戦況はほんの僅かだが変化した。
どれだけダメージを与えても、即時再生されていたのに、熊野が与えた傷は別だった。
修復はされているが、
見た目で考えると、完全治癒までは数十秒かかりそうに見える。
「では、行きます」
短い時間には変わりないが、とても貴重な数十秒。そのチャンスを無駄にしない為にも、熊野は動き出した。
「舐めないで、ほしいなぁ!」
その傷を負い、危機を感じ取ったのか、最上の様子が変わる。
余裕の笑みを浮かべていた時から一転して、分かり易く焦り、怒り狂っている。
漸く本気を出したとか、慢心を捨てたとかではない。
これが狂った最上なのだ、喜怒哀楽がとことん不安定、そういう奴と考えて良い。
故に、余裕を失った最上には、余力という出し惜しみはない。
「瑞雲、艦載機、全機発艦、磨り潰してあげるよぉ!」
いったい、どこにこれだけの量が残っていたのか。
はたまた自己再生の要領で、無限に生産していたのか。
最初に展開した時と変わらない、莫大な量の瑞雲と艦載機が上空を占領する。
「……なるほど、大した量ですわね」
途中で戦闘参加した熊野は、この莫大な艦載機を知らない。
だから、展開を許してしまったのだろうか?
否、そんな理由ではない。
「ですが、わたくしは別に単独で戦闘している訳ではありません。お願いしますわ、二人とも」
「りょ、了解、だぴょ……ん!」
「長引かせて良いからね!卯月が静かになるから!」
システムの反動で、血を噴き出しながらも、卯月と満潮は対空砲火を行いつつ前線へ合流する。
もう、弾幕だけで撃ち落とせる量ではない。
しかし、ここまで滅茶苦茶な量だ、本当に有効なものは限られている。
どれが最上にとっての本命なのかは、動きを見れば分かる、それも一目で分かる。
無数の爆撃、機銃の隙間を練って、熊野へ致命傷を与えようとしているのは、やはり縦横無尽に動ける瑞雲の方だ。
卯月と満潮は、それだけに狙いを絞って、正確に撃ち落としていく。
「あり得ない、簡単に落とされている!?熊野でもないのに、どうしてこんな正確性を」
「当然でしょう、さっきから、何度貴女の瑞雲を見たと思っていますの。もう動きは体に染みついています。慢心して手のひらを見せすぎたのではありませんこと?」
どれだけ複雑怪奇であろうと、何度も視れば、最上の動かす癖は分かってくる。
ましてや疑似とはいえ二人共、専用の訓練をやってきたのだ。
叩き落とせない道理はない。
「だから私は、貴女に専念できるのですわ!」
さっきも言ったが全ては撃ち落としていない。
結果、外れた爆弾が落下し、最上と熊野周辺に大量の水柱を作り出す。ダメージにはならないが、視界が塞がれてしまう。
今、この向こうから、熊野が何かしてくる可能性は高い。
距離を取るか、もしくは水柱を吹き飛ばし、視界を確保するか。
最上はどの選択肢もとらない。
「目晦まし程度で逆転なんて、笑わせないでくれよ!」
真正面に向かって、最大船速で突き抜ければ良い。
攻撃があっても、砲弾を逆に砕くことができる。雷撃も同様だ。そこに敵がいれば質量で押し潰すことができる。
煙幕を突き破る、予想通り眼前に熊野がいる。
「ええ、当然でしょう」
ただしそれは、『加速』ありきの話。
もし、静止している状態で、しかも亀裂の入っている脚部へ魚雷を受けたのなら、ノーダメージとはいかない。
熊野は、暴れ牛のように突っ込んで来る最上へ、主砲を向けた。
「ですので、受けて頂きます」
「ッ何かと思ったらただの主砲じゃないか、止まれないし止まらないよ、敷き潰してあげる!」
「ならば、
嫌な一言が聞こえた、その直後、主砲が発射された。
だが、弾丸は砲弾ではなかった。
色付きの水―—要するに大量の紅いペンキが、広範囲にわたってぶちまけられたのだ。
「うわぁっ!?」
砲弾だろうが魚雷だろうが、加速して破壊しようと考えていたせいで、急に止まれない。
まさかとは思うが、何か、毒液が入っている?
例えばこの液体が、修復誘発材なら、顔面で受けたら眼玉とかがブクブク膨張して爆散する?
