前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第174話 救

 発令された緊急出撃。

 目的は二つ。

 大将率いる護衛艦隊の増援。

 そして、街を襲撃している敵の討伐。

 

 この内、討伐チームに割り振られた卯月だが、彼女は信じがたい光景を目の当たりにする。

 それは、一匹の駆逐ロ級だった。

 たかがロ級──そう思えるのは、海上で遭遇した時に限る。

 

 陸で遭遇してしまった時はどうなるのか。

 

『急いでうーちゃん。核攻撃の時間は間違いなく迫ってるわ!』

 

 核攻撃が起きるのである。

 

 今まで散々聞いてきた。

 上陸は、絶対に許してはならないと。

 その答えが今の状況だ。

 深海棲艦の上陸は、核攻撃をしなければならない程の事態なのである。

 

 何故そんなことをするのか? 

 逆にしなければ、どれだけ恐ろしい事が起きるのか? 

 どうでもいい事に変わりはない! 

 考える必要はないと、心の隅に疑問を追いやった。

 

「ふーっ、ふーっ!」

 

 無駄な言葉を発する体力も惜しい。

 卯月は無言のまま、飛鷹が示す次のポイントへ急行する。

 飛鷹だけではない。

 球磨や熊野、艦載機を使える人員が、敵の潜伏地点を示してくれている。

 

 卯月はそこへ向かい、敵が潜んでいるか現地確認。

 敵は恐らくガンビア・ベイ。

 ステルス迷彩で、火の手が届かない場所に隠れている可能性が高い。

 別行動だが、満潮も同じよう動いていた。

 

「急がない、と」

 

 深海棲艦が現れてしまった今、何時核攻撃が実行されてもおかしくない。

 だが、人道的側面から即時発射は行われない。

 それまでに敵を叩き、事態の収束を図らなければならない。

 

 だが、そんな危機感を煽るように、次々に敵が現れる。

 

『卯月横見て!』

 

 勿論それは深海棲艦だ。

 

「げぇっ、また深海棲艦が出たっぴょん!」

『あちこちから来てるわ、注意して!』

「ぴょーん!?」

 

 一体こんな大量に、何処にどうやって隠れていたのか、無数のイロハ級が次々に襲い掛かってきたのである。

 

「ファッキュー! どーなってんだぴょん! 大本営の警戒網はザルなのかっぴょん!?」

 

 卯月の考えは、ハズレだった。

 一体でも上陸したら、核攻撃が起きてしまうのだ。

 だからこそ、そうならないよう、蟻一匹通さない警備態勢をとってきた。

 

 なのに、現実はこうなっている。

 卯月達は大量の深海棲艦に道を塞がれ、思うように進めなくなっている。

 

『本当にどうなってるの。どうしてこんなに、大量の深海棲艦が侵入してきているの』

「分かんないぴょん! それより援護が欲しいぴょん!」

『……ごめん、爆撃で支援するわ。次のポイントへ急いで!』

 

 飛鷹は、一つ言わなかった事があった。

 

 イロハ級が大量に出て来る理由。

 

 その一つを知っていた。

 

 しかし口には出せなかった。

 それを言う為には、上官の許可が不可欠だ。

 機密事項を勝手に話す事はできない。

 加えて、言わないで済むのなら──それが一番だからだ。

 

 イロハ級を撃退し、幾つかのポイントを巡った卯月は、奇妙な光景を目撃した。

 

「……まさかあれ、人間ぴょん?」

 

 場所は、一般的な家屋の屋上だ。

 コンクリート製で、マンションより階層も少ない。

 既に全焼しているが、骨組みは崩壊していない。

 建物自体も安定している。

 その屋上に人が倒れていた。

 

『次のポイントはあそこよ。登れる卯月?』

「それは平気だぴょん」

『十分注意するのよ。()()()()()()、登り切った瞬間を狙ってくる筈だから』

 

 何故、態々現地確認が必要なのか。

 最大の理由が、こういったシチュエーションになった時の為。

 敵がいそうな場所に、人がいた場合だ。

 

 生きているかどうかを確認して救助すれば良い──なんて、簡単な話ではない。

 普段ならそれで良いが、この戦場には『ガンビア・ベイ』がいる。

 

 以前ガンビア・ベイは、轟沈したヲ級の皮を被る事で自らの存在を隠していた。

 

 今回も同じかもしれない。

 要救助者を装って、奇襲のチャンスを伺っているかもしれないのだ。

 機銃掃射で敵かどうか確認なんてできない。

 救助対象者を射殺するリスクがある。

 その為、現地で判断する人員が必要なのだ。

 

「じゃあ、登るぴょん」

 

 まず、周囲にイロハ級が隠れていないか、耳に意識を傾けて確認。

 何も聞こえない。

 敵はいないということだ。

 心置きなく接近できる。

 

 そして瓦礫を登っていく。

 何かがあった時に備えて、片手では主砲を構えておく。

 聴力もフル稼働。

 心音や呼吸音で生きているかを、艤装の稼働音で敵がどうかを感じ取る。

 

