前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第175話 希望

 あくまで任務優先。

 一度は子供を無視しようとした卯月だったが、その子が深海棲艦に殺されそうな事に気づき、救出へ行動を変えた。

 重巡リ級を始末し、子供の安全確保に成功。

 最悪の事態は回避できた。

 

 だが、卯月は困り果てた。

 

「ご、ごめんねー、うーちゃんお仕事があるから行かなきゃいけないんだぴょん」

「…………」

「ほら、迎えも来るから、ちょっと待つだけだぴょん」

 

 どれだけ言い聞かせても、スカートの裾を掴んだまま離さない。

 涙を流しながら、力なく首を横に振るだけ。

 

 卯月は失念していた。

 救出した後、この子をどうするのか。

 差し迫った状況故に、考える暇がなかったのだが、困ってしまう。

 

「救出部隊は来るだろうけど、それまで置き去りってのも……でもそうなるとうーちゃんの任務が……これ以上遅れるのは流石に」

 

 上空を見ると、飛鷹達以外の艦載機がチラホラ見える。

 その場で旋回している機体もいる。

 ああやって要救助者の位置を示しているのだ。

 放っておいても、救助は来てくれるだろう。

 

 ただ、それができるかと言われると、困難としか言いようがない。

 

 こんな死体塗れ、炎塗れ、敵塗れな場所に放置とか、心境的にできるものではない。

 

「……お姉ちゃん?」

「む……ぬぬぬ、流石にヤバいぴょん?」

 

 そうこうしている間に、ガンビア・ベイとの戦いは進んでしまう。

 役に立てるか分からないが、人手が多いに越したことはない、参戦しない理由はない。

 結果、卯月はどっちつかずの選択をした。

 

「よし、うーちゃんの背中に掴まるぴょん」

「う、うん……」

「全力でダッシュするから。ちゃんと掴まんなきゃダメだぴょん。さあ行くぞ!」

 

 宣言通り、卯月は全力で走り出した。

 向かう方向は当然、ガンビア・ベイ──の居場所は飛鷹の偵察機が示してくれている──の方向。

 そっちへ向けて、子供をおんぶしたまま走り出す。

 

 気遣いはゼロ。

 そこまでの余力はない。

 子供の方も、必死で卯月へしがみついていた。

 

 その姿には悲壮感があった。

 こんな所で独りになっていた子供にとって、卯月は漸く見つけた希望だ。

 それを離したら死んでしまう。

 絶対に離せない。

 お願いだから見捨てないで──その思いが悲壮感を感じさせたのだ。

 

 卯月は分かっていたが、速度を緩めることはできなかった。

 

 このままガンビア・ベイの方へ向かう。

 その間、上空を見ながら、護衛艦隊へ引き渡すチャンスを伺う。

 上には──敵の艦載機とやりあいながらだが──要救助者を探している偵察機が飛んでいる。

 それの索敵範囲内に入れば、向こうが気づいてくれる。

 

 ただ、それなりに接近する必要はある。

 救助に専念できる状況なら兎も角、今は同時に敵艦載機との戦闘も行っている。

 同時にやってるせいで、普段より捜索の『目』が狭まっているのだ。

 少なくとも、そこまでは卯月が運ぶ必要がある。

 

 見つけるより先にガンビア・ベイに到達しかけたら、そこで今度こそ置いていく。

 

 置き去りにもできない。

 敵への追撃をこれ以上遅らせる事もできない。

 両方ともやれる方法が、これぐらいしかなかったのだ。

 

「グスッ、うう……」

 

 涙が出そうな顔で、卯月をぎゅっと握る小さな手は、余りにも弱々しい。

 どれだけ不安で、辛かったのかが伝わってくる。

 それでもダメだ。

 今、この子を護る事はできない。

 

 しかし、落ち着かせてあげることはできる。

 

 卯月は抱き着いている子供の手を、逆に握り返した。

 

「安心するぴょん。うーちゃん達はあの化け物共をぶっ飛ばす為に来たんだぴょん。ちょっと目を瞑ってたら、その間にぜーんぶ終わってるぴょん!」

「……本当、なの?」

「さっき見たでしょ? あいつをうーちゃんが叩きのめすのを! このうーちゃんは強いんだぴょん!」

「お空、飛んでたよ?」

「スミマセン嘘吐きました良くてそこそこです」

 

 何故カッコ良く決まらないのだろうか? 

