異常な悪寒に、夜中卯月は目覚めた。
もう一度寝付くこともできない。
気のせいだと思う事もできない。
震えが止まらず、吐き気が込み上げてくる程の悪寒が止まらない。
堪らず外へ出た卯月達が目にしたのは、真っ赤に燃える海の反対側──即ち内地側だ──の空。
基地内に
前科組どころか、不知火と飛鷹まで装甲車両へ乗り込む。
文字通りの総力が送り出される。
辿り着いた先は、内地だった。
住宅密集地だった。
人々が暮らす安全な場所だった。
「なんでだぴょん?」
全てが真っ赤に燃えていた。
遠目でも十分見えた。
無尽蔵に量産される惨劇が見える。
親の帰りを待つ子供が、家財の下敷きになって死んでいた。
その庭先で、鎖に繋がれた飼い犬が、黒焦げになって死んでいた。
マンションも燃えていた。
下層は全焼、屋上に住民達が避難している。
だが、スペースが足りていない、今にも押し出され──
「あ」
押し出された。
落下して、ぐちゃっと潰れた。
しかし生存者はいる。
あの人には可哀そうだが、まだ生きている人がいる。
まだ希望が残っていた。
直ぐ砕け散った。
不意に風を切る音が聞こえる。
爆撃機飛んでいく。
さっきのマンションに向けて。
深海のではない。
『艦娘』の艦載機だ。
爆弾が投下された。
屋上にいた人も、上層にいた人達も、全員が爆発に巻き込まれた。
バラバラの肉片になって死んだ。
死ななかった人は、爆風で宙に投げ出されて、地面にぶつかって死んだ。
河川は流石に燃えていない。
代わりに、火の手から逃げようとした人で埋め尽くされていた。
好きで飛び込んだのではない。
建物の崩落や、火災から逃げられる場所が、そこぐらいしかなかったのだ。
良い的でしかない。
飛んできた敵艦載機による機銃掃射が始まった。
頭が飛ぶ、潰れる、内臓が流れて死ぬ。
人で埋まっていた川が、あっという間に人肉の濁流へ変わった。
本来、避難所として機能する学校や体育館も瓦礫の山。
瓦礫の隙間からは、湧き水みたいに血が流れている。
中で何人が潰れて死んでるのか、分からない。
燃えていない場所がない。
死体のない場所がない。
悲鳴のしない場所が、どこにもない。
地獄が広がっていた。
しかし、もっとも信じられないのは、この地獄絵図ではない。
『敵』がこの地獄を作った理由の方にある。
「不知火、今、何て、言ったんだぴょん」
「大将及び、護衛対象を確実に始末する為です。確かにこれなら、護衛対象を確実に始末できます。恐らくですが間違いないかと」
「一応、予想ではあるのね」
「ええ」
不知火は頷いた。
そりゃ敵に直接聞いた訳じゃない。
あくまで予想に過ぎない。
だが、確実にそうだと、卯月は直感していた。
敵は、こういう手段を平然とやる奴だと信じていたからだ。
「不知火ちゃん。大将の護衛艦隊は今どうしてるの。無力化って言ってたけど」
「この近辺で即応できる艦隊がいなかった為、護衛を最低限残し、民間人の救助にあたっているようです。それでも人数が足りません。護衛メンバーも少なくなり過ぎています。それに洗脳艦娘を叩かなければ事態は収束しません」
「だから、球磨達が増援として呼ばれたって訳かぴょん」
「そうです」
できれば、増援が到着するまで、戦力の分散を避けて欲しかった所だが……止むを得ない。
待っていたら、その分被害が拡大する。
事は一刻を争う。
待機時間すら惜しい。
「メンバーは、ど~ですか?」
「護衛部隊への増援は、那珂、ポーラ、旗艦は私不知火。洗脳艦娘の撃破は卯月、満潮、熊野、球磨、飛鷹が旗艦です。飛鷹さんそれで良いですか」
「ええ、大丈夫!」
討伐部隊は、主に航空戦力を使えるメンバーだ。
卯月は
顔を上げても、一体何処に洗脳艦娘がいるかは不明。
艦載機が飛んでいる辺り、ガンビア・ベイはいそうだが──この中から、ステルス迷彩の相手を探すのは骨が折れるだろう。
だが、やらない理由はない。
「最後に、この状況はまだ『マシ』と告げておきます」
「これより最悪のシチュエーションがあんのかぴょん!?」
「あります。そうなった場合、この辺り一帯に対し
