前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第168話 爆弾投下

「あんなんで説得になったとは思えないんだけど」

 

 自室に戻り、買った煎餅をボリボリ食べる卯月に満潮は愚痴る。

 

「まあ説得したつもりないし」

「冗談でしょアンタ何しに行ったのよ」

「人生相談?」

「体感時間二か月ちょっとしかない奴がよくまあそんなこと言えるわね」

 

 最上に対して確執を抱いている秋月。

 仲良くなれとは言わないが、限度はある。

 このまま悪い空気が続くのはよくないと、解決を図った卯月達。

 しかし、説得になったのか。

 満潮は至極疑問だ。

 

「誰も彼も、アンタみたいに折り合いをつけれる性格してないわよ。それができりゃ誰も苦労しないわ」

「んなこと分かっているぴょん。だったらうーちゃんを推薦したそっちが悪いぴょん」

「ぐっ……まさかここまで人でなしとは思わなかったわ」

 

 元々卯月は乗り気でなかった。

 だが、満潮に『アンタの話なら一番聞くじゃない』と言われたから。

 更に、嫌な空気が続くのは、面倒だと考えたからだ。

 

 というか根本的な所で、卯月は秋月の苦悩を理解できない。

 

 自分自身が大量虐殺を行い、同時に被害者でもある、という境遇は確かに同じだ。

 

 だが、卯月は全部『それはそれ』として割り切ることができる。

 本当は悲鳴を上げて泣き叫びたいし、心はへし折れそうになっている。

 だが、そんなことより、泊地水鬼への報復が最優先なのだ。

 その為には個人的感情はどうでもいい。感情を呑み込み、割り切れるのが卯月だ。

 

 なので、折り合いをつけられない秋月の心境は、理解仕切れないのである。

 

「とゆーか大体、解決方法なんてものは、秋月も理解してる筈だぴょん。感情とかどーでもいいことがそれの邪魔をしてるだけ。そういうのを気にせず、自分の望むまま行動すれば良いんだぴょん。まあそれで別の問題が発生するとしたら、また別の話になるけど」

 

 卯月は再び煎餅をバリバリ齧り、濃い緑茶を啜る。やはり煎餅とお茶の組み合わせは最高だ。能天気に舌鼓を打つ。満潮は苛立ちを募らせた。

 

「そう、でもまさかアンタ、このまま秋月に判断投げて終わらせるつもりじゃないでしょうね」

「え、ダメなのかっぴょん」

「駄目じゃないけど、何か起きたら責任取るのはアンタよ」

「うーちゃんにそんな能力ないぴょん」

「今後得られる予定だった報酬から全額天引きとかになるでしょうね」

 

 卯月はすくっとベッドから立ち上がった。

 

「ふぅ十分休憩できたでも心配だから秋月の様子もう一度見に行ってくるぴょん!」

「クズだわ」

 

 満潮の言葉は無視だ。

 そんなことより心配なのは秋月だ、首を突っ込んだのだから最後まで様子見ぐらいはしなくては。

 決して満潮に言われて気が付いたのではない。

 決して! 

 

 

 

 

 二人は秋月のいる独房の前へとやってきた。

 しかし卯月は一向に入ろうとしない。

 じっ……と扉に耳をつけて、中の様子を伺っている。

 

「何してんの何で入らないの」

「シッ……! 静かに、まずは刺激しないように、慎重に」

 

 あれだけ偉そうなことを言ったくせに、一時間足らずで戻ってくるのはちょっとアレだ。

 なので様子を伺い、良いタイミングでかっこ良くエントリーする予定だ。

 

 ぶっちゃけ恥ずかしいだけである。

 

 満潮は考える。

 わざわざ付き合ってるのに、そんな事を待つ必要はあるだろうか? 

 結論、必要ナシ。

 満潮は扉を蹴っ飛ばした。

 

「えいっ」

「はぐあぁぁぁああっぁ!?」

 

 扉に耳をつけてたせいで、衝撃音が耳に直撃。サプレッサーマフ有りだが大ダメージは不可避。目鼻口から鮮血が噴出し、奇怪な悲鳴を上げて卯月は卒倒。

 

「あら、秋月いないじゃない。どこ行ったのかしら。全盲なんだからあまり出歩いてると不安になってくるんだけど……」

「あ、が、がが、が」

「しょうがない、秋月探すわよ。さっさとついていらっしゃい」

「痛いぴょん……」

 

 首根っこを掴まれて引きずられていく卯月。基地が狭いのと、卯月の聴覚もあり、探すのにそう手間はかからなかった。

 

 そして秋月を発見した時、二人は何とも言えない光景に首を傾げた。

 

 秋月は隠れながら、じっと耳を澄ましていた。

 全盲なので直接観察はできない、だから彼女たちの会話を聞くのに専念している。

 誰を観察しているのかと言うと。

 

