前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第171話 奮起

 数日後、D-ABYSS(ディー・アビス)について知る人が来訪する。

 これで得た情報を基に、対ガンビア・ベイ戦の戦略を組み上げていく。

 

 それまでは特にやることナシ。

 卯月達は一時的な平穏をそれなりに堪能していた。

 

 但し、珍しい事に、卯月はその間、真面目に訓練を行っていた。

 

「ンアー!」

「真面目な悲鳴を上げられないのかしらあいつ」

 

 見張りの満潮は、吹っ飛ぶ卯月を見て呟いた。

 

 演習相手は、変わらず加古である。

 

 殺される可能性は皆無に近い。

 しかし、幼児退行していても相手は深海棲艦。

 万が一の事故は考えられる。

 その為、自主練をしながらも、満潮が監視を行っていた。

 

「げふっ……くそ、水鉄砲なのに、凄い威力ぴょん」

『ウウッ』

「だから、大丈夫だぴょん。一々心配しなくて平気だぴょん」

 

 今吹っ飛ばされたのは、至近距離から主砲を食らったからだ。

 本物ではない、『水鉄砲』である。

 深海棲艦は実弾の代わりに、圧縮した水鉄砲を撃ち出すことができる。

 恐らくは──そんな事があるのか分からないが──深海棲艦同士の演習等で使用されるのだろう。

 

 だが、それでも深海棲艦の一撃に変わりはない。

 水は弱くない。

 消防車の放水を人が受ければ、ただでは済まないのと同じ。

 加古の一撃は、生身の人間が受ければ、全身粉砕骨折クラスの威力はあった。

 

 そんなものを食らい、悶絶する卯月だったが、構わず訓練続行を加古に頼む。

 

『……スン』

「お、落ち込むなっぴょん。うーちゃんは大丈夫だぴょん!」

 

 仮面に(´・ω・`)と浮かんでいる。

 大丈夫と卯月は言うが、誰が見てもそうは見えない。

 事実ダメージは入っている。

 骨も数本折れていた。

 だが、訓練を止めるつもりはなかった。

 

「よし、もう一回、だぴょん!」

 

 お互いに距離を取り、訓練再開の合図が鳴る。

 

 同時に卯月は最大船速で突撃を始めた。

 

 近づかせまいと、加古は広範囲に砲撃を叩き込む。

 進行を妨害するよう真正面に、回避コースを塞ぐように左右へ。

 加速して強行突破されても潰せるよう、真正面のその先にも発射。

 

 これにより、回避できる場所が大幅に狭まる。

 

 逃げられる場所は、その場で立ち止まるか、下がるか、左右に思いっきり飛び退くか。

 

 安全を取るのであれば、左右が良い。

 その場に留まれば次の瞬間、逃げ場のない密度で撃たれてしまう。

 

 しかし左右に飛ぶのもダメだ。

 かなり広く飛ばないと逃げられないし、確実にバランスを崩す。

 その時を狙われる。

 

 なら強行突破しかない。

 

「押し通す!」

 

 正面から飛んできた砲撃、限界まで姿勢を低くして潜り抜ける。

 その弾幕が視界を妨害する。

 そのせいで追撃がどう飛んできているのか把握できない。

 

 だが卯月には聴覚がある。

 音を頼りに位置を把握。

 爆炎の向こう側へ主砲を放つ。

 

 その狙いは的中する。

 加古が放った砲撃に命中し、爆発──はしない。

 ネ級の砲弾を破壊するには、卯月の火力は低すぎる。

 しかし、軌道を逸らす事はできる。

 

 と言ってもギリギリだ。

 卯月の顔面すれすれを突き抜けて後方へ着弾。

 爆発の衝撃で吹き飛ばされそうになる。

 

 加古はそれも狙っている。

 風圧で浮いたり、姿勢が崩れた所を仕留める為に、既に雷撃が発射されていた。

 

 爆風によって姿勢が崩れかける。

 

 本人の体幹の問題ではない。

 卯月自身が駆逐艦の中でも、群を抜いて軽いせいだ。

 それは訓練で直せる要素ではない。

 しかしそれは、対策をしない理由にはならない。

 卯月は対策を考えていた。

 

「えいやー!」

 

 爆風の反対方向へ爆雷を投げて、それを撃ち抜く。

 

 その衝撃で爆発が起きる。

 爆風が吹き荒れる。

 その風圧を使って、卯月は自分の姿勢を保った。

 爆風で爆風を相殺したのだ。

 

 勿論、火傷を負わないよう、起爆するタイミングは計っている。

 更にその衝撃により、下を通ろうとしていた魚雷の軌道が乱れた。

 

「道ができたっぴょん!」

 

 魚雷がなくなった所へステップ。

 安全地点を通り、真っ直ぐに加速していく。

 

 主砲は撃たない。

 魚雷も撃たない。

 無駄だからだ。

 この距離からでは、何を撃っても有効打にならない。

 掠り傷にさえならないのなら、撃つだけ無駄だ。

 

 だったら、掠り傷をつけられるまで接近する他ない。

 

