前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第165話 副作用

 最上の後遺症は、そう深刻ではないと思われていた。

 限界突破していた時間が長くなかったからだ。

 実際、考えようによっては秋月よりマシかもしれない。

 感覚過敏と違い、ショック死とか生命に関わるような後遺症ではない。

 

 しかし、人として当たり前の生活を送る上では、最悪に近い後遺症が残ってしまった。

 

「さて、どーなってるんだかコレは……」

 

 覚醒した最上に対して、北上による診察が行われた。

 予め卯月たちに概要を聞いていたのもあり、問診は早く終わる。

 だからといって、簡単な訳もない。

 

「現状明らかなのは、一つ、触覚不全だね」

「全身麻痺ってことだぴょん」

「厳密に言えば違うけど、抱えてる問題はそれと同じだねー。ただ最上は麻痺してる訳じゃないんだよ。動かそうと思えば動かせる。ただ()()()()()()()()()()()()()()()()

「動かせないのと同義ですわ」

 

 麻痺のように、動かすことが『不可能』なのではない。

 だが、感覚がない。

 動かしている実感も持てなければ、動いている感覚も分からない。

 地面を踏んでも、踏んだ触感も感じられない。

 

 それではまともに歩けない。

 力の入れ方さえ分からないのだ。

 良くて転倒。

 悪ければ力の入れ過ぎで自壊してしまう。

 

「そして次が、なんというか、記憶の時系列の崩壊かぁ……まーたとんでもない後遺症が……」

「わたくし達の聞いた限りでは、秋月さんとわたくしに会った順序が狂っていましたが」

「熊野と初めて交戦した直後に、技研に身体売ったって言ってたよ」

 

 こんなこと解説するまでもないのだが、逆である。

 鈴谷は技研に自分を売った。

 その後何かが起きて、『最上』として秋月との決戦時に現れたのだ。

 逆な上に時間が飛んでいる。バグっていると言っていい。

 

「メッチャクッチャぴょん。何がどーしたらこーなるんだっぴょん。意味不明ぴょん」

「……いやまあ、これについては症例があるのよね」

「あんの!? こんなのに!?」

「マジよ」

 

 信じがたい、といった様子で目を見開く卯月。

 しかし同時に悪寒に襲われる。

 どう考えてもまともな症状じゃない。

 ケガとか記憶の混濁とか、そんなことじゃ起きないだろう。

 

 そんなものが症例として残っていること自体、只ならぬ予感がしてならない。

 

「聞きたい?」

「うん聞く。隠し事的なのは嫌いだぴょん」

「ってことだけど、熊野、良いね?」

 

 北上は話を熊野に振る。

 

「ええ、良いですわ」

「本当に? アンタこれを知られたくないから、散々アレなことしてたんじゃんか」

「はい、ですが考えが変わりましたので、卯月さんのお陰で」

「ぴょん?」

「知る権利はあります。いえもう隠す気もないですが」

 

 過去ではなく、これからの為に生きていくと熊野は考え方を変えた。

 なら隠し事は必要ない。

 これからの為に──黒幕を倒すため、これから艦娘として生きていく最上をサポートする為──プライドに拘って情報を隠すつもりはない。

 その意を汲んだ北上は「そっか」と言って、卯月の方を向いた。

 

「これはね、近代化改修の副作用だ」

「……近代化改修って?」

「オイ」

「駆逐棲姫との戦いの前、幾つかの魂を取り込んだじゃありませんか。覚えていないのですか」

「…………フハハ!」

「忘れてたねコレ。良し座学一コマ追加だ」

「ぴょーん!?」

 

 艦娘という存在は、魂に依って成り立つ存在である。

 雑な話、魂を強くすれば本人を強くできる。

 かつては、海のエネルギーを尽きるまで取り込むことができる姫級の半不死性再現の為の試みだった。

 それは近代化改修の技術となり、一般的な強化方法として知られている。

 

「でもうーちゃん、こんなことにはなってないぴょん。というか近代化してこれじゃ、どの艦娘も記憶崩壊塗れぴょん」

「やっぱり忘れているし。アタシ言ったじゃんか、くっつけるのは()()()だって。魂だけの存在に自我はないから、改修先にも影響は及ぼさないって」

 

 この時点で冷や汗が流れ出した。言いたいことはもう察した、これで分からない程卯月はバカではない。

 

「まさか、この最上は」

「まー予想できるよね。魂だけじゃない。最上に対して『鈴谷』が丸ごと近代化改修で取り込まれてる。自我がある存在同士をくっつけちゃったから、記憶が崩壊して滅茶苦茶な形で組み直された。そういういことだ」

