子供を曹長達に託し、ガンビア・ベイの追撃に戻った卯月。
満潮と合流し、戦闘を開始する。
その最中、敵がとった戦術に卯月は『奈落』のような殺意を上げた。
「なんで『人』を落としてくるんだぴょん!?」
落ちてきたのは、『人間』だった。
それが卯月達の眼前へ、急降下爆撃のように、次々と
「
悲鳴は無視、耳障りなだけだ。
それより分からない、何故人間を落下させたのか。
その目的は、
人間が、次々と地面に叩きつけられる。
高高度爆撃機が飛ぶ高度は約10000メートル。
そんな場所から叩き落されたら、人間はどうなるか。
激突した瞬間、あらゆる体液をぶちまけて破裂した。
そして、飛び散った血肉が卯月達に降り注いだ。
これこそがガンビア・ベイの狙いだった。
「視界が、血で埋まる!?」
「見えないぴょん!?」
「血の目潰しって事!?」
飛び散った血肉が、赤いインクをぶちまけたかの様に、二人の視界を覆い尽くし、視界を塞いだ。
こんなやり方は想定外。
二人共、ガンビア・ベイを見失ってしまう。
直ぐに砲撃を放ち、血肉を吹き飛ばすが、既にガンビア・ベイは消えていた。
「消えたわアイツ! やられた、直ぐに探し出さないと、また隠れられたら厄介だわ!」
「待って満潮、何か変だぴょん!」
しかし、二人が本当に絶句したのは、この後だった。
「あ……あ……、あ」
「い、生きてるぴょん、この人達」
「嘘でしょ?」
「それも、全員生きてる。死んでる人は誰もいないぴょん!」
信じ難い事に、全員生きていた。
そう、ガンビア・ベイが落としたのは死体ではなかった。
生きたままの人間を、爆弾代わりにしたのだ。
しかし、高度10000メートルから落とされた以上、助かる訳がない。
全員瀕死の重傷。
むしろ、即死できなかったせいで、死ぬよりも苦しい責め苦を受けている、
「即死が、救いって事かぴょん……!」
だが、地獄は終わっていなかった。
「え、なんで」
生き地獄を味わっていた人間達の身体から、『呻き声』が聞こえた。深海棲艦の『産声』が。
「これは、まさか、全員呪われているッ!」
「何、何の話!?」
「構えて満潮、深海棲艦が現れる!」
一人の人間が突然、イ級に
幸いイ級、口内の砲塔へカウンターを叩き込み、一撃で爆散させた。
「今のは何!?」
「説明は後、これはうーちゃんがやるぴょん!」
「わ、分かった、ガンビア・ベイは任せて!」
生物を落としたのは、血の目潰しの為だ。
だが生きた人間を使ったのは、増援を作り出す為だった。
イロハ級で足止めができるし、その巨体で視界の妨害もできるからだ。
「ふざけてやがる、どこまでも」
追跡は満潮に任せ、感染者の排除にかかる卯月。
完全に変異する前なら、防御力は生身の人間と一緒だ、簡単に消し飛ばせる。
数十人の──まだ息のある──人達を、砲撃で肉片へ変えていく。
「…………」
皆、もう助からない。
そう分かっていても、まだ生きている人を殺していく行為に吐きそうになる。
洗脳された時にやってしまい、嫌悪してきた虐殺行為を、正気のままやらなければならない。
戦闘中でなければ、即座に発作を起こし、発狂していただろう。
だが、そんな精神状態でも、思考は止めなかった。
どうして、生きた人間を落としたのか?
