前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第177話 逃げの一手

 約束は果たした。

 その場から動きたくなかった。

 蹲っていたかった。

 だが、時間が待ってくれない

 

「……ガンビア・ベイを、追わなきゃ」

 

 本来の任務はそちらだ。

 救助はついで。

 一刻も早く敵を始末し、核発射を止めなくてはならない。

 

「曹長、核は、今どうなってるのか知ってる?」

「同盟国からの核か。まだ発射されていない。無事な人間が避難し切れていないからだ。各省庁が工作を行い、発射をどうにか遅延させてくれているが、時間の問題には変わりない」

 

 一先ず卯月は安堵した。

 しかし時間の問題だ。

 このままでは、遅かれ早かれ核は発射される。

 

「この子は、どうすれば」

「私が預かろう。責任を以って弔う……元々、この子を終わらせなければならなかったのは、私なのだから」

「ありがとだっぴょん」

 

 こんなところに放置なんてできない。

 だから、曹長の申し出はありがたかった。

 

「……どうせだから聞きたいんだけど」

「なんだ、時間はないぞ」

「簡潔だから大丈夫。安楽死の薬なんて持ってたのは、()()()()()()()()()かぴょん?」

 

 曹長は頷いた。

 卯月は憲兵隊の仕事を理解した。

 掃討こそが、憲兵隊の任務なのだ。

 

「呪いの蔓延を防ぐ為には、感染者を全員処分する必要がある」

 

 もしも、感染者が一人でも封鎖区画の外へ出てしまったら。

 そこから深海棲艦が爆発的に増えていく。

 封鎖しきれないレベルで、被害区域が拡大していく。

 やがて、国が──そして世界が終わる。

 そうなる前に止める必要がある。

 

「掃討部隊……か。納得したぴょん」

「呪われてない人間は救助する。だが殺さなければならない時はある。これはその時の為にある」

 

 感染者も犠牲者だ。

 苦しめて良い理由はない。

 せめて安らかに死んで貰う。

 それが、今の大本営ができる精一杯なのだ。

 

「……敵は、ガンビア・ベイは、ここまでしてまで、大将達を殺したいんだね。感心できるぴょん」

「実際、時間さえ稼ぎきれれば、これ以上ない暗殺手段でありますからねぇ」

「どういう事だぴょん」

 

 あきつ丸は、指を三本立てた。

 

「直接、呪い、核。この三つ。さあ分かったでありますね?」

 

 卯月は十分理解した。

 子供を殺してしまった事で、蓄積されていたドス黒い感情が更に積み重なった。

 深海棲艦を出現させて、呪いを撒く事。

 そして核を発射させる事。

 その状況こそが、敵の目的だ。

 

「何人、どれだけの人を、巻き込んで……」

「……え、あの卯月殿!?」

「ありがとう曹長、あきつ丸、うーちゃん行くぴょん。助けれくれてありがとだぴょん」

「ストップストップ卯月殿!」

 

 あきつ丸は突然卯月を静止した。

 しかし、卯月はそれを無視して去ってしまった。

 敵の方向へ。

 ガンビア・ベイの方向へ。

 

「何故止めようとしたのだ。あきつ丸さん」

「曹長殿、見えていなかったのでありますか!? あ、なる程、角度的に見えたかったという事で……」

「何を慌てている。お主らしくもない。一体どうしたと言うのだ」

 

 普段のあきつ丸は、端的に言って外道である。

 人の不幸を心の底から喜び、愉悦を感じるド畜生である。

 その為、飄々とした態度を崩さない。

 

 そのあきつ丸が、脂汗を流し、顔を青ざめて動揺していた。

 

「……穴、でした」

「穴?」

 

 震えながら、あきつ丸は口を開いた。

 

「一瞬、穴が空いていました」

「どこにだ」

「艤装に」

「誰の」

「卯月殿の、艤装に……『穴』が」

 

 卯月の向かった方向を見る。

 もう見えない、炎の中へと消えている。

 真偽は確認できなかった。

 

