最上の後遺症は明らかになった。
だが解決方法は分からない。
艦娘の細胞と深海の細胞が反発してる訳ではないから、
近代化改修の弊害。
どれも簡単に解決はできない。
北上から聞いたことを、卯月は満潮へ説明していた。
「今は治せないって言ってたぴょん」
「そう……せめて全身麻痺だけでもなんとかならないの?」
「多分無理だって」
「その言いようだと原因は分かってそうだけど」
「何か、秋月の全盲に近いんじゃないかって言ってた。詳しいことはうーちゃん分かんないけど」
以前秋月を検診した際は、全盲の原因は特定できなかった。
しかし『予想』はできていた。
ただ、サンプルケース一つだけで判断するのは迂闊だ。
だから回答を保留にしていたのだ。
今回、最上という二体目のサンプルを手に入れることができた。
その症状を調べれば、秋月の症状解明にも繋がるだろう。
繋がっても、治せるかは別問題だが。
「……それは残念ね」
「珍しい。うーちゃんと意見があったぴょん。悪いことの前触れに違いない。くわばらくわばら」
「殴る気力もないから黙ってて」
「ごめん」
満潮も最上と『関わり』を持っている。
かつて『西村艦隊』という部隊に編制されていた仲間同士だ。
そんな旧友が全身麻痺&記憶混濁等で苦しんでいる。
気になって当然だ。
そんな気持ちを茶化す程、卯月だって非常識ではない。
「……お茶飲む?」
「貰うわ。変なの入れたら八つ裂きよ」
「しねぇぴょん」
部屋に置いてあるケテル(交換券でゲット)でお湯を沸かし、インスタントのカフェラテ(交換券でg)を入れる。
満潮のには食堂から拝借した塩を投入しようとした。
満潮がその肩を叩く。振り返った顔面にグーパンがめり込んだ。
「おい」
「塩コーヒーは健康に良いって書いてあったぴょん!」
「どんな漫画よ!?」
「前の鎮守府に置いてあった漫画だぴょん!」
神鎮守府には
冗談なのか本気なのか、満潮は判断に困った。でもカフェラテが無事だったからヨシとする。
零さないよう気を使い、二人はベッドに腰かけた。
「まあ、うーちゃん達にできることは限られてるぴょん」
「秋月の時みたいに、つきっきりになるつもりなの」
「いや。会いに行くけど頻繁には。熊野の方がついていただろうし。逆に満潮はどーすんだぴょん」
「顔見せぐらいはするけど……あまりは」
「そうするの?」
「記憶の殆どが『鈴谷』なんじゃ出番がないわ」
確かにそうだ。卯月は頷く。
「秋月の時みたいに激痛とかの肩代わりができれば良いんだけど。できなさそうだし諦めるぴょん」
「……あっさりしてんのね」
「ムリなものはムリだぴょん。助かれば御の字のノリだったし」
戦闘中、殺す殺すと連呼していたがアレは本気だった。生かして助ける気持ちは殆どなかった。
だが、殺したらそれこそ『敵』の思う壺。
それが許せないから、頑張って殺さないよう努めただけだ。
「ただなー、今の空気が続くのはちょっとどーかと思うぴょん」
「秋月のこと?」
「うん。最上の態度にだいぶきてるみたい」
近代化改修の弊害で良識や常識──それに伴う罪悪感が崩壊している最上には、自分が何をしたのか分からない。
行動としては理解してるし、悪いこととは分かっている。
だがそこに『罪悪感』が沸かない。
理屈として知ってるだけで、人間的な理解ができていないのだ。
「子供と同じみたいなものだから、時間をかければそういった感情も分かってくるって。技研の症例でそれは分かってるって、北上さんは言ってたぴょん」
「時間って、どれぐらいかかるのよ」
「さあ。症例が少なすぎて不明だぴょん」
記憶混濁が確実に起きる近代化改修実験を、立派な症例が出来るまで繰り返してるのもアレだが、こういう時は困る。
接触しないようにすれば良い話だが、此処ではそうもいかない。
狭いし、介護に割ける人員も多くない。
「というか、それが気になるならアンタが何とかしなさいよ」
「え、うーちゃんが?」
「そうよ」
当然のことだろと言わんばかりの態度だった。
「だってアンタの言うことが一番聞いてくれそうだし。そうでしょ卯月
「グッバァ!? お前が言うな吐き気がする!」
