折角捉えたガンビア・ベイだったが、人間たちの襲撃によって逃亡を許す。
直ぐに捜索を行ったが、既に影も形もなかった。
彼女はステルス迷彩を持っている、一度見失えば、再発見は不可能だ。
空中で襲ってきたテロリストについては、既に飛鷹が殲滅した。
本当は、一人二人生き残らせて尋問を行いたかったが、残念ながらそんな余裕はなかった。
仕方ない事だと諦める。
誰も死ななかったし、最上が奪われなかっただけマシだと気持ちを切り替える。
再び帰投ルートへ舵を切った輸送艇の中、飛鷹もついでに乗り込んで帰還することになった。
「どうして、助けに来れたんだぴょん」
「ギリギリだったんだけど、テロリストが貴女たちを狙って動いてるって情報が入ってね。ただ襲撃ポイントを割り出すのに時間がかかっちゃって、少し遅れちゃったの。ごめんなさいね」
「別に良いわよ。来てくれなきゃわたし達全滅だったし」
満潮の言う通りだ、むしろ情報を見逃さなかった分感謝したい。
「でも、飛鷹の航路から、前科戦線の位置特定されたりしないわよね」
「大丈夫、かなり迂回してきたから。そのせいで余計到着が遅れたんだけどね……」
「そうだ、飛鷹さんは、輸送艇から降下したガンビア・ベイを見なかったのかぴょん?」
戦闘ヘリと輸送艇が目視できる範囲に飛鷹はいた。
ならば、着水したガンビア・ベイを見ているのではないか。
「いえ、見てないわ。私が到着した頃には誰もいなかった。偵察機で探ってみたけど、周辺海域にも誰もいないわ」
「逃げ足は速いって訳ね。気に入らないタイプの敵だわ」
「ステルスかもしれないけど」
ガンビア・ベイが降下してから、飛鷹が来るまでの時間は僅かだ。
その間に、彼女は姿を消した。
それだけの時間で、彼女は偵察機の索敵範囲外まで逃げ切った──または身を潜めたことになる。
純粋に逃げたとしたら、いったいどれだけの速さなのか。
参考になりそうなのは、輸送艇内に出来上がっていた。
『しくしくしくしく悲しいかも秋津洲の二式大艇にこんな大穴が空けられるなんて……』
秋津洲が嘆いているのは、先の戦闘でできた幾つかの風穴。
中でももっとも大きいのは、ガンビア・ベイが逃げた際、突き破ったものだ。
「ギャグマンガみたいな光景を見ることになるとはね……」
まさに人型。
輸送艇にはガンビア・ベイ型の大穴が空いていた。
それも、ギャグ漫画で見るような、ある意味美しい大穴である。
見る分には笑えるが、実際には全然面白くない。
「これを、艤装もナシでやったってどういうことなわけ」
「そんなことうーちゃんに聞かないで欲しいぴょん。むしろこっちが聞きたいぴょん」
こんなこと言うまでもないが、艤装を装備していない艦娘は、人間と大差ない。
そして人間は輸送艇の壁をブチ破れない。
いや、できる変態はいるかもしれないが絶対少数派である。
なのに、艤装ナシでガンビア・ベイは壁をぶち抜いて脱出した。
それも、誰も目視できない程の速度で。
意識できていなかったとか、死角だったとか、そういう次元の話ではない。
「何か、ガンビア・ベイから特異な音とか聞こえなかったの?」
「何も……というか、あいつの絶叫をずーっと聞いてたせいで、かなり麻痺ってたぴょん」
「ああ……うん、なるほどね」
やっぱりあの泣き声は一種の音波兵器だったのではないだろうか。卯月は訝しんだ。
「音と言えば、思い出したんだけど」
「どうしたの」
「いえ、最初アイツを探そうとした時、レーダーにもソナーにも一切反応がなかったのよ」
「索敵範囲外だった可能性は?」
「無いわ。その後ヲ級の中から見つけたけど、そこレーダーの範囲内だったわ」
不知火が『敵』の存在を示唆し、捜索した際、満潮のレーダーには確かに何も反応がなかった。
物理的にもステルス、加えてデータ上でもステルス。
信じがたいが、その可能性は十分あり得る。
「
「そう考えるのは早いでしょう。これがシステムの力と分かった訳でもありませんし」
「……ぴょえん」
「卯月さん?」
