前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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サボりにサボっていたので、今回は二話連続で投稿致します。


第148話 旧知の彼女

 卯月は混乱の極地にあった。

 

『ママ……?』

「はいお母さんですよ。良い子でちゅねー」

「現実に帰ってこいこのバカ! いや気持ちは分かるけどっ!」

 

 ハイライトの消えた目で顔無しの頭を撫でる卯月。

 母性に溢れた振る舞いだが、そういう状況ではない。

 満潮が全力で頬をひっぱたたくと、卯月は正気へと帰還する。

 

「はっ、うーちゃんは一体」

『……アウ?』

「……がふっ」

「気絶したぁ!?」

 

 正気に戻ったら戻ったで、現実に耐え切れなくなり卒倒。

 同時に久々の発作まで起こり、瞬く間に気絶。

 危うく溺死しかけた彼女を、満潮は引き摺る羽目になる。

 

 そして近くの椅子に座らせている間に、卯月は眼を覚ます。

 

 すぐ傍には、心配そうな様子でこちらを見る顔無し。

 卯月は、今までのことが間違いなく現実だと理解し、顔を両手で覆いながら溜め息をついた。

 

「どーなってんだっぴょーん」

『ア、アー、アー』

「何言ってるのか分からないよぉぉぉ」

 

 全て理解不能。

 パニックになってる卯月を心配してか、顔無しは何かしらを喋る。

 まずこいつだよ。

 何でジーンセラピーの最中だった顔無しがここにいるのか──とその時丁度、満潮に連れられて不知火が走ってきた。

 

「不知火ー! どーなってんだよー!」

「すみません! 脱走されました! ここまで復活するとは想定外でした!」

「そっちはいい。何でママなんだぴょん!?」

「!?」

 

 呼ぶのを優先してたせいで、この珍事について満潮はまだ説明できていない。

 意味不明な単語が飛び出す。

 不知火まで混乱に突き落とされる。

 

 しかしこのまま大混乱してても意味がない。

 パジャマに着替え、その足で工廠へと向かう。

 途中、顔無しが暴れたりする危険性があったが、それは杞憂に終わった。

 

「そいつ滅茶苦茶懐いてるわね……」

「ええ、逃げ出さないのはありがたいですが」

「……分からない」

 

 顔無しは移動中、ずーっと卯月にくっつきっぱなしだった。

 方時も離れず、ずっと片手に抱き着いて、身体や長大な尻尾を擦りつけていた。

 まるで飼い主に甘えてくる犬のよう。

 お蔭で逃走の心配はないが、卯月のメンタルはもうパニックになっていた。

 

 工廠へ着くと、北上が焦った様子ですっ飛んで来る。拘束していた顔無しが突然逃げ出したのだから、当然の反応だった。

 

「顔無しはどう!?」

「卯月さんをママと呼んで安定しています。誰かを襲う予兆もありません」

「じゃあいっか」

「良くねぇんだよちゃんと説明しろっ!?」

「冗談だってば!」

 

 と、言う事で、この混沌へ至った経緯が説明されることになる。

 

「結論で言えば、治療は成功したよ」

「うん、知ってる」

「だろうね……卯月のゲノム情報を組み込んだ結果、顔無しに発生していた拒絶反応は大幅に緩和された。ゼロにはならないだろうけど、生活に支障をきたす激痛じゃなくなったよ」

「それは良かったぴょん。で、これは?」

 

 言うまでもなく、何故顔無しがママ呼ばわりしてくるのかだ。

 

「……理由か。幾つかの要因が重なった結果かも」

「例えばどんなのよ」

D-ABYSS(ディー・アビス)が解放されている状況下で、卯月は顔無しにトドメを刺したじゃん」

 

 熊野からパスされた後、首をグリッとやったアレである。

 

「これは、イロハ級からしたら、自分より上位個体と認識されてもおかしくない行為なの。それにシステム作動時に、エネルギーを奪っていったじゃん。これも上位個体としての振る舞いに該当する」

 

 力ずくで従える行為、意志を無視して力を奪う行為。確かにどれも姫級のやりそうな行為と言える。

 

「更に言えば、この顔無しを苦しみから救ってあげたのは卯月アンタだ。そういうのが分かるのかは不明だけど、中の『艦娘』が、このことに恩義を感じているかもしれない……後はまあ、うん、ゲノム情報を入れたのだろーね」

 

 色々な要因があり、それらが重なった結果、最終的に『ママ』判定に至ったのではないか。というのが北上の推測であった。

 

「うん、別に良いじゃん。卯月のゲノム情報を持ってるんだから、娘ってことでも大して問題はないでしょ」

「うーちゃんの精神衛生が問題なんだぴょん!」

「叫んでもママ扱いは変わらないわよ。諦めなさい卯月」

 

