前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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そろそろ決着にしたいかな……


第157話 最上改二壊⑦

最上への突撃が失敗に終わり、熊野の視界は真っ赤に染まった。

 

だがそれは、熊野の血飛沫ではなく、血でさえなく。

 

「卯月さん!?」

 

割り込むように突っ込んできた卯月の、真っ赤な髪の毛だった。

 

「ぐぎぎぎ……らぁっ!」

 

最大船速で真横から主砲を鈍器代わりにして突撃、砲弾を真正面から弾くのは不可能だが、横から軌道を逸らすことは可能。

無論、卯月本人も相応のダメージを喰らうが、砲撃を逸らすことには成功した。

代償はもう一つ、無茶な突撃により姿勢が崩れていたこと。

 

「邪魔しないでよ、だったら追撃を!」

「してあげようじゃない、私がね!」

「うわ、まだ生きてたんだ満潮。すっかり存在忘れてたよ、ごめんね?」

「くたばれ!」

 

卯月と熊野が息を整え直すまでの間、満潮が一時的に時間を稼いでくれる。

少し距離を取った熊野は、再び主砲に弾を込める。

もう一度、次こそはと、覚悟を決め、顔を上げた。

 

「死ねこのカスが!」

 

そこへ卯月のグーパンが飛び込んできた。

 

「がはっ……!?」

 

D-ABYSS(ディー・アビス)の強化も乗った全力パンチを顔面で受け止め、数十メートル吹っ飛ばされる熊野。

今何が起きた、どうしてわたくしは殴り飛ばされた?

疑問を抱いている間にも、卯月はこちらへ追いつき、胸ぐらを掴んでくる。

 

「どういうことだっぴょん、どーしてだぴょん。さっきのはうーちゃん達を舐めてんのかぴょん!?」

「何の話で」

「さっきの突撃、最後主砲を撃とうとした時、熊野は()()してたっぴょん!」

 

その言葉に衝撃を受ける。

手加減など、しているつもりはなかった。

しかし、そういうのは往々にして自覚のないもの。

この期に及んで、まだ覚悟が足りていなかったのだと、熊野は自戒する。

 

「すみません、わたくしの落ち度です」

「うるさい、もう良い、ちょっと信じたのがバカだった、引っ込めぴょん!」

「な、なぜ卯月さんにそんなこと」

「今戦闘中!こんな馬鹿なやり取りしてる暇はないっぴょん……ゴバッ!?」

 

怒声を上げた直後、卯月は大量の血を噴き出して倒れる。

 

「卯月さん!?」

「もう、ギリギリぴょん、D-ABYSS(ディー・アビス)の制限時間が、もう僅か……なのにお前は、舐め腐った戦いをしやがる!」

「そんな、わたくしは」

「ここは戦場、命懸け、お前を慰める余裕は誰にもない。友情だの何だの言ってて足引っ張るんなら、来るなってんだぴょーん!」

 

胸ぐらを掴み、システムの力を振り絞り、全力で彼方へ投げ飛ばす。

 

「何やってんのアンタ!?」

「足手纏いは不要だぴょん」

「あああもう……どうなっても知らないわよ!?」

 

確実に特効を持っている熊野が離脱(物理)。

システムの限界時間が迫る中、満潮とこの化け物をどうしかしなくてはならなくなる。

だが、それで良いと卯月は考える。

この状況下で、慰めている余裕はない。

 

そもそもの話、卯月には、鈴谷の為に戦う理由が理解できない。

 

何となくだが分かる、鈴谷は最上に取りこまれているのだろう。

 

なら、助けることはもうできない。

鈴谷という存在は、死んでいるのだろう。

そうだ、死人に対しては、誰も何もできない、助けることなど不可能だ。

 

「それが成り立つんなら、神提督たちは……!」

 

卯月がそのことを身に染みて知っている。

 

 

 

 

投げ飛ばされた熊野は、数百メートル離れた所へや着水した。

本能的に受け身をとったが、衝撃波殺し切れず、激しく咽返ってしまう。

しかし、苦ではない。

そんなもの感じている暇はない。

 

「……どうすれば」

 

そんなに悪い事なのだろうか、友情の為に戦うことは。

攻撃を躊躇したのは、友人を傷つけてでも、助ける覚悟が足りなかったということ。

否、仮に救助が不可能だとしても、最上は倒さなければならない。

『鈴谷』があのような形で侮辱されているのを、見過ごすことはできない。

 

だが、それは否定される。

 

先ほどの、卯月の全力パンチを喰らったせいで、ふと思ってしまった。

 

友人を痛めつけるのは、そんなに躊躇する行為なのか?

