前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

170 / 221
第170話 ジャック

 秋月をどうにか説得(?)した卯月だったが、今彼女は医務室へ連行されていた。

 瞬く間に身包みを剝がされ、強制的に検査を受けさせられる。

 全てが終わった頃、卯月はげっそりして椅子にもたれかかっていた。

 

「疲れたぴょん」

「終わったんだからいいじゃない」

「終わってない。この後、検査結果の説明があるぴょん。ぜーったい禄でもない内容だぴょん。今からヘロヘロだっぴょん」

 

 考えるだけで疲労する。

 

 検査を受けなければならないのは、また『異常』が見つかったからだ。

 発作を起こしていた最中の時だった。

 卯月は、発作で苦しむ自分自身を目撃したのだ。

 

 自分で自分を見ることは、鏡でもなければ不可能。

 だが確かに、自分を見下ろしていた。

 

 一体何があったのか? 

 

 その時、傍には加古がいた。

 その位置取りと、謎の目線は『角度』が同じだった。

 卯月はまるで、加古の目線から自分を見ているような感覚を体験したのだ。

 

 どう考えても普通ではない。

 なので卯月は、検査を受ける事になったのである。

 

「二人ともー、医務室入って良いよー」

 

 げんなりしている間に、検査結果は出ていた。

 北上は、いつの間にか、多くのD-ABYSS(ディー・アビス)を調査していた。

 経験を積んだ事で、速度が上がっていたのだ。

 

「聞きたくないぃー」

「うるさい」

「んあ゛ー……」

 

 首根っこを掴まれて医務室へ放り込まれる。

 露骨に嫌そうな表情を浮かべて、卯月は椅子に座った。

 隣へ満潮も座る。

 

「先に安心させとこうと思うけど、とりあえず命に別状とかはないから安心して大丈夫だよ」

「それ以外はどうなんだぴょん」

「わはは」

「オー・マイ・ゴッド」

 

 ダメらしい。卯月は天を仰いだ。

 

「いやぁ、秋月の感覚過敏を請け負うことができた時点で、只ならぬ状況だと思ってたけど……まさかって感じだね」

「もったいぶらないで。このアホは今どうなってんの」

D-ABYSS(ディー・アビス)が作動してた」

 

 沈黙が流れた。

 

「また?」

「そう、まただ。秋月の感覚過敏を請け負った時の様に、艤装を装備してないにも関わらず、システムが作動してた。まあ一瞬だけだけど」

「起動してたってことは、エネルギーは?」

「それも吸引反応があった。誰のエネルギーを取り込んでいたかは……ま、状況的に一人しかいないよね」

「加古だぴょん」

 

 しかし、以前の様に大量のエネルギーを取り込んだ訳ではない。

 その証拠に、加古は卒倒していない。

 秋月の『痛み』を請け負った時のように、起動するのに必要な分だけ吸収したのだ。

 何故そんな取り込み方をするのかは分からない。

 艤装を装備していない時という、イレギュラーな状態だからかもしれない。

 

「それでだけど、D-ABYSS(ディー・アビス)経由でまあ、エネルギーが卯月へ流れてた訳だけど」

「視界の異常はどう関係があるんだぴょん?」

「二度目だからね、流石に今回はちゃんと突き止めたよ」

 

 と言って北上は、パソコンに映像を映す。

 卯月の頭部を撮影した画像らしい。

 レントゲン写真に似ている。

 しかし、脳内を映した物ではない。

 

「前言ったかもしれないけど、深海のエネルギーは探知できる。戦闘の過程とかで、どれだけ汚染されているか調べる装置もある。それで()()を見させて貰ったよ。黒いのが濃い程、エネルギーが高いって事だからね」

 

 黒ければ黒いほど、エネルギーの汚染が酷いという事だ。

 その認識を持って画像を見る。

 

 視覚中枢の辺りが黒かった。

 それはもうすっごい真っ黒だった。

 漆黒であった。

 卯月と満潮はフリーズした。

 

「……えーっと、これって」

「深海のエネルギー、脳へ流れてたよ」

「大丈夫、じゃあ、ない、わよね」

 

 呪いの塊と言うべきエネルギーが脳へ集中している。

 どう考えても不味い。

 命に別状はないと北上は言うが、まるで安心できない。

 それ以外の、人格や記憶といった大切な物が、浸食されて腐り落ちているのではないか? 

