前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第149話 出禁

 ゲノム情報の提供により、見事復活を果たした──のは良いが代償としてママ呼ばわりされてしまった卯月。

 強烈な胃痛に晒されながらも眠りにつき、目を覚ましたのは翌日。

 最上との決戦予定日の一日前、最後の休める日となった。

 

 とはいえ、今日の予定は決まっている。

 秋月以上に強力な存在が相手となる以上、特訓はどれだけしても足りない。

 なので午前中は最後の訓練、午後から出撃までは休憩だ。

 残された時間で、やれるだけのことはやろう、と言うことである。

 

 たっぷりと朝食を取り、お腹いっぱいの状態で訓練海域に赴く卯月たち。

 今日は珍しく熊野によって占領されてない、事前の約束通り、自分達だけで思うように使える。

 と、思っていたのに、ここぞとばかりにトラブルが入る。

 

「なんで顔無しがいるんだぴょん!」

 

 卯月の指さす方向、同じ訓練海域の一角に、艤装を展開した顔無しと不知火がいた。

 

「なるべく早めにリハビリを行いたかったので、急遽一角を使わさせて頂くことになりました」

「態々ここにしる理由あったの?」

「後顔無し……いえ、加古さんが、卯月さんの傍に居たいらしいようで」

 

 目が合うなり、加古は全力でこちらへ突っ込んで来る。

 パッと見母親に飛び付いてくる子供。

 しかしその実態は、大型の艤装を持ってラムアタックを慣行してくる重巡ネ級。

 正面から受ければ爆発四散、卯月はひらりと身を翻して回避する。

 

『ウー、ママ……!』

「あ゛ーも゛ー! ダッシュで突っ込んで来るな! もっとゆっくり! 速度を落とすぴょん!」

『アゥ!』

 

 子供のような返事を出して、言いつけ通り速度を落とす加古。

 その光景を見ていた満潮が、感心した様子で呟く。

 

「あれで、人の言ってることは分かってるのね」

「幼児退行を起こしているのはあくまで精神だけ。知識や言語はそのままなのでしょう。良かったですよ」

「確かに。あれで言葉を叩き込む所からなんて、まっぴら御免だわ」

 

 顔無しは嬉しそうな様子で顔やら尻尾を卯月に押しつけて、全力で甘えていく。

 卯月はそれを無抵抗で受け入れている。

 慣れた、というよりは、色々諦めきった表情であった。

 

 しかし、このままこいつと遊んでいる時間はない。

 ある程度甘えさせた所で、加古を引き剥がそうとする。

 なのだがパワーは向こうが上。

 力強くでは少し難しかったので、言葉を以って動かそうとする。

 

「加古ー、うーちゃんは暇じゃないんだぴょん。そろそろ退いて貰うとありがたいぴょん」

『……クー』

「寝たフリすんじゃねぇ!」

 

 卯月は知らないが、確かにこの顔無しは加古であった。とても加古であった。

 

 それはさておきこのままでは埒があかない。

 かといって、無理矢理引き剥がすのは少し可哀想。

 此処にくるまで、ずっと酷い目に合ってきたのだ。

 それが精神崩壊によるものだとしても、人に甘えるぐらいは、好きにさせて良いんじゃないか。

 

 そう思わなくもない不知火が、『良い事思いついた』とでも言いたげに手を叩く。

 

「そうだ、では、演習をしたらどうですか」

「……演習って、私たちと、加古で?」

「はい」

「相手深海棲艦なんだけど。実弾で殺されるんだけど?」

「ご安心ください。その辺は問題ないと、先程確認してあります」

「って言ってるけど、どーすんの卯月」

 

 声をかけられた卯月は少しだけ思考する。そして加古の頭を撫でながら結論を出した。

 

「よし、やろう。めんどくさいけど……深海棲艦そのものと演習できる機会は貴重だぴょん。最上戦の役に立たなくても、取り巻きの顔無し対策はできるかもしれないし」

 

 大本営広しと言えど、イロハ級とはいえ深海棲艦と訓練できる基地が幾つあるだろうか。

 その貴重さを見過ごす程卯月も阿保ではない。

 だけど心配ごとはある。

 

「でも、模擬弾とかはどーするんだっぴょん」

 

 実弾でのやり取りなんてNGだ。しかし艦娘用のゴム弾やペイント弾では規格が合わない。

 

「そこなんですが、深海棲艦も模擬弾を扱えるんですよね。加古さん、模擬弾を撃ってもらって良いですか?」

『ウー!』

 

 不知火の言葉も分かっている模様。

 加古はその指示に従い、まず──尻尾を水につけた。

 この時、海水が艤装内部へ組み上げられていく音を、卯月はしっかりと聞いていた。

 

