満潮がどっか行ってしまったことで、一人ブラブラする筈だった卯月は、流れで秋月と行動を共にしていた。
しかし、途中で違和感を感じ、質問をしてしまった。
結果惨劇が生まれた。
「卯月お姉さま……」
『ママァ……』
「さぁこの状況を何とかするぴょん」
「いやそんなこと言われても困るよアタシ」
わたしは何を間違えてしまったのだろうか。
秋月はお姉さまと呼び、加古はママと呼んでくる。
慕ってくれるのは嬉しい──いやナシ、この形はちょっと想定外だ。
加古がママと呼ぶ理由は何となく判明している。
ゲノム情報の提供や他諸々により、姫級個体として認識されている可能性が高い。
加えて加古自身を救出した恩人でもある。
そういうった要素が噛み合わさった結果、『ママ』化したんじゃないか。
しかし、だったら秋月のは何なんだ。
今も腕に全身を纏わりつかせ、目をハートにしながら色っぽい声で慕ってくる。
違う、これ慕ってるってレベルじゃない。
完全に百合の花が咲き乱れる方向ではないか。
人の趣向に意見する気はないが、わたしはノンケである。こんなことされても困惑する他ない。
「それで原因は何なんだぴょん。何がどうなればこんな結果になるんだぴょん」
「余り急かさないでよー、最上の調査で疲れてるんだからー」
「うーちゃんは精神が折れるかどうかの瀬戸際なんだぴょん」
一応わたしも幻覚、幻聴、幻触の発作持ちなんだが。
アレなストレスは避けたいと思っているのに、どうしてこうなった。
脳裏で頭を抱えて唸ってしまう。
「とは言え、ぶっちゃけ精神で起きていることだからねー、生憎あたしは精神の専門家じゃないし、推測による所が大きくなるけど、まあ良いよね?」
「秋月と卯月お姉さまの仲を否定するような内容ではありませんよね?」
「ははは安心しな、無理矢理引き裂く気なんて毛頭ないからさー」
「おい、うーちゃんの意見がおざなりぴょん」
「へー、じゃあ卯月は原因が分かったら、あっさり振って女の子泣かせるんだー、カッコ悪いー」
「問題が特殊過ぎるぴょん!」
これが何らか──といってもほぼ
そのままで良い筈がない。
だが、今現在、害あるものでないとしたらその時は。
「……仕方ないかぁ」
「今なんか言ったー?」
「いや何も、じゃあ見立てをお願いするぴょん」
「はーい。多分あれだ、秋月の『発作』を受け持ったのが原因なんだろうねー」
やっぱりそれか。と卯月は頭を抱えた。
秋月は後遺症により感覚過敏を患っている、その症状は時々激しくなり、発作の形で現れる。
卯月はそれを和らげる為、秋月の感覚を一部
システム同士でそんなことができる理由は不明だが、実際できているのは間違いない。
「だけどね、これ単に痛みを肩代わりしてる……って訳にはならないじゃん。感覚過敏が起きているのは、神経や脳の過剰反応が原因だし、外部刺激が強過ぎるって訳じゃない」
感覚過敏にも色々なパターンがあり一概には語れないが、秋月のはこちらに該当するらしい。
恐らくは、最上からずーっと暴力を振るわれていた結果、外部刺激に必要以上に過敏になっているのだろう。
「これを肩代わりできるってことはだ、脳の錯覚やトラウマ──いずれにせよ精神と無関係じゃない所を、請け負っているってことになる。秋月の精神に接触しているのは間違いない。分かる?」
「完全に理解したっぴょん」
「流石です卯月お姉さま」
「……大丈夫かこいつら」
知能指数まで卯月に引っ張られていないことを祈りつつ、説明を続ける。
「で、だけどさ、精神に依る要素を肩代わりしたってなると……秋月の認識が更におかしく……言い方が悪いな、変化しているのかもしれない。あたしはそう考える」
「変化、ですか」
「何だろうねー、ある意味、近代化改修に近くなっているのかも」
近代化改修、漂白した艦娘の魂を取り込むことで、艦娘の力を強化するシステムのことだ。
着任してから、駆逐棲姫と戦う前に施術したのを覚えている。
