前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第169話 己の事実

 卯月は最上に対して、ある事実を告げた。

 それは秋月が彼女を殺したがっているという内容だ。

 まともな性格をしていれば、絶対に言わないような事を卯月は敢えて告げた。

 

 当の最上は、「そっかー」とあっけらかんとしていた。

 

 彼女の感覚は幼子同然。

 だから、他人からの殺意も理解できないのである。

 

 確かめる事はこれで終わり。

 卯月は熊野達と別れて、後ろからつけていた秋月達の所へ戻る。

 

「ただいまア゛ッツ!?」

 

 出迎えたのは満潮渾身のアッパーカットであった。

 

 美しい軌道で顎に直撃。

 卯月は天井と地面をバウンドして転げまわった。

 

「何すんだぴょんッ!?」

「こっちのセリフよ! 頭沸いてんの!? 秋月がいるのに何てこと聞いてんのよ!? いなくても聞かないわよ普通!?」

「ふっ、このうーちゃんは常識に縛れるような女じゃないんだぴょん」

 

 ドヤァと勝ち誇った顔をする卯月。ストレートパンチが顔面にめり込む。

 

「ふざけないで。理由によっては目玉抉るわよ」

「痛いっぴょん。ふざけてないのに。うーちゃんはいつだって真面目なのに」

「…………」

「あ、ごめんなさい、言います言います」

 

 生命の危機を感じた卯月は真面目な対応を始めた。

 

「とは言っても、これはお前じゃなくて、秋月に聞くことだぴょん」

「その秋月はさっきから蹲って動かないんだけど。ショック受けてるじゃない」

 

 壁に寄りかかりながら、体育座りで顔を埋めている。

 自分の殺意を知られたくなかったのだ。

 あくまで最上は無罪。

 それを分かっているのに、殺したい程憎んでいるなんて間違っている。

 間違った思いを抱いている自分が許しがたい、だから知られたくない──と満潮は考えているのだろう。卯月はそう思う。

 

「うん、確かに。でも……満潮の想定してるショックとは違うと思うぴょん」

「どういうこと」

「これは、多分、痛感したというショックだぴょん」

 

 それはどういう意味なのか。

 満潮は首を傾げる。

 

「ほら、一回顔を見せてみるんだぴょん」

 

 卯月に腕を掴まれて立ち上がらされる。

 隠れていた秋月の顔が見えた。

 

 その表情に、満潮は驚きを得た。

 

「…………」

「やっぱり、めっちゃ怖い顔してるぴょん」

「……はい、そう、です」

 

 満潮は秋月が泣いていると思っていた。

 涙を堪えて震えているのだと。

 しかし、実際は違っていた。

 

 秋月は『憤怒』の形相を浮かべていたのだ。

 

「……なんで?」

「そりゃ最上の態度に更にプッツンしたに決まってるぴょん。そうでしょ?」

 

 秋月は頷く。そして叫びだしそうなのを抑えながら話し出した。

 

「ごめんなさい、本当に、でも、ダメでした。やっぱり秋月はあの人を、最上さんを許せません。殺したい思いを抑えられないです。あんなのってないです。殺されそうになってるって、知ってて尚、あんな態度を取るなんて。おかしいですよ、記憶が壊れて、情緒が幼いからって、それであれが許されるんですか! 謝るまでもないし、申し訳なさそうでもないですし……罪悪感がなくたってダメです、殺さないと、気が済まない!!」

 

 怒涛の剣幕に満潮は怯む。

 満潮は卯月を睨みつけた。

 どう見ても悪化している、一体お前は何をしたかったのだ、ただ状況を悪化させただけじゃないか。

 当の卯月は何故かドヤ顔だ。

 

「うん、それで良いと思うぴょん!」

「卯月!?」

「殺したいならしょーがないぴょん。誰だってそーするうーちゃんだってそーする」

「卯月ぃ!?」

「でもそれで満足かっぴょん?」

 

 指先を突き立てて、卯月は秋月に詰め寄った。薄っすらとだが、卯月は殺意を宿していた。

 かつて、自分へ向けられた殺気を前に、秋月は後ずさり。

 しかし、直ぐ後ろが壁なので叶わない。

 

「あの殺されてもなーんにも思わなさそうな最上を殺して、秋月は満足するのかぴょん?」

「……そ、それは」

「重要なことは『事実』へ向き合うこと。大義名分だとか常識だとか、良識とは置いといて、秋月の心はどう思っているんだぴょん。最上の現状──『事実』は見ての通り。後は秋月だけだっぴょん。そこを見て見なきゃ、抜本的解決は不可能だよ」

 

