秋月と一緒に基地内を歩いたその日の夜、卯月は秋月を連れて医務室の前へと来ていた。
恐らくだが、最上が目を覚ます。
その瞬間に立ち会う為に扉を叩く。
ところが、出てきたのは意外な人だった。
「おろろ、満潮? なんでいるんだぴょん」
最上を見ていたのは熊野ではない。満潮だった。
「何よ、わたしがいちゃいけないって言うの?」
「え急になに、被害妄想は止めて欲しいぴょん。お前の場合はきもいだけだぴょん」
「くたばれ」
頬を掴まれて激痛が走る。
「いひゃいひゃい」
「お姉さまに何を……いえ妥当でしたすみません」
「秋月貴様!」
と言いつつ少し安堵していた。
秋月が自分を崇拝するあまり、全てを肯定する狂信者になっていないか不安だった。
この反応を見るに、良識はちゃんと残っている。
でも味方してほしかった。
卯月は少ししゅんとした。
「あの、話が進まないのでそろそろ離していただけると」
「喧嘩売ってきたのはこいつなんだけど……それもそうね。無駄な時間は嫌だから」
「クソ! 痣になってやがる!」
赤く腫れた頬を摩りながら愚痴る。
「で、何してたんだぴょん」
「見ての通り見張り番よ」
「熊野がつきっきりだったんじゃなかったのかぴょん?」
最上が心配という理由で、その面倒を申し出ていたと思っていたのだが違うのだろうか。
「何時意識が戻るかも分からないのに、ずっとつきっきりなんて無理でしょ。最上が起きて錯乱した時、止めるのが仕事だってんのに疲労で動けなかったら意味ないじゃない。だから無理やり交代したのよ。熊野は今自室で休んでる」
「それは、確かに……そうですね……錯乱ありえますものね」
自分のケースを思い出し、同時に秋月にフラッシュバックが起きる。
それに釣られて卯月も発作を起こしかけるが、秋月の前で醜態は晒せないと、プライドの高さだけで堪える。
秋月の手を強く握り、崩れないよう安心感を与える。
お姉さまと慕う卯月がそうしてくれたお陰で、秋月は落ち着くことができた。
「でも、それならそれで、熊野を起こしてきた方が良いと思うぴょん。北上さん曰く夜頃には覚醒するんじゃないかって言ってたぴょん」
「……もうそんな時間? しまった、気づかなかったわ」
「満潮さんも疲れているのでは、大丈夫ですか?」
「あんたに心配される程、自己管理のできてない奴じゃないから安心しなさい」
そう言うが、満潮も長時間看護をしている。
何時覚醒し、暴走するかも分からない。
逆に何時目覚めてくれるかも分からない、同じ部隊の仲間がその状態のまま──というのは堪えるのだろう。
「じゃあそーゆーことだから、満潮は熊野を起こしてきて欲しいぴょん。最上の看護はそのままうーちゃん達が引き継ぐぴょん」
「……最上が暴走したら止められんの?」
「熊野とか力持ちが来るまでの時間稼ぎならどーとでもなるぴょん。正面対決するわけでもないし」
「秋月もいます。普通の駆逐艦より膂力はあるので、大丈夫だと思います」
「そう、ならお願いするわ」
疲労が溜まっているのは、満潮も自覚していた
彼女も最上の覚醒に立ち会いたいと考えている。
けど、疲れたままでは危険の方が多い。
「起きた後会って良さそうなら呼んでちょうだい。まあ不知火か中佐の許可次第になると思うけど」
「ほいほい、かしこまだぴょん」
「一々苛立たせるわねあんたは……」
「えへへ」
「…………」
突っ込みの代わりのグーパン。顔面が見事に凹むこととなった。
激痛に涙を流したが、それはそれだ。
満潮の代わりとして、中の様子を注意しながら医務室へお邪魔する。
当然と言えば当然だが、医務室の中央には点滴付きのベッドがおかれている。
そこに最上が眠っていた。
「落ち着いた状態で見るのは初めてな気がするぴょん」
遭遇した時はどちらも戦闘中&奇襲のそれ。
落ち着いて観察する暇なんて一瞬もなかった。
改めて見てみても、やはり最上だ。
鈴谷の要素は欠片も見られない。
近代化改修したからといって、取り込まれた艦の影響が出る訳ではない、当然だ。
そもそも、なぜこの最上が『鈴谷』のように振る舞うのか自体分かっていない。
まあ必要なら中佐なり不知火なり、熊野から説明があるだろう。
「うーん、ちょっと安心したぴょん」
「どうかしましたか?」
「いや、外見的には変な後遺症は残ってなさそうだから。だからって安心はできないけど……」
秋月がそうだったように、最上にも後遺症が懸念される。
