約束は果たした。
その場から動きたくなかった。
蹲っていたかった。
だが、時間が待ってくれない
「……ガンビア・ベイを、追わなきゃ」
本来の任務はそちらだ。
救助はついで。
一刻も早く敵を始末し、核発射を止めなくてはならない。
「曹長、核は、今どうなってるのか知ってる?」
「同盟国からの核か。まだ発射されていない。無事な人間が避難し切れていないからだ。各省庁が工作を行い、発射をどうにか遅延させてくれているが、時間の問題には変わりない」
一先ず卯月は安堵した。
しかし時間の問題だ。
このままでは、遅かれ早かれ核は発射される。
「この子は、どうすれば」
「私が預かろう。責任を以って弔う……元々、この子を終わらせなければならなかったのは、私なのだから」
「ありがとだっぴょん」
こんなところに放置なんてできない。
だから、曹長の申し出はありがたかった。
「……どうせだから聞きたいんだけど」
「なんだ、時間はないぞ」
「簡潔だから大丈夫。安楽死の薬なんて持ってたのは、
曹長は頷いた。
卯月は憲兵隊の仕事を理解した。
掃討こそが、憲兵隊の任務なのだ。
「呪いの蔓延を防ぐ為には、感染者を全員処分する必要がある」
もしも、感染者が一人でも封鎖区画の外へ出てしまったら。
そこから深海棲艦が爆発的に増えていく。
封鎖しきれないレベルで、被害区域が拡大していく。
やがて、国が──そして世界が終わる。
そうなる前に止める必要がある。
「掃討部隊……か。納得したぴょん」
「呪われてない人間は救助する。だが殺さなければならない時はある。これはその時の為にある」
感染者も犠牲者だ。
苦しめて良い理由はない。
せめて安らかに死んで貰う。
それが、今の大本営ができる精一杯なのだ。
「……敵は、ガンビア・ベイは、ここまでしてまで、大将達を殺したいんだね。感心できるぴょん」
「実際、時間さえ稼ぎきれれば、これ以上ない暗殺手段でありますからねぇ」
「どういう事だぴょん」
あきつ丸は、指を三本立てた。
「直接、呪い、核。この三つ。さあ分かったでありますね?」
卯月は十分理解した。
子供を殺してしまった事で、蓄積されていたドス黒い感情が更に積み重なった。
深海棲艦を出現させて、呪いを撒く事。
そして核を発射させる事。
その状況こそが、敵の目的だ。
「何人、どれだけの人を、巻き込んで……」
「……え、あの卯月殿!?」
「ありがとう曹長、あきつ丸、うーちゃん行くぴょん。助けれくれてありがとだぴょん」
「ストップストップ卯月殿!」
あきつ丸は突然卯月を静止した。
しかし、卯月はそれを無視して去ってしまった。
敵の方向へ。
ガンビア・ベイの方向へ。
「何故止めようとしたのだ。あきつ丸さん」
「曹長殿、見えていなかったのでありますか!? あ、なる程、角度的に見えたかったという事で……」
「何を慌てている。お主らしくもない。一体どうしたと言うのだ」
普段のあきつ丸は、端的に言って外道である。
人の不幸を心の底から喜び、愉悦を感じるド畜生である。
その為、飄々とした態度を崩さない。
そのあきつ丸が、脂汗を流し、顔を青ざめて動揺していた。
「……穴、でした」
「穴?」
震えながら、あきつ丸は口を開いた。
「一瞬、穴が空いていました」
「どこにだ」
「艤装に」
「誰の」
「卯月殿の、艤装に……『穴』が」
卯月の向かった方向を見る。
もう見えない、炎の中へと消えている。
真偽は確認できなかった。
「見間違いではないのか。艤装に穴など空いていたら、機能に支障が出ている」
「ええ、そうだと思うのですが……」
「気になってしまう、という事か」
「……分からないのであります。何故、穴如きで、ここまで身体が震えるのか。勝手に震えてしまうのであります!」
あきつ丸だけでなく、波多野曹長も、得体の知れない悍ましさが、肌にべったりとへばりつくのを感じていた。
しかし、そうしている時間はない。
謎の感覚を抱えたまま、感染者の掃討の為、燃える街並みへと消えた。
幸いと言っていいのか分からないが、波多野曹長と別れた場所と、ガンビア・ベイの場所は比較的近かった。
然程走らずに目的地へと到達する。
しかし、辿り着くまでに、何度も吐き気を堪えた。
今までのように、次々と襲い掛かってくるイロハ級。
さっきまでは、何とも思わなかった。
躊躇なく抹殺していた。
それが、発狂しそうな程の苦痛を齎す。
殺す事はできる。
襲ってくる以上、倒さない選択肢はない。
だが、心の奥底が悲鳴を上げていた。
この襲い掛かってくる敵の内、いったい何体が
そう思わずにはいられない。
核発射阻止の為、殺戮は仕方がないが、想像以上に重い感覚が圧し掛かる。
呪われた人間は深海棲艦になる。
卯月は大本営がこの事実を隠す理由を察した。
大半が戦えなくなるからだ。
艦娘は、誰かを護る為に存在している。
誰かを護る為に、今まで沈めてきた敵の正体が、人間だったとしたら?
