前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第178話 人間爆弾

 子供を曹長達に託し、ガンビア・ベイの追撃に戻った卯月。

 満潮と合流し、戦闘を開始する。

 その最中、敵がとった戦術に卯月は『奈落』のような殺意を上げた。

 

「なんで『人』を落としてくるんだぴょん!?」

 

 落ちてきたのは、『人間』だった。

 それが卯月達の眼前へ、急降下爆撃のように、次々と()()してくる。

 

Don't be angry with me(怒らないでください)! 止めて、恐いです!」

 

 悲鳴は無視、耳障りなだけだ。

 それより分からない、何故人間を落下させたのか。

 

 その目的は、()()した時に理解した。

 

 人間が、次々と地面に叩きつけられる。

 高高度爆撃機が飛ぶ高度は約10000メートル。

 そんな場所から叩き落されたら、人間はどうなるか。

 

 激突した瞬間、あらゆる体液をぶちまけて破裂した。

 

 そして、飛び散った血肉が卯月達に降り注いだ。

 

 これこそがガンビア・ベイの狙いだった。

 

「視界が、血で埋まる!?」

「見えないぴょん!?」

「血の目潰しって事!?」

 

 飛び散った血肉が、赤いインクをぶちまけたかの様に、二人の視界を覆い尽くし、視界を塞いだ。

 

 こんなやり方は想定外。

 二人共、ガンビア・ベイを見失ってしまう。

 直ぐに砲撃を放ち、血肉を吹き飛ばすが、既にガンビア・ベイは消えていた。

 

「消えたわアイツ! やられた、直ぐに探し出さないと、また隠れられたら厄介だわ!」

「待って満潮、何か変だぴょん!」

 

 しかし、二人が本当に絶句したのは、この後だった。

 

「あ……あ……、あ」

「い、生きてるぴょん、この人達」

「嘘でしょ?」

「それも、全員生きてる。死んでる人は誰もいないぴょん!」

 

 信じ難い事に、全員生きていた。

 

 そう、ガンビア・ベイが落としたのは死体ではなかった。

 

 生きたままの人間を、爆弾代わりにしたのだ。

 

 しかし、高度10000メートルから落とされた以上、助かる訳がない。

 全員瀕死の重傷。

 むしろ、即死できなかったせいで、死ぬよりも苦しい責め苦を受けている、

 

「即死が、救いって事かぴょん……!」

 

 だが、地獄は終わっていなかった。

 

「え、なんで」

 

 生き地獄を味わっていた人間達の身体から、『呻き声』が聞こえた。深海棲艦の『産声』が。

 

「これは、まさか、全員呪われているッ!」

「何、何の話!?」

「構えて満潮、深海棲艦が現れる!」

 

 一人の人間が突然、イ級に()()()飛び込んできた。

 幸いイ級、口内の砲塔へカウンターを叩き込み、一撃で爆散させた。

 

「今のは何!?」

「説明は後、これはうーちゃんがやるぴょん!」

「わ、分かった、ガンビア・ベイは任せて!」

 

 生物を落としたのは、血の目潰しの為だ。

 

 だが生きた人間を使ったのは、増援を作り出す為だった。

 イロハ級で足止めができるし、その巨体で視界の妨害もできるからだ。

 

「ふざけてやがる、どこまでも」

 

 追跡は満潮に任せ、感染者の排除にかかる卯月。

 完全に変異する前なら、防御力は生身の人間と一緒だ、簡単に消し飛ばせる。

 数十人の──まだ息のある──人達を、砲撃で肉片へ変えていく。

 

「…………」

 

 皆、もう助からない。

 そう分かっていても、まだ生きている人を殺していく行為に吐きそうになる。

 洗脳された時にやってしまい、嫌悪してきた虐殺行為を、正気のままやらなければならない。

 戦闘中でなければ、即座に発作を起こし、発狂していただろう。

 

 だが、そんな精神状態でも、思考は止めなかった。

 

 どうして、生きた人間を落としたのか? 

