卯月は敵の策謀に嵌った。
満潮は腹部を刺されて重傷、吹っ飛ばされたまま戻って来ない。
護る筈だった避難者達は、全員深海棲艦化した。
憲兵隊はそのイロハ級と、突如現れたテロリストの増援に圧し潰された。
残された卯月も大ダメージを負い動けない。
その上で、包囲されてしまった。
テロリストと、100隻を超えるイロハ級と、ガンビア・ベイと、新たに現れた──実際にはずっと潜伏してたのだが──二隻の洗脳艦娘、『瑞鶴』と『ウォースパイト』によって。
「ありがとう」
「……は?」
「貴女がバカだったお陰で、上手くいったの。ま、私もウォースパイトも運良い方だし、必然だったのかもしれないけどね」
瑞鶴は卯月に礼を言った。
当然、本当の感謝なんて欠片もない。
蔑みと嘲笑に満ちた、悪意の礼だ。
「ズイカク。ちゃんと
「えー、私が説明するの?」
「……ズイカク」
「チッ、はーい」
上下関係的には、ウォースパイトが上らしい。
「まあ、アンタがあの時、感染してた子供をどーにかしようとしたお陰で、時間が間に合ったの。お陰で主様を失望させないで済むわ」
「……それは、どういう」
「私達の標的は、卯月アンタだったのよ」
どういう事だ。卯月は理解できない。
狙いは大将と、その護衛人物。その人達を確実に抹殺する為に、ネズミ退治に山ごと燃やすような暴挙に出たんじゃなかったのか。
混乱を分かってか、瑞鶴は楽しげだ。
「正確には、
彼女達の標的は、確かに最初は護衛人物だった。
しかし、卯月がこの戦場に現れた事で、優先順位に変化が生じた。
『護衛や大将は取り逃がしても構わない、卯月を始末しろ』
それが、主様からの命令だったのだ。
「取り逃がさず、一瞬で確実に始末する。大変だったわ。そういう作戦を、この現地で組み上げないといけなかったんだから。そういう訳で考えたのが、アンタが味わったこのシチュエーション。察知されず、一瞬でイロハ級で包囲して、逃げられない状況へ追い込む。見事に嵌ってくれてありがとね」
即ち、最初にガンビア・ベイが姿を現した時点で仕組まれていたのだ。
ガンビア・ベイは『囮』だったのだ。
彼女を止めれば、核攻撃を止められるという状況が、囮としてのインパクトを強めた。
そして避難所へ誘導し、そこの避難民を一斉に深海棲艦化させ包囲する。
問題は、瑞鶴やウォースパイトの準備時間。
それが、卯月の余計な行動のお陰で確保できた。
そこについては運が良かった。だから礼を言ったのだ。
尚、それが実現できたのはウォースパイトの能力のお陰だが、彼女が投入されたのは偶然ではない。護衛対象や大将がシェルター内部に逃げてしまった時、
「……嵌められたのか、うーちゃんは」
「そういうこと。絶望した?」
「いいや、この程度じゃ絶望しない」
首を振って、卯月は立ち上がった。
「嘘、立った!?」
悲鳴を上げるガンビア・ベイ。まだ立てる事に、瑞鶴達は警戒心を高める。
「うーちゃんが死んでも、任務は達成できる。護衛されてた人が無事なら、何一つ問題はないんだぴょん」
「いや、そいつも多分死ぬわよ。呪いで」
「あり得ないぴょん。護衛部隊がいる。深海棲艦との接触なんてさせる訳がないぴょん」
呪いは接触によって蔓延する。
しかし、大将の護衛がそれを許す筈がない。
だから瑞鶴は出鱈目を言っているだけだ。卯月はそう決めつけた。
「……あれ、もしかして知らないの?」
「何が」
「その様子だとマジっぽいわね。ウォースパイト、どうする?」
「冥途の土産に教えてあげれば如何ですか?」
「それもそうね!」
大分混乱している卯月へ、瑞鶴が告げた。
「呪いは接触感染する」
「そんなの、知って」
「土地も」
「……え?」
一瞬、理解できなかった。
「呪いは生物だけじゃない。土地にも感染するわ。そうして地続きの所なら延々と蔓延していくの」
じゃあ、何処に逃げれば良いのか?
