艦娘に人権はあるのか、どう扱うべきか?
それは大本営どころか、どの世界でも未だ結論の出ていない難解な課題であった。
人として認めれば、幼子を戦場へ送り出していることになる。
何の試験、テストも受けていない人を、兵士として徴兵していることになる。
逆に人ではないとすれば、非人道的扱いが更に横行することになる。
大本営からしても、それだけは決してあってはならないこと。
『敬意』に欠ける、極めて危険な行為となる。
だから今だに答えが出ていない、
前置きはここまで。
何が言いたいのかというのと、その曖昧さ故に、艦娘の扱いは鎮守府によって大分異なるということだ。
流石に看破できないほど非人道的扱いは別として、娯楽をどの程度許すのか、外出は、給与体系は――その辺りも、提督次第で幾らでもできるようになっている。
これはある種の実験でもある。
どういった扱いが最も望ましいのか。
無数のサンプルを通じ、大本営はそれを確かめようとしているのである。
様々な鎮守府の内、給与が一切支給されない場所があった。
そこが、熊野が最初に所属していた鎮守府であった。
ただ誤解しないで欲しいのは、だからといって非人道的扱いをする基地ではないということ。
給与がない代わりに、無料で使えるサービスがとても充実していた。
前科戦線のように必死で戦わなければ、娯楽用の交換券が手に入らないことはない。
予算内、という限度こそあれど、前科戦線以上に娯楽はあった。
食堂で色々な物は食べられる、某軽空母が切り盛りする居酒屋もあるし酒保もある。
少なくとも、一般的に考えられるような、人間らしい生活は不自由なく送ることが可能だった。
しかし、だからこそ、熊野はそれが気に入らなかった。
『何故、現金でないのでしょうか――』
熊野にはそれが理解できなかった。
今の生活に不満があるからではない、むしろ問題は、
もし仮に、この戦争が終わったとしよう。
その時、私たちの生活はどうなるのか?
熊野は、無条件に幸福な暮らしが保障されるとは、思えなかった。
むしろ、平和な世の中には不要な存在として、様々な方法を持ってこの世から排除される可能性の方が高いと見込んでいた。
人知れず殺されるか、もしくは、気づかれないよう安楽死させられて、大層豪勢なモニュメントでも建築するか。
どちらにしても、わたしは消えていなくなるだろう。
そして、そうならなかった場合でも、まともに暮らせるとは思えなかった。
『戦闘兵器でしかないわたくし達が、どう世間に馴染めというのでしょうか――』
前職艦娘、学歴皆無、一般常識は軍人基準。
こんなのでどう世間に馴染めというのか。
戦後直後な上、機密情報の塊、一生分の生活費も、護衛の予算も出せる筈がない。
社会に馴染むサポートはあろうだろうが、限界はある。
では頼りになるのは何であろうか?
即ち、金である。
万能ではないが、使い道は非常に多い。
金があれば、選べる選択肢はとても多くなる。
今必要なのではない、今後、もし戦争が終わった時、金は絶対に必要になる。
だが、熊野のその考えに取り合う人は誰もいなかった。
この戦いが終われば報われるだろうと――無料で何でもできる生活環境だからか――思っている、楽観主義者が大半を占めていた。
熊野自身、それで構わないと思っていた。
理解して貰おうとなんて思っていない、自分は自分で、色々な手段を使って、今の内から少しずつでも溜めて行けばいい。
それに幸いと言うべきか、一人だけだが理解者はいてくれる。
『鈴谷』がいてくれるから、少しだけ安心できたのだ。
あの日までは。
*
爆炎に包まれ、轟音が切れ目なく響き続ける。大量の煙幕だけでは済まされない。舞い上がった塵が触媒となり、粉塵爆発まで連発。火災は止まらず、夜の海はあっと言う間に炎に包まれる。
その中で卯月はザマ―見ろとゲラゲラ笑っていた。
「燃えろ燃えろー!魂諸共消し炭になってしまえー!」
「……そうね、あれは炎で浄化されるべきだわ」
