩ったけどその後の赤プーさんに半殺しにされました。なんだあの熊は!


第147話 受難

 顔無しについて大切なことがある──と呼び出された卯月に知らされたのは、彼女自身が異常ということだった。

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)は深海のエネルギーを取り込む。

 相反する力と同化するせいで、艦娘の肉体にダメージを与えてしまうのだ。

 細かい所は違うが、顔無しも秋月も同じ理論の元、全身がボロボロになっていた。

 

 だが卯月は違っていた。

 

 肉体、細胞、遺伝子単位で見ても、何ら異常が見られなかったのだ。

 

「ずっと発動してる訳じゃない。戦闘時に作動しているだけ。だから影響が少ないってことだと思うんだけど」

「考慮してるよー、実際細胞サンプルは、こないだ帰投した時のヤツを使ってるしねー」

 

 つまりD-ABYSS(ディー・アビス)作動直後、影響が残っている細胞である。

 

「ま、それでさえ無傷だったのよ」

 

 一番影響が残ってる筈のサンプルでさえ、この結果であった。

 

「放射線浴びたみたいなダメージが残るレベルのことやっといて、ゲノム情報まで無傷。いやー、さすがにおかしいでしょー」

「ぐごごごご、バカな、あり得ないぴょん。だってうーちゃんシステムの反動で、全身ボロボロになってたぴょん」

「ありゃあくまで身体能力を超えた挙動による反動。深海のエネルギーによる影響じゃないの」

 

 肉体的負荷と、相反する力による負荷は別問題なのである。

 反論をどちらも論破されてしまい、卯月はフリーズする。

 脳内で理解が及んでいない。

 北上の言っていることが、どういう意味なのか分からない。

 混乱が心を埋め尽くす。

 

「つ、つまり、どういうことだっぴょん」

「まー要するにだねー、卯月の細胞は……()()()()()()()()()()()()()()()ってこと」

 

 全く嬉しくない言葉を聞き、卯月は思考までフリーズしかけた。

 

「相性が良いって言うべきなのかな。反発する筈なのにそれが一切合切発生しない。細胞サンプルに顔無しから取った細胞くっつけてみても、なーんにも起きなかったし」

「どう反応すれば良いんだぴょんっ!」

「ちなみにどーしてそういう体質なのかは不明。生まれつきの特性なのかなー……」

 

 どういうことなのかさっぱり不明。

 何故親和性が高いのか、どうして高くなったのか──疑問と不安はエ年と湧き続けるので、キリがない。

 なので卯月は思考を止めた。

 

「よし諦めたっぴょん」

「ちょっと、アンタそれで良いの」

「だって分かんないし。分かったとしても今はどうしようもならないし!」

 

 不安になっても何もできない。

 ならそれは無駄な行為だ。

 そんなので立ち止まるのは、とてもカッコ悪い。

 やることをやる方が優先。なので卯月は話題を戻す。

 

「で、うーちゃんの体質がなんだってんだぴょん」

「艦娘のと、深海の。理由は分かんないけど、卯月は全く反発しない特性があった」

「うん」

「だからゲノム情報顔無しに組み込んでみて良い?」

「おおーっとなんでそうなるぴょん!」

 

 いきなり話がぶっ飛んでいったことに、反射的に卯月は叫ぶ。だが、その場の流れで、こんなことを目論む理由は分かっている。

 

 卯月は深海のエネルギーを取りこんでも──人間で言う所のアレルギー反応が発生しない。もしくは反応が小さい。

 

 ならば、そのゲノム情報を組み込めば、この特性を顔無しに付与できるのではないか。

 上手く行けば、顔無しを苛む激痛を取り除いたり、緩和できるのではないか。

 北上はその為の実験を行うために、卯月へ声をかけたのだ。

 

「……いや、別にそれは良いんだけど」

「卯月アンタそれで良いの?」

「顔無しの苦しみが多少でもマシになるなら、細胞の提供ぐらいどーってことないぴょん。でも、それで上手くいくのかどうかが疑問。そもそもゲノム情報の抽出・投与なんてできるの?」