しかし、こうなることはどこかで予想していた。
鈴谷が持ち合わせていた『直感』は、
「いや、うん!どうにかなる!」
更に踏み込み加速する、音速を越えソニックブームが発生する、その衝撃で液体を触れる前に吹き飛ばした。
散々味わったが、無茶苦茶な身体能力だと痛感する。
だからこそ不安になる。
秋月でさえあれだけボロボロだった、超スペックを発揮している最上はどうなる。
保護した後で、死んでしまうのではないか。
そういう不安が脳裏を過る。
それはダメだ、認められない。
だから此処で、今回の戦いで決着をつけなくてはならない。
「一瞬で良かったのです、ほんの一瞬視界を塞げれば」
熊野の一言を聞いた瞬間、最上の直感が働く。
しかし、既にどう動こうが手遅れの状態になっていた。
水面一帯が、一斉に爆発を起こした。
視界が塞がれた間に、発射していた熊野の魚雷が爆発したのだ。
だが直撃ではない、というかこの速度の最上に直撃は不可能。
けど、それで良い、当てるのが目的ではない。
「良い位置ですわ」
「―—あっ!?」
最上は蒼ざめた。
魚雷のせいで、足元の
つまり、今の最上は、数センチだけだが
秋月と違い、空中移動の力は持っていない。
直感だろうが何だろうが、回避行動そのものができなくなった。
「これなら、どうですか」
「……まだまだ、僕を舐めないで欲しいなァ!」
「舐めていませんわ」
しかし、浮いているのはコンマ数秒、主砲を発射して、到達するまでの間に、地面を踏めるようになる。
だから今の間に、滞空時間を長くしなくてはならない。
その為の準備は、とっくに計算済みだった。
不意に、最上の背中で爆発が起こる。
その衝撃で、もう数センチ宙へと打ち上げられる。
「ッぁ痛!?何を背中に―—瑞雲!?特攻させたの!?」
正体は瑞雲。
水面ギリギリを航行させ、背後から接近させていたのを、このタイミングで突撃させたのだ。
爆弾だけでは足りない、機体ごと爆発させる荒業で。
そしてもう少し時間を稼いだお蔭で、次のが間に合うようになる。
「今です、お願いします、卯月さん!」
「任せゴッバァ!」
「卯月さん!?」
「気にするなっぴょん……!」
吐血で全身血塗れになりながらも、突っ込んできた卯月が、最上に向けて錨と鎖を投げ飛ばし、全身に絡み付かせる。
卯月は叫び、
「これで最後ぴょん、最大出力……オオオりゃぁぁぁ!」
血管が千切れて血が噴き出す、筋繊維が何本も千切れる、骨に亀裂が入り砕けかける。
それにも構わず、渾身の力で、最上を――更に上へと投げ飛ばそうとした。
自死も厭わない力は、強烈な遠心力を生む。
突如掛かった強力なGに、最上は一瞬動けなくなった。
「こんなもので、ヌンっ!」
だがあくまで一瞬。
数秒もなかっただろう、鎖は力ずくで引き千切られた。
さっきよりも、数十センチ宙へ浮かせられただけに留まってしまう。
「あ、もうダメギブ。ぐふっ」
卯月は宣言通り、力尽きて倒れ伏した。
それを目撃した最上は、空中にいる状態から、卯月の抹殺を狙う。
「これはもしかして、チャンスタイム……じゃなさそうだね!」
直感が告げる、『全ての方向を警戒しろ』と。
大量の瑞雲を一気に展開する。
そこへ向かって来ていたのは、色々な方向から飛んできていた砲弾だった。
撃ったのは熊野だけではない、残党を抑え込んでいた球磨たちだ。
最上はほくそ笑む、強化された瑞雲の機銃は、砲弾さえ迎撃できる。
「ああやっぱり、ザコを相手しながら狙ってたってことだ。でも残念だったね無駄に」
「させると思ってるならアンタは大阿保ね!」
「え?」
機銃を発射する前に、飛び込んできた満潮によって、瑞雲の何機かが破壊される。
「当てやすいわよね、砲撃迎撃する位置に行くって分かってるなら」
「なんてことするのさ満潮これじゃ砲撃に防げないのが」
「出るでしょうね、無防備なまま喰らってなさい!」