「……聞かないでっぴょん」
気のせいか、と見落とす性質ではない。
飛鷹はしっかり見ていた。
とても気落ちした様子でため息をつく卯月の姿を。
だが、今は非常に疲れている。
ムリに深堀して、ストレスを与えるべきではないし、無理に聞く状況でもない。
一先ずはゆっくりと休んでからだ。戦いの後には絶対に休息が必要だ。
輸送艇中に空いた風穴からは、冷たい風と朝日が刺し込んでいた。
*
前科戦線に帰還してから、卯月と満潮は真っ先にドッグへ叩き込まれた。
最上は残念ながら、基地に入る前に、外で解体される羽目になる。
重傷のところ申し訳ないが、秋月の時のように、体内に発信機やら爆弾やら仕込んでいる可能性がある。
早朝からおよそ半日経過、昼頃になり、卯月と満潮はドッグから解放される。
入れ替わりに、最上がドッグ内に担ぎ込まれるのを見届ける。
その傍には、熊野がついていた。
鈴谷──なのか何なのかまだサッパリだが、いずれにせよ姉妹艦、気になっている。
彼女がついてくれるなら安心だと、卯月たちは入渠ドッグの外へ出た。
「これで、
「うん、三隻目だっぴょん」
「秋月の時よりも、調査が進むと良いんだけど」
またあんなドチートを相手するのはこりごりだ。
幾つか対策手段はあるけど、どれも臨時的なもの。
もっと抜本的な対策方法が欲しい。
「ガンビア・ベイはステルス迷彩持ちだし、それ以外にも色々隠してそうだし……あいつ以外にもまだ敵はいるのかしら。考えるだけで頭痛がしてくるわ」
「してくるぴょん、そうだっぴょん」
「……アンタどうしたの、さっきから妙な感じだけど」
何だかんだ嫌々ながら、満潮はずっと卯月と一緒にいる。
そのせいで、感情の機敏には割と敏感になっている。
今の卯月は、いつもと比べて元気がない。
返事こそしているが、空返事気味だ。
「疲れてるんだぴょん。ドッグで回復したけど、
「嘘ね。だったら即刻食堂へダッシュするか、寝るのが何時ものパターンよ。嘘嫌いなんでしょ」
「嘘じゃないぴょん……全部を言ってないだけであって」
「世間一般じゃ同じようなものよ」
嘘を言って誤魔化すのと言うべきことを言わないで誤魔化すの。どちらも大して差はあるまい。
「チィっ、満潮の癖に察しが良い」
「あら事実だったのね」
あからさまに機嫌を悪くする卯月。
しかし彼女は嘘が嫌いだ、嘘を吐けない。
此処まで指摘されてしまっては、白状する他道はない。
「さあさっさと言っちゃいなさい。そして悔しげで無様な顔を晒しなさい」
ちなみに普段卯月に散々コケにされているので、満潮はとても機嫌が良くなっていた。
卯月の悩みがマジな内容であっても、それはそれとして愉快と感じる。
満潮は卯月がとても嫌いだったのだ。
「どういう態度だぴょん。いや良いけど、言うから良いけど」
こんなこと話すことが恥、そう言いたげな態度で口を割った。
「……うーちゃん、何にも役に立たなかった」
「……さっきの戦闘での話?」
「そうだぴょん」
「一応役には立ってたと思うけど。熊野のサポートもできてたし」
「そういうんじゃないんだぴょん」
深い溜め息をついて、卯月は自分の両の手に目線を落とす。
「同じ、システムを積んでるのに、最上に何にも通じなかったじゃん。格闘も砲撃も雷撃も、全部ダメだった……」
「確かにそうだったわね」
「……うぬぼれてたつもりはないけど。まさか、同じように強化されてんのに、ここまで『差』が出るとは思ってなかったんだぴょん」
結局、先の戦闘において、卯月自身の攻撃は一つも有効打にならなかった。やったことと言えば最上の足を引っ張り続けることぐらい。
「これが昼間なら、まだそんなもっかって思えたけど、最上との戦いは『夜戦』だったぴょん。駆逐艦でも戦艦並に戦える環境だったのに、それでも無力だった」
駆逐艦の本領発揮は『夜戦』時になる。
昼戦とは比較にならないぐらい接近できるので、戦艦との火力差を埋めることができる。
至近距離から雷撃を撃ち込めば、姫級だって一撃破壊できる。
