前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第155話 最上改二壊⑤

 ある出撃の日、とある不幸が熊野を襲った。

 大規模作戦の最中、敵の不意打ちを受け、致命傷を負ってしまった上、帰投が遅れた結果、入渠で治せなくなってしまったのだ。

 運が悪かったとしか言いようがない、誰にでも起こり得る、偶々な一撃が起きてしまった。

 

 だが、本当の不運はここからだった。

 入渠でダメなら、高速修復剤や外科手術等でどうにかする他ない。

 外科手術を行うだけの施設はあった。

 しかし、それを完遂できるまでの、高速修復剤が尽きていた。

 

 大規模作戦の最中故に、修復剤の備蓄は僅か。

 今後の作戦遂行を考慮すれば、熊野に回す分はなし。

 敵が眼前に迫っている以上、作戦放棄はあり得ない。

 

 尚、こうなった原因は、艦娘に給与を払っていなかったからである。

 給与がない故に、娯楽設備を充実せざるを得なかった結果、他の鎮守府より備蓄が僅かに少なかったのだ。

 

 提督を責めることはできない。

 そもそも艦娘の運用を、提督に一任している大本営が悪い──責任はとらされるが──なんであれ、熊野の治療ができないのが現実だった。

 

 だが、ご覧の通り熊野は生きている。

 即ち、治療ができたということである。

 それはつまり、鎮守府が修復剤を獲得できたということ。

 

 何があったのか。

 

 熊野は基本、他の艦娘から疎まれ気味で、心配する声こそあれど、身を削って助けようとする人はいなかった。

 

 たった一人を除いて。

 

 治療され、目覚めた熊野はその顛末を聞くこととなる。

 

『鈴谷が、自分を、売った……!?』

 

 熊野は提督を問い詰める、何処へ売ったのかと。

 

『技研に!? 人体実験の、被検体として!?』

 

 この時期丁度、技研は被検体不足に陥っていた。

 戦争状態が、多少小康状態へと変わり、入れ替わって艦娘への人権が意識された頃。

 あらゆる非人道的行為を是としてきた、技研の研究行為にも歯止めがかかっていた。

 

 だが、戦争に勝利する為、研究は継続されなければならない。

 彼らは被検体を欲していた、鈴谷はそこへ自らを売ったのだ。

 熊野を治療する為の、修復剤と引き換えにして。

 当然軍規違反の行為である。

 

 熊野は、どうにかして鈴谷を取り返そうとしたが、鎮守府には何もできなかった。

 

 そもそも、身売り行為自体が違反行為、露見すれば救出できても解体される危険がある。

 裏から奪還しようとしても、この提督にそんな権力はない。

 誰も助けられなかった、仲間も、提督も、熊野も。

 

 それでも諦めきれなかった熊野は、鈴谷を『金』で買い戻そうとした。

 

 人身売買の買戻し、相手は巨大組織、必要な金は莫大、普通に働いているだけでは稼げない。

 というか給料がない、巻き上げる金さえ持ってない。

 

 だから戦果を上げ、合同作戦でコネを作り、別の鎮守府移籍。

 そこで、艦娘、付近の一般人相手問わず、違法ギャンブル等あらゆる手段で金を稼いだ。

 

 全ては只一つの目的の為、技研に違法買収された鈴谷を買い戻す為。

 

 果たして、その取引を技研が持ちかけたのか、鈴谷が提案したのか、知る由もない。

 第一理由はどうでも良い。

 全身全霊で金を稼ぎ──遂に、露見した。

 

 その前科を持って熊野は、前科戦線送りとなったのだ。

 

 それでも諦めず、前科戦線でも金を回収し続けた。最上が目の前に現れるその時までは。

 

 

 *

 

 

 姉妹艦だからだろうか、長い間一緒に戦ってきたからだろうか。

 最上を見て、やはり気のせいでは無かったとため息を吐く。

 間違いなく、鈴谷と同じ気配がする。

 できるなら違っていて欲しかった、その望みを絶たれたのに、熊野は動揺せずにいる。

 

「あれ、熊野じゃないか。久し振りだね! 元気にしてた? 僕は見ての通りとっても元気さ! これからこの子達を抹殺してもっともっとご機嫌になるんだ。折角だから熊野も見てよ、君の仲間が無様な肉塊に変わるのを──アレ?」

 

 長々と話している間に、卯月は逃亡していた。

 あらゆるスペックで叶わないが、流石に逃げ足では勝てる。

 システムの恩恵全てを振り分けた全力疾走により、最上の射程距離からなんとか逃れる。

 

「熊野、出撃許可が出たのかぴょん!?」

「いえ出ていません」

「ぴょん!?」

 

 命令違反をあっさり白状する熊野に、卯月は絶句。遠くにいる球磨たちも同じ反応だ。違うのは満潮。彼女だけは不信感を顕にしていた。

 

「アンタ、何で来たのよ」

「何で、とは?」

「自分が役に立たないことぐらい自覚しているでしょ。まさか、私たちの足を引っ張りにきたって訳!?」

 