「かなり曖昧な状態とはいえ、卯月は秋月の精神的な何かを取りこんだ。吸収したのか、一時的に共有したのか、どっちにしたって魂を取りこんだ……という解釈になるのかな、ごめんねー、ふわっとした感じになっちゃて」
「構わないぴょん。だいたい言いたいことは分かったぴょん……で、現状改善できるの?」
「ムリだね」
希望は潰えた。卯月はガックリと項垂れる。
「あの、お姉さまと呼ぶのが嫌なのであれば、今すぐ秋月は止めますが」
「その必要はないぴょん。かなーり複雑な心境だけど、折角慕ってくれてるんだし、止める気はあまりないぴょん」
そりゃ止めてくれるならそれが一番嬉しいが、それで秋月が気落ちするのであれば、むしろ呼び続けてくれた方がまだ良い。
ただでさえ、
余計なストレスは極力減らしてあげたかった。
結果、お姉さまと呼ばれ、卯月も結構なストレスに晒される訳だが……我慢できない程ではない。
「精神的にヤバイような影響が出て来たら流石に対処せざるをえないけど、現状そんな感じはなさそうだしねー。秋月も卯月を襲うつもりはないんでしょ」
「襲う? 敵対する理由なんて」
「いや肉体的にな話で」
「ななななな何てこと言うんですか! 卯月お姉さまが望まないことは、秋月は絶対にしません!」
顔を真っ赤にして叫ぶ秋月。
でもそっちの否定はしないのである。
北上は愉悦を感じた。
卯月は貞操の危機を察知し秋月から距離を取った。
「冗談はさておき、現状どうこうする気はないし、経過観察に留めといて良いと思うよー。まー卯月にしろ秋月にしろ、定期検診は必須だけどさ」
二人ともシステムにより深海のエネルギーに長く触れている。
前例のない事態だ、身体にどんな影響が出ているかも想像できない。
一番最悪な場合、ゆっくりとそちら側へ蝕まれていき、突然深海棲艦へ変異してしまう。なんて事態も想定できる。
そうならない為にも、徹底した身体検査は必要だった。
「本当はさー、大本営にあるようなガチの施設で、細胞一片まで調べるのが一番なんだけど、下手に本部へ行ったら暗殺の危険性も出てくるし……」
「本当に内通者は邪魔なことしかしないぴょん」
「内通者ですか……」
「秋月、あっち側にいた時、なんか聞いてないのかぴょん」
「いえ、高宮中佐には話しましたが、生憎何も」
秋月の指示役だった泊地水鬼だが、命令を出すだけであり、バックボーンとなる情報については一切語らなかったらしい。
恐らくは、今回のような形で、敵艦娘が引き抜かれることを警戒した為だろう。
「最上なら知ってるのかなー」
「どうでしょうか。秋月は正直、殴られらた記憶しかなく……システムの解放に成功した後は、ほぼ単独行動でしたので」
「タッグとか組んでなくて本当に良かったぴょん。あいや、組めなかったのかっぴょん」
なのでタッグ出撃は基本アウト。
やるにしても、お互いに距離を取るのが前提──という艦隊とは何ぞやというオチがついてしまう。
「最上さんはどうなんでしょうか。何時頃目が覚めるのでしょう」
話の流れで最上の名前が上がり、秋月は反応する。
何時も通り、落ち着いた感じの言い回し。
しかし、奥底の焦りにような感情があるのを、北上は感じていた。
「あたしの予想だと、今日の夜ぐらいには覚醒すると思う。熊野が本格的に暴走する前に止めてくれたお蔭で、体内へのダメージが少なかった──発信機とか爆弾切除する為に内蔵掻っ捌いたりしたけど──秋月の時より遥かにマシだ。そこそこ早めに目覚めると思う」
「そ……そうですか」
「だからあたし的に、準備の為に仮眠しとくのを推奨するよ」
秋月もまた、最上の覚醒に立ち会いたいらしい。
その理由は何だろうか。
わたしと同じく、同じ境遇として、心配になっているのだうか。
「うーちゃんも賛成だぴょん。秋月だって体力とか万全に戻ってる訳じゃないんだし、ヘロヘロの状態で最上と話すってのも、何だか締まらないぴょん」
「そう、ですか……そうですね、会った時に発作起こしていたら、気まずいですものね」
