前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第160話 騒音

 近海に潜み、輸送艇を最上ごと沈めようとしていた刺客を発見したことで、漸く帰投の道につくことができた。

 最上だけでなく、三隻目も確保できた。

 想定以上の戦果に、浮足立っている──ように見えるが、実際の所は。

 

Scared(恐い)! Scared(恐い)です……きっと凄惨なtorture(拷問)が待っているんです! 考えただけで身震いが吐き気が動悸が眩暈が止まりません! Scareeeeed(恐いよぉぉぉぉ)!」

「やかましいクマ! 静かにしろクマ!」

「ああああ怒られた!? Be killed(殺されてしまいます)!? 止めてください床でも靴でも糞でも何でも舐めますから! どうか殺すのも拷問もしないでくださいピエエエエエ!」

 

 ステルス迷彩を用いて、最前線でこちらを監視し続けていたガンビア・ベイは、尋常ではなく喧しかった。

 

 常にピーピー泣きながら、弱音を吐いている。

 今のように下手に声をかければ、それだけで恐怖が臨界点に達し、更に大声で泣き叫ぶ。

 

 決死の戦闘後なのにこの始末。

 卯月に限らず、全員げんなりとした表情を浮かべていた。

 

 口枷はとっくに試した。

 結果、喋れない代わりに全身で恐怖を表現。

 そこら中に身体をぶつけて暴れ回り、余計に酷くなったので早々に口枷は取られた。

 

「ガンビア・ベイ、貴女以外に艦娘は?」

「ヒィィィィ!」

「ステルス機をコントロールしていたのは、貴女ですね?」

「イヤァァァァ!」

「……会話する気あります?」

「ぐすっ、えぐっ、びゃぁぁぁぁ!」

 

 尋問してもこのザマである。

 何をしても兎に角、泣く、叫ぶ、狂乱状態で引っ繰り返る──と、まともな会話は一切成立しない。

 

 パッと見哀れな精神異常者に見えなくもない。

 

 だが、忘れてはいけない。

 ガンビア・ベイは、輸送艇を最上ごと破壊しようと画策していた敵であることを。

 泣いているのだって、演技かもしれないのだ。

 決して油断してはいけない。

 

 全身ガッチリ拘束している。

 かつて北上がつくった、吸収阻害の布を巻き付け、D-ABYSS(ディー・アビス)の稼働効率も下げた。

 その上で交代で二人見張りをつけ、妙なことをしないか警戒をする。

 

 その任務から外れているのは、重傷極まって動けない卯月と、最上にかかりっきりの熊野だけである。

 

「メッチャうるさいぴょん、全然休まらないぴょん……鼓膜が腐って死にそうだぴょん」

「御愁傷さまですわ……」

「ピャァァァァ!」

 

 サプレッサーマフ装備中なのに、それを余裕で貫通している大悲鳴。

 もう一種の音波兵器だ。

 卯月の顔は青ざめ、げっそりしていた。

 

「……最上は、大丈夫そう、なのかぴょん」

 

 これなら誰かと話してた方がまだ気が休まる。熊野へ声をかけた。

 

「ええ、限界を超える前に止めることができましたので。本格的な検査は帰投してからですが、秋月さん程酷い後遺症は残らないと思います」

「そう……なら、良かったぴょん」

「重ね重ねありがとうございます、卯月さんにその気がなくとも」

 

 後悔は残らず、最善を尽くすことができた。

 卯月が激昂してくれなかったら、こうはならなかっただろう。

 肝心の卯月的には、イライラしただけという認識だが。

 

「そういえば、少し気になることが。あ、話す気力大丈夫ですか?」

「喋る方が気が休まるぴょん」

「ヒィィィィ!」

「……あれだけ叫んで喉が潰れないのでしょうか?」

 

 敵に囲まれているのだから、恐いのは仕方ないがアレはない。ああいう手段で抵抗しているのか。

 