「見間違いではないのか。艤装に穴など空いていたら、機能に支障が出ている」

「ええ、そうだと思うのですが……」

「気になってしまう、という事か」

「……分からないのであります。何故、穴如きで、ここまで身体が震えるのか。勝手に震えてしまうのであります!」

 

 あきつ丸だけでなく、波多野曹長も、得体の知れない悍ましさが、肌にべったりとへばりつくのを感じていた。

 しかし、そうしている時間はない。

 謎の感覚を抱えたまま、感染者の掃討の為、燃える街並みへと消えた。

 

 

 

 

 幸いと言っていいのか分からないが、波多野曹長と別れた場所と、ガンビア・ベイの場所は比較的近かった。

 然程走らずに目的地へと到達する。

 

 しかし、辿り着くまでに、何度も吐き気を堪えた。

 

 今までのように、次々と襲い掛かってくるイロハ級。

 さっきまでは、何とも思わなかった。

 躊躇なく抹殺していた。

 

 それが、発狂しそうな程の苦痛を齎す。

 殺す事はできる。

 襲ってくる以上、倒さない選択肢はない。

 

 だが、心の奥底が悲鳴を上げていた。

 この襲い掛かってくる敵の内、いったい何体が()()()なのか? 

 そう思わずにはいられない。

 

 核発射阻止の為、殺戮は仕方がないが、想像以上に重い感覚が圧し掛かる。

 

 呪われた人間は深海棲艦になる。

 卯月は大本営がこの事実を隠す理由を察した。

 

 大半が戦えなくなるからだ。

 

 艦娘は、誰かを護る為に存在している。

 誰かを護る為に、今まで沈めてきた敵の正体が、人間だったとしたら? 

 勿論、自然発生タイプの方が大半を占めているだろう。

 

 けど、やはり人間だったのかもしれない。

 

 そういう可能性があるだけで、心の持ちようは揺れ動く。

 

 真実を知っただけでも、艦娘の心に、大きなショックを残すだろう。

 個体によってはショックに耐え切れず、海に出られなくなるかもしれない。

 戦えたとしても──戦闘に確実に支障をきたす。

 

 だったら隠しておいた方が良い。

 

 大本営の判断は正解だと、卯月は思った。

 

 こんな思いを抱えながら戦える人は、多分多くない。

 今の卯月も、かなり辛い思いを抱えている。

 戦闘なんて辞めたいが、そうしたら核が発射されてしまう。

 

 それを止める為に、心に鞭を打ちながら、イロハ級を殲滅し卯月は進む。

 

 やがて、卯月はその姿を視界に収めた。

 

「見つけたぞ……ガンビア・ベイ……っ!」

 

 殺意を我慢なんて、もう不可能だった。

 目に()の──否、更なる殺意に煽られて、()()()炎が灯る。

 D-ABYSS(ディー・アビス)が解放された。

 

「卯月! 遅いわよ! 一体何やってたの!」

「うるさい、聞かないで欲しいぴょん! それよりそっちはどうなんだぴょん、ガンビア・ベイは始末できたのか!?」

「できればとっくにやってるわ!」

 

 先行していた満潮は無事だ。

 多少怪我はしているが、戦闘への支障はなさそうだ。

 あんなインチキスペック相手に、大きなダメージ無しで戦えているのは凄い事だと思った。

 しかし、手放しでは喜べない。

 

「ひぃ!? う、卯月、ま、また来たんですか……何で来るんですか、Did nothing(何にもしてないのにぃ)!」

「……殺ス」

「ひゃぁぁぁぁ!?」

 

 解放された殺意にあてられて、ガンビア・ベイが情けない悲鳴を上げる。

 

「一々癇に障る悲鳴だぴょん。キンキンうるさいし、黙らせてやる!」

 

 かなり遠方にいるが、システムで強化された身体能力があれば、この程度の距離は一瞬で詰められる。

 そう思い、足に力を込めて走り出す。

 主砲の射程距離に収める事ができれば、攻撃ができる。

 