目潰しをしたいなら、イロハ級を落下させればいい。
血肉も飛び散るし、生きていれば足止めもできる。
感染者だらけのこの戦場なら、調達も簡単だ。
なのに、態々生きた人を選んだ。
調達の手間も、イロハ級より多いいのに、人を選択した。
そこには、何か理由がある。
そう考えながら、感染者を殺し切った時、ガンビア・ベイの悲鳴が聞こえた。
「ひぇっ!? あああ当たったぁ!?」
「運が良い、見つけたわ!」
まぐれで当たったらしい、ガンビア・ベイが再出現している。
だが、また距離が離されている。
こいつを殺されなければ、核発射は阻止できない。
なのに徹底して逃げの一手を打つ。
逃げ中心故に、攻撃は苛烈ではないが、この状況においては最悪の敵でしかない。
どう追い詰めれば良いのか。
そう考えた時、とても小さな呟きが聞こえた。
「
その時、卯月は自分自身の
「システムが満杯になっていく。まさか」
卯月に流れ込んできたのは、たった今死んだ人達の、負念そのものだった。
元となった記憶が流れ込んだ。
卯月は死者の記憶を垣間見た。
ガンビア・ベイは、自身を救助部隊の艦娘と装っていた。
そして、こういう救助方法だと偽り、艦載機で高高度まで拉致。
そして、落下させたのだ。
騙されたという絶望を与える為。
死ぬ寸前まで、死の恐怖を味合わせる為。
その為に、生きた人間が必要だった。
そうした方が、
落下の衝撃で、即死しないようにしたのも同じ理由。
死んだら、イロハ級に変異しないのもあるが──それ以上に、死ぬギリギリまで絶望を感じさせたかったからだ。
彼らは即死できなかったのではなく、即死させて貰えなかったのだ。
具体的なやり方は分からないが、死者の記憶はそうだった。
即死しないよう、気を使われて──地面へ叩き落された様に感じた。
生きた人間を用いた理由は、補給の為だった。
「…………」
「卯月?」
「もう、いい」
卯月はガンビア・ベイを
敵。
それだけだ。
殺意が振り切れ過ぎた結果、逆に怒りが収まった。
「W、
ガンビア・ベイは更に遠くへ逃げようとする。
卯月は全速力を出す。
スタミナが尽きる様子はない。
システムに、先程のエネルギーが充電されているからだ。
しかしそれは卯月にも言える事。
膨大な絶望のエネルギーは、卯月に強烈なフィードバックを齎していた。
普段の何倍も早く走る事ができる。
お陰で、ガンビア・ベイに振り切られずに、追跡ができていた。
「来てる!?
上空へ艦載機を飛ばす。
空爆は目晦まし程度、卯月達の周囲を飛び回らせながら、機銃を撒き散らす事で、視界の妨害を行うのが主目的だ。
そして、視界から隠れた瞬間、一気に移動しステルス迷彩で隠れる。
ガンビア・ベイは、まともに戦う気はない。
と言うか戦っている自覚がない。
この戦闘は、彼女にとってあくまで『自己防衛』。
自分は被害者で、卯月達は理不尽に襲ってくる狂人。
それが彼女の認識だ。
狂人とまともに取り合う理由はない。
だからガンビア・ベイは逃げ続ける。
しかし、その戦闘スタイルは、時間経過と共に不利になっていく。
逃げようと踏み出したその足先に、砲弾が着弾した。
「ひぃぁひゃっ!?」
「命中……ダメか、ダメージなしか。でもいいぴょん」
卯月はガンビア・ベイの逃げ方を理解しつつあった。
最上と同じ様に、上空の艦載機と視界をリンクさせる事で、自らの死角をカバーしている。
その為、背後からの攻撃にも反応できる。
だが、選択肢が『逃走』しかない。
それが分かってしまえば、移動ルートは絞り込める。
要するに、やる事が単純なのである。
とはいえ火力が足りない。
卯月の攻撃では、
なら、ここからどう追い詰めるか。
「満潮、見失わないよう、サポートをお願いするぴょん」
「バカ言わないで、そんな事は同時にできる。アンタの狙いぐらい分かるのよ」
「そう、んじゃお願い」
逃げられる場所をなくせばいい。
満潮が機銃で、視界妨害の艦載機を撃ち落とす。
その合間に狙いをつけて、ガンビア・ベイ本体──ではなく、周囲を砲撃する。
アスファルトの道路が砕け散る。
崩壊しかけの建造物が崩落し、安全だった道を塞ぐ。
ガンビア・ベイが走れる地形が削られていく。
「うああ、は、走れない!?」
「だろうな。お前らは。システムを安定して動かせる所は海上だけだもんな。こうやって陸地を走った経験はどれぐらいあるんだぴょん?」
「酷い、酷い、酷いです!