幸い──不幸中の幸いのそれだが──稼働限界を超えた時間は、熊野が早急に仕留めてくれたから長くないが、それでも何も障害ナシとは思えない。
根本からして、相反する深海のエネルギーを取り込むという装置なのだ、どんな影響が出てもおかしくない。
見た目には表れていない。
しかし、秋月のようにトラウマに基づく感覚過敏と、脳の損耗による全盲といった障害も考えられる。
決して楽観視はできない。
「どうなるのでしょうか……余りにも惨い障害が残っていなければ良いのですが」
「唸っててもしょうがないけどねー、分かってるぴょん、でもねー」
心配で落ち着けない。緊張しながらも、覚醒を気長に待つしかない。
そうして数十分過ぎた頃、医務室の扉がノックされた。
そちらを見たら、「失礼致します」と言って彼女が入ってきた。
「熊野かぴょん?」
「あら、いらっしゃったの卯月さんたちだったのですね。最上さんを見ていてくれてたのでしょうか」
「気になるからね。休憩もう良いのかぴょん」
「快眠……という訳にはいきませんが、寝る前までより遥かにマシですわ」
「そう、あんま無茶しちゃダメだぴょん。うーちゃんじゃ抑えられないぴょん」
秋月がいるが、より膂力のある人がいた方が安心できる。
そう広くない医務室に三人、結構狭くなってしまったが、最上が気になるから誰も出ていこうとしない。
しかし、熊野が来たからすぐ覚醒する訳もない。
中々目覚めず、緊迫した空気が続く。
気を紛らわしたくなり、卯月は熊野へ問いかけた。
「ねぇ熊野、聞きたかったことがあるぴょん」
「如何されましたか?」
「……最上は結局、どういう艦なんだっぴょん?」
「それは、つまり」
「前、休みとって大本営とか技研に行ったって聞いたぴょん。熊野、そこで最上がどういう存在なのか、聞いたんじゃないのかぴょん?」
帰ってきてからあの態度、最上の正体について知ったのは間違いない。今までは熊野が荒れていたので聞けなかったが、今なら話してくれるだろうか。というよりも。
「あれだけ大迷惑かけといてまだ話さないとかナシだぴょん」
「うっ……それを言われると、とても辛いですわね」
「そうなのですか。卯月お姉さまは熊野さんに迷惑を、許せません熊野さんそこの病棟の裏へ来てください」
「秋月、ステイ」
さて、話して貰えるだろうか。
暫く熊野は考える。
どこをどう伝えようか考えているのだ。
やがて決まったのか、彼女は口を開く。
「最上さんは──あっ、え……最上さん!?」
熊野が目を見開き叫ぶ。卯月は振り返る。秋月も雰囲気につられて振り向いた。
「……ぼ、僕……は、此処、は?」
最上が目覚めていた。
漸く目覚めてくれたのだ、しかもちゃんと話せている。
言語中枢は壊れていない。一先ず安堵する。
けど、一番喜んでいるのは熊野の方だ。
「最上さん、私が分かりますか?」
「……もしかして、熊野……久しぶり、だね。どうしてそんな、泣きそうな顔をしてるんだい?」
「……貴女が、ご無事だったからです」
「……そっか」
喜ばしい状況だ。それは違いない。
とりあえず二人でいた方が良いのだろうか、
その最中、秋月が話しかけてきた。
「あの、熊野さんと最上さんはどういう状況で」
「あ、ごめん。見えないんだったぴょん。再開の感動に震えてる感じ……で良いのかぴょん?」
「……そう思うのですか?」
「む、気づかれたかぴょん」
「ええ、お姉さまの事であれば。見えない事柄は例外ですが」
バツが悪そうな顔をして頭を掻く。団らんムードな所申し訳ないが、聞きたいことがあった。
「ちょっと失礼するぴょん」
「卯月さん?」
「最上、一つ質問をするぴょん」
「……どうしたんだい?」
最上は横目で答えた。それにより確証を得た。
「身体動かせないぴょん?」
最上は黙り込む。
それは肯定だった。
想定外の事態に熊野は絶句し、肩を叩いて問い質す。
「そうなのですか最上さん。身体が……動かせない……?」
「……うん、首から上ならまだ動くけど、それ以外は動かせない……っていうか、あるの手足?」
「どういう意味なのですかそれは」
「そのままの意味だよ。よく分からないんだ、僕に手足ちゃんとついているの?」
想像したくもないような言葉が次々と出てくる。
だが、現実逃避をする訳にもいかない。
最上の言っている意味合いは理解できている。秋月とある意味真逆のそれだ。
「熊野が今肩触ってたんだけど、気づいたぴょん?」
「ごめん、全然分かんなかった」
「じゃあ悪いけど、えいっ……今抓ったんだけど」
「……分からない」