「来ないでください! Help me(助けて)!」

 

 しかしガンビア・ベイは、飛行甲板のついた銃を構えた。

 

「LLLLLaunch(発艦)!」

 

 そこから多くの艦載機が発艦していく。

 ガンビア・ベイだけではなく、海外系列の空母に多く見られる、銃火器型兵装の発艦方法だ。

 弓や式神を介さない分、発艦速度では勝る。

 

「こんなもの、撃ち落としてやる。うーちゃんを止められる訳がな」

「違う卯月、あいつから目を離しちゃダメ!」

「え?」

 

 卯月の視界に艦載機が入り込み、それにガンビア・ベイが隠れ、見えなくなった──その直後の事だった。

 

「嘘!?」

 

 ガンビア・ベイが消えた。

 

 ステルス迷彩を起動させたのだ。

 

「いや! 確か、動いたら迷彩は解除される筈。あいつはさっきまでいた場所にいる。即ちバレバレって事だっぴょん!」

 

 先程までいた場所は覚えている。

 卯月はそこに主砲を叩き込む。

 距離が離れているので、威力は下がるが、牽制にはなる。

 

 ところが、砲弾は何にも当たらなかった。

 

「何でだぴょん」

「バカ! あいつはもう移動してる! 見失った時の一瞬で、とんでもない距離を移動してんのよ!」

「そうだ、あいつは、逃げ足が凄く早かったんだぴょん!」

 

 最初に交戦した時、ガンビア・ベイは信じ難い速度で逃げていた。

 その事を思い出し、舌打ちをする。

 卯月の考え通りではなる。

 ガンビア・ベイのステルス迷彩は、少しでも動くと解除されてしまう。

 

 だから彼女は、()()()()()()()()に移動していた。

 ステルス迷彩ではない。

 卯月達の視界が、艦載機によって塞がり、自分の姿が直視できなくなっている間に一気に移動。

 

 艦載機が移動し、再び直視できそうになった瞬間、ステルス迷彩を発動。

 そうやって逃亡を続けていたのだ。

 

「クソ、あいつは何処へ消えたんだっぴょん!」

 

 卯月は、面倒な事になったと焦る。

 原理は不明だが、ステルス迷彩中は、艤装の作動音といった音まで聞こえ難くなる。

 足音を追跡する事はできるが、予め集中していればの話。

 

 今この瞬間は、完全に見失ってしまっていた。

 

「このうーちゃんの地獄耳を舐めるなよ。頑張って集中すれば、ステルス中でも音は拾えるんだぴょん!」

「セリフが長い! 艦載機は防ぐから、さっさとしなさい!」

「酷いぴょん」

 

 卯月は耳に手を当て、ガンビア・ベイが消えた周辺を探る。

 そこへ、視界妨害を行っていた艦載機が襲い掛かる。

 ガンビア・ベイからしたら、卯月はステルス迷彩を、聴覚によって破ってくる天敵だ。

 

 その為、真っ先に狙われる。

 それを防ぐべく、満潮が対空気銃を乱射、空襲を食い止める。

 しかし、満潮の悪寒は止まらかった。

 違和感があるのだ。

 

「……これで抑えられるってところが不気味ね」

 

 一応、航空巡洋艦でしかない最上でさえ、あの規模の空襲ができた。

 軽空母に属するガンビア・ベイなら、もっと規格外の空襲ができる筈。

 駆逐艦一隻では、絶対に抑えられない規模の攻撃ができる。

 

 なのに、今は満潮一人で阻止できている。

 

 満潮は一瞬、上空を見上げた。

 高高度で確認しにくいが、飛鷹達の航空隊と、ガンビア・ベイの航空隊がぶつかりあっている。

 制空権は拮抗──否、ややこちらに優勢だ。

 

 お陰で空襲はマシになっている、一人の対空砲火でどうにかできるぐらいに抑えられている。

 

 だが、それでも、それだけとは思えなかった。

 

 手加減はあり得ない。

 別の目的があるのか? 