「質問と言いますか、卯月さん最上さんとの戦闘中、何かいきなりプッツンして、D-ABYSS(ディー・アビス)を解放させたらしいですわね」

「うん、誰かから、聞いたのかっぴょん……?」

「そんなところです。あれはどういう理由があるのでしょうか?」

「……何で、そんな質問を?」

「言いたくなければ大丈夫、暇つぶしの質問ですから」

 

 艦娘とは何かを『護る』存在である。

 最上はそれを否定した。

 そんなことをしているから、無様に死ぬのだと嘲笑った。

 直後、卯月はそれに怒り、システムを一気に解放させた。

 

「別に、大した理由でもないぴょん……あいつは、卯月の『責務』を侮辱した。存在を否定されたんだ、キレるのは当然……だぴょん」

「責務ですか。確かにそうですわね。大切なものを護ろうとする。それを嗤われるのは腹が立ちます」

「うん……」

「大切な人にしろ、思い出にしろ……」

 

 大切な人、大切な思い。

 それらを必死で護る姿を侮辱されたら、誰だって怒る。

 熊野もそうだった。

 鈴谷が肯定してくれた未来を否定されることは、決して許せない。

 

「うん? 人とか何だって?」

「え、大事な方を護るためとか、ですが」

 

 卯月は困惑気味、目をパチクリさせていた。

 

「うーちゃん、そういうことの為には、戦ってないけど……?」

「は?」

「そりゃ、護りたい仲間とかあるけど……別にその為には戦ってないっぴょん」

「では、何の為に? どうしてあそこまで激昂したのですか」

「そりゃ当然、自分の為だっぴょん」

 

 自信満々に、誇らしく卯月は答えた。

 

「うーちゃんは自分の為だけに戦ってる。誰かの為に戦う気は微塵もないぴょん」

 

 それは、どういうことなんだ? 

 艦娘は誰かを護る存在だ、そこに存在意義を見出す存在だ。

 それを侮辱されたから、怒ったのではないのか? 

 卯月は頻繁に誇りと口にしていたが、自分の為だけとは一体。

 

「……敵ヘの報復の為と?」

「それはあるけど、それはケジメと侮辱への報復。それはそれとして、自分の為に戦ってるつもりだぴょん」

 

 熊野は困惑していた。

 報復を望むなら、それこそ『自分の為』ではないのか。

 しかし、だいぶちゃらんぽらんなこの駆逐艦が、実際『完全なる殺意』を得てしまう程、強固な意志を有しているのは知っている。

 意味不明なことを言っているのではなく、ちゃんと意味のあることを言っているのは違いない。

 

「……一応言っとくけど、友達とか、仲間とかの為に戦うことは、当たり前だけど良いことだと思うぴょん」

「ええ、そうですわね」

「でもうーちゃん、そこに艦娘の価値を見出せない」

 

 冷徹な口調で、卯月は言い切った。

 

「自分自身の為に戦える存在が、『艦娘』だと思うっぴょん」

「エゴの為、ですか。いえ、どんな思想だってエゴは混じってきますが」

「そういうこと……色々あって、そういう結論に至ってるぴょん」

「色々ですか」

 

 こくりと頷く卯月。

 確かに、普通の艦娘では経験──したくもないようなことを、幾つも経験している。

 価値観が激変してしまうのも無理はない。

 自分から興味本位で聞いただけのこと、熊野はそこで会話を終わらせた。

 

「嫌!? 嫌!? いやぁぁぁぁ!」

「あ゛ーいつまで叫んだるんだクマー!?」

「頭が割れそうです」

「ポーラさんのはただの二日酔いでしょうが」

 

 というかこの状況で会話を続ける気力がもうなかった。

 

「本当にやかましいわね……どうなってんのよアレ」

 

 今まで黙っていた満潮も、ついに愚痴をこぼす。

 

「……そーいや満潮、怪我は」

「大破だけど、生命維持に関わる程じゃないから、アンタなんぞに心配される必要性はないからね」

「残念だぴょん」

 

 誰か耳栓をくれ。そして休ませてくれ。

 こんなの捕虜にしなきゃ良かった。

 疲弊しきった心身で、全員同じことを考えていた。

 

