前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第181話 受胎

 卯月は敵の策謀に嵌った。

 満潮は腹部を刺されて重傷、吹っ飛ばされたまま戻って来ない。

 護る筈だった避難者達は、全員深海棲艦化した。

 憲兵隊はそのイロハ級と、突如現れたテロリストの増援に圧し潰された。

 

 残された卯月も大ダメージを負い動けない。

 

 その上で、包囲されてしまった。

 テロリストと、100隻を超えるイロハ級と、ガンビア・ベイと、新たに現れた──実際にはずっと潜伏してたのだが──二隻の洗脳艦娘、『瑞鶴』と『ウォースパイト』によって。

 

「ありがとう」

「……は?」

「貴女がバカだったお陰で、上手くいったの。ま、私もウォースパイトも運良い方だし、必然だったのかもしれないけどね」

 

 瑞鶴は卯月に礼を言った。

 当然、本当の感謝なんて欠片もない。

 蔑みと嘲笑に満ちた、悪意の礼だ。

 

「ズイカク。ちゃんとexplanation(説明)してあげなきゃダメですよ。卯月さんのお陰なんですから、それぐらいはしてあげないと」

「えー、私が説明するの?」

「……ズイカク」

「チッ、はーい」

 

 上下関係的には、ウォースパイトが上らしい。

 

「まあ、アンタがあの時、感染してた子供をどーにかしようとしたお陰で、時間が間に合ったの。お陰で主様を失望させないで済むわ」

「……それは、どういう」

「私達の標的は、卯月アンタだったのよ」

 

 どういう事だ。卯月は理解できない。

 狙いは大将と、その護衛人物。その人達を確実に抹殺する為に、ネズミ退治に山ごと燃やすような暴挙に出たんじゃなかったのか。

 混乱を分かってか、瑞鶴は楽しげだ。

 

「正確には、()()()に変わった。ね。護衛されてる奴から、アンタに変わったの」

 

 彼女達の標的は、確かに最初は護衛人物だった。

 しかし、卯月がこの戦場に現れた事で、優先順位に変化が生じた。

 『護衛や大将は取り逃がしても構わない、卯月を始末しろ』

 それが、主様からの命令だったのだ。

 

「取り逃がさず、一瞬で確実に始末する。大変だったわ。そういう作戦を、この現地で組み上げないといけなかったんだから。そういう訳で考えたのが、アンタが味わったこのシチュエーション。察知されず、一瞬でイロハ級で包囲して、逃げられない状況へ追い込む。見事に嵌ってくれてありがとね」

 

 即ち、最初にガンビア・ベイが姿を現した時点で仕組まれていたのだ。

 ガンビア・ベイは『囮』だったのだ。

 彼女を止めれば、核攻撃を止められるという状況が、囮としてのインパクトを強めた。

 そして避難所へ誘導し、そこの避難民を一斉に深海棲艦化させ包囲する。

 

 問題は、瑞鶴やウォースパイトの準備時間。

 それが、卯月の余計な行動のお陰で確保できた。

 そこについては運が良かった。だから礼を言ったのだ。

 

 尚、それが実現できたのはウォースパイトの能力のお陰だが、彼女が投入されたのは偶然ではない。護衛対象や大将がシェルター内部に逃げてしまった時、()()()()()()()()()()()()()暗殺する為に必要だったからだ。

 

「……嵌められたのか、うーちゃんは」

「そういうこと。絶望した?」

「いいや、この程度じゃ絶望しない」

 

 首を振って、卯月は立ち上がった。

 

「嘘、立った!?」

 

 悲鳴を上げるガンビア・ベイ。まだ立てる事に、瑞鶴達は警戒心を高める。

 

「うーちゃんが死んでも、任務は達成できる。護衛されてた人が無事なら、何一つ問題はないんだぴょん」

「いや、そいつも多分死ぬわよ。呪いで」

「あり得ないぴょん。護衛部隊がいる。深海棲艦との接触なんてさせる訳がないぴょん」

 

 呪いは接触によって蔓延する。

 しかし、大将の護衛がそれを許す筈がない。

 だから瑞鶴は出鱈目を言っているだけだ。卯月はそう決めつけた。

 

「……あれ、もしかして知らないの?」

「何が」

「その様子だとマジっぽいわね。ウォースパイト、どうする?」

「冥途の土産に教えてあげれば如何ですか?」

「それもそうね!」

 

 大分混乱している卯月へ、瑞鶴が告げた。

 

「呪いは接触感染する」

「そんなの、知って」

「土地も」

「……え?」

 

 一瞬、理解できなかった。

 

「呪いは生物だけじゃない。土地にも感染するわ。そうして地続きの所なら延々と蔓延していくの」

 

 じゃあ、何処に逃げれば良いのか? 