 子供にすら突っ込まれる有様である。

 その目線は妙に冷たい。

 

「でも倒したのは本当だぴょん。倒した時、安心したでしょ?」

 

 それは事実。子供は小さく頷いた。

 

「それと同じだぴょん。君を怖がらせる奴は、さっきみたいに全員ぶっ飛ばす。だから安心して良いんだぴょん。逆に、安心してくれるなら……もっとパワーを発揮できるから!」

「……へー」

「あらヤダ疑いの眼差し!?」

 

 嘘は言っていない。これは本当の本心だ。

 小さな子供が、自分を信じて安心してくれる。

 これで力を発揮できない艦娘はいない。

 どんな艦娘でも、凄まじいパワーを発揮できる筈だ。

 

「分からないかもしれないけど、そうなんだぴょん。どうか信じて欲しい。そうしてくれれば、恐いのから守ってあげられる。絶対に!」

 

 返事はなかった。

 代わりに、握っていた手が、より強く握り返された。

 信用してくれたのだ。

 安心してくれたという事だ。

 

「ありがとう、だぴょん」

 

 卯月にとってそれは初めての経験だった。

 誰かを護るという事、こちらを信じて貰えるという事。

 普通の艦娘ならとっくに経験していた事を、卯月は今、初めて知ることができた。

 

 信じてくれる。

 たったそれだけで、何でもできそうな気がしてくる。

 勿論油断はできないが、勇気が湧いてくる。

 必ず護る。

 そう誓い、卯月は再び走り出した。

 

 

 

 

 子供を抱えながら戦場を走るのはかなり困難、な筈だった。

 しかし、勇気を貰った卯月は、普段以上の力を発揮できていた。

 何時もだと、一撃で処理できない相手でも、良い感じの所へ命中。

 一発の砲弾で爆散していく。

 

 心なしか、身体からキラキラしたものが出ている気もする。

 

 良く分からないが、とにかく調子が良かった。

 艦娘は一応、半神的存在だ。

 だからなのか、心の持ちようがコンディションに大きく影響するのかもしれない。

 まあ理由とかは何でも良い。

 ガンビア・ベイの所へ急げるなら、何だって良かった。

 

 勿論、救助部隊を探るのも忘れていない。

 幸いなのか、追撃ルート上に救助部隊の艦載機が見える。

 後少しで、索敵範囲に入れる。

 そうすれば、向こうが人員を送ってくれる。

 

「後少しで、安全な場所へ保護できるぴょん。頑張って!」

 

 背中でおんぶしている子供は、力なく頷いた。

 仕方ないとはいえ、かなりの速度で走り続けている。

 気分が悪くなってもおかしくない。

 しかしもうちょっとだ、耐えて貰うしかない。

 

 そのタイミングで、卯月は更なる『幸運』に出会った。

 

「……あ、ああ!」

「どうしたぴょん?」

「ママ!」

 

 卯月は、すぐさま辺りを見渡した。

 距離が近かったので、すぐ見つける事ができた。

 

 フラフラと、血を流しながら歩いている女性がいた。

 

 ガラスか何かで足を怪我したのだ。

 あのままでは出血死してしまう、卯月は慌ててそちらへ向かう。

 

「そこの人! 大丈夫ですかっぴょん!?」

 

 大声を出して呼びかける、女性もすぐ反応する。

 最初は敵かと思い怯んだが、背中でおんぶしていた子供を見て、その顔を綻ばせた。

 子供も背中から降りて、女性の所へ駆けていく。

 

 何たる幸運か。

 彼女は、この子供の母親だったのだ。

 

 お互いに抱き合い、涙を流す。

 感動の再会に卯月も涙した。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます……!」

「お礼は早いぴょん。でも安心して、もう少し歩けば救助部隊の所へ行けるから! 後足怪我してるでしょ、二人ともおんぶするからハリーハリー!」

 

 ぶっちゃけ時間は全然ない。

 ガンビア・ベイは(多分)健在だし、核攻撃の時間は差し迫っている。

 だが、ここまでやったんだから、この親子だけはちゃんと助けないといけない。

 命令違反で懲罰を食らうかもしれないが、仕方がない。

 

 卯月はしゃがむ。そして二人をおんぶしようと待機した。

 

「会いたかった……会いたかったわ……!」

「ママ……ママ……」

「離さないから、もう、離さない、離さない……」

「ママ……?」

 

 まだかな? 

 感動の再会に水を差すのも気が引けるが、こっちは時間がない。

 急いでと、言おうとした。

 

 卯月は耳を疑った。

 

 どうしてこの音が聞こえてくるのだ? 

 

「離さない離さなイ離さナイ」

 

 なんで、後ろから、()()()()()()()()()? 