 

「あ」

 

阿呆なことをしているのを止める時、演習の時、殺意がなくとも暴力を振るう時はある。

その時、躊躇はない。

友人の為であり、お互いの為でもあるからだ。

 

だったらなぜ、自分は躊躇してしまったのか。

 

生憎、熊野は自己分析できない阿呆ではなかった。

気づいてしまえば、正確に分析できた。

 

「……なんて、単純な理由」

 

まるで子供の様な、酷い原因にいっそ嗤った。

 

「死んでいると、確信するのが、恐かっただけだなんて」

 

最上を殺せば、鈴谷は死ぬ。

捕縛して調べた時、鈴谷が生きているか死んでいるかがハッキリする。

どちらに転んでも、友人の『死』が目の前に出てくる可能性があった。

熊野はそれを恐れていたのだ。

 

そんなことを恐れていて、今の仲間を危機に晒すとか愚の骨頂。

 

だが、それでもまだ覚悟ができない。

 

「……でも、意味なんて、あるのでしょうか。鈴谷がいない世界に」

 

熊野は今まで、鈴谷を取り戻す為だけに生きてきた。

金を稼ぎ、前科を負うようなリスクを払い、それでも金を掻き集めて――全てが水泡に帰した。

唯一の理解者にして、友人はもう奪還できない。

戦う動機さえ失ってしまったのである。

 

もしかしたら、鈴谷はちゃんと生きているかもしれない?

そんな低すぎる可能性に賭けられる程、熊野は楽天家でもなかった。

どうすれば良いのか、いっそ何もしたくない。

 

だったら、どうしてこんな戦場まで来たのか。

わたしは何がしたい?

鈴谷を失い、動機の全てを否定された今、なんの為に此処にいる?

根幹は何なのだ、大本にある物は。

 

『凄いね熊野は』

『なにがでしょうか?』

『未来を考えられる所だよ!』

 

懐かしい、鈴谷の声が思い出される。

 

『そんなに、大したことではないと思うのですが』

『いやいや凄いって!だって、それって戦争が終わる前提じゃん?鈴谷はそこまで想像できないからさぁ……正直、皆と戦えている今の方が心地いいかもしんないし。けど熊野は……()()()()()()()()()()って思ってるから。あ、これ誰かに言わないでよ?』

『言いませんわよ、個人の思想を吹聴したりなんて』

 

命令に従い、昔から知っている仲間と一緒に戦う日々は、別に悪くはなかった。

けど、いつかは終わる。

絶対に何らかの形で終わる時が来る。

そして来る未来を、より良い形で迎えたかった――そう思うということ自体、迎えられると信じているということ。

 

誰にも分からない未知だらけの未来を、過去の存在である艦娘が信じられること。

 

鈴谷がそれを肯定してくれた。

 

「それが、嬉しくて、わたくしは……」

 

仲間と共に戦う今でも、過去できなかったことを拂拭する今でもなく、許されるかさえ分からない未来が、より良いものだと信じていた。

そのチャンスを絶対逃さない為に、金が必要だと思い至った。

けど、大切なばかりに、未来には『鈴谷』がいると無意識レベルで思っていた。

 

恐らく、もう鈴谷はいない。

自らの未来に彼女はいてくれない。

だけど、より良い未来を、掴み取れない理由にはならない。

 

なら、尚のことだ。

 

肯定してくれた『未来』を否定したら、それこそ彼女を否定する結果となる。

 

鈴谷が信じてくれた、より良い未来を、それを迎えられる可能性を、自分自身が捨て去る訳にはいかないのだ。

 

「……ありがとう、鈴谷、ごめんなさい、忘れていて。でも……そうなる程、鈴谷はわたくしの、未来にいて欲しかった」

 

戦う理由はできた、いや、とても嬉しいのが手元にあったせいで、見落としていた理由を思い出した。

 

 

*

 

 

最上との戦いは、既に限界を超えていた。

特に卯月が不味い、D-ABYSS(ディー・アビス)の稼働限界を超えたせいで、もう何度も吐血を繰り返している。

だが止めることはできない、此処で止めたら負けてしまう。

もっとも、どちらでも同じかもしれないが。

 

