発令された緊急出撃。
目的は二つ。
大将率いる護衛艦隊の増援。
そして、街を襲撃している敵の討伐。
この内、討伐チームに割り振られた卯月だが、彼女は信じがたい光景を目の当たりにする。
それは、一匹の駆逐ロ級だった。
たかがロ級──そう思えるのは、海上で遭遇した時に限る。
陸で遭遇してしまった時はどうなるのか。
『急いでうーちゃん。核攻撃の時間は間違いなく迫ってるわ!』
核攻撃が起きるのである。
今まで散々聞いてきた。
上陸は、絶対に許してはならないと。
その答えが今の状況だ。
深海棲艦の上陸は、核攻撃をしなければならない程の事態なのである。
何故そんなことをするのか?
逆にしなければ、どれだけ恐ろしい事が起きるのか?
どうでもいい事に変わりはない!
考える必要はないと、心の隅に疑問を追いやった。
「ふーっ、ふーっ!」
無駄な言葉を発する体力も惜しい。
卯月は無言のまま、飛鷹が示す次のポイントへ急行する。
飛鷹だけではない。
球磨や熊野、艦載機を使える人員が、敵の潜伏地点を示してくれている。
卯月はそこへ向かい、敵が潜んでいるか現地確認。
敵は恐らくガンビア・ベイ。
ステルス迷彩で、火の手が届かない場所に隠れている可能性が高い。
別行動だが、満潮も同じよう動いていた。
「急がない、と」
深海棲艦が現れてしまった今、何時核攻撃が実行されてもおかしくない。
だが、人道的側面から即時発射は行われない。
それまでに敵を叩き、事態の収束を図らなければならない。
だが、そんな危機感を煽るように、次々に敵が現れる。
『卯月横見て!』
勿論それは深海棲艦だ。
「げぇっ、また深海棲艦が出たっぴょん!」
『あちこちから来てるわ、注意して!』
「ぴょーん!?」
一体こんな大量に、何処にどうやって隠れていたのか、無数のイロハ級が次々に襲い掛かってきたのである。
「ファッキュー! どーなってんだぴょん! 大本営の警戒網はザルなのかっぴょん!?」
卯月の考えは、ハズレだった。
一体でも上陸したら、核攻撃が起きてしまうのだ。
だからこそ、そうならないよう、蟻一匹通さない警備態勢をとってきた。
なのに、現実はこうなっている。
卯月達は大量の深海棲艦に道を塞がれ、思うように進めなくなっている。
『本当にどうなってるの。どうしてこんなに、大量の深海棲艦が侵入してきているの』
「分かんないぴょん! それより援護が欲しいぴょん!」
『……ごめん、爆撃で支援するわ。次のポイントへ急いで!』
飛鷹は、一つ言わなかった事があった。
イロハ級が大量に出て来る理由。
その一つを知っていた。
しかし口には出せなかった。
それを言う為には、上官の許可が不可欠だ。
機密事項を勝手に話す事はできない。
加えて、言わないで済むのなら──それが一番だからだ。
イロハ級を撃退し、幾つかのポイントを巡った卯月は、奇妙な光景を目撃した。
「……まさかあれ、人間ぴょん?」
場所は、一般的な家屋の屋上だ。
コンクリート製で、マンションより階層も少ない。
既に全焼しているが、骨組みは崩壊していない。
建物自体も安定している。
その屋上に人が倒れていた。
『次のポイントはあそこよ。登れる卯月?』
「それは平気だぴょん」
『十分注意するのよ。
何故、態々現地確認が必要なのか。
最大の理由が、こういったシチュエーションになった時の為。
敵がいそうな場所に、人がいた場合だ。
生きているかどうかを確認して救助すれば良い──なんて、簡単な話ではない。
普段ならそれで良いが、この戦場には『ガンビア・ベイ』がいる。
以前ガンビア・ベイは、轟沈したヲ級の皮を被る事で自らの存在を隠していた。
今回も同じかもしれない。
要救助者を装って、奇襲のチャンスを伺っているかもしれないのだ。
機銃掃射で敵かどうか確認なんてできない。
救助対象者を射殺するリスクがある。
その為、現地で判断する人員が必要なのだ。
「じゃあ、登るぴょん」
まず、周囲にイロハ級が隠れていないか、耳に意識を傾けて確認。
何も聞こえない。
敵はいないということだ。
心置きなく接近できる。
そして瓦礫を登っていく。
何かがあった時に備えて、片手では主砲を構えておく。
聴力もフル稼働。