何だか自分に言い聞かせるようにして、秋月は椅子から立ち上がった。
「夜、目覚めてくれるかは分かりませんが、そうなったときの為に仮眠を取ってきます。ありがとうございました」
「待って、一人で帰れるぴょん?目見えてないんじゃ」
「数日で何となくは覚えましたし、壁伝いに行けば大丈夫です。本当に困ったら助けを呼びますので……」
ぺこり、とお辞儀をして自室(独房)へ帰っていく秋月。
「その内、仮でもいいので秋月さんの部屋を作らないといけないねー」
「ってことは、此処で面倒を見る予定なの?」
「一時的な話。本来秋月は
部隊に復帰、と北上は言わない。
心の傷が深すぎて戦線復帰できないケースもあれば、もはや生きていくのもままならないケースもある。
そうなった場合後方配置や──もしくは解体も在り得る。
艦娘が厳密な人権を得ていないからこそできる措置と言える。
「……うーちゃんそんなの受けた覚えがないぴょん傷心極まっている所にどスパルタな訓練を課された覚えしかないぴょん」
「そういった人権もゴミ箱行きになったのが此処のメンツだからねー、ってか卯月それ事前了承してなかったっけ?」
「瀕死の状態でまともな判断はできねーぴょん!」
瀕死の状態で解体施設へ連れていかれた時に、不知火が強奪しにきてくれたんだった。
今思えば、あれは詐欺同然なのではないか?
まあ今更なんでもいいのだが。
報復のチャンスを欲していたのは確かだし。
「最も秋月にしろ最上にしろ、
現状、殆どなさそうだが、
なので、解明されるまでは存在ごと伏せることになっている。
尚、まだまだ分かっていないことの方が多い。
外部機関の協力を殆ど得られない影響がモロに出ている。
「うーん、機械関係は良く分からないけどお疲れさまぴょん」
「ありがとねー、でも上手くいけば、大きく進展するかもしれない」
「どゆこと?」
「なんでも、不知火や憲兵さんたちの情報収集がやっと功を成したみたいでさ、システムについて知ってる人が此処に来るらしい」
「知ってる人って……まさか開発者、は、殺されてたっけか」
開発主任だった千夜博士は殺害されている可能性が高い。
「いったい誰なんだぴょん」
「あたしも詳しくは聞いてないよ。千夜博士と同じ開発チームの人間だったのか、報告とか受けてた上官なのか……詳細が分かるなら誰でも良いよ」
「そうね」
ごもっともだと卯月も思った。
ただでさえワケが分からないシステムなのだ、現状頼ってる側面はあるが、解明されて欲しいと素直に思う。
「ま、その来客はもうちょっと先だから、今は最上だねー、秋月と仲良くできれば一番安心なんだけど……」
「ぴょん? 同じ被害者同士なんだから親しくできるんじゃ?」
「そりゃアンタに人の心がないからだよ」
「おい言い方」
「うんごめん、でも、卯月みたいに完璧に割り切れる人はそう多くないと思うよ。最上は被害者だけど秋月から見れば加害者なんだし」
その暴力がトラウマとなり感覚過敏という後遺症さえ残る程。
並大抵の傷ではない、下手をしたら、見た瞬間フラッシュバック等が発症しても不思議ではない。
秋月はそれを自覚している。
だからこそ、予め心を休めておき、それに備えようとしているのだ。
「あと、秋月の心配も良いけどさー、卯月アンタ自身も忘れちゃいけないよ。あんただって合併症の発作を抱えてること、忘れちゃダメだからねー」
「あー……なんか衝撃的なことが多過ぎて、忘れてたぴょん、気をつけるぴょん」
ママとかお姉さまとか、それどころじゃないことが多発し過ぎていた。
「とにかくストレスを溜めると起きやすくなるもんだから、現状キツイかもしんないけど、極力リラックスすること、良いね」
北上の注意に素直に頷く。
現状起きていないが、溜め込み過ぎて戦闘中に発作なんか起こしたら、本当に命の危機に関わる。
ガンビア・ベイという次の敵も現れた。
それに備えて、身体も心も休めなければならない。