結論は、逃げ場無し。
途中で阻止できなければ、最終的に──国一つが滅ぶ。
いや、滅ぶなら圧倒的にマシ。
一国の総人口全てが、深海棲艦化するのだ。
「アンタ、可笑しいって思わなかったの? どうして核を撃つんだろうって。艦娘はまだしも、深海棲艦には効果薄いのに。あれはね、
例えると、日本の総人口は約1億である。
これが全員呪われる。
深海棲艦が1億隻現れる事になる。
それは最早、戦力アップという次元に留まらない。
人型であっても、実態は艦艇と変わらない。
実際に起きた所は──起きたら世界が終わるので当然だ──観測されていないが、重さに耐え切れず、地球が崩壊すると技研は提唱している。
幸いにして、戦力アップに留まったとしても、世界滅亡は必須。
だから、核を撃つ。
そうなる前に、感染者を鏖殺し、土地を焼き払い、呪いを排除。
残った深海棲艦をどうにかして掃討する事で、事態を収拾させる。
生き残るのは、シェルター内部の無感染者だけ。
それが、この世界での国家間協定なのだ。
例え自国の核を自国に撃とうが、同盟国に撃ち込もうが、そうでもしなければ、世界が終わってしまうから。
「大量展開したイロハ級に殺されるか、土地へ広がる呪いで呪殺か、そうでなくても核の爆発で死ぬ。それでもシェルターに入って生き延びるかもしれないけど、その時は私達がシェルターの外から殺す。できる手段はあるしね!」
当然護衛対象の位置は把握しているし、今も観測している。どのシェルターへ逃げ込んだか確認できる。
むしろ、逃げ込むなら好都合。自分から逃げ場のない所へ行ってくれるのだから。
直接殺されるか、呪いで死ぬか、核で死ぬか、その後瑞鶴達に殺されるか。
いずれにせよ、生き残る可能性は皆無。
「……か、核で、お前たちも」
「
守ると誓った子供は、自らの手で終わらせなければならなかった。
そんな状況を作り出した瑞鶴達を倒せる見込みは皆無。
満潮も生きてるか、死んでるか分からない。
任務さえ達成できない。
瑞鶴の増援のせいで、飛鷹達の航空隊は動けない。
大将の護衛部隊だって、こっちへ回す余裕はない。
「アンタが来なければ、被害はここまでいかなかったのにね」
理屈はない。嫌がらせの言葉。
「…………」
心に亀裂が走った。
普段なら適当に流す暴言が、今は耐えられなかった。
この状況でできる事がない。
「……あ、あぁ、う」
発作が起きる。崩れ落ちる。
私が来なかったら、大将を始末した時点で、攻撃を止めてたかもしれない。
私がいなければ、こんな本土襲撃をしなかった。
私がいたから、関係のない人たちが、死んでしまった。
「ごめん、なさい、ごめんなさい……ごめんな、さい……!」
ボロボロと涙を流しながら、血が出る程深く、全身を掻きむしる。
聞こえてきたのは、悲鳴、怨嗟、慟哭。お前のせいだと叫び、歯を、爪を、拳を突き立ててくる亡者の群れ。
もう、目の前は見えていない。
心の亀裂は、子供を殺めた時点で入っていた。
それが、瑞鶴の一言で決壊してしまった。
敵の言葉だ、嫌がらせの為の嘘だ──そう思う為の余力は、もうない。
壊れていく卯月に分かるのは一つだけ。
──私が、みんなを殺した。
トラウマに直結する、その妄執だけ。
自己嫌悪が顕在化しただけだと、もう卯月には分からない。
「あ、あぁあぁぁああっ!?」
「あ、壊れた」
「時間稼ぎの必要、なかったかもしれないわね」
これだけベラベラ喋っていたのは、卯月を追い詰める意味合いもあった。
最初のダメージでの出血は、時間経過で更に悪化。
もう、いつ死んでもおかしくない状況だ。
後は、砲撃なりなんなりで吹っ飛ばして終わり。彼女達はそう考えた。
「……う、うぅ、あ゛」
「え、また立ったんだけど」
しかし、卯月は再び立ち上がった。
しかも、砲身をこちらに向けた。
「どういうこと。壊れた筈なのに」
「最後の執念とか、本能的なものでしょうか」
「……そ、そうでしょうか、何か違う気が」
確かに心は折れた。
だから『憎悪』だけが残った。
殺意だ。
それも、敵と
こんな状況に
「……ころ、す、やらない、と」
殺
報いを受けさせる。
護る筈だ
だから私は
あいつも私も。
こいつらは、私を
だから、本質的には私のせい
でも、皆、私の死も望ん
だから、やる。やらないと。
殺された痛みを、殺した痛みを、見捨てた痛みを、絶望した痛みを。
全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全──
「……あ、あ」
「ん、何?」
「あの子を、殺させた、な」
瀕死には変わりない。
眼の焦点は会わず、ボソボソと、怨霊の様に呟くだけ。
無様な姿に、瑞鶴は嗤った。
「はっ、何言ってんの? 殺したのはアンタじゃない。私達のせいにするなんて、責任って言葉を知らないのかしら?」
「やっと、再会、できたのに、私の、手で……」
「そう! 手に賭けたのはアンタ──」
「私の、あの子を」
「そう、アンタの子ど──え?」
耳を疑う瑞鶴。
しかし、ウォースパイトもガンビア・ベイも、同じ発言を聞いていた。
「今日、結婚する筈だった、のに……彼女を、俺、がちゃんとあそびたか、った。もっといっぱ何で、アタ、シパパヲ殺し、たの、わ」
「アンタ何言ってんの狂ったの」
「止めて、どうし、てお姉ちゃん僕、痛いよ分からな、とマラない。殺した、い殺したくて嫌じゃ儂は」
「誰なの、アンタ一体、何だっての!?」
正体不明の悪寒を感じていた。
だがそれ以上の何かが起きる予感を感じる。
『穴』が空いた。
「何、アレ」
卯月の艤装に、くっきりと『穴』が空いていた。
側面から側面へ、貫通している『穴』だ。
だが、その穴からは、艤装の内部機関が覗けない。
穴の反対側が見える事もない。
そして、『奈落』が──
「
瑞鶴は弓矢を放った。
今殺さなければ、取り返しのつかない事になると確信していた。
ガンビア・ベイも艦載機を発艦させた。
「──ア゛」
艦載機に変化はさせず、弓矢がそのまま、卯月の胸部を貫く。
「まだ! 畳み掛けて! 絶命仕切るまで攻撃を止めないで!」
ウォースパイトの激に、二人が猛攻を続ける。
鋼鉄さえ穿つ弓矢が、卯月の全身を貫く──否、肉を抉り、吹き飛ばしていく。
艦載機の機銃が、あらゆる箇所へ風穴を空けていく。
その内の一発が、卯月の頭部を捉えた。
「死になさい化け物!」
頭が半分消えた。
「これで!」
「
ウォースパイトは叫ぶ。
「……ぜ、んいん……ころ」
卯月が一歩、踏み出した。
足の肉は抉れて、折れた骨が何本も飛び出していた。
その状態で歩き出す。
艤装に空いた『穴』は、少し広がっていた。
「イヤァァァァ!?