心音や呼吸音で生きているかを、艤装の稼働音で敵がどうかを感じ取る。
そして、屋上に指先をかけた時、どちらなのか察っした。
艤装の音がする。
一気に屋上へ飛び出る。
既に指先はトリガーへかかっている。
直接目視して確信した。
「見つけたぞ、ガンビア・ベイ!」
こいつは人間ではない。
ガンビア・ベイだ。
最悪の予想通り、人の皮を被って変装していたのである。
そんな外道に慈悲はない。
トリガーは既に半分程度引かれていた。
「ひ、ヒィィィィィ!?」
本能的に危機を感じたのか、肉皮からズルリと透明な何かが這い出てくる。
その直後、ステルス迷彩が解除され、姿が暴かれる。
現れたのは、やはりガンビア・ベイだった。
「トドメだ、喰らえっ!」
そして、激しい衝撃と共に吹っ飛ばされた。
「がっ!?」
いったい何が起きたんだ。
奴は何もしていなかった。
なのに攻撃を食らい、今自分は吹き飛ばされている。
ガンビア・ベイに集中し過ぎていたせいで、不意打ちを食らってしまったのか。
だがこれは、奴が用いるステルス艦載機の攻撃ではない。
「砲撃、だって……!?」
イロハ級の攻撃だろうか。
いや、登る前、周囲に敵がいない事は確認していた。
登っている最中も、誰かが接近する音はしなかった。
だったら誰が。
吹き飛ばされながらも、何とかその方向を向く。
卯月は思った。
『何故だ』と。
そこにいたのは、重巡リ級だった。
信じられないと卯月は絶句する。
足音はなかった。
艤装の稼働音も聞こえなかった。
「どーして、あいつ、あそこに、いるんだぴょん!?」
絶叫しながら、吹っ飛ばされて瓦礫の山へダイブ。
頭から血を流しながら、卯月はどうにか立ち上がる。
痛みよりも、疑問の方が多かった。
注意が反れていたとしても、こんな見落としは考えられない。
あのリ級は、どう近づいてきたのだ。
『うーちゃん。大丈夫!?』
「大丈夫だぴょん。直撃は回避したぴょん。それよりあれはどーなってんだぴょん。飛鷹さん何か見えたかぴょん?」
『ごめん。ガンビア・ベイの動きを注視してたせいで、わたしも見てなかったわ』
「そっか……」
疑問が拭えないまま進むのは、大きな危険が伴う。
しかし、時間がない。
腹を括って進む以外の選択肢はないのだ。
『ガンビア・ベイが逃げた方向はどっちぴょん?』
「大丈夫。それはずっと監視してるわ。やっぱりステルス迷彩が起動してない。あれは静止状態でないと、難しいみたいね」
飛鷹達航空部隊が、逃げるガンビア・ベイを補足していた。
彼女の推測通り、ステルス能力を完全に発揮するには、『静止』している必要がある。
透明な状態は、極めて精密なコントロールで成り立っている。
ちゃんと止まっていないと、背景との同化が上手くできないのである。
『でも……こいつ、逃げ足がとんでもなく早いわ。もううーちゃんから500メートル以上離れてる』
「早!? まだ十秒ぐらいしか経ってないぴょん!?」
『うーちゃんが追いつくのは困難ね……うん、満潮の方が近いわ。あの子を先に向かわせる。挟み撃ちの形にしましょう』
その提案に卯月は頷く。
しかし、十秒足らずで500メートル以上とは。
秒速50メートルって何なんだ、どういう健脚をしてるんだ。
それはそれとして、改めて追撃を開始する。
『私たちは、満潮の援護に艦載機を回すわ。空を飛んでる艦載機で、場所は分かるわ。そこへ向かってちょうだい』
「了解、気をつけるぴょん。どんな姑息な事するか分かったもんじゃないぴょん」
『ええ勿論』
艦載機が飛び立っていく直前、再び声が聞こえた。
『でもうーちゃん、あくまで任務は追撃よ。要救助者は大将の艦隊がやってくれるから。辛いと思うけど、いても無視するのよ!』
「ラジャーだぴょん!」
『無視するのよ! 良いわね!』
そして、飛鷹の偵察機が飛び立つ。
卯月はそれを追いかける。
逃げ足は速いが、既に居場所は突き止めたのだ、逃がすことはない。
注意すべきなのは、あの突然現れたリ級の方だ。
どうやって、気づかれず接近してきたのか、分からない今は、最大限警戒すべきだ。
その時、卯月は
「これは」
聞こえてきた声は、『子供の悲鳴』だった。
立ち止まざるを得なかった。
しかし、優先すべきは任務だ。