 目的が何であれ、見失ったらどうしようもない。

 今は卯月の防衛に専念すべき。

 

 激しい対空砲火が、大気を打ち鳴らす。

 

 その最中、卯月は()()()()()

 

「見つけた、そこだぴょん!」

 

 音が聞こえた場所へ砲撃する。

 だがそこは、先程までガンビア・ベイがいた場所より、50メートル以上離れた場所だった。

 そこに手ごたえを感じた。

 

「そんな! Be found(見つかるなんて)……私、こ、殺されてしまいます!?」

 

 卯月は絶句した。

 見失ったのは、コンマ数秒にも満たない。

 たったそれだけの時間で、50メートル以上の距離を移動してたのだ。

 

 もし『数秒』見失ってしまえば──卯月は戦慄した。

 完全な逃亡を許す。

 再発見までの猶予はない。

 核発射のスイッチが押される。

 

「卯月! 今度は見失っちゃダメ、絶対に目を離すな!」

「分かってるぴょん。もし、こいつが、この封鎖区画の外に出てしまったら、きっと核は一発じゃ済まなくなる!」

「……核? 核、ですって!?」

 

 卯月の言葉に、突然動揺しだしたのは、ガンビア・ベイだった。

 

「あ゛?」

「嘘嘘嘘!? どうして核が、Fired here(此処に撃たれるんですか)!?」

「お前、ふざけてんじゃぁねーぞ! お前が此処に、呪いをばら撒いたからこうなってんだろうが! 大将達だけを狙うならまだしも、民間人まで撒きこみやがって!」

「ち、違います! d、Did nothing(私は何もしていません)!」

「信じる訳ねーだろがっぴょん!」

Even though it's true(本当の事なのに)!?」

 

 どこまでクソなんだ? 

 秋月とも、最上との違うベクトルでのド外道。

 言葉を聞いているだけで神経が苛立つ。

 一刻も早く黙らせたい。

 

「ヤダ、Please don't bully meeeee(虐めないでぇぇぇぇ)!」

 

 再び距離を詰めて、至近距離から主砲を叩き込もうと試みる。

 軽空母は中波まで追い込めば無力化できる。

 そこまでできれば、十分だ。

 

 

 

 その時上から、『何か』が落ちてくる音が聞こえた。

 

 

 

「満潮アイツを監視してて!」

「良いけど、どうしたの急に!」

「何かが落ちる、微かだけど、音が聞こえたぴょん!」

 

 一瞬でも見失えば、ガンビア・ベイは隠れてしまう。

 だが見続けていれば、追跡できる。

 満潮に監視を頼み、卯月は上空のそれを排除しにかかる。

 

 此処まで、落下してくる音に気づかなかったという事は、来ているのはステルスの艦載機だ。

 あれは何故か、接近に伴う音まで減らす事ができる。

 ギリギリまで近づくまで、聞き取っての探知も難しい、厄介な敵だ。

 

 だが、所詮は艦載機、迎撃すれば問題ない。

 

 そう思った時、異変に気付いた。

 

 落下音が、今まで聞いてきた、ステルス艦載機の音()()ではなかった。

 

 それに加えて、もっと別の──体積が大きい『何か』が落下してくる様な、聞いたことのない音が混じっていた。

 

 卯月が顔を上げた瞬間、落下物のステルス迷彩が解けた。

 

「……は?」

 

 落下してきていたのは、ステルス艦載機だけではなかった。

 艦載機は、『それ』を爆弾の様に抱えながら、落下してきていたのだ。

 ステルス艦載機に運ばれていた『それ』も、同じように透明になっていたのだ。

 

 落下物が、卯月の眼前へ落ちてくる。

 

「どうして、何の意味が!?」

 

 それを見た卯月の殺意もまた、同じように『奈落』へ向かう。

 

「なんで『人』を落としてくるんだぴょん!?」

 

 艦載機に運ばれて、何十人もの人間が、地面へと叩き落された。

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