 結論は、逃げ場無し。

 途中で阻止できなければ、最終的に──国一つが滅ぶ。

 いや、滅ぶなら圧倒的にマシ。

 一国の総人口全てが、深海棲艦化するのだ。

 

「アンタ、可笑しいって思わなかったの? どうして核を撃つんだろうって。艦娘はまだしも、深海棲艦には効果薄いのに。あれはね、()()()()()を焼き払う為に撃ってるのよ。そうしなきゃ、被害が終わらないから」

 

 例えると、日本の総人口は約1億である。

 

 これが全員呪われる。

 

 深海棲艦が1億隻現れる事になる。

 

 それは最早、戦力アップという次元に留まらない。

 人型であっても、実態は艦艇と変わらない。

 実際に起きた所は──起きたら世界が終わるので当然だ──観測されていないが、重さに耐え切れず、地球が崩壊すると技研は提唱している。

 

 幸いにして、戦力アップに留まったとしても、世界滅亡は必須。

 だから、核を撃つ。

 そうなる前に、感染者を鏖殺し、土地を焼き払い、呪いを排除。

 残った深海棲艦をどうにかして掃討する事で、事態を収拾させる。

 

 生き残るのは、シェルター内部の無感染者だけ。

 

 それが、この世界での国家間協定なのだ。

 例え自国の核を自国に撃とうが、同盟国に撃ち込もうが、そうでもしなければ、世界が終わってしまうから。

 

「大量展開したイロハ級に殺されるか、土地へ広がる呪いで呪殺か、そうでなくても核の爆発で死ぬ。それでもシェルターに入って生き延びるかもしれないけど、その時は私達がシェルターの外から殺す。できる手段はあるしね!」

 

 当然護衛対象の位置は把握しているし、今も観測している。どのシェルターへ逃げ込んだか確認できる。

 むしろ、逃げ込むなら好都合。自分から逃げ場のない所へ行ってくれるのだから。

 直接殺されるか、呪いで死ぬか、核で死ぬか、その後瑞鶴達に殺されるか。

 いずれにせよ、生き残る可能性は皆無。

 

「……か、核で、お前たちも」

D-ABYSS(ディー・アビス)の祝福を受けた私達は、核如きじゃ死なないわ。まあ痛い目には合うと思うけど……その後、アンタの仲間とか護衛対象を殺すのに、支障はないわ」

 

 守ると誓った子供は、自らの手で終わらせなければならなかった。

 そんな状況を作り出した瑞鶴達を倒せる見込みは皆無。

 満潮も生きてるか、死んでるか分からない。

 任務さえ達成できない。

 瑞鶴の増援のせいで、飛鷹達の航空隊は動けない。

 大将の護衛部隊だって、こっちへ回す余裕はない。

 

「アンタが来なければ、被害はここまでいかなかったのにね」

 

 理屈はない。嫌がらせの言葉。

 

「…………」

 

 心に亀裂が走った。

 普段なら適当に流す暴言が、今は耐えられなかった。

 この状況でできる事がない。

 

「……あ、あぁ、う」

 

 発作が起きる。崩れ落ちる。

 私が来なかったら、大将を始末した時点で、攻撃を止めてたかもしれない。

 私がいなければ、こんな本土襲撃をしなかった。

 私がいたから、関係のない人たちが、死んでしまった。

 

「ごめん、なさい、ごめんなさい……ごめんな、さい……!」

 

 ボロボロと涙を流しながら、血が出る程深く、全身を掻きむしる。

 聞こえてきたのは、悲鳴、怨嗟、慟哭。お前のせいだと叫び、歯を、爪を、拳を突き立ててくる亡者の群れ。

 もう、目の前は見えていない。

 

 心の亀裂は、子供を殺めた時点で入っていた。

 それが、瑞鶴の一言で決壊してしまった。

 敵の言葉だ、嫌がらせの為の嘘だ──そう思う為の余力は、もうない。

 

 壊れていく卯月に分かるのは一つだけ。

 ──私が、みんなを殺した。

 トラウマに直結する、その妄執だけ。

 

 自己嫌悪が顕在化しただけだと、もう卯月には分からない。

 

「あ、あぁあぁぁああっ!?」

「あ、壊れた」

「時間稼ぎの必要、なかったかもしれないわね」

 

