前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第152話 最上改二壊②

 とうとう始まった前科戦線と最上との戦いは、正に一進一退を成していた。

 飛び交う砲弾に吹き荒れる爆炎は、夜の海を煌々と照らしていく。

 その最前線で戦う卯月と満潮は、最上の滅茶苦茶な戦闘能力によって、少しずつ追い詰められていた。

 

「チッ……卯月! 何チンタラしてんの! その瑞雲をさっさと排除しなさいよ!」

「キーキー五月蠅い! やれるならとっくにやってるぴょん!」

「言い訳は聞きたくないわ!」

 

 最たる原因は、やはり異次元の挙動をする瑞雲だ。

 排除しようと試みたものの、あっと言う間に取り囲まれてしまった。しかもドローンみたいな動きをするせいで、対空攻撃も簡単に当たらない。

 もう、防空どころの話ではない、自分の身を守るので精一杯。

 結果満潮の援護もできなくなっているのが、不利になっている原因だった。

 

「仲間同士で言い争いだなんて。僕は悲しいよ。そりゃ敵だけどさ……仲間同士でいがみ合って良いなんてこと、ある筈ないのに!」

 

 言っていることはまとも。

 だが言っている人がまともじゃない。

 秋月を狂った理論で、それこそ精神崩壊を起こすような次元で痛めつけた輩が言って良い台詞ではなかった。

 満潮は怒りを顕にして、攻撃を試みる。

 

「卯月のバックアップがなくたって、こんなヤツ!」

 

 苦戦しかしていないが、最上の動きは何となく分かってきた。秋月のように、接近さえままならないという訳ではない。

 加速し、距離を詰める満潮。

 対する最上は徹底して接近を拒絶し、遠距離を保とうとする。

 

「おっと、来ないで欲しいな!」

 

 折角砲弾があるのに、使わない理由はない。

 最上は矢継ぎ早に主砲を放つ、どれも狙いは正確だ、回避しても回避する先に攻撃が置かれている。

 どれも大ぶりな回避が強要される、そうして生じた隙を、海中の甲標的や空爆で仕留めるつもりだ。

 

「狙いが雑なのよ!」

 

 そこで、熊野との訓練が活きた。

 確かに狙いは正確だ。

 しかし、ち密な計算によるものではない。

 高度な『直感』によるものだ。

 事前情報の通り、理屈云々より本能で戦うタイプ。だからこそ、隙間がないような攻撃でも、僅かな空白が生まれる。

 

「訓練通り……こんな攻撃なら、幾らでもやりようはある!」

 

 満潮は主砲を構え、真正面から走り抜けていく。

 出し惜しみなしの全力疾走、彼女の狙いもまた正確、僅かな隙間を抜け、砲弾を弾き飛ばしながら一気に進む。

 予想外の動きに、不意を突かれた最上は硬直する。

 

「早い!? この砲弾の中を一気に!」

「熊野はいない。代わりに、私が引導を渡してやるわ。その首を寄越しなさい!」

「物騒なこと言わないでよ。満潮らしくもない!」

 

 だが、その至近距離こそが、最上最大の猛威となる。

 

「よしじゃあ僕は顔を捥いであげるよ!」

 

 判断が早い。主砲を下ろし、フリーになったカギ爪が振るわれる。不意を突かれたのに対応が早く、逆に満潮が不意を突かれる形になってしまう。

 回避を取る暇もなく、最上の指先が頬に引っ掛かる。顔の皮が剥がれかける感覚に鳥肌が立つ。

 

 だが怯まない。満潮は腰だめのまま、早打ちの姿勢を持って主砲を構えた。

 

 最上は、『バカなヤツ』だと思った。

 このまま撃てば、砲撃は確かに、自分の脇腹に直撃する。

 しかしD-ABYSS(ディー・アビス)で強化された身体には、大した効果はない。

 結局顔面を剥がされて殺されて終わりだ。

 

 主砲の砲塔に、妖精さんがちょこんと乗っているのが見えなければ。

 

「ッまさか!?」

「……隙を見せたわね!」

「うっ!」

 

 最上が思い浮かべたのは、前回の戦いで秋月に撃ち込まれた妖精さん入りの砲弾。艤装内部に潜りこんで破壊工作を行う特殊弾頭。

 そこの妖精さんは、見たことのない恰好をしている。

 

 まさか、これがそれなのではないか。

 

 だとしたら、撃たれるのは不味い。

 此処で満潮を始末できたとしても、その後の戦いでとても不利になってしまう。

 どうすべきか悩んでしまった一瞬、それは大きな隙となってしまった。

 

「なんてね、驚きはしたけどさぁ!」

 

 だが、それでも最上の方が早い。

 満潮の主砲目がけて、自分自身の主砲を投げ飛ばし、そのまま顔面を抉り飛ばしにかかる。

 隙が隙でなくなってしまったことで、満潮は止むを得ず、主砲を撃ちながら、反動で一気に後方へ離脱する。

 

