前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第167話 どちらが死ぬか

 気が緩んだせいか最上に触発されたからなのか、久々に発作を起こしてしまった卯月。

 そこへ加古が来てくれたお陰で助かったのは良いのだが、未知の現象を体感する羽目になる。

 

 あれは何だったのか。

 

 加古の視点から、自分を見ているような気分だった。

 

 しかし一瞬だった。

 気のせいという可能性は高い。

 うん、きっとそうだ、そうに違いない。

 色々あったから疲れたのだろう。

 

「なんかまた変なことがあったの?」

「ななな何故分かったぴょん」

「何となく。そういう顔してる時は大体面倒ごとを考えてるから」

「えっキモ」

 

 考えが見透かされているようで気持ち悪い。こういう時は分かってて気付かないフリをしてくれるのが優しさなんじゃないか。

 

「秋月のが終わったら北上さんの所行くわよ」

「えー、面倒くさいぴょん」

「暴走の前科持ちだってこと忘れたとは言わせないわよ」

「うぐっ」

 

 反論できず言葉に詰まる。

 これがさらなる暴走の予兆かもしれない。

 あんな思いは二度と味わいたくない。

 

 既に二回やらかした。

 二度あることは三度あるとか止めてほしい。

 また造反してしまったら、本当にメンタルブレイクしかねない。

 

 ぶーぶー文句を交えながらも、後で報告するのは決まった。

 

 それについて話している内に、二人は秋月の所につく。

 部屋といっても、まだ独房を使い回している。

 彼女用の部屋が整っていないのだ。

 

 普通の鎮守府ならいる家具職人妖精は此処にはいない。

 

 機密保持の為妖精の人数さえ最小限となっている為だ。

 

 やむを得ず基地の増築工事をする時は、基地の場所が特定されないよう極秘裏に行われるし、何処の改修をしたのか妖精さんには分からないようにする。

 その担当した妖精から、基地の構造が漏洩しないとも限らないからだ。

 

「秋月ー、いるー?」

『卯月お姉さま? はい、いますが』

「入るぴょん」

 

 彼女の返事が帰ってくる。今日の散歩はまだのようだ。

 

 室内は殺風景、独房のまま。

 それも仕方のないこと。

 秋月は全盲だ、何か躓いて転んだら大事である。

 それでも、生活感が皆無なのは、何とも言えない気分になる。

 

「あの、何かご用でしょうか」

「最上について」

 

 雑談から始めるつもりは皆無。卯月はストレートに話題を切り出した。

 触れて欲しくない話をいきなり振られ、秋月はフリーズする。

 

「何か、症状が改善したとかそういう」

「いや秋月がモヤモヤしてるからその件で」

「お、お姉さま……これは秋月の問題です、お姉さまが態々関わる必要は」

「そういうのが長々と続く方がうーちゃん面倒くさいぴょん」

 

 正直言って、それしかなかった。

 秋月が可哀想だとか、仲良くして欲しいとか全く思ってない。

 ただ、自分の周りでギスギスした空気が続くのが非常にストレスだった。

 

「というか、それは正直、お姉さまに指摘されたくないような……その満潮さんとの」

「別にうーちゃんとこのカスはギスギスしてないぴょん」

「ええ、この汚物は心底嫌いってだけだから」

「……そ、そうですか」

 

 理解不足だった。そして理解は諦めた。

 

「うん、だからこういう感じでも良いんだぴょん。兎に角どー見ても鬱憤が溜まってるのに、溜め込んでブスブスしてるのは良くないぴょん」

 

 ある意味、二人の関係は健全と言える。

 お互い一切我慢することなく、思ったまま感じたまま暴言をぶつけ合っている。

 流石に良い関係とは言えないが、黙り込んだままよりマシである。

 

「とゆーわけで何とかしに来たぴょん。どうすれば良いのかまるで解んないけど!」

「本当にアンタ最低ね。いい秋月いくら尊敬しててもこういう所は真似ちゃダメよ。人間としてダメになるわよ。胸もペッタンコのままになるわよ」

「胸は関係ないぴょん!」

 

 話が進まないのでお互い自重した。改めて秋月に話を振る。

 

「んで、こういう聞き方アレなんだけど、どう思ってんだぴょん最上のことは」

「……その、ごめんなさい、自分でちゃんと解決しますので」

「許さん言え。お姉さま命令だぴょん」

 

 話すまで部屋から逃がす気はない。

 その威圧感に秋月は観念する。

 お姉さまに迷惑をかけるのが嫌だから黙ろうとしたが、卯月からの『命令』には逆らえない。

 

「……なんで、なんですか」

「……殺さず、生かしたこと?」

 

 それぐらいしか思い当たることがない。秋月は小さく頷いた。

 

