ゆっくりベッドで寝ていたのに、何故か身体が重い。
寝心地は悪いがここまで酷くなかった筈。
魘されながら目を開けると、全身に長大な尻尾が巻き付いていた。
『ママァ……』
「なるほどそーゆーことかっぴょん……」
「うわ、凄いことになってるわね」
いつの間にかベッドの中に顔無しのネ級──もとい加古が潜りこんでいたのだ。抱き枕のように尻尾が巻き付いている。
艤装の一部でもある尻尾は、ガチガチに固くクッション性は微塵もない。寝心地が悪いのは至極当然だ。
ついでに言うと、最初一緒に寝ていた満潮は、加古にベッドから押し出されていた。お蔭で一度目が覚めてしまい、熟睡できなかった。
「てか動けない。起きれないぴょん。何とかしてくれぴょん」
「無理ね。諦めなさい」
「そもそも何でコイツが自由に動けてるんだぴょん。独房にいた筈じゃないのかぴょん」
「別に良いじゃない。お似合いよ。そのまま授乳でもしたら起きるんじゃない?」
満潮は卯月の胸元を見る。凪だった。
「無理だったわね」
「オ゛オ゛ン゛!?」
「じゃあ私食堂行ってるから」
「待て、そこに直れ、胸元抉ってやるー!」
怒声を無視して満潮は去っていく。
残された卯月は本気で困り果てた。
起きない、マジで起きない。
加古という艦娘自体、かなり寝るのが好きな存在だ。それが幼児退行した結果、まず目覚めなくなっている。
「誰かー、助けてっぴょーん……ぴょえーん」
「呼ばれましたか?」
「あ、助かっ──秋月ィ!?」
「はい、秋月です」
扉が開いて入ってきたのは秋月だった。加古に続き意外な人物の登場に驚きを隠せない。
「どうなってんだぴょん。秋月も、独房で療養していた筈じゃなかったのかっぴょん」
「リハビリ程度ですが、外を歩くことを許可されまして。卯月さんを探していたら声が聞こえました」
「……ってか、お前全盲だったんじゃ」
「その数日で、基地内なら何とか歩けるようになりました」
簡単に言うがそれは大変なことだったのではないか。五感のどれかが欠落すると、他の感覚が鋭敏化すると言うが、数日ではなるまい。秋月の努力の賜物だろうか。
「そっか。じゃあ助けてぴょん」
「はい」
秋月は力強くで尻尾を引き剥がす。システムの強化がなくとも、秋月の方がパワーがある。苦労しながらだが、卯月が脱出できるぐらいには緩まった。
「ふいー、助かったぴょん。ありがとうだぴょん!」
「ッ!?」
「ぴょん?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
何故か顔を赤くして返事をする秋月。
これはいったい。しかし気づいてはならないと本能が訴える。
「じゃあご飯行くぴょん。秋月は……食堂使って良いことになってるのかぴょん?」
「あ、はい、それも許可されています!」
「なら行くぴょん。うーちゃんお腹ペコペコぴょん」
昨日ドッグから出て、軽く昼食を食べてから、結局次の日の朝まで熟睡してしまった。
疲労が回復した反動で、とにかく腹が減ってしょうがない。
消耗し切った筋肉がカロリーを求めて叫んでいる。
いっぱい動いた後は、いっぱい食べる。これが鉄則だ。卯月はウキウキ気分で食堂へ向かった。
ただし、ちゃんと秋月をフォローしながらだ。
幾ら歩けると言っても、見えないんじゃ危険はある。介助者がいるに越したことはない。
そこで出されたのは、朝から──というのを抜きにしても、珍しいメニューであった。
「カレーだぴょん!」
「カレー……なんですね」
秋月には見えていないので、卯月の発言で認識する。
「凄い珍しいのが出てきたぴょん」
「そんなにですか?」
「うん。ここではカレーは滅多に出ないんだぴょん。だって飛y」
「熱いうちに食べてね?」
「アッハイ」
ただ珍しいだけで特に理由はない。
別に飛鷹が辛い物が苦手でカレーが出ないという理由は全くないのである。特に理由はない(二回目)。
「たまにはね。こんな所でも海軍な訳だし」
理由がなんであれ、レアなメニューというのはそれだけで嬉しくなる。卯月はご機嫌でカレーを口へ運んでいく。
「ぴょあー、美味しいぴょん。個人的にはもうちょっと辛い方が好みだけど、飛鷹さんのもグッドだぴょん!」