 最上が主砲を投げたのは牽制の為ではない。確かめる為だった。

 

 満潮の砲弾が直撃して、ダメージを受けた主砲だが、何か構造的な異常は発生していなかった。それを見て最上はほくそ笑む。

 

「やっぱり、さっきのは思わせってやつだったんだね」

 

 もしこれが妖精さん入りの砲弾だったら、内部工作により何らかの異常が発生していた。

 だがそれが起きていない。

 つまり満潮のは只の主砲、工作員入りのと思わせ、無駄な警戒をさせるという作戦だったのだ。

 

 作戦を見破られた満潮は、不意に走った痛みに動きを止める。

 頬を手で擦ると、ベッタリと血が付着していた。

 攻撃は顔面を掠めていた、顔の皮が一部捲られていた。顔の皮を剥がされるという、今まで感じたことのない痛みだ。

 

 この動きを止めた一瞬を最上は見逃さない。

 

「どちらにせよ、もう満潮はさようならだね」

 

 このやり取りの間、ずっとタイミングを伺っている兵器があった。

 背後から、最上の甲標的が接近していた。

 音も立てずに移動するそれは、既に魚雷の照準を満潮に定めている。そして痛みに動きを止めた瞬間、魚雷を発射していた。

 普通では行われない至近距離からの発射、着弾までは数秒もない、が、満潮は呆れたような表情を浮かべた。

 

「どの口でそんなことが言えるの。慢心って言うのよ、それは」

 

 甲標的が、命を狙っているのは分かっていた。

 機動力を高めた潜水艦のようなもの、こいつらがいてはまともな戦いは不可能。

 だからまず、甲標的を始末できるタイミングを狙っていたのである。

 背中を取り、発射の為動きを止めた今こそ、待ち続けたチャンスであった。

 

 見えなくとも、大体の場所さえ分かれば対処はできる。満潮は無造作に、持ってきていた爆雷を、背中の方へ投擲した。

 

「海の藻屑となりなさいな!」

 

 攻撃を受け、甲標的は急遽動こうとする、本来ならもう間に合わない──だが相手はシステムにより強化されている。

 逃走可能な速度を叩きだすかもしれない。

 その予想は合っていた、甲標的は一気に加速し、爆雷の投下地点から逃げ出す。

 

「残念でした! せっかく顔に傷をつけてまで始末しようとしたのに。でもこういうのが実力差って言うんだよね。努力や小細工云々じゃどうにもならない。これで分かったかな僕と君とじゃ全然違うことが」

「アンタ何言ってんの。始末はもう確実よ」

「え?」

 

 甲標的は加速した、逃げるために全力で。

 そうなれば、元々の隠密性はどうやっても低下する。激しい音が発せられてしまう。

 此処には、その音を正確に探知できる艦娘がいた。

 

 爆雷の炎を突き破り、人影が現れる。

 

「呼ばれてないけどうーちゃんの出番だぴょん死ねー!」

「卯月だって!? そんな瑞雲はどうなって……うわぁ全部残骸になってるし!?」

「デュワハハハハ! この程度は容易いぴょん!」

 

 簡単な話だった、今まで卯月を妨害していた瑞雲は、全て始末されていた。いや、瑞雲と戦っていたこと自体が一種の囮。

 最初から、こうやって甲標的を破壊する為の準備だったのである。

 

 場所を特定されてしまえば、もう逃げることはできない。

 ジャンプして飛び込んで来た卯月は、ダッシュの勢いも加え、狙った場所へ加速をかけて爆雷を投げ込んだ。

 

 瑞雲とは違い、甲標的は急な方向転換はできない。進路上に投げ込まれた爆雷が直撃。水面にはその爆発を告げる水しぶきが上がる。

 

「甲標的がやられちゃった! 酷い! 僕の大切な仲間だったのに! しょうがない二個目の甲標的には頑張ってもらおうか」

「よくもまあ、ここまで腐れ果てた言葉が、口から飛び出してくるぴょん!」

 

 最上はすぐに二個目を投入しようとするが、砲弾とは違い、すぐに発艦できるものではない。僅かながら時間がかかる。

 視界に収まっている内にはそんなこと許さない。

 卯月と満潮は、展開され、潜航しようとする甲標的に砲撃を叩き込み、それを破壊した。

 

「あー……ダメかぁ、流石にこれは時間かかるなぁ」

 

 水面に下ろすのも、爆雷を投げるように飛ばす訳にはいかない。

 集中しなければいけない作業故に、飛行甲板を盾に攻撃を受け止めながら作業、というのは困難。

 そんな作業してたら、今のようにやってる間に破壊される。

 最上は唐突にキレた。

 

「使えない、使えないなぁ! 何てゴミだよこの甲標的って奴は。パッと展開できなんじゃ何の意味もないじゃないか! よくも僕に鉄屑なんて持たせたな、許さないぞ! でも主様には怒れないな。じゃあ君達今すぐ死んでね!」