「そう、そうです。どうしてあんな奴を、殺さなかったんですか。生かしておく価値ないじゃないですか」

「理由はあるけど」

「分かってるでしょ。秋月はそういうのを求めてるんじゃないのよ」

 

 最上を殺さなかった理由は、今更言うまでもない。

 あくまで彼女も犠牲者だ。

 救出できるならするに越したことはない。敵の内情を探れる可能性もある。

 

 何より、|D-ABYSS()()()()()()()の第三サンプルを獲得できる。

 最悪、殺しても回収できるが、殺した途端自壊する仕掛けとかあっても困る。

 殺さないのが一番安全なのだ。

 

 しかし満潮が言った通り、そんなことは秋月だって理解している。

 

「納得できません。お姉さまの態度もそうですし、熊野さんの態度も納得できません。記憶がぐちゃぐちゃで、自分がやったことの深刻さを自覚できていないから何だっていうんですか。それで許されると思っているんですか」

 

 いや許されない。

 卯月は客観的にそう判断した。

 許すとか、許さないとか、罰を望まれている状態だと、今の最上は理解できていない。

 だが、秋月にとってはそういう問題ではない。

 

「秋月は、こんな、こんなことに成りたかった訳じゃないのに……誰も彼も殺すことになってしまって……そうなったのは、最上さんのせいなんですよ。毎日毎日、訳の分からない虐殺を強要されて、少しでも気に食わなければ、いや気に入っても殴り飛ばされて……腕が折れて、肺に銃創ができているのに、苦しんでるのが面白いからってだけで、治療も許されなくて! 自覚は、しています。最上さんが本当に悪い訳じゃないって、でも無理です。ダメです、嫌です! 秋月は、あの人の顔を見れない、見たくない! 頭がおかしくなってしまいます。今も、考えているだけで、気が狂いそうに全身が痛くて、嫌だ、何で此処にいるんですか!? 追い出してくださいよ! あいつのせいで全部が怖い、お姉さまが助けてくれなかったら、全てが痛くて苦しいままだった! またそうなるに決まってるんです!」

 

 彼女の本心は、卯月の想像を超えていた。

 一息に話し切り、ゼイゼイと息を切らす秋月。

 

 卯月は、すぐに言葉を返せなかった。

 まさかそこまで苦しんでいたとは。

 会わなければ良い、という問題ではなかったのだ。

 同じ基地内に居るのが既に、耐えがたい恐怖だったのだ。

 

 彼女からしたら、獰猛な肉食獣と同じ檻に入れられたのと同じ気分なのである。

 

「……ごめんなさい、でも、そうなんです。怖くて……出歩けないんです。バカですよね、最上さんが目覚めるまでは、まだ決心ができたのに、いざ起きたって分かると……怖くて、息が詰まりそうで」

「気持ちは、分からなくもないぴょん。うーちゃんは逆だけど」

 

 秋月側ではなく、卯月は『最上』側だ。

 金剛達がいる藤江華提督の鎮守府には、かつて殺しかけた間宮と神提督がいる。

 あの時受けた拒絶は、未だにトラウマに近い。

 弁当の中に剃刀を入れられていた時の恐怖はとてつもないものがある。

 

「……あの、なので、秋月を解体して頂いて構いませんから」

「は?」

「ムリです、どんなに手を尽くして頂いても、最上さんが此処にいるだけで、無理です。碌な罰も受けずのうのうと生きていることが許せなくて、ま、また殺してしまいそうなんです……だから、どうか、秋月の方を解体してください」

「そこまで思い詰めてるとはね……」

 

 最上がいなくならなければ秋月は安堵して暮らせない。

 しかし、そんなことは、前科戦線の立場的にも、倫理的にも許されない。

 なら、自分がいなくなるしかない。

 

 無茶苦茶な結論だった。

 

 そんな答えに行きついてしまう程、彼女は思い詰めていた。

 

 だが卯月の返しは、意外なものだった。

 

「まあ別に構わないけどね」

「は?」

 

 卯月は秋月の解体を容認したのである。

 

「ねぇ満潮、解体するための希望ってどう出すんだぴょん?」

「そりゃ除籍申請書があって、希望欄に解体があるからそれ選択して、審査が通ればできるわよ。まあ私達前科組は申し込めないけど、秋月は違うからでき……ってそうじゃないわよ。アンタ何を言ってんのよ!」

「秋月の解体手続きについて」

「違う!」

 

 自殺しようとしている人がいたら止めるべきだ。なのに何故コイツはむしろ促しているのだ。意味が分からない。満潮は頭を掻きむしる。

 

「いやだって、態々止める理由がないぴょん。ねっ秋月」

「え……あ、はい、お姉さまのおっしゃる通りです」

「でしょ?」

「どこがよ! この状況下でふざけないでよ!」

「大マジなんだけどなぁ……」

 

