前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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ここで、丁度第二部のターニングポイントです。
つまり、物語全体のターニングポイントです。


第172話 緊急出撃

 ある日の夜、卯月は妙な気配に目を覚ました。

 

「今、なにか」

 

 言葉にはできないが、確かに何かを感じた。

 背筋を伝うような、とても嫌な感覚。

 とてもじゃないが寝てられない。

 卯月は、この感覚の正体を突き止めたくて仕方がなかった。

 

「んん……こんな時間にどうしたの卯月」

「何か、分かんないけど、凄い嫌な感じがするんだぴょん……あれだ、悪寒がする」

「悪寒って……ただ肌寒いだけでしょ。どうせ大した事じゃないんだから、起こさないでよ」

 

 満潮からしたらその程度の事。

 しかし、『発作』が起きる予兆という可能性はある。

 彼女の様子を確認する為に、部屋の灯りをつけた。

 

 そして卯月の顔を見た途端、満潮は悲鳴を上げた。

 

「うわっ!? どうしたの、その顔!?」

「え、どーゆーこと」

「鏡見て見なさい!」

 

 言われるがまま鏡を覗き込む卯月は、満潮が悲鳴を上げた理由を理解する。

 

「え……めっちゃ、真っ青だぴょん」

 

 顔が青い、とはよく言う言葉だ。

 だが今の卯月は、真っ青どころの話ではなかった。

 死人同然の青白さ。

 深海棲艦だってここまで青くない。

 どう考えても、単なる体調不良ではない。

 

「体調はどうなの」

「いや別に、むしろ元気一杯なぐらいだぴょん。嫌な感覚が消えないだけだぴょん」

「病気、とかじゃないわね……」

 

 何故ここまで真っ青なのか。

 

 卯月が今感じている悪寒が、この原因なのか。

 確証はない。

 証拠もない。

 だが、『絶対にヤバい』という確信だけがある。

 

 満潮も『何かがヤバい』と感じ始めていた。

 

「分からない、けど、何かとんでもなく大変な事になる予感がするぴょん……どうなってんだぴょん」

「アンタ地獄耳でしょ。何か聞こえてないの?」

「ちょっと、集中してみるぴょん」

 

 無意識レベルの音を聞いたせいで、悪寒が刺激されているのかもしれない。

 正体を確かめるべく、聴力に意識を集中させる。

 何も聞こえてこない──そんな筈がない。

 

 卯月は今一度、意識を集中させ、周囲の音を捉える。

 

 ただ聞くのではない、空気に乗ってくる僅かな音も含めて、周囲と感覚を同化させるように、音を感じてゆく。

 

 ──悲鳴が聞こえた。

 

 助けを乞う悲鳴が。

 

 だが、その声には聞き覚えがあった。

 

「ガンビア・ベイ!?」

 

 聞こえたのは悲鳴だ。

 だが、助けるべき叫びではない。

 被害者面したクソったれ、あいつの情けない叫び声が聞こえたのだ。

 

「何であいつの名前が出てくるの」

「いいい今、あいつの悲鳴が聞こえたんだぴょん!」

「はあ!?」

「まさか、もう近くに来てるんじゃ!?」

「落ち着きなさい、基地には結界があるのよ。単独で到達するのは不可能だってこと忘れたの?」

「じゃ、じゃあ、今のはどこから」

 

 ガンビア・ベイが近くいるなんてあり得ない。

 今言った通り、結界の防御がある。

 仮に来てたとしたら、もう基地内に警報が鳴っている。

 

 つまり、これは『幻聴』ではないか。

 発作の一環として、幻聴が聞こえているのではないか。

 ただ幻聴でも、彼女の心は抉られる。

 そのショックで、悪寒を感じたり顔面蒼白になっているのだろう。

 

 そうに違いない。満潮は確信した。

 

「はいはい。さっさとこっち来なさい。落ち着かせてあげるから」

「……聞こえたと、思ったんだけどな」

「何でも良いわよ。万一重要な案件なら、不知火達から連絡が来る。慌てる必要は全くないわ」

 

 それもそうか。

 と卯月は満潮のベッドへ潜り込む。

 体格差の関係上、満潮の胸に顔を埋める形になる。

 何時もはこれで発作を収まる。

 

 しかし、今日は様子が違った。

 

「ダメだっぴょん。全然落ち着けない。悪寒が全然消えないぴょん」

「ふーん。随分しつこいのね」

「あしらうなぴょん! うーちゃんは真剣に悩んでいるんだぴょん!」

 

 と、言われてもどうしろと。

 

 まだ悪寒があるとか言っている。

 ガンビア・ベイの幻聴が無意識下でまだ聞こえているらしい。

 今回の発作は中々面倒だ。

 狂乱こそしないが、変な症状が引っ付き続けている。

 

 これが続くのは苦しいだろう。

 何かできるならしてあげたいが、満潮にできることは限られていた。

 