 最上に対して執着する余り、酷い暴挙を繰り返してきたことを満潮は忘れていない。

 あんな態度では、逆に足手纏いだ。

 執着する気持ちは理解できるが、それでは死ににくるようなものだ。

 

「決まっています。最上さんを止めるために参りました。で、あれば。鈴谷のことを最も知っているわたくしが来る方が、より確実でしょう」

「自分だけで戦うつもりかぴょん?」

「……今この状況では、不可能でしょう」

 

 あんまり心変わりしてなさそうだった。つまり、自分の関与しない中で、最上のアレコレが終わってしまうのが許せなかった模様。

 まあ、邪魔さえしなければ、卯月的には何でも良いのだが。

 ただ良くないのが一人いる。

 

「熊野さん、これはどういうことですか──いえそこは良いです。前科戦線の警戒はどうなっているのでしょうか。まさか」

「あ、大丈夫です。那珂さんにも高宮中佐にも言ってあります」

「中佐に? いったい何をしたのですか」

「予約購入したんですの」

「……予約?」

「はい、最上さんの命を」

「は?」

 

 なんか酷い発言が飛び出てきた。

 これに一番驚いたのは、遠くで話を聞いていた最上である。

 

「待って待ってどうして僕の命が勝手に売買されているんだい!?」

「だって、これからわたくしたちに敗北して、前科戦線の所有物になることは確定事項ですし。なら、予約は成立しますわ。実際できましたもの」

「君達の司令官どうなってるのさぁ!?」

「グゥの音も出ないクマ」

 

 まず人の命を金でやり取りするな。ということはさて置いて。中佐が認めたという点が問題だった。この作戦で最上をどうするかは、熊野の意志次第になったのだ──屁理屈極まってるが、中佐的には金が入れば何でも良いのである。

 

「なので、特に卯月さんには良く聞いて頂きますが……そもそもそういう命令でしょうが、最上さんの殺害を試みることはわたくしが許可しませんので、ご承知くださいな」

「……ぴょん」

「さては卯月さん割と殺す気でしたわね?」

 

 卯月は目線を逸らした。

 後方から飛んでくる不知火の目線からも意識を逸らす。

 殺意極まり過ぎて、前科が増えるの上等で殺す気だったからだ。

 

「殺すとか、捕縛とか言ってるけど、さっきから君達、そんなことできると思ってるの?」

 

 色々空気をぶち壊されて、怒り心頭の最上が睨みつけてくる。

 こちらを弄び、蹂躙しようとしていた楽しさはなく、楽しみに水を刺された苛立ちしかない。

 その威圧感だけで、押し潰されそうな錯覚を覚える。

 熊野はその中で、平然と立っていた。

 

「できるどうこうではなく、そうしたいから言っているだけですわ。ただの意志表示ですのでお気に召さらず」

「そっか、なら代わりに言ってあげるよ。『不可能』だってね」

「……ちょっと懐かしいですわね」

「うん?」

 

 熊野は何故か、苦々しい顔をしながら語る。

 

「違法賭博を運営していた時、絶対プレイヤーが勝てないゲームを仕込んだ筈が、偶に引っ繰り返される時があったんですわ。その一件が致命傷になって、わたくし前科持ちになってしまったんですが……」

 

 つまり痛い経験だった。だから嫌そうな顔つきだった。

 

「何の話かな?」

「痛い経験ですが、学んだこともあります。ゲームは──見せかけ上は少なくとも公平、戦争も色々ありますが基本公平、ならば、不可能はあり得ません」

「逆転を、見せるってことかい?」

「ええ、貴女の知らないわたくしを、見せてあげましょう」

 

 最上は『プッ』と噴き出し、大声を上げ、腹を抱えながら笑い出す。

 

「信じられない! ギャンブルと戦争を同じにするとか! ねぇ君達熊野は大丈夫かい!? 狂ってるよ! ヒーッ、僕は笑い殺されそうだ!」

「うわぁ……」

「あ、砲撃して良いですわよ」

 

 どっちが狂ってるかって、そんなのわざわざ言うまでもない。狂人に付きあっている暇はない、卯月は熊野の許可が出た瞬間、最上へ砲撃を叩き込んだ。

 だがそんなの効くはずもなく、片手であっさり弾く。

 

「うわぁ!? 何すんのさビックリしたじゃないか!」

「卯月さん満潮さん、申し訳ありませんが、もう暫く最上さんと交戦して頂いてもよろしいでしょうか。支援ぐらいならしますので」

「……時間を稼げってこと?」

 

 熊野は頷く。

 球磨や不知火は、基地爆破で始末しきれなかったイロハ級の対処で精一杯、こちらにまで手が回らない。

 ならば、選択肢はあってないようなもの。

 二人は顔を合わせて、再び最上に向けて突撃を開始した。

 

「あら、熊野は来ないんだね。後輩を盾にしようってことか、なるほど、とってもいい考えだと思うよ!」

「貴女と同類にしないでくださいまし」

 

