卯月も、満潮も、憲兵隊も動けなかった。
ガンビア・ベイは確保した。
残る深海棲艦を殲滅すれば、核攻撃は止められる。
なのにこれは何だ。
核攻撃でも破壊できないシェルターの屋根が、破壊されていた。
「──戦闘態勢ッ!」
真っ先に反応したのは憲兵隊。
何処から攻撃が来たのは、そこからの追撃を警戒する。
やや遅れて、卯月達も警戒する。
但し、憲兵隊の見る周囲ではなく、『空』の方。
そして見えた
「やっぱりか! 落とす人間は減ってたんじゃない! 取っておいてたんだ!」
落ちてくるのは、呪いに感染した人間爆弾。
着弾地点は勿論、シェルターに空いた大穴。
穴の先にあるのは、無感染の避難者達。
「ヤバい! 一人でも落ちてしまったら、無事な人達全員が、深海棲艦化してしまう!」
「何!? あれは呪われているんですか!?」
「そうだぴょん!」
憲兵は戦慄しながらも指示を飛ばす。
「ガンビア・ベイの見張りは一人で! 残りは迎撃体勢! だが感染してはいけません! 接触せず全て迎撃しなさい!」
憲兵隊は人間離れした動きで跳躍、超人的身体能力により、落下してくる人間をパンチやキックの衝撃波で破壊していく。
「もう良い! ガンビア・ベイを始末するぴょん!」
「ダメ、多分意味がない! こいつを殺しても消えるのは艦載機だけ、人は依然として落下するわ!」
「そうなのかお前!」
「ヒィっ!?」
ガンビア・ベイはベソベソ泣いてて話にならなかった。
「どこまでクソ仕様なんだコイツは! じゃあいい対空砲火だぴょん!」
卯月達も迎撃に加わる。
幸いなのか、落下速度重視の為か、ステルス迷彩は機能してない。目視できる状態だ。
全員でやれば、全て迎撃できる。
その見立ては正しい。
正しいからこそ、敵がそれを実現させる筈がなかった。
「あああもう! どうしてこんな事に……え」
満潮はたまたま振り返っただけだった。
結果、見てしまった。
ガンビア・ベイが拘束具諸共忽然と消えているのを。
「ガンビア・ベイが逃げたっ!」
「嘘だろ!?」
本当に影も形もない。
横では見張りをしていた憲兵が、頸動脈を切られていた。
「本当よ! でも、そう遠くへは行っていない筈! すぐに見つけ出してや」
「必要ないです」
満潮が感じたのは、真っ暗な寒さだった。
「え」
ナイフが鳩尾に突き刺さっていた。
痛みは感じなかった。
疑問が勝った。
どうして気づけなかった?
こいつは真正面から現れたのに。
「どどど、退いてください!」
拘束具も消えていた。
ガンビア・ベイは完全な自由。
刺された鳩尾へ、回し蹴りを叩き込まれ、満潮は瓦礫の山へ吹っ飛ばされた。
「満潮!?」
卯月も同じ疑問を抱いていた。
ステルス迷彩は動いたら解除される、そういう能力だ。
だが、今ガンビア・ベイは、透明のまま動いていた様に見えた。
満潮の目の前に、突然出現した──様に見えた。
動いたら解ける、という事自体、そう思わせる為の罠だったのか?
兎に角ヤバい。
逃げられたら全てが終わる。
「ひっ、ひゃ……!」
だが、ガンビア・ベイは逃げなかった。
代わりに、その場で丸まって、一切動かなくなった。
これは、何なのだろうか?
卯月は罠の気配を感じ、動けない。
そこへ、隙を見逃さなかった上空の飛鷹達が、空襲を仕掛けた。
「C,
飛鷹達の航空隊は、ガンビア・ベイの航空隊と戦っていた。その最中、彼女が止まったのを見て、攻撃を決断したのだ。
この場で仕留めなければ、核が撃たれる。
出し惜しみはない。
残っていたあらゆる火力が、限界ギリギリの至近距離から叩き込まれた。
艦攻、艦爆、致死レベルの火力が捻じ込まれる。
踏ん張らなければ、卯月が吹っ飛ぶ程の衝撃。
卯月はガンビア・ベイの死を確信していた。
「よし、うーちゃんは、落下物の撃破を優先し」
「う、うう……」
その声に戦慄する。
「嘘だろ」
爆炎が収まった。
姿が見えた。
ガンビア・ベイは無事だった。
傷も火傷も、何一つ負っていない。
前科戦線が出せる最大火力を叩き込んでも、一切のダメージを負っていなかった。
卯月は絶望する。
自分達の最大火力でもダメージを与えられなかった。
ならどうやって倒せばいい?
