前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第176話 約束

 子供を救出しただけではなく、親を発見することにも成功した卯月。

 親子を連れて救出部隊へ引き渡せば、もう心配は何もない。

 そう思っていた。

 だが、それは想定外の形で裏切られる。

 

 親がいなくなっていた。

 

 代わりにいたのは戦艦ル級だった。

 

 親は何処へ行ったのか? 

 分かり切った問いに、敢えて答えを出さず、卯月はル級の排除を試みた。

 

 しかし、そこへ更なる奇襲を受け、卯月は動けなくなってしまった。

 

 深海棲艦ではない。

 人間の奇襲。

 反艦娘テロリストの不意打ちを受けてしまったのだ。

 

 万事休すかと思われたその時、『彼』の声が聞こえた。

 

「どうもはじめまして。憲兵です」

 

 憲兵隊、あきつ丸の上官──波多野曹長がテロリスト共の背後でお辞儀をしていた。

 

 何故こいつはお辞儀をしているのだ? 

 テロリスト達は疑問に思った。

 答えはでなかった。

 考える為の、頭が無くなっていたからだ。

 

「反艦娘テロリスト死すべし。慈悲はない!」

 

 槍のような手刀が頭部を跳ね飛ばす。

 既に波多野曹長は、敵の懐に入っていた。

 

 残るテロリストが銃口を向ける。

 

 その瞬間、曹長は直立姿勢から唐突にサマーソルトキックを繰り出した。

 手に持っていたアサルトライフルが持っていかれる――どころか、持っていた腕そのものキックの勢いで捥がれ、ショック死した。

 

「返却だ」

 

 足で奪ったライフルを、空中キックで叩き返す。

 銃弾ではなく、銃本体が撃ち込まれる。

 テロリストの一人はは、胴体に銃型の穴を空けられて絶命した。

 

「無抵抗の艦娘しか殺せないのか。それでよく艦娘反対とほざくことができる。イ級にすら劣る知能とは。いっそ関心したぞ」

 

 波多野曹長は風となって消えた。

 怯んでしまったテロリストにはもう何もできない。

 一方的な処刑を待つだけである。

 

 だが、敵はテロリストだけではない。

 

 卯月にとって目下の危機は、眼前の戦艦ル級なのだ。

 

「オアアアア゛ア゛ア゛!?」

 

 子供を護らなければならない。

 憲兵隊は強いが、深海棲艦には無力だ。

 人間の攻撃では、どれだけダメージを与えても、即再生してしまう。

 今、わたしがやらなければならない。

 

 なのに、思うように体が動かない。

 毒が効いてしまっている。

 主砲の照準が合わない。

 持ち上げる事すらままならない。

 

 まさか、護れないのか? 

 子供一人すら、私は護れないのか!? 

 

 絶望しかけたその時──ル級の動きが静止した。

 

「最適でありますな」

 

 彼女の声が聞こえた。

 当然だった。

 波多野曹長がいるなら、『彼女』だっていて当然だった。

 

「瓦礫が多数、突起物も多数。つまり、このあきつ丸に最適な戦場という訳であります」

 

 後ろの方から歩いてくる音がする。

 頑張って首を動かす。

 彼女は卯月に気が付くと、とても愉快そうに微笑んだ。

 

「あきつ丸……?」

「実に無様な姿でありますな……で、何故こんなところに? おっとそれは先にコレを始末してからでありますな」

 

 あきつ丸が腕を振り上げた。

 同時に、ル級の腕が千切れ飛んだ。

 

 一体何が起きたのか? 

 卯月は理解できなかった。

 ル級も理解できなかった。

 ただ激痛と怒りのまま、考えなしに主砲を放った。

 

 戦艦クラスの一撃が至近距離から飛来。

 なのに、あきつ丸はその場から動かない。

 

「流石にではありますが」

 

 動く必要がなかったからだ。

 

 砲弾は空中で静止した。

 

「陸地で、揚陸艦が敗北するなど、あってはならないのでありますよ」

 

 指先で、弾くような仕草を行う。

 静止していた砲弾が、ル級の方向へ跳ね返された。

 それの直撃を受け、ル級は爆発と共に燃え上がった。

 

「……終わった?」

 

 かなり早く危機から脱することができた。

 早すぎて、ちょっと呆気に取られていた。

 そこへ、テロリストの殲滅を完遂した波多野曹長がやって来る。

 

「あきつ丸」

「はい」

「苦しませるな。速やかに終わらせるべし」

「了解であります」

 

 波多野曹長が、倒れ伏している子供の前に立つ。

 それを確認してから、あきつ丸が指先を激しく動かす。

 

 燃えていたル級が、細切れになった。

 

 頭部も胴体も輪切りに──更に、みじん切りに。

 

 そして残骸は、光の粒子となって消えた。

 

「……あの、ル級は……まさか」

 

 まさか、も何もない。

 卯月は察していた。

 だが、心でそれを認めることができなかった。

 そんな訳がない。

 あんなのはただの見間違いだ。

 

 それが、都合の良い言い訳だと自覚していても。

 