そんな有利な環境だったのに、それでも尚、卯月は無力だった。
「まあそりゃそうでしょ。あんたよりにもよって睦月型だし。夜戦であっても、睦月型に火力なんて求めてないわよ」
「酷い。惨い現実を叩き付けられたぴょん!」
「そもそも、アンタ達は前線で戦う艦種じゃないじゃない。昔みたいに艦が残ってないってんならしょうがないにしても、今は違うし。いえ、前科戦線は人手不足だから多少は止むを得ないわね」
睦月型でさえ前線へ出なければならなかった昔と今は違う。最も常に人手不足である此処では、近い状態は起きるのだが。
「というか、駆逐艦が戦艦だの空母だのと正面からやり合うのが間違ってるのよ。夜戦なら兎も角、主力艦の援護をするのが仕事でしょ。そこをシステムの強化で勘違いしてるだけよ今のアンタは」
「ぬぬぬ、ド正論だぴょん。何も反論できないぴょん」
「考えなくなって分かるような、当たり前のこと言わせないで欲しいわね」
しかし、気持ちが分からない訳ではない。
それはとても魅力的なことだ。
とても、羨ましいことだ。
強化元が睦月型最弱の卯月だからこの程度だ、もし別の駆逐艦なら──
「急に黙り込んでどうしたぴょん」
「別に、アンタと必要以上の会話をする理由はないでしょ」
「ふむ、ごもっともだぴょん。無駄な愚痴に付きあってくれたことには、礼だけは言っとくぴょん。どーもあざーっす」
感謝の「か」の字もないお礼を受けて、満潮は分かり易く舌打ちを返した。
*
適当な会話をして、簡単に昼食をした後、卯月たちはベッドへ倒れ込み即熟睡し出した。
当然の話だが相当疲れていたのだ、並大抵の疲労ではない。
暫く作戦行動はない、寝かせておいても問題はない。
だが、まだまだ寝れないメンバーも要る。
高宮中佐と、正規艦娘たちである。
「…………」
「…………」
高宮中佐も不知火も、仕事中にそう無駄口を叩くタイプではない。
二人して黙々と仕事をこなす。
飛鷹もつられて、無言のまま書類を捌いていく。
戦闘詳報に最上の情報、新たに現れたガンビア・ベイ。周辺に呪い等が撒かれていたか否か、随伴艦の詳細等々。
しかも、そこから内通者に
と言うか、業務量が増えている最大の原因は、その内通者のせいである。
「いつまで、内通者に気を使ってやらねばならないのでしょうか」
何故、内通者に気を遣うような真似をしなければならないのか。考えると割と腹が立ってくる。不知火はイラっとした感じで呟いた。
「恐らくだが、もうじき一区切りつく予定だ」
「と、言いますと」
「日程は調整中だが、
不知火と飛鷹の顔色が変わる。
時間はかかったが、戦艦水鬼からシステムの名前を教えて貰ったことは、良い方向へ転んだ。
このシステム名に引っ掛かる人物がいないか焙り出す為、あちこちに情報を(名前だけ)流してきた。それに気づく人間が遂に現れたのだ。
「その人物が、此処に来ると言うことですか。ですが……」
「無論、途中襲撃を受ける可能性は高い。いやほぼ確実だ。だから日程を調整しているのだ……余計不安なのだが」
「どういうことでしょうか」
唯一、飛鷹だけが何かを察した表情で硬直した。
「まさか、それって、護衛の日程ってこと?」
「そうだ。その人物は前科戦線に来る。護衛には『大将』がつく予定だ。つまり……大将殿が此処へくる」
「なるほど、理解しました」
と冷静に返す不知火。何てことはない、いつも通りやるだけだ。取り敢えずボールペンをケースへ戻す。
「不知火、ペン立てじゃなくてコーヒーに突っ込んでるわ」
全然冷静じゃなかった。大将が来ると知り動揺が隠せていない。
中佐的には、大将の安全確保的に心配なのだろう。
だが、飛鷹と不知火からしたらそっちは大したことではない。
問題は、その大将の秘書艦だ。
対応を間違えたら内臓を喰われて殺される恐れがある。
「……予め眼球抉り出した方がよろしいですかね」
「書類仕事が滞る、却下だ」
果たして自分たちは五体満足でいられるのだろうか。不知火たちは不安を抱かずにはいられなかった。