 そして、屋上に指先をかけた時、どちらなのか察っした。

 

 艤装の音がする。

 

 一気に屋上へ飛び出る。

 既に指先はトリガーへかかっている。

 直接目視して確信した。

 

「見つけたぞ、ガンビア・ベイ!」

 

 こいつは人間ではない。

 ガンビア・ベイだ。

 最悪の予想通り、人の皮を被って変装していたのである。

 そんな外道に慈悲はない。

 トリガーは既に半分程度引かれていた。

 

「ひ、ヒィィィィィ!?」

 

 本能的に危機を感じたのか、肉皮からズルリと透明な何かが這い出てくる。

 その直後、ステルス迷彩が解除され、姿が暴かれる。

 現れたのは、やはりガンビア・ベイだった。

 

「トドメだ、喰らえっ!」

 

 そして、激しい衝撃と共に吹っ飛ばされた。

 ()()()()()

 

「がっ!?」

 

 いったい何が起きたんだ。

 奴は何もしていなかった。

 なのに攻撃を食らい、今自分は吹き飛ばされている。

 ガンビア・ベイに集中し過ぎていたせいで、不意打ちを食らってしまったのか。

 

 だがこれは、奴が用いるステルス艦載機の攻撃ではない。

 

「砲撃、だって……!?」

 

 イロハ級の攻撃だろうか。

 いや、登る前、周囲に敵がいない事は確認していた。

 登っている最中も、誰かが接近する音はしなかった。

 だったら誰が。

 吹き飛ばされながらも、何とかその方向を向く。

 

 卯月は思った。

 

『何故だ』と。

 

 そこにいたのは、重巡リ級だった。

 

 信じられないと卯月は絶句する。

 足音はなかった。

 艤装の稼働音も聞こえなかった。

 

「どーして、あいつ、あそこに、いるんだぴょん!?」

 

 絶叫しながら、吹っ飛ばされて瓦礫の山へダイブ。

 頭から血を流しながら、卯月はどうにか立ち上がる。

 痛みよりも、疑問の方が多かった。

 注意が反れていたとしても、こんな見落としは考えられない。

 あのリ級は、どう近づいてきたのだ。

 

『うーちゃん。大丈夫!?』

「大丈夫だぴょん。直撃は回避したぴょん。それよりあれはどーなってんだぴょん。飛鷹さん何か見えたかぴょん?」

『ごめん。ガンビア・ベイの動きを注視してたせいで、わたしも見てなかったわ』

「そっか……」

 

 疑問が拭えないまま進むのは、大きな危険が伴う。

 しかし、時間がない。

 腹を括って進む以外の選択肢はないのだ。

 

『ガンビア・ベイが逃げた方向はどっちぴょん?』

「大丈夫。それはずっと監視してるわ。やっぱりステルス迷彩が起動してない。あれは静止状態でないと、難しいみたいね」

 

 飛鷹達航空部隊が、逃げるガンビア・ベイを補足していた。

 彼女の推測通り、ステルス能力を完全に発揮するには、『静止』している必要がある。

 透明な状態は、極めて精密なコントロールで成り立っている。

 ちゃんと止まっていないと、背景との同化が上手くできないのである。

 

『でも……こいつ、逃げ足がとんでもなく早いわ。もううーちゃんから500メートル以上離れてる』

「早!? まだ十秒ぐらいしか経ってないぴょん!?」

『うーちゃんが追いつくのは困難ね……うん、満潮の方が近いわ。あの子を先に向かわせる。挟み撃ちの形にしましょう』

 

 その提案に卯月は頷く。

 しかし、十秒足らずで500メートル以上とは。

 秒速50メートルって何なんだ、どういう健脚をしてるんだ。

 

 それはそれとして、改めて追撃を開始する。

 

『私たちは、満潮の援護に艦載機を回すわ。空を飛んでる艦載機で、場所は分かるわ。そこへ向かってちょうだい』

「了解、気をつけるぴょん。どんな姑息な事するか分かったもんじゃないぴょん」

『ええ勿論』

 

 艦載機が飛び立っていく直前、再び声が聞こえた。

 

『でもうーちゃん、あくまで任務は追撃よ。要救助者は大将の艦隊がやってくれるから。辛いと思うけど、いても無視するのよ!』

「ラジャーだぴょん!」

『無視するのよ! 良いわね!』

 

 そして、飛鷹の偵察機が飛び立つ。

 卯月はそれを追いかける。

 逃げ足は速いが、既に居場所は突き止めたのだ、逃がすことはない。

 注意すべきなのは、あの突然現れたリ級の方だ。

 どうやって、気づかれず接近してきたのか、分からない今は、最大限警戒すべきだ。

 

 その時、卯月は()()音に気付く。

 

「これは」

 

 聞こえてきた声は、『子供の悲鳴』だった。

 

 立ち止まざるを得なかった。

 しかし、優先すべきは任務だ。

 ここでガンビア・ベイを逃がせば、取り返しのつかない被害が出てしまう。

 