「ええ私も後悔してる。吐きそう」
「それはそれで腹が立つぴょん」
釈然としない気持ちだ。
卯月は憤慨する。
けど言ってることは確かだ、秋月を宥めるのは私が最適だ。
明日起きたら声を掛けてみよう、上手く言い包める自信はないがやらなければ分からない。
ちょっと温くなってきたカフェラテを一気に飲み干し、歯を磨いて眠りについた。
*
翌日の朝、用事や食事を済ませた卯月は早速秋月の部屋まで来ていた。
しかし、独房を兼ねた部屋には誰もいなかった。
「……もぬけの空だぴょん」
「どうなってんのかしら。まさか脱走したとか」
「まさか」
洗脳下ならともかく、今の秋月は脱走なんてやらない。だったら何処へ行ったのか。二人は首を傾げる。
「あら、お二人ともそこでどうなされたのですか?」
「あ、熊野。おはようだぴょん」
立ち止まっていたところへ熊野が通りかかる。
彼女は最上の乗った車椅子を押していた。
こちらに気づいた最上が、目線だけで返事をする。
全身麻痺のせいで首が回らないのだろう。
「最上も連れてんのね」
「あ、卯月と満潮だ。おはよー」
「おはようだぴょん。何してんだっぴょん?」
「散歩ですわ。動けなくとも気分転換にはなるでしょうから。基地が広くないのが辛いところですけどね」
何であれ、ずっとベッドにいるのは不健康だ。車椅子でも良いから外へ連れ出した方が良い。
最上自身がそれを望んだこともあり、熊野はそれに付き合っていた。
「広くない基地だけど、楽しいのかぴょん」
「うん! 初めて見る物ばかりで楽しいよ! 興味がつきないなぁ」
「お、おう……それは何よりだぴょん」
嘘は吐いていない。
最上は目をキラキラさせて、心から楽しそうにしている。
恐らく、身体が動かないことを苦痛だと思っていない。彼女にはこれが
動くことを知らなければ、動かない苦しみは分からない。
他人と比較して、自分が動けない事に悩むかもしれないけど、苦しむ感覚は育っていない。
知識だけがある『赤ん坊』なんだと痛感する。
「それで次は何処へ行くの熊野?」
「落ち着いてくださいまし、時間はありますから」
「えー、僕待てないよ」
卯月は横目で満潮を見る。
予想通り複雑極まった顔をしていた。
そりゃそうだ、西村艦隊からの旧友がこうなっていたら、困惑するに決まっている。
ショックも受けてるだろう。
敵のせいで、最上が此処までの後遺症を負わなければならなくなったことに。
「熊野と一緒に最上の面倒見てても良いよ?」
「……別に、見たところで何も変わらないし、やることないわよ」
「でも、現実は受け入れられると思うっぴょん。避けてばかりじゃ悶々とするだけだよ。最上がああでも、うーちゃんは気にならないけど……満潮は違うんでしょ?」
正直、卯月的にはかなりどうでも良い。
そりゃ無事とは言い難い。
一人の艦娘をここまで弄んだことへの怒りは凄まじいものがある。
だがそこまでだ。
全然気に止まらない。他のことに手がつかないなんてこともない。
けど満潮は違う。
彼女が言った通り、熊野に同伴してもやれることはない。
同伴して全身麻痺が治る訳でも、記憶障害が治る訳でもない。
分かっているのに、気になって仕方がない。
それは言い悪いで語れる問題ではない、だったら本人が納得できる方向にもっていくのが一番だろう。
「アンタ一人になったら、発作起きた時どうすんのよ」
「多分大丈夫。最近は発作起きてないし……万一起きても生命に関わることはないから。慣れた奴よりも、そっちを優先するべきだぴょん。最上だって何かしら発作が起こるかもしれないし」
卯月はフラッシュバックによる錯乱、秋月は激痛による錯乱があった。最上だって発作を抱え込んでる可能性は十分ある。
その時、対処できる人間は多いに越したことはない。
「そう、決して距離を置くための言い訳を考えたのではないのだぴょん」
「なら早くそう言ってよこっちだって距離取りたいんだから」
「お前酷い奴だな」
「お互い様でしょ。じゃ、せいぜい発作起こさないようにね」
そう言って満潮は最上のところへ向かった。その背中を見送って一人秋月の所へ向かう。
「ふう、喧しい奴がいなくなってスッキリしたぴょん」
