前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第182話 蛹

 ころころと転がってきた脳味噌の残骸が踏み潰される。

 残されたのは、穴という穴から内臓を垂れ流す胴体と、それに繋がった艤装だけ。

 

「嘘」

 

 瓦礫の山から這いずり出てきた満潮は、膝から崩れ落ちた。

 

「あれは、何なの」

 

 腹部の出血は深刻だ。

 すぐ止血しなければ、生命に関わるような傷。

 しかし動けない。

 治療しようと思わない、痛みを感じてさえいない。

 

「まさか、卯月……なの」

 

 仲間が死んだ。

 あんなんでも、一応仲間として認識していた。

 その卯月が、ああなって死んだ。

 

「嘘よ、嘘、あり得ない、また、だ……なんて……」

 

 現実を受け入れない。

 それは起こりえない事。

 今の自分の前で、仲間が死ぬ事は、あり得ない。

 だが、現実は見ての通り。

 その矛盾に、満潮の精神は壊れ始める。

 

 戦闘できる状態ではない。

 壊れたオルゴールのように、うわ言を繰り返し、震えるだけ。

 

 強気さは失われ、別人の如く怯える満潮。

 

 しかし、彼女を放置してくれる慈悲深さは、彼女達にはない。

 

「生きてたのアンタ」

 

 近くからの声に、顔を上げる──頬を弓矢で殴られた。

 

「あぐっ!」

 

 ()()()によって強烈な威力を発揮。

 それは、駆逐艦を簡単に吹っ飛ばす。

 壊れた精神では、受け身も取れない。

 成すがまま、勢いのまま、アスファルトへ身体を打ちつける。

 

「アンタは変な事しなさそう……っね!」

 

 瑞鶴は口角を醜悪に歪めると、蹲る満潮を踏み潰した。

 

「まったくさぁ、なんだってのアンタの連れは! 最後まで気持ち悪い事をして、本当に不愉快! アンタの仲間よ、責任取って私を少しでもスッキリさせなさい、よっ!」

 

 背中を踏み、足を踏み、腹を蹴って、顔も蹴り飛ばす。

 殺す気はない。ストレス解消だ。

 それでも、D-ABYSS(ディー・アビス)によって強化された、正規空母の膂力が乗る。

 

「が、あ、ぁ。うぁ……」

「ふふっ、その悲鳴は興奮するわね。ほらほら、もっと泣き叫びなさい! オラッ、オラッ、オラァッ!」

 

 顎が砕けている。鼻は潰れて、口呼吸しかできず、その肺も損耗。内臓も傷が入り、鋤骨等が折れている。

 

 そこまでされても無抵抗。

 無様に、成すがままに悲鳴を上げるだけ。

 霞む視界で見るのは、卯月だった残骸。

 絶望と後悔で、何も分からなくなっている。

 

 このまま殺されても、どうでもいいと思ってしまう程に。

 

「反応が薄くなってきたわね。ここらで終わりかしら。そらぁっ!」

「──ッ」

 

 思いっきり腹を蹴り上げて、弓矢で叩き潰した。

 その勢いに、満潮はアスファルトへめり込む。

 もう虫の息だった。

 虚ろな目で、卯月の方を見ながら、それこそ虫のように痙攣する。

 

「はぁー、ちょっとはスッキリした。まったくどーして私が、こんな気分にならなくちゃいけないのかしら」

 

 瑞鶴は今まで、幸福に生きてきた。

 艦娘だろうが、深海棲艦だろうが、甚振って殺すと、ゾクゾクとした背徳感を味わえる。

 溢れんばかりの多幸感に酔いしれる事ができた。

 それに溺れて生きてきたし、一生そうしていたかった。

 

 だが、卯月は違った。

 殺したのに多幸感を得られない。感じたことのない、悍ましい感覚がこびりついたまま。

 満潮を甚振っても、尚解消できない。

 

「ズイカク。いつまでも遊んでないで。nuclear missile(核ミサイル)の直撃は回避しないといけないわ。上空のmonitoring(監視)も必要。大将の護衛がヤケになって襲ってくるかもしれないわ」

「ウォースパイトは心配し過ぎ。私達に勝てる奴はいない。ていうか、()()()()()()()()()じゃない」

「ズイカク」

「……ちぇっ、はーい」

 