 

 卯月はその辺詳しくないが、何となく、難しい技術だとは感じている。

 言うのは悪いが北上は本当の工作艦ではない。

 できるのかどうか不安になる。

 余計顔無しを苦しめる行為ではないか。

 それに対し、北上は自信と不安半々ぐらいで答えた。

 

「ゲノム情報絡みはできるよ。技術はもう確立されているから。最も基本的に禁止されてるけどねー」

「そうなの?」

「遺伝子単位の改造を目論む輩が絶対に出てくるからだってさ」

「ああ……」

 

 出る。絶対出てくる。

 艦娘の中で有用な遺伝子情報を組み合わせて最強の兵器を作ろうとするヤツは絶対に出てくる。制限されるのも納得である。

 尚、今回の件については、ちゃんと許可を取る予定である。

 

 内通者に漏れても困るので事後申請ではあるが。

 

「という訳で、やって良い? 上手くいくかは賭けに近くなるけど……ああそれと、その方がより深海側に近寄るから、D-ABYSS(ディー・アビス)作動中のを回収したい」

「……不知火」

「なにか」

「目的がなんであれ、顔無しを助けてくれるんでしょ?」

「結果的にはそうなります。生かすかどうかは、彼女の態度次第とはなりますが」

「なら文句はないぴょん。バンバンやって欲しいぴょん」

 

 より人体実験を進まるためか、苦痛が無い状態で観察するためか──理由はなんだって良い。

 卯月にとって重要なのは、『助かる』という結果のみ。

 結果が良ければ全て良し。

 彼女はそう考えていた。

 

 その後、D-ABYSS(ディー・アビス)を解放した状態で、細胞アンプルを回収した後、卯月のゲノム情報が顔無しに組み込まれる。

 今後は経過観察ということで、それが細胞の交換により、全身に行き渡るのを待つことになる。

 但し、入渠や高速修復剤を使用することで、作業はその日の内に完了する予定だ。

 

 卯月は数時間の間、良い結果になることを祈りながら過ごすことになるのであった。

 

「あ、後これ渡しとくね」

「なにを?」

「黒タイツ型鎖帷子ver2。厚さそのままに重量2倍マシにしてあげといたよ」

「要らない。本当に要らない。お願いします許してください」

「はいそいつ掴まえてー、じゃあ洋服脱ごうねー」

「らぁめぇぇぇぇぇ!?」

 

 ついで扱いで卯月の訓練は更に激しくなるのであった。

 

 

 *

 

 

 顔無しに対してゲノム情報の提供を行った後、卯月と満潮は激しい訓練を終え、夕食後の入渠を堪能していた。

 

「ア゛ア゛ア゛ァァ~」

「やかましい」

 

 おおよそ人とは思えない奇声を出す卯月。

 彼女は疲れ果てていた。

 球磨や那珂に訓練をつけて貰っていたが、内容がどんどん激しくなっていく。

 次戦う最上が、秋月より強いのだから当然だが、それにしても辛い。

 

「だってぇ、何でぇ、工廠寄ったら、鎖帷子が強化されるのぉ」

「それは……同情するけど」

「嘘を言うな! うーちゃんを寄って集ってひん剥いた癖に!」

「報復よ報復」

 

 重さは二倍。負荷も二倍。全身の筋細胞はこれでもかというほど痛めつけられた。

 黒タイツ鎖帷子に慣れたと思ったらこの仕打ち。

 正直言って泣きたい。

 どうしてわたしがこんな目に。

 それが彼女の心境だったが、当然と言うか、気を遣う者はいない。

 

 ともあれその地獄から解放された後の入浴ということで、卯月は全身が溶け切っていた。

 疲労が酷過ぎる。

 常に満潮に支えて貰わないと確実に溺死する。

 なので抱きしめられる形で、支えて貰いながら、二人はゆっくりと入浴を堪能する。

 