「悪い子だ教育してあげる!」
魚雷が満潮へ目がけて発射される、至近距離へ飛び込んだ故に、それでも当たってしまう距離だった。
爆発すれば、確実に木端微塵。
しかし満潮は考え無しに飛んだ訳ではなかった。
手を伸ばし、下へ延びていた鎖を掴み、引っ張った。
「卯月の真似みたいで嫌だけど!」
予め、海底へ落とされていた錨は重しとなり、引っ張れば、下へ一気に移動できる。
それでも完全回避とはいかないが、直撃は免れることができた。
――免れて、大破同然の大ダメージを負うこととなる。
承知の上で飛んだのだ、熊野も声掛けはしない。している余裕がない。
だがお蔭で、何発か主砲を直撃させることはできた。
「ムダだけどねムダムダっ!僕は自己再生するんだから、こんな傷は!」
最上の言う通り再生してしまう、かと思われた。
だが異変が起きた。
再生が起きなかったのだ。
「え、なんで!?」
正確には再生しているが、
「良かった、予想通りですわね」
「いったい何をしたのさ、熊野!言わないと承知しないよ!」
「最上さんのシステムでしょう、自分で考えられたらどうですか」
最上の再生原理は、外部からのエネルギー供給によるものだ。
取りこんだリソースの一部を、修復に割いているのである。
再生は無限にできる。
しかし、吸収速度に限界はある。
即ち、再生効率は有限だ。
「まだだ!再生を遅くしたぐらいで、僕を止められると思わないことだね!」
そう言い放つ最上の顔からは、明らかに余裕が失われていた。
今まで、最上は追い詰められたこと――どころか、まともな勝負は一度もしてこなかった。
死ぬか、生きるか、ギリギリのやり取りをする機会がなかったからだ。
この戦いで初めてそこまで追い込まれた。
「全部吹き飛ばす、そうすれば問題ないさ!」
手持ちの主砲に加え、太ももに装備された連装砲を、全員に目がけて発射。
『直感』に裏打ちされた攻撃は、回避コースも予知して飛んでいく。
止まれば直撃、逃げた先でも直撃、各々が別途対応を迫られ、一手遅れる。
その隙を突き、安全に着水する。
「おっと自由落下はしない、どうせ魚雷でも何でも仕掛けてるだろうし、さっき同じこと見たし!」
宣言通り、落下地点には、熊野の魚雷があった。
艤装に亀裂が入りっぱなしの今、喰らえばかなりのダメージとなる。
それを避ける為、瑞雲を発艦、一瞬で位置を固定し、空中での足場とする。
それも、多く、大量に。
何故なら熊野がいるからだ。
「させませんわ!」
予測攻撃までしたが、熊野はそれも含めて計算し、既に攻撃を始めていた。
発艦させた瑞雲は、また瞬く間に破壊されていく。
けれどもムダだと、最上は嗤う。
だから数を多くした、どれだけ早く精度が高くても、連射力は限界がある。
安全な場所へ、着水できる瑞雲の足場は残せる。
「凄いね、でも、全部は落とせないよね。その隙に着水だ!」
「その慢心を突っつくのがこのうーちゃんの仕事って訳だぴょんザマーミロ」
「!?」
声の方を向く。
そこには卯月がいた。
半壊していた最上の甲標的を抱えつつ、主砲を構えていた。
「力尽きたんじゃ!?」
「嘘だっぴょん」
「卑怯者ー!」
「褒め言葉に感謝だぴょん。死ね!」
と言って、主砲を最上の脚部に向けて発射する。
直感で分かった、あの弾丸は本命だ。
システムを狂わせる、工作員入りの特殊弾頭。
不味い、回避か迎撃をしなくては――そこで、甲標的を思い出した。
卯月は力尽きたと思わせといて、自分の存在を意識から外した。
その上で、最上が着水の為、瑞雲を大量展開した際の死角を使い、甲標的(半壊)を回収したのである。
もう一度、甲標的を凝視する。
在る筈の物がない。
魚雷がなくなっている。
「まさか」
予感がして上を見ると、こっちに直撃するように、魚雷が投げられていた。
あれは、甲標的の魚雷なのか?