どうやって無力化すればいい?
厳重な拘束も、手段は分からないが脱出された。
「止める手立てが、ない……!」
それでも、諦める訳にはいかない。
核攻撃を許す訳にはいかない。
幾ら艦娘でも、核攻撃の直撃には耐えられない。
絶対に阻止しなければならない。
そう思っているのは、上空で戦っている飛鷹達も同じ。
一度でダメなら、何度でも浴びせるまで。
ダメージが通らなくても、爆撃でその場へ縛ることは可能。
再攻撃の為、次々に急降下。
「──分っかり易い軌道ねぇ」
微かな声が。
瞬間、航空隊が蒸発した。
真っ黒な暴風が、殴り込んできた。
その正体は、暴風のような密度の航空隊の軍勢。
暴風は艦載機を蹴散らすと、四方へ散り、各所へ攻撃を始めた。
憲兵隊へと襲い掛かる。
更に高高度へ飛翔し、ガンビア・ベイの航空隊へ加勢、制空権をひっくり返しにかかる。
無論、呆然としてる卯月にも襲い掛かる。
「増援って、ふざけるなよ!?」
悲壮な叫びが、寒空へ響く。
更に絶望はもう一つ。
さっきの急降下爆撃で、飛鷹達は殆どの火力を使い切っていた。
そこへ横殴りの攻撃。
今の航空隊にはもう、空爆できるだけの弾薬が残されていなかった。
「まだだ、まだ、人を、護らないと……!」
それでも、それでも、絶望している暇はない。
シェルター内の避難者達を護らなければ。
核が落ちてしまえば、全て無駄になるが──放棄していい理由にはならない。
それはプライドが許さない。
しかし、敵もまた
この本土襲撃を、千載一遇のチャンスとして、最大の賭けをしていた。
爆発と言っても良い様な、凄まじく激しい轟音が、空から聞こえた。
それは、人の落下音ではない。
人ならもっと小さい音がする。
これは、もっと重い、かなりの重量物が落ちて、風を切る音。
──そう思考したから、対応が遅れた。
それでも反射的に、空を見た。
しかし、それらしきモノは何もない。
変わらず、感染者が落ちてくるのが、
「ステルスッ!?」
違う、ステルスだ。
今落下してきている、重いナニカは、ちゃんとステルス迷彩を起動しているのだ。
そう気付いたと同時に、卯月は理解する。
ガンビア・ベイの目的は、感染者をシェルター内に落とす事ではなかった。落としたかったのは『本命』の方だ。
人を落としたのは、途中ずっと落とし続けていたのは、思い込ませる為。
そう先入観を与える事で、本命を落とした時の対応を遅れさせる為だったのだ。
結果卯月達は、落下速度を読み間違え、迎撃の機会を逃す。
もう間に合わない。
そして、本命が着弾した。
「……そんな」
凄まじい地響きが発生し、シェルター内から大量の粉塵が噴き出す。
シェルター内に『本命』が落ちた。
落ちたのが感染者なら、一気に呪いが避難者達に広がっていく。
しかし、『本命』の正体が分からない。
何をすべきか分からない。
分かるのは、一つの事実。
「騙された、のか。私は」
全ては、『本命』を落とす為の策謀だったのだ。
先程卯月が気づいた通り、感染者を落としてきたのは、落下物は人間だと先入観を与える為。イロハ級の増産や、視界妨害といった目的もあるが、真の狙いはそちら。
シェルター付近に来て以降、感染者をステルス迷彩無しで落としたのも同じ理由。その中の『本命』にだけステルス迷彩をつけて、投下したのを隠す為。全てを透明にするより、その内一つだけを透明にした方が、より存在を偽れる。
ガンビア・ベイが蹲って動かなかったのも、自分を囮にし、飛鷹達の航空戦力を上空から引き剥がす為。そこへ今までずっと隠してきた、『伏兵』の航空戦力を叩き込み、制空権を奪い取れば、『本命』の投下を確実にできる。
策謀は成功した。
投下は成功した。
「……これは、呪いが生まれる、音か」
シェルター内は、舞い上がった粉塵で直視できない。
しかし、深海棲艦が生まれる音は聞こえていた。
『本命』の正体は分からないが、呪いを撒き散らす物なのは確かだ。
「そうだ、みんな、殺さないと」
うわ言のように、主砲を構えた。
呪いは感染する。
