前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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6月6日6時6分投稿にしても良かったかもしれない。


第16話 反則

 満潮にこれでもかというほどボコボコにされ、卯月は演習に負けた。最後に頭部を強くうったせいで気を失ってしまう。

 気づいたら上から那珂が心配そうに見下ろしていた。

 

「……え、演習は?」

「分かるでしょ?」

「完全S勝利かぴょん」

「いやD敗北だよ」

 

 駄目だったか。勝つつもりだったが現実は甘くない。場数も実力差もある。気合だけでうまくいけば、戦争はとっくに終わっているだろう。

 

「雑魚ね、雑魚雑魚」

「うるせえ、次はうーちゃんが勝つぴょん」

「はいはい満潮ちゃんも煽らない!」

 

 満潮に思いっ切り睨みをきかす。と同時に顔が痛みだした。反射的に両手で顔を覆う。

 

「顔を思いっきりうっちゃったけど、痛むところはない?」

「鼻が痛いぴょん」

 

 鼻を中心に顔全体がじんじん痛む。いったいどうなってるんだ。漫画みたいに『*』に潰れてはいないだろうか。

 

「あー、鼻の骨が折れてるみたいだね」

「まじかぴょん」

「さすがに鼻で息ができないのは困るねー」

 

 本当だ、鼻が潰れている。口で息はできるが不便だ。

 いったん入渠してからまた演習だな。基地はどこだっけか。卯月が周囲を見渡す。すると那珂が手招きしてきた。

 

「ちょっとこっち来て」

「ぴょん?」

「えい」

 

 鼻を掴まれる。『ボキ』と音がした。

 

「ギャー!?」

「よし」

 

 なにが「よし」だよ馬鹿野郎!? 

 しかし痛くて声も出ない。アホのようにのたうち回る。涙まで出てきた。ホントになんなんだ。

 

「息ができるようになったね」

「にゅ、入渠じゃ、駄目だったのかっぴょん」

「なに言ってるの、戦場じゃ入渠なんてできないんだよー?」

「そうだけど、そうだけどぉー……」

 

 外れた関節を無理やり戻すのとはわけが違う。確かに呼吸はできるようになったが代わりに激痛が顔を襲う。

 一応演習が終わったら入渠は行けるが、それまではこのままと那珂は言った。鬼だった。

 

「那珂さん、まだこいつと演習しなきゃ駄目なの?」

「駄目だけど、どーしたの?」

「こいつ見込みないわよ、時間の無駄だわ。わたしにとってもこいつにとっても」

 

 本当にこいつは一々言うじゃねぇか。こめかみに血管が走ってくる。

 で、また顔が痛くなって卯月は蹲る。しまらないなぁと心の中でため息をついた。

 

「うん、その通りだと思うよ」

「うんうん……ちょっと那珂ちゃん!?」

「え、だって卯月ちゃん弱いし」

 

 まさかの肯定であった。真正面から弱いって言われたら流石に傷つく。それと同じぐらい腹が立つ。

 

「そんな、那珂ちゃんは味方だと思ってたのに、裏切り者だったかぴょん!」

「フッフッフ、芸能界は真っ暗なんだよぉ……」

「殺してやる、殺してやるー!」

「茶番は良いから。なら、わたし帰っていいわね」

「駄目だけど?」

 

 突発的に正気に戻った那珂は告げた。満潮は驚いたあと露骨に不満な顔を浮かべた。

 

「満潮ちゃんの言うとおり卯月ちゃんは弱いよ。でも演習しない理由にはなんないよね」

「なによそれ、先輩だから面倒見ろってこと?」

「違うよ。弱いからこそ戦わないといけないんだよ。たかが駆逐艦って侮って沈んだ戦艦が何隻いることか」

 

 駆逐艦だって戦艦を殺せる。魚雷にピンポイントの主砲。方法はいくらでもある。でもそれは『睦月型』のわたしにも可能なのだろうか。自分でも疑問だ。

 

「卯月ちゃんもそうだよ。弱いよ。でも弱いことは、『勝てないこと』じゃないんだよ」

「なるほど、ぴょん?」

「分かってないよねその反応」

 