「……結構辛口にしたんだけど?」
「飛鷹さん基準で?」
「何か言った?」
卯月は速やかに黙り込んだ。賢い判断であった。
「うーん、でもやっぱり、間宮さんのカレーはもっと辛かったぴょん」
「秋月には分かりませんが……このカレーは、中々辛味があると思います。これ以上辛いのは珍しいのではないかと」
「そう?」
艦娘の味覚は千差万別だ。辛い方に調整されているのは確かに珍しい。
始めて食べたカレーが辛めのものだったので、好みが辛味になっているフシはある。
「でも飛鷹さんのも美味しいぴょん。おかわり!」
「はいはい、調子の良い子ね」
「あ、あの……秋月も、よろしいでしょうか」
「遠慮する必要はないわよ。はいどうぞ」
どうしようもなくお腹が空いているので、出されたら出されただけ食べてしまう。
それ程までに身体が疲れ果てていたのだ。
入渠は傷は治せるが、消耗したエネルギーまでは補填できないのだ。
と、夢中で食べている最中、ふと横を向く。
「どどどどうしたぴょん秋月」
「え?」
「泣いてるのはなんでだぴょん」
秋月が泣いていた。カレーを食べているだけなのに、泣いてしまっていたのだ。
「まさかカレーが辛過ぎたのかぴょん!?」
「まさか、大丈夫秋月!?」
「い、いえっ、大丈夫です……辛すぎないです、問題は……ないんです。ただ、その……」
「その?」
「嬉しくて……」
ポロポロ涙を落としながら、黙々とご飯を食べる。確かに泣いているが、悲しそうな様子ではなかった。
「前いた、あそこでは、食事は……食事はあったけど、こんな美味しいものじゃなかったから……ご飯って、こういうの、だったん、ですね……」
「そうか、嬉し泣きってことかっぴょん」
「良かった、安心したわ……」
しかし、この質問をすべきなのだろうか。
否、既に中佐とか、不知火辺りがしている筈だ。
万一、質問の答えが最悪だった場合―—とても気まずくなってしまう。
沈黙も時には重要なのだと、卯月は黙った。
知る必要がないので、卯月は知らないまま終わる。
加えて秋月は、深海棲艦や艦娘も生きたまま踊り食いをしていたのだ。
挙句
何故そんなことをする必要があるのかは目下調査中だが、何かしらの理由があって、秋月はカニバリズムを強要されていたのだ。
幸い、記憶が抜け落ちている領域であり、秋月は鮮明には覚えていない。
だがそういうことをしていた自覚は残っている。
当然酷いトラウマと化したが、そのお蔭で食事を拒否する程悪化はしなかった。
お互いに腹一杯食べ終わり、食後のラッシーを堪能する。
「そういえば今更なんだけど、秋月、加古がうーちゃんのベッドにいた理由、知ってるのかぴょん?」
起きた時、加古の尻尾が巻き付いていて起きれなかった。
しかし加古は独房で管理されていた、どうして布団の中にいたのか、まるで理解できない。
「いえ、秋月と概ね同じ理由です。外を出歩ける程度には回復したので、軽いリハビリがてら、歩き回ることを許可されているらしいです」
「監視とかはいねーのかぴょん」
「どうせ卯月の所にしか行かないんだろうから要りませんね、と不知火さんが」
不知火は殺しておこう。卯月は決意した。
まあ、本当に自分のところへ来たのだから、予想的中な訳だが。
「こういうんのアレだけど、加古が暴れた時とか考えてないのかなぁ……」
「卯月さんへの懐き方を信頼しているということでしょうね」
「うーちゃん、猛獣飼育の国家免許は持ってないぴょん。軍事基地として良いのかさっぱりだぴょん」
警備とかどうなってるんだ。自分の責任じゃないから知らないけど心配になる。
最もその心配は無用なものだ。
何故なら、基地内には全域に隠し監視カメラが配備されている。
その上で、加古を解き放ったのだ。
これは顔無しの研究ではなく深海棲艦の研究。顔無しとはいえ、今まで謎に包まれていた深海棲艦の生活行動を観察できるということで、実施しているものである。
「ふう、じゃあ御馳走さまでしただぴょん!」
「御馳走さまでした!」
「また遠慮せず、食べに来て良いんだからね?」
「―—はいっ!」
声の通った良い返事。