「これは、つまり……そういうことなのでしょうか」
互換の内、全身に張り巡らされた触覚が機能していない。
弱い刺激だけではない、抓るような強い刺激にも無反応。
否、それだけではない。
外部だけじゃない、中の触覚も失われているのだろう。
一切の触覚が機能してないということは、手足の感覚もないということ。
肌から、筋肉、おそらく内臓に至るまで──全ての感覚がない。だから動かすこともできない。
一番馴染みのある言い方をすればこうなる。
「全身麻痺か……!」
それが最上の後遺症だ。
首から上は動くから厳密には違うが、こうなっては誤差だ。
「……ど、どうすれば良いんだぴょん」
「それは、この場で決められることではありませんわ……ショックですけども……」
「これ以上聞く……? 憔悴しきってるけど」
想定より遥かに酷い状態。
敵についての記憶があるか、どうして『鈴谷』のように振る舞うに至ったのか、聞きたいことは一杯あったが、聞ける状態ではなくなってしまった。
どうしたものかと悩む二人。
だが、それを無視して、秋月が口を開いた。
「最上さん、私のことを覚えていますか」
秋月の声は震えていた。
恐怖によるものだろうか。
彼女は最上の暴行で感覚過敏になる程トラウマを抱えている。怖くて当然だ。
それでも話しかけるとは、強い目的があるのだろう。
「どうなんですか、答えてください」
「……うん、覚えてる、覚えてるよ……秋月だよね」
「何をしたか、覚えていますか」
「当然だよ……酷いことをしたんだと、思う。何でか僕にも分からないよ……どうして君にあんなことを」
それは
「熊野にはあんなに親しくできたのに……」
「……ん? 何だって?」
急に会話の脈絡が掴めなくなった。
今秋月の話をしてたのだろう、急に何故熊野が出る。しかも優しくしてたって何だ。殺す気満々だったじゃないか。
同じ違和感は秋月も覚えている。
「すみません今の言葉の意味が分かりませんでした」
「え……いや、だって……僕でも分からないんだよ。秋月はあんな苦しめたのに、
「お待ちください、最上さん、秋月に会ったのはつい最近でしょう?」
「え、熊野と会うより前でしょ?」
おかしい、致命的におかしな事態が起きている。朧気ながら卯月はその正体に勘づいていた。
「……記憶の時系列が、崩壊している」
なんと言えば良いのか。
しかしそう言う以外に例えようがない。
これがどんな悪影響を与えるかも分からない、未知の後遺症まで併発している疑惑が出てきた。
「……君達の反応はよく分からないけど、自分がやったらしいことは自覚してるよ。でもそんな感じだから実感がなくて。まあその、ごめんね秋月?」
「……ごめんって、そんなので済ませるつもりなんですか、そうですか、失礼しました」
「え、どうしたの?」
音を聞くまでもなく秋月は怒っていた。話の続きを聞かず彼女は出ていく。
「あれ、僕何か悪いこと言ったかな」
「……熊野、記憶崩壊と触覚不全だけじゃなさげだぴょん」
「最悪の事態ですわ……」
秋月以上の問題になりそうだ。今後待ち受ける困難に二人は大きなため息をついた。
艦隊新聞小話
暴走時間が短かったから後遺症が少ないなんて、現実はそう甘くありませんでしたね!
でも最上さんどうすれば良いのでしょうか、流石の青b違った私も心配です。
まあそれはさておき、艦娘の病気について話してみましょうか。
ご存じの通り艦娘は半人半神的存在なので、人間の病気にもかかる時はかかります。
普通の人間より耐性はありますが、酷過ぎる環境はトラウマで精神的な病気を患うこともあります。
ですがそれでいて船であり、神を兼ねているので、人知を超えた症状もあります。
フジツボが付いたり、錆たり、何か艤装と半分ぐらい融合したり、うっかり腕とか足を移植したら自我が見事に混ざって精神崩壊起こしたり――テセウスの船みたいにはいかないですからね。後は竜骨が折れて戦線復帰が不可能になったり。
神としては、記憶に由来する神なので、自分の記憶があいまいになったせいでこの世から消えたり、深海棲艦に変異したり、海水に還ったり、人でも艦娘でも深海でもなく、ガチの神に片足突っ込んでいっちゃったり……この辺は病気って言って良いんですかね?
まあ色々ありますが、現代では殆どに症例と治療法が確立されているので、極端に恐れる必要はないって言われていますね!
……なんでそんな症例があるのかって?
それはまあ、技研のマッドサイエンティストの尊い犠牲と言っておきましょう!