秋月をどうにか説得(?)した卯月だったが、今彼女は医務室へ連行されていた。
瞬く間に身包みを剝がされ、強制的に検査を受けさせられる。
全てが終わった頃、卯月はげっそりして椅子にもたれかかっていた。
「疲れたぴょん」
「終わったんだからいいじゃない」
「終わってない。この後、検査結果の説明があるぴょん。ぜーったい禄でもない内容だぴょん。今からヘロヘロだっぴょん」
考えるだけで疲労する。
検査を受けなければならないのは、また『異常』が見つかったからだ。
発作を起こしていた最中の時だった。
卯月は、発作で苦しむ自分自身を目撃したのだ。
自分で自分を見ることは、鏡でもなければ不可能。
だが確かに、自分を見下ろしていた。
一体何があったのか?
その時、傍には加古がいた。
その位置取りと、謎の目線は『角度』が同じだった。
卯月はまるで、加古の目線から自分を見ているような感覚を体験したのだ。
どう考えても普通ではない。
なので卯月は、検査を受ける事になったのである。
「二人ともー、医務室入って良いよー」
げんなりしている間に、検査結果は出ていた。
北上は、いつの間にか、多くの
経験を積んだ事で、速度が上がっていたのだ。
「聞きたくないぃー」
「うるさい」
「んあ゛ー……」
首根っこを掴まれて医務室へ放り込まれる。
露骨に嫌そうな表情を浮かべて、卯月は椅子に座った。
隣へ満潮も座る。
「先に安心させとこうと思うけど、とりあえず命に別状とかはないから安心して大丈夫だよ」
「それ以外はどうなんだぴょん」
「わはは」
「オー・マイ・ゴッド」
ダメらしい。卯月は天を仰いだ。
「いやぁ、秋月の感覚過敏を請け負うことができた時点で、只ならぬ状況だと思ってたけど……まさかって感じだね」
「もったいぶらないで。このアホは今どうなってんの」
「
沈黙が流れた。
「また?」
「そう、まただ。秋月の感覚過敏を請け負った時の様に、艤装を装備してないにも関わらず、システムが作動してた。まあ一瞬だけだけど」
「起動してたってことは、エネルギーは?」
「それも吸引反応があった。誰のエネルギーを取り込んでいたかは……ま、状況的に一人しかいないよね」
「加古だぴょん」
しかし、以前の様に大量のエネルギーを取り込んだ訳ではない。
その証拠に、加古は卒倒していない。
秋月の『痛み』を請け負った時のように、起動するのに必要な分だけ吸収したのだ。
何故そんな取り込み方をするのかは分からない。
艤装を装備していない時という、イレギュラーな状態だからかもしれない。
「それでだけど、
「視界の異常はどう関係があるんだぴょん?」
「二度目だからね、流石に今回はちゃんと突き止めたよ」
と言って北上は、パソコンに映像を映す。
卯月の頭部を撮影した画像らしい。
レントゲン写真に似ている。
しかし、脳内を映した物ではない。
「前言ったかもしれないけど、深海のエネルギーは探知できる。戦闘の過程とかで、どれだけ汚染されているか調べる装置もある。それで
黒ければ黒いほど、エネルギーの汚染が酷いという事だ。
その認識を持って画像を見る。
視覚中枢の辺りが黒かった。
それはもうすっごい真っ黒だった。
漆黒であった。
卯月と満潮はフリーズした。
「……えーっと、これって」
「深海のエネルギー、脳へ流れてたよ」
「大丈夫、じゃあ、ない、わよね」
呪いの塊と言うべきエネルギーが脳へ集中している。
どう考えても不味い。
命に別状はないと北上は言うが、まるで安心できない。
それ以外の、人格や記憶といった大切な物が、浸食されて腐り落ちているのではないか?
そんな恐怖に襲われ、卯月は身震いする。
「加古からの視界が見えたってことだけど、原因はきっとこれだろうね。眼球から脳に繋がってる視神経から視覚中枢が、特に黒いのが証拠。加古のデータが流入したんだろうね」
「データ?」
「視覚情報のこと」
人間は、映像をそのまま見ている訳ではない。
光を受け、その情報を脳内で組み上げる事で、映像になるのである。
艦娘や深海棲艦でも、この仕組みは同じだ。
人間と同じ機能を有している。
「
「そんなの……アリなの?」
「一回だけじゃ疑ったけど、秋月の痛覚を取り込んだ前例もある。この考え方はそう不自然なものじゃないと思うけど、どう?」
どう、と言われても、卯月達は首を傾げる他ない。
この場で一番詳しいのは彼女だ。
彼女が分からなければ分からないし、仮説だったとしても信じる他ない。
そのやり方が危険なのは承知している。
平時なら、大本営の技研に意見を求めることで、リスクを回避する。
だが、今は他所と連絡を取るのも危険な状況。
だからできなかった。
「補足しておくけど、確かにエネルギーは取り込んでた。でも安心して良い。脳細胞とかに汚染や傷は一切ついてなかったから」
「そう、それは、まあ安心できるぴょん」
「別の意味で不安になるけどね」
そんなのを取り込んで影響一つない。
それはそれでどうなんだろうか。
卯月は不安に思った。
「これ、戦闘中に起きたりしないぴょん。痛みにしても視界にしても、戦闘中にあんな状態になったら戦えないぴょん」
「大丈夫じゃないかな、今までのケースを見るに、艤装を外している時しか発現してないし」
「ハッキリして欲しいっぴょん」
いきなり視界が変容したら、その間に殺されてしまう。
卯月は不安になる。
何故、今の所戦闘中は発生しないのか?
