前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第166話 着実な変化

 最上の後遺症は明らかになった。

 だが解決方法は分からない。

 艦娘の細胞と深海の細胞が反発してる訳ではないから、顔無し(加古)のように卯月の細胞を投与するのも意味がない。

 

 近代化改修の弊害。

 D-ABYSS(ディー・アビス)による過激な負担の弊害。

 どれも簡単に解決はできない。

 

 北上から聞いたことを、卯月は満潮へ説明していた。

 

「今は治せないって言ってたぴょん」

「そう……せめて全身麻痺だけでもなんとかならないの?」

「多分無理だって」

「その言いようだと原因は分かってそうだけど」

「何か、秋月の全盲に近いんじゃないかって言ってた。詳しいことはうーちゃん分かんないけど」

 

 以前秋月を検診した際は、全盲の原因は特定できなかった。

 しかし『予想』はできていた。

 ただ、サンプルケース一つだけで判断するのは迂闊だ。

 だから回答を保留にしていたのだ。

 

 今回、最上という二体目のサンプルを手に入れることができた。

 その症状を調べれば、秋月の症状解明にも繋がるだろう。

 

 繋がっても、治せるかは別問題だが。

 

「……それは残念ね」

「珍しい。うーちゃんと意見があったぴょん。悪いことの前触れに違いない。くわばらくわばら」

「殴る気力もないから黙ってて」

「ごめん」

 

 満潮も最上と『関わり』を持っている。

 かつて『西村艦隊』という部隊に編制されていた仲間同士だ。

 そんな旧友が全身麻痺&記憶混濁等で苦しんでいる。

 気になって当然だ。

 そんな気持ちを茶化す程、卯月だって非常識ではない。

 

「……お茶飲む?」

「貰うわ。変なの入れたら八つ裂きよ」

「しねぇぴょん」

 

 部屋に置いてあるケテル(交換券でゲット)でお湯を沸かし、インスタントのカフェラテ(交換券でg)を入れる。

 

 満潮のには食堂から拝借した塩を投入しようとした。

 

 満潮がその肩を叩く。振り返った顔面にグーパンがめり込んだ。

 

「おい」

「塩コーヒーは健康に良いって書いてあったぴょん!」

「どんな漫画よ!?」

「前の鎮守府に置いてあった漫画だぴょん!」

 

 神鎮守府にはある駆逐艦(オークラ)のせいで、漫画本が充実していた。

 冗談なのか本気なのか、満潮は判断に困った。でもカフェラテが無事だったからヨシとする。

 零さないよう気を使い、二人はベッドに腰かけた。

 

「まあ、うーちゃん達にできることは限られてるぴょん」

「秋月の時みたいに、つきっきりになるつもりなの」

「いや。会いに行くけど頻繁には。熊野の方がついていただろうし。逆に満潮はどーすんだぴょん」

「顔見せぐらいはするけど……あまりは」

「そうするの?」

「記憶の殆どが『鈴谷』なんじゃ出番がないわ」

 

 確かにそうだ。卯月は頷く。

 

「秋月の時みたいに激痛とかの肩代わりができれば良いんだけど。できなさそうだし諦めるぴょん」

「……あっさりしてんのね」

「ムリなものはムリだぴょん。助かれば御の字のノリだったし」

 

 戦闘中、殺す殺すと連呼していたがアレは本気だった。生かして助ける気持ちは殆どなかった。

 だが、殺したらそれこそ『敵』の思う壺。

 それが許せないから、頑張って殺さないよう努めただけだ。

 

「ただなー、今の空気が続くのはちょっとどーかと思うぴょん」

「秋月のこと?」

「うん。最上の態度にだいぶきてるみたい」

 

 近代化改修の弊害で良識や常識──それに伴う罪悪感が崩壊している最上には、自分が何をしたのか分からない。

 行動としては理解してるし、悪いこととは分かっている。

 だがそこに『罪悪感』が沸かない。

 理屈として知ってるだけで、人間的な理解ができていないのだ。

 

「子供と同じみたいなものだから、時間をかければそういった感情も分かってくるって。技研の症例でそれは分かってるって、北上さんは言ってたぴょん」

「時間って、どれぐらいかかるのよ」

「さあ。症例が少なすぎて不明だぴょん」

 

 記憶混濁が確実に起きる近代化改修実験を、立派な症例が出来るまで繰り返してるのもアレだが、こういう時は困る。

 接触しないようにすれば良い話だが、此処ではそうもいかない。

 狭いし、介護に割ける人員も多くない。

 

「というか、それが気になるならアンタが何とかしなさいよ」

「え、うーちゃんが?」

「そうよ」

 

 当然のことだろと言わんばかりの態度だった。

 