「喰らえッ!」

 

千載一遇のチャンスが訪れる、奇跡的に卯月は懐に潜り込めた、あらゆる反撃が間に合わないタイミングで、攻撃をすることができたのだ。

最大火力を出さねばならない。

魚雷を手に持ち、強化された腕力を持って、『口内』へそれを捻じ込む。

 

「ここなら、どうだっぴょん!」

 

装甲は存在しない、脳にもダメージがあるかもしれないが手段は選んでいられない。

どうやってもダメージが入る所へ魚雷を突っ込み、力ずくで信管を起動させた。

 

そして、卯月を巻き込み大爆発が起こる。

激しく吹き飛ばされ海面を転がる、右腕(利き手)に激痛が走る。見れば魚雷の破片が刺さり、使い物にならなくなっていた。

 

「また!?」

「まただぴょん、しょうがないぴょん」

 

秋月戦でも片腕がおじゃん、今回は怪我少な目で頑張りたかったが駄目だった。

でも殺されるよりマシだ、次の戦いに活かそう。

ただ油断は禁物、最上がどうなっているか、爆炎の中を注視する。

 

結論から言って、最上は健在だった。

 

「……冗談キツイっぴょん」

 

口内で魚雷を起爆させた、間違いなく命中した。

なのに、最上は下顎が焼け焦げたぐらいのダメージしか負っていなかった。

絶句している間に再生が行われ、瞬く間に無傷の状態へと戻ってしまった。

 

「あー痛かった。でも卯月の方がよっぽど痛そうだから、僕の勝ちってことだね!」

 

余りにも、絶望的なまでに『格』が違う。

主砲、魚雷、D-ABYSS(ディー・アビス)で強化されたのに、何も通じない。

原因は一つ、卯月自身のスペックが低すぎるだけ。

本人の努力ではどうすることもできない現実に、研ぎ澄まされた殺意が圧し折れそうになる。

 

「もういい加減理解できたかな、格が違うってことが。悲しい?悔しい?絶望した?それは何よりだ!誇っていいよ卯月、君は僕を存分に楽しませてくれたんだから!大丈夫安心して!死体になっても僕が飽きるまで遊んであげるし、飽きたら顔無しにして、細胞一片が朽ち果てるまで使ってあげるよ!ところで死体遊びは何が良いかな?」

「「死ねっ!」」

 

前言撤回格が何だこんなクソ下衆のカス女は倒さねば気が済まない。

 

と、突撃したいが、非情にも最上の発言は現実。

卯月と満潮では、如何なる手段を用いても傷一つつけることはできない。

一歩ずつ、最上が近づいてくる。

逃げられない獲物を、目一杯楽しんで殺そうというのだ。

 

下がろうにも、後方は瓦礫に埋もれた鎮守府。逃げ場などありはしない。

 

本当に、どうすれば良い?

思考の巡らせ過ぎて、頭が真っ白になろうとした。

その逡巡を、一発の砲撃音が打ち破る。

 

「何今の――」

 

音源の方へ目線を向けた、その瞬間、最上の足元が爆散した。

 

「とおおおぉぉぉぉうッ!」

「く、熊野――わぁぁぁ!?」

 

爆発した地面から、何がどういう訳か、煤塗れになった熊野が飛び出してきたのだ。

 

それも、かなりの勢いで突っ込んできた。

結果最上は一瞬宙へと浮かされる、立て続けに零距離から艦載機を発艦させ、その勢いで更に遠くへ――崩落した基地を飛び越え、海上まで叩き出される。

 

何が起きたのかと言えば、熊野は崩落した鎮守府の、『地下通路』を使用したのである。

基地はほぼ崩落したが、まだ使える通路が残っていたのだ。

艤装出力最大で走り抜け、地上の最上へ全力タックルをかまし、卯月たちから距離を取らせることに成功した。

 

「な、何すんのさぁ!」

 

しかし、空中にいながら、腕力だけで熊野を振り払う。

かなりの速度で海面に叩き付けられるが、直ぐ受け身を取り、衝撃を最小限に収める。

直ぐ立ち上がり、最上と相対する。

 

「また熊野か、もー、熊野じゃ僕には勝てないって。なんかさっき卯月にも怒られてたじゃんか。あ、それとも僕を愉しませに?うーん嬉しいけど、いい加減卯月を殺さないといけないし……」