 訓練目的はシンプルだ。

 ただ、敵に接近する。

 それだけであるが──卯月には重要な訓練だ。

 

 前回の戦いで、卯月は自らの火力不足を痛感した。

 掠り傷もつけられない。

 D-ABYSS(ディー・アビス)を解放させてもだ。

 牽制にもならなければ、仲間のアシストもままならない。

 

 今までは、ここまで酷い戦いはなかった。

 それなりに戦えていた。

 だが、最上との戦いではまるでダメだった。

 

 その理由は、今までの敵が()()()()だったからだと理解した。

 

 最上戦はどうにか切り抜けた。

 しかしこれからは、もっと厳しい戦いになるだろう。

 なのに、役立たずのままというのは、最悪でしかない。

 

 仲間の足を引っ張っているのも屈辱だった。

 自分の復讐なのに、殆ど仲間頼りと化しているのも悔しかった。

 

 だから卯月は、本気となって訓練に取り組んでいる。

 

「うおおおお!」

 

 今はD-ABYSS(ディー・アビス)は未開放。

 地力を強くしなければ、抜本的解決にならない。

 喉から咆哮を放ち加速する。

 

『……アー』

 

 しかし、気合だけでどうにかなれば、誰も苦労しない。

 

 加古はその様子を見て、卯月に気づかれないよう、ゆっくりと距離を縮め始めた。

 

 そして、最初と同じような、逃げ場を塞ぐ弾幕を展開。

 卯月はあの手この手で弾幕を回避、距離を詰めていく。

 

「後ちょっとで、射程距離内に到た──」

 

 再び脱出したその瞬間、彼女の視界を巨大な水柱が埋め尽くした。

 

「不味い!?」

 

 卯月の反応が遅れた。

 今の攻撃は、卯月に直撃するコースでなかった。

 その為、余り意識していなかった。

 注意すべき攻撃と、そうでない攻撃を見誤ってしまったのだ。

 意識外からの攻撃が、警戒網に空白を作り出す。

 

 予想外だ。

 視界が潰れた。

 いや、聴覚に集中すれば──そう逡巡している時間こそが致命的だった。

 

『アウ』

「あ」

 

 想像以上に接近していた加古が、照準を合わせていた。

 

『グルッ!』

 

 深海艤装の物量が展開される。

 何とか回避運動をとるが、砲撃で荒れた海流に足を取られる。

 そこへ、弾幕が叩き込まれた。

 足を崩した結果、体勢を維持できず、爆発(水鉄砲)の威力を受け流せない。

 攻撃を真正面から受けて、派手に吹っ飛ばされていった。

 

「ほあああー!」

 

 きりもみ回転しながら宙を飛び、頭から海面へダイブ。

 綺麗な垂直を描いて卯月は海面に突き刺さる。

 畑に生える大根とかニンジンめいたオブジェクトに卯月は成り果てた。

 

 演習結果は明らか。

 卯月の負けであった。

 

「無様ね」

 

 

 *

 

 

 頭部からタイブした卯月は、頭からびしゃびしゃになっていた。

 しかしそんなのどうでもいい。

 演習を再開したかったが、身体も拭かずにやったら風邪を引いてしまう。

 それに訓練海域を使える時間も限界だ。

 不服だが、今日の演習訓練はこれで終了となった。

 

「いたた……首がなんか痛いぴょん」

『クゥ……』

「平気よ。入渠すればこの程度の怪我は一瞬だわ」

 

 加古からしたら、母親をびしょ濡れにした事になる。

 結構な罪悪感があった。

 演習だから仕方がないのだが、幼子にそんな理屈は通らない。

 目をうるうるさせながら、卯月をゴシゴシと拭いていた。

 力加減が分かってないせいで痛い。

 でも文句は言わず、その親切心を受け入れる。

 

「遠巻きに見てて思ったんだけど」

「ぴょん?」

「加古、強いわね」

「やっぱりそう思う?」

 

 ネ級という深海棲艦が強いのもあるだろうが、それにしても加古自身がかなり強かった。

 深海棲艦相手の仮想戦闘になるかと思って始めたのだが、純粋な演習相手としてもかなり戦い甲斐があることに卯月達は驚いた。

 

 逃げ場のないように、砲撃を的確な所へ打ち込む技術も、身体裁きも、心理的盲点の突き方も上手い。

 精神性が赤子同然とは思えない程、戦闘力は成熟している。

 故に満潮は疑問を抱いた。

 

「加古は、どこでこんなに強くなったのかしら」

 

 純粋なイロハ級の戦い方とは違う。

 これは、明確な経験に裏打ちされた動きだと、満潮は感じていた。

 卯月もなんとなくだが、同じ事を感じていた。

 

「考えられるとしたら、顔無しになる前……普通の加古だった頃に身に着けた力だって思えるけど」

「まず顔無しの材料が、どこから調達されてるのかも明確じゃないのよね」

「前の仮説では、どっかの建造ドッグを占拠してるんじゃないかって話だったぴょん。不知火達は顔無しについてもちゃんと調べてるのかぴょん? 最近そっちの話は聞かないから、なんとなく不安になるぴょん」

