前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第173話 核

 異常な悪寒に、夜中卯月は目覚めた。

 もう一度寝付くこともできない。

 気のせいだと思う事もできない。

 震えが止まらず、吐き気が込み上げてくる程の悪寒が止まらない。

 

 堪らず外へ出た卯月達が目にしたのは、真っ赤に燃える海の反対側──即ち内地側だ──の空。

 

 基地内にスクランブル(緊急出撃)が発令される。

 

 前科組どころか、不知火と飛鷹まで装甲車両へ乗り込む。

 文字通りの総力が送り出される。

 

 辿り着いた先は、内地だった。

 

 住宅密集地だった。

 

 人々が暮らす安全な場所だった。

 

「なんでだぴょん?」

 

 全てが真っ赤に燃えていた。

 

 遠目でも十分見えた。

 無尽蔵に量産される惨劇が見える。

 親の帰りを待つ子供が、家財の下敷きになって死んでいた。

 

 その庭先で、鎖に繋がれた飼い犬が、黒焦げになって死んでいた。

 

 マンションも燃えていた。

 下層は全焼、屋上に住民達が避難している。

 だが、スペースが足りていない、今にも押し出され──

 

「あ」

 

 押し出された。

 

 落下して、ぐちゃっと潰れた。

 

 しかし生存者はいる。

 あの人には可哀そうだが、まだ生きている人がいる。

 

 まだ希望が残っていた。

 直ぐ砕け散った。

 

 不意に風を切る音が聞こえる。

 爆撃機飛んでいく。

 さっきのマンションに向けて。

 深海のではない。

『艦娘』の艦載機だ。

 

 爆弾が投下された。

 屋上にいた人も、上層にいた人達も、全員が爆発に巻き込まれた。

 バラバラの肉片になって死んだ。

 死ななかった人は、爆風で宙に投げ出されて、地面にぶつかって死んだ。

 

 河川は流石に燃えていない。

 代わりに、火の手から逃げようとした人で埋め尽くされていた。

 好きで飛び込んだのではない。

 建物の崩落や、火災から逃げられる場所が、そこぐらいしかなかったのだ。

 

 良い的でしかない。

 飛んできた敵艦載機による機銃掃射が始まった。

 頭が飛ぶ、潰れる、内臓が流れて死ぬ。

 人で埋まっていた川が、あっという間に人肉の濁流へ変わった。

 

 本来、避難所として機能する学校や体育館も瓦礫の山。

 瓦礫の隙間からは、湧き水みたいに血が流れている。

 中で何人が潰れて死んでるのか、分からない。

 

 燃えていない場所がない。

 死体のない場所がない。

 悲鳴のしない場所が、どこにもない。

 

 地獄が広がっていた。

 

 しかし、もっとも信じられないのは、この地獄絵図ではない。

 

『敵』がこの地獄を作った理由の方にある。

 

「不知火、今、何て、言ったんだぴょん」

「大将及び、護衛対象を確実に始末する為です。確かにこれなら、護衛対象を確実に始末できます。恐らくですが間違いないかと」

「一応、予想ではあるのね」

「ええ」

 

 不知火は頷いた。

 そりゃ敵に直接聞いた訳じゃない。

 あくまで予想に過ぎない。

 だが、確実にそうだと、卯月は直感していた。

 

 敵は、こういう手段を平然とやる奴だと信じていたからだ。

 

「不知火ちゃん。大将の護衛艦隊は今どうしてるの。無力化って言ってたけど」

「この近辺で即応できる艦隊がいなかった為、護衛を最低限残し、民間人の救助にあたっているようです。それでも人数が足りません。護衛メンバーも少なくなり過ぎています。それに洗脳艦娘を叩かなければ事態は収束しません」

「だから、球磨達が増援として呼ばれたって訳かぴょん」

「そうです」

 

 できれば、増援が到着するまで、戦力の分散を避けて欲しかった所だが……止むを得ない。

 待っていたら、その分被害が拡大する。

 事は一刻を争う。

 待機時間すら惜しい。

 

「メンバーは、ど~ですか?」

「護衛部隊への増援は、那珂、ポーラ、旗艦は私不知火。洗脳艦娘の撃破は卯月、満潮、熊野、球磨、飛鷹が旗艦です。飛鷹さんそれで良いですか」

「ええ、大丈夫!」

 

 討伐部隊は、主に航空戦力を使えるメンバーだ。

 卯月はD-ABYSS(ディー・アビス)を使える為、満潮は彼女のタッグだからだ。

 顔を上げても、一体何処に洗脳艦娘がいるかは不明。

 艦載機が飛んでいる辺り、ガンビア・ベイはいそうだが──この中から、ステルス迷彩の相手を探すのは骨が折れるだろう。

 

 だが、やらない理由はない。

 

「最後に、この状況はまだ『マシ』と告げておきます」

「これより最悪のシチュエーションがあんのかぴょん!?」

「あります。そうなった場合、この辺り一帯に対し()()()が行われます」

「核ぅ!??!!?」

 