 

 *

 

 

 ガンビア・ベイの音波攻撃に耐えながら、輸送艇に揺られること数十分。

 どういう航路をとっているのか知らないが、前科戦線にはまだ帰投できていなかった。

 相変わらず鳴き声は続いているが、もう心を無にして耐えしのぐ。

 

 やっと慣れた頃、状況が急変した。

 

「何の音ッ!?」

 

 激しい高音、耳をつんざくサイレン、赤い光が機内を照らす。

 

『敵襲かもー!』

 

 誰よりも早く、秋津洲の機内放送が危機を宣言した。

 

「熊野さんと満潮さん、最上と卯月さんを! ポーラは狙撃体勢に、不知火はガンビア・ベイにつきます!」

「うーちゃんは!」

「卯月さん今役に立たないでしょう!」

「酷い!」

 

 しかし自力で立てないので全く役に立たない。泣き泣き熊野と満潮に護られる羽目に。

 

「無様ね」

「ぐぎぎぎぎ悔しいぴょん悔しいぴょん」

「だいぶ元気は戻ってきてますわね……」

 

 身体だけでも休めたおかげか、D-ABYSS(ディー・アビス)に慣れたおかげか、体力回復も早くなっている気がした。

 

「というか敵って誰なのよ、秋津洲!」

 

 空中で襲ってくる敵は限定的だ。

 地上からの砲撃か、艦載機の襲撃か、そのどちらしかない。

 だが、実際にはどちらでもなかった。

 

『戦闘ヘリかも!』

「……ヘリ? 護衛空母が積むような?」

『違うって、ガチの! 近代基準の、人間が乗るヤツかもー!』

 

 襲撃しているのは、『人間』だった。深海戦艦ではなかった。

 驚く間もなく、衝撃が輸送艇を揺らす。

 

『回避運動! 動きまくるから頑張るかもー!』

 

 秋津洲は輸送艇にあるまじき動きで敵の攻撃を回避する。

 バレルロールに、空中一回転、急降下──中の卯月たちはしがみ付くので精一杯だ。

 だが敵も手練れなのか、振りきれない。

 外からは激しい戦闘の音が聞こえてくる。

 そもそも、輸送艇で戦闘ヘリの追撃を振り切ることが困難なのだ。

 

『ヤバイ! 全員伏せて!』

 

 指示に従う、その直後ガトリング砲の連射が、機体を貫通して卯月たちを襲った。

 

「どわああああ!?」

『こんなもので、落とせると、思わないで欲しいかもー!』

 

 直ぐに射線から外れ、戦闘ヘリの死角へ回り込む。

 凄まじい操縦テクニックだが、いつか限界が来る。

 このままではやられてしまう。

 

 輸送艇内で砲撃なんてしたら、反動で機体が制御不能になるが、止むをえない。フラフラの身体を叩き起こし、主砲へ弾を込める。

 そして、視線を上げて、目に映ったのは、不知火の背後に立つガンビア・ベイの姿だった。

 首元へ手刀が放たれていた。

 

「不知火!」

「ッ!」

 

 不知火は卯月の目線で、危機を察知した。

 

 放たれた手刀へカウンターのナックルをぶつけ相殺した──ように見えた。

 

 いや、攻撃の阻止には成功した。

 

 だがノーダメージにはならなかった。

 

「ぐっ……!?」

「ひぃっ、prevented(防いだ)!?ありえないよ恐いよぉ!」

 

 あの不知火が激痛に顔を歪ませたのだ。

 見えるだけの卯月には、何が起きたのかは分からない。

 そんなことより、何故ガンビア・ベイが自由になっているのか。

 

 答えは割と簡単な所にあった。

 

 彼女の足元に、千切れた鎖やロープが散乱していたのだ。

 

「まさか、機銃で千切れたっていうのかぴょん!?」

「あああ……lucky(運が良い)です、まだ神様は、私をnot abandoned(見捨ててないんだ)! thank youuuuuuuuu(ありがとうございますぅぅぅぅぅ)!」

