前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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イベントが終わらねぇ。


第18話 片鱗

 走りこんでシャワーを浴びたあとのお昼寝は最高だったと言っておこう。

 というか前科戦線に来てからお昼寝とかまったくしてなかったので余計に気持ちよかった。後悔はしていない。

 

「ああああ寝坊したぴょんっ!」

 

 後悔はしてない。

 

 だが絶望はしている。

 遅刻するなと不知火に言われたばかりなのにこの醜態。恥ずかしくて死にそうである。

 

 いや恥ずかしいぐらいならまだマシだ。もしかしたら拷問にかけられるかもしれない。こうなればまず命乞いをしなくては。部屋に突っ込みながら土下座をすることで誠意を表すのだ。

 

 パニックになってるせいで思考が変な方向に飛んでいる卯月は食堂へ向けて全力疾走。球磨のスパルタ特訓の成果が今実っていた。最悪の実り方だった。

 

「……卯月さんがいませんが、知っているかたはいませ」

「遅れたぴょんごめんなさいーっ!」

 

 土下座のままスライディングの要領で突っ込んできた卯月に、不知火は絶句する。

 

「どうか命だけは! 命だけは!」

「いやなんの話ですか!?」

「お慈悲を! うーちゃんにお慈悲を!」

 

 土下座のまま不知火に縋りつくという器用な真似、不知火はドン引きした。パニックの卯月は気づかずに命乞いを続ける。

 

 混乱した空気を、教鞭の音がパシンと打ち消した。顔を上げる。冷たい目線でわたしを見下ろす高宮中佐がいた。

 

「卯月」

「はい」

「静粛に」

「はい」

「あとで罰を与える」

「はい……え?」

 

 流れるような懲罰命令。わたしはつい了承してしまった。なんてこった。唖然とするわたしを満潮がクスクス笑っていた。

 

「満潮も同室だ、同罪」

「え?」

 

 ざまぁ見ろ。そう心の中で嘲笑いながら卯月は着席する。

 しかし所長、じゃなかった高宮中佐のすがたを見るのはちょっと久し振りだ。

 

「飛鷹以外は全員揃ったようだな」

 

 飛鷹さん以外? 言われてみれば飛鷹さんがいない。厨房にもおらず、弁当タイプの夕食が人数分用意されているだけだ。聞きたいけどやらかしたあとなので聞きづらい。

 

「ではこれより、明日行われる作戦のブリーフィングを始める。尚卯月は初めての参加故に、終了後追加で説明をおこなう。不知火」

「かしこましました」

 

 不知火はテキパキと機材を用意していく。スクリーンに映像を投射する奴だ。基本価値観が軍艦のころと変わらないわたしにとっては全部が新鮮。時代は進んだなぁと感じる。

 

「映像を流します」

 

 不知火がボタンを押す。

 

『ニャー』

 

 子猫が写っていた。

 小さい毛玉が短いおててでテチテチと歩いている。コテっと転んだ瞬間、画面を流れる文字が阿鼻叫喚の断末魔に変わる。

 そこで映像が突如切れた。

 

「……不知火?」

「不知火になにか落ち度でも?」

「……いや、別に」

 

 周りを見る。誰も動揺していない。高宮中佐も眉一つ動かしていない。いつものことらしい。

 おい大丈夫かこの秘書艦。

 そう思っている間に、不知火は正しい映像をセットし直していた。

 

「映像を、流します」

 

 今度はちゃんと画像が写る。

 どこかの海域が描かれた地図だ。陸地が近くにあるあたり、そう遠い場所じゃなさそうだ。ならそう過酷な戦いじゃないかもしれない。

 

「この海域は現在、全面的に深海棲艦の支配下にある」

 

 前言撤回全然そんなことありませんでした。というかこんなに陸地に近いところが制圧されてて、大丈夫なのかよ。

 

「幸いにして半年間は沈黙を保っていたが数日前より『浸食』が活性化、これ以上の静観は危険と、大本営が判断。大規模な海域奪還作戦が組まれることになった」

 