 信じられなさ過ぎて、逆に素っ頓狂な声が出た。

 

 何故そんな状態になるのか理解できなかった。

 

 不知火も事細かに説明するつもりはない。

 しかし、それだけの危機意識を以って望まなければならない事態。

 だから告げたのだ。

 

「その状況になれば、同盟国から即座に核が発射されます。そうなる前に事態を収束を図るのが任務です」

「了解、だっぴょん」

 

 訳が分からないが聞く時間さえ惜しい。

 飛鷹を先頭にして、二部隊が燃え盛る市街地へと突撃した。

 

 

 

 

 不知火達と別れ、卯月達は敵──恐らくガンビア・ベイ──の捜索に向かう。

 その中で、できる限り民間人も救助するが、あくまで捜索が優先。

 一体、どういう状況になったら、核が発射されるかは分からないが、考えている時間は無駄でしかない。

 

 しかし、探し方が分からない。

 

「いったいどうやって探すぴょん。この燃え盛る街の中から、どーやってガンビア・ベイを」

 

 ガンビア・ベイはどういう訳だかステルス迷彩を持っている。

 動くと──状況から見ての推測だが──迷彩が解除されるデメリットはあるが、逆に言えば微動だにしなければ解除されない。

 艤装の稼働音等、手掛かりは僅かしかない。

 

「骨は折れるだろうけど、全く手掛かりがない訳じゃないわ。この大火災、発生している煙の量も相当。風も吹いてないから、全然飛んでいかない。艦娘でも大量に吸ったら命の危険があるわ。でも自爆するような真似はしない筈」

「つまり?」

「ガンビア・ベイは、煙が届かないような場所にいる筈よ。それに彼女のステルス迷彩は僅かでも動けば解けてしまう。人とか瓦礫にぶつかっても、解除のリスクが出てくる。だからそういったリスクの少ない所を選ぶわ」

 

 まず煙や火の手が届かない場所。

 更に、瓦礫等の落下物がなく、人が通ったり集まったりしないような場所。

 確かに、これならそこそこ場所を絞り込む事ができる。

 

「私達が目星をつける。ただ現場へは卯月ちゃん達が行って欲しいの」

「何でだぴょん。機銃でドガガーってやれば済む話だぴょん」

「予め足止めをして欲しいとか、理由は他にもあるけど……ちょっと二人とも耳貸して」

「ぴょん?」

 

 少し足を止めて、飛鷹の話を耳元で聞く。

 飛鷹が想定しているリスクを聞いて、卯月と満潮は絶句した。

 卯月に至っては、額に幾つもの血管を浮かばせている。

 あり得るのか? 

 いや、やりかねない、あの外道共であれば。

 

「だからお願いするわ」

「了解だぴょん」

「ええ、了解したわ!」

「じゃあまずあそこ」

 

 既に飛鷹の艦載機が指定の位置を指し示している。

 話している間に、目星をつけていたようだ。

 二手の方が効率が良い。

 卯月と満潮は、それぞれ別のポイントへ走り出す。

 

 全力疾走で向かいたいが、かなり広範囲を捜索しなければならない。

 極力スタミナ消費は抑えるべき。

 疲れない程度に、小走り程度を維持する。

 

「……クソが」

 

 向かっている最中も、惨たらしい光景が目に入ってくる。

 肉片が飛び散っているのには、早くも見慣れてしまった。

 逃げ遅れたのだろう、大勢の人たちが下敷きになって死んでいる。

 

 できれば助けてあげたかった。

 だが、不可能だ。

 もう、『心音』が聞こえてこない。

 

 これだけ人が倒れているのに、どこからも心臓の音が聞こえてこない。

 

 一人一人丁寧に頭部を撃ち抜かれている。

 救助が間に合わなかったとかではない。

 敵は『皆殺し』をするつもりなのだ。

 

 確かに、護衛対象が民間人に紛れている可能性はある。

 そいつを殺す為に、街全体を攻撃しているのだ。

 この手間を無駄にしない為に、ちゃんと一人残らず殺すのは理に適っている。

 最悪の理だが。

 

 ただ、全員死んでいる分、救助に時間を割かなくていいのは利点だった。

 勿論、最悪の利点だが。

 兎に角、今できることは、これ以上の犠牲を増やさない為に、原因を潰す事だ。

 ガンビア・ベイ以外に洗脳艦娘がいようが関係ない。

 

 皆殺しだ。

 

 この憎悪は必ず晴らす。

 

「待っていろ、ガンビア・ベイ!」

 

 歯ぎしりのあまり、歯に亀裂が走る。

 卯月は自覚していなかった。

 瞳が煌々と、赤黒く輝いている事に。

 

 

 

 

 吹き零れそうな憎悪を抑えながら、卯月は最初のポイントへ到達する。

 崩落したマンションの屋上だ。

 本来は十階ぐらいあったのだろうか、崩落のせいで、二階建ての住宅ぐらいの高さになっている。

 火災で崩れた訳ではないのか、火も煙も来ていない。

 これ以上崩れそうな感じもない。

 