「逃がしません」

 

 運が良かったのか偶然かはどうでもいい、とにかく掴まえなければ。幸い狭い輸送艇内だ、直ぐに捕縛できるだろう。

 艤装もちゃんと外してある、装備している私たちとは身体能力が違う。

 だが、ここで失敗を犯すこととなった。

 

「早い!?」

 

 ガンビア・ベイは風のように早かった。

 此処の誰よりも早かった。

 状況を認識する頃にはもう、輸送艇の壁を突き破り脱出してしまっていた。

 

 姿は見えないが、落下していくガンビア・ベイの声だけが響いてくる。

 

「人でなし、heresy(外道)demon()! demon(悪魔)! devil(鬼畜)! 狂人たちめ! 何で私に酷いことをするんですかvillain(極悪人)め! 因果応報って言うんです! 絶対divine punishment

 

(天罰)が下ります! この卑怯者め死んで、死んじゃってください! 私を苛めた罰を受けるんですぅぅぅぅ!」

 

 落下しきったのか、声は聞こえなくなった。

 

 信じがたい発言内容だ。

 わたしたちが極悪人って、何様もつもりだ。輸送艇を、仲間(最上)ごと破壊しようとしていた奴の言うことか。

 けど、その妄言に絶句している暇はない。

 

「どうなってんだぴょん、艤装装備してないのにどうなってんだぴょん!?」

「目の紅い光もなかった、システムは作動していなかった……にも関わらずこの身体能力とは。油断しました」

「……ところでこの穴、大丈夫なの?」

 

 結論を言うと大丈夫ではなかった。

 

『今度は何かも大きな穴が空いて、衝撃でバランスがー!』

 

 機体がぐわんと大きく傾く、流石に艦娘と言えども、こんな状況での戦闘は想定していない。疲労の蓄積も相まって、振り落とされないようしがみつくおが精一杯だ。

 

 そうこうしている間に、ガンビア・ベイの開けた穴から、人間たちが突入してくる。

 

「本当に人間なのかっぴょん……!」

 

 少なからず衝撃を受ける、重武装に身を包んだ正真の人間だ。

 それらが深海棲艦の味方をしているなんて、余り信じたくない現実だ。

 人間たちは、卯月たちを銃で牽制しながら、機内に置き去りになったガンビア・ベイの艤装を、機内の傾きを利用して海面へ投下させた。

 

 間髪入れずに、人間たちも脱出。

 その際、手に持っていた『物』を放り投げようとする。

 一目で分かる、爆発物の類だ。

 輸送艇ごと、最上ごと全員殺すつもりなのだと理解した。

 

 こうなれば仕方ない、反動上等で主砲を撃とうとした──その時。

 

 人間たちが突然、機銃掃射で肉片と変わった。

 

 奥にいた戦闘ヘリにも誰かの艦載機が纏わりついている。機銃で穴だらけになり、やがて艦爆の爆弾投下で木端微塵に吹き飛んだ。

 

「今のは……」

『飛鷹さんからの増援かもー! 助かったかもー!』

 

 どうやら危機を察知してくれたらしい。

 飛鷹の攻撃により戦闘ヘリは爆散、人間も全員肉片へ変わった。

 卯月は張って、穴から空中を見下ろす。

 

 かなりの高度がある。ガンビア・ベイはここから落ちていった。しかも艤装ナシで。

 

「死んだか?」

「……そう思います?」

「だよね……またアレと、何時か戦うのかぴょん」

 

 あの人間たちは、ガンビア・ベイが失敗した時用の予備だったのだろうか。

 もしくは、捕縛された彼女を救出する部隊だったのだろうか。

 最低限、最上を奪われなかったのは良かったが、釈然としない気持ちが強い。

 

 最上を奪還できるチャンスだったのに、全くしようとしなかった。

 最上の犠牲も気にせず、輸送艇を沈めようとしていた。

 分かりきっていたが、そういう連中だと改めて痛感する。卯月は嫌な気分を抱えたまま、帰投につくのであった。

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