「核ぅ!??!!?」
信じられなさ過ぎて、逆に素っ頓狂な声が出た。
何故そんな状態になるのか理解できなかった。
不知火も事細かに説明するつもりはない。
しかし、それだけの危機意識を以って望まなければならない事態。
だから告げたのだ。
「その状況になれば、同盟国から即座に核が発射されます。そうなる前に事態を収束を図るのが任務です」
「了解、だっぴょん」
訳が分からないが聞く時間さえ惜しい。
飛鷹を先頭にして、二部隊が燃え盛る市街地へと突撃した。
不知火達と別れ、卯月達は敵──恐らくガンビア・ベイ──の捜索に向かう。
その中で、できる限り民間人も救助するが、あくまで捜索が優先。
一体、どういう状況になったら、核が発射されるかは分からないが、考えている時間は無駄でしかない。
しかし、探し方が分からない。
「いったいどうやって探すぴょん。この燃え盛る街の中から、どーやってガンビア・ベイを」
ガンビア・ベイはどういう訳だかステルス迷彩を持っている。
動くと──状況から見ての推測だが──迷彩が解除されるデメリットはあるが、逆に言えば微動だにしなければ解除されない。
艤装の稼働音等、手掛かりは僅かしかない。
「骨は折れるだろうけど、全く手掛かりがない訳じゃないわ。この大火災、発生している煙の量も相当。風も吹いてないから、全然飛んでいかない。艦娘でも大量に吸ったら命の危険があるわ。でも自爆するような真似はしない筈」
「つまり?」
「ガンビア・ベイは、煙が届かないような場所にいる筈よ。それに彼女のステルス迷彩は僅かでも動けば解けてしまう。人とか瓦礫にぶつかっても、解除のリスクが出てくる。だからそういったリスクの少ない所を選ぶわ」
まず煙や火の手が届かない場所。
更に、瓦礫等の落下物がなく、人が通ったり集まったりしないような場所。
確かに、これならそこそこ場所を絞り込む事ができる。
「私達が目星をつける。ただ現場へは卯月ちゃん達が行って欲しいの」
「何でだぴょん。機銃でドガガーってやれば済む話だぴょん」
「予め足止めをして欲しいとか、理由は他にもあるけど……ちょっと二人とも耳貸して」
「ぴょん?」
少し足を止めて、飛鷹の話を耳元で聞く。
飛鷹が想定しているリスクを聞いて、卯月と満潮は絶句した。
卯月に至っては、額に幾つもの血管を浮かばせている。
あり得るのか?
いや、やりかねない、あの外道共であれば。
「だからお願いするわ」
「了解だぴょん」
「ええ、了解したわ!」
「じゃあまずあそこ」
既に飛鷹の艦載機が指定の位置を指し示している。
話している間に、目星をつけていたようだ。
二手の方が効率が良い。
卯月と満潮は、それぞれ別のポイントへ走り出す。
全力疾走で向かいたいが、かなり広範囲を捜索しなければならない。
極力スタミナ消費は抑えるべき。
疲れない程度に、小走り程度を維持する。
「……クソが」
向かっている最中も、惨たらしい光景が目に入ってくる。
肉片が飛び散っているのには、早くも見慣れてしまった。
逃げ遅れたのだろう、大勢の人たちが下敷きになって死んでいる。
できれば助けてあげたかった。
だが、不可能だ。
もう、『心音』が聞こえてこない。
これだけ人が倒れているのに、どこからも心臓の音が聞こえてこない。
一人一人丁寧に頭部を撃ち抜かれている。
救助が間に合わなかったとかではない。
敵は『皆殺し』をするつもりなのだ。
確かに、護衛対象が民間人に紛れている可能性はある。
そいつを殺す為に、街全体を攻撃しているのだ。
この手間を無駄にしない為に、ちゃんと一人残らず殺すのは理に適っている。
最悪の理だが。
ただ、全員死んでいる分、救助に時間を割かなくていいのは利点だった。
勿論、最悪の利点だが。
兎に角、今できることは、これ以上の犠牲を増やさない為に、原因を潰す事だ。
ガンビア・ベイ以外に洗脳艦娘がいようが関係ない。
皆殺しだ。
この憎悪は必ず晴らす。
「待っていろ、ガンビア・ベイ!」
歯ぎしりのあまり、歯に亀裂が走る。
卯月は自覚していなかった。
瞳が煌々と、赤黒く輝いている事に。