 迫る卯月たちを妨害する為──秋月程ではないが──多量の砲撃が発射され、進路を塞ぐ。

 砲撃で迎撃・軌道変更は可能だが、それをしてる間に、次の攻撃が飛んでくる。

 だから、その役目は熊野が請け負った。

 

「どうぞ、行ってください」

 

 駆逐艦では無理でも、重巡級の砲撃なら、ある程度拮抗できる。

 D-ABYSS(ディー・アビス)があるから最終的に撃ち負けてしまうが、卯月たちがやるよりも強く押し留められる。

 直進ルートへ置かれた砲撃が破壊され、卯月たちは真っ直ぐ減速ナシで駆け抜ける。

 

「むっ、でもまだまだだよ!」

 

 次の妨害が迫る、回避するのであれば、熊野が援護をし、最速の為直進してくることは、十分予測できた。

 既に、進路上に魚雷がばら撒かれていた。

 一瞬で視認し処理するのは困難、やってる間は隙になる。

 

 しかし、卯月は例外だった。

 

「聞こえてるぴょん、魚雷の音ぐらいは、とーぜんに!」

 

 例え水中の、ソナーにかかるかどうかという音でも、この距離なら知覚できる。

 それができれば、速やかに処理するだけ。

 満潮を先に行かせ、卯月は爆雷や主砲で、満潮への雷撃をピンポイントで破壊していく。

 

「うっとおしいよ卯月!」

「おっとですわ、制空権も簡単には譲りません」

「あーもー邪魔だなぁ!?」

 

 だがそれらも越えて、上空から最上の瑞雲が爆撃を狙っていた──それも察知できること。

 性能差があり過ぎるから、稼げる隙は一瞬だが、それで十分。

 懐へ飛び込んだ満潮が、主砲を顔面へ向ける。

 

「ここで叩きのめしてやるわ、最上!」

 

 ここからは近すぎて援護の使用がない、ほぼタイマンで戦うことになる。

 纏わりつく敵を排除する為、凶器そのものと化した剛腕が、()()の形で繰り出される。

 予め、砲撃はしたのだが、躊躇なく砲弾ごと貫いて来る。

 爆発を至近距離で浴びても無傷、常軌を逸した頑強さに舌打ちが止まらない。

 

 それでも、砲撃を浴びせた意味はあった。

 爆発により僅かだが、突きの速度が低下。

 対処できる猶予が生まれた。

 と言うより、もう対処はしてある。

 

 最上の足元には、満潮の放った魚雷が犇めいていた。

 

「……ちょっとは、僕の動きに慣れてきたってことで、良いのかな!」

 

 だが、態々最上は対処しない。

 その考え通り、雷撃は次々に最上へ突き刺さり、装甲を抉って爆発をする。

 筈だった。

 満潮の攻撃でも結果は同じ、大半は装甲で受け止められる。

 装甲も超頑強、僅かな焦げ目してついていない。

 

「そんなことは分かりきってんのよ、学習能力のないアンタとは一緒にしないで欲しいわね!」

 

 それで良い、これで良い。

 熊野の命令は、もう少し戦うということだ、勝つ必要はない。

 多分熊野は、最上の分析をしている最中だ、だったら出来る限り手札を切らせるのが、私たちの仕事だ。

 

 反撃の攻撃を避ける為、爆発の煙幕に紛れて、左側面に一気に移動する。

 レーダーは持っているようだが、この距離なら視認する方が遥かに速い、だが爆炎のせいで、最上は反応が遅れてしまったのだ。

 

 その隙を身体スペックのみで埋めてくるのが、最上という敵だ。

 

「追いついたよ!」

 

 爆炎が収まり、いないと見るや否や一瞬で方向転換、資格から来る敵を始末せんと、再び弓矢のような突きが繰り出される。

 

 そのせいで、更に死角から来る卯月がおろそかになっていた。

 

「隙ありぴょーん! どこを見てるんだこのマヌケ!」

 

 先ほど、魚雷を処理していた卯月が、もうここまで接近してきていた。

 これもまた訓練の成果、最上対策だけではなく、こういった基本的な技術も十分磨かれていたのだ。

 対処を誤り、どちらからせめるべきか迷う。

 その一瞬が、この戦いでは『隙』になる。

 

 こちらに迷う理由はない、満潮の攻撃が飛来する。

 

 今度こそは本命―—工作員妖精さん入りの、致死性の毒を撒く砲撃が飛来する。

 

「―—ムダだってほんっとうに分からないんだね君達は!」

 

 それさえもスペック差で押し切られてしまう。

 敢えて傷等がない場所で攻撃を受け止めて、工作員が侵入した部位は即座に切り落ちす。

 

「だぁぁぁ! チートぴょん!?」

「そういうことさ、そして、これでもう君達とはさようならだね!」

「卯月上! 瑞雲が来るわ!」

 

 不規則な挙動で、束になって真上から突撃してくる瑞雲。

 

 熊野はただ一人、援護射撃を続けながら、敵としての最上を観察し続けていた。

 

 どこか、鈴谷の面影を探すようにして。

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