 ああ、そういうことかと卯月は気づく。

 

「水鉄砲か」

 

 卯月の予想は正解だった。

 組み上げられた水は艤装内部で高密度に圧縮され、砲塔を通り勢いよく発射される。

 液体だからだろうか、レーザーのような軌跡を画き、水鉄砲は的へ直撃、木端微塵に粉砕した。

 

「そんなことができるのね」

「不知火も実際に見るのは初めてです。深海棲艦が模擬弾を撃ってくれる、なんてシチュエーション自体稀ですから」

「そりゃそうだぴょん」

 

 普通は出会いがしらに砲弾でごあいさつだ。

 実際、水鉄砲を撃つ機構が分かったのは、捕縛した艤装を調べた時だけ。発射光景が見られるのは本当に初めてのことだ。

 

「……でもこれ喰らったらヤバイんだけど」

 

 満潮は撃たれた的を見る。

 跡形もなく粉々。

 欠片も残さず木端微塵。

 そりゃ砲撃よりマシだろうが、喰らってタダで済むとは思えない。

 勿論不知火はそれも承知、危険性を分かった上でこう告げる。

 

「より実戦に近い演習ができます。良かったですね」

「そう言うと思わったわ」

「それはさておいても、重巡ネ級ではあるんです。普段と違う演習ができると不知火は思いますが」

「重傷を負わないように頑張るしかなさそうだぴょん……」

 

 明日出撃なのに怪我とか勘弁して欲しい。

 いくら入渠で治ると言っても、精神的な限界はあるのである。

 最も言っても意味はない、自分自身が注意して立ち回るしかない。

 

「でも、この威力なのに、実戦で使わないのは何でなのかしらね」

「射程が短かったり、余り多く装填できないからだと思われます。高圧縮していても所詮は水ですし、だったら実弾を使った方が良いのではないかと」

「そういうものかしら」

 

 深海棲艦の本体は海だと言う。

 そういった在り方から得た、おまけみたいなものなのだろう。

 何であれ、こちらの訓練に付きあって貰えるのはありがたい。

 怪我をするのは恐いが、頑張って付きあうことにした卯月たちであった。

 

 尚怪我をしたかどうかについては、言うまでもないのである。

 

 

 *

 

 

 結局、包帯グルグル巻きになって訓練を終える羽目になった卯月。

 あれだけ『ママ!』と懐いてくる割に、訓練だと一切容赦がなかったのである。

 と言うより、子供が加減なく親にじゃれてくる方が近い。

 

 入渠ドッグで怪我は治ったが、メンタルがちょっとやられてしまったので、夕食まで熟睡。

 その後のご飯はたっぷりと食べ、全力で身体を休めることに専念した。

 

 加古にママ呼ばわりされたダメージこそあれど、ある程度身体を動かしたお蔭か、良く眠ることはでき、身体に溜まっていた疲労は殆ど取ることができた。

 最上との戦いの準備は、十分整ったと言える。

 

 今回もだが、何時出撃になるかは誰も知らない。

 内通者を警戒して、必要最低限の人員しか作戦要綱を知らされていない。

 急な呼び出しがかかるのだろう、それまでは寝て体力を温存することになる。

 

 満潮と二人、ベッドで抱きしめて貰いながら眠る卯月。

 

 深夜二時を切った頃、突然、部屋のノックが鳴らされた。

 

 何だかんだで二人とも訓練された軍人。

 即座にベッドから飛び起きる。

 最初から制服で寝ていた。

 髪もハチマキで纏めてあるし、サプレッサーマフも装着済み。準備は万全だ。

 

 準備していた最低限の物を持って部屋から飛び出す。扉の先には、どことなく緊張した顔つきの不知火が立っていた。

 

「出撃の時間です。工廠へ集合してください」

 

 と言って不知火は別の人を起こしに移動。

 卯月たちは先んじて工廠へ向かう。

 他の人と違い、D-ABYSS(ディー・アビス)関係の調整が入るから、準備にどうしても時間がかかるからだ。

 

 但しそれも誤差程度。

 卯月たちが到着し、他のメンバーが準備を終える頃には、北上が素早く調整を終えてくれた。

 周囲を見渡すが、此処にいるのは今回の出撃メンバーなのだろうか。

 それにしては、引っ掛かる所がある。

 首を傾げている間に、不知火から説明が始まった。

 

「時間がありませんので、端的に説明をさせて頂きます。今回の出撃メンバーは此処にいる通りとなります。不知火に球磨、ポーラ、満潮、卯月。以上五名により、最上との戦いへ臨みます。場所と作戦要綱は現地で説明させて頂きます。それと卯月さん」

「え、はい?」

「今回から、『首輪』が変わります」

 

 首輪が変わる? 