「卯月さん。身体は大丈夫か」

「……曹長さん、来てたのか、ぴょん」

「テロリストがいるとの情報だ。まさかここまでやるとは想定外だったが」

 

 話しながら曹長は卯月を触診していた。

 懐から注射を取り出し、それをあきつ丸に渡す。

 

「頼んだ。わたしは子供を見る」

「了解であります」

「……それは?」

「解毒剤であります。テロリストが撃ち込んだ麻痺毒の。放っておいても解毒されますが、早いに越したことはありませんし」

 

 あきつ丸が卯月の首筋に注射針を打ち込む。

 鋭い痛みが走る。

 その後、直ぐに動けるようになった。

 

「おお、楽になったぴょん」

「かなり効きが早いでありますね。いや、問題はありませんけども」

 

 これはそんなに早く効果を発揮する薬ではない。

 しかし薬効には個人差がある。

 そういうものだと、あきつ丸はとりあえず思考を打ち切った。

 

 一方動けるようになった卯月は、ふらつく足取りを堪えて、波多野曹長の元へ──彼が今見ている子供の所へ向かう。

 

「……大丈夫かな」

 

 結局、あの子の前でル級を戮してしまった。

 あのル級が何だったのかは言うまでもない。

 きっとショックを受けている。

 そんなことできるか分からないが……できる限り、安心させてあげたかった。

 

 あの子とそう約束したからだ。

 

「卯月さん。どうした」

「その子が心配で、大丈夫かなって思ったんだぴょん」

「そうか。容態は……良くはない」

 

 子供の顔は青ざめ、脂汗でびっしょりとしている。

 弱々しく震え、息もかなり荒かった。

 

 何よりも、『声』が聞こえる。

 

「見ての通りだ。ル級に受けたダメージで相当ショックを受けている」

「思いっきり握られてたからね……ミンチにならなかった分、まだマシっちゃマシかっぴょん……」

「しかし、致命傷になるようなダメージはない。安心して良いだろう」

 

 治療をする必要はある。

 幸い彼らに会えたから、子供を託す事ができる。

 そして卯月はガンビア・ベイ追撃に向かう。

 これで一件落着だ。

 

「ところで波多野曹長」

「なんだ」

「その注射器、中身何だぴょん」

 

 『声』が聞こえていなければ。

 

「…………」

 

 波多野曹長は躊躇した。

 何故なら、それは本来、艦娘にしてはならない話だから。

 しかし、卯月──を含んだ前科組──は例外となる。

 彼女達は前科持ちであるが故に、そういう『配慮』が設けられていない。

 

 だから話せる。

 

 躊躇しているのは、偏に波多野曹長自身の良心によるものだった。

 

 これを卯月に話して良いのか。

 誤魔化す事はできる。

 だがそれは、『敬意』に反する。

 

「曹長、もう、()()()()()()()()()()()。聞こえる筈のない『鳴き声』が……その子から、聞こえ始めている」

「ならば、何故聞く」

「情けない話だけど、聞かなきゃ、心で認める事ができないから。聞いたり見たりしないと、現実を受け止める覚悟ができないんだぴょん」

 

 だが、だからと言って、卯月が受け止める事ができるのだろうか? 

 それは、話してみなければ分からない。

 波多野曹長は、『敬意』を払う事に決めた。

 

 『心』へではなく、『覚悟』に対して『敬意』を向けた。

 

「あきつ丸。私は触れる事ができない」

「良いんでありますね?」

「そうだ。その子を上着を脱がしてくれ」

「……了解であります」

 

 あきつ丸も、普段の愉悦さは一切表に出さなかった。

 心の奥底では色々思っているが、周りの気持ちが分からない狂人ではない。

 命令に従い、上着を脱がす。

 

「注射器の中身は、安楽死用の毒薬だ。これからそれを、この子に打ち込む」

 

 毒、という単語。

 卯月は意外とは思わなかった。

 

「毒を、この子に?」

「そうだ、この子供を殺す事こそが、私の仕事なのだ」

 

 親を失い、逃げ惑う子供を殺すと波多野曹長は宣言した。

 その理由は、現在進行形で進んでいる。

 

「……なんてこった」

 

 『イ級の顔面』があった。

 

 上着を脱がせた子供の身体から、『イ級』が生えつつあったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが呻き声を上げる。

 さっきから聞こえていたと同じだ。

 

「聞こえてた、変な声は、これなのか」

 

 腫瘍のようにイ級が広がっている。

 その口から悍ましい声がする。

 何故こんな事になっているのか、分からない──等あり得ない。

 卯月は既に目撃している。

 人が消えて、代わりに戦艦ル級が現れた光景を。

 

 どうしても、心が認めようとしなかった。

 

 しかしこれは現実。

 

「この子は、深海棲艦になりつつある」

 

 卯月の心は奈落へ突き落とされた。

 

 

 

 

 深海棲艦は怨念である。

 その為、全身が呪詛の塊として存在している。

 しかし、艦娘は相反する存在の為、即汚染される事はない。

 

 全く呪われない訳ではないので、帰投後に入渠等で身体を清める必要はあるが、言ってしまえば()()()()で済む。

 

 では、人間が呪われた場合は? 