ここでガンビア・ベイを逃がせば、取り返しのつかない被害が出てしまう。
「よし、護衛艦隊を信じるぴょん!」
卯月は無視して走り出した。
そもそも、こういう時の為に役割分担があるのだ。
大将の部隊があの子を救出してくれる。
それを信じて、追撃に専念する事へ決めた。
だが、どうしても心配で、もう一回だけ見ておこうと、つい振り返ってしまった。
卯月は気づいてしまった。
先程の重巡リ級の存在に。
鳴き声に気づいたリ級が、子供の方へ向かっていることに。
「前言撤回じゃぁ!」
その瞬間、迷いはなかった。
助かる見込みがあるならまだしも、これでは生存率0パーセントだ。
救出部隊が来る前に、あの子は殺されてしまう。
見て見ぬフリはできなかった。
任務が優先だとしても、こればかりは無視できない。
ここで見捨てることは、誇りに反することだ。
最低最悪にカッコ悪いことだからだ。
「このうーちゃんの前で、よりにもよって子供が殺されるなんてこと、あってはならないんだぴょん!」
息切れしそうな勢いで全力疾走。
だが走り出した時点で手遅れ。
リ級は既に、子供を砲撃の射程距離に収めていた。
子供は逃げられない。
足が瓦礫の中に埋もれているからだ。
必死で藻掻いているが、とても退かせそうにない。
リ級も逃げられない事を分かっている、直ぐに主砲を撃たない。
砲身をちらつかせながら、嬲るように接近している。
明確な悪意に溢れていた。
恐怖を堪能し、殺戮を楽しむ邪悪な存在だった。
そのせいで、こんな隙を晒すのだから、もっと救いようがなかった。
「お前がクズで感謝だぴょん」
「──っ!」
「射程距離内、到達!」
リ級が真面目な個体だったら、卯月は間に合わなかった。
下衆な性格だったから、逆に間に合ったのだ。
しかし、リ級は臆さない。
駆逐艦の主砲では、私の装甲は貫けない。
装甲で受け止めた後、その腸を抉り飛ばしてやる!
臓物をぶちまける卯月を想像し、リ級は舌なめずりをした。
そして、卯月の砲撃が放たれた。
だが、リ級には当たらなかった。
「!?」
「はいハズレだぴょんバーカ」
卯月が狙っていたのは、子供が埋もれている瓦礫の方だった。
予想外の所へ撃たれたせいで、迎撃が間に合わない。
砲弾が瓦礫に直撃。
瓦礫が爆散する。
至近距離にいたリ級も巻き込まれた。
装甲があるからダメージはないが、何発も飛び散る石礫は鬱陶しい事この上ない。
「!!」
リ級は気が付いた。
この瓦礫で視界を妨害するのが目的なのだと。
しかし、リ級は動揺しない。
この程度の眼晦まし力づくでどうにでもできる。
それを証明するように、艤装に覆われた剛腕を振るう。
「だから、バカって言ったんだぴょん」
瓦礫に交じって、爆雷が投げられていた。
腕はもう止められない、爆雷を起爆させてしまうのは避けられない。
だが、この距離なら子供も巻き添えにできる。
護るべき対象を、目の前で死なせる事はできる。
リ級は下衆な笑みを浮かべる。
その考えは甘かった。
子供は既に、瓦礫に中にいなかった。
その子は、卯月に確保されていた。
「ねぇ今どんな気持ち?」
瓦礫が吹き飛ばされた結果で、自力脱出が可能なレベルまで、重さが軽減されていたのだ。
卯月は脱出した子供を、投げ飛ばした鎖でキャッチ。
自らの懐まで一気に引き寄せて、爆雷の爆発範囲から救出したのである。
「保護対象の安全確保なんて、当たり前の事だぴょん」
「──!!」
「そして、これでチェックメイトだぴょん」
止めは既に刺されていた。
リ級の装甲が『融解』していた。
自慢の腕部艤装に、修復誘発剤のナイフが刺さっていたのだ。
そんな状態で、爆発を受ければどうなるか。
リ級は爆散した。
融解した所から爆発のエネルギーが押し込まれ、体内で一気に暴走したのである。
炎と共に霧散する肉片。
卯月はちゃんと、子供の視界を塞いでいた。
こんなグロな光景、見せられない。
子供は少し火傷を負っているが、目立った外傷はない。
「……良かったぁ」
この時、卯月は多少ながら
人を助ける事ができたからだ。
誰も彼も虐殺してしまった卯月には、誰も救えないというトラウマが残っていた。
それが今、子供を一人救助したことで、初めて癒されたのである。