 

 目潰しをしたいなら、イロハ級を落下させればいい。

 血肉も飛び散るし、生きていれば足止めもできる。

 感染者だらけのこの戦場なら、調達も簡単だ。

 

 なのに、態々生きた人を選んだ。

 

 調達の手間も、イロハ級より多いいのに、人を選択した。

 

 そこには、何か理由がある。

 そう考えながら、感染者を殺し切った時、ガンビア・ベイの悲鳴が聞こえた。

 

「ひぇっ!? あああ当たったぁ!?」

「運が良い、見つけたわ!」

 

 まぐれで当たったらしい、ガンビア・ベイが再出現している。

 

 だが、また距離が離されている。

 

 こいつを殺されなければ、核発射は阻止できない。

 なのに徹底して逃げの一手を打つ。

 逃げ中心故に、攻撃は苛烈ではないが、この状況においては最悪の敵でしかない。

 

 どう追い詰めれば良いのか。

 そう考えた時、とても小さな呟きが聞こえた。

 

Are you OK(大丈夫)……エネルギーは、一杯、です……」

 

 その時、卯月は自分自身のD-ABYSS(ディー・アビス)に、エネルギーが流れ込むのを感じた。

 

「システムが満杯になっていく。まさか」

 

 卯月に流れ込んできたのは、たった今死んだ人達の、負念そのものだった。

 

 

 

 元となった記憶が流れ込んだ。

 

 卯月は死者の記憶を垣間見た。

 

 

 

 ガンビア・ベイは、自身を救助部隊の艦娘と装っていた。

 そして、こういう救助方法だと偽り、艦載機で高高度まで拉致。

 

 そして、落下させたのだ。

 

 騙されたという絶望を与える為。

 死ぬ寸前まで、死の恐怖を味合わせる為。

 その為に、生きた人間が必要だった。

 

 そうした方が、D-ABYSS(ディー・アビス)のエネルギーをより多く確保できるからだ。

 

 落下の衝撃で、即死しないようにしたのも同じ理由。

 死んだら、イロハ級に変異しないのもあるが──それ以上に、死ぬギリギリまで絶望を感じさせたかったからだ。

 彼らは即死できなかったのではなく、即死させて貰えなかったのだ。

 

 具体的なやり方は分からないが、死者の記憶はそうだった。

 即死しないよう、気を使われて──地面へ叩き落された様に感じた。

 

 生きた人間を用いた理由は、補給の為だった。

 

 

 

「…………」

「卯月?」

「もう、いい」

 

 卯月はガンビア・ベイを()()()()()()()()だと認識した。

 

 敵。

 

 それだけだ。

 殺意が振り切れ過ぎた結果、逆に怒りが収まった。

 

「W、What is it(何なんですか)? そんなscary(恐ろしい)目で私を見ないで下さい!」

 

 ガンビア・ベイは更に遠くへ逃げようとする。

 卯月は全速力を出す。

 スタミナが尽きる様子はない。

 システムに、先程のエネルギーが充電されているからだ。

 

 しかしそれは卯月にも言える事。

 膨大な絶望のエネルギーは、卯月に強烈なフィードバックを齎していた。

 普段の何倍も早く走る事ができる。

 お陰で、ガンビア・ベイに振り切られずに、追跡ができていた。

 

「来てる!? Caught up(追いつかれる)!? 殺される!」

 

 上空へ艦載機を飛ばす。

 空爆は目晦まし程度、卯月達の周囲を飛び回らせながら、機銃を撒き散らす事で、視界の妨害を行うのが主目的だ。

 そして、視界から隠れた瞬間、一気に移動しステルス迷彩で隠れる。

 

 ガンビア・ベイは、まともに戦う気はない。

 

 と言うか戦っている自覚がない。

 