卯月の指摘の通り、ガンビア・ベイは殆ど海上で生きてきた。
ずっと侵略行為ばかりしてきたせいで、陸地での活動時間は非常に短い。
歩くのに不慣れという、何とも言えない弱点がある。
対して卯月達は、嘔吐するような激しい走り込みをずっと行ってきた。
地形は荒れ果て、どんどん走りにくくなっていく。
だが、訓練に比べれば、どうということはない。
逃走エリアを絞るだけではない。
地形を有利なように作り替える事で、徐々に追い付き始めていた。
更に、動きも理解し始めた。
満潮の放った砲撃が、ガンビア・ベイの足元へ着弾する。
「嫌ぁ、また当たったぁぁぁぁ!」
耳をつんざくような大声で泣き喚くガンビア・ベイ。
だがダメージは通っていない。
なのに、喚き立てる彼女に、満潮は苛立った。
「……あんな反応なのに、実際は傷一つないってのは腹立つわね。バカにされてるみたいで」
「同感だぴょん」
「アンタに同意されるのも腹が立つけど」
「あっそ」
けどそれで良い。
今はまだ、ダメージを与える事を目的にしていない。
足元に砲撃が当たったのが重要なのだ。
傷はつけられてなくても、着弾の衝撃で、逃走速度は一瞬落ちる。
そうやって追いつけば、砲撃を至近距離から撃ち込める。
魚雷を直接捻じ込むという戦法も──地上だから、魚雷を撃てないのだ──取れる。
最悪、羽交い絞めにして拘束してもいい。
そうすれば、上空で空戦をしている飛鷹達がチャンスに気が付いて、全力の空爆を叩き込んでくれる。
勢いで殺してしまうかもしれないが、核攻撃の事を考えたら、止むを得ない。
核による被害と、艦娘一人。
背に腹は代えられない。
状況は、僅かにだが卯月達側に傾いている様に見えた。
「あ、あそこまで……あそこまで、逃げ切れば……!」
とても小さな独り言が聞こえるまでは。
「何だって。ガンビア・ベイお前今何て言った。『逃げ切れば』って言ったのか?」
「嘘、聞かれて……言ってません言ってません何にも私そんな事」
「そうか、急ぐぞ満潮!」
「一々命令しないで!」
ガンビア・ベイは、時間稼ぎの為だけに逃げているのではない。
何処かへ目的を以って逃亡していた。
そこについた時、何がどうなるかは分からない。
考える必要もない。
到達前に、始末すれば良いのだから。
「どうして、どうして虐めるんですか……
返事はしない。
それより、もっと警戒しなければならない事がある。
徐々に有利──と言ったが、未だ警戒しなければならない事がある。
それは一つの疑問。
何故――ステルスなのか?
ガンビア・ベイのステルス迷彩は、動くと解除されてしまう。
理由は分からないが、そういうものだとは分かっている。
なのに、これはどういうことなのか?
「あっち行ってくださいぃぃぃ!」
上空からまた、人が落ちてきた。
「また、突然かぴょん!」
疑問はそれだった。
人間だけでなく、艦載機その物にも言える事だが、どうしてこいつらは、ステルスが解除されていないのか。
動けば解除、それが原則。
なのに、艦載機も、それが運んでいる人間も、ステルス状態を維持できている。
急降下爆撃の様に迫ってきている――動いているのに、これだけは透明なままなのだ。
ガンビア・ベイと艦載機は異なる法則なのか?
それとも、もっと別の理由があるのか?
艦載機の作動音も僅かにしか聞こえない。
これに限って、不可解な所が多過ぎる。
「クソ……今は、対処するしかない!」
兎に角、このままだと、また血の目潰しを食らい、奴を見失ってしまう。
横から見てた満潮が、僅かに早く気が付く。
「卯月の真上よ! 激突するわ!?」
一人の人間は、卯月の頭上に現れた。
落下の高度が高度、当たれば艦娘でも只では済まない。
故に
「それしか、ないか」
「卯月?」
「ガンビア・ベイを見てて、見失わないで、視界は確保するぴょん」
卯月は主砲の照準を、上から前へ変えた。
人が落下し、地面に激突する。
衝撃で破裂し、血肉が卯月達へ飛び散る。
そうなる前に、卯月が人を撃ち殺した。
「え──」
「目を逸らさないで、瞬きもダメ、見続けてガンビア・ベイを」
艦娘と違い、人は脆い。
直撃しても砲弾は爆発せず、身体を吹き飛ばしつつ飛んでいく。
だから、誘爆で視界を防ぐ事もない。
血肉が飛び散って、目潰しをされる事もない。
これが最適解だ。
落下して激突する前に殺す。
落ちても、どうせ、深海棲艦になる。
今殺すか、後殺すかの違いしかない。
「卯月、アンタ」
「走って満潮、人はきっとまた落ちてくる。これはうーちゃんがやるから、満潮はあいつに専念して。お願い」
「……分かった」
だとしても、人殺しだ。
トラウマを抉りだす行為に変わりはない。
そんな事をしている卯月を見れなかった。
人殺しを肩代わりする勇気も持てない。
だからせめて、仕事は全うしようと、逃げるガンビア・ベイを捉え続けた。
この時、もし、卯月をもう少し見ていたら、気づけたかもしれない。
小さな『穴』が、空いて消えた。