 首輪って言ったら、あの気絶装置が組み込まれた首輪のことか? 

 それが変わるとはどういうことか。

 不思議そうにする卯月に、不知火が近づく。

 

 そして、あっと言う間に新しい首輪を装着させた。

 

「……ぴょん?」

「気絶装置入りの物から、自爆装置入りの物に換装しました」

「自爆」

「はい、自爆です」

「艦娘を一瞬で解体消滅させる、本来の方に?」

「そうです。苦痛を感じる時間は限りなくゼロです」

「なるほど」

 

 うんうんと頷く卯月。

 

「なんで?」

 

 至極当然の疑問が口から出てきた。今までは気絶装置だったのに何故急に自爆装置に変えられないといけないのか。

 しかもよりにもよって自爆装置。

 この瞬間より、不知火の意志一つで卯月は爆死させられるのだ。流石に恐怖が背筋を突き抜ける。

 

「今まで気絶に留めていたのは、卯月さんのD-ABYSS(ディー・アビス)が、不知火達が持つたた一つの貴重なサンプルだったからです。しかし秋月さんを捕縛し、二つ目のサンプルを手に入れた今、そこまでの貴重性はありません。むしろ敵に奪われることの方が懸念されます。なので万一の時、機密保持を実行できるようにさせて頂きます」

 

 そりゃサンプルが大いに越したことはないが、敵に奪われたら元も子もない。

 卯月が死んでも、最悪秋月のシステムを調査すれば事足りる。

 ここに来て前科戦線にとって、卯月を生かす必然性はなくなった。それに伴う処置なのである。

 

「納得いただけましたか。いただけなくても関係ありませんけど」

「いや……別に良いぴょん。死なないように頑張れば良いだけだぴょん。やることは今までと変わらないぴょん」

「理解が早くて助かります」

 

 ということで首輪の換装は完了。後のことは移動した後での説明となる。

 

 此処で卯月は、改めて周囲を見渡した。

 

 やはりおかしい。

 彼女がいない。

 これは何かの間違いではないか。この場に彼女がいないなんて考えられない。

 しかし、不知火たちは何も問題ないように、出撃しようとする。

 

 そこへ、踏み鳴らすような──激しい怒りを感じさせる──足音が奥から聞こえてくる。一気に工廠へ突入してくる。

 目立つ足音に、全員が振り向いた。

 

「……何か御用ですか」

「これは、どういうことですの!?」

「見ての通りこれから出撃です」

「分かっています。どうして、此処に私が呼ばれていないのですか!」

 

 現れたのは熊野だった。

 

 寝間着姿ではなく、いつも通りの制服だ。

 何時呼ばれても良いように準備していたのだろう。

 

 しかし、熊野の言った通り、この場に熊野は全く呼ばれていない。

 卯月が気にしていたのはそこだった。

 あれだけ最上に因縁があるのに、呼ばれていないとはどういうことなのか。

 

 卯月でさえ疑問に感じるのだから、熊野はもっとだ。

 彼女は最上と必ず戦う覚悟で、この数日訓練に励んでいた。

 なのにこの仕打ち。

 因縁も知っている筈なのにこの扱い、頭に血を上されて怒声を上げる。

 

「役に立たないからですが」

 

 不知火はそれを真正面から切り捨てた。

 

「役に、立たない、ですって?」

「まさか自覚がないんですか」

「どこを見れば、そんなことが言えるのですか。彼女のことを一番知っているのは私です。何故出撃させないのです。非効率的ではないですか!」

「感情が制御できていない兵士を出す必要はありません。加えて今の熊野さんは連携を乱しかねない。故に出撃は認めません」

 

 それじゃあんまりだ。因縁を晴らす機会を奪うなんて。そう言いたかったかれど、不知火の発言はどれも正論で、何も反論が浮かばない。

 

「これは命令です、熊野さんが何をおっしゃられようと関係ありません。そしれもう出撃予定時刻ですので、行かさせて頂きます」

「ちょっと不知火! 此処への献金を止めても良いっていうんですの!?」

「その時は熊野さんの『商売』について、然るべき機関を通じて根絶やしにします。では全員出撃です」

「待って! 待ちなさい……待ってください!」

 

 後半はもう、怒声ではなかった。

 縋るような懇願だった。

 それさえも不知火は完全に無視。

 卯月たちは、このまま放置しておいて良いのかと思いながらも、命令は無視できず、不知火の後を航行していく。

 

 かくして、対最上戦の作戦は、まさかの熊野抜きで行われることになるのであった。

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