前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第15話 演習

 なぜこのタイミングなのか分からない。泣きまくったせいで枷が弛んだのかもしれない。埋没してた記憶が浮上してきた、半年前の出来事が唐突に過る。

 

 艤装を装備し海上に立つ。初陣に緊張しながらも心を踊らせる。元気いっぱいにわたしは叫ぶ。

 

「駆逐艦卯月、出撃ぴょん!」

 

 直後、視界が暗転する。

 

 

 

 

 前はここで終わった。しかし今回は()()があった。

 

 なにも見えなかった暗闇に光が差し込む。赤く熱い肌を焼くような閃光を目に浴びる。

 

 そうして開かれた視界は、尽くが真っ赤に染まっていた。

 

 目の前のあらゆる場所から火の手が上がっている。立ち上る黒煙で空は覆い尽くされる。

 執務室のある中央棟だけがなんとか原型をとどめていた。あれがなければ、ここが鎮守府だと分からない。

 

 わたしは一歩踏み出していた。

 足取りがおぼつかず、視界が右往左往と揺れる。夢だからか痛みは感じなかった。

 

 ふと、わたしが下を向いた。

 顔が転がっていた。

 ちぎれ飛んだ仲間の生首だった。苦悶の表情で息絶えていた。

 

 それもすぐ分からなくなる。あっという間に広がる炎に呑まれてしまう。辺り一帯には人の焼ける臭いが充満していた。瓦礫と肉片が混じって奇妙なモザイク模様を描いていた。

 

 死しかない。

 一歩歩く度に、新しい死体を見つける。進むたびに時間が進んで死体が増えているようだ。ありふれてしまった死体はもう印象に残らない。

 

 その時、また光が放たれた。

 顔を上げると目線のさきに()()()が立っていた。

 

 後光のせいでよく見えないが、人の姿に見える。しかし下半身が人ではない。巨大なスカートから直接人が生えているような印象だ。いや、巨大な獣に跨ってるようにも見える。

 

 ()()()がまた、大きな光を放つ。

 視界が潰され、轟音で耳がやられる。全身を大きな衝撃が貫いて、なんにも分からなくなってしまった。

 

 

 *

 

 

 再び目を開けた時、写っていたのは鉄製の武骨な天井だった。

 前科戦線の自室の天井だ。今のは夢だったのだ。同時に卯月は思い出してしまう。大量の生首や千切れたからだ、焼死体の臭いを。

 

「うっ……」

 

 ベッドから跳ね起きた卯月は走ってトイレへ駆け込む。便器へそのまま倒れ込み嘔吐する。

 夢のときは現実味がなかった。しかし起きた瞬間、実感になった。卯月の神経はあの地獄絵図に耐えられなかったのだ。

 

 全身が汗だくになっていた。寝てる間も油汗をそうとう掻いていたらしい。吐きまくったせいで涙や鼻水も出てくる。逆流した胃液に喉を焼かれ、何度も何度もせき込む。とても苦しく、とても辛い。

 

 それでも出す物を出せばある程度は落ち着く。一しきり吐いた卯月は便器にもたれかかったままぐったりしていた。

 

 あれは間違いなくわたしの記憶だ。

 今は忘れているけどわたしが経験し、視た記憶だ。そうでなければこんな実感は覚えない。記憶になくても体が覚えている。だから拒否反応が起きたのだろう。この吐き気もその一環に違いない。

 

 時間はまだ早かった気がする。こんな調子じゃ訓練もできない。やっと便器から立ち上がった卯月はシャワーを浴びることにした。

 

 しかし、あれはなんだったのだろう。

 最後に一瞬移った妙なシルエット。あんな姿の生き物は深海棲艦ぐらいだ。知ってるかもしれないけど、高宮中佐や不知火に話しておこう。

 

 卯月は汗だくのパジャマを脱いでシャワーを浴びる。朝から酷い夢を見た。最悪の目覚めだ。思い出すだけでため息が出る。

 

「朝シャワーなんて、贅沢なご身分ね」

 

 とっても嫌な声が聞こえた。

 とってもとっても嫌な声が聞こえた。ギギギと油が切れたロボットみたいに振り返る。やっぱりというか不機嫌な顔をした満潮が立っていた。

 

「てめーも朝シャワーじゃねーかぴょん」

「わたしは早朝訓練をしてきたの。ダラダラ寝てるアンタとは心構えが違うの、分かる?」

「ほう、寝る子は育つって言葉を知らないぴょん? 無知とは恐ろしいぴょん」

 

 卯月は驚愕する。満潮相手だと流れるように悪口が出てくる。まだまだ続けられる気さえする。しかしそんな体力は残ってない。卯月は諦めて深くため息をつく。

 

「うるさい溜め息ね」

「うるせーぴょん、ひっどい悪夢を見たんだぴょん」

「ああ、だからあんなにうるさかったのね。迷惑だったわ本当に」

 