「何かがヤバい……絶対にヤバい気がするぴょん」

「じゃあ原因突き止めに基地内歩き回るっての? 疲れるだけなんだけど」

「むむ、それしか方法はなさそうだぴょん」

「マジで?」

 

 冗談だろ。

 眠いのに。

 こんな時間から散歩を強要されるのか。

 満潮はうんざりした気分になる。

 

 しかし、卯月的にはお構いなし。

 収まる気配のない悪寒をどうにかする為、原因を突き止めようと、扉に手を掛けた。

 

 その時だった。

 

 確かに聞いた。

 

 空気が破裂するような、巨大な爆発音を。

 

「……今のは」

 

 花火の音とか、爆竹が破裂したとか、そんなチャチな音ではない。

 本当の爆発音だった。

 爆発性の兵器が発するような、殺意に満ちた音だった。

 

「聞こえた。かすかにだけど、私にも聞こえたわ。確かに爆発する音が! まさか本当に敵襲だったの!?」

「いや違うぴょん。これはそうじゃない」

「どういうこと」

 

 卯月は、より正確に爆発音を聞いていた。

 その音が、何処から発せられたのかも、しっかり識別できている。

 だからこそ、逆に焦りだした。

 

「音は、基地の『外』だぴょん」

 

 前科戦線の基地内ではなく、その外。

 爆発音はそこから聞こえた。

 

 確かにそうだ。

 満潮はそう思った。

 基地内で爆発が起きていたらもっと大きな音がする。

 僅かに、ではなく、完全に聞こえる筈。

 

「この前科戦線ってさ、場所が何処か知ってるかっぴょん?」

「知る訳ないでしょ」

 

 基地の位置が知られたら、脱走計画を練れるようになってしまう。

 それに万一位置情報が洩れたら、敵の攻撃の対象になる。

 この二点から、前科組には基地の位置は知らされていないのだ。

 

 ただ、想定はできる。

 少なくとも、人里離れた何処かなのは違いない。

 もし仮に前科戦線が戦場になった場合、民間人を巻き込むリスクを避ける為だ。

 

「まさか、人が近くに住んでるなんてことは」

「ないわ……仮にそうだったとしても、私達には関係ないことよ」

「マジかっぴょん」

「それで基地の位置が敵に知られる方が問題よ。もしやるとしたら、余程の時じゃなければあr」

『動ける戦闘要員は中庭に即時集合! スクランブル(緊急出撃)! 繰り返す! スクランブル(緊急出撃)!』

「……りえないわー」

 

 余程の事が起きたらしい。

 館内放送で不知火が声を張り上げる。

 異常事態が起きていた。

 元々部屋から出る気だったお陰で、準備は即完了。中庭までダッシュで向かう。

 

 外へ出てみて、卯月は異常が起きていると理解した。

 

「お空が赤いぴょん」

 

 火事が起きているせいで、そちら側の空が赤く染まっている。

 夜なのに、夕焼けのように煌々としてしている。

 だが、一番問題なのは『方向』だった。

 赤くなっているのは『海側』ではない。『内地』の方向。

 

 前科戦線の基地は人里離れた場所にある(多分)。

 それでも、内地へ向かって行けば、確実に住宅地等にぶち当たる。

 そして空が赤いのは『内地』の方向。

 

 炎上しているのは、大勢の人が暮らしている市街地の方だ。

 

「待ってよ。早とちりよ。向かい側が別の基地だって可能性もあるじゃない」

「どっちにしても、あの赤い空はヤバいぴょん!」

 

 燃えているのが人里だろうが、別の鎮守府だろうが、異常事態には変わりない。

 

「早いですね、助かります」

 

 二人の存在に気づいた不知火が、装甲車両を指さす。

 

「夜遅くすいませんが出撃です。艤装は既に装甲車両内に運搬してあります。自爆用の首輪も同じです。時間がありませんので一先ず乗車してください」

「待って、どういう事なの。さっきの爆発音は何、あの赤い空は何!?」

「乗車してください」

「そうだぞ満潮、さっさと乗車だぴょん、どうせ行けば分かることだぴょん!」

「その通りです。後ろがつっかえます至急お願いします」

 

 球磨やポーラ、熊野に那珂までやって来る。

 本当に珍しい。

 前科メンバーが全員集結。

 彼女達だけではなく、正規組の飛鷹まで現れた。

 

 一体、内地で何が起きているのだ。

 こんなことは、前科戦線に配属されてから初めてのことだ。

 

「満潮さん、早く」

「押さないでってば! 乗るわよまったく!」

 

 満員電車に押し込まれるサラリーマンのように、装甲車両へ突っ込まれていく満潮達。

 

 全員が乗り込んだ瞬間、アクセルが踏まれ車両は急発進。

 

「うげぇ……」

 

