あくまで任務優先。
一度は子供を無視しようとした卯月だったが、その子が深海棲艦に殺されそうな事に気づき、救出へ行動を変えた。
重巡リ級を始末し、子供の安全確保に成功。
最悪の事態は回避できた。
だが、卯月は困り果てた。
「ご、ごめんねー、うーちゃんお仕事があるから行かなきゃいけないんだぴょん」
「…………」
「ほら、迎えも来るから、ちょっと待つだけだぴょん」
どれだけ言い聞かせても、スカートの裾を掴んだまま離さない。
涙を流しながら、力なく首を横に振るだけ。
卯月は失念していた。
救出した後、この子をどうするのか。
差し迫った状況故に、考える暇がなかったのだが、困ってしまう。
「救出部隊は来るだろうけど、それまで置き去りってのも……でもそうなるとうーちゃんの任務が……これ以上遅れるのは流石に」
上空を見ると、飛鷹達以外の艦載機がチラホラ見える。
その場で旋回している機体もいる。
ああやって要救助者の位置を示しているのだ。
放っておいても、救助は来てくれるだろう。
ただ、それができるかと言われると、困難としか言いようがない。
こんな死体塗れ、炎塗れ、敵塗れな場所に放置とか、心境的にできるものではない。
「……お姉ちゃん?」
「む……ぬぬぬ、流石にヤバいぴょん?」
そうこうしている間に、ガンビア・ベイとの戦いは進んでしまう。
役に立てるか分からないが、人手が多いに越したことはない、参戦しない理由はない。
結果、卯月はどっちつかずの選択をした。
「よし、うーちゃんの背中に掴まるぴょん」
「う、うん……」
「全力でダッシュするから。ちゃんと掴まんなきゃダメだぴょん。さあ行くぞ!」
宣言通り、卯月は全力で走り出した。
向かう方向は当然、ガンビア・ベイ──の居場所は飛鷹の偵察機が示してくれている──の方向。
そっちへ向けて、子供をおんぶしたまま走り出す。
気遣いはゼロ。
そこまでの余力はない。
子供の方も、必死で卯月へしがみついていた。
その姿には悲壮感があった。
こんな所で独りになっていた子供にとって、卯月は漸く見つけた希望だ。
それを離したら死んでしまう。
絶対に離せない。
お願いだから見捨てないで──その思いが悲壮感を感じさせたのだ。
卯月は分かっていたが、速度を緩めることはできなかった。
このままガンビア・ベイの方へ向かう。
その間、上空を見ながら、護衛艦隊へ引き渡すチャンスを伺う。
上には──敵の艦載機とやりあいながらだが──要救助者を探している偵察機が飛んでいる。
それの索敵範囲内に入れば、向こうが気づいてくれる。
ただ、それなりに接近する必要はある。
救助に専念できる状況なら兎も角、今は同時に敵艦載機との戦闘も行っている。
同時にやってるせいで、普段より捜索の『目』が狭まっているのだ。
少なくとも、そこまでは卯月が運ぶ必要がある。
見つけるより先にガンビア・ベイに到達しかけたら、そこで今度こそ置いていく。
置き去りにもできない。
敵への追撃をこれ以上遅らせる事もできない。
両方ともやれる方法が、これぐらいしかなかったのだ。
「グスッ、うう……」
涙が出そうな顔で、卯月をぎゅっと握る小さな手は、余りにも弱々しい。
どれだけ不安で、辛かったのかが伝わってくる。
それでもダメだ。
今、この子を護る事はできない。
しかし、落ち着かせてあげることはできる。
卯月は抱き着いている子供の手を、逆に握り返した。
「安心するぴょん。うーちゃん達はあの化け物共をぶっ飛ばす為に来たんだぴょん。ちょっと目を瞑ってたら、その間にぜーんぶ終わってるぴょん!」
「……本当、なの?」
「さっき見たでしょ? あいつをうーちゃんが叩きのめすのを! このうーちゃんは強いんだぴょん!」
「お空、飛んでたよ?」
「スミマセン嘘吐きました良くてそこそこです」
何故カッコ良く決まらないのだろうか?