 こっちが酷い目にあってたってのになんて奴だろうか。気の効く一言でも言って欲しい……いや、言われたら鳥肌が立つ。寒気と吐き気に襲われるであろう。

 

「寝れなかったのかぴょん、それは嬉しいことだぴょん」

「なにそれ、今日の事前工作でもしたつもり?」

「……事前工作? なんの?」

 

 単に嫌味で言っただけなんだが。ポカンとする卯月を見て、満潮もフリーズする。

 

「那珂から聞いてないの?」

「なんの話ぴょん?」

「嘘でしょ……今日わたしとあんたは演習で戦うの、あんたの今の練度を見るために。聞いてないの?」

「え、聞いてないぴょん」

 

 マジで聞いてない。満潮も嫌がらせで発言してる感じではない。となると可能性は一つ。那珂がわたしにだけ演習を伝え忘れていたのだ。

 満潮はわたしが演習に勝つため、あえて睡眠妨害を試みたと勘違いしたのだ。

 

「知ってたらもっと仕込んだのに……」

「ふざけるんじゃないわよ」

「ふざけていませーん、うーちゃん勝つ為には手段を選ばないぴょーん」

 

 わたしは圧倒的に弱いのだ。正々堂々とか戦士らしくとか言ってたら死ぬ。だからあらゆる手段で勝たなければならない。手段はまったくもってどうでもいい。勝てば良いのだ勝てば! 完全に悪役の考え方だけども。

 

「はっそんな小細工ならいくらでもやってみなさい。その程度でわたしは負けやしないわ」

「ほう、言うじゃないかぴょん。そのふざけた髪を焼きドーナツにしてやるぴょん」

「全身バラバラにしてウサギ鍋にしてやるわ」

 

 お互いに良い笑顔であった。この上なくほのぼのとしか牧歌的コミュニケーションであった。

 二人は同じことを思っていた。

 

 殺す! 

 

 もう一度言おう。牧歌的コミュニケーションである。

 

 

 

 

 朝食を済ませからだを慣らし、二人は工廠へ集まった。そこにいた那珂に、演習を伝えなかったことに文句を言っておく。

 

「泣いてるのなだめてたら忘れちゃった!」

 

 てへ。とのことであった。

 これではなにも言えない。となりで「泣いてたのアンタ、ハハハ」と煽る満潮に殺意が沸いてきた。知らない癖に言いやがる。

 

「で、具体的にどんな演習をするのよ」

「シンプルな一対一の演習だよ。砲撃雷撃なんでもあり、轟沈の判断は那珂ちゃんがやりまーす」

 

 まあ、シンプルだな。これぐらいの演習なら神鎮守府でもなんかいかやっている。頭部や心臓といった急所に当たったらだいたい一発で轟沈判定だ。注意しなければ。

 

「ひいきしないでよね」

「ひっどーい! 那珂ちゃんは公平公正なアイドルだよ!」

「そうだぴょん、ひいきするなら満潮にしてくれぴょん。それぐらいのハンデは必要ぴょん」

「あ゛あ゛?」

 

 睨みあう二人を見て那珂は「とっても仲良しだねー!」と言った。

 いや本気でそう思ったのか。二人は顔を見合わせる。那珂の瞳に曇りはない。心の底から仲良しと思ってるみたいだ。

 

「……那珂ちゃんて大丈夫なのかぴょん」

「かなりヤバイって前不知火は言ってたわ」

 

 小声で話す。いよいよ那珂をどう評価すれば良いのか分からなくなっていた。

 でもそんなことはどうでもいい。今は演習のことを考える。如何にして満潮をボコボコにしてギャン泣きさせるかが至上命題だ。

 

 卯月たちは海上に移動し、指定されたポイントで待機する。

 

 地平線の遠くに相手が見える距離だ。

 実際の艦と比べると艦娘も深海棲艦も遥かに小さい。これぐらいの距離でないとまともに当たらないからだ。

 

「演習、スタート!」

 

 那珂の声が聞こえる。

 先手をとったのは意外にも卯月の方だった。

 要因は『軽さ』だ。単装砲と連装砲では前者の方が軽い。それが構えまでの速度に影響した。

 

「死ねぴょん!」

 

 演習というには物騒な言葉と共に砲撃が飛ぶ。しかし狙いは単純だ。満潮は回避しながら主砲を撃ってくる。

 

「そっちが死ね!」

 

 向こうは連装砲。その分攻撃範囲が広い。けれどもまだ距離が遠い。当たるまでに時間がある。まだ余裕をもって回避できる。

 

 最初はお互いに似たやり取りだ。交互に主砲を撃ち合いながら相手の動きを見定めていく。相手を知ることこそ戦いにおいては重要なのだ。

 

「遅い、やっぱり『最弱』ね」

 

 先に見定めたのは満潮の方だった。場数で勝る分早かった。今まで慎重だった砲撃が変わる。畳みかけるように次々に撃ちだしてくる。一気に上がった攻撃密度。それでも卯月はなんとか追従できていた。

 

 那珂の特訓がちゃんと生きている。キツイが昨日より動けるようになっている。急制動や無茶な姿勢をしても動くことができている。あのダンスちゃんと効果あったんだな。卯月は内心そう思っていた。

 

「どーしたどーした、最弱に全然当たってないぴょーん」

「よく喋る奴ほど早死にするって知らないの?」

「知らねぇなそんなの──ぴょんっ!?」

 

 足元が爆発した。雷撃だ。攻撃されていたのだ! 