 分かってないというか、顔が痛い。

 こんな状態で戦えるのかが一番不安だ。これぐらいの痛みになれなきゃ実戦にならないってんならしょうがないけど。

 

「ああそう、分かったわ。その雑魚が指一本動かせなくなれば終わりで良いのよね」

「心停止まで許すよ!」

「ちょっと!?」

「大丈夫、アイドル式心臓マッサージがあるから!」

 

 ヤバイ。本気でやらないと不味い。三途の川から菊月が手を振っている。

 

 少し喋って体力も回復させたところで、演習再開となった。

 ルールは先程と同じ、那珂が轟沈判定を下すまでは続行になる。使っていい武器もさっきと同じだ。

 

 しかし卯月は負けまくった。

 どんなに頑張っても負けまくった。主砲で撃たれ雷撃に巻き込まれ、木枯らしのように宙を舞う。

 

 そうこうしてる間に太陽が真上にやってきた。このままではボコボコのまま演習終了になってしまう。焦ったっていいことはないが、気分が落ち着かない。

 

「時間も時間だね、じゃ、次の一戦で最後ね」

「さっさと終わらせましょ」

 

 満潮はもう勝つ気でいる。自分が負けるだなんてこれっぽっちも考えてない。なんて腹が立つ! なんとかして吠え面かかせてやりたい。

 

「二人とも、用意は良い?」

 

 余裕の笑みさえ浮かべている満潮。全身痣塗れで息を荒くする卯月。

 どっちが有利かは一目瞭然だ。それでも卯月は元気に声を張り上げる。気持ちでは負けないつもりだ。

 

「演習、開始っ!」

 

 合図と同時に卯月と満潮が同時に砲撃する。

 何回も何回も撃ち合ったせいで、お互いのクセはだいたい分かっていた。初発から動きを予想して狙い撃つ。

 

 卯月も最初と比べてはるかに動けるようになっていた。

 動きも複雑になり簡単に予測できなくなっている。急カーブやブレーキ、旋回を合間合間に挟みながら、満潮に砲撃を浴びせていく。

 

 だが、それでも経験の差は埋めがたい。

 卯月が必死に狙った砲撃も、満潮からすれば馬鹿正直な一撃でしかない。余裕をもって全て回避されてしまう。

 

 どうすればいい。このままではまた負ける。

 艦のスペックも経験の差もどうにもならない。その差を埋めるためには考えなきゃいけない。息を荒くし、体中から汗を流す。筋肉が悲鳴を上げても考えるのは止めちゃだめだ。

 

 一瞬、満潮の姿が水柱で隠れた。

 と同時に卯月は()()()を凝視する。そこには魚雷の軌跡がわずかに残っていた。やはりそうか、このタイミング。

 

 急カーブで逃げてもその先にはきっと砲撃が来る。

 魚雷を排除するにはわたしの練度が足りない。複数の雷撃を撃ち抜けるような訓練はしていない。逃げ道は潰された。

 

「さっさと負けを認めなさいよ」

 

 満潮の挑発に、反論する余裕もなかった。

 そうしている間にも魚雷が来る。余裕の勝利宣言に怒りが頂点に達しそうだ。

 

 そうだ、余裕なのだ、あいつは。

 卯月は不意に冷静になる。あの油断は隙にならないだろうか。わたしのような弱者でも隙を突ければ、強烈な一手にならないだろうか。

 

 隙を突くためには、確実に逃がさないためには。

 

「……やってみるかっぴょん」

 

 これは演習だ。失敗したって死にはしない。

 卯月は不敵に笑うと、魚雷の迫る『前』に進んだ。

 

 あれはなんだ? なんの笑いだ? 