 そんな恐怖に襲われ、卯月は身震いする。

 

「加古からの視界が見えたってことだけど、原因はきっとこれだろうね。眼球から脳に繋がってる視神経から視覚中枢が、特に黒いのが証拠。加古のデータが流入したんだろうね」

「データ?」

「視覚情報のこと」

 

 人間は、映像をそのまま見ている訳ではない。

 光を受け、その情報を脳内で組み上げる事で、映像になるのである。

 艦娘や深海棲艦でも、この仕組みは同じだ。

 人間と同じ機能を有している。

 

D-ABYSS(ディー・アビス)は深海のエネルギーを取り込む。その過程で……視覚情報が流入、卯月の視界に加古のものが映り込んだ……と、アタシは考える」

「そんなの……アリなの?」

「一回だけじゃ疑ったけど、秋月の痛覚を取り込んだ前例もある。この考え方はそう不自然なものじゃないと思うけど、どう?」

 

 どう、と言われても、卯月達は首を傾げる他ない。

 この場で一番詳しいのは彼女だ。

 彼女が分からなければ分からないし、仮説だったとしても信じる他ない。

 そのやり方が危険なのは承知している。

 平時なら、大本営の技研に意見を求めることで、リスクを回避する。

 だが、今は他所と連絡を取るのも危険な状況。

 だからできなかった。

 

「補足しておくけど、確かにエネルギーは取り込んでた。でも安心して良い。脳細胞とかに汚染や傷は一切ついてなかったから」

「そう、それは、まあ安心できるぴょん」

「別の意味で不安になるけどね」

 

 そんなのを取り込んで影響一つない。

 それはそれでどうなんだろうか。

 卯月は不安に思った。

 

「これ、戦闘中に起きたりしないぴょん。痛みにしても視界にしても、戦闘中にあんな状態になったら戦えないぴょん」

「大丈夫じゃないかな、今までのケースを見るに、艤装を外している時しか発現してないし」

「ハッキリして欲しいっぴょん」

 

 いきなり視界が変容したら、その間に殺されてしまう。

 卯月は不安になる。

 何故、今の所戦闘中は発生しないのか? 

 その条件も不明。

 ここまできても尚、未解明だらけである事には変わりない。

 

「ごめんねー、言い訳みたいになっちゃうけど、こうハッキリした意見しか出せない状況は、もうじき脱すると思うから」

「……例の、来客の事かっぴょん?」

 

 北上は頷く。

 以前、聞いた話だ。

 システムについて知っている人間が、前科戦線を訪れる予定なのだ。

 どの程度詳しいのかは不明。

 それでも、状況が改善されることは間違いない。

 

「でも、襲撃は大丈夫なの」

「内地通るから深海棲艦の襲撃はないよ」

「深海棲艦が突っ込んでくる可能性があるんじゃないかぴょん?」

 

 卯月が疑問を口にする。

 それに対して、北上は呆れたような笑い声を上げた。

 

「ハハハ、そうなったらそれどころじゃないよ」

「ぴょん?」

「……おっと何でもない。この質問を続けたら極刑だ」

 

 何故誤魔化すのかは分からない。

 しかし、これ以上聞いても、答えてくれなさそうな感じがした。

 気になる話題でもない。

 卯月に代わり、満潮が手を上げた。

 

「テロリストが潜んでるじゃない。この間だって輸送艇ごと襲われたし」

「大丈夫。超が付くほどの重要人物だからねー、ただの護衛じゃなくて、『大将』の護衛がついてる」

「大将かー、艦娘も強いのかぴょん?」

「強いよ、そりゃもう、特にアレはヤバいねー」

「アレ?」

「口を噤んでおくよ」

 

 元帥は、前線に出ない。

 戦闘の可能性がある役職としては、大将が最上位に位置する。

 故に、属する艦娘も、恐るべき戦闘能力を持っている。

 なのに、口を噤むのは何故なのか? 