 この戦闘は、彼女にとってあくまで『自己防衛』。

 自分は被害者で、卯月達は理不尽に襲ってくる狂人。

 それが彼女の認識だ。

 

 狂人とまともに取り合う理由はない。

 だからガンビア・ベイは逃げ続ける。

 

 しかし、その戦闘スタイルは、時間経過と共に不利になっていく。

 逃げようと踏み出したその足先に、砲弾が着弾した。

 

「ひぃぁひゃっ!?」

「命中……ダメか、ダメージなしか。でもいいぴょん」

 

 卯月はガンビア・ベイの逃げ方を理解しつつあった。

 最上と同じ様に、上空の艦載機と視界をリンクさせる事で、自らの死角をカバーしている。

 その為、背後からの攻撃にも反応できる。

 

 だが、選択肢が『逃走』しかない。

 それが分かってしまえば、移動ルートは絞り込める。

 要するに、やる事が単純なのである。

 

 とはいえ火力が足りない。

 卯月の攻撃では、D-ABYSS(ディー・アビス)の補正を乗せても尚、掠り傷もつけられない。

 なら、ここからどう追い詰めるか。

 

「満潮、見失わないよう、サポートをお願いするぴょん」

「バカ言わないで、そんな事は同時にできる。アンタの狙いぐらい分かるのよ」

「そう、んじゃお願い」

 

 逃げられる場所をなくせばいい。

 満潮が機銃で、視界妨害の艦載機を撃ち落とす。

 その合間に狙いをつけて、ガンビア・ベイ本体──ではなく、周囲を砲撃する。

 

 アスファルトの道路が砕け散る。

 崩壊しかけの建造物が崩落し、安全だった道を塞ぐ。

 ガンビア・ベイが走れる地形が削られていく。

 

「うああ、は、走れない!?」

「だろうな。お前らは。システムを安定して動かせる所は海上だけだもんな。こうやって陸地を走った経験はどれぐらいあるんだぴょん?」

「酷い、酷い、酷いです! Bullying(虐め)です!」

 

 卯月の指摘の通り、ガンビア・ベイは殆ど海上で生きてきた。

 ずっと侵略行為ばかりしてきたせいで、陸地での活動時間は非常に短い。

 歩くのに不慣れという、何とも言えない弱点がある。

 

 対して卯月達は、嘔吐するような激しい走り込みをずっと行ってきた。

 地形は荒れ果て、どんどん走りにくくなっていく。

 だが、訓練に比べれば、どうということはない。

 

 逃走エリアを絞るだけではない。

 地形を有利なように作り替える事で、徐々に追い付き始めていた。

 更に、動きも理解し始めた。

 満潮の放った砲撃が、ガンビア・ベイの足元へ着弾する。

 

「嫌ぁ、また当たったぁぁぁぁ!」

 

 耳をつんざくような大声で泣き喚くガンビア・ベイ。

 だがダメージは通っていない。

 なのに、喚き立てる彼女に、満潮は苛立った。

 

「……あんな反応なのに、実際は傷一つないってのは腹立つわね。バカにされてるみたいで」

「同感だぴょん」

「アンタに同意されるのも腹が立つけど」

「あっそ」

 

 けどそれで良い。

 今はまだ、ダメージを与える事を目的にしていない。

 足元に砲撃が当たったのが重要なのだ。

 傷はつけられてなくても、着弾の衝撃で、逃走速度は一瞬落ちる。

 

 そうやって追いつけば、砲撃を至近距離から撃ち込める。

 魚雷を直接捻じ込むという戦法も──地上だから、魚雷を撃てないのだ──取れる。

 最悪、羽交い絞めにして拘束してもいい。

 

 そうすれば、上空で空戦をしている飛鷹達がチャンスに気が付いて、全力の空爆を叩き込んでくれる。

 勢いで殺してしまうかもしれないが、核攻撃の事を考えたら、止むを得ない。

 核による被害と、艦娘一人。

 背に腹は代えられない。

 状況は、僅かにだが卯月達側に傾いている様に見えた。

 