「ちょっと熊野!」

「なんですか、卯月さん」

「あれ、僕の話聞いてない?」

 

後ろから走ってきた卯月が、苛立ちの含まれた声で叫ぶ。

あらゆる意味で時間がない、故に問答は端的に行われた。

 

「大丈夫かぴょん」

「ええ、わたくし、勝ちますわ」

「分かった、援護するぴょん!」

 

熊野が躊躇なく戦えるようになったのか、卯月に確信はない。

だが、それなくして戦場へ戻ってくるような阿呆ではない、それは分かる。

だったら信じる以外の選択肢はあり得なかった。

 

「いいのかい熊野、僕を殺せるのかい?君は親友を無情にも殺すの!?」

「……ええ、最悪そうなるかもしれませんね」

「だったら」

「で、それがどうだと言うのですか」

「へ?」

 

想定外の発言に、素っ頓狂な声を上げた瞬間、熊野は一気に踏み込む。

僅かに対応が遅れたせいで、飛行甲板同士のつばぜり合いが起きる。

金属同士の激突に、火花が散る。

お互い至近距離で顔を見合わせ、熊野は静かに口を開く。

 

「ま、細かくは言いませんが」

「何でさ酷いよ!」

「最上さん――いえ、阿呆に言ってもムダなので」

 

飛行甲板で視界から隠していた主砲を、胸に向けて発射する。

だが、最上は直感でそれに勘付いた。

飛行甲板から一機だけ瑞雲を出し、それを盾代わりにして防御する。

 

発射の反動で離れた隙を突き、熊野を蹴り飛ばす。

熊野は逆に、その足へ手を伸ばし、添うようにして掴み取り、蹴りの方向へ投げ飛ばした。

それでも、相当な衝撃が突き抜ける。

 

「ぐっ……!」

 

口から少し血が零れ出る、それだけのパワーなのだ。

しかし最上の体勢は崩せた。

蹴りの勢いが強過ぎた、その勢いを利用された。空中で半回転してしまい、上下が逆になっている。

そこに向けて、撃てるだけの砲弾を撃ちこんでいく。

 

それさえ、最上は勘だけで対応して来る。

平衡感覚を崩した状態でも、それだけで狙いをつけて正確に迎撃。

そして、立て続けに展開した瑞雲を足場に、海面へと着水――しようとして、最上は顔を青ざめた。

 

今着水しようとした場所に、魚雷があったからだ。

 

いったい何時撃ったのか。

それは最初、基地から最上を叩き出し、空中を飛んでいた一瞬の時。

丁度、このタイミングでこの位置に来るように、見計らって仕掛けていたのだ。

 

「わわわ回避回避回避――」

 

瑞雲の位置を変え、別の場所へ着水しようと試みるが、その瑞雲が次々と破壊されていく。

 

「がはっ……もう、マジヤバイっぴょん」

「何とか持たせなさい、気合入れなさいよ」

「うる、さい……!」

 

D-ABYSS(ディー・アビス)の反動で吐血を繰り返す卯月と満潮の、援護射撃だった。

 

足場を失った最上には、もう回避不能。

秋月のように軽くないから、主砲の反動で空中移動も不可能。

落下の勢いのまま踏んでしまい、全身が爆発に包まれる。

 

「やったぴょん!?」

 

無論、ここまでしぶとかった最上が、たかが魚雷でやられる筈がなく。

 

「……痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

脚部艤装に亀裂が走り、見たことも無い憤怒の形相で、未だ健在で存在していた。

システムを積んでいない熊野の攻撃が通った、やはり『特効』があるのだ。

でもダメだ、雷撃の直撃でも、仕留めきれていない。

再生がされる、卯月はそう思ったが、すぐ様子が変だと気づく。

 

「やはり、ですわね」

「何が!?」

「わたくしには『特効』がある様子で、そのせいでしょうか。『再生』が遅い」

 

瞬く間に治る筈の、艤装の亀裂が、ゆっくりとしか修復されていない。

 

「どういう原理かは、何となく予想できましたが……帰ってからで良いですわね。ええ、これなら押し切れるかもしれません」

「もう君を親友だとは思わないことにする、僕の怒りを思い知るといいさ!」

「はぁ、ご自由に」

 

目の前の『敵』を排除すべく、覚悟を決めた熊野が動き出す。

戦いの終わりは、直ぐそこまで迫っていた。


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