 そう話している間も、顔無しは顔をぐりぐりと胸元に擦りつけてくる。

 これが子供なら可愛いのだろうが、生憎相手は重巡ネ級、卯月よりも遥かに大きな相手が、膝枕とかをねだってくる光景は、色々とアレだった。

 

「何故こんな性格に……それが最大の謎だぴょん」

「そりゃまあ、単純に精神崩壊からの幼児対抗じゃないの? だって拷問されつつ、身体の自由を奪われて、艦娘殺しを強要されてりゃ、ねぇ?」

「うん成程壊れるわ」

 

 誰だっておかしくなる。わたしだってそーなる。卯月はあっさり納得した。

 

「ちなみに浴槽へ駈け込んで来た経緯は?」

「細胞投与して、安定したから、再度検査に駆けようと拘束を解いたら、一気に逃げられちゃった」

「ちゃんとしないさいよ……」

「ここまで早く効果が出るとは思わなくて。ごめんごめん」

 

 浴場に来るまでは減速一切なしの全力疾走だった模様。

 そんなことができるのだから、今までみたいな激痛は殆どなくなっている、と見て間違いない。

 それなりに広い前科戦線の中で、卯月が浴場にいるのが分かったのは、それこそ帰巣本能のようなものだろう。

 北上はそんな推測を述べた。

 

「健康状態に関しては見ての通り。細胞同士の反発が大幅緩和されたことですっかり元気。今までの問題はほぼ解決した筈だよ」

「体内の『呪い』は。深海棲艦なら呪いを抱えてるでしょ」

「前浄化してから、少しずつ累積してた……けど、それもなくなったよ。呪いの原因だった激痛がなくなったからだと思う。後は、主になってる卯月に合せているのかも」

「うーちゃんに?」

「一説によればだけど、深海棲艦の生み出す呪いは、本人や上位個体の意識で変わっていくらしい。こいつ自身に呪いを出す意志がなく、卯月にもその気がないなら、薄まって消えていくのが当然なんだろうね」

 

 理屈は兎も角、呪いが消えているならそれが一番良い。

 あんなのが残っていては、共存できるものもできない──いや顔無しと一緒に暮らしていくのを認めた訳ではないのだが。

 というか深海棲艦は生理的なレベルで嫌いだ。生活できる気がしない、というのが本心である。

 

「もっとも油断はできない、経過観察は続けていくよ」

「その方が良さそうね……で、こいつ自体は、今後どう取り扱うのよ。まさか味方って訳にもいかないでしょ」

「うーん、性格もこの調子だからねー、戦線参加は考えてない。ここで暮らして貰いながら、色々と観察させて貰おうかと」

 

 妥当なと言えよう。

 中身は赤子そのものだ、こんな状態では戦場へ出せない。

 後、深海棲艦に背中を預ける気になれない。

 卯月的にはそちらの気持ちが大きかった。

 

「あ、後もう一つ、分かったことがあるよ」

「何が?」

「中身の艦娘が誰だったのか。遺伝子コードまで継ぎ接ぎで特定大変だったけどねー」

「へー、誰なんだぴょん」

「古鷹型重巡洋艦、二番艦の『加古』だったよ」

 

 そして卯月は再び頭を抱える羽目になる。どうしてよりにもよって彼女なのだと。図っていなくても分かる。

 わたしの運の値は以前より低下しているだろう。

 工廠に、卯月の悲鳴が響き割った。

 

「不幸だぴょーん!」

 

 

 *

 

 

 その後の顔無しの処遇だが、検査が完全に終わり切っていないこともあり、引き続き工廠の一室で生活することになった。

 顔無し──否、加古的には母親と認識している卯月について行きたかったらしいが、それはどうにか阻止した。

 これ以上ママ呼ばわりが続けば、卯月の精神がマジで持たないのは明白だった。

 

「もうやだぁ。なんでママァ? 一体うーちゃんが何をやったって言うんだよー」

 

 既に胃に穴が空く寸前かもしれない。

 自室の机に突っ伏して、ありとあらゆる愚痴を飛ばしていく。

 あまりのうっとおしさに、同室の満潮は口を挟みたくなるが、今回は事情が事情、多少だが卯月に憐憫を感じていた。

 

「しかもよりにもよって、中身が加古ってお前……マジで呪われてるんじゃないか」

「……あんた、加古に会ったことあったっけ?」

()の話だぴょん」

 

 艦娘に成る前の、『卯月』だった時になってしまうが、『卯月』と『加古』はその頃から縁があった。

 その記憶は艦娘になっても残っている。

 場所によっては、改二になった時余ったヘアピンを、加古自ら卯月に上げたり──といったこともある。

 記憶の奥底に、お互いのことが残っているのだ。

 