 システムにより強化された肉体は、放射線如きではびくともしない

 だが、流石に爆発の直撃は不味い。

 砲撃等で塹壕を掘り、回避しなくてはならない。

 ウォースパイトの言う通り、遊んでいる暇はないのだ。

 

「ガンビア・ベイは卯月の艤装を回収しなさい」

「え、イヤです。i don't want to get close(接近したくないです)

「艦載機のmachine gun(機銃)で、接続ユニットを破壊すれば良いじゃないですか」

「ハァー……Confirmed(了解です)

 

 アイツはなんでああなんだ? 

 クソみたいな性根は、味方に対しても遺憾なく発揮されている。

 命令は一応聞くけども、面倒に変わりはない。

 命令通り、機銃で接続ユニットを破壊、落ちた艤装を艦載機で回収し、ウォースパイトの足元へ置いた。

 

 念のため確認する。

 

Hole()は空いてないわね」

 

 艤装側面に空いていた穴は、綺麗さっぱり無くなっていた。

 見間違いだったのか? 

 いや、それはあり得ない。

 三人とも確かに、『穴』を目撃した。

 あれはいったい何だったのだろうか? 

 

 いや、もう卯月は死んだ、大した事はない。

 そう思考を打ち切る。

 

 ──本能が勝手に打ち切ったのだ。これ以上考えるのは危険だと、本能が訴えていたのだ。

 

 艤装は回収した。

 さっさと撤退し、核を凌げる場所を作る。

 生き残りを始末してから。

 

「んじゃ、コイツ殺すわね」

「ええズイカク。ガンビア・ベイは上空を見ていてください。制空権を取られないように。勿論奇襲もさせないように」

「了解、です」

 

 倒れる満潮の脳天に、瑞鶴が弓矢(照準)を合わせた。

 超至近距離、絶対に外れない距離。

 満潮は抵抗しない。

 重症と、絶望と、後悔で、指先一本すら動かせない。

 

 弓矢が放たれた。

 

 甲高い金属音が響き、空気を震わす。

 

 『矢』が、別の『矢』に弾き飛ばされた音だった。

 

 放った矢が、別の矢で弾かれた。

 何者かが、奇襲を仕掛けてきたのだ。

 矢の飛んできた方向を見る為、顔を上げる。

 

「罠よ瑞鶴、下!」

「え!?」

 

 下を見た瑞鶴は、わなわなと震えだす。

 

「があ……っ!?」

 

 満潮が消えていた。

 

「マヌケ! 艦載機だわ! あそこ!」

 

 艦載機が、満潮を掴んで飛んでいた。

 飛鷹達の艦載機ではない。制空権は完全に支配していた。奇襲もガンビア・ベイに見張らせていた、見落としはあり得ない。

 なら、さっき弓を撃ってきた奴しかあり得ない。

 

 よりにもよって、同じ空母に出し抜かれた。

 ぞれを受け居られず、瑞鶴の額に血管が浮かび上がる。

 

「殺してやるわ! 何処の誰だか知らないけど私を舐めた報いを受けさせてや──」

 

 その瞬間、ウォースパイトが絶叫した。

 

「一体何をしてるの!?」

「見ての通り、アイツを殺」

「止めなさい今すぐに、Silly(ふざけた事)をしないでちょうだい!」

「は?」

 

 理解できない命令に、瑞鶴は反論する。

 

「バカな事言わないで。あいつを殺さなきゃ、撤退に支障きたすでしょうが!?」

Wwwwhy(ななな何で)、どうして、分からないです!?」

「今すぐ止めなければ、Get rid of(始末します)!」

「はぁ!?」

 

 ガンビア・ベイまで喚き出す。苛立つ瑞鶴は、大声で叫ぶ。

 

「だから! あの空母を! 殺すって! ことなのよ! これ以上叫ぶな喧しい!」

「違うわズイカク!」

「叫ぶなって、言ったで」

()()()!」

「……あっち?」

 

 さっきから、変だ。

 

 瑞鶴は顔を動かす。

 

 

 

 卯月の残骸を、チ級が()()()()()

 

 

 

「えっ」

 