子供にすら突っ込まれる有様である。
その目線は妙に冷たい。
「でも倒したのは本当だぴょん。倒した時、安心したでしょ?」
それは事実。子供は小さく頷いた。
「それと同じだぴょん。君を怖がらせる奴は、さっきみたいに全員ぶっ飛ばす。だから安心して良いんだぴょん。逆に、安心してくれるなら……もっとパワーを発揮できるから!」
「……へー」
「あらヤダ疑いの眼差し!?」
嘘は言っていない。これは本当の本心だ。
小さな子供が、自分を信じて安心してくれる。
これで力を発揮できない艦娘はいない。
どんな艦娘でも、凄まじいパワーを発揮できる筈だ。
「分からないかもしれないけど、そうなんだぴょん。どうか信じて欲しい。そうしてくれれば、恐いのから守ってあげられる。絶対に!」
返事はなかった。
代わりに、握っていた手が、より強く握り返された。
信用してくれたのだ。
安心してくれたという事だ。
「ありがとう、だぴょん」
卯月にとってそれは初めての経験だった。
誰かを護るという事、こちらを信じて貰えるという事。
普通の艦娘ならとっくに経験していた事を、卯月は今、初めて知ることができた。
信じてくれる。
たったそれだけで、何でもできそうな気がしてくる。
勿論油断はできないが、勇気が湧いてくる。
必ず護る。
そう誓い、卯月は再び走り出した。
子供を抱えながら戦場を走るのはかなり困難、な筈だった。
しかし、勇気を貰った卯月は、普段以上の力を発揮できていた。
何時もだと、一撃で処理できない相手でも、良い感じの所へ命中。
一発の砲弾で爆散していく。
心なしか、身体からキラキラしたものが出ている気もする。
良く分からないが、とにかく調子が良かった。
艦娘は一応、半神的存在だ。
だからなのか、心の持ちようがコンディションに大きく影響するのかもしれない。
まあ理由とかは何でも良い。
ガンビア・ベイの所へ急げるなら、何だって良かった。
勿論、救助部隊を探るのも忘れていない。
幸いなのか、追撃ルート上に救助部隊の艦載機が見える。
後少しで、索敵範囲に入れる。
そうすれば、向こうが人員を送ってくれる。
「後少しで、安全な場所へ保護できるぴょん。頑張って!」
背中でおんぶしている子供は、力なく頷いた。
仕方ないとはいえ、かなりの速度で走り続けている。
気分が悪くなってもおかしくない。
しかしもうちょっとだ、耐えて貰うしかない。
そのタイミングで、卯月は更なる『幸運』に出会った。
「……あ、ああ!」
「どうしたぴょん?」
「ママ!」
卯月は、すぐさま辺りを見渡した。
距離が近かったので、すぐ見つける事ができた。
フラフラと、血を流しながら歩いている女性がいた。
ガラスか何かで足を怪我したのだ。
あのままでは出血死してしまう、卯月は慌ててそちらへ向かう。
「そこの人! 大丈夫ですかっぴょん!?」
大声を出して呼びかける、女性もすぐ反応する。
最初は敵かと思い怯んだが、背中でおんぶしていた子供を見て、その顔を綻ばせた。
子供も背中から降りて、女性の所へ駆けていく。
何たる幸運か。
彼女は、この子供の母親だったのだ。
お互いに抱き合い、涙を流す。
感動の再会に卯月も涙した。
「ありがとうございます! ありがとうございます……!」
「お礼は早いぴょん。でも安心して、もう少し歩けば救助部隊の所へ行けるから! 後足怪我してるでしょ、二人ともおんぶするからハリーハリー!」
ぶっちゃけ時間は全然ない。
ガンビア・ベイは(多分)健在だし、核攻撃の時間は差し迫っている。
だが、ここまでやったんだから、この親子だけはちゃんと助けないといけない。
命令違反で懲罰を食らうかもしれないが、仕方がない。
卯月はしゃがむ。そして二人をおんぶしようと待機した。
「会いたかった……会いたかったわ……!」
「ママ……ママ……」
「離さないから、もう、離さない、離さない……」
「ママ……?」
まだかな?
感動の再会に水を差すのも気が引けるが、こっちは時間がない。
急いでと、言おうとした。
卯月は耳を疑った。
どうしてこの音が聞こえてくるのだ?