だが、感染してから変異までにはタイムラグがある。
それまでに全員殺さなければならない。
全員が変異したら──殲滅は不可能だ。核攻撃が実行される。
卯月はもう、自分の生存は考えていなかった。
せめて、核攻撃で、更なる犠牲者を増やさない為に、戦おうとしていた。
憲兵隊も同じ。
感染者の殲滅に動き出そうとしていた。
「
それもシェルター内部から。
つまり、『本命』の投下物の正体とは。
送り込まれた敵はガンビア・ベイだけではなかった。
洗脳艦娘は『三人』いた。
同じ言葉を繰り返そう。
敵もまた、千載一遇のチャンスに賭けていた。
分厚いシェルターの壁が崩壊する。
現れたのはイロハ級の軍勢。
この数秒で、変異を終えた全ての避難者達。
「なんで」
避難者達は変異を終えていた。
そこからの展開は早かった。
シェルター内にいた避難者の数は約100人近く。
つまり、100隻の深海棲艦が現れたのと同じ。
艤装と肉の濁流が押し寄せる。
砲弾を撃っても、魚雷を撃っても、大火にじょうろで水をかけるのと同じ事。
意味はなく、抵抗はできず、卯月は一瞬で押し潰された。
誰も砲撃はしてない。
攻撃はしてない。
ただ行軍しただけ。
それだけで、攻撃として成立する。
人型に押し込まれていても、その実態は──最低でも一隻2000トン。
それが100隻分。
吹き飛ばされ、踏み潰され、蹴り飛ばされて……津波が引いた時にはもう、卯月は動けなくなっていた。
「う……あ、あぁ……」
システムによる強化を以てしても、耐えられなかった。
骨は砕け、内臓に何本も突き刺さり、濁流のように全身から出血。
指先一本も動かせない、立ち上がる事さえ、できるかどうか。
「怯むな! 死んででもこいつらを排除するのだ!」
憲兵隊達も戦っているが、勝ち目は皆無だ。
人間の攻撃では、再生を阻止できない、絶対に殺し切れない。
不意に食らった砲撃で砕けて死ぬ、機銃で穴だらけになって死ぬ、四肢を捥がれて死んでいく。防護服に穴が空き、呪いに浸食される。変異しきる前に自爆で死んでいく。
それでもまだ、イロハ級だけなら、どうにかできたのかもしれない。
「卯月さん大丈夫か!」
目の前に憲兵の一人が着地する。
「君だけでも救助をす」
パン、と乾いた音が鳴った。
頭部から、脳漿を垂れ流して死んだ。
人の武器の音だった。
周囲を包囲していたのは、イロハ級だけではない。専用防護服に身を包んだテロリストの軍勢もだった。
「増援も来てくれたわね。これで完璧だわ」
「ひっ……
「狙われたって、私達に勝てる訳ないけどね」
アサルトライフルの音が鳴る。
憲兵隊の断末魔が、途切れ途切れに響く。
やがて、憲兵達の声は聞こえなくなった。
「さてと、これで形勢逆転って訳だけど……こいつ、死んでないわよね?」
「
「こんな雑魚に秋月と最上は負けたの? まるで使えない連中ね。消えて済々するわね」
第二、第三の声が聞こえる。
軽空母以上の、超重量級の足取りが、こちらへ迫る。
卯月は、立ち上がった。
立たなければ殺されてしまう、倒れたままではいられない。
「ひぃっ!? まだ動けるんですか!?」
「
一体は、玉座のような艤装に腰を掛けていた。
もう一体は、和服めいた衣装に、巨大な弓、そしてカタパルトを構えていた。
その後ろでガンビア・ベイがガタガタ震えて隠れている。
「
真っ暗闇に落ちていく感覚になった。
「このまま放置して、爆発で殺しても良いけれど……My lordは確実な抹殺をご希望。だから
「ねぇ、でも自己紹介は必要じゃない?」
「
蔑み、嘲笑う視線を向けながら、誇らしげに宣言する。
「翔鶴型航空母艦2番艦、瑞鶴!」
「
「これは、ご主人様からの寵愛を無碍にした罰よ」
「
卯月はもう、全てを絶望に支配されていた。
しかしそのせいで、聞きそびれた。
艤装から、小さく『メキャ』と音がしたのを。
ここまで登場した洗脳艦娘。
秋月、最上、ガンビア・ベイ、瑞鶴、ウォースパイト。
実はある共通ネタからの採用です。
メッチャ細かいネタですけども。