 

「離サナイはナサナイハナサナイナイナイナア゛ア゛ア゛!!!!」

 

 骨が軋んでいく音がする。

 肉が潰れる音がする。

 卯月は真正面を向いたまま、背後へ主砲を叩き込んだ。

 着弾の音がする。

 固い装甲に当たる音が聞こえた。

 

 振り返った時、そこにいたのは。

 

「バカな、どうなっている!?」

 

 戦艦ル級が鎮座していた。

 

 頭が混乱しきっている。

 さっきまでいたのは親だった、目を離した隙に、深海棲艦がいた。

 まさか、そういうことなのか? 

 いやそれよりも、子供は無事なのか。

 

「う、うぁぁぁぁぁぁ!」

 

 不幸中の幸いか、子供は無事だった。

 しかし、戦艦ル級に何かされたのか、胴回りに痣ができている。

 内臓へダメージが入っている可能性がある。

 だが、致命傷ではないなさそうだ。

 速やかに治療をすれば、助け出せる筈だ。

 

 このル級が何者なのかは思考の隅へと追いやった。

 

 子供を護る為に主砲を向けた。

 

「ごめんなさい、でも、この子は護るから!」

 

 戦艦クラスの敵だが、倒せない事はない。

 否、此処で倒さなければ子供が殺られる。

 

 ここで始末しなければならない。

 

 纏うキラキラが、更に激しくなる。

 トリガーを引けば、強烈な一撃がル級を貫くだろう。

 

 しかし、致命の一撃は『背後』から飛んできた。

 

 銃声が寒空に響き渡る。

 

「……えっ」

 

 首筋に痛みを感じ、そこを摩る。

 何かが突き刺さっていた。

 銃弾の先端のようなものが、そこへ突き刺さっていた。

 ル級と、子供の防衛に集中していたせいで、気づけなかった。

 

 致命の一撃を受けたのは、卯月だった。

 

「え? あ……うあ?」

 

 視界が揺らぐ。

 平衡感覚が崩れ、立つことができない。

 引っ繰り返り、頭部を地面に打ちつけてしまう。

 墜落するような感覚。

 

 敵の攻撃を受けたのだ。

 

 何を撃ち込まれたかは分からないが、麻痺毒とか麻酔の類だろうか。

 

 正体はどうでもいい。今はそれどころではない。

 

「い、まの……は……何処、から……?」

 

 しかし、何処から攻撃されたのか。

 ル級は動いていない。

 攻撃してきたのはこいつではない。

 だったら、一体何処の誰が攻撃してきたのか。

 

 ザッザッザ……と、足音がした。

 

 軽い。

 

 艤装を背負っていたら、もっと重い足取りになる。

 艦娘や深海棲艦ではない。

 じゃあ、誰なのか。

 

「……まさ、か」

 

 麻痺しかけた首をどうにか転がし、足音の方向へ向き直る。

 

「嘘、だろ」

 

 敵がいた。

 分厚いバトルドレスに身を包み、アサルトライフルと拳銃、防塵用のゴーグルを携えた──『人間』が、一歩ずつ接近していた。

 

 卯月は状況を理解した。

 

 以前も遭遇したあの連中だ。

 

 反艦娘テロリストが敵に協力していたのだ。

 

 敵が内地に潜り込めたのは、こいつらの手引きがあったからか? 

 その疑問は解決しない。

 意識が混濁しているせいで、物事を深く考える事ができない。

 

「ぐ、ぅ、うう……!」

 

 主砲を掲げるが、意識混濁及び麻痺により照準が定まらない。

 しかも、敵は一人ではなかった。

 複数人いる。

 その上接近してこない。

 ある一定の距離から、銃口を向けて取り囲もうとしてくる。

 

 忘れてはならないが、敵は人間だけではない。

 

「アアアア゛! ワたしノ、ゴドドォォォ!」

 

 ル級が、()()()()()()()()()()

 子供を見る目線は、親のそれではない。

 憎悪と狂気、悪意しかない──深海棲艦の赤い眼光だ。

 

 どうすれば良い? 

 この半ば麻痺した身体で、迫るテロリスト共とル級から、どう子供を護ればいいのだ? 

 切り札を切るしかないのか。

 しかし、D-ABYSS(ディー・アビス)を作動させても、麻痺が消える確証はない。

 

 それでも、それに賭けるしかない。

 

「あ、ああ、アアアア゛ア゛ア゛!」

 

 溜め込んだ憎悪を爆発させる、

 感情が巻き込まれ、殺意という意思へ集約される──その瞬間、システムが作動する。

 

 卯月のその姿を見た瞬間、敵がトリガーに指先を掛けた。

 作動が早いか、撃たれるのが早いか。

 その結果が露わになる。

 

 その博打の結果は。

 

「どうもはじめまして……憲兵です」

 

 憲兵隊──もとい、波多野曹長のエントリーだった。

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