とうとう錯乱し出したガンビア・ベイが、なりふり構わず猛攻を仕掛ける。
機銃だけでは済まさず、爆弾も投下する。
「
「その命令聞けませんムリムリムリ絶対にムリ!」
「My lordからの命令を忘れたの!?」
「嫌ーっ!?」
ウォースパイト達は、卯月の暗殺を命じられていた。
但し同時に、卯月の
瑞鶴が弓矢で攻撃したり、ウォースパイトが主砲を使わないのは、艤装を巻き添えで破壊してしまわない為だ。
だが、ガンビア・ベイはそれを無視。
彼女の憶病過ぎる気質は、よりハッキリと感じ取っていた。
これから起きる事は、破壊だとか、蹂躙だとか、そんな次元ではない。
何処へ逃げても無駄になってしまうような、そんな事が起きる。
主からの命令だろうと、これは聞けない。
此処で卯月を始末しなければ、全てが終わる。
「この
「分かってるわよ!」
このままでは艤装諸共爆散する。
だが、ウォースパイトが攻撃したら跡形も残らない。
そんなリスクは犯せない。
実の所、それが正解だった。
命令には背くが、跡形もなく消滅させるのが最適解。正しいのはガンビア・ベイだ。
しかし不幸な事に、憶病でないウォースパイトでは気づきようがなかった。
「え、ん、さ……統、塔、終わ、とき、来た……」
「いい加減に死ね! 死んで黙りなさい! 生き汚いガキが!」
「……れ、り」
それが、断末魔になった。
残っていた頭の半分が砕けた。
機銃斉射を受けた四肢は、ミキサーにかけられたように千切れ飛んだ。
艦載機を、胸部へ捻じ込んで自爆。
心臓も、肺も、他の内臓も砕け散る。
飛散した肉片や脳味噌は、砲撃で後も残らない。
残ったのは、内臓を垂れ流す胴体と艤装だけ。
ころころと、爆風で飛んできた心臓の残骸がウォースパイトの足元へ。
「
それを踏み潰し、丁重に副砲で消し飛ばす。
卯月は死んだ。
艦隊新聞小話
※機密事項案件、要注意
深海棲艦の呪いに関する纏め
深海棲艦は全て、例外なく『呪い』を宿しています。この呪いは対存在である艦娘には大きな効果を及ぼしません。また海においても、強い効果は発揮されません。海は常に流動していて、その場で淀む事ができないからと推測されます。
しかし、地上で呪いが放たれた場合は、例外なく非常事態宣言が発令されます。この呪いはあらゆる生物、及び土地に対し、接触感染により広がります。(虫やバクテリアは感染後即死)この為一度汚染されたエリアは、放置した場合一匹の微生物も存在しない死地と化します。
感染者は、人間や犬猫であっても、深海棲艦へ変異します。現時点ではワクチンや解呪の方法はありません。殺害による処分以外の対処方法はありません。
また、土地に対する感染速度は、エリア内の感染者数に応じて二乗されます。その為、数時間で国家全域が呪われます。土地は核攻撃で除染できますが、出現した深海棲艦は他の方法で処理するしかありません。
初期段階での対応が失敗した場合は、核攻撃による事態収拾が国際条約により義務付けられています。核を保有していない国家の場合は同盟国が撃ちます。発射する核は取りこぼしのないよう、戦略核クラスの物が推奨されます。なお、有事の際に核を撃つ決断ができなかった国家は、国際的信用を失います。
現時点での核は、既に20回近く発射されています。加害範囲を絞り、威力を高めた核開発が急がれています。
※呪いに関して、艦娘に周知するのは慎重に行ってください。全てのイロハ級が、元人間だったと思い込み、戦闘不能になる恐れがあります。対策なく周知をした場合は十傑集裁判が無告知に実行されます。
この要綱を権限なく見た場合も同様です。
というか今向かわせました。
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