近海に潜み、輸送艇を最上ごと沈めようとしていた刺客を発見したことで、漸く帰投の道につくことができた。
最上だけでなく、三隻目も確保できた。
想定以上の戦果に、浮足立っている──ように見えるが、実際の所は。
「
「やかましいクマ! 静かにしろクマ!」
「ああああ怒られた!?
ステルス迷彩を用いて、最前線でこちらを監視し続けていたガンビア・ベイは、尋常ではなく喧しかった。
常にピーピー泣きながら、弱音を吐いている。
今のように下手に声をかければ、それだけで恐怖が臨界点に達し、更に大声で泣き叫ぶ。
決死の戦闘後なのにこの始末。
卯月に限らず、全員げんなりとした表情を浮かべていた。
口枷はとっくに試した。
結果、喋れない代わりに全身で恐怖を表現。
そこら中に身体をぶつけて暴れ回り、余計に酷くなったので早々に口枷は取られた。
「ガンビア・ベイ、貴女以外に艦娘は?」
「ヒィィィィ!」
「ステルス機をコントロールしていたのは、貴女ですね?」
「イヤァァァァ!」
「……会話する気あります?」
「ぐすっ、えぐっ、びゃぁぁぁぁ!」
尋問してもこのザマである。
何をしても兎に角、泣く、叫ぶ、狂乱状態で引っ繰り返る──と、まともな会話は一切成立しない。
パッと見哀れな精神異常者に見えなくもない。
だが、忘れてはいけない。
ガンビア・ベイは、輸送艇を最上ごと破壊しようと画策していた敵であることを。
泣いているのだって、演技かもしれないのだ。
決して油断してはいけない。
全身ガッチリ拘束している。
かつて北上がつくった、吸収阻害の布を巻き付け、
その上で交代で二人見張りをつけ、妙なことをしないか警戒をする。
その任務から外れているのは、重傷極まって動けない卯月と、最上にかかりっきりの熊野だけである。
「メッチャうるさいぴょん、全然休まらないぴょん……鼓膜が腐って死にそうだぴょん」
「御愁傷さまですわ……」
「ピャァァァァ!」
サプレッサーマフ装備中なのに、それを余裕で貫通している大悲鳴。
もう一種の音波兵器だ。
卯月の顔は青ざめ、げっそりしていた。
「……最上は、大丈夫そう、なのかぴょん」
これなら誰かと話してた方がまだ気が休まる。熊野へ声をかけた。
「ええ、限界を超える前に止めることができましたので。本格的な検査は帰投してからですが、秋月さん程酷い後遺症は残らないと思います」
「そう……なら、良かったぴょん」
「重ね重ねありがとうございます、卯月さんにその気がなくとも」
後悔は残らず、最善を尽くすことができた。
卯月が激昂してくれなかったら、こうはならなかっただろう。
肝心の卯月的には、イライラしただけという認識だが。
「そういえば、少し気になることが。あ、話す気力大丈夫ですか?」
「喋る方が気が休まるぴょん」
「ヒィィィィ!」
「……あれだけ叫んで喉が潰れないのでしょうか?」
敵に囲まれているのだから、恐いのは仕方ないがアレはない。ああいう手段で抵抗しているのか。
「質問と言いますか、卯月さん最上さんとの戦闘中、何かいきなりプッツンして、
「うん、誰かから、聞いたのかっぴょん……?」
「そんなところです。あれはどういう理由があるのでしょうか?」
「……何で、そんな質問を?」
「言いたくなければ大丈夫、暇つぶしの質問ですから」
艦娘とは何かを『護る』存在である。
最上はそれを否定した。
そんなことをしているから、無様に死ぬのだと嘲笑った。
直後、卯月はそれに怒り、システムを一気に解放させた。
「別に、大した理由でもないぴょん……あいつは、卯月の『責務』を侮辱した。存在を否定されたんだ、キレるのは当然……だぴょん」
「責務ですか。確かにそうですわね。大切なものを護ろうとする。それを嗤われるのは腹が立ちます」
「うん……」
「大切な人にしろ、思い出にしろ……」
大切な人、大切な思い。
それらを必死で護る姿を侮辱されたら、誰だって怒る。
熊野もそうだった。
鈴谷が肯定してくれた未来を否定されることは、決して許せない。
「うん? 人とか何だって?」
「え、大事な方を護るためとか、ですが」
卯月は困惑気味、目をパチクリさせていた。
「うーちゃん、そういうことの為には、戦ってないけど……?」
「は?」
「そりゃ、護りたい仲間とかあるけど……別にその為には戦ってないっぴょん」
「では、何の為に? どうしてあそこまで激昂したのですか」
「そりゃ当然、自分の為だっぴょん」
自信満々に、誇らしく卯月は答えた。
「うーちゃんは自分の為だけに戦ってる。誰かの為に戦う気は微塵もないぴょん」
それは、どういうことなんだ?