「そうだなじゃあ満潮もダイブしてくるぴょん。腐った性根を焼却処分して来いぴょん」
「アンタの命を先にくべて上げましょうか」
としょうもない言い争いを繰り広げながらも、敵のいる場所目がけて砲撃を延々と叩き込む。
深海棲艦は艦娘の攻撃でしか殺せない。
今起きている爆発は、ただ敵の動きを制限する以上の役割を持たない。
瓦礫に埋もれ、炎で酸欠となり、煙で視界を封じられている間に、殺せるだけ殺し尽さねばならない。
基地内に残っていた墳進砲も使って、徹底的に敵の侵入エリアを焼き払い続ける。
「ここまで撃っててなんだけど、最上、死んでないわよね」
「大丈夫だと思うけど。再生能力もあるし、多分生きてるぴょん。死んでたら……まあ気にすることはないぴょん!」
「任務失敗だってのに、よくそんなこと言えるわね」
どう言われようが知ったことではない。
最上は嫌いである、敵でしかない、ならば死ぬべし。
実際の所、まず死んでいない。
この程度で殺せるのであれば、誰も苦労していないのだ。
その証拠を表すように、突然、衝撃波と共に炎が吹き飛ばされた。
「―—っ今のは、やっぱり」
「だと思ったぴょん」
風圧と共に、無数の死骸が宙を舞う。クレーターの中央に立っていたのは、当然最上であった。
「痛い、かな」
あれだけの集中砲火を叩き込まれたにも関わらず、小破程度の傷しかついていない。それどころか話している間に火傷も出血も治癒していく。
「そっか、この基地自体が罠だったんだ。うん、僕が迂闊だったよ」
話終わるころには、完全に治癒。掠り傷一つない状態に逆戻りだ。
それでも、イロハ級や顔無しは相当排除できた。
追加の増援さえ来なければ、最上だけを相手どれば良い状態に持っていくことができた。
「怒ったよ僕は」
「へー、今までは本気じゃなかったって?敵の戦力もまともに判断できないとは、およよ……システムの洗脳がこんな所まで響いているとは、うーちゃんは驚愕だぴょん」
「それ君も同じじゃないか」
「誰が阿呆だってオ゛オ゛ン!?」
「何だって良いよ。卯月、君は本当にイライラする奴だね!」
最上は笑顔だった。とても良い満面の笑み。しかし笑みとは本来攻撃的なもの、そこに親しみは一切感じられない。
そして、卯月は最上の本気を――厳密に言えば艦種の差を――痛感する羽目になる。
「満潮、あいつ突っ込んでくるぴょん!」
「言わなくても分かるわよそんなこと!砲撃するわ、合わせて!」
「命令するな!」
クラウチングスタートめいた姿勢を取る最上、最大船速で突撃してくるつもりだ。
だが直進と分かっているなら、対処は容易い。
進行方法へ、迂回して回避する先へ、予め砲撃を置いておくだけで良い。
当たっても再生されるが、流石に無尽蔵に自己修復できるとは考えにくい。無駄な被弾は避ける筈だ。
卯月の砲撃では、掠り傷にもならないが、今は
最後に、ダメ押しで雷撃をばら撒いておけばヨシ。
再生能力頼りで突撃してきたら、それで逆に大ダメージを負わせられる。
しかしこの見込みは、甘かったと言わざるを得ない。
「じゃあ行くよ」
最上は地面を力強く踏み込み、加速した。
そして砲弾に真正面からぶつかっていき――砲弾が砕け散った。
「!?」
艤装部分を当てた訳ではない、撃ち落としてもいない。
間違いなく生身の部分でぶち当たりに行き、逆に砲弾を破壊したのである。
普通より強化されている卯月の砲弾でさえ簡単に破壊されてしまう、ばら撒いておいた雷撃にも被弾するが、一切ダメージはなし。
再生どうこう以前に、全く攻撃が通っていなかった。
「じゃあさようなら」
戸惑っている間に、最上は既に卯月たちの目の前に接近していた。
そして、突進の勢いを残して爪を振るう。顔の皮がはげる処ではない、上半身諸共消し飛ばされる。
迫る死の予感、卯月は殺意を巡らせる。
身体を逸らしての回避は、間に合わない。できたとしても、姿勢が崩れた瞬間を次が襲う。
選べる選択肢は多くない。
人を殺すために最適化された思考は、速やかに最適解を叩きだす。
