核発射発射前に、事態を収拾させなければならない。
つまり、原因を排除しなければならない。
卯月達は逃亡を繰り返すガンビア・ベイを追跡し続けていた。
「核発射まで、後、どれぐらいの猶予が」
「そういうこと考えている暇があったら、もっと早く走るぴょん」
「チッ!」
少し会話をした瞬間、二人は悪寒を感じた。
役割は決めてある。
卯月が主砲を、満潮がガンビア・ベイを監視する。
見失わない為に。
そして悪寒は当たる。
再び人が落下してきたのだ。
「卯月!」
「了解だぴょん」
地面に落ちた場合、その衝撃で破裂。
飛び散った血肉が、目潰しとなって降り注ぐ。
これで一瞬、ガンビア・ベイを見失った場合、彼女はステルス迷彩でその身を隠す。
再発見は可能だが、時間がかかる。
その分距離を離される。
再追跡の猶予は残されていない。
次見失ったら──ゲームオーバーだ、核が放たれる。
「同じ手は何度も通じないぴょん」
着弾前に人を撃ち抜き、纏めて吹っ飛ばす。
それによって視界を確保。
監視し続ける事で、ステルス起動の隙を与えない。
「
ガンビア・ベイはふざけた事をぬかす。
助けてなどいない。
落下させた人達は、彼女が騙して拉致した人達だ。
「……少なくなってきてる、と思うのはうーちゃんの気のせい?」
「いえ、私もそう感じた。落下物でしょ?」
「うん。落とされる人の数が、少なくなってきてるぴょん」
考えてみれば当然だ。
落下死させる為の人間は、拉致して確保しただけ。
溜め込んだ『残弾』に底が見えてきたのだ。
しかし、それが朗報とは思えなかった。
「気のせいじゃない。ガンビア・ベイのあの顔は何かを目論んでいる顔よ。ただ時間稼ぎの為だけに逃げている訳じゃない」
時間稼ぎの為なら、もっと良いルートが存在する。
ガンビア・ベイはそれをしない。
多少ブレはあるが、ある一定の方向に向けて逃亡している。
目的地があるという事だ。
「あの呟きは気のせいじゃないって事か……」
「もしくは、それも計算の内かも。あの汚い泣き顔も演技かもしれないわね」
「嘘吐いてんのかぴょん? だったら殺す他ないぴょん」
目的地に到達させたら、碌な事にならないのは間違いない。
それより前に仕留めなければ、更に厄介──ぐらいならマシで、手遅れになりかねない。
「追跡自体が罠って可能性はあるけど、それでも、行くしかないぴょん」
卯月は上空を見上げた。
飛鷹達の艦載機が、ガンビア・ベイの航空部隊と激しく戦闘しているのが見える。
残念ながら、卯月達の火力では有効打を与えられない。
何とか拘束して、航空隊の攻撃を浴びせるのが一番確実だ。
その時、視界に邪魔者が映り込んだ。
「イロハ級か、時間稼ぎのつもりかぴょん!」
人が変異したものではない。
元々周囲に潜んでいた個体──元人間の可能性はあるが──だ。
妨害の為、呼んだのだろう。
だが卯月には意味がなかった。
落とされた人間は、救助部隊と騙された人達だ。
故に、死の間際に絶望を残す。
それは
ガンビア・ベイはこれで無尽蔵のスタミナを得ているが、同じ事は卯月にも言える。
通常の何倍もパワーアップをしており、稼働時間も延長できている。
普通のイロハ級なら、簡単に排除できる。
「排除って言っても、この人達は……」
満潮は、直ぐ攻撃ができなかった。
元は人間だったのかもしれない。
そう思うと余りにも辛く、一瞬だけ躊躇してしまう。
「どいて、邪魔」
卯月は躊躇なく撃ち殺した。
「……迷わないのね、アンタ」
「元人間でも、殺すしかない以上、躊躇する理由はない。むしろさっさと殺した方が為になるぴょん」
「……そう」
卯月は正論を告げた。
彼女の思考は今、『殺意』で統括されている。
目的達成の為なら、如何なる手段も躊躇しない。
実際には迷っていても、
まあ言ってしまえばいつも通り。
──なら、この嫌な感じは何?