 大丈夫じゃないらしい。まあそりゃそうか。

 

「我々第零特務隊は強行偵察部隊として、この海域を支配する『姫』へのルートを探すことになる」

「よーするに、いつも通りってわけね」

「満潮さん、静粛に」

「間違ったこと言ったの?」

「いいや、満潮の言う通りだ。普段と同じ我々の任務となる」

 

 満潮、あいつ結構言いまくるんだな。

 別に優等生とかそういうタイプでないのは意外だった。余計に鼻につくけど。

 

 それはさておき、満潮は『いつも通り』と言った。

 つまり強行偵察が前科戦線の主任務ってわけだ。確かに危険だが、それがどうして死亡率七倍に繋がるのだろう。

 

 でもわたしは聞かない。満潮と違ってわたしは優等生、質問タイムまで余計なことはしないのだ。

 遅刻? あれはノーカンで。

 

「そしてこいつが、今回の『姫級』だ」

 

 中佐が言うと同時に不知火が映像を変える。あの海域を支配する姫級深海棲艦、こいつを沈めれば海域は奪還できる。

 

 どんな姿だろうか。卯月は興味津々だった。話では聞いていたが、実際に『姫』を見たことは一度もなかったからだ。

 

 そんな感情が、簡単に消し飛ぶとも知らず。

 

「え?」

 

 映像を見た卯月の第一声がこれだった。

 

 深海棲艦の群れの最深部に居座っているのが、鮮明に捉えられている。

 白髪から二本の黒角が生えている。肌は真っ白で死人のようだ。対照的に服は黒で統一されており、巨大なスカートからは獣型の艤装が見える。

 

 というより、スカート型の艤装、もしくは獣型の艤装から直接姫が生えているような見た目だ。

 

 その姿が、卯月の記憶と重なっていく。

 わたしはこいつを、()()()()()()()

 

 燃え盛り、死体に溢れる神鎮守府。一人炎を背に立っていた、唐笠お化けのようなシルエット。昨日夢で見た『仇』にとても良く似ていた。

 

 卯月は恐る恐る、高宮中佐に尋ねる。

 

「中佐、あの、こいつは」

「識別名は『泊地棲鬼(ハクチセイキ)』、該当する艦種は『航空戦艦』。そしてこいつの支配する海域は、元々鎮守府があった。やつはそこを壊滅させ根城にしている」

 

 高宮中佐が教鞭を鳴らしながらわたしに歩み寄る。震えながらも泊地棲鬼の写真をじっと見つめるわたしに、中佐はそっと呟いた。

 

「神少佐の鎮守府を破壊したのは、この泊地棲鬼だ」

 

 夢で見た姿が完全に繋がった。

 わたしの、神提督の鎮守府を滅ぼしたのがこいつなのか。こいつが神少佐と間宮さん、わたし以外の仲間を殺した敵なのか。

 

 息が荒くなっていく。

 心拍数が上がっていき興奮が抑えられなくなっていく。からだも熱くなってくる。こころの奥底から暴力的な衝動が込み上げてくる。握りしめる拳か血が滲み始める。

 

「中佐? いま卯月になに言ったの?」

「姫級の恐ろしさを言っただけだ。油断しないようにな」

 

 高宮中佐は嘘を言っていた。わたしに『仇』を教えてくれてたのだ。なのにどうして嘘をついたのか。

 

 今更──本当に今更だけど、ここの人たちはわたしがどういった経緯で前科戦線行きになったのか知らない。

 前科について聞いてはならない、のルールがあるからだ。中佐はそれに気をつかってくれたのだ。

 

 まあ、わたしの態度や練度のせいでワケアリとは勘付いているのが大半だけど。

 ともかく満潮もその説明で納得したようで、「ふーん」と言って引き下がった。高宮中佐はまた教鞭を鳴らして、話を戻す。

 

「細かく説明する。質問も許可する。泊地棲鬼は半年前、ここにあった鎮守府に奇襲攻撃を仕掛けた。結果鎮守府は壊滅し近海は奴のテリトリーと化した」

「半年間もそいつを放置してたクマ?」

「そうだ。幸いかは分からないが……泊地棲鬼は半年間、姿を隠したまま目立った行動をおこさなかった」

 