駆逐艦はこうでなければ。うんうんと一人頷いた。
食事が終わったからといって特にやることも無い。
最上の調査はまだ時間がかかるだろうし、熊野がついてくれているから、気にする必要も──と思い、はたと気づいた。
「熊野はちゃんとお休みできてるぴょん?」
目が覚めて一段落するまで四六時中傍にいそうな気迫だった。
まさか本当に寝てないんじゃないかと思うと、急に心配になってくる。
「できている、と聞きました。流石に付きっ切りではなく、交代制にしているらしいです」
「そっか、なら安心だぴょん。起きた時は顔合わせぐらいしておきたいですし」
「最上さん、とですか」
「それ以外に誰がいるんだぴょん」
秋月の時と同じ理由だ。
同じ
心に傷を負っているのなら、それなりに慰めることはできる。
また秋月以上に黒幕の情報を持っているかもしれない。
どうせ後から分かることだが、個人的に速く知りたい。
「……最上さんに、会いにいくのですね」
「嫌なの? いや、そりゃそうか。まあ別に見に行く必要はない筈ぴょん」
顔を合わせること自体、避けるようなそぶりを見せる。
無理もない話だ。
秋月のシステム作動の原因は、最上の過度なパワハラにある。
それこそ洗脳の手法のように、繰り返し暴力を与えられていた。
存在自体がトラウマになっていてもおかしくない。
出会ったら、発作が起きるかもしれない。
漸く落ち着いているのに、わざわざ刺激する必要はなかった。
「でもだけど、遅かれ早かれ、一度ぐらい顔合わせはする羽目になるぴょん」
「え、何故ですか」
「此処がクソ狭いから。絶対どっかのタイミングで、廊下でバッタリってなっちゃうぴょん。遭遇は不可避だぴょん」
ずーっと独房に籠っているならいざ知らず、いずれも最上も自由になる(仮定)。
そうなれば、偶然出会う可能性は十分ある。
その時発作を起こしたら目も当てられない。
会わないままお互い生活できれば一番なのだが、不可能だ。
「……そ、そうですか」
「あー、安心できるかはサッパリだけど、顔合わせするのは一度ぐらいで大丈夫だと思う。狭い基地だから遭遇は避けられないけど、絶対仲良くしろってことはないぴょん」
「そうなんですか、秋月安心しました……」
本当に安堵した様子で胸を撫で下ろす。
あくまであの暴挙は洗脳されていたから、全て仕方のないこと。
卯月はそう割り切れるが、秋月はそうもいかないらしい。
難しいなと、卯月は軽くため息をついた。
「だから別に、うーちゃんが最上に会う時、ついてくる必要なないぴょん」
「すいません、それはちょっと嫌です」
「へ?」
「最上さんと会うとしても、ついていきたいと思います。そうなっても秋月迷惑をかける真似はいたしませんので」
「そ、そう。なら別に良いけど」
不思議な言動だった。
最上はかなりのトラウマ、できるなら会いたくない。
その気持ちより卯月について行く方が優先されているのである。
そんなに好かれる真似をした覚えがない、むしろ凄い重傷を負わせた覚えしかない。なのにこの慕いっぷり。
ふと卯月は思い出した。
最初の時や、泣いてる最中慰めた時──
顔無しに対してゲノム情報を組み込むより濃くないだろうけど、精神的に深い何かが行われている気がする。
「ねえ秋月お前うーちゃんのことどう思ってる?」
また『ママ』と呼ばれるのではないか。卯月は密かに恐れていた。
「…………助けてくれた恩人ですが」
「待って秋月その長めの沈黙ななんだぴょんとても怪しいんだけど」
「…………」
秋月は黙り込んだままだった。
顔を赤く照れくさそうにしながらそっぽを向いているだけだった。
誤魔化したままなら(精神的)傷は負わない。
「思うがままにうーちゃんを呼んで大丈夫だぴょん」
だが卯月は嘘が嫌いだった。露骨な誤魔化しも嫌いだった。
「では卯月
「ほらね」
例えこういうオチが待っていたとしても。
お姉さまか、そう来たか。
ママよりマシだって?
残念ながら卯月的には大差ない。
前科戦線に『不幸だぴょーん!』と情けない悲鳴が響いた。
おめでとう!うづきは『ママ』から『おねえさま』にレベルアップした!
どちらかと言えばフォルムチェンジか?