 これだけベラベラ喋っていたのは、卯月を追い詰める意味合いもあった。

 最初のダメージでの出血は、時間経過で更に悪化。

 もう、いつ死んでもおかしくない状況だ。

 

 後は、砲撃なりなんなりで吹っ飛ばして終わり。彼女達はそう考えた。

 

「……う、うぅ、あ゛」

「え、また立ったんだけど」

 

 しかし、卯月は再び立ち上がった。

 しかも、砲身をこちらに向けた。

 

「どういうこと。壊れた筈なのに」

「最後の執念とか、本能的なものでしょうか」

「……そ、そうでしょうか、何か違う気が」

 

 確かに心は折れた。

 だから『憎悪』だけが残った。

 殺意だ。

 それも、敵と()()()()殺意。

 こんな状況に()()()()()()した連中を、自他含め全てに報い()()()()を受けさせる。

 

「……ころ、す、やらない、と」

 

 殺()()()()()さないと。

 報いを受けさせる。

 護る筈だ()()()()()ったあの子を、殺した()()()()()

 だから私は()()、皆殺す。

 

 あいつも私も。

 

 こいつらは、私を()()()()()殺す為に、此処までやった()()()()のだ。

 だから、本質的には私のせい()()()()()じゃない。

 でも、皆、私の死も望ん()()()()()()()()でいる。

 

 だから、やる。やらないと。

 殺された痛みを、殺した痛みを、見捨てた痛みを、絶望した痛みを。

 全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全──

 

「……あ、あ」

「ん、何?」

「あの子を、殺させた、な」

 

 瀕死には変わりない。

 眼の焦点は会わず、ボソボソと、怨霊の様に呟くだけ。

 無様な姿に、瑞鶴は嗤った。

 

「はっ、何言ってんの? 殺したのはアンタじゃない。私達のせいにするなんて、責任って言葉を知らないのかしら?」

「やっと、再会、できたのに、私の、手で……」

「そう! 手に賭けたのはアンタ──」

「私の、あの子を」

「そう、アンタの子ど──え?」

 

 耳を疑う瑞鶴。

 しかし、ウォースパイトもガンビア・ベイも、同じ発言を聞いていた。

 

「今日、結婚する筈だった、のに……彼女を、俺、がちゃんとあそびたか、った。もっといっぱ何で、アタ、シパパヲ殺し、たの、わ」

「アンタ何言ってんの狂ったの」

「止めて、どうし、てお姉ちゃん僕、痛いよ分からな、とマラない。殺した、い殺したくて嫌じゃ儂は」

「誰なの、アンタ一体、何だっての!?」

 

 正体不明の悪寒を感じていた。

 D-ABYSS(ディー・アビス)の取り込む怨念が、フィードバックされている──と推測はできる。

 だがそれ以上の何かが起きる予感を感じる。

 

 『穴』が空いた。

 

「何、アレ」

 

 卯月の艤装に、くっきりと『穴』が空いていた。

 

 側面から側面へ、貫通している『穴』だ。

 

 だが、その穴からは、艤装の内部機関が覗けない。

 穴の反対側が見える事もない。

 ()()()()()()()()()()()

 

 そして、『奈落』が──

 

Get rid of(始末しなさい)──ッ!」

 

 瑞鶴は弓矢を放った。

 今殺さなければ、取り返しのつかない事になると確信していた。

 ガンビア・ベイも艦載機を発艦させた。

 

「──ア゛」

 

 艦載機に変化はさせず、弓矢がそのまま、卯月の胸部を貫く。

 

「まだ! 畳み掛けて! 絶命仕切るまで攻撃を止めないで!」

 

 ウォースパイトの激に、二人が猛攻を続ける。

 鋼鉄さえ穿つ弓矢が、卯月の全身を貫く──否、肉を抉り、吹き飛ばしていく。

 艦載機の機銃が、あらゆる箇所へ風穴を空けていく。

 その内の一発が、卯月の頭部を捉えた。

 

「死になさい化け物!」

 

 頭が半分消えた。

 

「これで!」

More(もっとよ)! 脳味噌がまだ半分残ってる、心臓も! 生命を維持する全てを破壊しなさい!」

 

 ウォースパイトは叫ぶ。

 

「……ぜ、んいん……ころ」

 

 卯月が一歩、踏み出した。

 足の肉は抉れて、折れた骨が何本も飛び出していた。

 その状態で歩き出す。

 

 艤装に空いた『穴』は、少し広がっていた。

 