「よし、護衛艦隊を信じるぴょん!」

 

 卯月は無視して走り出した。

 そもそも、こういう時の為に役割分担があるのだ。

 大将の部隊があの子を救出してくれる。

 それを信じて、追撃に専念する事へ決めた。

 

 だが、どうしても心配で、もう一回だけ見ておこうと、つい振り返ってしまった。

 

 卯月は気づいてしまった。

 先程の重巡リ級の存在に。

 鳴き声に気づいたリ級が、子供の方へ向かっていることに。

 

「前言撤回じゃぁ!」

 

 その瞬間、迷いはなかった。

 助かる見込みがあるならまだしも、これでは生存率0パーセントだ。

 救出部隊が来る前に、あの子は殺されてしまう。

 

 見て見ぬフリはできなかった。

 任務が優先だとしても、こればかりは無視できない。

 ここで見捨てることは、誇りに反することだ。

 最低最悪にカッコ悪いことだからだ。

 

「このうーちゃんの前で、よりにもよって子供が殺されるなんてこと、あってはならないんだぴょん!」

 

 息切れしそうな勢いで全力疾走。

 だが走り出した時点で手遅れ。

 リ級は既に、子供を砲撃の射程距離に収めていた。

 

 子供は逃げられない。

 足が瓦礫の中に埋もれているからだ。

 

 必死で藻掻いているが、とても退かせそうにない。

 リ級も逃げられない事を分かっている、直ぐに主砲を撃たない。

 

 砲身をちらつかせながら、嬲るように接近している。

 

 明確な悪意に溢れていた。

 恐怖を堪能し、殺戮を楽しむ邪悪な存在だった。

 

 そのせいで、こんな隙を晒すのだから、もっと救いようがなかった。

 

「お前がクズで感謝だぴょん」

「──っ!」

「射程距離内、到達!」

 

 リ級が真面目な個体だったら、卯月は間に合わなかった。

 下衆な性格だったから、逆に間に合ったのだ。

 

 しかし、リ級は臆さない。

 

 駆逐艦の主砲では、私の装甲は貫けない。

 装甲で受け止めた後、その腸を抉り飛ばしてやる! 

 

 臓物をぶちまける卯月を想像し、リ級は舌なめずりをした。

 

 そして、卯月の砲撃が放たれた。

 

 だが、リ級には当たらなかった。

 

「!?」

「はいハズレだぴょんバーカ」

 

 卯月が狙っていたのは、子供が埋もれている瓦礫の方だった。

 

 予想外の所へ撃たれたせいで、迎撃が間に合わない。

 砲弾が瓦礫に直撃。

 瓦礫が爆散する。

 

 至近距離にいたリ級も巻き込まれた。

 装甲があるからダメージはないが、何発も飛び散る石礫は鬱陶しい事この上ない。

 

「!!」

 

 リ級は気が付いた。

 この瓦礫で視界を妨害するのが目的なのだと。

 

 しかし、リ級は動揺しない。

 この程度の眼晦まし力づくでどうにでもできる。

 それを証明するように、艤装に覆われた剛腕を振るう。

 

「だから、バカって言ったんだぴょん」

 

 瓦礫に交じって、爆雷が投げられていた。

 

 腕はもう止められない、爆雷を起爆させてしまうのは避けられない。

 

 だが、この距離なら子供も巻き添えにできる。

 護るべき対象を、目の前で死なせる事はできる。

 リ級は下衆な笑みを浮かべる。

 

 その考えは甘かった。

 子供は既に、瓦礫に中にいなかった。

 その子は、卯月に確保されていた。

 

「ねぇ今どんな気持ち?」

 

 瓦礫が吹き飛ばされた結果で、自力脱出が可能なレベルまで、重さが軽減されていたのだ。

 卯月は脱出した子供を、投げ飛ばした鎖でキャッチ。

 自らの懐まで一気に引き寄せて、爆雷の爆発範囲から救出したのである。

 

「保護対象の安全確保なんて、当たり前の事だぴょん」

「──!!」

「そして、これでチェックメイトだぴょん」

 

 止めは既に刺されていた。

 リ級の装甲が『融解』していた。

 自慢の腕部艤装に、修復誘発剤のナイフが刺さっていたのだ。

 そんな状態で、爆発を受ければどうなるか。

 

 リ級は爆散した。

 融解した所から爆発のエネルギーが押し込まれ、体内で一気に暴走したのである。

 炎と共に霧散する肉片。

 卯月はちゃんと、子供の視界を塞いでいた。

 こんなグロな光景、見せられない。

 

 子供は少し火傷を負っているが、目立った外傷はない。

 

「……良かったぁ」

 

 この時、卯月は多少ながら()()()()

 人を助ける事ができたからだ。

 誰も彼も虐殺してしまった卯月には、誰も救えないというトラウマが残っていた。

 それが今、子供を一人救助したことで、初めて癒されたのである。

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