満潮は卯月の顔を覗き込む。
何時もと変わらないように見える、しいて言えば、普段より目つきが冷たく見える。
精々それぐらいだ。
ガンビア・ベイがあんなんだから、より殺意が深くなってるだけだろう。
なのに、どうにも嫌な感じが抜けなかった。
「満潮!」
「え、あ、ごめん!」
「何の話だぴょん! それよりヤバい、一匹が何か変だぴょん!」
輸送ワ級が、何故かガンビア・ベイの所へ近づく。
そしてガンビア・ベイも、その場から動かない。
恐怖で身動きがとれなくなった、なんて理由ではない。
「ヤバい!?」
手遅れだった。
手が届く距離まで接近した輸送ワ級に、ガンビア・ベイは空爆を叩き込んだ。
爆撃の炎が、多くの弾薬や燃料に点火。
瞬間、ガンビア・ベイ自身を覆い尽くす大爆発が起きる。
「やられた」
これは自爆ではない。
爆風で飛んでいく彼女が見えた。
「どういう事なの!」
「逃走だ。あいつは自分を爆発に巻き込んで、その衝撃で一気に距離を稼いだんだぴょん!」
「自爆じゃない!?」
「それよりも、メリットがある逃走経路って事だぴょん」
しかし、滅茶苦茶遠くまでは飛んでいない。
全力で走れば追い付ける。
二人は吹っ飛んでいく彼女を追跡する。
「ヒッ……ヒッ、ひぇん……」
「泣いてるわアイツ。爆発のダメージが入った……」
「ようには見えないぴょん。というか、掠り傷も火傷さえ負ってなさげだぴょん」
「嘘泣きって……」
「
至近距離で自爆を受けても、掠り傷すら追わない装甲だ。
なのに、この憶病っぷり。
バカにされた様な感覚だ。
益々苛立ちを募らせる。
「高度が落ちてきた、落下するぴょん」
積み重なった瓦礫の向こう側に、ガンビア・ベイは落下。
自爆で飛ぶなんて無茶をしたのだ。
そんな手段、目的が達成できる時にしか行わない。
つまり、ガンビア・ベイは目的を達成した。
今ので目的地に到達した。
「アイツは何処へ逃げていたの!」
「見れば分かる事だぴょん」
「もう時間がないのに……此処で、絶対に仕留める!」
砲撃で瓦礫を吹き飛ばし視界を確保。
ステルス迷彩は起動済みかもしれないが、着地の衝撃で多少
着地の衝撃で鈍った所を確保、空爆で一気に無力化を図る。
そう思い、目にした光景は。
「ふえ?」
「……え、あれって」
「この形状って、これは、シェルターって場所かっぴょん?」
具体的には知らないが、昔漫画で読んだような、核シェルターめいた外見の建物があった。
これから実行される(であろう)核攻撃に備えて、生存者を保護する場所だ。
卯月はそう思った。
そう思わせる程、『警備』がしっかりしていた。
そう『警備』である。
警備している人と言えば。
「どうも憲兵です」
大量の警備──憲兵隊に包囲されるガンビア・ベイがいた。
「あ、私、
「情報伝達は完了しています。貴女は敵ですね?」
「無力化します」
「拘束します」
「拷問します」
蹂躙が始まった。
「ひぃあああああっ!?!?!」
波多野曹長はいないが、戦闘能力は大体同じ。
下手な深海棲艦を鼻で笑う憲兵隊数十人に包囲されては、ガンビア・ベイでも逃げる手段は存在しない。
「……此処が、逃走経路?」
「何がしたいんだアイツ」
「さあ」
顔が原型をとどめてない。
秒で無力化された彼女を見た二人は、『バカだったのかアイツは?』と思った。
袋叩きにあっているガンビア・ベイを遠巻きに見ながら、注意深く接近する。
何故、こんな所へ逃げ込んだのか?
憲兵にボコボコにされる為だったのか?
それは考えにくい、何かがある、警戒するに越したことはない。
「あのー」
「どうも卯月さん。満潮さん。波多野曹長からお二人の事は聞いています。ここまでガンビア・ベイを追い込んでくださり、感謝します」
「油断しない方が良いわ。何か目論んでるかもしれないし」
「ええ、承知しています」
彼女を捕縛している憲兵隊も、警戒は怠っていない。
厳重な拘束を施し、複数人体勢で監視を続けている。
「シクシクシクシク」
どうせウソ泣きだ。無視に限る。
「でもこれで、核発射の危機は去ったってことで良いのかぴょん?」
「どうかしら。私達じゃ何も分からないし。貴方分かる?」
「簡単な情報なら分かります。残念ながら核発射体勢は解除されていません。まだ事態は収拾されたと見なされていません」
「クソ、やっぱり深海棲艦を殲滅しきらないと、ダメって事かぴょん」
「まあでも、後は掃除みたいなものでしょ」
逃げ続けるクソ虫を追うよりよっぽど精神的に良い。
あの戦闘力を持つ憲兵なら、ガンビア・ベイも拘束できるだろう。
後の事は憲兵隊に任せて、掃討へ移っても良かった。
狙いさえ分かれば。
「……で、ガンビア・ベイは吐いたのかっぴょん?」
「いいえ。泣き言はほざいていますが、肝心の情報は一切話していません」
「そういう口は堅いって、ますますクソね」
疑問は最初へと戻る。
何故、大量の憲兵がいるシェルター前を、逃走場所として選択したのか。
此処に何がある?
卯月はシェルターを見上げた。
「このシェルターって」
「これか? 無感染者用の核シェルターだ。見れば分かるだろう」
「……ねぇ、満潮」
「何」
「ガンビア・ベイの艦載機って、全滅してたっけ」
「爆撃が起きてないなら、全滅したって事じゃ……」
どうだった?
憲兵による蹂躙から、艦載機は見ていない。
しかし、だからって全滅した事にはならない。
まだ残ってる可能性はある。
あの、人を運んでいた艦載機のように。
「まさか」
卯月は思い至ってしまった。
四肢を拘束され、憲兵に包囲された状況から、一気に逆転する方法を。
正気ならやらない、悍ましい手段に気づいてしまった。
「落とす気なの?」
「何を?」
「このシェルター内に、感染した人の死体を放り投げるつもりなんじゃ」
「は? え? いや、そんなまさか」
確かに、それなら逆転が狙える。
シェルター内の人間全てを、イロハ級に変異させられれば、一気に数的優位を得れる。
憲兵は強いが、深海棲艦を殺す事はできない。
そのまま物量で押し切る事ができる。
だが憲兵は首を横に振る。
「いや、不可能だ」
「どうしてそう言えんのよ」
「あのシェルターは対核使用だ。ただの爆撃では破壊できない。人の死体をぶつける程度では不可能だ」
憲兵の言う通りだ。
その説明に卯月達は安心しかけた。
敵は、そういった常識を嘲笑うような連中だと、一瞬忘れてしまっていた。
轟いたのは、耳を劈くような、聞いた事のない轟音。
遅れて放たれる衝撃波。
一体何が起きたのか。
卯月達が見た光景は。
「……ヤバい」
風穴が空いた核シェルターだった。