 どれだけ綺麗な言葉を並び立てても、心の底から納得していなければ意味ない。ましてや抱え込んでいるのは『殺意』だ。放置していたらいずれ爆発するのは確実。

 だから、そうなる前に適切な処置が必要だ。

 そういう物を抱え込んでしまっていると、認めさせ、それを肯定させることが重要だった。

 別に秋月の抱えている思いは、誤ったものではない。

 

 そして、殺意を満足させる方法は一つだけ。

 

 対象を戮す事。

 

 ただ、それならそれで満足できないといけない。

 

 しっかりケジメをつけられるような、充実した殺しでなければ意味がない。

 

 中途半端な事をしたら、殺意は燻り続け、いずれ自他共に悲劇を齎すだろう。

 

「……あ、秋月、は」

「あんな、酷い殺戮を強要された手前、『殺意』そのものに嫌悪感を持つのはしょうがないぴょん。だけども、それでもハッキリさせる必要はある。今の最上を殺したら、秋月は安心を得れるの?」

 

 秋月は沈黙する。

 卯月の指摘した通りだった。

 彼女には、『殺す』という手段そのものに、強い忌避感があった。

 

 だが、やはり最上は殺したい。

 理性と感情がごちゃまぜだ。

 感情を無視することも、理性を無視することもできない。

 両方共、容易く切り捨てられるものではない。

 

「北上さんが言ってた通り、いずれ最上の価値観は戻るぴょん。その時……初めて、罪悪感ってやつを理解する筈。うーちゃんだったら、その時に殺す。普通の生き方の幸福を知って、仲間を得て……自らの行いを思い知ったときにこそ、絶望の淵へ叩き落す『価値』がある!」

 

 力強く宣言する卯月。

 尚補足しておくが、卯月は秋月に対して、もう殺意は抱いていない。

 彼女との戦いで、散々痛めつけたから償いは済んでいる。

 それに、真に殺すべき相手は『黒幕』。

 憎悪は大切にため込んでおいて、そこでたっぷり叩きつけると決めてあるのだ。

 

「で、どう思うぴょん。秋月」

 

 卯月に言われ、秋月は吐き気を堪えながらイメージする。

 殺した時、どうなるか。

 間違いなく、最上は無抵抗に受け入れる。

 全身麻痺だから痛みを感じるかも不明、苦痛を感じず、赤子の様な笑みを浮かべたまま息絶えるかもしれない。

 

 何をされたのかも良く分かっていないまま死ぬだろう。

 

「うっ……!」

 

 更に吐き気が込み上げる。

 駄目だと秋月は心の底から理解した。

 こんなもののでは安心は得られない。

 怒りが払しょくされない。

 ただ、殺しのトラウマが抉られるだけで終わってしまう。

 

 何人も殺してきた。

 艦娘も深海棲艦も。

 

 ドロップ直後の艦娘も殺した。その時の表情を思い出す。

 何が起きたのか分からないまま、赤子のように死んでいく顔。

 

 きっと最上もそんな顔をして死ぬ。

 そっくりの顔を張り付けて死ぬ。私が殺した皆と同じ顔で遺体になる。

 

 心の傷が抉じ開けられた。

 震えが止まらない、吐き気が収まらない。

 頭が痛く、耳に釘を打ち付けられたような痛みがする。

 

「む、むり、で、す……秋月には、今の、最上さんは……殺せません……!」

 

 考えただけでこれだった。

 実際にやったらどうなるか。

 もっと酷くなるに決まっている。

 生理的に受け付けることができない。ストレートにトラウマを抉るような行為は、到底できない。

 

「じゃあ、殺しは諦める?」

「……それも、無理、です……でも、最上さんは許せない、な、なので……お姉さまの様にします、先送りに、します……我慢して、大切にして、最上さんが、()()()()()()を理解した時に……」

「オーケーだっぴょん」

 

 半ば発作も起きているのか、ガタガタ震えながらも、そう宣言する秋月。

 

 卯月は拍手を送った。

 

「偉いぞ秋月、良く頑張ったっぴょん」

 

 そう言いながらを抱きしめて、子供をあやす様に頭を撫でる。

 

 卯月は思う。

 実際、困難な事だった筈だ。

 怒りは制御できない、取り返した倫理観も捨てられない。その狭間で折り合いをつけなければならないのだから。

 

 あっさり折り合いをつけれる卯月に、その苦痛はぶっちゃけ理解不能。

 

 しかし、苦しい事だとは認識できる。

 だから褒めて、慰める。

 この決断がただ苦しいだけのものではなく、敬意を払われるべき、正しい選択だと思う事ができるように。

 

「と、なれば、このうーちゃんも単なる言い出しっぺじゃいられないぴょん……うんしょうがない。これをしないのは超ダサい」

「何言ってんのアンタ」

「はい満潮シャラップ。さてと秋月、でもそれはそれとして、最上を怖いとは思う。でしょ?」

 