「ねぇ熊野、ぼんやり潮風を感じるのって、結構気持ちが良いね!」

「ええ、そうですわ」

「うーん、何だか眠くなりそうだなー」

 

 最上である。

 秋月は、二人をつけながら聞き耳を立てていた。

 

 ぶっちゃけ不審者である。

 卯月達の訝しむ目線に、秋月は気づいていない。

 他人に気づかれたら更に面倒になりそうだ。

 少し戸惑いながらも、秋月に小声で呼びかける。

 

「秋月、何してんだぴょん」

「あ、お、お姉さま……えっと、見ての通りと言いますか……」

「最上をストーキングしてんのかぴょん」

「いえ、いや、全く違う訳ではないんですが……その、最上さんを少し、観察してみようと思いまして」

「観察ですって?」

 

 観察という行為の是非はさておき、卯月としては彼女の精神が心配だった。

 秋月は、最上に凄まじいトラウマを抱いている。

 何せ、感覚過敏の後遺症が残る程のトラウマだ。

 目の当たりにしただけで、フラッシュバックが起きるのではと思ってしまう。

 

 そんな症状を背負いながら、ずっと最上を観察し続けること。

 それは間違いなく苦痛だ。

 更にメンタルに来るのではないか。

 小刻みに震える彼女の手は、実際にそれを証明していた。

 

「……私なりに、じ、事実と向き合おうと、思ったんです」

 

 しかし、彼女はそれを承知で、最上の観察を続けていた。

 

「そうです、今も、最上さんは怖いです。で……でも、ほら、秋月が今の最上さんをちゃんと見たのは、病室の一回だけじゃないですか」

「ええ、そうね、それだけね」

「たった……一回だけしか、見てないのに、怖いだの、許せないだの決めつけるのは、どうなんだろう、と……それじゃあ、逃げてるのと変わらないんじゃないかって。私にも、最上さんにも」

 

 卯月は『事実』と向き合えと告げた。

 同情も無し。

 救う気も余り無い卯月からすれば、ただ自分自身が意識している生き方を告げたに過ぎない。

 だが、その言葉のお陰で、秋月は少しなりとも意識を変えることができたのだ。

 

「……でも、とても、本当に怖いので……こう、隠れながら、会話に聞き耳を立てるぐらいしかできないですが」

「いやいや十分だぴょん。流石にそこまでやれとはうーちゃん言えないぴょん。見た目はすっごい怪しいけど」

「ああ……やっぱりそうですか」

「余計なこと言うな!」

 

 頭頂部にスナップの効いたビンタが被弾する。痺れるような痛みに卯月は引っ繰り返る。

 

「……まあ、それを続けてみるのが良いと思うぴょん。けど」

「ん、どうしたの、一瞬言い淀んだみたいだけど」

「……よし」

 

 痛む頭頂部を撫でながら卯月は立ち上がり、最上の方へ向かう。

 

「うーちゃんも最上の散歩につきあうぴょん! 満潮、秋月をお願いするぴょん」

「は?」

「え、何故、あんな奴の世話を!?」

 

 やっぱり言葉の節々から嫌悪が滲み出ている。まあそれは仕方のないことだ。

 

「大丈夫大丈夫、何かあってもうーちゃんはそう簡単にやられないぴょん!」

「お、お姉さま、あの、そういう心配では」

「秋月、もうあいつ行っちゃったわよ」

「あー!?」

 

 秋月は最上に嫉妬していた。

 万に一つの可能性だが、卯月が最上にかかりっきりになって、自分の方を向いてくれなくなるのではないかという不安を抱いていた。

 だが肝心の卯月は全く気付いていない。

 心配の理由を完全に誤解したまま、卯月は一人突っ走っていく。

 

 こうなったらもうどうにもならない。気を利かせてくれたのだ、ちゃんと最上を観察しなければ。

 

「……どうか、卯月お姉さまを、嫌いますように」

「何願ってんのよアンタ」

「いえ、卯月お姉さまが好きじゃないなんて不敬です不敬……好きでありながら、お姉さまに嫌われますように」

「…………」

 

 明らかに悪影響を受けている。

 具体的にどんなとは言えないが、絶対卯月の影響受けてる。

 どうやって責任をとらせるべきか、あのアホに。

 とりあえず、これで発作が起きたら、全力で嗤ってやろうそうしよう。

 呆れ切った顔で、満潮は秋月の面倒を見ていた。

 

 

 

 

 タタタと熊野の傍へ駆け寄る卯月に、足音で熊野は気が付いた。

 

「あら卯月さん。どうかされたのですか?」

「ご一緒しても大丈夫ぴょん?」

「良いですけど、そう面白くはないですよ?」

「構わないぴょん」

 

 新しい人が来てくれたことに気づくと、最上は嬉しそうな表情をする。

 