その条件も不明。
ここまできても尚、未解明だらけである事には変わりない。
「ごめんねー、言い訳みたいになっちゃうけど、こうハッキリした意見しか出せない状況は、もうじき脱すると思うから」
「……例の、来客の事かっぴょん?」
北上は頷く。
以前、聞いた話だ。
システムについて知っている人間が、前科戦線を訪れる予定なのだ。
どの程度詳しいのかは不明。
それでも、状況が改善されることは間違いない。
「でも、襲撃は大丈夫なの」
「内地通るから深海棲艦の襲撃はないよ」
「深海棲艦が突っ込んでくる可能性があるんじゃないかぴょん?」
卯月が疑問を口にする。
それに対して、北上は呆れたような笑い声を上げた。
「ハハハ、そうなったらそれどころじゃないよ」
「ぴょん?」
「……おっと何でもない。この質問を続けたら極刑だ」
何故誤魔化すのかは分からない。
しかし、これ以上聞いても、答えてくれなさそうな感じがした。
気になる話題でもない。
卯月に代わり、満潮が手を上げた。
「テロリストが潜んでるじゃない。この間だって輸送艇ごと襲われたし」
「大丈夫。超が付くほどの重要人物だからねー、ただの護衛じゃなくて、『大将』の護衛がついてる」
「大将かー、艦娘も強いのかぴょん?」
「強いよ、そりゃもう、特にアレはヤバいねー」
「アレ?」
「口を噤んでおくよ」
元帥は、前線に出ない。
戦闘の可能性がある役職としては、大将が最上位に位置する。
故に、属する艦娘も、恐るべき戦闘能力を持っている。
なのに、口を噤むのは何故なのか?
卯月は何故か、度し難い不安を感じずにはいられなかった。
「何にしても、アタシ達はその人の護衛には一切関わらないから、気にする必要性はないよー、訓練でもしながらのんべんだらりと待つのが一番良いよ」
「あ、訓練に引っ張り出しても大丈夫なのね?」
「異常はあるとしても、身体に影響が出てる訳じゃないから全然オーケーだよ」
「そんな!」
「ええ、分かったわ。忙しい所邪魔したわね」
「ヤダー! また訓練はもうイヤダーぴょん!」
「また、システム関係で変なことが起きたら、すぐ相談するんだぞー」
しかし、卯月に拒否権がある筈もない。悲しい顔をしながらドナドナされていく卯月を北上は見送った。
そろそろ離れただろうか?