「離さない離さなイ離さナイ」
なんで、後ろから、
「離サナイはナサナイハナサナイナイナイナア゛ア゛ア゛!!!!」
骨が軋んでいく音がする。
肉が潰れる音がする。
卯月は真正面を向いたまま、背後へ主砲を叩き込んだ。
着弾の音がする。
固い装甲に当たる音が聞こえた。
振り返った時、そこにいたのは。
「バカな、どうなっている!?」
戦艦ル級が鎮座していた。
頭が混乱しきっている。
さっきまでいたのは親だった、目を離した隙に、深海棲艦がいた。
まさか、そういうことなのか?
いやそれよりも、子供は無事なのか。
「う、うぁぁぁぁぁぁ!」
不幸中の幸いか、子供は無事だった。
しかし、戦艦ル級に何かされたのか、胴回りに痣ができている。
内臓へダメージが入っている可能性がある。
だが、致命傷ではないなさそうだ。
速やかに治療をすれば、助け出せる筈だ。
このル級が何者なのかは思考の隅へと追いやった。
子供を護る為に主砲を向けた。
「ごめんなさい、でも、この子は護るから!」
戦艦クラスの敵だが、倒せない事はない。
否、此処で倒さなければ子供が殺られる。
ここで始末しなければならない。
纏うキラキラが、更に激しくなる。
トリガーを引けば、強烈な一撃がル級を貫くだろう。
しかし、致命の一撃は『背後』から飛んできた。
銃声が寒空に響き渡る。
「……えっ」
首筋に痛みを感じ、そこを摩る。
何かが突き刺さっていた。
銃弾の先端のようなものが、そこへ突き刺さっていた。
ル級と、子供の防衛に集中していたせいで、気づけなかった。
致命の一撃を受けたのは、卯月だった。
「え? あ……うあ?」
視界が揺らぐ。
平衡感覚が崩れ、立つことができない。
引っ繰り返り、頭部を地面に打ちつけてしまう。
墜落するような感覚。
敵の攻撃を受けたのだ。
何を撃ち込まれたかは分からないが、麻痺毒とか麻酔の類だろうか。
正体はどうでもいい。今はそれどころではない。
「い、まの……は……何処、から……?」
しかし、何処から攻撃されたのか。
ル級は動いていない。
攻撃してきたのはこいつではない。
だったら、一体何処の誰が攻撃してきたのか。
ザッザッザ……と、足音がした。
軽い。
艤装を背負っていたら、もっと重い足取りになる。
艦娘や深海棲艦ではない。
じゃあ、誰なのか。
「……まさ、か」
麻痺しかけた首をどうにか転がし、足音の方向へ向き直る。
「嘘、だろ」
敵がいた。
分厚いバトルドレスに身を包み、アサルトライフルと拳銃、防塵用のゴーグルを携えた──『人間』が、一歩ずつ接近していた。
卯月は状況を理解した。
以前も遭遇したあの連中だ。
反艦娘テロリストが敵に協力していたのだ。
敵が内地に潜り込めたのは、こいつらの手引きがあったからか?
その疑問は解決しない。
意識が混濁しているせいで、物事を深く考える事ができない。
「ぐ、ぅ、うう……!」
主砲を掲げるが、意識混濁及び麻痺により照準が定まらない。
しかも、敵は一人ではなかった。
複数人いる。
その上接近してこない。
ある一定の距離から、銃口を向けて取り囲もうとしてくる。
忘れてはならないが、敵は人間だけではない。
「アアアア゛! ワたしノ、ゴドドォォォ!」
ル級が、
子供を見る目線は、親のそれではない。
憎悪と狂気、悪意しかない──深海棲艦の赤い眼光だ。
どうすれば良い?
この半ば麻痺した身体で、迫るテロリスト共とル級から、どう子供を護ればいいのだ?
切り札を切るしかないのか。
しかし、
それでも、それに賭けるしかない。
「あ、ああ、アアアア゛ア゛ア゛!」
溜め込んだ憎悪を爆発させる、
感情が巻き込まれ、殺意という意思へ集約される──その瞬間、システムが作動する。
卯月のその姿を見た瞬間、敵がトリガーに指先を掛けた。
作動が早いか、撃たれるのが早いか。
その結果が露わになる。
その博打の結果は。
「どうもはじめまして……憲兵です」
憲兵隊──もとい、波多野曹長のエントリーだった。