艦娘は誰かを護る存在だ、そこに存在意義を見出す存在だ。
それを侮辱されたから、怒ったのではないのか?
卯月は頻繁に誇りと口にしていたが、自分の為だけとは一体。
「……敵ヘの報復の為と?」
「それはあるけど、それはケジメと侮辱への報復。それはそれとして、自分の為に戦ってるつもりだぴょん」
熊野は困惑していた。
報復を望むなら、それこそ『自分の為』ではないのか。
しかし、だいぶちゃらんぽらんなこの駆逐艦が、実際『完全なる殺意』を得てしまう程、強固な意志を有しているのは知っている。
意味不明なことを言っているのではなく、ちゃんと意味のあることを言っているのは違いない。
「……一応言っとくけど、友達とか、仲間とかの為に戦うことは、当たり前だけど良いことだと思うぴょん」
「ええ、そうですわね」
「でもうーちゃん、そこに艦娘の価値を見出せない」
冷徹な口調で、卯月は言い切った。
「自分自身の為に戦える存在が、『艦娘』だと思うっぴょん」
「エゴの為、ですか。いえ、どんな思想だってエゴは混じってきますが」
「そういうこと……色々あって、そういう結論に至ってるぴょん」
「色々ですか」
こくりと頷く卯月。
確かに、普通の艦娘では経験──したくもないようなことを、幾つも経験している。
価値観が激変してしまうのも無理はない。
自分から興味本位で聞いただけのこと、熊野はそこで会話を終わらせた。
「嫌!? 嫌!? いやぁぁぁぁ!」
「あ゛ーいつまで叫んだるんだクマー!?」
「頭が割れそうです」
「ポーラさんのはただの二日酔いでしょうが」
というかこの状況で会話を続ける気力がもうなかった。
「本当にやかましいわね……どうなってんのよアレ」
今まで黙っていた満潮も、ついに愚痴をこぼす。
「……そーいや満潮、怪我は」
「大破だけど、生命維持に関わる程じゃないから、アンタなんぞに心配される必要性はないからね」
「残念だぴょん」
誰か耳栓をくれ。そして休ませてくれ。
こんなの捕虜にしなきゃ良かった。
疲弊しきった心身で、全員同じことを考えていた。
*
ガンビア・ベイの音波攻撃に耐えながら、輸送艇に揺られること数十分。
どういう航路をとっているのか知らないが、前科戦線にはまだ帰投できていなかった。
相変わらず鳴き声は続いているが、もう心を無にして耐えしのぐ。
やっと慣れた頃、状況が急変した。
「何の音ッ!?」
激しい高音、耳をつんざくサイレン、赤い光が機内を照らす。
『敵襲かもー!』
誰よりも早く、秋津洲の機内放送が危機を宣言した。
「熊野さんと満潮さん、最上と卯月さんを! ポーラは狙撃体勢に、不知火はガンビア・ベイにつきます!」
「うーちゃんは!」
「卯月さん今役に立たないでしょう!」
「酷い!」
しかし自力で立てないので全く役に立たない。泣き泣き熊野と満潮に護られる羽目に。
「無様ね」
「ぐぎぎぎぎ悔しいぴょん悔しいぴょん」
「だいぶ元気は戻ってきてますわね……」
身体だけでも休めたおかげか、
「というか敵って誰なのよ、秋津洲!」
空中で襲ってくる敵は限定的だ。
地上からの砲撃か、艦載機の襲撃か、そのどちらしかない。
だが、実際にはどちらでもなかった。
『戦闘ヘリかも!』
「……ヘリ? 護衛空母が積むような?」
『違うって、ガチの! 近代基準の、人間が乗るヤツかもー!』
襲撃しているのは、『人間』だった。深海戦艦ではなかった。
驚く間もなく、衝撃が輸送艇を揺らす。
『回避運動! 動きまくるから頑張るかもー!』
秋津洲は輸送艇にあるまじき動きで敵の攻撃を回避する。
バレルロールに、空中一回転、急降下──中の卯月たちはしがみ付くので精一杯だ。
だが敵も手練れなのか、振りきれない。
外からは激しい戦闘の音が聞こえてくる。
そもそも、輸送艇で戦闘ヘリの追撃を振り切ることが困難なのだ。
『ヤバイ! 全員伏せて!』
指示に従う、その直後ガトリング砲の連射が、機体を貫通して卯月たちを襲った。
「どわああああ!?」
『こんなもので、落とせると、思わないで欲しいかもー!』
直ぐに射線から外れ、戦闘ヘリの死角へ回り込む。
凄まじい操縦テクニックだが、いつか限界が来る。