「ヤバい。久々に殺意が噴き出しそうだぴょん」

 

 あの頃はまだ、ふとした切っ掛けで怒りが抑えきれなくなり暴走していた。卯月は今久しぶりにその気持ちを感じていた。

 

「……ちなみに技研は昔コレをしてたってこと?」

「うん、いっぱいくっつければ強くなるかもしれないって理屈で。だから症例があったの」

「んな強化パーツじゃあるまいし」

「自我とか記憶が崩壊した艦娘たちは、できる限り最大の支援がされてるから安心して良いよ」

「良かった。実験体にして失敗したらポイとかだったら、そいつらを鏖殺してたぴょん」

「……うんそうだねー」

「今の間は何ぴょん」

 

 実験体でも艦娘は艦娘、敬意は払われている。

 だから最大限の援助はされている。

 その中には、安楽死という手段もあったという話なだけだ。

 

「うん、そういう積み重ねがあったから、今安全に近代化改修ができるわけ」

「……でも、最大の謎が分かってないぴょん」

「そうだね」

「近代化された最上は、どうして深海棲艦側にいるぴょん」

 

 経緯はともあれ鈴谷は最上へ改修された。

 それがどういう流れで、D-ABYSS(ディー・アビス)を組み込まれ、深海棲艦側として暴れまわっていたのか。

 その流れが全く想像できなかった。

 

「熊野はそれ知ってるんでしょ? 教えて欲しいっぴょん」

「ええ、承知しています」

「……場合によっては、うーちゃんは今から技研へカチコミに行かざるを得なくなるぴょん」

 

 最も考えられるケースは、売られたパターン。

 技研の誰かが実験の失敗作を、金とか何か目当てで深海棲艦へ売り飛ばした。

 言うまでもない売国行為だ。

 即処刑案件だ。

 否、殺す即首を跳ねる。

 ……となりかねないので、卯月は真相を知りたがっていた。

 

「……裏ルートの情報だと、技研から脱走して海に出て深海棲艦に沈められたとなっていましたが、まあアレは嘘ですわ」

「でしょうねー真実は如何に?」

「他の鎮守府に譲渡されてましたわ。但しドロップ艦に偽装してですが。元々技研への身売りも違法行為でしたからね。徹底して表ざたにはしたくなかったのでしょう」

 

 技研だけではなく、鎮守府同士の艦娘の交換は禁止とされている。

 より強い鎮守府からの、引き抜き名目の強奪が絶えなかったからだ。

 しかし、規制の結果実験体の価値が上がった。

 鈴谷はそこに目をつけて自分を売ったのだ。熊野を助ける為に。

 

「まあ鈴谷さんは健在なのですが」

「何だって?」

「その後、ドロップ艦として鈴谷さんは鎮守府所属になり、今も活動中のようです」

「ワッツ?」

 

 意味不明と化した。

 なら最上に取り込まれている鈴谷は何者だ。

 

「ええわたくしも偽装工作か何かだと思いましたが事実です。轟沈に見せかけている間に、別の鈴谷を持ってきたとかではなく、わたくしの知る鈴谷が五体満足な形で、鎮守府所属となっています」

「良し誰か説明プリーズぴょん!」

「落ち着いてください。それを確かめるために、わたくしは数日間お休み頂いたのです」

「あの休みの時、その譲渡先の鎮守府に行ってたのかぴょん」

 

 熊野はコクリと頷いた。本人なのかどうかは話せば一番分かることだ。

 

「……艦娘の鈴谷さんではありました。しかしわたくしの友人の鈴谷さんではありませんでした。彼女は何一つ知らなかったのです。自分が身売りしたことも、私のことも。『熊野』としてはご存じでしたが、友人としての記憶は一切」

「ますます訳が分からないぴょん……」

「そう? 推測は簡単にできるじゃんか」

 

 嘘だろお前、そんな顔で北上を見つめる。

 

「だって、じゃああの最上は何だって言うんだぴょん」

「あれは最上プラス鈴谷だ。あの言動を見てれば間違いない。彼女には鈴谷の記憶がしっかり刻まれている」

「でも鈴谷は生きてるぴょん」

「記憶と分離してね」

「…………マジで?」

 

 バカな、いやしかし、そんなことがあり得るのか。

 

「うん、アタシだってこの事件に関わらなければ信じなかったさ。でも記憶をどうこうできそうな物を目の当たりにしちゃってる。D-ABYSS(ディー・アビス)がそうだ。あれは後遺症で記憶に損耗を与えるけど、秋月は敵に都合の悪い所ばかりが抜けていた。っていうことはだ、副作用でどの記憶をロストさせるかコントロールできる可能性がある。これは前言ったね」