勿論、自然発生タイプの方が大半を占めているだろう。
けど、やはり人間だったのかもしれない。
そういう可能性があるだけで、心の持ちようは揺れ動く。
真実を知っただけでも、艦娘の心に、大きなショックを残すだろう。
個体によってはショックに耐え切れず、海に出られなくなるかもしれない。
戦えたとしても──戦闘に確実に支障をきたす。
だったら隠しておいた方が良い。
大本営の判断は正解だと、卯月は思った。
こんな思いを抱えながら戦える人は、多分多くない。
今の卯月も、かなり辛い思いを抱えている。
戦闘なんて辞めたいが、そうしたら核が発射されてしまう。
それを止める為に、心に鞭を打ちながら、イロハ級を殲滅し卯月は進む。
やがて、卯月はその姿を視界に収めた。
「見つけたぞ……ガンビア・ベイ……っ!」
殺意を我慢なんて、もう不可能だった。
目に
「卯月! 遅いわよ! 一体何やってたの!」
「うるさい、聞かないで欲しいぴょん! それよりそっちはどうなんだぴょん、ガンビア・ベイは始末できたのか!?」
「できればとっくにやってるわ!」
先行していた満潮は無事だ。
多少怪我はしているが、戦闘への支障はなさそうだ。
あんなインチキスペック相手に、大きなダメージ無しで戦えているのは凄い事だと思った。
しかし、手放しでは喜べない。
「ひぃ!? う、卯月、ま、また来たんですか……何で来るんですか、
「……殺ス」
「ひゃぁぁぁぁ!?」
解放された殺意にあてられて、ガンビア・ベイが情けない悲鳴を上げる。
「一々癇に障る悲鳴だぴょん。キンキンうるさいし、黙らせてやる!」
かなり遠方にいるが、システムで強化された身体能力があれば、この程度の距離は一瞬で詰められる。
そう思い、足に力を込めて走り出す。
主砲の射程距離に収める事ができれば、攻撃ができる。
「来ないでください!
しかしガンビア・ベイは、飛行甲板のついた銃を構えた。
「LLLL
そこから多くの艦載機が発艦していく。
ガンビア・ベイだけではなく、海外系列の空母に多く見られる、銃火器型兵装の発艦方法だ。
弓や式神を介さない分、発艦速度では勝る。
「こんなもの、撃ち落としてやる。うーちゃんを止められる訳がな」
「違う卯月、あいつから目を離しちゃダメ!」
「え?」
卯月の視界に艦載機が入り込み、それにガンビア・ベイが隠れ、見えなくなった──その直後の事だった。
「嘘!?」
ガンビア・ベイが消えた。
ステルス迷彩を起動させたのだ。
「いや! 確か、動いたら迷彩は解除される筈。あいつはさっきまでいた場所にいる。即ちバレバレって事だっぴょん!」
先程までいた場所は覚えている。
卯月はそこに主砲を叩き込む。
距離が離れているので、威力は下がるが、牽制にはなる。
ところが、砲弾は何にも当たらなかった。
「何でだぴょん」
「バカ! あいつはもう移動してる! 見失った時の一瞬で、とんでもない距離を移動してんのよ!」
「そうだ、あいつは、逃げ足が凄く早かったんだぴょん!」
最初に交戦した時、ガンビア・ベイは信じ難い速度で逃げていた。
その事を思い出し、舌打ちをする。
卯月の考え通りではなる。
ガンビア・ベイのステルス迷彩は、少しでも動くと解除されてしまう。
だから彼女は、
ステルス迷彩ではない。
卯月達の視界が、艦載機によって塞がり、自分の姿が直視できなくなっている間に一気に移動。
艦載機が移動し、再び直視できそうになった瞬間、ステルス迷彩を発動。
そうやって逃亡を続けていたのだ。
「クソ、あいつは何処へ消えたんだっぴょん!」
卯月は、面倒な事になったと焦る。
原理は不明だが、ステルス迷彩中は、艤装の作動音といった音まで聞こえ難くなる。
足音を追跡する事はできるが、予め集中していればの話。
今この瞬間は、完全に見失ってしまっていた。
「このうーちゃんの地獄耳を舐めるなよ。頑張って集中すれば、ステルス中でも音は拾えるんだぴょん!」
「セリフが長い! 艦載機は防ぐから、さっさとしなさい!」
「酷いぴょん」
卯月は耳に手を当て、ガンビア・ベイが消えた周辺を探る。
そこへ、視界妨害を行っていた艦載機が襲い掛かる。
ガンビア・ベイからしたら、卯月はステルス迷彩を、聴覚によって破ってくる天敵だ。
その為、真っ先に狙われる。
それを防ぐべく、満潮が対空気銃を乱射、空襲を食い止める。
しかし、満潮の悪寒は止まらかった。
違和感があるのだ。
「……これで抑えられるってところが不気味ね」
一応、航空巡洋艦でしかない最上でさえ、あの規模の空襲ができた。
軽空母に属するガンビア・ベイなら、もっと規格外の空襲ができる筈。
駆逐艦一隻では、絶対に抑えられない規模の攻撃ができる。
なのに、今は満潮一人で阻止できている。
満潮は一瞬、上空を見上げた。
高高度で確認しにくいが、飛鷹達の航空隊と、ガンビア・ベイの航空隊がぶつかりあっている。
制空権は拮抗──否、ややこちらに優勢だ。
お陰で空襲はマシになっている、一人の対空砲火でどうにかできるぐらいに抑えられている。
だが、それでも、それだけとは思えなかった。
手加減はあり得ない。
別の目的があるのか?