「イヤァァァァ!? Why(何で)why(何で)why(何で)why(何で)why(何で)来ないで下さいよぉぉぉ!?」

 

 とうとう錯乱し出したガンビア・ベイが、なりふり構わず猛攻を仕掛ける。

 機銃だけでは済まさず、爆弾も投下する。

 

Wait(待ちなさい)! それでは、卯月のD-ABYSS(ディー・アビス)が」

「その命令聞けませんムリムリムリ絶対にムリ!」

「My lordからの命令を忘れたの!?」

「嫌ーっ!?」

 

 ウォースパイト達は、卯月の暗殺を命じられていた。

 但し同時に、卯月のD-ABYSS(ディー・アビス)の回収も命じられていた。

 瑞鶴が弓矢で攻撃したり、ウォースパイトが主砲を使わないのは、艤装を巻き添えで破壊してしまわない為だ。

 

 だが、ガンビア・ベイはそれを無視。

 彼女の憶病過ぎる気質は、よりハッキリと感じ取っていた。

 これから起きる事は、破壊だとか、蹂躙だとか、そんな次元ではない。

 

 何処へ逃げても無駄になってしまうような、そんな事が起きる。

 

 主からの命令だろうと、これは聞けない。

 此処で卯月を始末しなければ、全てが終わる。

 

「このtrash(クズ)が……でも私はダメ。瑞鶴早くしなさい!」

「分かってるわよ!」

 

 このままでは艤装諸共爆散する。

 だが、ウォースパイトが攻撃したら跡形も残らない。

 そんなリスクは犯せない。

 

 実の所、それが正解だった。

 

 命令には背くが、跡形もなく消滅させるのが最適解。正しいのはガンビア・ベイだ。

 

 しかし不幸な事に、憶病でないウォースパイトでは気づきようがなかった。

 

「え、ん、さ……統、塔、終わ、とき、来た……」

「いい加減に死ね! 死んで黙りなさい! 生き汚いガキが!」

「……れ、り」

 

 それが、断末魔になった。

 

 残っていた頭の半分が砕けた。

 機銃斉射を受けた四肢は、ミキサーにかけられたように千切れ飛んだ。

 艦載機を、胸部へ捻じ込んで自爆。

 心臓も、肺も、他の内臓も砕け散る。

 飛散した肉片や脳味噌は、砲撃で後も残らない。

 

 残ったのは、内臓を垂れ流す胴体と艤装だけ。

 

 ころころと、爆風で飛んできた心臓の残骸がウォースパイトの足元へ。

 

Mission accomplished(任務達成ね)

 

 それを踏み潰し、丁重に副砲で消し飛ばす。

 

 卯月は死んだ。




艦隊新聞小話
※機密事項案件、要注意
深海棲艦の呪いに関する纏め

 深海棲艦は全て、例外なく『呪い』を宿しています。この呪いは対存在である艦娘には大きな効果を及ぼしません。また海においても、強い効果は発揮されません。海は常に流動していて、その場で淀む事ができないからと推測されます。

 しかし、地上で呪いが放たれた場合は、例外なく非常事態宣言が発令されます。この呪いはあらゆる生物、及び土地に対し、接触感染により広がります。(虫やバクテリアは感染後即死)この為一度汚染されたエリアは、放置した場合一匹の微生物も存在しない死地と化します。

 感染者は、人間や犬猫であっても、深海棲艦へ変異します。現時点ではワクチンや解呪の方法はありません。殺害による処分以外の対処方法はありません。

 また、土地に対する感染速度は、エリア内の感染者数に応じて二乗されます。その為、数時間で国家全域が呪われます。土地は核攻撃で除染できますが、出現した深海棲艦は他の方法で処理するしかありません。

 初期段階での対応が失敗した場合は、核攻撃による事態収拾が国際条約により義務付けられています。核を保有していない国家の場合は同盟国が撃ちます。発射する核は取りこぼしのないよう、戦略核クラスの物が推奨されます。なお、有事の際に核を撃つ決断ができなかった国家は、国際的信用を失います。

 現時点での核は、既に20回近く発射されています。加害範囲を絞り、威力を高めた核開発が急がれています。

 ※呪いに関して、艦娘に周知するのは慎重に行ってください。全てのイロハ級が、元人間だったと思い込み、戦闘不能になる恐れがあります。対策なく周知をした場合は十傑集裁判が無告知に実行されます。
 
 この要綱を権限なく見た場合も同様です。
 というか今向かわせました。

A氏「 」
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