「どんな理論よ!」

「話すだけ無駄だぴょん」

 

 狂人とまともに話そうとする方が間違いである。最初から取り合う気はない。しかしこんなのを眺めているのも不愉快極まる。さっさと死ねと言わんばかりに主砲を乱射。

 

「今度こそ沈めて上げるよ! しょうがないけど全力だ!」

 

 卯月の突っ込みにも腹が立ったのか、最上は再び瑞雲を展開し、卯月を沈めようとする。

 数が先ほどとは段違い、パッと見黒い塊にしか見えない程の物量、しかも不規則な軌道を画き、一気に取り囲もうとする。

 迎撃もクソもない、物力に押されてお終い。

 そうなる筈だと、最上は思っていた。

 

「あー、あー、やっぱりお前はおバカさんだぴょん……なーんでうーちゃんが、瑞雲の処理に時間をかけてたのか、何にも分かってないぴょん」

 

 そうほくそ笑んだ卯月が、主砲を全身の機銃を突き上げる。

 

 そして一斉射──そのどれもが、飛び交う不規則な瑞雲を、正確に撃ち抜いていた。

 

「僕の瑞雲が!」

「ぴょーっぴょっぴょっぴょ! 不規則つったって、所詮は人のやること! 必ず法則は存在する。それを見破れば、速度はない水上機なんて的同然だぴょん!」

 

 汚い高笑いに隣の満潮はちょっと引き気味。

 そんなことは気にせず、卯月は次々と瑞雲を叩き落としていく。

 無論、事前に熊野を筆頭に、対最上戦の訓練をしていたからできたこと。卯月は培われた力を存分に振るっていた。

 

 だが、状況が好転したとは言い難い。

 

「……でも良いのかな。僕だけに構ってて。あっちは大分大変そうだけど?」

 

 最上の指さす方向では、球磨たちが無数の深海棲艦相手に戦いを繰り広げていた。

 一人一人は一騎当千、しかし戦争は何時の時代も『数』、前科戦線側は圧倒的に不利な状況だ。

 

 もっとも、多過ぎる戦力が仇となり、フレンドリーファイアも多発中。

 数に見合った力を発揮しているとは言い難いが、それでも苦戦は免れない。既に被弾もしてしまっており、小破している者もいた。

 

「いやどうでも良いぴょん。あっちはあっちでどうにかするぴょん」

「そう、数を抑えている間に、僕を仕留めるって訳かぁ。妥当な方法だけど、それは不可能なのさ……そら、見て見なよ!」

 

 球磨たちが交戦している所より、遥か後方を見る。

 

「げっ、これは、ちょっと!?」

 

 卯月は聴覚で、満潮はレーダーでそれに気づく。

 

「うん、増援だよ。顔無しの」

 

 とんでもない数の深海棲艦だった。故にこれで全部かと勘違いをした。

 信じがたいことに、最上は()()()()()()()()()()()()

 やがて、交戦している最中の球磨たちも、増援に気づき、絶句する。

 

「まだ出てくるのかクマー!?」

「あ、うん、ポーラもうダメです。帰って良いですか~?」

「どうぞ。この状況で帰れるものなら」

 

 それでも撤退という選択肢は存在しない。この後ろには彼女たちの基地がある、防衛しなければならないからだ。

 必死なその姿が愉快過ぎて、最上は狂った笑い声を上げる。

 

「あはははは! 護るモノがあるって、どうしてこう弱いんだろうね!」

「……あ゛?」

「艦娘とかいっぱい沈めたけど、どいつもこいつも、仲間を庇って沈んだり、逃がそうとして首が飛んだり、気にかけている間に内蔵が引っこ抜かれたり! 本当に意味不明だね、いや僕も昔はそうだったけど……ああでも、やっぱりおかしいや!」

 

 今更ながら、当たり前ながら、今の発言で一つの事実が確定する。

 最上も、卯月や秋月と同類だ。

 D-ABYSS(ディー・アビス)で狂わされた被害者で間違いない。

 膨大なエネルギーによって、そういう価値観に捻じ曲げられてしまったのだ。

 

 その事実に満潮は、更に怒りを募らせる。よりにもよって最上がその犠牲になっていることが気にくわない。

 恐らくは卯月も似た感情──と満潮は思った。

 間違ってはいなかった、だが、正解でもなかった。

 

「お前、今、卯月を侮辱したな」

「えっ」

 

 一体どういう解釈が脳内で行われたのか、満潮には知る由もない。あるのは純然足る結果のみ。

 

D-ABYSS(ディー・アビス)、解放。死ね最上」

 

 卯月は激昂していた。一瞬で完全なる殺意へと至る程に。

 

 そして強化された回し蹴りが、最上の脇腹へと叩き込まれていた。

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