一人になるのは久しぶりだ。
満潮は言わずもが、最近は加古が勝手についてくることもしょっちゅうあった。
急ぐ必要はない、のんびりと行こう。
ゆったりした気分になる卯月──それが不味かったのかもしれない。
「……あっ」
突然視界が揺らいだ。
平衡感覚が失われ、ぐわんぐわんと耳鳴りが止まらない。
不味い。そう気づく頃にはもう『発作』が始まっていた。
「あ、ア、アアア゛!?」
殺してしまった人たちが、床や壁、天井や自分自身から生えてくる。
罵詈雑言と呪いの言葉が浴びせられる。
それしか聞こえない、切り裂く様な叫びに、耳から血が噴き出す、頭が割れる。
血に塗れた指先が目玉を抉ってくる、内臓を体内から弄り引き千切られる。
発狂しそうになる、いや実際発狂しているも同然だ。
けど慣れてしまっていた。
こんなの慣れたくもないが、何度も経験したせいで慣れてしまった。
全て幻だと理解している、対処方法も覚えている。
「ぐぅっ……!」
収まるまえで耐えればいい。それだけだ。
全身の感覚が痛みで麻痺したせいで、動いてるか分からないが、それでも手足を動かし、丸まって目も耳も塞ぐ。
幻を『現実』と受け止めた脳のせいで、ショック症状めいた状態にまで陥り、意識が消えかける。
いや幻だ、気のせいだと必至で意識を繋ぎ止める。
こうなってしまったのは、油断からだろうか、それとも『最上』を見たからだろうか。あまりに悲惨な姿を見て、心の傷が触発されてしまったのか──久々の発作故に、一人で耐えるのは相当な苦しさだった。
腹を掻っ捌かれたせいで、吐き気が込み上げる。
口を塞いで──塞げているのか分からないまま──嘔吐を耐える。堪えられているかも分からない。
「うぅう゛う゛! ぁ、ああぁあ゛……」
終わらない。
時間感覚も狂っている。
どれぐらい経ったのか分からない。全身を蛆虫や寄生虫が集っている。
心の限界は突然来た。
幻だと分からないまま、幻影を引き剝がそうと暴れ始める。
その一歩手前で、突然──本当に一瞬のことだが──視界が『移動』した。
「!?」
卯月は、悶え苦しむ自分自身を見た。
艦載機でも使わなければ、自分で自分を見るなんてできない。
なのに一瞬見えた。
今のは何だ、新手の幻覚か。
想像を超える現象に卯月は一瞬正気に戻る。
その間に、誰かが必死で呼びかけてくれているのに気付いた。
『ママ! マ、ママー!』
「か、加古、かっぴょん……?」
『──!!』
肩を何度も揺らしながら、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
そのお陰か、人肌のぬくもりを感じたからか、卯月の発作は落ち着き始めた。
「だ、大丈夫だぴょん……ごめん、心配をかけたっぴょん」
『……?』
まともに話せない彼女はボディランゲージで感情を表現する。
どうして申し訳なさそうにしているのか理解できない、といった感じで首を傾げている。
だが、苦しそうな様子でなくなったのを、喜んでいた。
「うん、安心して良いぴょん。ありがとぴょん」
「──!」
お陰で助かった。あのままじゃ自傷行為に走っていた。
卯月は加古の頭を撫でる。
彼女も気持ちよさそうにして、こちらへ頭を預けてくる。
身体を擦りつけて甘えてくる犬とか猫みたいな雰囲気だ。
重巡が、駆逐艦に甘えている構図でなければ。
「アンタ、これどういう状況」
「うお、満潮、どうしたぴょん」
「叫び声が聞こえたからすっ飛んで来たのよ……もう遅かったみたいだけどね。発作が起きたんでしょ?」
「うん……」
「ごめん。私も最近起きていないから油断してたわ」
目を離した間、卯月は重傷を負いかけていた。
嫌いだとしても責任は感じていた。
けどまあ、最上の所へ行っていいと言ったのは自分なのだから。ある意味自業自得だ。
とはいえ、ケガがなかった事については、心の底から安堵していた。
しかし謎が残った。
新手の幻覚と片付けるのは容易いが、あの一瞬、視覚が移動したのは何だったのか。別ベクトルの悩みが増えて、悶々とする卯月なのであった。
塩コーヒーの元ネタが分かる方はいるのでしょうか?