危険な方法だが最も確実、それを躊躇なく実行へと移す。
「クソッ……!」
すぐさま使用できる、取り回しの良い武器は、ナイフだけ。その腹の部分で、一瞬だけ凶爪を受け止める。
修復誘発材に接触した爪が、僅かに融解し、速度が落ちる。
その一瞬で、卯月は攻撃の勢いを受け流した。
「おおっと!?上手いね、でも、無事じゃないみたいだね!」
「一々言わなくても良いぴょん」
「言うさ!弱い子がボロボロになっていくのは愉しいからね!」
何とか受け流す事は成功した、だが、完全にはできなかった。殺し切れなかった衝撃により、利き腕の骨に亀裂が走ってしまった。
痛みは無視できる、戦闘に邪魔なのであれば、殺意の元、意識から外すことはできる。
それでも、取り回しに支障が出るだろう。
だからこそ、これ以上危険に陥る前に、最上を無力化しなくてはならない。
「今度は、こっちの番だぴょん」
突進を受け流されたせいで、最上は姿勢を崩している。言うまでもなく最大のチャンス。満潮も見逃してはいない。
艤装等で防がれず、確実にダメージを通せる場所。
そこへ、二人分の攻撃を重ねがけすれば、どうにかなる。なってくれなければ困る。半ば縋るように、同時に砲撃を放つ。
狙う場所は、首筋だ。
「うぐぅっ!?」
「―—命中!」
「畳みかけるぴょん!」
背中はダメ、艤装で防がれる。
頭部もダメ、頭蓋骨はかなり頑丈。
手足はダメージを通せても、再生されるから意味がない。
だからこそ首だ、上手くいけば、そのまま意識を落とせるかもしれない。
下手をすれば、首ごと爆散しかねない危険な攻撃だが、構っていられない。砲撃や魚雷を正面突破された時点で、そういう情けはなくなっていた。
秋月以上に、手加減して勝てる相手ではなかった。
正確な砲撃が、首筋へ集中する。
最上は確かに呻き声を上げていた、ダメージを負っている証拠だ。このまま一気に畳みかけなければならない。
「あー、もう、本当に痛くて、ヤだなぁ!」
だが、それも最上は、艦種の差だけで正面突破してしまった。
飛行甲板の一振りで煙幕を全て吹き飛ばす、首筋にダメージはあった、肉は抉れ骨が剥き出しになっていた。
しかし、それだけだった。
瞬く間に再生が行われ、苦労して抉った傷は修復される。
「冗談かぴょん!?」
足を止めて、一切ズレなく集中砲火を浴びせてもダメだった。技術とか、そういう問題ではなかった。
「だからさぁ、格というかね、艦種が違うんだよ!」
最悪だが最上の言う通り。
駆逐艦と、改装型航空巡洋艦。
どちらの方が、より伸びるかは明白だ。
「所詮、チマチマと燃料とか運んだり、肉盾になるしか能がない駆逐艦!そんな連中が、僕に勝てると思ってただなんて……ウシシシッ、あー、愚かだなぁ、バカだなぁ、救いようがなくて、本当に!笑えてくるなぁ!」
強さに驕り、下衆としか言いようがない性根に貶められた、かつての仲間を見て、そんな奴に勝てない自分に満潮は心の底から苛立ちを覚える。
卯月は、更なる侮辱に殺意を噴き出しながら、どうすべきか思考を巡らせる。
攻撃が、全て通じない。
「必死で考えてるんだね、僕を倒す方法を。でもダメ、僕は怒り心頭なんだ。イロハ級が一杯殺されちゃったから、僕怒られること確定してるのさ。何でだろうね、勿論君達のせいだね?よし、責任を取って死ね」
そう言ってから。最上の行動は早かった。
さっきのアレでさえ、まだ手を抜いていたのだと卯月は痛感する。
だって、もう、最上の爪が、首元に食い込んで――
「わっ!?」
とても絶妙な角度で、どこからか砲撃が撃ち込まれた。
それが最上の手を弾き飛ばしたのだ。
最上どころか、卯月も驚愕、二人は揃って、撃ち込まれた方向を見る。
そこに立っていたのは、此処にいない筈の人だった。
「熊野……!?」
「お久しぶりですわね、鈴谷。今から殺しますのでお覚悟ください」
卯月とはベクトルが違えど、その形は同じ。訓練の時は見せなかった、静かな殺意を燃やしながら、熊野が乱入した。