「本当になんで、急にこんな目にあったんだぴょん。やるならもっと計画的にやれっぴょん」

 

 あまりに急過ぎる。そう愚痴を言うと、どこからか声が聞こえてきた。

 

「そう何もかも上手くは進められないのよ」

「……飛鷹さんかぴょん?」

「ええ、そうよ」

 

 湯気で隠れていたが、飛鷹も同じく入浴していたのだ。

 

「珍しいわね。飛鷹さんがこの時間に入浴してるなんて。普段は夕食の片づけとかしてるじゃない」

「この後まだ予定があってね。先に入っちゃうことにしたのよ」

「そう……って卯月アンタ何睨み付けてんの」

「ホロビヨ……ホロビヨ……」

「うわキモ」

 

 卯月の視線の先は、飛鷹の胸部にあった。

 自分と比べたら信じがたいサイズ、あろうことか湯船に浮いている。

 ブイか何かかアレは。

 駆逐艦は大体子供体形──そんな法則を作った神を卯月は呪う。

 

「ちなみに予定って何。話せることなの」

「出撃の日程が決まったわ。明後日よ」

 

 爆弾発言が投下された。胸部を呪っていた卯月も含めて二人は硬直する。

 

「…………本当に急ね」

「ええ。あまり悠長な日程を組むと、内通者に気づかれる恐れがあるから。どうしても急なスケジュールになっちゃうのよ」

「それも内通者のせいかよ。ゴミが。さっさと死ねばいいのに」

 

 隠さずに悪態を吐く卯月。

 誰も文句は言わない。

 卯月はそれだけの目に合っている、内通者を殺す権利があるとさえ思っている。

 その内通者も、結局誰のか未だ不明だが。

 

 尚、突然卯月の訓練内容がハードになったのも、出撃前の最後の追い込みをかける為。戦闘能力が未知数である以上、鍛えるに越したことはないのだ。

 

「出撃メンバーは?」

「決まってるわ。流石にまだ公言しないけど」

「ふーん」

 

 とは言っても、大体は決まっているようなもの。

 まずD-ABYSS(ディー・アビス)で対抗できる卯月、相方の満潮。

 制空権争いが間違いないことから飛鷹、

 そして最後に、因縁を持っている熊野。

 これで四人まで決まっている、後は二隻が選ばれるだけだ。

 

「一応聞くけど、出撃前の休憩とかあるの?」

「殆どないわね。生憎だけど。ただ移動時間はかなり抑えてあるから安心して欲しいわ」

「お願いだぴょんまた空中降下とはもう嫌だぴょん」

 

 あれは何度やっても慣れない。

 パイロットの秋津洲は高確率で暴走するし、余計に嫌だ。あの狂人と一緒にいる時間は極力少なくしたい。

 但し、具体的な内容は出撃寸前まで機密となる。

 内通者を欺くためには必要な措置なのだ。

 

「……とうとう、最上との戦いね」

 

 緊迫した様子で満潮が呟く。

 明後日、よりにもよって最上と本気で殺し合わなければならない。

 その事実は大きなプレッシャーとなり、満潮に圧し掛かる。

 

 熊野程ではないにしても、満潮も最上と関わりがある。

 彼女が所属していた西村艦隊、そのメンバーの一人が最上なのである。

 

「最上との戦いだけど、大丈夫なの。仮に選ばれたとしても拒否権はないけど」

「拒否できないのによくそんなこと聞けたわね」

「一応よ一応」

「ハァ、そこは安心して構わないわ。熊野みたいに無様に喚きたてるつもりはないから」

 

 満潮は理解している。

 あれは自分の知っている最上ではないと。

 間違いなく別人。

 そう確信できるものがあった。

 だから、目の前にしても、躊躇したり暴走することはない。

 

「なら良いわ。でもムリしちゃだめよ。ただでさえどんなハチャメチャしてくるか分かったもんじゃないんだから」

「瑞雲が分離して最上と合体したりして」

「水上爆撃機のメリットを投げ捨てることする訳ないじゃないアンタ馬鹿?」

「秋月が砲撃で空を飛ばなきゃ、こんなことは思わないぴょん……」

「まあ……」

 