 雷巡チ級が、卯月の遺体を、貪っていた。

 丁重に、欠片に至るまで。

 瑞鶴は漸く、異常事態を認識した。

 『止めろ』と言っていた相手は瑞鶴ではない。

 この雷巡チ級だったのだ。

 

「何してんのアンタッ!? 誰がそんな命令したの!? それを止めなさい!」

 

 チ級は耳を貸さず、一心不乱に食べ続ける。

 

「命令を聞かない!? どうして!? 止めろって言ってるのが、聞こえないの!?」

Enough(もういいわ)ズイカク。私も既に言ったわ。言って聞かないならuntil you kil(殺すまで)!」

 

 さっきの時点で、ほぼ捕食済み。

 後一口で完食。

 そうなる前に止めなければならない。ウォースパイトはそう確信していた。

 

「Fire!」

 

 躊躇なく、副砲を撃つ──主砲だと衝撃で、足元にある卯月の艤装を壊す恐れがある──システムで強化された戦艦の一撃が、チ級仮面に直撃。

 顔が粉砕され、吹き飛んでいく。

 死んだ。

 そう思えるのに、不快感が消えない。

 

「……今のは一体」

 

 どうしてチ級は、卯月の遺体を食べたのか? 

 もうチ級は殺した。

 大した意味はない──などと、片づけられない。

 

「ウォースパイト!? 待って、どうしたのそれ!?」

「急に何、それどころじゃ……」

()()! 卯月の艤装アンタの足元にあったじゃない。どこにやったの!?」

「え!?」

 

 足元を見る。

 艤装が、()()()()()

 システムを積んだ、最重要確保対象。

 それが、一瞬目を離した間に、何処かへ行ってしまったのだ。

 

What's the matter(どういう事なの)!?」

 

 艤装はそれなりの大きさ。

 持ち去ろうとすれば、途中で誰かが気づく、物音だっておきる。

 だが、何もなかった。

 煙に巻かれたように、どこかへ消えてしまった。

 

「あ、ああああ!!??!」

「今度は何なのガンビア・ベイ!」

「チチチチ級、か、かか、顔が、ななっ……!」

 

 ガンビア・ベイの指さす方向。

 そこには、吹っ飛ばしたチ級が立っていた。

 

 戦艦の副砲で撃ったのに、未だ健在。

 とはいえ、ダメージは通っている。顔面に直撃させたから、仮面が砕けていた。

 仮面の下が、剥き出しになる。

 

 だが、無かった。

 

 顔がなかった。

 何もなかった。

 顔も、肌も、肉も、骨も、脳も、機械もない。

 あるのは『穴』だけ。

 

「あれ、は」

 

 卯月の艤装に空いていたのと、同じモノが。

 チ級の顔に『穴』が開いていた。

 

「────ッ!」

 

 攻撃を命じ──ずとも、イロハ級が砲火を放つ。

 

 ()()()()()()()()

 

 その事を、誰もが確信していた。

 チ級へ砲撃が殺到する。

 地を揺らすような砲撃音、衝撃波で粉塵が舞い上がり、視界が埋まる。

 

 しかし、それまでだった。

 砲弾は全弾命中。地形を変えられる弾幕が、全て命中。

 なのに、爆発していない。

 

「なんで」

 

 撃たれた砲弾は、チ級を中心に、()()()()()()()()()()()

 ブドウのふさとか、数珠玉めいた状態。

 

 それだけならまだマシだった。

 くっついた砲弾が、生き物のように脈動し始めたのだ。

 

 一刻の猶予もない。

 だが、打つ手がない。

 砲撃では意味がない、またくっついてしまう、別の攻撃をするしかない。

 恐らく魚雷もダメ、空爆も無力化されるかもしれない。

 

 今、自分たちが出せる、最大火力を叩き込めば、どうなるだろうか。

 それはウォースパイトの砲撃でも、瑞鶴の空爆でもない。

 

「ウォースパイト!」

「準備はできている。全員critical state(臨界状態よ)!」

「お願い、これで、消え失せて!」

 

 腕を振り下ろす。

 イロハ級がチ級目掛けて、次々に飛び掛かって行く。

 総数100隻を超える深海棲艦。

 その機関部を臨界状態にしてからの、連続自爆攻撃。

 