吹き零れそうな憎悪を抑えながら、卯月は最初のポイントへ到達する。
崩落したマンションの屋上だ。
本来は十階ぐらいあったのだろうか、崩落のせいで、二階建ての住宅ぐらいの高さになっている。
火災で崩れた訳ではないのか、火も煙も来ていない。
これ以上崩れそうな感じもない。
屋上には誰もいないが──奴がいるかもしれない。
主砲を構えた状態で待つ。
そして、上空で待機していた飛鷹の艦載機が、機銃掃射を行った。
コンクリートが穴ぼこだらけになる。
「……何も出てこないっぴょん」
『外れのようね』
「残念ぴょん」
渡された通信機から、飛鷹の声が聞こえる。
ガンビア・ベイに当たっていれば、弾丸の当たり方が変な形になる。
それが無かった、此処にはいない。
無駄足になってしまった。
チッと舌打ちをする。
直ぐにでも次のポイントへ移動しなければ。
そう思い背中を向けた。
「次は何処だぴ」
『背後!』
背後を見ることなく、主砲を真後ろへと発射する。
何かに当たる音が響く。
獣の慟哭が聞こえる。
艤装の動く音が聞こえる。
主砲を構えながら卯月は振り返る。
「こいつは、駆逐ロ級、かぴょん!」
先ほどの瓦礫の中から、ロ級が飛び出てきていたのだ。
狙いをつけずに撃ったから、砲弾は装甲を軽く凹ませただけ。
ロ級は即再起動、身体を器用に動かし、照準を卯月へ合わせる。
だが、倒せない相手ではない。
「おめえらなんて、
敵の狙いは正確だ、真っ直ぐにこちらを狙っている。
と、いうことはだ。
砲身も真っ直ぐになっているということ。
撃った弾はぶれず、真っ直ぐに発射されるだろう。
こちらの弾丸も同じように。
訓練していた分、卯月の方が素早く撃った。
放たれた砲弾が敵の砲身に吸い込まれて、砲口へ突っ込んでいく。
その最奥、主砲の構造部まで到達する。
炸裂の衝撃は、繋がっている弾薬庫まで到達する。
口内が、主砲と連動して爆発した。
「命中ぴょん」
装甲が捲り取られた所へ、卯月は攻撃を続行。
無駄弾は使えない。
一発だけを、丁寧に狙いをつけて叩き込む。
それは、むき出しになった機関部へ着弾──連鎖的爆発により、ロ級は炎に覆われ絶命した。
「ヨシ!」
砲弾二発でロ級撃破。
わたしにしては中々良い戦果ではないだろうか。
実際、駆逐艦卯月は貧弱だ。
陣形によっては、イ級の始末にさえ手間取る事もある。
それと比べたら、かなり良い戦果と言えた。
『……何てことなの』
だが、一連の流れを見ていた飛鷹は、それどころではなかった。
「どうしたぴょん飛鷹さん」
『不味い。とんでもなく不味いわ! 今ので、状況になった!』
「……びょっ!?」
条件って、まさか、まさか!?
気づいてしまった卯月は、悲鳴を上げる。
『内地に深海棲艦が侵入している──核攻撃の条件が満たされたわ!』
卯月は思い出す。
確かに、以前言っていた。
深海棲艦を絶対に上陸させてはならないと。
『不知火から連絡が来た、同盟国が
そうなった時、何が起きるのか知らない。
どうなるのか聞いても、全部はぐらかされたからだ。
詳しい事は何も教えてくれず、『上陸だけは阻止しろ』と言われるばかりだった。
だが、察することはできた。
只ならぬ事が起きると。
それこそ、核攻撃が容認されるクラスの事態が起きると。
『だけど、どうやって。幾ら何でも深海棲艦が来てたら、予め分かる筈……』
「ごめん飛鷹さん。うーちゃんはどうすれば良いぴょん! 深海棲艦の殲滅!? それとも敵の捜索!?」
「……敵の捜索を続行するわ! まだ、核攻撃が決定された訳じゃない。速やかに事態を収束させれば、まだ間に合う」
「ラジャッ!」
卯月は知らぬことだが──実際、即座に核が発射されることはない。
莫大な人数の民間人を巻き込む為、判断はギリギリまで保留にされる。
しかし、既に発射可能な状態に変わりはない。
事は一刻どころか、一秒を争う事態へ進んでいく。
敵は何を考えてここまでしたのか。
大将を始末する為とは言え、ここまでのことをするのか。
卯月の瞳が、赤黒く輝き出す。
憎悪も殺意も留まることを知らない。
そして、極限状態が過ぎたせいで、気が付けなかった。