前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第150話 事前準備

 夜間、唐突に呼び出された卯月たち。

 それは最上討伐任務への招集だった。

 不知火の命令に従い、一同は真っ暗闇の海へと出撃する。

 

 ぶっちゃけ、秋月程因縁はない。

 敬愛する戦艦水鬼を直接殺した秋月と違い、別に最上にはどうこうされてはいない。

 だが敵だ、そしてD-ABYSS(ディー・アビス)を搭載したサンプルだ。

 意識せずとも気合が入る。

 こいつを捕まえれば泊地水鬼により近づけるのだから。

 

 しかし、そういう気分になる筈だったのだが、卯月たちは全然そういうノリにはなれなかった。

 

 原因は明らか。

 この決戦メンバーの中に、肝心要の熊野がいないからだ。

 

「これで良かったのかしら」

「いや、良かったとは思うぴょん……確かにあのメンタル状態じゃ、何をしでかすか、分かったもんじゃないし」

「そうだけど、でも、因縁の相手なのよ。その決着も許されないなんて」

 

 満潮の感じていることは、そう間違ったものではない。

 どういう内容かは知らないが、因縁があるのなら、その清算をしたいと思うのが自然。

 ましてや、出生からしてあらゆる因縁が付き纏う艦娘なら、尚更な感情だ。

 

「でもうーちゃん的には、黒幕を叩く方が優先だし、脚を引っ張りそうなら来ない方が望ましいぴょん。熊野には悪いけど最上はこのうーちゃんが倒させて貰うぴょん」

 

 最終的に卯月的にはそうなる。

 あくまで自分の事情が優先、他の仲間の事情は、無碍にはしないが二の次になる。

 それに足を引っ張りそうなのも確か。

 満潮も反論はせず、しかし不服そうな顔で唸る。

 

「……卯月さん満潮さん、喋っている暇があったら対潜警戒でもして頂きたいのですが」

「うっ、ごめんだぴょん」

「……了解」

 

 とうとう不知火に突っ込まれてしまった。言われた通り周囲を警戒。既に安全海域は抜けてしまっている。

 ただ、それでも満潮は不服そうな表情を隠せていない。

 

 今回について言えば、この因縁の気持ちが理解できるからだろう。不知火はそう考える。

 

 満潮もまた『最上』という艦娘に対して、関わりを持つ艦だ。

 それがD-ABYSS(ディー・アビス)によって、悍ましい化け物へと仕立て上げられている。

 思わない所が、ない筈がない。

 

 だからこそ、似た境遇の熊野の気持ちが理解できた。

 それを晴らす機会を奪われたことへの、憤りも理解できる──のだが、あの不安定さも理解しており、結果唸ることしかできない。

 

 しかし不知火は、そういった事情を承知で、彼女たちの感情を無視した。

 

「日が昇る前には目的地へ到着しなければなりません。全員速度を上げてください」

 

 満潮は早々感情に流されるタイプではない、余程のことがなければ自分自身を制御できる。

 熊野についても問題はない。

 提督はむしろ、それを承知の上で今回の作戦を組んだ。

 不知火は淡々と、命令通りに任務を遂行するだけだ。

 

 一同は、目的地へ向かって、なるべく見つかりにくい航路を進む。そもそもこんな時間に出撃している。隠密行動がメインなのはハッキリしている。

 だが、目的地へ近付くに連れ、卯月と満潮は困惑し始める。

 

「何処へ向かってんだぴょん……?」

「陸地が見えるんだけど、どうなってんのコレ」

 

 暗闇の向こうにうっすらとだが、陸地が見える。

 つまり、前科戦線から出て、大回りした後、また陸地へ戻ってきたのだ。

 何故か理解不能。

 ただ、他のメンバーはある程度察しているのか、冷静なままである。

 

「ねー球磨、うーちゃん達はどこへ向かってんだぴょん」

「口を閉じるクマ。隠密行動クマ」

「ぴょん……」

 

 着けば分かる、ということだろう。

 どうせ後少しで到着だ。

 卯月は気になる感情をぐっと堪えて、目的地への航路を急ぐ。

 

 やがて卯月たちは、完全に陸地へと接近した。

 

 そこまで近づけば、陸地の様子もハッキリと確認できる。

 

 辿り着いたのは、打ち捨てられて放棄された、鎮守府のような施設だった。

 

「全員上陸。艤装は装備したままで。直ちに作戦の説明を行います。手短にやるので集中してください」

 

 指示に従い鎮守府のような廃墟へ上陸。

 かつては、陸上基地もあったのだろうか。大型の滑走路が見えるが、どれも空爆による穴ぼこだらけ。

 工廠や、本庁舎と見られる建物もあるが、どれも崩れていたり焼けていたりと、廃墟とした言いようのない様子。

 