 なのでこの卯月も、密かに加古との再会を願っていた。

 そして、多少変則的ながらも、その再会は果たされた──のだが、結果はご覧の通り、このザマである。

 

 辛い。率直に辛い。

 昔お世話になった人と、久々に再会したらママって呼んでくるって、どういう悪夢なのか。

 なんかもう情緒がぐちゃぐちゃ。

 卯月は机に突っ伏して、心の底からしょぼくれていた。

 

「……色々とドンマイ」

 

 満潮さえも同情する。

 あんまりにもあんまりだった。

 流石に哀れだった。

 

「でもどうするのよ。あの顔無しと関わらないでいくってのはムリよ。あんたを母親だと思っている以上、あんたが一番顔無しをコントロールできるんだし」

「うー、そんなこと分かってるぴょん」

 

 今後ともあの顔無しは、色々な実験に使われるだろう。

 それらはきっと、顔無し自身が協力してくれた方が、良い結果になると思われる。

 卯月には、そうするように命令が(多分)できる。

 なら、関わらない訳にはいかない。

 

「単純に頭がパニックなんだぴょん……なんだって、よりにもよって、中身が加古なんだよぉー、あ゛ー」

「……本当にドンマイ」

 

 満潮の目線から言えば、扶桑とか山城がママと懐いてくる光景になる。

 余程特殊な性癖を持ち合わせていなければ悪夢でしかない。

 何故強制的に逆バブみを体験しなければならないのか、これらも全て黒幕──泊地水鬼が原因と言えよう。

 

「ああ、でも、流石にあのまま放置はしないから、そこは安心して欲しいぴょん……ゲノム情報の提供を承諾したのはうーちゃんだし、取れる限りの責任はとるつもりだぴょん。気が滅入りそうだけど」

「やっぱり子供を放置するのは気分が」

「子供じゃないからやめようね?」

 

 だからといってあれを子供とは認識できない。

 そもそも体格差が違い過ぎる。

 あんまり言いたくないが、甘えられている最中、結構重かった。

 

「おかしいなぁ……最上との決戦前だから、ゆっくり休みたいと思ってたのに」

「アンタの運の値また下がったんじゃない?」

「マジでそうかもしれない。今度また図って貰おうかな……もう疲れたから、今日は寝るぴょん。お休みー」

 

 これ以上アレな現実を直視したくない。

 頭から布団をかぶり、逃げ出すように卯月は眠りにつく。

 もうじき出撃の時、休める時は休まないといけない、満潮も後を追うような形で、一緒に眠りについた。

 

 

 *

 

 

 凄まじい心労を抱えながらも、卯月と満潮が眠りについた頃、北上たちも同じように心労に悩まされていた。

 但しそれは、卯月に認知していない子供がいたことではない。

 というかそれはどうでもいい。

 

「……うーん」

「どうなっているんでしょうか」

「アタシに聞かないでよ」

 

 二人揃って大きなため息を吐く。

 顔無しの調子が戻ったのは良いのだが、それによって、また別の問題が見つかってしまった──言うまでもなく卯月のことだ。

 

「深海との親和性が高いんじゃないか……と、予想したんでしたよね」

「うん、あの時はね」

「今は違うと」

「ただ親和しているってだけで、上位個体として認識されるとは思えない。だとしたら、これまでの戦いで類似のケースがないのはおかしい」

 

 何も、深海と親和している艦娘は、卯月だけではない筈だ。

 実験をしてないから分からないだけで、そういう才能を持つ個体は絶対にいる。

 だが今まで、特定の艦娘に対し、イロハ級の攻撃が弱まったというような報告は存在していない。

 相手が誰であれ、敵が艦娘なら殺意全開で襲ってくる。

 深海棲艦とはそういうものだった。

 

「様々なケースが複合していますが、それでも考えにくいと?」

「……あんま言いたくないんだけど、昔の技研は、こういう実験やってなかった訳?」

「深海の力を、艦娘へ付与する実験ですか?」

「そう」

「ありましたよ。何れも最終的に中止ですが」

「その中で、イロハ級から姫級として識別されたって結果は」

「……あれは既に、実用化されているでしょう」

 

 今の今まで色々な研究をしてきて、今更初めてのケースが起きたこと自体、微妙に考えにくいのだ。

 

「本当に卯月は、ただ親和性が高いって話で、済ませて良いのかな……」

 

 顔無しだの泊地水鬼だの千夜博士だの、ただでさえ謎が多いのに、どうも卯月にまで謎めいた部分が出てきてしまった。

 これは、私も薬を飲んだ方が良いかもしれない。

 うっすらとうずく頭痛を味わいながら、北上はより一層大きなため息をつくのであった。

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