 

 答えが眼前の光景だった。

 

「『呪い』だ」

「呪いって、深海棲艦の……?」

「そうだ。それに感染した人間は()()()()()()()

「じゃあ、あの、ル級は……やっぱり、そうだったのか」

 

 見間違いではなかった。

 あきつ丸により処分されたル級もまた元人間。

 あの子の母親だった。

 再会した直後に、深海棲艦化したのだ。

 

「だが最大の脅威は、『呪い』の広がり方にある。この『呪い』は接触感染で広がっていく。深海棲艦に触れれば感染。深海棲艦化した人間に触れても感染する。ネズミ算式に無尽蔵に犠牲者が増えていくのだ」

 

 接触、という言葉で卯月は気が付いた。

 

「この子は、そうだ……触れられていた、お母さんに……」

「その時感染したのかもしれぬ。もしくは。逆だったのかもしれぬ。呪いの浸食速度には個人差があるのだ」

「母親と再会した時は、まだ『潜伏期間』だったのかもしれないであります」

 

 確かに、体調が悪そうな感じはした。

 まさかあの時点で既に?

 そう思った卯月は首を振る。

 今となってはどちらでもいい。

 重要なのは別のことだ。

 

「この子は、助けられないの?」

「……呪いは、()()()()()()()()()のどちらかしかない。浸食速度は確かに違う。だが最後は絶対に深海棲艦化する」

「呪いを、解く手段は」

「残念だが、今の私達には、その技術がない。だからこれを打つのだ」

 

 曹長は一瞬だけ目を伏せた。

 

 あきつ丸も、顔を見せないよう帽子を深く被ったままだ。

 

「……呪いが広がっている。変異まで後一分もない」

 

 子供の呪いは止まらない。

 拳大だったのが、もう身体全体の三分の一を覆っている。

 挙句、変異には恐ろしい苦しみが伴う。

 もう息もできず、か細い呼吸で震えている。

 

「打つぞ」

 

 防護服を着ていても、変異部位への接触は危険。

 まだ無事な部分に触れて、首筋に注射を刺そうとした。

 それを卯月が止めた。

 

「卯月さん。時間がないのだ。もう打つ──」

「貸してください」

「……何?」

「それ、打つので、ください」

 

 波多野曹長は耳を疑った。

 こんな業を態々背負うのは、自分達憲兵隊だけで良いというのに。

 何故、そんな事を言うのか理解できない。

 

「駄目だ。感染者の処理は我々憲兵隊の仕事だ。お主にさせる訳には」

「私とこの子の約束なんです。もう時間はないんでしょう……お願いします。私がやるべきことなんです」

 

 理由はあることは理解した。

 だが、彼女にこれをさせて良いのか。

 曹長はまだ決断できない。

 呪いを伝えた時の様に、また躊躇する事になる。

 

 その時、声が聞こえた。

 

「……助けて……お姉、ちゃん……」

 

 もう眼も見えてない。黒ずんだ腕を伸ばしながら、その子が助けを乞う。

 

「……曹長さん。どうかお願いします。護るって約束したんです。私は、この子との約束を破りたくない。最後まで……護りたいんです」

 

 波多野曹長には分からなかった。

 卯月に人殺しの業をこれ以上背負わせて良いのだろうか。

 それとも、この子供の望みを叶えるべきなのか。

 

「分かった」

 

 正しい選択は分からなかった。

 この場にいる誰にも、いない者にも決めることはできなかった。

 

 分かるのは一つの事実。

 艦娘という存在は、誰かを護る為にあるという事。

 

 注射針を受け取った卯月は、子供に膝枕をしながら、優しく頭を撫でる。

 

「どこ……見えない、よ……」

「ここだぴょん、お姉ちゃんは此処にいる。手を握ってあげるぴょん!」

「……お姉ちゃん」

「暖かい? 触ってるの分かる?」

「……うん」

「良かったぴょん。さ、そのまま目を閉じちゃって……そら、これで痛いのも消える」

 

 空の注射針が床に転がった。

 

「…………大丈、夫、なの……?」

「前言ったぴょん。君を恐い目には一つだって遭わせない。どんな苦しみからだって護ってあげるって。そう信じて良いんだぴょん。そろそろ痛みもなくなってきたでしょ」

「…………本当、だ……」

「でしょ? だから、安心して良いんだぴょん! 。恐い目に遭ったから疲れただけ。眠っている間に全部終わってる。起きたらママと一緒だぴょん!」

「…………ママ……だ……」

 

 もう子供は何も見ていない。

 何も感じていない。

 ただ、小さな手が強く握られていた。

 

「……お姉ちゃん、が、ね………………」

 

 言葉はもう発されなかった。

 しかし、高い聴力を持つ卯月には、ちゃんと聞こえていた。

 卯月は子供を抱えたまま、独り呟いた。

 

「……『護ってくれたんだ』。かぁ」

 

 卯月は約束を果たした。

 どんな苦しみからも護るという約束を、やりきったのだ。

 だが命は失われた。

 それが絶対の現実だった。

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