 

 進んでいないのか、ちゃんと進んでるから話してないのか。

 しかしどちらにせよ、卯月相手に説明をする必要性はない。

 卯月はあくまで、彼女達の親切心で聞かせて貰っているに過ぎない立場だからだ。

 それでも、ちょっと気になるのである。

 

「期待できるのは、その……何だっけ、システムについて知ってる誰かさんが、来てくれた時かぴょん」

「開発主任って言われてた、千夜って人じゃあないのよね?」

「そいつは多分死んでるって聞いたぴょん」

 

 千夜千夜子についてだが、自殺の可能性は低い。

 黒幕に殺された可能性が大。

 犠牲になっているのは艦娘だけではない、人間サイドにも犠牲は出ている。

 千夜博士だけではなく、神提督の鎮守府にいた、人のスタッフ達も犠牲者だ。

 

「早く解明されて欲しいぴょん。ある程度でも分からないと、北上さんが過労死しちゃうぴょん。情報漏洩を警戒してるせいで、ずーと一人で調べてるんだぴょん。これじゃ流石にかわいそうだぴょん」

「本当に面倒なシステムね。性能どうこうより、存在自体が厄介って……」

「んな、戦略兵器かぴょん……」

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)の恐ろしい所は能力強化ではない。

 洗脳できるという事。

 その一点に集約される。

 

 艦娘が誰も知らない内に、敵の手先へと変貌している。

 それを実現できる兵器が存在している。

 この『事実』だけで、鎮守府の活動は大幅に抑制される。

 

 艤装の点検回数を増やしたり、洗脳されてないかどうかの確認が増える──とかの、実務的問題ではない。

 

 味方を敵と疑わざるを得ない。

 そんな状況がずっと続く事になる。

 人間も艦娘も、そんな状況には長く耐えられない。

 

 何かを切っ掛けに疑心暗鬼へ陥り、内部抗争となるのは明らかだ。

 

 実際にはならないかもしれないが、可能性は十分あり得る。

 だから北上は誰にも知られないよう、全てを内密にし、オーバーワークを承知で、独り研究を行っている。

 この事態が起きないよう、関係者の誰もが神経を張っていた。

 

「実際の所、洗脳した艦娘を本土に送り込むことって、できるかぴょん?」

 

 それが実現できれば、国家転覆も狙えるかもしれない。

 洗脳されてたかどうかなんて、大衆には関係がない。

 

 艦娘が民間人を虐殺した。

 

 その事実が一つあればいい。

 

 それだけで、反艦娘感情を膨れ上がらせることができる。

 

 卯月はそれを身を以って味わっていた。

 藤鎮守府で受けたあの迫害。

 あれが、全鎮守府単位で起きる可能性があり得る。

 そう考えただけで、卯月は身震いが止まらなくなった。

 

「送り込めたとしても、目が真っ赤に光ってんのよ。すぐ異常だって気づかれるわ。それにシステム維持のエネルギーを、どうやって本土で確保するの。すぐガス欠になって洗脳が解除されるのが関の山よ。可能性はゼロに等しいわ」

「……数パーセントはあるってことかぴょん」

「まあね」

 

 しかし、それが起きれば国家転覆に繋がりかねない。

 例え1パーセント未満であろうと、備えざるを得ないのが現実だ。

 こればかりは高宮中佐達に頑張って貰う他ない。

 

「……まあうーちゃん的には、自分の身体が一番心配なんだけどね」

「ああ、うん、それは……」

「貞操が心配だぴょん。マジで。かなりマジで」

「……そっち?」

「それ以外に何があるんだぴょん!?」

 

 卯月は真面目に恐怖を感じていた。

 お姉さまと慕ってくれるのは嫌じゃないが、目にハートマークが浮かんでいる。

 絶対にヤバい方だと卯月は確信していた。

 それは流石に御免被る。

 卯月がそういう癖を持っていなかった。

 

 だが、満潮からしたら非常にどうでも良かった。

 

「どうでも良いわ。アンタの純潔とか野グソよりもどーでもいいんだけど」

「いいのか満潮。そうなった時、お前同じ部屋で寝てる事を忘れたのかっぴょん?」

「あ」

 

 ベッドで夜戦を受ける卯月。

 同じ部屋では満潮も寝ている。

 夜戦の叫び声を、満潮は夜通し聞く羽目になる。

 控え目に言って拷問(満潮主観)だ。

 

「ヤバいわね。ショック死しかねないわ」

「おい。そりゃどーゆー意味だぴょん。内容によってはうーちゃん必殺の耳削ぎチョップをお見舞いするぴょん」

「訂正するわ。耳が腐る」

「耳だぁぁぁぁ!」

 

 演習エリアで加古と戦っていた球磨は、汚い絶叫を上げて吹き飛ばされる卯月を見た。

 

「何やってんだあいつらクマ」

『……?』

「あー、あれは見ちゃダメだクマ。教育に悪いクマ」

 

 顔無しとなった加古。

 あの阿保二名を反面教師にして、ゆっくりと成長して欲しい。

 球磨は心の底からそう願っていた。

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