 途端に卯月の顔色が悪くなった。

 急加速、急停止を繰り返す護送車の中、シートベルトもなかったせいで、車内に身体をぶつけ続ける羽目になったトラウマが蘇る。

 あの頃と違って、解体施設へ行く訳でもないし、ベルトもちゃんとしているが。

 

「でも良いのかしら。これじゃあ、基地の場所が私たちに分かってしまう気がするけど」

「大丈夫よ二人とも。その心配はないわ」

「何でだぴょ、ん……」

 

 飛鷹はガスマスクをつけていた。

 不知火もつけていた。

 卯月と満潮は互いに顔を見合わせる。

 

 車内に睡眠ガスが放たれた。

 

「あ゛ー! やっぱりかぴょんっ!」

「別の手段はなかった……の……」

 

 確かにこれなら、基地の位置は分からなくなる。

 でももうちょっと良い手段は無かったのだろうか? 

 それはあるのかもしれない。

 しかし、前科組の為に態々検討する時間を作る理由は特段ない。

 

 

 *

 

 

 睡眠ガスを浴びせられて、ぐっすり熟睡する羽目になった前科組一行。

 ただ、到着次第すぐ出撃する必要がある。

 使用されたのは弱めのガス。

 目的地に到着する頃には、全員目を覚ましていた。

 

 ただ、乗っていた車が違う。

 寝ている間に、別の装甲車両へ移されたのだ。

 理由は勿論、車のルートから基地の位置を特定されない為だ。

 ダミーの車両も存在している。

 それらが、別々の方向から戦場へ向かえば、十分攪乱になった。

 

 しかし、普段であれば更に攪乱する為、空路も使って移動する。

 今回は陸路限定だ。

 それだけ、事態がひっ迫していることの証明だった。

 

「下り次第、即座に戦闘へ移行します。全員準備をしておいてください」

「ええ、するわよ。でも何故?」

「そーだぴょん。理由は後で説明してくれるって言ってたぴょん。今が後じゃないのかぴょん?」

 

 まあ、説明なくても戦うけど。

 命令なら仕方がない。

 でも、知りたがる事ぐらいは許されるべきだ。

 ところが不知火は、かなり不服そうな表情でこちらを睨みつけてきた。

 

「な、なんだぴょん。話したくないなら構わないぴょん」

「いえ話します。言った事は守ります。あと顔が怖いのは状況のせいですので」

「素で怖いような」

「……卯月さん。軽口を叩ける状況ではないんです」

 

 不知火の『圧』に、卯月は閉口した。

 今までとは違う、戦ってる最中も適当な冗談飛ばしてたが、今回はそれも許されない。

 と、言うことは。

 それどころじゃないと言ったということは、懸念は『事実』なのか。

 

「以前から説明してましたが、ご存じの通り、前科戦線にD-ABYSS(ディー・アビス)について知る方が、訪問する予定でした。それが今日です。彼は大将率いる護衛部隊に守られながら、いらっしゃる予定でした」

「大将の護衛艦隊?」

「要するに、大本営最強の部隊ってことクマ」

「表向きだけどねー!」

 

 エリート中のエリート、精鋭中の精鋭という事である。

 

「当然、要人護衛のプロフェッショナルでもあります。しかし今回、その想定を遥かに上回る事態が起き、護衛部隊は事実上、無力化されています」

Impotente(無力化)? それは、大変ですね~」

「超大変です。故に今回の目的は、大将及び護衛対象の確保、そして護送を完遂することです」

 

 異常過ぎる。

 全てがおかしい。

 卯月は悪寒に震える。

 何が起きれば、大将の艦隊が無力化されるのだ。

 前科組が護送を肩代わりしなければならないって、どんな状況だ。

 それに、あの赤い空は。

 

「敵は護衛対象を始末する為に、手段を()()()()()()()()()

「どういう事だぴょん」

「護衛対象のいる位置が正確に分からない時、どうすれば始末できると思いますか」

 

 正解は存在する。

 実行するのが、あらゆる意味で困難なだけで。

 

「……ちょっと、那珂ちゃん的も、これはアウトだよ」

 

 那珂が察する。

 否、もう全員察している。

 まともな神経をしてればまずやらない作戦を敵は実行した。

 倫理的にも、戦略的にも価値が低い作戦を。

 

 音が聞こえてきた。

 

「あ、ああ、まさか、そんな……あいつら……!?」

 

 それは悲鳴だった。

 

 爆発音に血しぶき、憎悪に狂気。空爆銃声。

 

 交じり聞こえるのは『人々』の燃える音。

 

 護送車の扉が開く。

 

 眼前の光景に言葉が出ない。

 

 一瞬でD-ABYSS(ディー・アビス)が作動しかける。

 憎悪を抑えきれない。

 殺意が爆発しないよう、抑えるので必死だった。

 理性なんて簡単に吹っ飛びそうだった。

 

 代わりに卯月は、絶叫した。

 

「……ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 それは全員の心の代弁。

 

 街が燃えていた。

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