「ここは?」

「見ての通り、破棄された元鎮守府です。昔深海棲艦の上陸を受け、迎撃自体は成功したのですが、大量の呪いによって汚染されてしまい、最近漸く立ち入れるようになったんです」

 

 そんな状態では復旧もできず、建物等も壊されたまま放棄するしかなかった。

 言われてみれば確かに、結構な量の埃が積もっている。

 建物の中はもっと酷い筈、きっと汚い、余り入りたいとは思えない。

 

「それで、球磨たちは何をすればいいんだクマ」

「必要な物資は内密に運び込みました。ですが、配置するだけの人員は割けなかったので、これをお願いします」

「これを、基地内に、ですか~?」

 

 基地の端っこに置かれた大量の荷物。

 卯月はそれを見てギョッとする。

 その中身は大量の爆薬だったのだ。

 少なく見積もっても、建物一つは確実に木端微塵にできそうだ。

 

「こんなに用意して何に使うのよ。深海棲艦には効かないわよ」

「あ、それもそうだぴょん」

「仰る通り。攻撃目的では使用できません」

 

 仮にこれが、艦娘の武装から抽出した物だったとしても、深海棲艦への武器には成りえない。

 あくまで、艦娘が使ってこそ艤装は艤装足りえる。

 一時的に遠隔で使うならまだしも、完全に切り離してしまったら、もう別物だ。

 

「ですが、罠としては使えます」

 

 そう言って不知火は、爆薬配置の見取り図を全員に見せる。

 作戦内容は割とシンプル。

 まず──邪魔な取り巻き、確実に要るであろう周囲の顔無しを始末する為、飽和攻撃を行う。その為には動きを封じなければならない。

 

 だから、()()()()()()()()()()ことが目的だった。

 

「基地そのものを崩壊させ、無数の瓦礫の中に顔無しや最上を封じ込めます。身を隠せる遮蔽物がなくなった状態に加え、爆炎で視界不良になります。一気に面制圧をかけ顔無しを排除。その後孤立した最上を撃破。これが理想的な流れです」

「基地丸ごと囮って、そんなのアリかぴょん」

「……まあ考えようによっては、有効活用だクマ。元から取り壊す予定だったんだし。だけど、どうやっておびき出すクマ」

 

 確かにそうだった。

 この暗闇だ、明かりとかをつけておけば、多少は誤魔化せるだろうけど、そもそもどうやって此処に呼ぶのか。

 最上の現在位置さえ不明なのに、どう作戦を遂行すれば良いのか。

 当然、不知火たちはそこも手段を用意していた。

 

「この作戦は、夜の内に済ませなければなりません。昼になれば明るくなり、この基地がダミーだと露呈します」

「……それで?」

「既に、最上はこちらへ向かっているでしょう」

 

 そう言って不知火は、ある物を取り出した。

 

「なにそれ

「発信機です」

「……え?」

「秋月さんの艤装内部に隠されていた物です。これを利用させて頂きます」

 

 秋月の艤装内部から無理矢理取り出し、海底に埋めていたあの発信機である。

 ある程度解析が終わった時点で、この発信機を利用することは決まっていたのだ。

 そう使われていることに気づかれないよう、電波障害や機械の不調に見せかける偽装工作を行いながら、今日まで取っておいたのだ。

 

 それは今、何の妨害も受けずに、野ざらしになっている。

 

 位置情報を示す電波は自由に発信されている。

 

 この事実を認識した時、全員の顔が強張った。最上が既にこちらへ接近していることに他ならない。

 

「最上は、あと、どれぐらいで来るんだぴょん」

「先ほど此処にくるまでに周囲を警戒して、最上の痕跡はありませんでした。今すぐには来ないでしょうが……何時来てもおかしくないですね」

「……作業を急ぐクマ!」

「ちくしょうだっぴょん!」

 

 スピード重視の作業だ、それは確かだ、でもこんなケツの蹴り上げ方はないだろう。そう嘆いても時間は待ってくれない。

 卯月たちは(不知火も含めて)覆慌てで罠となる爆薬や、偽装工作の配置作業を急いだ。

 事前準備ができれば良かったのだが、やっぱり此処でも内通者の存在が足を引っ張る。そちらも早急に対処しなければならない。

 

 

 *

 

 

 なぜ、こうなってしまったのだろうか。

 一人取り残された熊野。

 彼女は埠頭で一人、うずまっていた。

 