このままではやられてしまう。
輸送艇内で砲撃なんてしたら、反動で機体が制御不能になるが、止むをえない。フラフラの身体を叩き起こし、主砲へ弾を込める。
そして、視線を上げて、目に映ったのは、不知火の背後に立つガンビア・ベイの姿だった。
首元へ手刀が放たれていた。
「不知火!」
「ッ!」
不知火は卯月の目線で、危機を察知した。
放たれた手刀へカウンターのナックルをぶつけ相殺した──ように見えた。
いや、攻撃の阻止には成功した。
だがノーダメージにはならなかった。
「ぐっ……!?」
「ひぃっ、
あの不知火が激痛に顔を歪ませたのだ。
見えるだけの卯月には、何が起きたのかは分からない。
そんなことより、何故ガンビア・ベイが自由になっているのか。
答えは割と簡単な所にあった。
彼女の足元に、千切れた鎖やロープが散乱していたのだ。
「まさか、機銃で千切れたっていうのかぴょん!?」
「あああ……
「逃がしません」
運が良かったのか偶然かはどうでもいい、とにかく掴まえなければ。幸い狭い輸送艇内だ、直ぐに捕縛できるだろう。
艤装もちゃんと外してある、装備している私たちとは身体能力が違う。
だが、ここで失敗を犯すこととなった。
「早い!?」
ガンビア・ベイは風のように早かった。
此処の誰よりも早かった。
状況を認識する頃にはもう、輸送艇の壁を突き破り脱出してしまっていた。
姿は見えないが、落下していくガンビア・ベイの声だけが響いてくる。
「人でなし、
が下ります! この卑怯者め死んで、死んじゃってください! 私を苛めた罰を受けるんですぅぅぅぅ!」
落下しきったのか、声は聞こえなくなった。
信じがたい発言内容だ。
わたしたちが極悪人って、何様もつもりだ。輸送艇を、
けど、その妄言に絶句している暇はない。
「どうなってんだぴょん、艤装装備してないのにどうなってんだぴょん!?」
「目の紅い光もなかった、システムは作動していなかった……にも関わらずこの身体能力とは。油断しました」
「……ところでこの穴、大丈夫なの?」
結論を言うと大丈夫ではなかった。
『今度は何かも大きな穴が空いて、衝撃でバランスがー!』
機体がぐわんと大きく傾く、流石に艦娘と言えども、こんな状況での戦闘は想定していない。疲労の蓄積も相まって、振り落とされないようしがみつくおが精一杯だ。
そうこうしている間に、ガンビア・ベイの開けた穴から、人間たちが突入してくる。
「本当に人間なのかっぴょん……!」
少なからず衝撃を受ける、重武装に身を包んだ正真の人間だ。
それらが深海棲艦の味方をしているなんて、余り信じたくない現実だ。
人間たちは、卯月たちを銃で牽制しながら、機内に置き去りになったガンビア・ベイの艤装を、機内の傾きを利用して海面へ投下させた。
間髪入れずに、人間たちも脱出。
その際、手に持っていた『物』を放り投げようとする。
一目で分かる、爆発物の類だ。
輸送艇ごと、最上ごと全員殺すつもりなのだと理解した。
こうなれば仕方ない、反動上等で主砲を撃とうとした──その時。
人間たちが突然、機銃掃射で肉片と変わった。
奥にいた戦闘ヘリにも誰かの艦載機が纏わりついている。機銃で穴だらけになり、やがて艦爆の爆弾投下で木端微塵に吹き飛んだ。
「今のは……」
『飛鷹さんからの増援かもー! 助かったかもー!』
どうやら危機を察知してくれたらしい。
飛鷹の攻撃により戦闘ヘリは爆散、人間も全員肉片へ変わった。
卯月は張って、穴から空中を見下ろす。
かなりの高度がある。ガンビア・ベイはここから落ちていった。しかも艤装ナシで。
「死んだか?」
「……そう思います?」
「だよね……またアレと、何時か戦うのかぴょん」
あの人間たちは、ガンビア・ベイが失敗した時用の予備だったのだろうか。
もしくは、捕縛された彼女を救出する部隊だったのだろうか。
最低限、最上を奪われなかったのは良かったが、釈然としない気持ちが強い。
最上を奪還できるチャンスだったのに、全くしようとしなかった。
最上の犠牲も気にせず、輸送艇を沈めようとしていた。
分かりきっていたが、そういう連中だと改めて痛感する。卯月は嫌な気分を抱えたまま、帰投につくのであった。