 不気味な笑みに満潮は卯月を観察する。そして()()()()、浅はかな策に失笑した。

 

「馬鹿なの? 雷撃を見て回避する気なのあんた?」

 

 卯月はなにも言わない。満潮は肯定だと受け取った。

 確かに航跡を見れば回避はできる。だがそれは机上の空論というものだ。常に波打つ海上では見失いやすいし、そもそも魚雷は見つかりにくくできている。

 

 だが油断は禁物だ。回避されたら一気に接近される。満潮は卯月に向けて連装砲を乱射していく。

 

「──ッ!」

「これでどう、これでも魚雷を見る余裕はあるの?」

「てめぇっ!」

 

 砲撃の回避に気を取られ魚雷を見失っただろう。

 砲撃の水しぶきが視界を塞いだだろう。

 これで卯月は逃げ惑うことしかできない。右往左往するぐらいで逃げれるような雷撃はしていない。

 

「じゃあね」

 

 鬼のような面構えで睨む卯月を嘲笑う。

 そして雷撃が到達した。次々と爆発が起き、卯月の姿を覆い隠す。ペイント塗れの卯月が横たわっているはずだ。満潮はそう考えた。

 

 だが、動く物が見えた。

 満潮は反射的に主砲を構える。視線を上に動かす。

 

 水しぶきで細かく見えないが、水柱のうえに『なにか』があった。

 

「わたしのやり方の真似……?」

 

 最初の演習で、あえて水柱に打ち上げられた戦法を真似たのだろうか。馬鹿馬鹿しい。あんな遠くで空に飛んでなんの意味がある。ふざけているか。

 

「戦場を舐めてるの? いい加減くたばりなさい!」

 

 満潮は迷うことなく『なにか』を砲撃する。

 だが満潮の予想に反することがおきた。

 

『なにか』は卯月ではなかったのだ。水柱を吹き飛ばすほどの大爆発が起きたのだ。

 

「なっ……!」

「バカめ! そっちは囮だぴょん!」

 

 あいつはなにをした。卯月を見た満潮は絶句した。

 卯月は『魚雷発射管』を装備していなかったのだ。じゃあ、いま爆発したのは……搭載してた魚雷全部か! 

 

 爆炎に隠れて卯月は突っ込んでくる。満潮は砲撃で牽制する。しかしどれも当たらない。

 

 速度が変わっているからだ。魚雷がないぶん軽くなっている。速くなっている。だから今までの『読み』が通じない。

 

 魚雷で牽制しようにもたった今発射してしまった。次の発射準備がまだ整わない。

 

「接近戦ならどうだぴょん!」

 

 まごついてる間に卯月は距離を詰めていた。あと数秒で砲撃もできない距離に持ち込まれる。格闘戦だ。それなら勝てると卯月は考えているのだろう。

 

 これ以上近づかれてはならない。満潮は再び砲撃を放つ。もう動きは見切った。あんな単純な動き、読めないわけがない。砲撃は卯月に吸い込まれるように飛んでいく。

 

「当たってたまるかっぴょん!」

 

 卯月からすれば、すでに引けない状況だ。

 ここで接近に失敗すれば、性能で上回る満潮に潰される。なんとしてもここを突破する。そのためならどんな荒業でも構わない。

 

 魚雷発射管はない。だから卯月は爆雷を全て投げ飛ばした。

 

 ありったけの爆雷がまるで盾のように展開される。何発かは水中に落ちる。砲撃と魚雷が爆雷に触れ、また爆発が起きる。

 

「痛いぴょん!」

 

 爆雷も模擬だ。怪我は負わない。しかし爆発の衝撃は起きる。片腕で防いだものの片手はズタボロだ。残った片手でなんとか突破するしかない。

 

「ああもう、うっとおしいわね!」

「一発はくらわせる、絶対に当てるぴょん!」

 

 腕を犠牲にした甲斐あってか、卯月はついに接近戦の距離まで到達した。もうこれはいらない。動きの邪魔だ。卯月は主砲を上空へ投げ飛ばす。

 

 ぶん殴ってやる。そう腕を振りかざす。

 

 だが、満潮がにやりと笑った。

 

「あんたはやっぱり雑魚よ」

 

 振りかぶった腕は、気づかない内に掴まれていた。

 

「なんでわたしが、格闘戦をできないと思ったの」

 

 ベキと、一瞬で手首を折られてしまう。激痛に顔を歪める卯月だが、彼女はまだ諦めていなかった。まだ策は残っている。

 