「あ、あそこまで……あそこまで、逃げ切れば……!」

 

 とても小さな独り言が聞こえるまでは。

 

「何だって。ガンビア・ベイお前今何て言った。『逃げ切れば』って言ったのか?」

「嘘、聞かれて……言ってません言ってません何にも私そんな事」

「そうか、急ぐぞ満潮!」

「一々命令しないで!」

 

 ガンビア・ベイは、時間稼ぎの為だけに逃げているのではない。

 何処かへ目的を以って逃亡していた。

 そこについた時、何がどうなるかは分からない。

 考える必要もない。

 到達前に、始末すれば良いのだから。

 

「どうして、どうして虐めるんですか……I'm not doing anything wrong(私、何も、悪い事、してないのに)!」

 

 返事はしない。

 

 それより、もっと警戒しなければならない事がある。

 

 徐々に有利──と言ったが、未だ警戒しなければならない事がある。

 

 それは一つの疑問。

 何故――ステルスなのか?

 

 ガンビア・ベイのステルス迷彩は、動くと解除されてしまう。

 理由は分からないが、そういうものだとは分かっている。

 なのに、これはどういうことなのか?

 

「あっち行ってくださいぃぃぃ!」

 

 上空からまた、人が落ちてきた。

 

「また、突然かぴょん!」

 

 疑問はそれだった。

 

 人間だけでなく、艦載機その物にも言える事だが、どうしてこいつらは、ステルスが解除されていないのか。

 動けば解除、それが原則。

 なのに、艦載機も、それが運んでいる人間も、ステルス状態を維持できている。

 

 急降下爆撃の様に迫ってきている――動いているのに、これだけは透明なままなのだ。

 ガンビア・ベイと艦載機は異なる法則なのか?

 それとも、もっと別の理由があるのか?

 

 艦載機の作動音も僅かにしか聞こえない。

 これに限って、不可解な所が多過ぎる。

 

「クソ……今は、対処するしかない!」

 

 兎に角、このままだと、また血の目潰しを食らい、奴を見失ってしまう。

 横から見てた満潮が、僅かに早く気が付く。

 

「卯月の真上よ! 激突するわ!?」

 

 一人の人間は、卯月の頭上に現れた。

 落下の高度が高度、当たれば艦娘でも只では済まない。

 故に()()()()()()()()得なかった。

 

「それしか、ないか」

「卯月?」

「ガンビア・ベイを見てて、見失わないで、視界は確保するぴょん」

 

 卯月は主砲の照準を、上から前へ変えた。

 

 人が落下し、地面に激突する。

 衝撃で破裂し、血肉が卯月達へ飛び散る。

 そうなる前に、卯月が人を撃ち殺した。

 

「え──」

「目を逸らさないで、瞬きもダメ、見続けてガンビア・ベイを」

 

 艦娘と違い、人は脆い。

 直撃しても砲弾は爆発せず、身体を吹き飛ばしつつ飛んでいく。

 だから、誘爆で視界を防ぐ事もない。

 血肉が飛び散って、目潰しをされる事もない。

 

 これが最適解だ。

 落下して激突する前に殺す。

 

 落ちても、どうせ、深海棲艦になる。

 今殺すか、後殺すかの違いしかない。

 

「卯月、アンタ」

「走って満潮、人はきっとまた落ちてくる。これはうーちゃんがやるから、満潮はあいつに専念して。お願い」

「……分かった」

 

 だとしても、人殺しだ。

 トラウマを抉りだす行為に変わりはない。

 

 そんな事をしている卯月を見れなかった。

 人殺しを肩代わりする勇気も持てない。

 だからせめて、仕事は全うしようと、逃げるガンビア・ベイを捉え続けた。

 

 この時、もし、卯月をもう少し見ていたら、気づけたかもしれない。

 

 小さな『穴』が、空いて消えた。

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