 やはり、わたしがいたことは隠してくれている。

 気をつかってくれてるのは間違いない。この状況だとありがたかった。あの話はされるだけで辛くなる。

 

「しかしそのせいで発見もできなかった。だが数日前に活動再開が確認された。陸地近くでの侵略行為だ、火急対処しなければならない」

「すぐ出撃しなかったのってー、もしかして卯月ちゃん?」

「そうだ、大本営と交渉し、最低限度の練度に到達するまで粘って貰ったのだ。そのリミットが明日だ」

 

 なるほど、出撃の日程が二転三転してたのはそれが理由か。大本営に無理言って待っててもらってたのだ。なんだか申し訳ない。迷惑かけた分頑張らなきゃ。

 

「我々の主任務はいつも通り強行偵察だ、さっきも言ったように、卯月にはあとで補足説明をおこなうので残るように」

「了解ぴょん!」

「それと重要事項だが──」

 

 なんでもこい! 卯月はやる気に満ちていた。

 ついにこの時が来たのだ。みんなの仇をとって復讐を成し遂げる絶好のチャンスが。

 

 勝てるかは正直分からないが、やれるだけやってやる。この渦巻く破壊衝動を叩きつけてやるのだ。どす黒く渦巻く感情をなんとか抑えながら、卯月はフゥフゥと息を荒くしていた。

 だからこそ、耳を疑った。

 

「──泊地棲鬼との交戦は()()()()

 

 中佐の言葉が信じられなかった。

 卯月には今の発言がまるで、死刑宣告のように聞こえた。「仇討ちをするな」と言っているようだった。

 

「任務はあくまで強行偵察、それだけだ。泊地棲鬼の撃破は本体の仕事だ、くれぐれも交戦は避けるように」

「あ、あの、高宮中佐……?」

「卯月も同じだ、泊地棲鬼との交戦は禁止する。我々の戦力を不必要に晒す理由はどこにもない」

 

 言っていることは分かる。

 強行偵察で撃破まで行ったら偵察ではない。戦うということは戦力を晒すということだ。必要以上に戦う理由はどこにもない。

 でも。

 

「でも、中佐、うーちゃんは、うーちゃんは」

「卯月、大規模作戦には各々役割があるのだ。それを乱せば失敗に繋がる」

「それは、分かってるぴょん、でも……」

 

 なんで、そんなことを言うんだ。卯月はわなわなと震えだす。

 もしかしたらわたしの勘違いだったんじゃないか? 中佐が気を使ってるなんて思い込みだったんじゃ? 

 

 分からない、なんでだ? 

 理屈は分かる。無駄に戦力を晒すのはアホのすることだ。不要な戦いは避けるべきだ。

 

 でも泊地棲鬼は違うだろ。あいつを殺す戦いは『必要』だ。中佐はなんでそれを否定するの? 

 

 中佐は再び卯月に近づく。

 真剣な様子でわたしだけに聞こえるよう、小声でハッキリとこう言った。

 

「仇討ちなどという行為は無駄だ、命令違反は許さん」

 

 

 殺す。

 

 

「死ね!!」

 

 そうか、高宮は敵だったのだ。

 直感で確信した。深海棲艦と結託する裏切り者だ、だからわたしの復讐の邪魔をしている。

 

 世界に仇成す害獣は速やかに殺さないと。速く殺さないと、今すぐ殺す絶対に殺す。

 

 怒りに満ちた絶叫を上げ、高宮の首を締め付ける。

 驚いた顔を見ると更に怒りが沸き上がる。腕に限界以上の力が漲る。

 

「う、卯月……!」

「最初からこうすれば良かったぴょん、泊地棲鬼もお前も、復讐の邪魔者は皆殺しだぴょん!」

 

 艤装がなくても全体重をかければ首は折れる。後悔しながら死んでしまえ。

 