「なんで、わたしが、うえのあれに気づけないと思ったの!」

 

 しかし、それも読まれていた。

 満潮は主砲を上に向け、一発撃った。その先に会ったのはさっき卯月が投げた主砲だ。卯月は投げた主砲を、投擲武器にして当てるつもりだったのだ。

 

 だが見破られた。卯月の単装砲は破壊された。卯月が絶望の表情を浮かべたのを見て、満潮は勝利を確信した。

 

「はい、お終い!」

 

 トドメに強烈なケリを腹に叩き込む。ぐしゃ、と嫌な音がしたが気に留めない。どうせ入渠すれば治るのだから。

 

 吐血した卯月に砲撃を浴びせ、思いっきり吹っ飛ばす。腹も顔もペイント塗れだ。誰がどう見ても轟沈判定だ。

 

「満潮ちゃんの勝利!」

 

 那珂が勝利を宣言する。これで演習は終わった。わたしは勝ったのだ。こんな雑魚に付き合う時間は終わりだ。

 

 勝った。終わった。だからもう卯月を見なかった。心配して見た那珂は気づいた。

 

「……卯月ちゃん?」

 

 だから気づけなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 那珂の声に満潮も卯月を見る。ぶっ飛んだ卯月が海面に叩きつけられた、まさにその瞬間。

 

 満潮がぶっ飛ばされた。

 

「!?」

 

 顎の骨が砕けた激痛だ。

 なにが起きたのか分からない。アッパーカットのような攻撃を受けた。真下から強烈な一撃が飛んできたのだ。

 

 しかし卯月は離れたところで倒れている。魚雷も主砲もない状態で、あいつはなにをやったんだ。

 

 満潮には分からない。だが遠くから俯瞰的に見ていた那珂は気づいていた。

 

「碇を振ってたんだ」

 

 その正体は『碇』。船を固定する時に使う重しだ。

 

 最初の時、魚雷と砲撃に挟まれたときに仕込みは始まっていた。

 水柱に紛れて碇を投下し、卯月はそれを引き摺って突っ込んでいったのだ。

 

 主砲を投げたのも、魚雷発射管を捨てたのも、水中に意識を向かせないためだ。

 最後に満潮にぶっとばされるのも計算の内。チェーンハンマーを引き摺るような形になっていた碇は、()()()のように水面に打ちあがった。最後に腕で引っ張って位置を調整していた。

 

 しかし、いまの攻撃は勝利判定のあとに起きた。卯月の敗北は変わらない。今のはなんだったんだろう。那珂の疑問はすぐに解けた。

 

「当ててやったぞ! どーだざまーみろだぴょん!」

 

 それだけ、それだけだったのだ。

 演習の結果とかはどうでも良く、一発を叩き込むのが全てだったのだ。だから演習終了後の油断したタイミングで、碇を引っ張ったんだ。

 

「さ……」

「ん?」

「最低だよそれは、卯月ちゃん!?」

 

 しかしこれではルール違反だ。演習もへったくれもない。高らかに笑う卯月に那珂は突っ込んだ。

 

「負けても別に、出撃許可は出すつもりだったんだよ!」

「んなこたどうでもいいぴょん、あの満潮に吼えづらをかかせるのが重要だったんだぴょん。ついにやってやったぴょん」

 

 フハハハハと笑う卯月。顎を砕かれ気絶する満潮。喚きたてる那珂。たまたま通りかかった球磨が絶句していた。

 

「手段なんて、どうでもいいのだーっぴょん!」

 

 その後内臓が破裂した卯月と顎を砕かれた満潮は揃って入渠ドックへ。ドックを出た後球磨にこれでもかと怒られることになる。「そんなに演習が好きだったとはクマ」と言われ、休憩なしの訓練を深夜三時まで強要されるのであった。

 

 この一件によって卯月と満潮の溝はより深まったのである。




???「勝てばよかろうなのだーっ!」
???「過程や方法なぞ……どうでもよいのだぁ!」
???「結果だ!この世には結果だけが残る!」
卯月「グレートな思想だぴょん」
満潮「クソめ!」
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