「わぁ、え……っと、卯月だったね! こんにちは!」

「ちわーだぴょん」

「人が多いと何だか楽しくなるね、うーん、テンションが上がってきた気がするぞ!」

 

 そんなに楽しいのだろうか。ただ傍にいるだけ何だが。

 しかし、今の最上の感性はほぼ赤子だ。

 知っている人が居ると、それだけで嬉しいように、大人からしたら些細なことでも、感情に響くのである。

 

「散歩ずっとしてるらしいけど、どうだぴょん。楽しいのかぴょん?」

「とても楽しいね!」

「……そっかー、それは良かったねー」

 

 曇りなき眼で告げる最上に、卯月は何も言えなかった。

 それでも、今の反応である程度推測できることはある。

 

 最初感じた通りだが、最上はやはり『罪悪感』を一切感じてない。

 

 自分がやったことが、許されざる行為だという認識はあるのだろう。

 けどそこに、罪の意識が付随しない。

 理性的には分かるが、感情的には何も分からない。

 

 最上が悪いとか、そういう話ではない。本来持ち合わせているべきそれが、近代化改修により壊されてしまったからだ。

 

「ああでも、秋月とかがいてくれたら、もっと楽しいんだけどなー、流石に厳しいかなー」

「あら、どうしてそう思うのですか?」

「いやー、僕がいっぱい殴っちゃったからさ、会うのが怖いって思ってるかもしれないし。ま、しょうがないんだけどね!」

 

 やはりそうなのだ。

 秋月にとっては、そんなレベルのトラウマでないことが分かっていない。

 単に自分が嫌われている程度だと思っている。

 まさか、殺しかねない程恨まれているとは、露にも思わないのであろう。

 卯月は深いため息を、最上に気づかれないよう押し隠す。

 

「……ねぇ熊野」

 

 卯月は小声で問いかけた。

 

「どうかされましたか」

「後ろ、気づいてるよね?」

「はい、アレな言い方ですが、下手な尾行でしたので」

 

 それも予想通りだ。

 熊野を見た時、そうなんじゃないかと卯月は感じた。

 彼女は最初から、秋月が後をつけていることに気づいていたのだ。

 

「いえ、全盲である以上、尾行が下手なのは仕方がないですが」

「その辺は割とどーでも良いぴょん。熊野から見て、最上の調子はどうだぴょん」

「卯月さんと概ね同じですわ。道中球磨さんや皆様に会いましたが、会いにくそうな様子は一切皆無です」

「やっぱりかぁ」

「ああでも、多少は成長しているかもしれません。自分の行為を気にしている素振りさえありませんでしたので」

 

 さっき最上は、自分の行為を気にしていたが……アレで成長した状態なのか。

 

 先の見えなさに唸り声を上げる。

 

「北上さんが仰っていたかもしれませんが、こればかりは時間をかける他ありません。記憶の矛盾が馴染み、人として情緒が成長するまでは。身体が大人なので、人間より早いとは思いますが」

「そこまで待てるかなぁ……」

 

 多分、無理だ。

 精神的に成長して、最上が罪悪感を自覚し謝罪できる頃には──秋月は限界の可能性が高い。この世にいないかもしれない。

 そうなった時、最上の罪悪感は一生涯解消されないままとなる。

 ケジメもつけられず、永遠に抱え込む羽目に。

 それは途轍もなく、面倒ごとになりそうだ。

 卯月は余計な面倒事を嫌悪していた。

 

「うん、そうだな……『事実』はハッキリしてなきゃいけないぴょん」

「卯月さん?」

「ねー、最上ー!」

 

 突然大声を出す卯月、最上は不思議そうに目線を向ける。そして彼女は口走った。

 

「秋月がお前のこと殺したいって言ってたけど、どうするぴょん!?」

 

 ドストレートな発言に最上はフリーズした。

 熊野は噴き出した。

 つけていた満潮と秋月はひっくり返った。

 目をパチクリさせながらも、最上は答える。

 

「秋月が、僕を?」

「うん」

「いっぱい痛い目に遭わせたから?」

「うん」

「そ、そっかー」

 

 流石に戸惑った様子の最上だが、「そっかそっか……」と何回か呟いて、納得したように顔を上げた。

 

「じゃあ仕方がないか。僕は殺されて大丈夫だからね。もし秋月に会ったら、好きに殺して良いって伝えて貰っていいかな?」

「……了解だっぴょん!」

 

 最上には迷いがなかった。

 自分が殺されようとしている事実を目の当たりにして尚、感情が動かなかった。

 冷静なのではない、現実を受け入れた訳でもない。

 むしろその逆、『死』を眼前にしても、未だその理由を理解できていなかったのだ。

 

「……さて、聞こえたと思うけど、どうかな」

 

 恐らくは聞こえている、その為に態々大声を出した。卯月は後ろで聞いているであろう秋月たちを横目で眺めた。

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