地獄耳の卯月に聞かれないような小声で、北上は独り言を呟き始めた。
いつもの気楽な感じは皆無。
深刻そうな表情で、パソコンへ目線を向ける。
「深海棲艦の視覚情報が、脳へと無線で伝達されている……か。やっぱりこれ、アレと一致してるよな」
パソコンの画像を変える。
何枚か並んでいる、イロハ級に姫級の画像だが、どれも空母系の深海棲艦。
それらの脳内の画像が表示されていた。
「空母艦娘が艦載機の視界を見れるのは、機械的処理に基づいた技術だ。逆に深海棲艦は艦載機の視界を、脳波のやり取りで認識している。ヲ級でも、空母棲姫でもそれは同じだ。無線のやり取りのように、脳波で情報を伝達している」
脳内の画像の内、エネルギーが集中している場所は、卯月と同じ視覚中枢周辺だ。
「どうして、同じことが起きてんだろ……」
これもまた
それとも──別の要因が存在するのか。
知識を借りるのが容易でない状況下で、北上は一人、頭を悩ませるのであった。
*
それから数日の間、卯月達は概ね平穏な日々を過ごしていた。
次の敵はガンビア・ベイ。
しかし、所在が掴めていない。
最上から摘出した発信機を用いて、誘き寄せる手段は取れるが──その手段は一度使っている。
二度目に引っかかる程、敵もアホではない。
それよりも、大将が護衛してくる来客の方が優先だ。
この来訪により、システムの調査がどの程度進むのか。
その方が遥かに優先。
ガンビア・ベイ討伐作戦は練られているが、今は後回しになっている。
作戦行動の準備もない。
急な敵襲もない。
来客が襲われる可能性はあるが、護衛艦隊がいるから問題ない。
前科戦線が応援を出すこともない。
そんなことをしたら、基地の場所が敵に露見するリスクを負ってしまう。
敵の正体が殆ど分からない中、こちらの情報が洩れる危険は回避すべき。
高宮中佐と大将の間で話はついていた。
その為、卯月達は平穏な日々を過ごすことができていた。
とは言っても、訓練嫌いの卯月からしたら、訓練漬けの過酷な日々になっていた……のは今までの話である。
「ぐぎゃぁ──っ!!」
悲鳴は珍妙だが、訓練は真面目にやっていた。
『ママー!』
スパーリングの相手は、顔無しこと加古である。
秋月にしろ最上にしろ、後遺症でまともに戦えない。
演習でさえ以ての外。
戦闘できるのが、加古しかいないのだ。
それに、幼児退行していても、加古は
生粋の深海棲艦だ。
訓練用の仮想敵としては、極めて理想的と言える。
ちなみにそれは卯月以外にとっても同じだ。
コミュニケーションを兼ねて、加古は色々な相手とスパーリングを行っていた。
なので、尻尾の直撃を受けて卯月が吹き飛ばされても、仕方ないことだ。
万能戦艦もといレ級程強靭ではないが、ネ級の尻尾も相当太い。
振り回された尾を食らい、卯月は吹っ飛んでいた。
『ウウー……』
「だ、大丈夫だぴょん。食らったうーちゃんが迂闊なんだぴょん。気にしなくていいぴょん」
『ウア』
心配そうな
そう、顔である。
余談ではあるが、この度顔無しに『表情』がついたのである。
『いや流石に、不気味だし不憫だし』
ということで、北上が仮面を作成したのだ。
ただの仮面ではない。
加古の感情パラメーターを測定し、それに応じた表情を映し出す優れものである。
訓練が増え、コミュニケーションが増えた結果、問題が現れた。
表情が分からず──というか存在しない──身振り手振りでしか意思疎通ができないのはキツイ。
そういった意見が多く上がってきたのだ。
元々、加古が加入した時点で、コツコツ作成していたので、完成は早かった。
但し耐久性重視だ。
その為、表示できるのは(●'◡'●)とか、(┬┬﹏┬┬)のような、簡単な顔文字だけである。
それでも意思疎通には十分。
それと、見た目の違和感軽減の為、フードつきパーカーも被って貰っている。
レ級みが増したことについては、触れない事となっていた。
「随分とんでったわね。ざまあないわ」
「喧しいぴょん」
「あっそ。でも突っ込みすぎよ。あそこまで懐に飛び込む必要性は」
「いや、あそこじゃないと意味がないんだぴょん」
卯月は悔しそうな顔をしている。
満潮はそれを、珍しい事だと感じていた。
「あそこまで接近しなきゃ、カスダメにさえならないんなら、行けるように突撃能力を鍛えなきゃダメなんだぴょん……加古、もう一回だぴょん!」
『ウー!』
演習を再開する二人。
以前の最上戦の時、システムが作動してたにも関わらず、卯月の攻撃は殆ど有効打にならなかった。
ダメージにならなければ牽制もできない。
足を引っ張ったとまでは言わないが、明確に貢献したかというとギリギリである。
致命的なまでのスペック差を痛感して、卯月はその差を何とか埋めようと、必死になっているのだ。
やる気になってくれるのは良い。
しかし、あれで良いのだろうか?
満潮はその疑問を否定した。
「人の事は言えないわね」
あの気持ちは理解できる。
無力感を思い知った時の、心の痛みは本当によく理解できる。
だから止めない。
止めても無駄だと分かっている。
せめて、悪い方向に行かないようにと、満潮は祈っていた。
だが、悪い方向を突き抜けて、遥か斜め上へぶっ飛んで行くとは、まだ誰も知らない。
艦隊新聞小話
ちなみに北上さんですが、顔文字式以外にも、技研からの設計図を借りて参考にしていたみたいです。どんなのがあったのでしょうか、私調べてみました!
①月を落としたくなる仮面
②大穴から出土した黒い仮面
③腐食性の黒い粘液を出す仮面
…………ちなみに今の所、①は盗難&所在不明、②は個人探検家に譲渡、③は収容中らしいです!
何で処分できてないんですか!!!
追記 信じられない気持ちです。草田先生のご冥福をお祈りします。