 絶句する艦娘どもの顔が見えた。次はこいつらだ。こんなところに放り込みやがった神躍斗も殺す。

 

「沈めェ!」

 

 止めをさそうと、渾身の力を込める。その瞬間、わたしと高宮に誰かが割り込んできた。

 

「失礼いたします」

 

 不知火がわたしの手首を掴んできた。引き剥がすつもりだ。

 邪魔者め、こいつも殺してやる。

 みぞおちに蹴りを食らわせるため、わたしは足を振り上げた。

 

「失礼いたしました」

 

 蹴りは宙を切った。

 

 不知火は遠くに移動していた。

 

「え?」

 

 不知火だけではない。いつのまにか高宮も遠くへ移動していた。ゲホケホとむせこみながらこっちを見ていた。

 

 いや他もだ。他の艦娘も全員移動している。全員が一斉に移動したのか。なんの意味もないぞ。

 

 なら、これは。

 

 そこでわたしはやっと気づく。

 移動──吹っ飛ばされたのは()()()()()ということに。

 

「がっ……!?」

 

 自覚した瞬間、背中に凄まじい衝撃が走る。

 なんだ今のは、なにも知覚できなかった。不知火がなにをしたのだ、何一つ分からなかった。

 

「ころ、して、や……る……」

 

 手を伸ばしても意識が消えていく。それだけのダメージをあの一瞬で受けたのだ。こんなものじゃないのに、この程度の怒りじゃないのに。無念と悔しさが止まらない。

 

 不知火に支えられる高宮を睨み付けながら、卯月の意識は暗闇へと転がり落ちる。

「殺す」、と言って卯月は気絶した。

 

 

 *

 

 

 気絶した卯月を運びだし、ブリーフィングは再開された。

 とはいえ必要なことは説明済み、数分も立たずにブリーフィングは終了、前科戦線のメンバーは出撃に備えて帰っていく。

 

 食堂に残ったのは不知火と高宮中佐だけだった。空気を読んだのかポーラも自室へ戻っていた。

 不知火は心配な顔で中佐を見つめる。

 

「大丈夫ですか」

「このていどは問題ない」

「しかし……」

 

 卯月に絞められたクビには青紫の痣ができていた。見るからに痛々しい、実際痛みはとれていない。いまも鈍い痛みが続いていた。高宮中佐はそれを表に出さないだけなのだ。その意を汲んで不知火は言葉を呑み込む。

 

「卯月はどうするのですか」

「予定に変更はない、入渠もすぐ終わる、明日が初任務に変わりはない」

「そうですか」

 

 首を絞められたことを、高宮中佐はほとんど気にしていなかった。それでも不知火は言わずにいられなかった。

 

「中佐、あのような無茶はおやめください。不知火が間に合わなかったらどうするつもりだったのですか」

 

 数秒遅ければ首を折られていた。そうなれば取り返しがつかない。不知火が確実に間に合う保証はどこにもないのだ。

 しかし高宮中佐は、無言で首を振る。

 

「そんなことは考えたこともない、お前は必ず間に合うと信じていた、わたしの秘書艦なのだから」

「え? あの、それはつまり?」

「全面的に信用している、という意味だ」

 

 発言の意味を理解した不知火は、資料で顔を隠す。真っ赤になった顔からは湯気でも出そうだった。

 

「なによりもあれは、無茶でもなんでもない」

「……やはり、そのおつもりで?」

「そうだ、あそこまで怒るのは意外だった。だが()()()だ」

 

 首の痣を摩りながら、中佐は不知火に背を向けて立ち上がる。

 

「全ては予定通り進んでいる、全てわたしと大将の予測通りだ。卯月の激昂もおなじ、なんら問題はない」

 

 食堂から二人は出ていく。その表情を伺うことはできない。任務前夜の前科戦線。しかしその夜は、卯月が来てから初の土砂降りだったのである。




NGシーン
「仇討ちなどという行為は無駄だ、命令違反は許さん」
「なんだぁ? テメェ……」
卯月、キレた!

尚返り討ちに合う展開は同じ模様。
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