「うん、聞いたことがあるぴょん」

「だったら、結構飛躍するけど、記憶だけを取り出すことも可能なんじゃない?」

 

 子細は不明。

 しかし敵側には記憶を操作する技術がある。

 それならば、記憶だけを抜き取ることも可能かもしれない。

 北上はそう考える。

 何らかの経緯で敵側に堕ちた鈴谷は記憶を抜き取られ、その部分だけが近代化改修に用いられたのだと。

 

「そんな滅茶苦茶な……いや、それは今更だったぴょん。それで、流れを聞くと譲渡先の鎮守府がかなり怪しいけどどーなんだぴょん?」

「生憎ですが『シロ』ですわ。わたくしの伝手を使って調べましたが、怪しげな部隊運営は全くしていないようです。その鈴谷も鎮守府で元気にやっているようでしたし」

「むむ、残念だぴょん」

 

 独自の伝手については言及しなかった。

 確実に闇賭博を運営していた頃の縁だ。

 突っ込んだら碌なことにならないのが目に見えていた。

 

「……でも疑問だけど何でそんなことするぴょん?」

 

 ここまで来ても敵の狙いがいまいち分からない。卯月は首を捻る。記憶だけを抜き取り近代化改修を行った。その仮説が事実だとしてそんなことをした理由がハッキリしない。

 

「そもそもの話、敵が艦娘にD-ABYSS(ディー・アビス)を組み込んでいる理由もハッキリと分かっていないんですよね」

「と言うか何の為の装置なんだぴょんコレ一体。ポンコツ仕様だし」

 

 近代化改修をして艦娘を強化したいのなら、態々記憶を抜いたりする必要はない。普通の近代化改修で事足りる。

 しかも見ての通り記憶の混濁で自我は崩壊気味だ。

 ここまでのことをする理由がある筈だ──これが敵の趣味とか嫌がらせとかそういう話でなければだが。

 

「何のためか。大方積んでるシステムの為なんだろうけど……でも最上がこの状態じゃ起動実験も聞き取りもままならないからなぁ……困った」

「困ったって……」

「まあ、実際困りましたわね」

 

 直接会話をしても記憶がぐちゃぐちゃだから正確な情報は得られない。しかも最上自身は悪くない。困ったものだと頭を抱える。

 

「ああそれと、これはそんな深刻なことじゃないけどもう一つ。あの後アタシの方でヒアリングして分かったことだけど。いや専門家じゃいないからあまりあてにしないで欲しいけど」

「どうかしたのかぴょん?」

「もう一個、後遺症っぽいのが残ってて」

「まだあんの!?」

 

 ここまでで全身麻痺と記憶混濁、これだけでも十分なのにまだあるのか。げんなりしながら身構える卯月。

 

「言うてもシステムのせいじゃなく、最上自身の在り方のせいなんだろうけどね。さっき言った通り最上は鈴谷の記憶を近代化させられた存在っぽいんだけど」

「うん」

「どうも、その改修はかなり低レベル──ってか生まれた直後に施されたみたい」

「そんなこと分かるの?」

「……症例でこれもあってね」

 

 また技研か。深海棲艦に勝つためとはいえやりたい放題。卯月は若干呆れていた。

 

「まあ分かると思うけど、艦娘は生まれた時点で記憶や一定の良識を持ってる」

「うん」

「でも生まれた直後に無理な近代化改修をすると、そこの時点から記憶がぐちゃぐちゃに崩壊する」

「うん?」

「こうなると、持ち合わせる筈だった良識とかはどうなるでしょうか」

 

 卯月は直前の、最上と秋月のやり取りを思い出していた。

 どこか他人事めいた雰囲気をしていた。

 秋月はどうもそれに怒りを覚えたらしい。

 もう一つの後遺症に気づいた卯月は、深いため息をつく。

 

「まさか罪悪感とかが全くない?」

「うん。根本的にそれを感じる為の下地が全くない。生まれた直後に記憶が混濁したせいで、()()()()()()()()()

 

 本来なら罪悪感とかは生まれつき持っている。

 人間ではなく、記憶を持って生まれる艦娘だからだ。

 しかし、基礎となるそれが破壊されたとしたら──知識だけあって、実感も何も分からなくなってしまう。

 

 だが、あれだけのことをしておいて罪悪感も何もないというのは。

 

 直接の被害者からしたら許せることではない。

 その厄介さを想像して、卯月は再び大きなため息をついた。

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