目的が何であれ、見失ったらどうしようもない。
今は卯月の防衛に専念すべき。
激しい対空砲火が、大気を打ち鳴らす。
その最中、卯月は
「見つけた、そこだぴょん!」
音が聞こえた場所へ砲撃する。
だがそこは、先程までガンビア・ベイがいた場所より、50メートル以上離れた場所だった。
そこに手ごたえを感じた。
「そんな!
卯月は絶句した。
見失ったのは、コンマ数秒にも満たない。
たったそれだけの時間で、50メートル以上の距離を移動してたのだ。
もし『数秒』見失ってしまえば──卯月は戦慄した。
完全な逃亡を許す。
再発見までの猶予はない。
核発射のスイッチが押される。
「卯月! 今度は見失っちゃダメ、絶対に目を離すな!」
「分かってるぴょん。もし、こいつが、この封鎖区画の外に出てしまったら、きっと核は一発じゃ済まなくなる!」
「……核? 核、ですって!?」
卯月の言葉に、突然動揺しだしたのは、ガンビア・ベイだった。
「あ゛?」
「嘘嘘嘘!? どうして核が、
「お前、ふざけてんじゃぁねーぞ! お前が此処に、呪いをばら撒いたからこうなってんだろうが! 大将達だけを狙うならまだしも、民間人まで撒きこみやがって!」
「ち、違います! d、
「信じる訳ねーだろがっぴょん!」
「
どこまでクソなんだ?
秋月とも、最上との違うベクトルでのド外道。
言葉を聞いているだけで神経が苛立つ。
一刻も早く黙らせたい。
「ヤダ、
再び距離を詰めて、至近距離から主砲を叩き込もうと試みる。
軽空母は中波まで追い込めば無力化できる。
そこまでできれば、十分だ。
その時上から、『何か』が落ちてくる音が聞こえた。
「満潮アイツを監視してて!」
「良いけど、どうしたの急に!」
「何かが落ちる、微かだけど、音が聞こえたぴょん!」
一瞬でも見失えば、ガンビア・ベイは隠れてしまう。
だが見続けていれば、追跡できる。
満潮に監視を頼み、卯月は上空のそれを排除しにかかる。
此処まで、落下してくる音に気づかなかったという事は、来ているのはステルスの艦載機だ。
あれは何故か、接近に伴う音まで減らす事ができる。
ギリギリまで近づくまで、聞き取っての探知も難しい、厄介な敵だ。
だが、所詮は艦載機、迎撃すれば問題ない。
そう思った時、異変に気付いた。
落下音が、今まで聞いてきた、ステルス艦載機の音
それに加えて、もっと別の──体積が大きい『何か』が落下してくる様な、聞いたことのない音が混じっていた。
卯月が顔を上げた瞬間、落下物のステルス迷彩が解けた。
「……は?」
落下してきていたのは、ステルス艦載機だけではなかった。
艦載機は、『それ』を爆弾の様に抱えながら、落下してきていたのだ。
ステルス艦載機に運ばれていた『それ』も、同じように透明になっていたのだ。
落下物が、卯月の眼前へ落ちてくる。
「どうして、何の意味が!?」
それを見た卯月の殺意もまた、同じように『奈落』へ向かう。
「なんで『人』を落としてくるんだぴょん!?」
艦載機に運ばれて、何十人もの人間が、地面へと叩き落された。