 

 卯月は何故か、度し難い不安を感じずにはいられなかった。

 

「何にしても、アタシ達はその人の護衛には一切関わらないから、気にする必要性はないよー、訓練でもしながらのんべんだらりと待つのが一番良いよ」

「あ、訓練に引っ張り出しても大丈夫なのね?」

「異常はあるとしても、身体に影響が出てる訳じゃないから全然オーケーだよ」

「そんな!」

「ええ、分かったわ。忙しい所邪魔したわね」

「ヤダー! また訓練はもうイヤダーぴょん!」

「また、システム関係で変なことが起きたら、すぐ相談するんだぞー」

 

 しかし、卯月に拒否権がある筈もない。悲しい顔をしながらドナドナされていく卯月を北上は見送った。

 

 

 

 

 そろそろ離れただろうか? 

 地獄耳の卯月に聞かれないような小声で、北上は独り言を呟き始めた。

 いつもの気楽な感じは皆無。

 深刻そうな表情で、パソコンへ目線を向ける。

 

「深海棲艦の視覚情報が、脳へと無線で伝達されている……か。やっぱりこれ、アレと一致してるよな」

 

 パソコンの画像を変える。

 何枚か並んでいる、イロハ級に姫級の画像だが、どれも空母系の深海棲艦。

 それらの脳内の画像が表示されていた。

 

「空母艦娘が艦載機の視界を見れるのは、機械的処理に基づいた技術だ。逆に深海棲艦は艦載機の視界を、脳波のやり取りで認識している。ヲ級でも、空母棲姫でもそれは同じだ。無線のやり取りのように、脳波で情報を伝達している」

 

 脳内の画像の内、エネルギーが集中している場所は、卯月と同じ視覚中枢周辺だ。

 

「どうして、同じことが起きてんだろ……」

 

 これもまたD-ABYSS(ディー・アビス)の機能の一つなのか? 

 それとも──別の要因が存在するのか。

 知識を借りるのが容易でない状況下で、北上は一人、頭を悩ませるのであった。

 

 

 *

 

 

 それから数日の間、卯月達は概ね平穏な日々を過ごしていた。

 次の敵はガンビア・ベイ。

 しかし、所在が掴めていない。

 最上から摘出した発信機を用いて、誘き寄せる手段は取れるが──その手段は一度使っている。

 二度目に引っかかる程、敵もアホではない。

 

 それよりも、大将が護衛してくる来客の方が優先だ。

 この来訪により、システムの調査がどの程度進むのか。

 その方が遥かに優先。

 ガンビア・ベイ討伐作戦は練られているが、今は後回しになっている。

 

 作戦行動の準備もない。

 急な敵襲もない。

 

 来客が襲われる可能性はあるが、護衛艦隊がいるから問題ない。

 

 前科戦線が応援を出すこともない。

 そんなことをしたら、基地の場所が敵に露見するリスクを負ってしまう。

 敵の正体が殆ど分からない中、こちらの情報が洩れる危険は回避すべき。

 高宮中佐と大将の間で話はついていた。

 

 その為、卯月達は平穏な日々を過ごすことができていた。

 

 とは言っても、訓練嫌いの卯月からしたら、訓練漬けの過酷な日々になっていた……のは今までの話である。

 

「ぐぎゃぁ──っ!!」

 

 悲鳴は珍妙だが、訓練は真面目にやっていた。

 

『ママー!』

 

 スパーリングの相手は、顔無しこと加古である。

 秋月にしろ最上にしろ、後遺症でまともに戦えない。

 演習でさえ以ての外。

 