 屋上には誰もいないが──奴がいるかもしれない。

 

 主砲を構えた状態で待つ。

 そして、上空で待機していた飛鷹の艦載機が、機銃掃射を行った。

 コンクリートが穴ぼこだらけになる。

 

「……何も出てこないっぴょん」

『外れのようね』

「残念ぴょん」

 

 渡された通信機から、飛鷹の声が聞こえる。

 ガンビア・ベイに当たっていれば、弾丸の当たり方が変な形になる。

 それが無かった、此処にはいない。

 無駄足になってしまった。

 チッと舌打ちをする。

 直ぐにでも次のポイントへ移動しなければ。

 

 そう思い背中を向けた。

 

「次は何処だぴ」

『背後!』

 

 背後を見ることなく、主砲を真後ろへと発射する。

 何かに当たる音が響く。

 獣の慟哭が聞こえる。

 艤装の動く音が聞こえる。

 

 主砲を構えながら卯月は振り返る。

 

「こいつは、駆逐ロ級、かぴょん!」

 

 先ほどの瓦礫の中から、ロ級が飛び出てきていたのだ。

 狙いをつけずに撃ったから、砲弾は装甲を軽く凹ませただけ。

 ロ級は即再起動、身体を器用に動かし、照準を卯月へ合わせる。

 だが、倒せない相手ではない。

 

「おめえらなんて、D-ABYSS(ディー・アビス)の化け物共と比べれば、どうということはないのだぴょん!」

 

 敵の狙いは正確だ、真っ直ぐにこちらを狙っている。

 と、いうことはだ。

 砲身も真っ直ぐになっているということ。

 撃った弾はぶれず、真っ直ぐに発射されるだろう。

 こちらの弾丸も同じように。

 

 訓練していた分、卯月の方が素早く撃った。

 

 放たれた砲弾が敵の砲身に吸い込まれて、砲口へ突っ込んでいく。

 その最奥、主砲の構造部まで到達する。

 炸裂の衝撃は、繋がっている弾薬庫まで到達する。

 

 口内が、主砲と連動して爆発した。

 

「命中ぴょん」

 

 装甲が捲り取られた所へ、卯月は攻撃を続行。

 無駄弾は使えない。

 一発だけを、丁寧に狙いをつけて叩き込む。

 それは、むき出しになった機関部へ着弾──連鎖的爆発により、ロ級は炎に覆われ絶命した。

 

「ヨシ!」

 

 砲弾二発でロ級撃破。

 わたしにしては中々良い戦果ではないだろうか。

 実際、駆逐艦卯月は貧弱だ。

 陣形によっては、イ級の始末にさえ手間取る事もある。

 それと比べたら、かなり良い戦果と言えた。

 

『……何てことなの』

 

 だが、一連の流れを見ていた飛鷹は、それどころではなかった。

 

「どうしたぴょん飛鷹さん」

『不味い。とんでもなく不味いわ! 今ので、状況になった!』

「……びょっ!?」

 

 条件って、まさか、まさか!? 

 気づいてしまった卯月は、悲鳴を上げる。

 

『内地に深海棲艦が侵入している──核攻撃の条件が満たされたわ!』

 

 卯月は思い出す。

 

 確かに、以前言っていた。

 

 深海棲艦を絶対に上陸させてはならないと。

 

『不知火から連絡が来た、同盟国が防衛準備態勢2(デフコン2)に移行、もう、何時発射されてもおかしくない!』

 

 そうなった時、何が起きるのか知らない。

 どうなるのか聞いても、全部はぐらかされたからだ。

 詳しい事は何も教えてくれず、『上陸だけは阻止しろ』と言われるばかりだった。

 

 だが、察することはできた。

 只ならぬ事が起きると。

 それこそ、核攻撃が容認されるクラスの事態が起きると。

 

『だけど、どうやって。幾ら何でも深海棲艦が来てたら、予め分かる筈……』

「ごめん飛鷹さん。うーちゃんはどうすれば良いぴょん! 深海棲艦の殲滅!? それとも敵の捜索!?」

「……敵の捜索を続行するわ! まだ、核攻撃が決定された訳じゃない。速やかに事態を収束させれば、まだ間に合う」

「ラジャッ!」

 

 卯月は知らぬことだが──実際、即座に核が発射されることはない。

 莫大な人数の民間人を巻き込む為、判断はギリギリまで保留にされる。

 ()()()()()()()()()()()()即時発射を決断したいのが、国際社会の本音だが、幾ら何でも憚られる。

 しかし、既に発射可能な状態に変わりはない。

 

 事は一刻どころか、一秒を争う事態へ進んでいく。

 

 敵は何を考えてここまでしたのか。

 大将を始末する為とは言え、ここまでのことをするのか。

 卯月の瞳が、赤黒く輝き出す。

 憎悪も殺意も留まることを知らない。

 

 そして、極限状態が過ぎたせいで、気が付けなかった。

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)を解放している訳でもないのに、卯月の瞳が光り出しているという、異常事態に。

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