 飛鷹の言う通りであった。

 D-ABYSS(ディー・アビス)の強化は凄まじ過ぎる。

 砲撃で艦娘が空を飛べるようにしてしまうのだ、最上も何か、とんでもないハチャメチャをして来る可能性がある。

 秋月という前例を知っている以上、『ありえない』と一笑に伏すことはできなかった。

 

「―—っと、長風呂し過ぎちゃったわね。私はもう出るけど、貴女たちは?」

「もうちょっと入ってるぴょん……ってか筋肉痛で動けない」

「同じく。私も疲れてる」

「休む時はしっかり休むのよ」

 

 と言って浴場から出て行く飛鷹。

 これで今度こそ二人切り。

 卯月は大きなため息を吐く。そして力を抜き満潮にもたれかかった。

 

「合体、するのだろうか」

「いやないわよ。第一サイズが違い過ぎるわよ。やったとしても虫に集られているようなヴィジュアルよ」

「確かに」

 

 その上でやらかしかねないのが恐いところだ。

 熊野とあれこれしたお蔭で、『鈴谷』がどういった戦いをするのかは察しがついている。

 理屈どうこうではない、直感を主軸とした野性的な戦い方。

 勿論考え無し、という意味ではない。野生動物が持っている、野生のカンと言うべきそれを使ってくる。

 

 でも、それは演習で慣れたから良い。

 問題は最上本人が何をしてくるか。

 実際に戦ってみないともう分からないのだが、不安なものは不安。

 ましてや、一戦で終わらせることを厳命されている。

 威力偵察ナシでのぶっつけ本番は、中々精神に来るものがあった。

 

「……なんか不安が大きくなりそう」

「そろそろ出た方が良いわね」

 

 十分身体も温まったし、ここらで出てさっさと寝よう。そう思った矢先、卯月の聴覚が誰かの足音を捉えた。

 

「……ん?」

「どうしたの」

「誰かが、風呂場へ、走って来てる」

 

 それは少しおかしな事だ。この前科戦線には、入浴する為に全力ダッシュする者はいない。それに足音も余り聞きなれない。

 一体、誰が来ようとしているのだ。

 まさか──暗殺? 

 信じがたい可能性だが無視できず、二人は臨戦態勢へ移る。

 

 そして、足音の主は一切止まることなく風呂場の扉を──()()()()()

 

「えっ」

 

 扉を開けさえしなかった。

 だがそれは違う。

 彼女は扉という概念が分かっていないのだ。

 

 不意を突かれたせいで、対応が遅れる。

 勢いのまま乱入者がぶつかり、卯月は浴槽の中を吹っ飛ばされる。

 

「ぎぁぁああ゛!?」

 

 突然のダメージが、体内で反響し、卯月の鼓膜を破壊する。全身を駆け巡る激痛に悲鳴が止められない。

 だが、乱入者はそれ以上攻撃を仕掛けて来なかった。

 馬乗りになった状態のまま動かない。

 

 こいつは何をしようとしているのか、というかこいつは誰だ。

 

 激痛が収まり、顔を上げた卯月が見たのは、()()()()()()の顔。即ち顔無しだった。

 

「こいつ、顔無し!? なんで」

『―—ア、ア』

「しゃ喋ったわよコイツ!? どこで喋ってんの!?」

 

 眼も鼻も口もない顔なのに、顔無しはなんと声を発した。

 しかしそんなのは些細なこと。

 この後に起こる、凄まじい緊急事態に比べてばどうということはない。

 最も深刻な問題なのは、喋ったことでも、動けていることでもない。

 

『マ……』

「ま?」

 

 発した一言こそが、大問題だったのである。

 

 

 

 

『ママ!』

「…………エ゛?」

 

 卯月の受難がより深まった瞬間であった。

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