 ボリボリと頭を掻く卯月。

 何て奴だ、信じられないと、満潮は絶句する。

 その態度に対し、不服そうな表情を卯月は浮かべていた。

 彼女は真剣に、解体は『アリ』だと考えていたのだ。

 

「真面目な話、死ぬって選択肢は存在すべきだぴょん。それ以外に救いがない時が来る時はあり得るぴょん。うーちゃんだって……死ぬことが素敵に見えたことがないなんて、言わないぴょん」

 

 卯月は死を望んだことが、何度かある。

 特に真相を知った直後、自分が全員を殺した張本人だった時は、本当に死にたくなった。

 だが、自分が自殺した後も、黒幕がのうのうと生きてるのは絶対に許せなかった。

 だから、踏み止まる事ができたのだ。

 

 別にふざけてない。

 真面目にそう考えている、満潮は誤解しているだけだ。

 

「なんで最初からそう言わないの。おちゃらけないで紛らわしいわね」

「五月蠅いぴょん!」

「……死ぬのは、アリ、なんですね」

「うん、アリっちゃアリ」

 

 本気で死にたいなら仕方がないと思う。卯月は秋月の意思を尊重するつもりだ。

 

「ああでも、D-ABYSS(ディー・アビス)のサンプルが減ることになっちゃうからなー、解体申し出は認められないかも。そうなったら隙を見て自殺するしかなぴょん」

「別に……それでも、構いません。流石に……お姉さまや皆様の手を煩わせるのも心苦しいので」

「うん、頑張れだぴょん」

 

 実際問題、自殺しようとしたら、監視カメラ越しに誰かが止めに来るだろう。

 首吊りとか、リストカットに使えそうな物は、彼女の部屋から排除してある。

 けど、自殺が可能か不可能か──それは重要なことではない。

 重要なのは()()()()()()()()()、その一点のみだ。

 

 故に確認も込めて、卯月は告げた。

 

「本当に死んだら、軽蔑するけどね」

 

 冷たい声でそう告げる。敬愛するお姉さまからの発言だ。自殺の決意を揺るがすには、十分な威力を持っていた。

 

「どういうことよ、散々自殺はできるできるって言っておいて」

「そりゃ当然だぴょん。自分がしでかしたことの清算をしないまま、死んで逃げるなんて卑怯だぴょん。誇りの欠片もない。艦娘どころか人として失格の行為じゃん。軽蔑するでしょ。まあ、そもそも清算の必要があるのかってのは置いといて……」

 

 卯月個人的には償いは不要だと思っている。

 あれは洗脳により()()()()()()()だ。

 そこに責任は生じない。

 だがそれは、事情を知る者の理屈だ。

 被害者にとっては、まるで関係のない事だ。

 

「ねぇ、最上は悪くないって分かってるんでしょ?」

「はい、それは当然……頭では」

「だけど、最上にやられたトラウマは無くならない。それと同じだぴょん。うーちゃん達に殺された皆からしたら、洗脳されてたとかそんな『事情』は関係ない。私たちに殺された。それだけが『事実』」

 

 頭で分かっていても感情は別だ。だから秋月は自殺を選ぼうとした。洗脳という原因があろうが無かろうが、最上から暴力を振るわれた事実は変わらない。

 

「責任を取るかどうかは人それぞれだと思うぴょん。だって実際悪くないし。けど『事実』に向き合わないのは違うぴょん」

「向き合う……?」

「うーちゃんは責任取らないぴょん。贖罪の為に戦うつもりは微塵もない。でも逃げないことにしてる。憎まれるのも受け入れるし、殴られるのも……殺されるの以外は全部受け入れる。それだけのことをしたのが事実だから」

 

 藤提督の鎮守府を訪れ、壮絶な憎悪を受けた時、卯月はそう在ることを決意した。

 シチュエーション的には、似た側面がある。

 だからこそ、それを秋月に語った。

 説得ではない。

 この惨劇に対しての、向き合い方を見せたのだ。

 

「まあアレだぴょん。軽蔑されてでも死にたいって言うんなら止めないぴょん。でもそれで……後悔がないとは思えない。死んだら死んだで、何か嫌な感じが残りそうだから、その辺ちゃんとしてから死ぬなり生きるなりしてくれぴょん」

「アンタ、説得してるつもりなの、それで」

「別に。個人的にこの状態が嫌だから首突っ込んだだけ」

「人でなし!」

「うるさい、気にはしてんだぴょん! まあそういうことで、辛い気持ちは分かるけど、『事実』をちゃんと見ることだぴょん。どんな選択をしても後悔を残さない為に」

 

 秋月は項垂れたままだった。

 元気に聞くような話ではないから当然だが、心配になる。

 ただでさえ深い心の傷を、必要以上に抉ったのではないだろうか。

 しかし、傷を治すには傷に触れなければならない。

 

 せめて、マシな方向に行くよう祈りながら、卯月たちは部屋を後にした。

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