「だってアンタの言うことが一番聞いてくれそうだし。そうでしょ卯月()()()()

「グッバァ!? お前が言うな吐き気がする!」

「ええ私も後悔してる。吐きそう」

「それはそれで腹が立つぴょん」

 

 釈然としない気持ちだ。

 卯月は憤慨する。

 けど言ってることは確かだ、秋月を宥めるのは私が最適だ。

 明日起きたら声を掛けてみよう、上手く言い包める自信はないがやらなければ分からない。

 ちょっと温くなってきたカフェラテを一気に飲み干し、歯を磨いて眠りについた。

 

 

 *

 

 

 翌日の朝、用事や食事を済ませた卯月は早速秋月の部屋まで来ていた。

 しかし、独房を兼ねた部屋には誰もいなかった。

 

「……もぬけの空だぴょん」

「どうなってんのかしら。まさか脱走したとか」

「まさか」

 

 洗脳下ならともかく、今の秋月は脱走なんてやらない。だったら何処へ行ったのか。二人は首を傾げる。

 

「あら、お二人ともそこでどうなされたのですか?」

「あ、熊野。おはようだぴょん」

 

 立ち止まっていたところへ熊野が通りかかる。

 彼女は最上の乗った車椅子を押していた。

 こちらに気づいた最上が、目線だけで返事をする。

 全身麻痺のせいで首が回らないのだろう。

 

「最上も連れてんのね」

「あ、卯月と満潮だ。おはよー」

「おはようだぴょん。何してんだっぴょん?」

「散歩ですわ。動けなくとも気分転換にはなるでしょうから。基地が広くないのが辛いところですけどね」

 

 何であれ、ずっとベッドにいるのは不健康だ。車椅子でも良いから外へ連れ出した方が良い。

 最上自身がそれを望んだこともあり、熊野はそれに付き合っていた。

 

「広くない基地だけど、楽しいのかぴょん」

「うん! 初めて見る物ばかりで楽しいよ! 興味がつきないなぁ」

「お、おう……それは何よりだぴょん」

 

 嘘は吐いていない。

 最上は目をキラキラさせて、心から楽しそうにしている。

 恐らく、身体が動かないことを苦痛だと思っていない。彼女にはこれが()()()()だからだ。

 動くことを知らなければ、動かない苦しみは分からない。

 他人と比較して、自分が動けない事に悩むかもしれないけど、苦しむ感覚は育っていない。

 

 知識だけがある『赤ん坊』なんだと痛感する。

 

「それで次は何処へ行くの熊野?」

「落ち着いてくださいまし、時間はありますから」

「えー、僕待てないよ」

 

 卯月は横目で満潮を見る。

 予想通り複雑極まった顔をしていた。

 そりゃそうだ、西村艦隊からの旧友がこうなっていたら、困惑するに決まっている。

 ショックも受けてるだろう。

 敵のせいで、最上が此処までの後遺症を負わなければならなくなったことに。

 

「熊野と一緒に最上の面倒見てても良いよ?」

「……別に、見たところで何も変わらないし、やることないわよ」

「でも、現実は受け入れられると思うっぴょん。避けてばかりじゃ悶々とするだけだよ。最上がああでも、うーちゃんは気にならないけど……満潮は違うんでしょ?」

 

 正直、卯月的にはかなりどうでも良い。

 そりゃ無事とは言い難い。

 一人の艦娘をここまで弄んだことへの怒りは凄まじいものがある。

 だがそこまでだ。

 全然気に止まらない。他のことに手がつかないなんてこともない。

 

 けど満潮は違う。

 彼女が言った通り、熊野に同伴してもやれることはない。

 同伴して全身麻痺が治る訳でも、記憶障害が治る訳でもない。

 分かっているのに、気になって仕方がない。

 

 それは言い悪いで語れる問題ではない、だったら本人が納得できる方向にもっていくのが一番だろう。

 

「アンタ一人になったら、発作起きた時どうすんのよ」

「多分大丈夫。最近は発作起きてないし……万一起きても生命に関わることはないから。慣れた奴よりも、そっちを優先するべきだぴょん。最上だって何かしら発作が起こるかもしれないし」

 

 卯月はフラッシュバックによる錯乱、秋月は激痛による錯乱があった。最上だって発作を抱え込んでる可能性は十分ある。

 その時、対処できる人間は多いに越したことはない。

 

「そう、決して距離を置くための言い訳を考えたのではないのだぴょん」

「なら早くそう言ってよこっちだって距離取りたいんだから」

「お前酷い奴だな」

「お互い様でしょ。じゃ、せいぜい発作起こさないようにね」

 

 そう言って満潮は最上のところへ向かった。その背中を見送って一人秋月の所へ向かう。

 