だったら不味い。
艦載機がそうであるように、魚雷にも
あれが、甲標的のなら、最上の装甲は破砕される。
ブラフかもしれない。
もう魚雷がない甲標的を担いで、卯月の普通の魚雷を投げただけかもしれない。
卯月のだったら無視していい。
どうやっても判断ができない。
止めに、最上は自らの魚雷の形状を余り覚えていなかった。
再生能力のせいで、根本的に自主的に整備する機会がなかったのである。
「いや、全部だ、僕にはそれができる!」
それでも、全てを驚異的なフィジカルで押し切ってしまうのが、最上の脅威足る所以。
逆に思いっ切り着水してやれば良い、そうすれば生じた衝撃波で、主砲は吹き飛ばすことができる。
その後、一気に加速し魚雷から離れれば問題はない。
「悪足掻きはここまでだ、所詮は、ザコの小手先の子供騙しなんだよ!」
予定通りに進む、強烈な踏み込みで衝撃波が発生し、工作員入りの主砲は弾き飛ばされる。
そして、熊野を殺す。
卯月の方が本来優先だが、特効がある熊野を放置する方が危険だ。
だが、知恵比べは卯月が勝った。
踏み抜いた結果、そこにあった魚雷を起爆させてしまったのだ。
宙へ投げていたのは普通の魚雷。
水面下を進んでいた物こそが、甲標的の魚雷だった。
「―—悪寒も、正しく読めなきゃ意味ないぴょん」
最上は誤認したのだ。
悪寒の正体は、主砲と同時に発射された甲標的の魚雷だった。
しかし、先に砲弾を見たせいで、『これが危険なのだ』と判断を急いでしまった。
焦りに焦った反動が、ここに現れた。
「ぐああああっ!?」
よりにもよって、亀裂の入った脚部に魚雷が直撃。
大爆発と共に、航行に支障をきたす程のダメージが発生する。
そこへ、爆炎を突き破り卯月が接近する。
「この距離なら外さないっ!」
さっきのはただの主砲、工作員入りに砲弾が、穴だらけと化した脚部へ撃ち込まれる。
システムを狂わせる必殺の一撃が命中した。
直ぐに自己再生に支障が出る、自慢のフィジカルが無力化させる。
その事実に、遂に最上は発狂した。
「―—この、ガキめぇぇぇっえええ!!」
瞬間、卯月は白目を剥いて、血を噴きながら卒倒した。本当の限界が来たのだ。
半狂乱と化した最上の剛腕が、首を跳ねようと振るわれる。
だが直撃の寸前で、卯月は飛び込んできた満潮に救助された。
「させるか!」
「お前、満潮……あああもう何なんだよぉぉぉおおお!!?」
「最上に、あんたに、これ以上人殺しはさせないわ!」
「あ、あああ゛!?」
効果は直ぐに出始めた、力が抜けていくのが分かる、自分を成り立たせていた物が無くなっていく。
そうして、ある種の『死』を目前にして、最上は獲物を絞った。
熊野へ殺意を突き立てた。
「殺す。残った時間で、お前だけでも、引き裂いて沈めてやらなきゃぁなあ!」
「望む所、さっさと終わらせましょう」
「がぁぁぁぁぁ!」
獣のような咆哮を上げ、竜巻のように瑞雲を纏いながら突撃する。
着水の安全性も無視し、残る甲標的も全て展開、空爆、砲撃、雷撃の包囲網によって仕留めに掛かる。
しかし、発狂した最上は致命的なことを失念していた。
今まで優位だった理由は、圧倒的なフィジカルだ。
それが半ば喪失してしまった今、どうなるかは明白。
「遅い、余りにも、遅いですわ」
瑞雲の飛行パターンは見破られていた。
正確に撃ち抜かれ、生じた隙間を砲撃が射抜く。
そして、修復しきれていなかった負傷箇所へ直撃する。
治り掛けが抉られ、より傷が深くなる。
「まだ、まだぁ――!」
「終わりです」
回避しようとしても、未来予知めいた正確性で砲撃が来る。
折角放った甲標的の魚雷も空爆も、パターンが見切られていて意味がなく、全部回避される。
そして反撃に砲撃が来て、別の傷がより抉られる。
「なんで、回避が、まだ、そこまで落ちてはいないのに!」
『直感』はまだ働いている、攻撃は察せられる、危険な攻撃は気づける。
なのに回避し切れない。
再生途中だった傷を尽く抉られてる。
理解できない事態に最上は叫ぶ。
「単純な話ですわ。気づけても身体が追いついていないのです」
「ふざ、ふざけるなぁ!」
「でしたら、最上さんは、此処までです」
何がだ、舐めるな、本気を見せてやる――そう怒り狂って、力を振り絞る。
こいつを殺す最後の力を引き出そうとした。
「―—あ゛っ?」
それは、叶わなかった。
「なに、が、起きて……」
「決着です」
「くらい、見え……ない。こ、恐いよ……あ、あ……」
最上が突然、海面に倒れ伏す。
抉られた箇所の再生が停止し、あらゆる場所から鮮血を噴き出す。
視界が消え、感覚が消え、最後に。
「どうか、ご無事で」
音が消えて、最上の意識は失われた。
最上戦はこれにて決着。
次のボス戦が、中盤最大の山場となるでしょう。
色々な人にとって。