 ペイントが飛び散り片足が真っ青に染まる。演習でなければもう轟沈していた。いつ発射したというのだ。満潮の姿はずっと見てたのに。

 

「……水柱か?」

 

 それしか考えられない。砲撃でできた水柱に隠れた瞬間に魚雷を撃っていた。だから見えなかったのか? 

 わたしは馬鹿か。ただ漠然と見てるだけでは意味がない。見えないところまで視ないといけないのだ。

 

「気づいたみたいね、でも無駄。それだけでどうこうなると思った大間違いよ!」

 

 満潮からの攻撃が一気に激化する。

 砲撃は絶え間なく降り注ぎ、その全てがわたしの逃げ道を塞ぐように狙っている。回避するにも大幅な動きを強要され、刻一刻と体力を奪われていく。

 

 その弾幕の分水柱も増える。卯月にはその全てに魚雷が潜んでいるように見えた。まだ見破るための観察眼ができていないからだ。

 

 万遍なく警戒を()()()()()()()()。そうなれば見落としも生まれる。警戒網を潜り抜けた雷撃がまた足元に迫って来ていた。

 それでもマシだ。今回は雷撃に気づけたのだから。

 

 砲撃と雷撃、どちらも当たらない場所を探して卯月は方向を変える。あそこしかない──のか? 

 なんであそこが空いている? 

 嫌な予感に駆られた卯月は気づく。安全地帯だと思った場所にも魚雷が放たれていたのだ。

 

「やば……!」

「これでトドメね」

 

 誘導されていた。既にチェックメイトに嵌っていた。ここまで誘導するのが満潮の狙いだったのだ。

 だが諦めはしない。気づけたのなら被害を最小限にだってできる。

 卯月は主砲を構えて飛び込む。狙ったのは()()()()()()だった。

 

「ぴょん!」

 

 判断が遅かったせいで爆発は至近距離で起きた。

 飛び散ったペイントがいくつか体に掛かる。実戦なら破片が刺さったとかそんな感じだ。だが直撃は免れた。

 

「ッチ、殺しそこなった!」

「今度はこっちの番だぴょん!」

 

 このままでは埒が明かない。卯月は主砲を構えて一気に距離を詰めにかかる。懐に飛び込めば魚雷は使えない。そこで勝負に持ち込む寸法だ。

 

 近づけさせまいと満潮も主砲を乱射するが、卯月も見定めていた。回避運動が上手くいくようになっている。仕掛けてくるフェイントもなんとなく分かってきた。

 

 それでも地の実力差がある。発射した砲撃が体を掠めていた。模擬弾と言えども速度が速度だ、激痛は免れない。こんな戦い方は実戦ではできない。だが、今は一発でも満潮に叩き込んでやりたい。

 

「ぜってぇ当ててやるぴょん!」

「うっとおしいのよ、雑魚!」

「雑魚雑魚言うなぴょん!」

 

 距離を取ろうとした満潮に向かって卯月は魚雷を全弾放つ。当てる気はない。元々威力がないから当てる意味がそんなにない。

 これは退路を断つためだ。背後を大きく覆うように撃った魚雷で動きを封じる。それだけが狙いではない。

 

 卯月は主砲で、自分の撃った魚雷を撃ち抜いた。

 当然爆発が起き、大きな水柱が立つ。何発か誘爆したせいでより大きなものとなっていた。退路を断ち、かつ目晦ましの雷撃だ。

 

「これで、どうだぴょんっ!」

 

 その隙を突き、卯月は水柱を突っ切る。

 どこから撃つのか分からないだろう。確実に当てることができる。歓喜に満ちた顔でトリガーを引き、主砲を放つ。

 

 爆発が起きる。その衝撃で水柱が弾ける。

 

 満潮はいなかった。

 

 影も形も──否、影はあった。

 影しかなかった。なら満潮は。卯月は影と光の間を探す。()()()()先に満潮はいた。

 

「度胸だけは認めて上げるわ、でも最弱よアンタは」

 

 真上からの砲撃が脳天に刺さる。

 重力加速も乗った一撃に卯月は海面に叩き潰される。首を大きく揺さぶってしまい激痛が走った。

 

 水柱で逆に、宙に飛んだのだ。

 那珂の『勝負ありー』という声を聞くまでもない。というか意識が飛んで聞こえていない。完全に負けた。

 ちくしょう。そう言い残して卯月は意識を失った。




R3.6.3 訂正
アーケード見て気づきました。
「こいつ一本足じゃなかったのか!?」
というわけで内容を訂正しました、ごめんなさい。
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