 秋月は頷いた。

 殺意を抱いた理由は、最上を許せないから──だけではない。

 また殺されるのでは、暴力を振るわれるのではないか、という恐怖もある。

 始末しなければ、またこちらが痛めつけられる。

 

「満潮の手前言い辛いけど、全身麻痺が嘘で、また秋月を嬲る機会を虎視眈々と伺ってるんじゃあないか……と考えている。でしょ?」

「ちょっとアンタ、そりゃ幾らなんでも……」

 

 途中まで言って、満潮も押し黙る。

 あり得ない話だ、と思えるのは、自分達が被害者でないからだ。

 感覚過敏を患う程の暴力とトラウマだったのだ。

 そういった妄想を抱くのも止むを得ない。

 

「故に、うーちゃんは宣言を行うぴょん」

「宣言、です、か?」

「秋月の身の安全は、このうーちゃんが保証するっぴょん。この基地内にいる間、最上を含めた誰にも、秋月に傷はつけさせない」

 

 さながら、姫に忠誠を誓う騎士のように、秋月の前に跪いて卯月は告げた。

 

「まあ敵の襲撃とかは例外だけど。基地所属の連中には断じて手を出させない。これでちょっとだけでも、安心して欲しいぴょん」

「……ずっと、部屋にいてくださるのですか」

「いやそれはムリ」

 

 首を振る卯月は、「だけど」と続ける。

 

「このうーちゃんは知っての通り地獄耳。サプレッサーマフ越しでも十分聞こえる。態々悲鳴を上げなくたっていい。少しでも怯えた声が聞こえたらすぐ飛んでいくぴょん」

 

 卯月は彼女の手をより強く握りしめる。

 

「秋月の感覚過敏も緩和させたし、D-ABYSS(ディー・アビス)から解放することもできた。今までも助けることができたんだぴょん。それと同じことだぴょん」

 

 横目で見ていた満潮は、ある種の異様さを感じていた。

 危険な感覚はない。

 ただ異様なだけ。

 だからこそ余計、変な感じが止まらない。

 

 これは、卯月なのか? 

 

 その反応を知らず、二人のやり取りが終わる。

 

「お姉ちゃんを信じるぴょん」

 

 心から敬愛する『お姉さま』が、そこまで断言してくれた。

 秋月の抱えていた恐怖は霧散──はしない。そんな簡単に払拭できるものではない。

 だが、それ以上の安心感を得ることができた。

 

 明確な理由なんて必要ない。

 お姉さまが守ってくれる。

 そう宣言しているだけで秋月には十分だった。

 

「ありがとう、ござい、ます……!」

 

 嘘を吐いているだなんて思っていない。

 卯月が嘘を嫌悪するのは知っている。だから約束は絶対に守ってくれる。

 疑う余地はなかった。

 

 秋月がそう確信したのは、卯月の遺伝子を組み込んだ影響か、卯月に対する信頼が理由なのか。

 

 しかし、卯月にとって、理由はどうでも良かった。

 秋月が少しでも安堵できればそれで良い。

 それにより、秋月と最上の関係性が、多少で落ち着いてくれたのなら、今はそれで良いのだ。

 

 問題は、最上が行いを自覚した時だ。

 

 だが、北上の言う通り、まだまだ当分先のこと。

 この一連の戦いが終わる頃になるだろう。

 その頃には、秋月自身も成長し、殺意や理性との折り合いをつけれるようになる筈だ。

 

 場当たり的対処と言ったらそれまでだが、それで良い、今はこれで良いのだ。

 

「じゃあ、これで話は終わりで良いわね」

 

 満潮が突然、卯月の首根っこをガッと掴んだ。

 

「え」

「まさか忘れてないわよね。アンタ視界がどうこうって異常が起きてたじゃない。北上さんの所で検査して貰うって言ったわよね」

「いや今じゃなくてもほら秋月が不安がるし──」

 

 秋月を見て満潮が告げる。

 

「卯月お姉さまに異常が見つかったんだけど、検査必要だと思うわよね?」

「お姉さま今すぐ検査を。事があったら秋月は耐えられないです」

「そうね、聞いたわね、さっさと行くわよ」

「秋月貴様―っ!」

 

 検査したら絶対面倒なことが見つかるに決まっているのだ。

 できる限り後回しにしたかったのに、まさか秋月が裏切るとは! 

 素直な気持ちに従っただけの秋月へ叫びを上げる卯月は、そのまま医務室へと引き摺られていく。

 

 秋月は卯月に心酔している。

 だからと言って、命令しか聞かない奴隷とかではない。

 こういう時はお姉さまだろうと躊躇がなかったのであった。

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