 これが、今出せる最大火力だった。

 無数のイロハ級に飛びつかれ。鉄と肉のドームが形成され、全個体が自爆を遂げた。

 

 100隻分の油や弾薬、更にウォースパイトの『能力』も巻き込んだ爆発。

 その威力はまさに段違い。

 システムの恩恵を受けて、身体能力を強化されている彼女でも、吹き飛ばされかねないクラスの衝撃波。

 吹っ飛ばないよう、地面を踏みしめて耐え抜く。

 

 これなら、消えただろう。

 

 誰もが、そうあってくれと懇願していた。

 しかし、彼女達は、未だに理解できていなかった。

 D-ABYSS(ディー・アビス)の真の恐ろしさを。

 

 イロハ級は健在だった。

 

「……分かんない、自爆したでしょ、なのに」

 

 自爆したのに、生き残っている。

 100隻全員が、ドーム状のまま、そこに居る。

 既に事態は、超常の領域へと進みだしていた。

 

豁、蜃ヲ縺ッ遨「蝨

 

 イ級が嬌声を告げた。

 

「嘘。あり得ない。イロハ級が喋る筈がない」

 

 ドームを形成する、一隻のイ級が喋った。

 言葉を話さない筈のイロハ級が喋った。

 理解できない言語を。

 

縺励°縺怜スシ蟯ク縺ァ縺ゅj豬? 悄

 蜊ウ縺。螂郁誠縲

 

 ル級が悲鳴を告げた。

 

邨らч縺ィ縺ッ荳サ縺ョ蜈? ≠繧

 蜊ウ縺。逕溯ェ輔→遲我セ。蛟、縺ェ繧

 縺ェ繧後? 縲∵? 谺イ縺ォ萓昴▲縺ヲ貎ー縺医◆謌代i縺ッ雍

 

 ヲ級が祈を告げた。

 

 言葉が出なかった。

 もう事態を処理できていない。

 文字通りの思考停止。

 目の前の光景に絶句する他ない。

 

螂郁誠縺ョ邇九∈鬥ウ縺帛盾縺倥? ∬エ? →縺ェ繧九? 

 

 ツ級が祝福を告げた。

 

蜀・蠎

 

 ドームが()()()()()()()()()()()()()()()()()

 蛹が変化してくように変容していく。

 イロハ級の艤装と、生身の部分が、そのままの形で何かへと形成されていく。

 

譎ゅ? 譫懊※

 

 後足が生まれた。前足が生まれた。尾が生まれた。

 

蝗? 譫懷慍蟷ウ縺ョ逡ェ莠コ

 

 背中が生まれた。下半身が生まれた。

 

縺昴%縺ク縺ィ騾壹§繧狗ゥエ

 

 首と頭が生まれた。

 

蜊ウ縺。縲∵キア豬キ螂郁誠蟋ォ縺ァ縺ゅk

 

 リ級が降臨を告げた。

 

 それを以って戴冠が終わり、イロハ級は沈黙する。

 

「……何が、どうなって」

 

 それは、イロハ級の肉と艤装を、歪に継ぎ接ぎした、四足歩行の(ビースト)

 即ち、受胎した(ビースト)であり、目覚めの時を待つ『(PUPA)』。

 戴冠を終え、蛹から蛹へ、そして蛹から生まれ、玉座へ至る為の一つ目。

 数多の祈りを、奈落へ導く為の凱旋へ、目覚めながら獣は歩み出す。

 

「■……」

 

 宿望の時来たれり、念願の時は来たれり、奇跡は此処にあり。

 

「■■■■■■■■■!!!!」

 

 卯月は蘇った。




開発報告第伍番
 遂にハードウェアが完成した。長かったと我ながら思う。あの体育館級のサイズからよく艤装へ詰め込めるサイズへ小型化できたものだ。しかし慢心禁物。これでようやく第一歩といったところ。重要なのはここからだ。だが、ここから先の開発計画がどう進むかは私も子細を知らない。必要な部分だけしか知らされていない。仕方がない、軍隊とはそういうものだ。
 だが、気にくわない。全てを肯定するのに、知らないことがあるというのは矛盾する。わたしにだってコネがある。調べさせてもらおう。
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