「ふう、喧しい奴がいなくなってスッキリしたぴょん」

 

 一人になるのは久しぶりだ。

 満潮は言わずもが、最近は加古が勝手についてくることもしょっちゅうあった。

 急ぐ必要はない、のんびりと行こう。

 ゆったりした気分になる卯月──それが不味かったのかもしれない。

 

「……あっ」

 

 突然視界が揺らいだ。

 

 平衡感覚が失われ、ぐわんぐわんと耳鳴りが止まらない。

 

 不味い。そう気づく頃にはもう『発作』が始まっていた。

 

「あ、ア、アアア゛!?」

 

 殺してしまった人たちが、床や壁、天井や自分自身から生えてくる。

 罵詈雑言と呪いの言葉が浴びせられる。

 それしか聞こえない、切り裂く様な叫びに、耳から血が噴き出す、頭が割れる。

 血に塗れた指先が目玉を抉ってくる、内臓を体内から弄り引き千切られる。

 

 発狂しそうになる、いや実際発狂しているも同然だ。

 

 けど慣れてしまっていた。

 

 こんなの慣れたくもないが、何度も経験したせいで慣れてしまった。

 

 全て幻だと理解している、対処方法も覚えている。

 

「ぐぅっ……!」

 

 収まるまえで耐えればいい。それだけだ。

 全身の感覚が痛みで麻痺したせいで、動いてるか分からないが、それでも手足を動かし、丸まって目も耳も塞ぐ。

 

 幻を『現実』と受け止めた脳のせいで、ショック症状めいた状態にまで陥り、意識が消えかける。

 

 いや幻だ、気のせいだと必至で意識を繋ぎ止める。

 

 こうなってしまったのは、油断からだろうか、それとも『最上』を見たからだろうか。あまりに悲惨な姿を見て、心の傷が触発されてしまったのか──久々の発作故に、一人で耐えるのは相当な苦しさだった。

 腹を掻っ捌かれたせいで、吐き気が込み上げる。

 口を塞いで──塞げているのか分からないまま──嘔吐を耐える。堪えられているかも分からない。

 

「うぅう゛う゛! ぁ、ああぁあ゛……」

 

 終わらない。

 時間感覚も狂っている。

 どれぐらい経ったのか分からない。全身を蛆虫や寄生虫が集っている。

 心の限界は突然来た。

 幻だと分からないまま、幻影を引き剝がそうと暴れ始める。

 その一歩手前で、突然──本当に一瞬のことだが──視界が『移動』した。

 

「!?」

 

 卯月は、悶え苦しむ自分自身を見た。

 艦載機でも使わなければ、自分で自分を見るなんてできない。

 なのに一瞬見えた。

 今のは何だ、新手の幻覚か。

 想像を超える現象に卯月は一瞬正気に戻る。

 

 その間に、誰かが必死で呼びかけてくれているのに気付いた。

 

『ママ! マ、ママー!』

「か、加古、かっぴょん……?」

『──!!』

 

 肩を何度も揺らしながら、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。

 

 そのお陰か、人肌のぬくもりを感じたからか、卯月の発作は落ち着き始めた。

 

「だ、大丈夫だぴょん……ごめん、心配をかけたっぴょん」

『……?』

 

 まともに話せない彼女はボディランゲージで感情を表現する。

 どうして申し訳なさそうにしているのか理解できない、といった感じで首を傾げている。

 だが、苦しそうな様子でなくなったのを、喜んでいた。

 

「うん、安心して良いぴょん。ありがとぴょん」

「──!」

 

 お陰で助かった。あのままじゃ自傷行為に走っていた。

 卯月は加古の頭を撫でる。

 彼女も気持ちよさそうにして、こちらへ頭を預けてくる。

 身体を擦りつけて甘えてくる犬とか猫みたいな雰囲気だ。

 重巡が、駆逐艦に甘えている構図でなければ。

 

「アンタ、これどういう状況」

「うお、満潮、どうしたぴょん」

「叫び声が聞こえたからすっ飛んで来たのよ……もう遅かったみたいだけどね。発作が起きたんでしょ?」

「うん……」

「ごめん。私も最近起きていないから油断してたわ」

 

 目を離した間、卯月は重傷を負いかけていた。

 嫌いだとしても責任は感じていた。

 けどまあ、最上の所へ行っていいと言ったのは自分なのだから。ある意味自業自得だ。

 とはいえ、ケガがなかった事については、心の底から安堵していた。

 

 しかし謎が残った。

 

 新手の幻覚と片付けるのは容易いが、あの一瞬、視覚が移動したのは何だったのか。別ベクトルの悩みが増えて、悶々とする卯月なのであった。




塩コーヒーの元ネタが分かる方はいるのでしょうか?
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