 涙は流していない。

 ただ、絶望だけがあった。

 最上討伐に参加できなかったことで、熊野は最後に残された生きがいさえ奪われた。

 

 このまま自殺したとしても、何ら後悔はない。

 

 今の熊野はそう思っていた。

 

 そこまで思いつめる理由は──誰にも語っていない。

 一切語るつもりもない。

 これは私自身も問題だから。

 そうやって抱え込んだ果てがこの結果だ、もう自嘲するしかない。

 

 けれども、それでも、安易に語りたくなかった。同情されることさえ嫌悪した。最上、もとい鈴谷と熊野の関係は、彼女にとっての『聖域』なのだ。

 

「……わたくしは、どうすれば良いのでしょうか」

 

 何を今すべきは分からない。

 自殺しても良いが、流石に決着がついてもいないのに、一人逃げるのは憚られる。そういう訳で現在進行形で生き恥をさらしていた。

 

 何が悪かったのだろうか。

 

 今更意味のないことを、熊野は考えずにはいられない。

 

 そして、そんな彼女を流石に放置しておけない人がいた。ひっそりと近づき、驚かさないよう気を使いながら声をかける。

 

「どうしたの、そんな所じゃ、風邪引いちゃうよ?」

 

 那珂はホットミルクの入ったコップを二つ持ってきた。

 

「心配で、戻るつもりがないのなら、せめてこれ飲もうよ。冷えはお肌の天敵だよ」

「……今更、わたくし、美容を気にするつもりはありません」

「駄目だよー、女の子は、死ぬまで女の子なんだから。折角綺麗なのに、気を使わなくてどうするの! はい入れたんだから飲むの!」

 

 力強くで押し付けられてしまった。

 別に断るつもりはない、親切を突っぱねる程、ヘソを曲げてはいなかったのだが。

 まあそれはそれとして、貰ったホットミルクに口をつける。

 

「良い夜だねぇー、熊野ちゃんもそう思うでしょ!」

「それは川内の口癖では……それより周辺の警戒は、しなくて宜しいので?」

「電探とソナーは今も起動させているから大丈夫。というか、それを言ったら、熊野ちゃんだって警戒任務どうしたの?」

 

 墓穴を掘ってしまった。言い淀む熊野。

 

「……わたくしは」

「あー、分かった。気乗りしないからサボってるんでしょー」

 

 熊野は黙り込む。全く持ってその通りだった。本当は出撃したかったのにできず、余りに納得できないから、ボイコットしていた。

 言われたことで、熊野は更に落ち込む。

 散々大人な態度をとってきた自分が、こんな感情さえ制御できないのかと、自己嫌悪に陥っていた。

 

「うん、分かる分かる! 自分のキャラと違う仕事を押し付けられたら誰だって嫌だもんね。下積みじゃ文句は言えないけど、今の那珂ちゃんは自分のキャラをアピールしなくちゃいけないんだし、そんな時にイメージダウンしそうな仕事はちょっと、て思っちゃうよね! でもー、でもねー、あんまり断ってるとそれはそれで皆からの信頼を失っちゃうし按配って難しいよね……」

 

 一体何時誰がアイドルの話をしたのだろうか。

 その疑問は即刻捨て去る。

 那珂のこの話に正面から取り合っていたら、正気がどれだけあっても足りやしない。

 

「あ、ごめん。話逸れてた?」

「かなり。アイドル談義なら別の方にして頂けますか。生憎そういう気分ではありませんので……わたくしは、失礼させて頂きます」

 

 正直なところ、誰かと一緒にいるのも嫌だった。見つかったからには仕方がないと、その場から立ち去ろうとする。

 その背中へ、那珂は声をかける。

 

「本当に、良い夜だよ。那珂ちゃんのステージにはピッタリ」

 

 知らないのは卯月だけだった。

 

 しかし、最初に何とかしようとしたのは、熊野だった。那珂の『前科』に関わるその言葉を聞いた彼女は、脚を止める。

 

「此処じゃアイドルなんて、不可能だって思ってた。死にたいとさえ思ってたよ。でも、前科戦線もアイドルできるって証明してくれたこと。わたしは忘れていないよ」

「……何が言いたいんですの」

「もっと、やりたいようにやろうよ。どうせ皆前科持ちなんだから、好きなようにして、前科が一個ぐらい増えたって誰も気にしない。お礼もしたいから……やるなら、那珂ちゃんもサポート頑張るからね!」

 

 言いたいことは言い切った。

 那珂もその場から立ち上がり、警戒任務があるからと立ち去っていった。

 一人残された熊野は、那珂が眺めた海を見つめる。

 

 確かに、彼女の言う通り、普段以上にキレイな夜が広がっていた。

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