 戦闘できるのが、加古しかいないのだ。

 それに、幼児退行していても、加古は重巡ネ級(深海棲艦)

 生粋の深海棲艦だ。

 訓練用の仮想敵としては、極めて理想的と言える。

 

 ちなみにそれは卯月以外にとっても同じだ。

 コミュニケーションを兼ねて、加古は色々な相手とスパーリングを行っていた。

 

 なので、尻尾の直撃を受けて卯月が吹き飛ばされても、仕方ないことだ。

 

 万能戦艦もといレ級程強靭ではないが、ネ級の尻尾も相当太い。

 振り回された尾を食らい、卯月は吹っ飛んでいた。

 

『ウウー……』

「だ、大丈夫だぴょん。食らったうーちゃんが迂闊なんだぴょん。気にしなくていいぴょん」

『ウア』

 

 心配そうな()で加古は覗き込んでくる。

 

 そう、顔である。

 

 余談ではあるが、この度顔無しに『表情』がついたのである。

 

『いや流石に、不気味だし不憫だし』

 

 ということで、北上が仮面を作成したのだ。

 ただの仮面ではない。

 加古の感情パラメーターを測定し、それに応じた表情を映し出す優れものである。

 

 訓練が増え、コミュニケーションが増えた結果、問題が現れた。

 表情が分からず──というか存在しない──身振り手振りでしか意思疎通ができないのはキツイ。

 そういった意見が多く上がってきたのだ。

 元々、加古が加入した時点で、コツコツ作成していたので、完成は早かった。

 

 但し耐久性重視だ。

 その為、表示できるのは(●'◡'●)とか、(┬┬﹏┬┬)のような、簡単な顔文字だけである。

 それでも意思疎通には十分。

 それと、見た目の違和感軽減の為、フードつきパーカーも被って貰っている。

 

 レ級みが増したことについては、触れない事となっていた。

 

「随分とんでったわね。ざまあないわ」

「喧しいぴょん」

「あっそ。でも突っ込みすぎよ。あそこまで懐に飛び込む必要性は」

「いや、あそこじゃないと意味がないんだぴょん」

 

 卯月は悔しそうな顔をしている。

 満潮はそれを、珍しい事だと感じていた。

 

「あそこまで接近しなきゃ、カスダメにさえならないんなら、行けるように突撃能力を鍛えなきゃダメなんだぴょん……加古、もう一回だぴょん!」

『ウー!』

 

 演習を再開する二人。

 

 以前の最上戦の時、システムが作動してたにも関わらず、卯月の攻撃は殆ど有効打にならなかった。

 ダメージにならなければ牽制もできない。

 足を引っ張ったとまでは言わないが、明確に貢献したかというとギリギリである。

 

 致命的なまでのスペック差を痛感して、卯月はその差を何とか埋めようと、必死になっているのだ。

 

 やる気になってくれるのは良い。

 しかし、あれで良いのだろうか? 

 満潮はその疑問を否定した。

 

「人の事は言えないわね」

 

 あの気持ちは理解できる。

 無力感を思い知った時の、心の痛みは本当によく理解できる。

 だから止めない。

 止めても無駄だと分かっている。

 せめて、悪い方向に行かないようにと、満潮は祈っていた。

 

 

 だが、悪い方向を突き抜けて、遥か斜め上へぶっ飛んで行くとは、まだ誰も知らない。




艦隊新聞小話

 ちなみに北上さんですが、顔文字式以外にも、技研からの設計図を借りて参考にしていたみたいです。どんなのがあったのでしょうか、私調べてみました!
①月を落としたくなる仮面
②大穴から出土した黒い仮面
③腐食性の黒い粘液を出す仮面
 …………ちなみに今の所、①は盗難&所在不明、②は個人探検家に譲渡、③は収容中らしいです!
 何で処分できてないんですか!!!



追記 信じられない気持ちです。草田先生のご冥福をお祈りします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。